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銀河戦國史 (アウター“ファング” 閃く)  作者: 歳越 宇宙 (ときごえ そら)
第4章  激突
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第52話 転じる征伐の矛先

 寂しさを漂わせたカジャの発言に、カイクハルドは満足気な笑みを見せた。

「思いの外、物分かりの良い皇太子で助かったぜ。もっと皇帝権威を笠に着て、身勝手な要求を押し付けて来るか、と思ったが、こんなワインを用意する程でもなかったかな。」

「いや、このワインは応えた。こんなものが『グレイガルディア』に存在するなら、皇帝権威が相対的に低下するのも、当然だ。かつての権威の残滓(ざんし)を当てにしてはいけないのだ、と痛感したぞ。戦力の面でも、わしが集め得た兵では『ファング』の足元にも及ばぬしな。」

「まあな。戦力に関して言えば、俺達『ファング』は『グレイガルディア』においては、規格外だな。」

「その『ファング』がわしの旗下に入って戦ってくれる、と言うのが、皇帝親政を取り戻すのには最も近道ではないか、と思うのだがな。」

「へっ、結局、話はそこに至るんだな。」

 苦笑したカイクハルドだが、その表情はすっかり穏やかなものになっている。

「うむ。最初は、皇帝の権威を前面に出す事で抱き込むやり方を考えておった。それこそが、皇帝一族に根付いた伝統的手法、というものだからな。だが、事ここに至っては、真摯に頼み込むしかあるまい。カイクハルドよ、『ファング』の力をわしに貸してはくれぬか?」

「そう考えるのが、順当なのかもしれねえ。だが、悪いが、あんたが寄せ集めたあの弱小軍団に俺達が加勢したところで、軍政を突き崩すほどの力は出せねえ。あの寄せ集め兵は、飾りとして軍政への牽制に利用する以外、使い道はねえんだ。」

「・・そうか。」

 更なる寂寥(せきりょう)感に彩られるカジャ。「皇帝権威を、今のわしに成し得る最大限に発動して集めた兵が、それほどまでに使い物にならぬか。」

と呟いた彼の頬は、一層痩せこけて見えた。

「いやいや、牽制としてなら十分に使い物になってるし、絶大な効果を発揮しているんだぜ。それだって、軍政打倒には重要だ。実戦より牽制の方が使い物になってるってのは、不満かもしれねえが、卑下するものじゃねえ。そんな事は、皇帝一族であるあんたにしかできねえんだから、あんたにはそれに専念してもらいてえな。」

「それで、皇帝親政は復活するのか?一時的にでも、皇帝に権威を取り戻す事ができるのか?」

「プラタープ・カフウッドの旦那は、皇帝の臣下を標榜して『バーニークリフ』や『ギガファスト』で戦っている。それに、もうじき『シックエブ』を突く動きを見せるはずのジャラール・レドパイネも、皇帝の御為にというのを宣してそれを実行するだろうさ。連中の戦いが結実すれば、それは皇帝の勢力が軍政を打倒した事になる。」

「そうか。『カフウッド』や『レドパイネ』などの、皇帝シンパの軍閥ファミリーの力を、頼るしかないか。」

「元々、皇帝ってのはそういうもんだろ?権威なんて、自分が動く力じゃねえ。人を動かす力だ。そして、権威でもって国を統べるのが、皇帝だ。皇帝一族が自分で兵を募って闘うんじゃ無く、貴族や軍閥を動かして敵に向かわせるのが、本来の姿だ。」

「そうかもな。それで、『カフウッド』や『レドパイネ』に、軍政打倒は果たせそうなのか?」

「そこだな。正直、『カフウッド』も『レドパイネ』も、弱小に類する軍閥だ。連中だけじゃ、軍政を打倒するまでの成果は、上げられねえかもしれねえ。更に大きな軍閥が動かなきゃ、ダメかもしれねえ。」

「そうなれば、やはり、皇帝親政の復活は危うくなるのではないのか?」

「そこは、それこそ皇帝が、どれだけ民衆の尊崇や敬愛を維持できているか、に寄るんじゃねえか?それが十分なら、軍政打倒に動いた大規模軍閥だって、皇帝親政を認めるだろうし、皇帝以外の者が統治権を握ろうとしても誰も付いて行かねえ、って事になるはずだ。大規模軍閥の動きが軍事政権打倒の決め手になったとして、それで皇帝親政が復活しねえようなら、皇帝一族の実力もその程度のものだったって事だろ。」

