第54話 分断・誘引・玩弄
住民の移送は、丸2日と少しで簡単に終了した。回転するリング状宙空建造物に住んでいて、遠心力による疑似重力のある生活に慣れている「ポロギ」星系「第14集落」の住民達には、無重力下での生活を余儀なくされるというのは負担でもあった。
ほとんどの人が、疑似重力と無重力の異なる2つの環境を行ったり来たりするのが、この時代のありふれた生活だったが、ごく少数でも、ずっと疑似重力下で生活し続けている者もいる。重力下でないと上手くできない製品の製造を担当する者、重力下でないと十分に育たない作物の栽培を担当している者等に、そうなる事が多い。
そういった者達の中には、宇宙酔いなどの症状を見せる者もいる。前兆現象も無く突然嘔吐したりするから始末が悪いのだが、そんな混乱も移住から3日も経てば完全収束した。快適とまではいかないが、住民達は未完成の隠し集落での時間を、どうにか耐え忍んで行けそうだ。
「ポロギ」星系第2惑星の軌道上にある10個ほどの集落の内、「第14集落」はカジャの建造した隠し集落に、「第22集落」は「ファング」根拠地が建造した隠し集落に、それぞれ避難できたが、その他の集落には避難先などなかった。このままでは征伐隊の徴発や掠奪の標的になりそうだが、カジャにも「ファング」にも、そこまで手を回している余裕は無かった。かわいそうだが、とりあえずは放っておくしかない。
そこへ、一つの軍閥部隊の接近が告げられる。
「大型艦0、中型艦2、小型艦7、空母1の部隊だ。征伐隊全体では大規模でも、この軍閥だけで向かって来りゃ、手頃なカモでしかねえな。」
トゥグルクが、軽口を交えた報告を入れて来た。
「そうはいっても、『ファング』だけで相手をするには、重すぎる敵だぜ。相当に意表を付いた奇襲が成功しない限り、勝てっこねえ。」
「ファング」が無敵、と言っても、それは百隻の戦闘艇団としては、という事だ。普通は百隻程度の戦闘艇にとっては、小型戦闘艦1艦でも荷が重いものだ。散開弾攻撃を無傷で突破する、というのも「グレイガルディア」では、「ファング」にしかできない。10艦以上の戦闘艦群は、“無敵”の「ファング」にとっても、勝つことは難しい相手だった。
「シェルデフカ」や「カウスナ」のように、無人探査機をたっぷりとばら撒いてある領域でも無いから、敵の位置や進行方向も、大雑把なデーターしか得られない。待ち伏せなどで奇襲攻撃を仕掛けるには、データーが足りなかった。
それでも、「ファング」はこの敵に立ち向かう事にした。勿論、十分な勝算があっての戦いだ。戦隊ごとに別れて、広く展開して会敵を目指す。大雑把なデーターしか無い状況では、こちらも戦力を分けて広く展開しなければ、敵に出くわす事もできない。
ドゥンドゥーの率いる第2戦隊が、敵をレーダーで捕捉した。敵も、第2戦隊を見つけたはずだ。たった20隻の戦闘艇だけから成る「ファング」第2戦隊が、味方から遠く離れた状態で、10個もの戦闘艦を有する敵に見つかった。普通なら、絶体絶命の窮地だ。
カイクハルドは仲間の窮地を、ディスプレイ上で観戦している。ドゥンドゥーの隊が捕えたデーターが、中継の役目も果たす無人探査機の幾つかを経て、彼の第1戦隊に届けられている。
絶体絶命のはずの第2戦隊だったが、敵は、小型戦闘艦1艦だけをドゥンドゥー達へと差し向けて来た。油断と言うにしても愚かすぎる行動をディスプレイ上に見て取り、カイクハルドはニヤリと笑う。彼の予想通りの展開だったから。
第2戦隊は超密集隊形で飛翔していたから、敵がそれを戦闘艇の一団だと思わなくても、不思議では無い。戦闘艇よりももっと大きくて鈍重な一個の飛翔体、と判断したのだろう。
「お前達、何者だ?」
と、誰何の通信が第2戦隊に届く。「逃亡や抵抗を企てなければ、命だけは助けてやる。おとなしく停船して、我等の捕虜になれ。」
