第57話 「ギガファスト」発動
ドゥンドゥーからの通信は、幾つかの無人探査機を経由して送られて来ていたが、残り少ない電力による微弱な電波をかろうじて拾うのが精一杯のようで、詳細な位置や運動量は掴めそうにない。無人探査機のレーダー探知可能域から完全に外れていては、大雑把な位置は分かっても、見つけ出して収容する事はできない。
「相当、スピードにも乗っちまってるんだろうな。」
「ああ、敵に最後の、渾身の一撃を食らわせる時に、目いっぱい加速したからな。俺の単位の、俺以外の戦闘艇は全部やられちまってな、最後に一撃入れてから俺も死んでやろう、と思ったんだ。」
現在地も分からないドゥンドゥーが、どちらかも分からない方向に、最期の一撃の為に纏った猛烈な速度を保存したまま飛翔しているのだから、もう、見つけるのは不可能だ。間もなく電力も尽きるであろうドゥンドゥーの戦闘艇は、永久に宇宙空間を彷徨う事が運命付けられた、と言って良い。
「その甲斐あって、お前の御執心だった家族の集落は、無事だったぜ。」
「ああ、そっちの通信を聞く事はできた。小型戦闘艦2艦は、かしら達が倒して、仇を討ってくれたみたいだし、応援に送られて来た戦力も、皆で追い返してくれたんだろ?恩に着るぜ。」
「そうだ。お前が大事にしてた一家は、もう何の心配もいらねえ。惚れた女を守り抜いて死んで行くんだ、上出来じゃねえか。」
「・・だから、惚れた、とか、そんなんじゃねえ、って言ってるだろ。カビルの奴も聞いていやがるんだろうが、俺とあの家族とは、男と女の間柄じゃねえんだ。」
「なんだよ、ドゥンドゥー。最期の瞬間まで、格好付ける事ねえだろう。惚れた女、って事で、良いんじゃねえか?そういう気持ちが、全く無かったはずはねえぜ。」
名を呼ばれたカビルが、割って入った。
「・・まあ、そうかもな。」
死を前にした男の、安らいだ声が響く。「確かに、母親も長女も、なかなかの美人だった。末娘は、まだまだ色気はねえが、ころころと愛くるしい娘だ。母親と長女に関しては、男としての欲情が、全く無かったと言えば、嘘になるかな、ハハハ・・」
「そ、そらみろ・・よ。」
からかっているはずのカビルの方が、やや声を詰まらせている。
「俺が、何であの一家に、こんなにも首を突っ込む事になったのか、自分でもよく分からねえんだ。」
独り言のような調子に、ドゥンドゥーの声は変化していた。「帝政貴族だった俺達の一族の裕福な生活が、あの一家を含めた領民達からの搾取の上に成り立っていた、と知った事での恥じ入る気持ちか。あの一家の大黒柱を過酷な労役の果てに死なせてしまった事への、贖罪の想いか。でも、同じ目に合わせられた者は、集落の中には沢山いたのだから、やっぱり単なる、男としての欲情かな。」
幾つもの死線を共に越えて来た男の、最後の言葉に、カイクハルドも他の仲間達も、もう、ただ黙って耳を傾けるだけだった。
「でもなあ、今、頭の中に浮かぶのは、俺の一族の悪行を全て知った上で、俺に向けて投げかけてくれた、末娘の屈託のない笑顔だ。あれだけ横暴の限りを尽くした一族の血を引く俺に、なんであんな無邪気に微笑み掛ける事ができるのか。」
想いに沈んだように、ドゥンドゥーも言葉を途切れさせた。しばらくの沈黙が訪れる。男達の別れには、下らない言葉より気持ちの籠った沈黙の方が、ふさわしい時もある。
「理由なんて、何でも良さ。お前は、守ると決めたものを守り抜く為に、命を散らせるんだ。男としては、申し分のない最期だろう。」
