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銀河戦國史 (アウター“ファング” 閃く)  作者: 歳越 宇宙 (ときごえ そら)
第4章  激突
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第55話 絶望の突発

 ディスプレイを注視していたカジャに、カイクハルドは声を掛けた。

「もうすぐ『第14集落』に、敵の征伐隊が到着するぜ。ここの位置が知れる事はねえはずだが、絶対とは言えねえ。もし連中がこっちを目がけて進発して来れば、住民を置き去りにして、あんただけでも落ち延びさせるしかねえ。心の準備くらいは、しておいてくれよ。」

 挨拶も抜きに、カイクハルドは切り出した。

「移住して来た住民が積極的に協力してくれるのでな、間もなく隠し集落も完成しそうだ。疑似重力を発生させるユニットの増設も完了し、居住区域の密閉性や構造強度が十分なレベルに達するのも間もなくだ。多くの住民が長期に生活できる環境が整うだろう。」

 カイクハルドの言葉には反応を見せず、カジャは報告したい事を報告して来た。

「随分熱心だな。皇太子ともあろう者が、たった一つの集落の整備に御執心(ごしゅうしん)とはな。」

 脱出の必要の有無は敵の動きを見てからなので、カイクハルドもカジャの話題に付き合ってやる事にした。

「しかし、そんな集落の活動の積み重ねの上に、『グレイガルディア』は存続しているのだ。我等皇帝一族の暮らしも、彼らの手によって支えられている事を想えば、たった一つの集落の命運といえど、放っては置けぬわ。」

 いかにも慈悲深い統治者の発言とも聞こえるが、目に移った人々や関わりを持った人々に慈悲を与えるなど、誰にでもできる事だ、とカイクハルドは思った。その一方で、カジャに慈悲を与えてもらえていない「グレイガルディア」の住民も、存在している。彼等がこの状況を目にしたら、自分達が(ないがし)ろにされたり(しいた)げられたりしている、と思ってしまう可能性もある。

 統治者には、目に映る者だけに対する慈悲では無く、国全体に対する行き届いた、別け隔ての無い善政が求められる。感情に流され、目に映った者への慈悲の心に従って行動しては、不公平や不平等を招いてしまう。感情では無く論理的に、合理的な富の再分配を計算する、そんな冷徹さが統治者には求められる。

 皇帝が権威を失い、軍事政権に統治権を簒奪される結果に陥ったのも、結局そういうところではないのか。それが、「グレイガルディア」や銀河連邦加盟の国々の歴史を学んで来た、カイクハルドの感想だった。

 「グレイガルディア」の歴史には、愚帝暗君は数多登場したが、慈悲深い皇帝も数知れずいた。そんな皇帝の治政の間にも、政府への反発や怨嗟の声は広がっていた事は、各種の史料が明らかにしている。皇帝の慈悲深さは、皇帝に近い人々とそうでない人々の暮らしに、格差を生じるものだ。周囲の貴族も皇帝の慈悲に付け込み、自身だけの栄華や蓄財に利用しようとする。皇帝から遠い立場の者達は、どんどん苦しい環境に追いやられて行く。

 目に映る者や身近な者への慈悲の心など、不公平と怨嗟を生む素でしか無く、国の統治や秩序を不安定にするものでしかないのではないのか。カイクハルドはそう思ったのだ。

 一方で、君主制にしろ民主制にしろ、安定した統治を実現した国というのは、統治者が身近な者と遠くの者を、別け隔てなく扱っているのではないか。無論、その差がゼロにはならないのだろうが、できる限りゼロに近づける事が、より安定度の高い統治の実現に繋がるのではないか。

 身近な者に厳しい負担を課してでも、国内の貧困の撲滅を優先する。心を通わせた者達に多少の苦しみを与えてでも、深い苦しみの中に置き去りにされる者が一人もいない治政を実現する。そんな事ができた統治者の下でのみ、安定した治政というのは実現されたのではないのか。カイクハルドはそう思ったのだ。