勝ち誇ったような余裕綽々の命令口調を、中継されて来た通信でカイクハルドも聞いた。抵抗される事すら、予想もしていないらしい。
第2戦隊は、返事をするそぶりも無く、密集隊形のまま敵に突っ込んで行く。加速もしていない。等速直線運動で近づいて行く。
「おい、お前達。何のつもりだ。停船しろ、と言うのが聞こえないのか?」
第2戦隊の動きを不可解に思いながらも、全く警戒した様子の無い声。「それ以上近付いたら、攻撃するぞ。良いのか?攻撃されたくなかったら、早く停船しろ。」
と言いながらも、散開弾で攻撃するなら最低限必要な距離が無くなるくらい接近しても、何のアクションも起こしはしない。大きくて鈍重そうな飛翔体だから、抵抗などして来るはずは無い、と決めてかかっている感じだ。ずっと沈黙したままの等速直線運動だから、無人の宇宙船、と思い始めているかも知れない。
余裕と油断から、不可解に思いながらも相当に接近を許した敵艦は、突如第2戦隊が加速した時には、えらく驚いたようだ。
「え!? き、消えた!」
との間抜けな叫びを、相手に送信してしまう狼狽ぶりだ。
「ファング」の規格外の加速は、レーダーで捕捉している敵ですら、一瞬見失ってしまう程のものだった。敵が想定しているサイズの宇宙船には、絶対にあり得ない加速だし、並の人間なら即死している加速重力が掛かるものでもある。絶対にあり得ない加速だから、レーダーの照射範囲もモニタリングの範囲も、その加速に対応できるものでは無かった。
全て計算通りなのをディスプレイ上に見ているカイクハルドは、口角が上がりっぱなしだ。
敵が「ファング」の位置をレーダーで再補足した時には、「ファング」はミサイルを発射し終えていた。激しい動きで飛び回らなければいけない場面も想定されたので、「ヴァサーメローネ」は搭載していなかった。「ココスパルメ」3発と、「ヴァルヌス」2発が、小型戦闘艦を襲う。
敵は油断し過ぎていて、ミサイルをランチャーに装填する事すらしていなかったらしい。それが幸いして、ミサイルの誘爆による艦体内部の、深い位置へのダメージは免れた。表面付近の機能を損傷しただけだから、もしかしたら、人的被害も無かったかもしれない。
敵艦が受けた被害は、分類上は小破と呼ばれるものだ。航行能力はほとんど衰えず、索敵や攻撃の能力の減退も、大部分は一時的なものに留まるだろう。致命的な傷は、受けてはいない。
だが、艦体を覆う装甲には亀裂が走り、スラスター噴射口やミサイル発射口の幾つかは、当面は使用不能だろう。更に、「ココスパルメ」の作り出した強力な磁場により、各種の電子機器が沈黙している。一時的にではあるが、完全に無抵抗な状態に陥れられている。
カイクハルドは遥か彼方にいても、中継されて来たデーターでそれら全ての状況を、ディスプレイ上で確認できている。
第2戦隊は、ミサイルを発射した直後から全力での減速を実施していた。艇体の前後を入れ替え、メインスラスターを噴射して、進行方向とは逆向きに加速している。傷だらけで沈黙している敵艦の傍らを通り過ぎて少ししたところで、減速前の運動量は相殺されつつあった。
進行方向が反転する直前、第2戦隊は単位ごとに散開した。花火の如くに5つに別れた。放射線状に飛び散り、それぞれが弧を描いて、再び敵小型戦闘艦を目指すコースをとる。
「ナースホルン」を先頭に、流体艇首で防御しながらの接近だったが、敵が迎撃して来る様子は見られない。「ココスパルメ」による強磁場の影響から脱せず、未だに索敵も攻撃も機能が回復しないらしい。
無抵抗な敵に、第2戦隊は無慈悲に、第2派の攻撃を畳み掛けた。3発の「ヴァルヌス」が、艦体装甲の亀裂から内部に飛び込んだ。メインスラスター噴射口には、「ココスパルメ」の青白い光球が、オシャレな装飾品よろしく噛み付いている。
その様子が直接見えるわけではないカイクハルドだったが、幾つかのディスプレイに示されるデーターの確認だけで、脳裏にその様を想像する事は容易だった。