「ああ、そうだな、かしら。そんな生き方ができたのも、『ファング』で戦えたからだ。かしらや、他の仲間達と巡り合えたからだ。勇敢や最強を身に纏えたのも、想いを貫けたのも、全部『ファング』からもらった力のおかげだ。かしらやみんなに、心から感謝するぞ。」
「こっちだって、お前がいて、助かったぜ。」
カイクハルドが応える。「帝政貴族の情報や、お前の率いた戦隊の活躍だけじゃねえ。お前という存在そのものに、『ファング』は力をもらったさ。お前の死は、例の一家には報せねえ方が良いか?」
「ああ、そうしてくれ。これからも、俺が守り続けてる、って思わせてやって欲しい。もう、守っては、やれないんだがな」
「これからは、俺が守って行ってやるさ。」
たまらず、という感じで口を挟んで来たのは、ヴァルダナだった。
「お前には、既に守らなきゃいけねえもんが、2つもあるだろ。姉ちゃんとナワープで、手いっぱいのはずじゃねえのか?」
「いいや、全部、守り抜いてやる。」
冷やかすようなドゥンドゥーの言葉に、ヴァルダナは叫び返した。「俺は決めた。姉上もナワープも、あんたの大切な家族も、それ以外の、色々なものをも守り抜ける集団に、『ファング』を鍛え上げて見せる。」
「あのなあ、ヴァルダナ。『ファング』はただの、盗賊兼傭兵なんだぜ。」
「分かってるさ、カイクハルド。今の『ファング』は、盗賊兼傭兵だ。だが、いつか俺が『ファング』のかしらに上り詰めて、『ファング』を進化させてやるんだ。」
「何だよ、それ。いつか姉ちゃん連れて、逃げ出す予定じゃ無かったっけ?『ハロフィルド』を再興して、サンジャヤの名誉も回復して。」
カビルも、呆れ口調で問いかけた。
「前までは、そう思ってたけど、それだけじゃダメだ。姉上もナワープも、ドゥンドゥーの惚れてる一家も」
「惚れてる、って言うな!3人も一遍に惚れる程、器用では無いわ!」
「・・そ、その一家も、俺は全部守りたいんだ。俺はいつか『ファング』を奪い取って、その為に『ファング』を使ってやる。もと領民だった人々は平穏に過ごしてるみたいだから、もう、慌てて『ハロフィルド』ファミリーを再興するのは、それほど重要じゃない。兄上の名誉も、プラタープ殿が回復してくれるはずだ。俺がやるべき事は、それじゃないんだ。色んなものを守れる組織に、『ファング』を進化させる事なんだ。」
「ははは、威勢の良いこった。」
ドゥンドゥーは笑った。「じゃあ、お前のその活躍を、あの世から見ていてやるよ。どこまでやれるのかをな。」
彼等の会話に、カイクハルドも苦笑を浮かべるしかなかった。
ドゥンドゥーの声には、安心感のようなものがあった。どんな形にせよ、大切なものを託せる相手が見つかったのだから、喜ばしい事だ。更にしばしの沈黙が、彼らを支配する。
「じゃあ、そろそろ、逝くか。」
死を迎える瞬間を、誰にも見られたり聞かれたりしたくない男もいるし、最期まで誰かと繋がっていたい男もいる。幾人もの仲間の死を見送って来たカイクハルドは、その事を良く知っていたし、ドゥンドゥーがそのどちらであるかも、長らく共に戦って来た彼には、手に取るように分かった。
「電波が届く限りは、いつまででもこうして通信回線は開いておくから、いつでもお前のタイミングで逝けば良いぜ。」
「悪いな、手間を取らせて。」
「手間なんて事、あるかよ。勇敢なパイロットの偉大な最期に付き合えるんだ。名誉な事だぜ。」
また、沈黙。そして、2・3分もした頃、通信機から、レーザーの熱が空気を急膨張させた事による、甲高い音が轟いた。その熱は、ドゥンドゥーの脳も焼いただろう。ディスプレイの縁の赤い輝きが、カイクハルドに、歴戦の戦友の喪失を告げた。
「糞ぉっ!」