「うむむむ・・。大規模軍閥の動きによって軍政が倒れて、それで皇帝親政が復活しない場合は、潔く諦めろ、という事か。大規模軍閥という事は、軍事政権内で中枢を担っている軍閥、という事になるな。そいつらに統治の実権を託せ、という事か。」

「大規模軍閥のどれかに、統治の実権を担い得る力量があるようなら、それでも良いんじゃねえか。だが、あんたは、皇帝以外には担い得ないはずだ、と信じているんだろ。だったら、統治の実権は皇帝一族に戻って来るはずじゃねえか。」

「皇帝一族の権威を信じるのならば、大規模軍閥の行動が軍事政権打倒の決定打になるのも、黙って見守っていろ、という事か。」

「まあ、そんなとこかな。いくら『ファング』が協力しようと、『カフウッド』や『レドパイネ』が奮闘しようと、皇帝一族が直接に軍事政権を倒せる戦力を得る事はできねえんだ。背に腹は代えられんだろう。『カフウッド』と『レドパイネ』だけで軍政が倒れりゃ、問題ねえが、大規模軍閥の力無しじゃどうにもならねえようなら、皇帝親政が復活しねえリスクを背負ってでも、それに賭けるしかねえじゃねえか。」

「・・そうか。『ファング』の力を取り込む事で、わし自らが軍政を倒して皇帝親政を復活させる、などと言うのは、甘すぎる妄想だったのだな。現実は、そんなに甘くはない。まだまだ、様々なリスクを背負わねば、皇帝親政にはたどり着けぬ、という事か。」

「百年続いた軍事政権を倒すんだからな。色んなリスクは付いて回るさ。」

 カジャは、一つ大きな溜め息をついて、気持ちに整理をつけたようだ。カイクハルドを真っ直ぐに見つめて言った。

「分かった。我等の軍勢は、今後は、攻勢には打って出ぬようにする。『ウェラリア』と名付けた宇宙要塞を拠点にしておるが、そこに籠って、軍政を牽制する役割に徹しよう。時折、『シックエブ』への進軍の構えだけは見せるが、直ぐに引き返す。あくまで牽制の一環だ。後の事は『カフウッド』や『レドパイネ』に任せ、皇帝親政が復活する事を、信じて待つ事にするぞ。」

 カジャのその言葉の後には、和気藹々(わきあいあい)とした宴の時間が訪れた。楽し気にカジャと酒を酌み交わすカイクハルドの言葉遣いは相変わらずだが、シヴァースとバラーンの表情も、次第に穏やかなものになった。

「我等の軍の進出で、『ファング』にもずいぶん犠牲が出てしまったようだな。」

 宴の後半には、カジャの口からそんな気遣いの言葉も漏れた。

「戦いには、俺達『ファング』が自ら、好き好んで首を突っ込んだんだ。あんたが気に病むことじゃねえ。『ファング』パイロットの死には、俺以外の誰にも責任はねえんだ。ただ、願わくば、死んで行った奴を少しばかり、(とむら)ってやって欲しいかな。」

「では、死んで行った者達の為に、乾杯しようではないか。味方だけではない。死んだ者には敵も味方もない。貴族も軍閥も領民も『アウトサイダー』も同じだ。命を賭してこの『グレイガルディア』の礎になった全ての御霊(みたま)に、乾杯!」

(・・へえ、これが、皇太子カジャか。)

 内心で、カイクハルドはそんな呟きを漏らしていた。敵にも、「アウトサイダー」にも慈愛を感じ得る心根が、この男にはあるらしい。

(皇帝親政が復活すれば、ムーザッファールの後を継ぐのはこの男だ。「アウトサイダー」にも配慮できる男が次代を担うのならば、皇帝親政も捨てたもんじゃねえかもな。)


 「シュヴァルツヴァール」で「シェルデフカ」領域に戻って来た「ファング」には、しばらくの安息の時間があった。軍政の征伐隊は、プラタープが「ギガファスト」に立て籠もった事実を未だに知りえていない。それの探索を実行するための物資も、補給部隊がカジャの兵や「ファング」に阻まれ、なかなか十分な量が彼等のもとに届かない。

