第51話 皇帝一族の憂慮
敵艦隊に肉薄した「ファング」に、レーザーによる迎撃が叩き付けられる。が、ほとんどが明後日の方角に向けて放たれている。当たる気がしない。接近している事は分かっていても、詳細な位置と運動状態が敵には特定できていないから、こうなってしまうのだ。索敵システムの損傷は、相当に深刻らしい。
ランダム微細動を繰り出す必要もない程、敵レーザーには当たる気配がない上に、「ファング」の前方は「ナースホルン」の流体艇首でがっちり防御されている。まぐれで当たっても、損傷を受ける心配は無い。
第1・2戦隊と第4・5戦隊が、大型戦闘艦を1艦ずつ狙った。第3戦隊には、一番損傷の軽そうな中型戦闘艦を狙わせた。全て、カイクハルドが判断して指定した。「ヴァルヌス」と「ココスパルメ」が、次々に敵艦に命中して行く。
第4・5戦隊が狙った方の大型戦闘艦は、攻撃直後に進路を捻じ曲げて、あらぬ方へと徐々に流れて行く。亀裂から噴き出したガスが、意図せぬ方向に艦を押し進めているらしいが、そのベクトルを打ち消す操艦もできないみたいだ。制御不能になった、と見て良い。
もう一つの大型戦闘艦と、中型戦闘艦も、レーザー射撃がピタリと止んだ。どんな障害の結果かは分からないが、戦闘継続は厳しそうだ。
「ファング」の後に続くように、カジャ部隊からのミサイルが敵艦に迫っていた。それを阻止する為の敵の散開弾攻撃が、不調なミサイルの続発によってかなり薄っぺらなものに終わったので、その分、敵艦隊への攻撃は濃密になった。
「ファング」の攻撃の的になった3艦はもちろんの事、その他の艦も、防御が十分に機能しない。直撃が相次ぐ。徹甲弾に深々と艦を抉られ、内部を焼かれる。
「ファング」は、花火の如く飛び散って密集隊形を一瞬で解体すると、単位ごとに敵戦闘艇へのフォーメーション攻撃を仕掛けて行った。
カイクハルドは、彼の率いる第1戦隊の第3単位の動きに、特に注意を払っていた。先の戦いで、もとの第3単位はリーダーのナジブと共に全滅したので、今の第3単位は、後継リーダーのバントを始めとして、全員が新入りだ。根拠地での厳しい訓練と選抜を越えて来たパイロットだから腕は確かなはずだが、初陣でのこの激しい戦闘は、かなりの重荷だろう。
新たな第3単位を編成した後にも、十分な訓練を「ファング」全体で繰り返しては来たが、実戦となるとやってみなければわからない。
(どこまでやれるか。)
カイクハルドは、やや不安な心持で新設の第3単位の戦いを見ていた。
だが、それは杞憂に終わりそうだ。索敵能力を逸した戦闘艦を救うべく、敵戦闘艇群はミサイルの撃破に注力しようとしていたので、第1戦隊第3単位を含め、「ファング」の全ての攻撃は面白いように成功する。フォーメーション攻撃の餌食となって、次々に撃ち減らされて行く。
「ファング」の標的になった仲間をサポートしようと、不用意に「ファング」への接近を図った敵戦闘艇は、近接阻止モードの全自動レーザー照射により、攻撃した戦闘艇のパイロットですらも気付かない内に、あっさり撃破された。新設の第3単位も、歴戦のベテランに混じって勇猛な奮戦を見せている。
だが、相手は千隻以上いる。撃ち減らしても撃ち減らしても、後から後から湧き出て来るかのようだ。そこへ、戦闘艦からのミサイル攻撃も来る。後方に居残っている中破以上の敵戦闘艦も、ミサイルに長躯させての攻撃を仕掛けて来たりする。戦域から逸れつつある大型艦も、遥かなる遠方からのできる限りの戦闘参加に熱を入れている。それらを躱しながらの、千隻もの敵戦闘艇との格闘は、「ファング」にも荷が重いものがあった。
赤い光が、カイクハルドの眼を焼いた。「ファング」にも、犠牲が出た。無傷では済まない、と覚悟を決めて出撃したが、実際に仲間を喪失してみれば、全く痛みを感じないというわけには行かない。だが、その事で目の前の戦闘への集中を欠くパイロットは、「ファング」にはいない。着々と、敵は討ち減らされて行く。