右膝の近くの鉄板を、力いっぱい叩きのめしたカイクハルドだが、拳の痛みが胸の痛みを上回る事はなかった。
「征伐隊はいよいよ、全軍揃って『ギガファスト』攻略に乗り出す態勢になったようだな。プラタープの旦那が、どんな風に征伐隊を手玉に取るのか、楽しみだな。」
トゥグルクがそう報告した時には、「シュヴァルツヴァール」は、カジャが「ピラツェルクバ」領域に建造した宇宙要塞「ウェラリア」に停泊していた。
「戦いの方は結局、『ギガファスト』でやるのが一番良いのだな。予があれこれ首を突っ込んだのも、バラーンや『ファング』のパイロットに、余計な犠牲を強いる事にしかならなかったのか。」
カイクハルドに向けられたカジャの声にも視線にも、憐れな程に力が無かった。
「そうでもねえさ。」
言いたい苦情は山ほどあれど、カジャの落胆ぶりに、そんな言葉で応じた。「あんたの動きで幾つもの軍閥が壊滅した事を受け、軍政は更なる増援や補給部隊の派遣を決めた。その分、軍政の拠点である『シックエブ』や『エッジャウス』の守りも手薄になる。補給物資の調達は、軍政配下の軍閥の領民に重い負担となってのしかかり、それも軍事政権からの民心の離反に繋がる。軍政の兵力や防衛力にも、悪影響を及ぼすはずだ。」
「そうか。そう言ってくれるか。予の動きも、バラーン達の犠牲も、決して無駄ではなかったと。」
言葉の内容程、カジャの表情は救われたようでも無かった。
「まあ、あんたの動き方次第では、もっと少ない犠牲で同じ成果を上げる事は、出来たかもしれねえが、そこまで望むのは、虫が良すぎるってものだろうな。命を懸ける覚悟で戦いに加わった奴が、命を落としたって、そんなに気に病む必要はねえ。ただ、命を散らしてまで闘った奴等の期待に応える事に、あんたにも命懸けで挑み続けてもらわねえと困るぜ。」
「無論だ。もう予は、皇帝親政の復活にあまりこだわり過ぎずに、ともかく今は、軍事政権の打倒だけに専心する事にする。皇帝一族の手柄がどうとか権威がどうとかは置いておいて、軍政打倒に最も効果的な動きに徹する事にしよう。大軍を保持し、時々牽制的な動きをして軍事政権の意識を引き付けつつも、派手な戦闘は避ける。それが、一番なのだな。」
「ああ、そうしてもらえれば助かる。『シックエブ』や『エッジャウス』から、また続々と増援と補給が送られて来るから、そこからはぐれたり遅れたりして、この『ピラツェルクバ』領域内で、少数で孤立している部隊を見つけた時には、適当にちょっかいをかける、ってのが一番効果的な闘いだ。情報は俺達『ファング』や『カフウッド』などが提供するから、プーラナ・ミドホルなどと共に、手頃な後方攪乱程度の事だけやってて欲しいな。」
「ピラツェルクバ」領域の「ポロギ」星系にあるエッジワース・カイパーベルトに建造された宇宙要塞が、カジャが拠点としている「ウェラリア」だった。幾つかのリング状建造物が中核となっている。回転する事で遠心力による疑似重力を提供し、馳せ参じた大量の兵を養っている。
要塞施設としてカジャが建造したものではなく、連邦支部がその活動の拠点として建造したものを拝借したらしい。カジャが利用する前から高度に武装を施された拠点施設であった、というところに、連邦支部の活動実態というものが透けて見えるとカイクハルドは感じた。
その周囲にある天然の天体も、多くが改造されて軍事的な施設とされている。何百という天体に索敵施設や砲台や戦闘艇・無人攻撃機の格納庫を作り込み、どんな方角からの攻撃に対しても中核施設を守り得る構造になっている。もとの連邦支部にあったものに、カジャが後から建造したものが加わり、宇宙要塞「ウェラリア」を構成していた。