これで敵艦は、中破に至っただろう。航行にも、索敵や攻撃にも、重大な支障を来しているはずだ。メインスラスターや、艦の内部の深いところを傷つけられては、速やかな機能回復も望めない。第2戦隊は、そのまま敵から離脱する軌道に入ったが、小型戦闘艦に彼らを追う余力は、残されていなかった。
敵艦隊の残りは、仲間の小型戦闘艦を中破に至らしめられて逆上し、猛り狂って追いかけて来た。たかだか20隻の戦闘艇に、僚艦を戦闘不能に至らしめられた屈辱は、生半可ではない。盗賊か何かの分際で、軍政の旗を掲げた軍閥に歯向かうとは、許せぬ奴、と憤っただろう。空母はさすがに後方に残したが、8個の戦闘艦が仇討ちに挑んで来た。
一目散に逃げる第2戦隊を、執拗に追跡する敵艦隊だが、小さくて軽い戦闘艇の方が、戦闘艦よりも加速性能は髙い。距離はどんどん広がる。とは言え、噴射剤の積載量は断然戦闘艦が上だ。戦闘艇の加速が止まった後も、敵艦は加速を続け、いずれは追い付いて来る。
敵も、一時的には距離を開けられても、いつかは追い付けるものと信じ、懸命の追跡を続けているのだろう。
それら全ての戦況を、カイクハルドがディスプレイ上で見て取っている時、彼の「ナースホルン」は、「シュヴァルツヴァール」に帰り付いていた。「シュヴァルツヴァール」の周囲には、シヴァース配下の部隊もいる。
第2戦隊が敵を発見した時から、他の4つの戦隊は「シュヴァルツヴァール」への帰投に移っていた。噴射剤や電力の補給を受けた上に、「ヴァイザーハイ」に「ヴァサーメローネ」を装備していた。
「シュヴァルツヴァール」に全力で逃げ帰って来ようとしている第2戦隊とは、正反対の方向に、「ファング」の残りの4戦隊は加速した。電磁式カタパルトとビームセイリング方式による、噴射剤を消費しない加速だ。その後を追うように、シヴァースの部隊も進発した。加速度は「ファング」より遥かに小さいので、どんどん距離を開けられて行くが、敵に向かっている事は間違いない。
第2戦隊は、噴射剤をほぼ使い果たしていた。「シュヴァルツヴァール」への着艦時の微修正用に少しは残してあるが、もう大した加速はできない。敵艦はまだまだ加速を続けており、開いた距離は一転、縮小の一途を辿っている。
第2戦隊の「ヴァイザーハイ」5隻は、くるりと向きを変えて後ろ向きに飛びながら、敵艦へ向けてミサイルを放った。散開弾「ヒビスクス」だった。
猛烈な速度で「シュヴァルツヴァール」を目指す「ヴァイザーハイ」から射出された「ヒビスクス」は、やはり「シュヴァルツヴァール」に接近して行く方向に進んでいる。射出速度が「ヴァイザーハイ」の飛行速度よりも遅かった為だ。第2戦隊の速度は、今やそれほどの域に達していた。
射出速度の分だけ「ヴァイザーハイ」よりも「シュヴァルツヴァール」への接近速度は遅いが、戦闘艇もそれから放たれたミサイルも両方、「シュヴァルツヴァール」を目指して飛んでいた。
だが、敵戦闘艦も、「ヒビスクス」や第2戦隊を上回る速度で「シュヴァルツヴァール」の方向に飛んでいるので、「ヒビスクス」や第2戦隊と敵艦隊の距離は、どんどん縮まって行く。当然、「ヒビスクス」の方が第2戦隊よりも、かなり早く敵に接近する。
敵にとってみれば、追い上げられている戦闘艇の苦し紛れの置き土産、としか思えなかっただろう。散開弾、などという戦闘艦に深刻な損傷を与え得ない攻撃に、最後の望みを託したのだろう、と嘲笑しているかもしれない。金属片による遮蔽効果で、逃げ切りの可能性を高めようとした、と判断している事も考えられる。
だが、「ファング」が散開弾で遮蔽したかったのは、第2以外の戦隊の接近と「ヴァサーメローネ」の発射だった。
全ての状況をディスプレイで確認しているカイクハルドは、金属片により敵から自分達が見えていないと認識するや否や、指示を発した。
「よし、今だ。『ヴァイザーハイ』全艇、ミサイル発射だ。」