欠員の生じた単位は、別の単位と合流する事でフォーメーション攻撃の継続を図る。どんな組み合わせで単位を組んでも、最も合理的なフォーメーション攻撃ができるように普段から訓練している。少々の犠牲で、「ファング」の戦闘力は衰えない。
何回か赤い光に包まれ、数人の犠牲を知らしめられたカイクハルドだが、最善の戦いを繰り広げ続けた。
敵の輸送部隊を護衛していた艦群も、最後に残っていた小型戦闘艦2艦があっけなく葬られていた。その仕事を終えて尚、戦闘能力を維持していたカジャ側の小型戦闘艦5艦が、「ファング」が相手をしている奇襲部隊への迎撃に合流して来た。
戦闘艇も、シヴァースやバラーンの手勢と思われる部隊を先頭に、奇襲部隊の方の戦闘艇群との格闘に参加して来る。寄せ集めの兵の中にも、多少は度胸のある者がいたようで、「ファング」やシヴァースやバラーンの戦闘艇に混じって、乱戦に踊り込んで来た。
「寄せ集めの兵の散開弾には、気を付けろよ。」
カイクハルドは、仲間に注意を促した。「奴らは阿呆だから、味方がいる宙域にも構わず、散開弾をぶち込んで来たりするぜ。味方だからって、敵だけを狙うと決めてかかるな。」
「味方がいる宙域に撃ちまくってる寄せ集め兵を見つけたら、カジャの配下でも殺っちまって良いか?」
「ああ。味方に向けて撃った時点で、そいつは味方じゃねえ。戦場じゃ、阿呆は邪魔になるだけだしな。味方を狙う阿呆は、味方じゃなくなったと見なして、遠慮なく殺せ。」
カジャの戦力が奇襲部隊の方に集中された事で、「ファング」の方はずいぶん楽になった。彼等に向けられる敵戦闘艦のミサイル攻撃が、激減した為だ。後方に居残った敵の損傷艦も、カジャ側の戦力集中を受けて更に後方へ退き、戦闘参加を諦めた気配だ。
大型戦闘艦は、既に2艦とも沈黙していた。さすがに巨大で頑丈な艦の内部には、未だ生存者は多数いるようだが、航行も攻撃もできなくなってはどうしようもない。戦域から離れて行く艦の方はともかく、戦域のど真ん中に居座りつつ何もできずに鎮座しているだけの大型戦闘艦の姿は、惨めなものがあった。
戦闘艦からのミサイル攻撃が止んで、しばらく赤い光から解放されていたカイクハルドだが、十数分ぶりの赤い光に襲われ、「チッ」と毒づいた。
「いくら気を付けろって言っても、背中から味方の散開弾攻撃を食らうのは厄介だな。」
「あいつら、いねえ方が良くないか?シヴァースやバラーン配下の、訓練された奴はともかく、それ以外の寄せ集めは、いねえ方が戦い易いぜ。」
「まあ、そう言うなカビル。思い通りに動かせねえのが、寄せ集めってもんだ。お前らはこっちには来るな、って命令しても、そうはならないんだろうぜ。」
だが、それを最後に赤い光は成りを潜めた。かなり残り僅かになった敵を、着々と葬って行く時間帯になって来た。機械的で流れ作業的な殺戮に、「ファング」は勤しむ事になった。気付くと、寄せ集めからの参戦組の姿は、見えなくなっていた。全滅したらしい。
「ファング」に撃破されたものも、少なからずいただろう。「ファング」に散開弾攻撃を命中させた寄せ集め兵は、勿論「ファング」がきっちり始末した。が、大半は敵に葬られたらしい。敵も軍閥所属の正規兵だから、寄せ集め兵の手に負える相手では無い。恐らく百隻程が参戦して来て、10から20隻の敵を倒す程度の戦果と「ファング」への損害を残しただけで、全滅したと思われる。
「いったい、何をしに来たんだか。」
カビルも、呆れたもの言いをやめられない。「俺達とシヴァースやバラーンの手勢が数百隻を始末している間に、たった10かそこらを殺っただけで全滅するなんてな。」
「まあそれが、『アウトサイダー』の傭兵の、標準的な実力ってもんだ。俺達の方こそ、異常なんだぜ。」
そんな会話ができる程に余裕が出て来たと、思ったら、敵から降伏宣言が出された。敵のほとんどの戦闘艦が戦闘不能に陥ったようで、もはやこれまで、と判断したらしい。