周辺住民からの貢納で、兵を維持する為の糧秣は賄われている。歴史的に皇帝への敬愛が篤い宙域でもあるし、皇帝一族と繋がりの深い似非支部が実効支配している宙域も多いので、皇太子であるカジャのもとに集まって来る糧秣は大量だ。
防御も補給も十分に確立された宇宙要塞が「ウェラリア」ではあるのだが、カイクハルドが見たところでは「バーニークリフ」や「ギガファスト」ほと、大軍勢を手玉に取った戦いを成し得る要塞でもない。建造したのが連邦支部やカジャといった、軍事を専門としないものであるのだから無理もない。
練りに練った戦略戦術と鍛え抜かれた精鋭兵士を前提として建造したプラタープの要塞と、カジャのそれでは、やはり出来栄えには雲泥の差が出る。「ウェラリア」は立派な要塞だが、ここに敵の大軍を引き付けるというのは無謀だろう、というのがカイクハルドの感想だ。あくまで、大勢の兵を蓄える事で軍事政権を牽制する、というのが「ウェラリア」やカジャの役割なのだった。
大軍を翻弄する機能においては「ギガファスト」等に及びも付かない「ウェラリア」であっても、「ファング」のパイロット達が羽を伸ばすのには十分だ。連邦支部の私利私欲を追求した活動の成果が、彼等に充足の時間を提供した。
のんびりと羽を伸ばす「ファング」パイロットに比して、要塞の主は忙しい日々を送っているようだ。戦いにおいては牽制に徹する気になったカジャンは、一方では、「ピラツェルクバ」領域内の似非支部への働きかけを強化していた。
似非支部というのも千差万別で、銀河連邦と全く繋がりを持ったこともない、正真正銘の“偽物”から、かつては連邦から派遣されたエージェントにより運営された正統な連邦支部だったが、いつしか現地採用のエージェントに乗っ取られ、連邦本部の管理からも離れて好き勝手をするようになった支部もある。
「ピラツェルクバ」領域の似非支部には、かつては皇帝一族に付帯する事で「グレイガルディア」への支援に従事していた正統支部だったものが多い。だからこそ、この「ピラツェルクバ」領域をカジャは拠点に選んだのだが、カジャは自分が本気で動けば、その似非支部の体質を改善する事もできる、と考えたのだ。
似非支部を指導して領民への搾取や酷使を軽減させ、資源採取や生産の活動への技術支援の質を向上させて行けば、住民からの貢納に頼っているカジャの軍勢としては、糧秣の安定確保にもなるし、皇帝親政が復活した場合の統治の足掛かりにする為の布石にもなる。
カジャ自身が「ウェラリア」を離れる事は無かったが、手の者を、実質的に似非支部が領有している集落に送り込んで改善に当たらせたり、似非支部による不当な搾取の訴えがあった場合には、支部の幹部を入れ替えさせる等の措置を講じたりした。これまで軍政軍閥の介入を徹底して拒んで来た似非支部も、カジャの名声と現有兵力の前では抵抗もできず、私腹を肥やし栄華を極めていた悪徳幹部達は、追放の憂き目を見た。
「ピラツェルクバ」領域にもある「ファング」根拠地との提携も推奨し、そこから技術支援を受ける形で、支部領の集落の生産性や生活水準の向上にも務めた。さらには、銀河連邦本部の管理を受け入れる事も認めさせ、“似非”では無い歴とした連邦支部に生まれ変わるように誘導する試みも行われた。
一朝一夕に成される事ではないので、正当な連邦支部に復帰するところまでの成果が直ぐに見られたわけではなかったが、その方向で動き出した似非支部が幾つも出て来た。
「こうやって、正当な連邦支部が『グレイガルディア』に増えて行き、皇帝一族と力を合わせれば、『グレイガルディア』にも平和と安寧が訪れるのではないですか?」