 軍政首脳からは、早急にプラタープの所在を明らかにするよう矢のような催促を受けているのだが、その為の態勢が整わない。(もぬけ)の殻となった「バーニークリフ」に留まって、補給が届けられるのを待っている。

 カジャの部隊を罠に嵌める作戦に失敗し、輸送部隊を殲滅された痛恨に懲りて、征伐隊はよりいっそう厳重な護衛を付けて補給部隊を送り込んだので、「ファング」はそちらには手を出さない事にした。

 征伐隊には早く補給を完了させて、「ギガファスト」の攻略に向かってもらった方が良い、という考えもカイクハルドにはあった。「カフウッド」が軍政の征伐隊を派手に撃破する、という戦果の宣伝効果も、軍政打倒を目指す陣営としては期待したいところだ。戦況が膠着したままでは、そんな場面が作れない。

 軍閥同士の大規模な激突ともなれば、その模様を記録し国中に広める者が必ず現れる。そういった活動を商売にしている者もいるし、戦闘に参加している軍閥が、自らの栄光を宣伝する目的で記録している場合もある。戦いに敗れたにも関わらず記録が流出し、栄光を宣伝するはずが醜態を暴露してしまう結果になったりもする。

 様々な形で、戦闘の結果というのは国中に広まって行き、大きな宣伝効果をもたらす。プラタープ・カフウッドが様々な罠を仕掛けた宇宙要塞「ギガファスト」に立て籠もり、征伐隊を迎え撃とうとしているのは、そういった宣伝効果で軍政打倒の機運を盛り上げよう、との意図もある。大部隊を引き付ける事で、他の誰かが「シックエブ」や「エッジャウス」といった軍政の拠点を攻略しようとした際の、軍政側の迎撃能力を削ぐ、という直接的な狙いと並んで、プラタープの軍政打倒戦略の一環を成している。

 一方で味方の機運を盛り上げ、他方では敵戦力を引き付ける、それが、プラタープ・カフウッドの「バーニークリフ」や「ギガファスト」での籠城戦の目的だ。であるからには、派手に敵を撃破する場面を演出しなければならない。膠着が長く続くのも、あまり得策では無い。

 そんなわけで、敵の補給が早く完了して欲しい、との意識もあって、「ファング」はゲリラ戦による後方攪乱も、一時的に休止していた。パイロット達も、思い思いに過ごしている。

 カビルは、ここ最近の戦いでゲットした権力者の箱入り娘達を、骨の髄までしゃぶりつくすのに余念がない様子だ。ヴァルダナは、お使い名目で向かっただけのはずの「シェルデフカ」の「ファング」根拠地で、ずいぶんと長逗留している。ナワープとの再会は、手短には済まないらしい。

 カイクハルドは、「シュヴァルツヴァール」で「シェルデフカ」の隠し集落を視察して回った。いざという時に、拠点として有効に活用する為には、日頃からの手入れが欠かせない。住民との信頼関係の醸成は、ゲリラ戦を継続する上では必須だった。

 それぞれの隠し集落に問題やトラブルが生じていないか、見て回り、聞いて回り、場合によっては「ファング」の根拠地に支援を要請したりする。

 住民達は、本来の居住集落に戻らなければ、十分な資源採取や生産活動は行えず、隠し集落の備蓄を取り崩す一方の生活になってしまうので、征伐隊の目を盗んで、できるだけ本来の集落に戻りたがる。少しでも資源を採取し、食料や資材を生産し、隠し集落の備蓄を充実させる活動に勤しみたいのだ。

 そんな住民の安全な移動に、「シュヴァルツヴァール」が協力する場面も多々あった。そうやって恩を売り、信頼関係を築く事で、以降の戦いを有利に導く為だ。ただの人助けではない。

 ラーニーも、カイクハルドに付いて隠し集落を視察したり、本来の集落での住民の活動を見学したり等を、彼に要望した。彼女の知識を、集落の役に立てる道を探りたいらしい。彼女の方は、ただの人助けだった。「ハロフィルド」ファミリーの所領経営に失敗した、という自責の念を(かこ)つ彼女は、人助けにその代償を見出そうとしているらしい。