「後から奇襲を仕掛けて来た艦隊の方は、『ファング』の好きにしてくれ。カジャ様にも了承を得た。その代り輸送部隊の方は、こちらの好きにさせて欲しい。」
戦利品の分け前に関する、シヴァースの相談だ。
「ああ。そんな感じで良いんじゃねえか。寄せ集め共が、『ファング』の取り分にちょっかいをかけて来ねえように、しっかり監督しといてくれよ。邪魔する奴がいたら、容赦なくぶち殺すぜ。」
「輸送部隊より後から来た奇襲部隊の方が、より強力な権力者の箱入り娘を見つけられそうだしな、俺もそれで良いと思うぜ。」
カビルは、相変わらずの独自な判断基準で相槌を打った。
「7人か。まあ、あれだけの大部隊を相手にしたにしては、少ない被害だったかな。新設したばっかりの第3単位からも犠牲が出ちまって、初陣で死なせる事になったのは少しばかり残念だったがな。」
「ファング」の損害を確認した、カイクハルドの呟きだ。数字では表せない想いがあろうとも、数字上の判断もしなければ戦闘艇団は率いて行けない。欠員を補充し、新たな戦闘艇を再配備し、訓練も施した上で次の戦いに備えなければいけない。7人くらいならば、「シュヴァルツヴァール」にいる訓練済みの代替え要員で、即時の補充が可能だ。が、ナジブの単位の全滅を補った直後の事でもある。暇を見つけて、根拠地から新たなパイロットを拾って、訓練を実施しておく必要は出て来る。
「こっちからも、根拠地に送り込まなきゃいけねえ女や掠奪品が、色々あるしな。ヴァルダナ、近いうちにひとっ走り、根拠地までお使いを頼まれてくれねえか?」
「え?俺がか。別に良いけど。行って帰って来るだけだろ?後の手配は、カイクハルドがやるんだろ?」
「ああ。全ての手配は、俺がやっておく。お前の仕事は、人や物資を運んで行って帰って来る輸送船に、ぴったり張り付いている事だけだ。護衛って言っても、『シェルデフカ』領域は索敵が行き渡ってるから、予想外の敵襲の心配も、まずねえはずだ。」
「ほほう、なるほど。名目だけの護衛を果たしたら、後はたっぷりとナワープに甘えてて構わねえ、って事か。良かったなヴァルダナ。」
「何だよ!うるせえよ、カビル。何でナワープが出て来るんだ。」
カビルにからかわれ、ヴァルダナは声を高める。
「会って来ねえのか?ヴァルダナよう。」
カイクハルドもからかい口調だ。「会って来ても良いんだぜ、ナワープに。せっかく、あいつのいる根拠地に、お使いに出してやるんだ。」
「そうだ。ナワープが恋しくて恋しくてたまらねえお前の為に、かしらがわざわざ気を回してやったんだ。遠慮する事はねえんだぜ。」
「そんなの、関係ないだろ。根拠地との輸送の必要が生じたから、俺に護衛の任が回って来ただけで、ナワープは関係ないだろ。」
「じゃあ、根拠地に行っても、ナワープには会わねえのか?」
「・・・会う。」
大規模艦隊を率いていただけあって、奇襲をかけて来たのは、相当な規模を誇る名門軍閥だった。戦利品も潤沢なものがあり、いつものように人質をクンワールに処理してもらった分の利益も合わせれば、百人の傭兵団が一生食うに困らない位の財貨は手に入りそうだ。
だが、「ファング」は戦闘艇のパイロット達だけでなく、根拠地を含め多くの人間を抱えた組織だから、戦闘で得た利益も組織全体の為に活用される。百人のパイロットで独占、というわけには行かない。
とはいえ、敵艦に同乗していた女達に関しては、百人のパイロットの独壇場だった。戦績順に好きな女を連れて行き、各自の部屋で囲う事になる。パイロット1人に付き3人までだから、玉突き的に溢れ出す女が現れて来る。身籠った女も、「シュヴァルツヴァール」に置いておく事はできない。溢れた女や身籠った女は、根拠地に送られる事になる。
ヴァルダナが護衛に付いて根拠地に向かう予定の輸送船には、そんな女達も乗せられる。
名門軍閥が手塩にかけて、上品に清楚に育て上げて来た御令嬢を存分に弄ぶ事ができて、カビルもご機嫌だ。余り愛想の良くなかったこれまでの女は根拠地に送り出し、程良く躾の施された新しい箱入り娘を囲う事ができる喜びを、彼は爆発させていた。