似非支部に実効支配されている集落の1つを視察しながらの、ラーニーの言葉だった。ラーニーに頼み込まれて、一緒に視察に出向くハメになったカイクハルドは、宙空人工建造物の窓から「ポロギ」星系の主星を眺めながら、その言葉を聞き流した。
褐色矮星である「ポロギ」星系の主星は、核融合をしておらず、最も近い軌道を公転する惑星にすら、陽光という恵みを与えてはいない、しかしその分、人類は、主星からも資源採取ができた。楕円軌道で主星の周りを回りながら、最接近位置でそれのガスを掠め取り、必要な資源を捕集していた。
人が暮らす集落施設も含め、幾つもの人工物が主星の間近を公転している。“人工惑星”と言って良いのが、これらの集落や資源採取施設だった。
直径数十kmという、「グレイガルディア」では比較的大き目なリング状コロニーで暮らし、主星からの豊富な資源を得られるその集落は、恵まれた環境であるとも言えたが、これまでは実質的領主である似非支部の厳しい搾取により、住民に恩恵は行き渡っていなかった。
カジャの指導で厳しい搾取から解放され、徐々にではあるが、住民の生活水準は向上しつつある。主星からの収穫が豊富なのもあるが、星系内ガスも比較的濃密で、小惑星帯からは固形化しやすい元素も採れるこの星系は、そもそもが“肥えた星系”だ。必要な元素の全てが潤沢に確保できるから、税などによる過ぎた搾取さえ被らなければ、それなりに豊かな暮らしはできるはずなのが、この星系の集落だった。
今のところは贅沢とまでは言えずとも、豊かになりつつある住民生活を視察し終え、ラーニーは饒舌だった。
「この“人工惑星”であるリング状建造物でも、集落の大半を占有していた似非支部幹部の生活区域が一般住民に開放されて、皆さん、快適な生活が送れるようになったと喜んでおられましたわ。その他の星系内集落でも、厳しい税を課していた似非支部幹部達が粛清されて、実入りがうんと増えたそうですし。それに、近いうちに『ファング』の根拠地から最新鋭の採取設備も送られて来る予定で、資源の収穫量も向上しそうだとおっしゃっていました。更に銀河連邦との関係が再構築されれば、もっと生活は良くなるはずとの事ですわ。これが、皇帝親政が復活した後に『グレイガルディア』に起こる変化のモデルケースだと考えれば、一刻も早くそれが達成されて欲しい、と願わずにはいられないですわ。」
「ちっ」
黙って聞いていたカイクハルドは、不機嫌を露わにした。「たった1個の集落の改善で、えらく楽観的になれるもんだな。こういったことを『グレイガルディア』中に広げて行くには、軍閥や帝政貴族などの、色々と張り巡らされた既得権益の網を破って行かなくちゃいけねえんだ。似非支部の幹部を追放する事程には、簡単じゃねえんだぞ。それができなくて、カジャの近くにいる者と遠くにいる者とで改善の度合いに差が生じれば、深刻な不公平感が『グレイガルディア』に蔓延する。それが、新たな火種を生むかもしれねえ。」
「それは、皇帝一族や銀河連邦が協力して、1つ1つの問題を解決して行って下さる、と私は信じています。」
「大昔には、皇帝一族と銀河連邦が協力して、この国の暮らしを良くする活動をやってたんだろ。それが、帝政貴族の腐敗や愚帝暗君の続出などで立ち行かなくなって、軍事政権に統治の実権を奪われちまったんだぜ。皇帝と銀河連邦による統治には限界があるって事が、既に歴史によって証明されているんだ。集落1個の一時的な成果くらいで、俺は楽観的にはなれねえな。カジャの、直ぐに目の前の事にだけ夢中になる性格を見ていると、特にそう思える。『グレイガルディア』全域に遍く善政を行き渡らせる、ってのを統治者がやれねえ限り、この国の動乱の時代は、まだまだ続くぜ。」