 そんな日々が何週間か続いた頃、クンワールから深刻な声色の通信が入った。

「兄上から報告があったのだが、征伐隊に嫌な動きが見られるらしい。」

「嫌な動き、だと?何だ?」

 カイクハルドも眉を寄せ、声を低くして応えた。なんとなく、彼には予感があった。

「補給や補充が成った敵部隊が、『ギガファスト』を探すわけでも無く、どこか別の方面に進撃して行ってるらしい。詳しい行き先は探知できなかったが、無数に放ってある無人探査機のデーターを解析すると、大部隊でどこかに進撃して行った、と考えられるらしいのだ。」

「どこかへ、か。考え得る最悪の可能性は、カジャの部隊の攻略に向かう事態だな。」

「そうだな。征伐隊が、兄上ではなくカジャ様の討伐を最優先に掲げて、全力を持って撃破を目指す、というのが、こちらとしては一番厄介だ。」

「ああ。今、『グレイガルディア』中に反乱の機運が広まりつつあり、あちらこちらで軍政に反旗を翻す勢力が続発しているが、それも、プラタープの旦那の戦いより、カジャの皇帝一族としての権威や名声に負うところが大きいだろうからな。あいつを潰されるのが、こっちとしては一番痛い。」

 だからこそ、前回のカジャの敵輸送部隊への襲撃は、カイクハルドの望むところではなかった。あの戦いによって、敵の目がカジャの方に向いてしまった可能性がある。軍政打倒を阻止するのには、「カフウッド」より先にカジャを倒すべきだ、という事に気付かせてしまったかもしれない。

「しかし、皇太子様を手に掛ける、というのは軍政にもリスクが高いはずだ。皇帝一族に槍先を向ければ、民心の離反を加速するかもしれないから、軍事政権は、今までカジャ様に対してはあまり強い攻勢に出ないようにしていた。だからこそ、兄上を主要な標的としていたのだ。」

と、クンワールは見解を主張した。

「この前のカジャの戦いで、そうも言ってられん、と征伐隊は思うようになったのかもしれねえ。」

「やはり、そうだろうか。そうだとすれば、厄介だな。兄上も、『ギガファスト』から出撃して、カジャ様の征伐に向かった部隊を襲撃すべきだろうか、という相談を寄せられた。」

「馬鹿言うな。プラタープの旦那の部隊なんか、要塞から出ちまったら、どうしようもねえ弱小戦力だぜ。罠を張り巡らせた要塞に籠ってこそ、国を揺るがすほどの戦いができるんだ。旦那の部隊が要塞の外で殲滅されちまったら、それはそれで軍政打倒の機運は萎んじまうだろう。」

「結局、カジャ様も兄上も、どちらも軍事政権打倒には必要、という事だな。その両方が窮地に陥ったら、我々はどちらを守れば良いのやら。とにかく、敵の目がカジャ様の方にも向いてしまったとしたら、やはり厄介な事になるな。」

「戦力は圧倒的に、敵の方が上なんだからな。上手く旦那の罠に誘い込んでこそ、こちらにも勝機があるんだ。・・よし。カジャの方は、俺達『ファング』で何とかしてみる。旦那には、絶対『ギガファスト』から離れねえように言っといてくれ。『ギガファスト』に敵を引き付ける為の動きだけを、やっていてくれってな。」

「分かった。」

 カイクハルドの通信を隣で聞いていたトゥグルクが、例の如く少女を脚の上で弄びながら話し掛けて来た。

「やれやれ、この前、行って帰って来たばかりの『ピラツェルクバ』領域に、また出向く事になるのか。また、前回みたいな、しんどい戦いになるのか?」

 1度の戦闘で5人以上のパイロットを失う事は、それほど多くはない。そんな戦いを頻繁にやっていたら、「ファング」の態勢は維持できなくなってしまう。それでもトゥグルクはすました顔でいたが、彼の内心を代弁しようとしてか、脚の上の少女は不安気な表情を浮かべていた。


「催促されて、ようやく戻って来やがったな、ヴァルダナ。そんなにナワープの腕の中は居心地が良かったのか?」

「うるさいんだよ、カビル!お、俺は・・ひ、人や物資の輸送の為に、根拠地に行っていたんだ。その作業や手続きに手間取っていたんだ。な・・ナワープは、関係ない。」

「嘘を付けよ。俺もその手のお使いに出た事はあるけどよ、手間なんぞか、かからなかったぜ。」

「こ・・こ、こ、今回は、手間がかかったんだよ。」

 カビルにからかわれ、必死で言い訳をするヴァルダナだったが、顔の色からも、彼がナワープのもとに入り浸っていた事は、容易に想像がついた。

 それでもカイクハルドは、ヴァルダナがこうして戻って来た事に満足していた。ナワープのもとに向かわせると決めた時に、彼が戻って来ない事態も、少し覚悟していた。ナワープと生まれて来る我が子の傍に居たい、と彼が望むのなら、それはそれで良いと思っていた。トーペーも、その方が喜ぶのじゃないか、とも。