 遠くにいる顔も知らない者と、近くにいる心を通わせた人々を同等に扱う、という極めて困難な課題ではあるが、それを成すのが、統治者に求められる能力では無いのか。場合によっては、遠くで貧苦に喘ぐ見ず知らずの人を救う為に、目の前にいる愛する者から財産を取り上げる、という事すらしなくてはいけないのが、統治者というものではないのか。

 目の前にいる者だけに慈悲を与えていては、遠くにいる者が疎外感を覚え、怨嗟の気持ちを掻き立てる。そしていつしか、慈悲を与えたいと思っていた近くにいる者に、敵意の目が向けらる事態に至ってしまう。愛する者に慈悲を与える行為が、愛する者を危機に陥れる原因にもなるという事だ。

 目の前の愛する者から財産を取り上げ、それを遠くにいる見ず知らずの者に与える、という行為が場合によっては、愛する者を救う行為になったりもする。それが現実というもので、並の人間にそんな事はなかなかできなくても、国の統治を預かる者にはそれができなくてはいけないのではないのか。

 そんな事を想うと、今のカジャが見せている住民達への慈悲の心は、カイクハルドには歯痒く感じられる。未だ統治者としての立場を手にしているわけではない彼だから、わざわざその事を口に出して指摘する気にもなれなかったが、皇太子という大きな権力を目の前の住民への慈悲にだけ行使しているかのような光景は、彼に不満と不安を覚えさせた。命懸けの戦いで軍事政権を打倒し、皇帝親政を実現したとしても、やはり「グレイガルディア」に安寧は訪れないのではないか、と。

 そんなカイクハルドの想いに気付いた風も無く、カジャは住民への慈悲を迸らせ続けた。敵の動静に関する報告を待つ間、彼の活動を垣間見ていたカイクハルドの眼前で、カジャは献身的に働き続けた。

「皇帝親政が実現した暁には、予に協力してくれたお前達には、破格の待遇を約束するぞ。裕福で快適な暮らしを、必ず与えて見せるぞ。」

 皇太子ともあろう立場の者のその言葉は、住民達を狂喜させ崇拝の想いを強くさせたようだが、皇帝親政が実現してもその約束が果たされるとは、カイクハルドには思えなかった。無理に果たそうとすれば、他の集落の住民と壮絶な格差が生じる。それがどんな結果を生むか、考えるだけでも恐ろしいではないか。

 だがカジャは、軽はずみな美辞麗句で住民に希望を持たせ、安請け合いで住民の協力を取り付け、皮算用で将来を約束し続けた。

 そんな活動で、良心的な統治者にでもなったつもりで気分も良さそうなカジャに、カイクハルドが辟易(へきえき)し始めた頃、「シュヴァルツヴァール」のトゥグルクから連絡が入った。

「例の集落に兵を送り込んだ征伐隊は、真っ直ぐにそこから離れて行く動きを見せている。十分な索敵態勢が敷けてねえから、正確で詳細なところまでは分からねえんだが、集まって来た幾つかの軍閥が、またバラバラになって遠ざかって行っている。『カウスナ』方面から、『ギガファスト』攻略への軍の集結を催促する通信も傍受したしな。敵は、『カウスナ』領域に戻るつもりなんじゃねえかな。」

「そうなると、せっかく完成しても、隠し集落は無駄になってしまうのか?」

 カジャが不満気に口を挟んで来た。

「隠し集落なんて、使わずに済むのが一番だからな。だが、使わなかったからって、無駄って事でもねえだろ。ある事による安心感を与えてるだけでも、役には立ってるだろう。」