「軍事政権が倒れ皇帝親政が復活しても、この国は平穏にはならないと、あなたは考えているのですか?」
「平穏になる事を、望んではいるさ。皇帝の親政で治まってくれりゃ言う事はねえ。だが、現皇帝ムーザッファールにしても、次期皇帝候補の皇太子カジャにしても、目に映る人々への情や、目先の一つの事業への熱意で動く傾向が否めねえ。目に映らねえ人間にも、遥か彼方での事業にも同じように気を配れねえんじゃ、統治者なんぞ務まるか。遠くで腹を空かせている人間の為に、目の前にいる愛する家族や友人からパンを取り上げる、くらいの冷徹さが求められるのが統治者ってもんだろう。」
「統治の実権を預かるには、カジャ様は優しすぎる、という事でしょうか?」
「肯定的な言い方をすりゃ、優しい、って事になるのかな。だが、そういう優しさは、腐敗貴族に付け入る隙を与え、一部の欲深い奴等に国政を私物化される結果すら招きかねねえ。身内への厳しさがねえんじゃ、国なんて背負えねえんだよ。」
「皇帝親政の下での統治が不調に終わったならば、『ファング』は、皇帝をも打倒する動きに出るのですか?」
「その可能性もあるさ。」
「皇帝を倒した後の国の統治には、考えがあるのですか?」
「統治を、任せてみても良いかなって奴は、いるさ。だが、そいつの実力も、皇帝一族と同じくらい未知数だな。だが、盗賊兼傭兵の俺には、そっから先の事までは考えられねえな。皇帝の統治があまりにも酷いようなら、皇帝を倒してそっちに統治を任せてみる、ってところまでが、考えの及ぶ限界だ。」
「その、統治を任せてみても良い、とあなたが思う方は、軍政打倒が成った後、皇帝に統治の実権が移る前に、自分が統治者の座に就こうとするのではありませんか?」
「さあ、どうだかな。それで、簡単に統治者の座を奪われるなら、皇帝一族もその程度のものだったって事だろう。皇帝にそれなりの権威が残っているなら、誰がどう動こうとも、軍事政権が倒れれば皇帝一族に実権は転がり込むだろうさ。」
「そうですか。・・私は、皇帝親政を信じます。帝政貴族の生まれですから。」
「その帝政貴族共の動きこそが、皇帝親政の成否を左右するんだがな。」
集落の視察から「シュヴァルツヴァール」に戻ると、トゥグルクが待ち構えていたように報告を入れて来た。
「プラタープの旦那が、快心の戦いをやったみたいだな。軍政の部隊が数百の戦闘艦を引き連れて、要塞の攻略に乗り出して来たところを、潮汐力発電砲台群の一斉射撃で大量に撃破したらしい。そんな兵器の存在を予測すらしておらず、熱源が無いから探知も出来てなかった攻略部隊は、手酷い打撃を被ったみたいだ。百隻以上、全軍の3割くらいを、一瞬で失う大打撃を被り、潰走に至ったそうだ。」
「そうか。ついに、『ギガファスト』が火を噴いたか。これで敵も、いよいよ『ギガファスト』に大兵力を、釘付けにしなきゃならなくなるな。」
「潮汐力なんて貧弱なエネルギー源を利用した、たった3発分しかチャージできねえ陳腐な兵器が、こんなにも効果的な攻撃をできるなんて驚きだぜ。」
感嘆を纏ったトゥグルクの言葉に、カイクハルドが応じる。
「まあ、熱源を出さず探知が困難な兵器を大量に持てば、使い方によっては、大きな戦力になるって事だな。だが兵器より、弱小戦力だけで立て籠もって油断を誘ったり、糧秣不足に追い込んで冷静な判断力を失わせたりって事の方が、この大戦果に寄与するところが大きいと思うぜ。罠が仕掛けてある可能性のある要塞に、敵がそんなにも不用意に接近した時点で、征伐隊はプラタープの旦那の術中に嵌っていたんだ。」