敵は、爆圧弾で第2戦隊の仕掛けた散開弾攻撃を退けて初めて、「ヴァサーメローネ」の接近に気付いた。が、もう回避も防御も、間に合う距離では無かった。
敵艦隊と、第2戦隊以外の「ファング」の相対速度は、既に亜光速と言って良い程になっていた。衝突まで十数秒の距離で、やっと敵は、攻撃されている事に気付いた。
20発の「ヴァサーメローネ」が、8個の敵戦闘艦に突き刺さった。亜光速での激突は、衝撃も凄まじい。艦首から突っ込んで、艦の中ほどにまで達した弾もあった。もっとも安全な場所に設えられたはずの航宙指揮室に爆風を吹き込まれ、乗組員の肉体が灰燼に帰す。
一撃で戦闘不能に陥れられ、沈黙に至らしめられた小型戦闘艦もあった。小破で済んだのは中型戦闘艦1艦だけで、その他は中破以上の損傷を食らった。彼我の速度差が、「ファング」にとって大きな戦力となった。
直撃を見届けたところから第1・3・4・5戦隊の「ヴァイザーハイ」20隻は、艇体の前後を入れ替えていた。後ろ向きに飛んでいるが、スラスターは噴射していない。減速する為に反転したわけでは無かった。後方に向けて、プラズマ弾「ココスパルメ」を発射した。
後方に向けて発射したが、「ココスパルメ」は敵艦に向かって飛んでいた。「ファング」があまりに速い速度で敵艦に向かっているので、後方に向かって撃った「ココスパルメ」も敵に向かっている。発射速度の分だけ「ココスパルメ」の方が遅い、という状態だ。
「ココスパルメ」はどんどん「ファング」との距離を開きつつ、敵艦隊との距離を詰めて行った。「ファング」が敵艦を通過するのに十数秒遅れて、「ココスパルメ」も敵艦の傍を通り過ぎようとした。
その瞬間、「ココスパルメ」は炸裂した。直撃ではないプラズマ弾の炸裂は、物理的損傷こそ敵艦に与える事はなかったが、その高磁場エリアに捕えられた敵には、電子機器が使用不能になるという災難が訪れる。
「ヴァサーメローネ」の打撃だけでも混乱の極みにあった敵艦の乗員たちは、機器の使用不能でパニック状態になっているだろう。そこへ、多数のミサイルが飛来するのをディスプレイ上に確認し、カイクハルドはまたニヤリとする。
「勝負あり、だな。」
「ファング」とほぼ同時に敵へ向かって進発していた、シヴァースの部隊が、今ようやく敵にたどり着こうとしていた。いや、シヴァースの部隊そのものはまだかなり遠くにいるが、彼らの放ったミサイルが、長躯して敵艦隊に辿り付いた。
索敵や迎撃が機能していれば、簡単に撃ち落せるはずの遠距離からのミサイル攻撃が、「ヴァサーメローネ」と「ココスパルメ」で抵抗力を奪われている敵に、次々に突き刺さって行った。ほとんどの艦が大破に至らしめられる、徹底的な打撃だった。原形を失った艦が半分以上を占めた。そんな惨状が、ディスプレイを通じてカイクハルドにも伝えられる。
破壊されたとはいえ、その残骸は、運動量を完全に失うわけでは無い。爆発によって進行方向と逆向きに吹き飛ばされた破片は、ある程度の減速はするのだが、それでも「シュヴァルツヴァール」の方向に向かって飛ぶことには変わりがない。
シヴァースの部隊は、その破片に直撃されないように、位置をずらして待ち構えているだろう。計画の段階から、その行動も決められていた。
シヴァースの部隊から少し離れた位置を、敵艦隊の残骸が通り過ぎて行くのを、カイクハルドはディスプレイで見届ける。その残骸から、降参を告げ救援を求める通信が発せられたのも、彼は聞き届けた。シヴァースが受諾を伝えると、脱出用のシャトルが敵艦隊の進行方向と逆向きに射出された。もう「ファング」のレーダーは届かない場所での出来事だが、シヴァースの部隊からの通信で、その模様をカイクハルドは逐一把握できた。