「良いのか?ヴァルダナ。もう二度と、『シェルデフカ』の根拠地に寄る事はねえかも知れねえんだぜ。ナワープに会うのも、これが最後だったかも知れねえんだ。」

「あ、ああ・・」

 十代の少年が、予期せずに溺れてしまった恋情を断ち切るのは、生半可な痛みでは済まないはずだ。更に、ナワープの中には彼の分身が宿る。それを残して、ここに戻って来る時の彼の心情は、どんなものだっただろうか。戦闘艇の狭いコックピットの中での、一人ぼっちの孤独な時間を、どんな想いで過ごしただろうか。それでも、彼は戻って来た。

「生き抜けよ、ヴァルダナ。生きてりゃ、色々と、可能性は出て来るもんだ。死んじまったら、ナワープにも我が子にも、絶対に会えなくなっちまうぜ。と言いながら、いつ死んでもおかしくねえ戦いに、俺はお前を駆り立てる立場なんだがな。」

「ああ、分かっているさ。『ファング』に居る限り、命がけの闘いの連続だ。その中で、生き残る為の、最善を尽くすさ。姉上も、ナワープも、その腹の中の子も、俺は、守り抜かなきゃいけないんだ。」

「兄上の名誉回復は、もう良いのか?『ハロフィルド』の再興、なんて事も、言ってなかったっけか?」

「それは、回復する必要などない、と今では思っている。プラタープ殿を始め、多くの軍政打倒の同志が、兄上の仕事に敬意を払って下さっている。それを知って、これで十分だと思えるようになった。兄上の名誉は、今でも十分に保たれている。元領民の生活状況を聞く分には、『ハロフィルド』が再興できなくても問題は無い、との印象も受けた。それに今は、軍政打倒を達成する事こそが、兄上が、最も俺に期待する事のはずだしな。」

「・・・そうか。」

 決意を漲らせた少年と、彼を死地に引き込むかもしれない憂慮を抱えたカイクハルドを乗せて、「シュヴァルツヴァール」は再び「ピラツェルクバ」領域を目指した。


「つまり、『ポロギ』星系の『第14集落』に、軍政の征伐隊の一部は向かっているって事だな。」

 クンワールからの追加の連絡に、カイクハルドは応じていた。

「そうだ。幾つかの敵の通信を傍受した。それを解析すると、『ピラツェルクバ』領域の『ポロギ』星系にある『第14』とされている集落に、カジャ様が頻繁に出入りしておられるという情報を敵は掴み、そこを目指す事にしたらしい。どれくらいの戦力が向かったかは不明だが、少なからぬ戦力で、カジャ様を討伐する意気込みで向かったらしい。」

「という事だが、その集落には心当たりがあるわけだな?」

 振り向いたカイクハルドの視線の先には、シヴァース・レドパイネがいた。「シェルデフカ」で活動中だった彼とバラーンの部隊も、「ファング」と合流して「ピラツェルクバ」領域を目指している。カジャが狙われたとあっては、彼らとしても「シェルデフカ」で活動している場合ではない。

 「シュヴァルツヴァール」は、彼らの部隊と並走しているが、シヴァースとバラーン・アッビレッジは「シュヴァルツヴァール」の航宙指揮室に招かれ、対応を協議していた。

「そこは、『ポロギ』星系の中でも大きな集落だ。星系内に数十個ある集落から、人や物が集まっても来る。比較的に“肥えた星系”の中心になっている集落だから、かなり規模も大きいぜ。」

「要塞で必要な糧秣の調達には、うってつけの場所だって事か。」

「無論、無理矢理に徴発しているわけではないぞ。カジャ様の名声があれば、貧しい生活の中からでも、自ら進んで糧秣を捻出してくれる住民も、少なくは無いのだ。」

 シヴァースとバラーンから、カイクハルドは相次いで情報を引き出した。

「それにカジャ様は、住民の為に隠し集落を作ってやろうとして下さっている。既に7割方、建設は完了している。バラーンの配下にその集落の出身者が多くいる、と知ったカジャ様のご好意だ。なあ、バラーン。」