 カジャの顔は若干の不本意を吐露していたが、少し考えた後、ガラリと表情を変えて通信機に向かって言った。

「住民達に伝えよ。征伐部隊は撤収の動きを見せている。ある程度離れるのを見届けたら、集落への帰還を許可する。窮屈で不自由な生活も、もうじき終わるぞ、とな。」

 それが集落の住民にとっては一番嬉しい事だと気付くと、カジャもこの状況を歓迎する気分になったようだ。

「シヴァース達から、1つの軍閥が他の部隊から離れて行動しているのを見つけたから、ちょっかい掛けてみたい、って言って来ているぜ。」

 トゥグルクからは、そんな連絡も入った。

「好きにしろ、って言っとけ。余り無理しねえ範囲ならな。もう、敵は引き返すみたいだから、危険を冒してまでちょっかい掛ける必要はねえんだ。危険の少ない範囲でなら、やりたいようにやらせよう。」

 敵が、思いの外あっさりと撤収の動きを見せた事で、カイクハルドも拍子抜けしていた。本来なら敵が撤収して行くのを、しつこく追跡調査して確認しておくべき場面だが、ここは「ファング」の根拠地やその提携先の集落では無く、カジャの庇護下の隠し集落だ。いわば、彼にとってはアウェーだ。だから、そこまでの慎重さは、この時のカイクハルドには無かった。

 それが油断だった。ホームでなら発揮されていたであろう慎重さが、アウェーであるとの認識から、欠落していた。それが、大きな危機を招く事になった。いや、危機では無く、絶望だった。

「やべえぞ!カイクハルド。敵はこちらの索敵圏の外で、タキオントンネルを使い、一直線にこの集落を目指しているらしい。隠し集落周辺に配した無人探査機が、タキオントンネルの前兆現象を検出した。後、数時間で、敵が来るぞ。」

「何だとっ!撤収したんじゃ無かったのか?」

 珍しく顔色を変えて、カイクハルドは怒鳴り返した。

「敵は、こちらの索敵範囲を、かなり正確に把握していたみたいだ。そんな動き方だ。索敵範囲内では撤収としか思えない動き方をしておいて、範囲から出るや否や、こっちに向かう為のタキオントンネルターミナルを展開し、作動させたみたいなんだ。そうとしか考えられないタイミングで、隠し集落の周辺で前兆現象が検出された。それからすると、ここの位置も、かなり正確に把握しているみたいだ。テトラピークフォーメーションで隠し集落を包囲する形で、襲来しそうだぞ。」

 あんぐりと口を開けて事態を受け止めていたカイクハルドが不意に、力の抜けた苦笑をその顔に貼り付けた。

「やられたな。こりゃ、もう、どうしようもねえわ。」

「どういうことだ、カイクハルド。」

 カジャが、カイクハルドの顔を覗き込んだ。「なぜ敵は、こちらの索敵範囲や隠し集落の位置を、そんなに正確に知っているんだ。住民の誰かが向うに残っていて、情報を引き出されてしまったのか?」

「いや、普通の住民が、そこまで正確な情報を知るわけは無い。この隠し集落の場所に関してもそうだが、こちらの索敵範囲なんて軍事的情報を一般の住民が詳細に知るはずなど、あるわけがない。集落の指導者クラスから、裏切り者が出たんだろうな。始めから征伐隊にリークするつもりで、内部で情報を収集してた奴がいるはずだ。」

「なんだと!そんな、バカな・・」

 カジャが絶句しつつある所へ、住民の数人が、彼らのいるカジャの部屋に押しかけて来た。住民らしき男が1人、電磁式の手錠で両腕を拘束されている。

「カジャ様!大変な事になりました。この者が」

 住民の別の1人が、拘束された男を突き出すようにしながら告げる。「この隠し集落の場所や、カジャ様の部隊の兵から聞き出した様々な情報を、軍政部隊に漏らしたそうです。こっちに来てから、何やら顔色がおかしいので問い詰めてみたら、全て自白しました。第2惑星軌道上にある他の集落の住民に情報を託して、征伐部隊のもとに届けさせたらしいです。」