逆方向に射出しても、敵の脱出用シャトルは艦隊の残骸と同じ方向に向かって飛翔している。残骸になって尚、艦隊の速度はシャトルの射出速度を遥かに上回っているから。シヴァースは彼らを救う為には、懸命にスラスターを噴射して進行方向を逆転させ、敵艦隊の残骸を追いかけなければならなかった。
その様子も、シヴァースからの報告で認識したカイクハルドは、「シュヴァルツヴァール」から第2戦隊を収容した、という報告も受けた。ドゥンドゥー以下、全パイロットが無事の帰還を果たした事が確かめられた。
「シュヴァルツヴァール」も、敵艦隊と同じ方向への加速を実施しなければならなかった。第2戦隊を収容する為には、第2戦隊との相対速度をゼロに近付ける必要があるのだ。荷重粒子ビームを第2戦隊に照射して減速させつつ、自身は第2戦隊と同じ方向に加速する事で、相対速度をゼロに持って行った。訓練を受けていないラーニー達には、少しきつ過ぎる加速重力を味わわせる作戦計画だった。
第2以外の「ファング」の全隊は、バラーンの部隊に収容された。先ほど第2戦隊に中破に至らしめられた小型戦闘艦の近くを通り過ぎ、更にその遥か向こうで待ち構えていた、バラーンの部隊からのビームの照射を受けた。たっぷりと時間をかけたビームによる減速で、ようやく相対速度がゼロに近付き、収容可能となった。
速度を武器に敵を葬ったが、その速度が、様々な面倒を「ファング」にもたらしていた。あっさり撃破したように見えても、あれだけの軍閥部隊を相手にするのは、はやり「ファング」には重いのだった。
途中で通り過ぎた中破の敵小型戦闘艦が、もし攻撃を加えて来るようなら、撃破してやろうとカイクハルドは注意深く様子を伺っていたが、小型艦は沈黙を守り続けた。本隊がシヴァースに降伏した事は、彼等にも伝わっていたのだろう。少し経って、その小型戦闘艦からも降伏と救援要請の通信が発せられた。
随分と手間はかかったが、シヴァースの部隊が敵の捕虜を全て収容した後、戦闘宙域から少し離れたところで、「シュヴァルツヴァール」とシヴァースとバラーンの部隊は合流した。
「敵のおよそ1割だけとはいえ、余りにもあっさりと撃破できたな。この調子で、バラバラに動いている敵を各個に撃破していければ、カジャ様を守り抜けるどころか、絶大な戦果を献上できるぞ。」
とバラーンは、作戦の大成功に御機嫌の様子だ。カイクハルドの方は、落ち着き払ってこの後の戦いへと意識を向けている。
「今回捕えた軍閥の識別信号を使って、敵に嘘の情報を流せば、上手い具合に敵を個別に誘き出す事はできそうだな。」
「カジャ様を発見した、とかいった偽情報を特定の軍閥にだけ流して、単独で進軍して来るように仕向けるんだな。面白そうだ。敵の識別信号を入手しているから、騙すのも簡単だしな。」
前のめりになって、シヴァースは受け合った。
その作戦は、シヴァース主導で進められた。注意深く敵の各部隊の動きを探りつつ、特定の軍閥にのみ偽情報が伝わるようにした。手柄を独り占めにしようとしてか、歴史的に対立の根深い軍閥との共闘を嫌がった為か、偽情報を掴まされた軍閥は目論見通りに単独で進出して来る。
軍閥同士の対立の状況などに関しても、ビルキースから十分な情報が寄せられていた事も、敵を分割して誘き出すのに大いに役に立った。各軍閥の棟梁や幹部クラスも、全員がベッドルームでビルキースの仲間に頭の中を覗かれていて、性格や思考パターンも丸裸だったから、どうやれば単独で誘き出せるかは手に取るように分かった。
少数の兵のみを率いたカジャの居所を掴んだ、と思い込まされた敵は、極めて無防備な状態でまんまと罠に引っかかって来た。
小惑星帯にある何の変哲もない岩塊を、ある軍閥が、カジャの隠れ家だと思い込んで球状包囲し、投降を呼びかけた。その包囲の更に外側から、当該軍閥部隊を包み込むように散開弾が飛来しても、敵の反応は鈍かった。包囲の中心にある岩塊に、あまりにも意識を集中させ過ぎていた。