「ああ。本当に、カジャ様はお優しく、目配り気配りをして下さるお方だ。こんな窮乏した弱小軍閥の小倅の為に、そこまでお心を砕いて下さるなんて。」

 バラーンは、感激も一入(ひとしお)といった面持ちだ。

「それで、隠し集落建設の為に集落への出入りが増えた結果、居場所が敵に知れる事になり、軍政の征伐隊に付け狙われるハメになったんじゃ、世話ねえな。要塞にじっと引き籠ってりゃ、こっちも余計な手間を、かけさせられなくて済んだのに。」

「そう言ってくれるな、カイクハルド。俺の為に危険を犯し、手間を割いて下さったのだ。この恩には、絶対に報いなくてはならん。カジャ様を、何としてもお守りしなくては。」

「恩があるのはお前だけだろ、バラーン。そんなものに、『ファング』まで巻き込まれちまってんじゃねえかよ。カジャが()られちまったら、軍政打倒が終わっちまうからってな。」

とカビルは、カイクハルドに環をかけて、不満を露わにした。

「そこは、申し訳なく思っている。俺一人でカジャ様を救ってさし上げられるなら、命に代えてもそうするのだが、敵の戦力が分からない状況では、『ファング』の力も借りないわけに行かない。」

「で、結局、カジャの為に、『シェルデフカ』と『ピラツェルクバ』を行ったり来たりせにゃならんわけだ。」

 バラーンの恐縮した顔に、不満を垂れるのもそこまでにしよう、とカイクハルドは、シヴァースに向き直って質問をぶつけた。

「で、カジャは今、建造中の隠し集落にいるんだろ?お前達は、そっちの場所は征伐隊には知られてねえはずだ、って思ってんだろ。」

「ああ。カジャ様は隠し集落の建設現場で、自ら陣頭指揮をとっておられる。」

「何で皇太子が、隠し集落の建造なんぞに、自ら指揮をとるんだ?要塞の中でふんぞり返っていてくれた方が、周りは手間が少なくて済むんだがな。で、その場所は、バレねえようになってるはずだって事だが、怪しいもんだな。隠し集落なんぞ、場所がバレちまったら全く意味がねえんだが、情報を隠し通すってのは、相当高度な統率がとれてねえとできねえぜ。カジャの寄せ集めの手勢に、そこまでの統率があるとは思えん。情報が漏れちまってても、全く不思議はねえぜ。」

「かしらの言う通りだぜ。」

 カビルも、したり顔で口を挟む。「あんな出来の悪い手勢で隠し集落の建設なんて、身の程が分かってねえんだよな。まずは、絶対に情報漏洩が起こらないだけの、統率の取れた部隊の設立が先決だろうによ。」

「いやいや、頼むよ、カイクハルド、カビル、カジャ様をそう悪く言わないでくれ。俺の為を想って、俺の部下の出身集落を守って下さろうとしておられるのだ。」

「身近な人間が大切に思っている集落を守ってやろう、って行動はな、何の権力もねえ人間には美談にもなるが、権力の座にある者には、身勝手で無責任な行動にもなるんだぜ。権力ってもんは、身近な者にもそうでない者にも、別け隔てなく使わなきゃ、不平不満の温床になるんだ。それも自分が直接手を下すんじゃ無く、権力を上手く使って人を動かす、ってのが権力者に求められる能力だ。」

「そうだな。」

 ヴァルダナが、カイクハルドの発言に頷いた。「身近な者を自分の手で守るってのは、権力の座にないものにだけ許された行為だ。権力の座にある物は、身近な者もそうでない者も、どちらも分け隔てなく然るべき者の手によって守られる体制を、権力を駆使して構築するのが務めだ。そういう能力のある者にのみ、権力は与えられるべきなんだ。」

 ヴァルダナも、「ハロフィルド」ファミリーの一員としての、自戒に満ちた見解を披瀝した。家宰を管理監督する、という権力を正当に行使して領民への搾取等を取り締まっていれば、彼の領民は苦しまずに済んだ。17歳の少年には余りに過酷な課題でも、帝政貴族に生まれた彼は、それからは逃れられない。