「何!? 何という愚かな・・。なぜそのような事を?自分の首を絞めるだけの行為ではないか!」

 怒りよりも悲しみに満ちた声で、カジャは問いかける。住民達も、口々に拘束された男に詰問した。

「そうだ。なぜカジャ様や集落を裏切ったのだ!? 」

「なんて馬鹿なマネを!自分や自分の家族を危険に曝すだけの行為だと、分からなかったのか!? 」

「こんなことして、あなたに何の得があるって言うの?」

「うるせえっ!」

 拘束された男は、憤怒の表情でカジャを睨み据えていた。「俺の家族は、お前の配下に掠奪を受け、家財は根こそぎ巻きあげられた上に、娘達は、お、俺の・・俺の目の前で、散々に慰みものにされた。妻は連行されたし、ここに移住する直前に末娘は自殺した。長女も心を病んで臥せっちまったし、もう、俺の一家はボロボロだ!全部、お前のせいだ!」

 一気にまくし立てた男の言葉に、カジャは口をパクパクさせて驚愕を見せる。

「・・い、いつだ?いつどこで・・」

「59日前さ。俺の家族は、集落から少し離れたところにある衛星を周回する軌道上に拠点を構えて、その衛星からの資源採取に勤しんでいた。そこなら、お前や集落の者に気付かれる事無く掠奪ができる、とお前の配下の賊兵は思ったのだろうよ。その企みは見事に成功し、お前の配下であるあのならず者達は、俺の大切な物を全てまんまと奪い去って行ったよ。」

 カジャは掠奪の日付と場所を詳細に聞き出すと、通信機で部下に捜索を命じた。

「で、掠奪された復讐に、カジャを窮地に陥れるべく、情報をリークしたってわけか?」

 捜索を待つ間、カイクハルドは拘束された男に尋ねた。カジャも住民も、言葉を発する気力も無いような表情だ。

「当然の報いだろう。」

 男は、眼光鋭く言い放つ。「人の家族を滅茶苦茶にしたんだ。身を滅ぼされるのが、分相応というものだ!」

「何の罪もない他の住民を、巻き添えにしてもか?」

「な・・なに?」

 男は表情を変えた。

「お前が呼び寄せた征伐部隊は、ここの住民から好き放題に掠奪をして行くだろうな。ここにいる女達も、全員お前の妻や娘達と同じ目に合わされるだろう。お前の不幸に何の責任もねえ奴等に、途轍(とてつ)もねえ不幸を背負わせてまで、カジャに復讐したかったのか?」

「そ、それは・・・。」

 自分の所業が、無関係の住民にまで害を及ぼす事だ、と拘束された男は、カイクハルドに指摘されて初めて気が付いたようだ。

「それに、こんなんじゃ、お前の家族を滅茶苦茶にした張本人達に、どれだけの罰を与えられるかも分からねえんだぜ。今、犯人を捜索しているんだろうが、もうここに居ねえかもしれねえ。」

「な・・なに、そ・・そんな・・・」

 数分後、通信機から連絡が入る。

「確かに59日前に、集落の方に出向いた部隊があります。その部隊は、既に我が軍勢から離脱して行方知れずになっています。ある兵の証言では、もう十分に収穫があったから、ここには用は無くなった、と言って離脱して行ったそうです。」

「だろうな。寄せ集め兵なんてのは、掠奪が目的で馳せ参じて来る奴がほどんどだ。そして掠奪する相手は、敵でも味方でも知った事じゃねえんだ。掠奪が済んだら、さっさとトンズラするのも、寄せ集め兵にはありふれた行動だ。」