「だが、征伐隊の元には、続々と増援や補給の部隊が届いている。すぐにでも態勢を立て直して、第2派の攻撃を仕掛けるだろうな。」
「ああ。そして、『ギガファスト』の罠も、潮汐力発電砲台群だけじゃねえ。今回の戦いで頭に血の上った征伐隊は、次の罠にもまんまとかかりそうだな。」
「態勢を整えては壊滅的打撃を受ける、ってのを繰り返す事になるのかな、軍政の征伐隊は。」
「そうなってもらわないとな。この戦いの結果で、更に大量の戦力を『ギガファスト』に注ぎ込んでもらうってのが、こっちの戦略だ。」
その宇宙要塞「ギガファスト」では、この後も軍政の征伐隊が盛大に虐殺される戦いが繰り返されるのだが、その激動が嘘であるかのように、「ファング」にはしばらく穏やかな時間が流れた。
軍事政権の派遣して来る部隊が「ギガファスト」周辺宙域での徴発を諦め、補給部隊にも厳重な護衛を付けるようになったので、彼等が狙うような手頃な敵が、いなくなってしまったからだ。
それに、「ギガファスト」での戦果が次々にもたらされ、1度の戦闘で万単位の敵を葬っているのを知れば、百人単位の敵を蹴散らす程度の後方攪乱戦へのモチベーションも、やや萎みがちになるのも避け難いものがあった。
「ピラツェルクバ」領域での視察を終えると、「ファング」はカジャ達に別れを告げて「シェルデフカ」に戻って行ったが、カイクハルドには領民の本来の集落や隠し集落を視察して回るという、単調な日々が待っていた。
百数十光年を隔てた遥か宇宙の彼方で、十年以上前に知り合った銀河連邦エージェントの男も、同じく集落の視察に精を出しているなんて事は、思いもよらないカイクハルドではあったが。
今回の投稿は、ここまでです。次回の投稿は、 '19/3/2 です。
褐色矮星に関する記述も、かなり作者の創作が含まれていることを、おことわりしておきます。核融合をしていないというのは定説ですが、資源採取が可能な温度なのかどうか、どれくらい近づけば、星を形成するガスを採取できるものなのか、作者にはさっぱり分かりません。重水素による核融合は起こったけど、天然には存在比率の少ない重水素はすぐに消費し尽くされ、軽水素を核融合させるだけの重力を持たなかった軽い星では、核融合が止まってしまって、かつての核融合の余熱だけで光っている。それが褐色矮星である、という程度の認識が作者の限界です。現代の天文学では"地味"な存在にされているように思えたので、未来の宇宙では重要な役割を与えてやろう、なんていう個人的な思いもあって、こんな設定になりました。ここに出てきた「ポロギ」星系は"肥えた"星系という設定ですが、褐色矮星を中心に持つ星系が全て"肥えた"星系である、という設定でもありません。採取がしやすい環境であっても、必要な元素が揃っていない星系は"痩せた"星系になるので。そんな"肥えた"星系や"痩せた"星系が存在するというのも作者の創作で、実際の宇宙がそうなのかどうかは全く分かりません。そこのところ、ご承知おき頂きますよう、読者諸兄姉様にはお願い申し上げます。というわけで、
次回 第58話 アジアの憂慮 です。
今回で第4章「激突」が終わり、次回より第5章に突入します。「グレイガルディア」における動乱も、「ギガファスト」の戦いを受けて転機を迎えます。「ファング」の戦いも、これまでとは様相が異なって来るかもしれません。新章におけるそんな展開を、是非ともご覧頂きたいと思っております。