「とりあえず俺達は、カジャの居る建造中の隠し集落とやらを、目指すとするか。敵に隠し集落の場所が知られてねえなら、そこまでは来ねえわけだ。正規の集落を訪れて、そこにカジャが見つからなかった時点で、敵はそのまま引き返すかもしれねえ。」

「それが一番、ありがたいな。」

 カイクハルドの意見に、第2戦隊隊長のドゥンドゥーが応じた。「プラタープ殿が、上手く『ギガファスト』に征伐部隊を誘き寄せる行動を起こしてくれていれば、カジャ様を狙った部隊も、そちらに矛先を向け直す可能性が高い。」

「ああ、見つからねえカジャより、居場所の分かってる『カフウッド』から先に始末しよう、って考えに傾くかもしれねえもんな。」

 カビルも追従した。

 シヴァース達が、2基のターミナルで挟むタイプの、恒久型のタキオントンネルを「シェルデフカ」領域の「フロロボ」星系と「ピラツェルクバ」領域の「ポロギ」星系の間に設置してあるので、移動は一足飛びだった。そこから更に「ポロギ」星系内を、暫時型のタキオントンネルを使って1時間ほど移動すれば、カジャの居る隠し集落にたどり着けた。

「小惑星帯があるんだな、『ポロギ』星系には。その小惑星の1つの内部に、隠し集落を造り込んでいるわけか。」

 ヴァルダナは、「シュヴァルツヴァール」の航宙指揮室のディスプレイで、星系図を眺めている。

「ああ。比較的内側の軌道に小惑星帯を持つ星系は多数派じゃねえから、こういう環境の隠し集落も、少し珍しいかな。ヴァルダナには、初めてお目にかかる代物って事になるか。」

「ああ。」

 カイクハルドに向き直り、ヴァルダナは小さく頷いた。「星系外縁部のエッジワース・カイパーベルトは、たいていの星系にあるから、そこに造り込まれた隠し集落は沢山見て来たが、内側軌道の小惑星帯の隠し集落ってのは初めてだな。比較的近い距離に岩石惑星があって、そいつの衛星軌道上に、軍政の征伐隊が向かっている集落もあるんだな。」

 比較的近い、と言っても、数百万kmくらいはある。しかめっ面をしなければ耐えられない加速重力に、数十時間に渡って苛まれて、ようやくたどり着ける距離だ。

「うむ。『ポロギ』星系第2惑星だ。この惑星の衛星軌道上にある、10個ほどの集落の一つだ。この約10個の集落はどれも、この領域でも比較的規模の大きい集落だな。」

 興味津々の眼で、ヴァルダナはディスプレイを見詰める。電子化された情報からでも、彼はここの領民の、暮らしの息吹を感じ取っているのかもしれない。

今回の投稿は、ここまでです。 次回の投稿は、 '19/1/26 です。

エッジワースカイパーベルトはたいていの星系にあって、比較的内側の軌道の小惑星帯は珍しい、というのは作者の創作です。実際のところはわかりませんし、現代の科学・天文学では、そこまで詳細には他星系の実像を捕え切れていないと思います。恒星から来る光の増減から、恒星と地球の間を横切る惑星を見つけるとか、その増減のタイミングのずれから、見つけた惑星をゆさぶっている存在があることをつきとめ、衛星の発見につなげるとか、そういった天文学の状況を考えたら、他星系の小惑星や小惑星帯、エッジワースカイパーベルトなどを直接検知するすべは、今の人類にはなさそうです。そういうところにこそ、SF小説のつけ入るスキがうまれる、というものです。いかにも実像とおもえそうな虚像をつくりだすことが、SF小説の醍醐味の一つなのだ、とかいったりして。これからも本作には、宇宙に関する実像と虚像が入り乱れますし、本文中では実像か虚像かの説明はいたしませんので、読者様に置かれましては鵜呑みになさらずに、できればご自身でご確認頂きたいと思います。そしてそのまま、科学好きとか天文学好きになってしまって頂けると、作者としては、してやったりなのですが・・。というわけで、

次回 第53話 皇太子築造の集落 です。

大勢力を誇る軍を率いているのが皇太子カジャですが、皇帝親政が実現したら、一国を背負う立場になりうる人物でもあります。一人の人間として、一軍の将として、一国の統治者として、と色々な視点でカジャという人物をとらえて頂きたいと思います。その上で、これからカジャと「ファング」に起こる出来事や、彼らの繰り広げる戦いをご覧頂きたいです。



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