「・・じ、じゃあ、俺のやった事は、俺の家族を滅茶苦茶にした張本人には、何の苦痛も与えないものなのか?」

「予の配下の兵が、予が守ろうとした集落の家族に掠奪を加え、娘を辱しめ、予が何も知らぬ間に消え失せていた。」

 拘束された男もカジャも、がくりとうなだれて、見るも無残な消沈ぶりだ。重力は無くとも、人は落ち込むと、自分の足の方に視線を釘付けにするようだ。

「配下の管理もできねえ奴と、仇討ちを空振りして無関係の者ばかり傷つける奴、どっちも、どうしようもねえ馬鹿だな。付き合ってられねえから、俺はもう行くぜ。」

「どうする気だ?カイクハルド。何か策はあるのか?」

 (すが)るような眼の色で、カジャはカイクハルドに問いかけた。

「あるわけねえだろう。テトラピークフォーメーションで囲まれつつあるんだから、逃げようとして逃げ切れるもんでもねえし、もう、どうしようもねえよ。既に幾つかの戦闘艦は移動を終えて、ここの近くに姿を見せていやがるし、次々に後続もやって来ている。まあ、敵が全部出揃ったら、暴れるだけ暴れてはみるが、あれだけの戦力に包囲されちゃ勝ち目はねえ。精々、派手に暴れて、華々しく散るとするわ。だが、敵の移動と集結にも時間がかかるだろうから、その間に、思い残す事のねえように、抱きたい女でも抱いておくのさ。」

 カイクハルドの言葉を聞く内に、カジャの顔も、悲壮なものから覚悟の固まったものに変じて来た。もはや全てを諦めざるを得ないという状況を、潔く受け入れつつあるようだ。

「じゃあな。俺は行くぜ。あんたも、もうこうなったら酒盛りでもやって、最後の時を楽しんだらどうだ?」

「・・そうだな。よおし、こうなったら精一杯に、盛大な酒宴を催して、最後の時を煌びやかに飾るとするか。おい者共、酒だ!酒を用意しろ。おい、コイツの拘束も解いてやれ。今から皆殺しにされるのに、裏切り者も何もないであろう。貴人も貧民も、もはや関係ない。皆で、飲んで歌って、大いに騒ぎ立てようではないか!」

 無理矢理威勢よく張り上げたカジャの声を背中に聞きながら、カイクハルドはその場を後にした。

 こんな日がいつか来るというのは、カイクハルドにはとっくに覚悟はできていた。敵を散々手玉にとって翻弄して来た彼だけに、一つ間違えれば自分が手玉に取られるのだという事は、嫌という程認識している。手玉に取るか取られるかは、常に紙一重だ。ほんの少しの情報量や読みの深さの差が、翻弄する側とされる側の違いに繋がる。

 多くの敵を手玉に取って、圧倒的な戦力差をもひっくり返して壊滅や降伏に追い込んで来た彼だけに、いつかは自分が手玉に取られて殺される日が来る、と確信していた。その日が今日だった、というだけだから驚く理由も恐れる道理も無い。

 誰かに憤る事も、恨む事も、彼には思いも寄らなかった。裏切り者を、憎い、とも思わない。裏切られた奴が、馬鹿なだけだ。掠奪したならず者達にも、反感は覚えない。奪った者がどうこうでは無く、奪われた者が間抜けなだけだ。今から自分が死ぬのも、全て自業自得だ。

(今頃、そんな日が来やがったか、ちょっと、遅すぎたくらいだぜ。)

 そんな想いにすら捕らわれながら、「シュヴァルツヴァール」に帰り着いた。一旦航宙指揮室に顔を出そうか、とも思ったが、やめておいた。通信だけで十分だと思い直した。

「お前も、最後の晩餐に執心中かい?トゥグルクよう。」

「ああ、どうやら俺達も、ここまでみたいだからな。最後の晩餐がこれから佳境を迎えるから、邪魔してくれるなよ、カイクハルド。」

「だと思たぜ。分かったよ。」

 そう言って通信を閉じる。トゥグルクの声の背後から、奇妙奇天烈な嬌声が聞こえた気がしたカイクハルドの脳裏には、トゥグルクがいつも脚の上に乗せている少女の顔がよぎった。が、直ぐにそれも振り切って、自室を目指した。