カジャを生け捕りにした方が報酬も多くもらえるのでは、などという邪な欲望を持った為に、全てのセンサーを岩塊に向けて念入りな探知を試みたのだろう。背後にも目を残しておくという配慮など、一切なかった。
対応の遅れた敵艦隊に、金属片が雨あられと降り注ぎ、表面構造物を破壊した。索敵能力が著しく減退した敵に、更なるミサイル攻撃が襲い掛かる。無論、対艦攻撃専門の弾種である徹甲弾が使われた。
著しく損傷を負って逃げ惑う敵艦に、「ファング」も突撃を仕掛ける。シヴァースとバラーンの配下の戦闘艇団も、群狼の如く襲い掛かる。壊滅に至らしめ、降参に追い詰め、棟梁を含めた大勢の将兵を、捕虜として収容した。
ここで捕えた敵の名を騙って、更に次の敵をも誘き出し各個撃破で仕留める事を、シヴァース達は画策した。その成果として、もう一つの軍閥でも同じような闘いによる撃破に成功すると、シヴァースもバラーンも有頂天になって来た。
「この調子で、『ピラツェルクバ』領域に進出して来た敵部隊は、一つ残らず撃破できるんじゃないか?」
会合を持った「シュヴァルツヴァール」の航宙指揮室で、バラーンは気焔を上げた。
「いや、そう何度も、同じ手が通じるものじゃねえ。それよりも、『ピラツェルクバ』領域に進出して来た部隊の内、3割近くが既に撃破されている、という事実を知らしめて、敵を撤退に導く事を考えた方が、良いかもしれん。」
「そ、そうなのか?こんなにも簡単に、3個もの軍閥を壊滅させられたのだから、後1つか2つくらい・・」
「余り、欲を掻かねえ方が良いぜ。戦力は向こうが断然上なんだ。相手を個別に誘き出そうとする作戦の裏をかかれたら、今度はこっちが、あっさり全滅するかもしれねえ。3個の軍閥を葬ったこの辺りが、良い潮時だと思うぜ。」
カイクハルドの消極論が意外だったのか、バラーンは驚いたようにシヴァースとカイクハルドを見比べた。
と、そこに、トゥグルクが報告を入れて来る。
「第2惑星の集落に、敵の幾つかの軍閥部隊が接近しているらしい。」
「つまり、バラバラだった敵同士が、近付いて来ているって事だ。今までみたいに、簡単に個別の誘き出しが通用する環境では、なくなって来る。」
「そ、そうか。」
カイクハルドの言葉にうなずくシヴァースを見て、バラーンも積極論を収める気になったようだ。
「敵を撤退に導く、ってのは具体的に、何をするんだ?」
シヴァースが、カイクハルドに問いかけた。
「とりあえずは、何もしねえで様子を見よう。敵は『第14集落』にカジャが出入りしているって情報で、ここに乗り出して来たわけだが、今、そこは空っぽだ。カジャもいねえし、カジャに関する情報を持っている人間もいねえ。」
「カジャの居場所が分からないなら、撤収するしかねえって事か。」
「ああ、それに」
シヴァースに向けて、説明を続けるカイクハルド。「プラタープの旦那が、敵征伐部隊に攻勢をかけたって情報を、クンワールが伝えて来た。『ギガファスト』から繰り出して、一撃入れて直ぐに引っ込むって形で、敵に誘いをかけている。敵も、旦那が立て籠もっている『ギガファスト』の存在に、嫌でも気が付くはずだ。」
「そうか。なら、こっちに進出して来ている敵も、どこにいるか分からないカジャ様を討伐するより、『ギガファスト』攻略に向かった方が良い、って考えるかもしれねえな。『ピラツェルクバ』に進出した部隊の3割近くが壊滅させられている事にも、薄々感づいているだろうから、深入りし過ぎて怪我をする前に引き揚げよう、って考えも湧いてくるかも知れねえし。」
バラーンもその認識に同意したので、しばらく敵の様子を見ることにした。
未だ「ポロギ」星系第2惑星を目指そうとしない軍閥もいるので、そちらの動向にも注意を払い、隙があれば要撃を加える事も企みつつ、バラーンとシヴァースの部隊は星系内を飛び回る事になった。
カイクハルドは、「ファング」の第3から5戦隊をシヴァースのもとに貼り付け、要撃を実施する際にはサポートするように指示しておいて、第1・2戦隊は、「シュヴァルツヴァール」でカジャの居る隠し集落に戻る事にした。