「おう、ヴァルダナじゃねえか。残念だったな。もう、ナワープの顔は見れそうにねえ。」

 偶然すれ違った彼にも、軽い調子で声をかけた。

「ああ、そうだな。でも、ここに来る直前に元気そうな顔を見れたし、まあ、良しとするさ。」

 口元を小さく笑わせて応えるヴァルダナにも、恐怖も後悔も、微塵も感じられない。

「住民の振りをするとか、元貴族の名声を振りかざすとかすりゃ、死なねえで済むかも知れねえし、ナワープに再開できるチャンスも、ゼロではねえんだぜ。」

「そんなみっともねえ事、やってられるか。あんたは、最後に大暴れして散るつもりなんだろ?俺も付き合うぜ。いつもの単位で暴れた方が、より豪快に盛り上がれるだろう?」

「そうだな。じゃあ、後でな。楽しみにしてるぜ。」

 そう言って無重力空間の飛翔を続けたカイクハルドは、背中にヴァルダナの視線を感じた。カイクハルドが今から、彼の姉を最後の晩餐に頂戴するつもりなのも気付いてはいるだろうが、ヴァルダナはもう、何も言う気はないようだ。

 自室に到着する直前に、カイクハルドは艦内に電子音が響くのを聞いた。数秒後に重力が発生する、という合図だ。終末を前に最後の晩餐を楽しむ「ファング」パイロットは多く、彼らが快適な晩餐を営む為にも、重力は欠かせないものだった。「シュヴァルツヴァール」は、余り広い範囲を飛び回れない環境だったので、重力はやや物足りない強度とならざるを得なかったが。

「おい、ラーニー。『ファング』もどうやらここまでみたいだから、抱くぞ。」

 自室に入るや否や、顔も見ずにラーニーに叫んだカイクハルドは、さっさとベッドルームに歩を進める。ポーンポーンと、低重力下ならではの間抜けな歩き方になっているのが、呆れるほどに雰囲気を損ねている。

 執務室のドアが開く音がしたかと思うと、ラーニーもベッドルームに顔を見せた。同じくポーンポーンと弾む歩き方だが、なぜかこちらは、颯爽(さっそう)としていて様になっていた。ベッドルームの手前で彼女の肩を抱き、共に寝室へと入って行く。こうやって入らないと、ラーニーは電撃の制裁を受ける事になる。

 ベッドルームの扉が閉まると、さっそく衣服をひん剥いてやろうとカイクハルドは手を伸ばしたが、ラーニーの胸元に目を止めると、顔をしかめた。

「何でお前は、こういうときに限って必ず、こんなややこしい結び目の服を着ているんだ?」

「自分で脱ぎましょうか?その方が、早いと思いますよ。」

「うるせえ!女はこういう時は・・・」

「黙って、されるがままになっていれば良いのですね、分かりました。」

 口上を妨害され、憤懣やるかたないカイクハルドは、結び目との難儀な格闘にもイライラを募らせる。2分、3分と経っても、ラーニーの着衣にはいささかの乱れも生じなかった。結び目は、あらゆるカイクハルドの努力を跳ね付け、意固地なまでに結び目で居続けた。

 5分経って、ようやくラーニーの衣服を宙に舞わせるのに成功すると、カイクハルドの眼の色に不穏な気配を感じたラーニーが宥めるような声を掛けた。

「あの、放り投げるのは・・」

 前回と同じ恥辱の回避を試みたラーニーだったが、カイクハルドの電光石火には全く追いつかず、あれ、と思った時には、室内の空中で全裸の肢体を回転させていた。親に見せるのも(はばか)られる恥ずかしい部分が、上に下に右に左に、と隈なく御開帳されて行く。「シュヴァルツヴァール」の生じる半人前の重力のせいで、羞恥の回転浮遊はなかなか終わらない。

 30秒程もかけて、大きな放物線を描いたラーニーが、ようやくベッドへと到着した。カイクハルドも後を追って、全裸でベッドルームの天井近くを飛翔。ベッドの上で仰向けの女と、空中に浮かぶ男が、気まずい心持ちで全裸の互いを長々と見つめ合う時間も、前回の反省を踏まえる事なく再現された。

「なんで・・こうなる?」

「学習して下さい。」

「う・・うるせえんだよ。」

 ようやくの着地。そして、いよいよ、さあ、ここから、遂に、という時に、電子音がカイクハルドを阻んだ。

「何だよ、トゥグルク!良いところなんだから、邪魔すんなよ。」

「敵が変な動きをしてるんだよ。この集落から、離れる動きだ。」

「何だと!? どういう事だ?」

「タキオントンネルから出て集結しつつあった艦が、包囲を解いて、おかしな方向に突進して行ってる。敵の後方で、何かが起こったようで、無人探査機の1つが遠距離から観測しているが、もう少し時間かけて解析しないと、詳しい状況は掴めねえ。」

「・・何にしても、包囲が解かれたんじゃ、生き延びるチャンスが出ちまうじゃねえか。」

「ああ、そうだ。結構な話じゃねえか。死なねえで済むんだ。」

「また、ラーニーを抱きそびれちまうじゃねえか。」

「いや、だから、別に、抱きゃあ良いじゃねえか。何で抱かねえんだよ?どうせ、そんなにすぐに進発はできねえんだ。補給もしなきゃいけねえし。終わって直ぐに脱出を開始すりゃ良いんだ。その間、お前には時間あるだろう。」

「馬鹿野郎。時間がどうこうの問題じゃねえんだ。死なねえんなら、熟成を続けなきゃなんねえだろう。」

「全裸にひん剥いたんじゃねえのか?」

「ああ。」

「馬乗りになってんじゃねえのか?」

「ああ。」

「そっから中断するのか?」

「ああ。」

「そんなに大事なのか?熟成とやらが。」

「当然だ。」

「・・・好きにしてくれ。」

 通信が切れる。目も合わせる事無く、全裸の体を引きずって退散を始めるカイクハルド。やおら振り向き、言った。

「服を着るのは・・」

「自分でやりますっ!」

 隠し集落で「シュヴァルツヴァール」に補給を実施すると、カジャを乗せて彼らは進発した。敵は相当慌てているようで、隠し集落の包囲を維持している敵戦力は、全く無かった。おかげで、敵に全く気付かれる事もなく脱出に成功する。

 住民達の一部も、幾つかの宇宙船に乗って脱出を図るが、全員を運び出せるほどの数の船は無かった。置いて行かれた者がどういう運命を辿るか分からないが、今は構ってはいられなかった。カジャを生き延びさせることが、何より優先する局面だった。絶望は去っても、危機は依然として継続している。

今回の投稿は、ここまでです。次回の投稿は、 '19/2/16 です。

絶体絶命をカイクハルドが覚悟した後には、どっかで見たことのあるような展開が再現しました。「パレルーフ」とかいう軍閥に意表を突いた接近を受けた際のことは、覚えておいででしょうか?お忘れの方は、第32話を読み返して頂いてもいいかもしれませんが、例によって、ここを理解できなくてもストーリーを見失うことはないので、ご興味のない方はスルーして頂いても構いません。このシーンはあくまで、低重力の環境を実感して頂く為だけに登場させたものであって、それ以外の意思も感情も欲望も、まったくありません!全裸で馬乗りになるシーンを書いたからって、そんなことは関係ないのです。低重力をイメージして頂く為だけに、ラーニーには全裸で回転する空中浮遊をやってもらったわけです。低重力の環境を、そして宇宙での生活の詳細を、イメージして下さい。それ以外の邪推や妄想は、一切しないでください。というわけで、

次回 第56話 捨身・死守・永訣 です。

絶望の方は、一瞬で去って行ってしまいましたが、危機の方は、むしろこれからが本番です。敵が包囲を解いた理由、それを受けてのカイクハルドの行動、カジャや集落の住民たちの運命などにも思いを巡らせつつ、次話をお待ち頂きたいです。

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