敵の動き次第では、カジャを隠し集落から連れ出して、逃げ出さなければいけないかもしれない。第2惑星の集落を訪れた敵が、何らかの経路からカジャの居場所を突き止め、一斉に向かって来る事態も無いとは言えない。そう考えれば、備える必要がある。
隠し集落の内部は、千人程の人間が詰め込まれてごった返していた。無重力の中を、上下左右前後から人が飛び交いすれ違う状態は、目が回りそうな煩雑を呈している。
岩塊に穿たれた大きな穴がメインストリートを形成し、その内壁に、さらに小さな穴が無数に開いていて、居住区域への通路となっている。無数の穴から次々に人が飛び出し、右へ左へ上へ下へ前へ後ろへと飛翔して行き、また別の穴へと入って行ったりする。メインストリートの中では、目まぐるしい三次元交差がのべつ幕なしだ。そこを通って集落に入り込んで行くカイクハルドも、少しイライラさせられ、しかめっ面にもさせられた。
円軌道を走り回る施設を目指す人もいるだろう。そこを交代で利用し、食事などの疑似重力が欲しいと思う行為を済ませる。それ以外は無重力の中で過ごす、というのがここでの生活だ。
小惑星群の中でも採取できる資源はいくらかあり、その活動の為に集落の外を目指す人々もいる。採取して来た元素を使って、食材や資材なども生産される。それ用の設備のオペレーションを担当する人々も、各自の持ち場と居住部屋を日々行き来しなければならない。それでも備蓄を食い潰すのは避けられない生活を、住民は余儀なくされている。窮屈だし不安も募る日々だろう。
混み合う通路を通り抜けるのには苛立ちを覚えたカイクハルドも、人々がそれぞれに責任や心労を抱えて飛び交っている事を想えば、黙って感情を飲み込むしか無かった。
住民が移り住んで来たからには、カジャも疑似重力のある空間を独占して、ソファーの上にふんぞり返っているわけにもいかず、無重力の一室で状況を見守る日々を送っているらしい。皇太子という立場と権力を振りかざせば、いくらでも贅沢は可能なのだろうが、カジャにその意志は無いようだ。
床に見立てた壁面に固着された、サンダル状の物体に足を突っ込む事で体を固定し、床に見立てた壁と直角に交わるもう一つの壁面に据えられたディスプレイを眺めていた。隠し集落建造の、進捗でも確認しているようだった。
今回の投降は、ここまでです。次回の投降は、 '19/2/9 です。
相対速度が亜光速の戦い、というのが今回の裏テーマでした。例のごとく面倒くさい描写が多かったかもしれませんが、ミサイルやシャトルの射出速度よりも速く飛んでいる戦闘艦や戦闘艇の状況を記述しようとすれば、どうしてもこうなってしまうのです。真空の宇宙なので、物体はどこまでも加速して行き(光速に近づけば話は変わってきますが)、地上などではあり得ない展開が起こります。そんな"宇宙的"な戦闘を、読者様に実感して頂けていればいいのですが。敵を倒すところまでではなく、戦闘艇などが母艦に帰り着くところまでをもリアリティーを持って描く、というのも作者のこだわりでした。「家に帰るまでが遠足です」ではないですが、攻撃のための加速は派手にやっておいて、着艦のための減速をおろそかにするという描写は無責任だと思いまして。母艦の方も加速して相対速度をゼロにしやすくする、というのも避けて通っては行けない部分だと心得ております。宇宙での戦闘を実感して頂くためには。というわけで、
次回 第55話 絶望の突発 です。
ここまでは優勢に戦いを進めてきましたが、まだ3割ほどの敵を撃破しただけです。まだまだ、普通にやれば勝ち目のない軍勢が残されています。そんな状況で上記のタイトルですから、まあピンチになるのは予測がつくでしょう。どんなことになるか、想像を巡らせて頂けると嬉しいです。あの人が、あんなメにあってしまうのです。