手に入れるべきものは手に入れたので、さっさと「シュヴァルツヴァール」で「シェルデフカ」領域に戻りたい「ファング」だったが、シヴァースからの連絡で、カジャの開く祝勝会に是非参加して欲しい、と要請された。
「何が祝勝会だ。俺達が参戦してなかったら、確実に全滅させられていたくせに。祝う程の勝利が、カジャの部隊にあるとは思えねえぜ。」
皮肉たっぷりのカビルだったが、機嫌が良かった為かすんなり付いて来た。
「皇太子カジャってのがどんな男か、この機会に見ておくのも悪くはねえ。」
そんな想いを吐露したカイクハルドは、数人のパイロットを引き連れて、戦闘艇でカジャの座乗艦に赴いた。彼らを収容するや否や、カジャの座乗艦は加速したので、艦内には重力が生じた。重力を生じさせる為だけに、一定の宙域をグルグルと飛び回るつもりらしい。
「最高司令官の座乗艦が小型戦闘艦、ってところが、貧乏くせえ部隊なんだよな。」
艦に乗り込んでからも、カビルは口が悪かった。
「カジャの名声だけで寄せ集めた兵や装備で、出来ている部隊だからな。皇帝が『ニジン』星系に蟄居しちまっている今、皇帝一族もその権限を思うようには行使できねえから、まともな軍を拵えられねえんだ。仕方ねえよ。」
カイクハルド達を案内している兵は、皇太子を揶揄する発言がポンポンと飛び出して来る客人に、当惑の表情を浮かべている。彼にとってみれば、尊顔を拝するのも躊躇われるほどの貴人であるのが、皇太子という存在だろう。不遜な発言は許されないはずなのに、案内兵には身元もよく分からない者達が好き放題に言っている。「これだから『アウトサイダー』は」とでも、思っているかもしれない。
それでも、カジャ自身が招いた客だとなれば、案内兵としては礼を尽くさないわけには行かない。行儀よく背筋を伸ばし、一行の先に立って一室の扉を開けた。
「カジャ様、お招きの『ファング』のパイロット、カイクハルド他数名、只今お連れ致しました。」
直立不動で、目を合わせぬように斜め上に視線を向けながらの報告だ。直視が許されぬ貴人への報告だから、どうしてもこんな感じになる。
「おうおう、おぬしらが『ファング』か。さあ、こっちへ来い。今宵は共に食い散らそうではないか。」
大きく手を振って彼らを招く姿には、いかにも放漫に育った上流階級の御曹司、といった趣きがある。皇帝一族という高貴な身分には似つかわしくない痩せこけた頬から、殺伐とした闘争心を迸らせている割に、眼光には幼さも見え隠れしている。
「やれやれ」という言葉が聞こえそうな表情でカジャに歩み寄って行くカイクハルドを、案内兵は危惧に満ちた顔で見つめている。
「お、おい。カイクハルド。カジャ様の御前だ。それ相応の態度くらいは、お前も、わきまえているだろう?」
慌てた様子で口を出して来たのは、カジャの斜め後ろに控えているシヴァースだった。その隣で、バラーンも恐々とした顔で突っ立っている。彼等には、カジャとカイクハルドの対面というのは、実に背筋の寒くなるもののようだ。
「なんだよ。俺達を『アウトサイダー』だって知った上で、祝宴に招いたんだろ?『アウトサイダー』には皇帝も何もねえ事くらい、承知のはずだ。臣下の礼とか何とかってのを、俺達に求めてくれるなよ。」
「いや、そんな・・、それは・・」
シヴァースは、カイクハルドとカジャの顔を代わる代わる見て、タジタジの様子だ。が、
「いやいや、構わん。今日の祝宴は“無礼講”でやるぞ。父上が、軍政打倒に組する者と腹を割って話し合う為に発案した祝宴のスタイルだそうだから、予もそれに倣うぞ。今宵は、立場や儀礼なぞ気にするでない。」
と、明るい声を発するカジャ。
「おお、そ、それで、宜しいのですか?カジャ様。」
「うむ、そうじゃ。それで良い。だから、お前は少し静かにしておれ、シヴァースよ。」
「あ、は、はい。」
焦った顔が治まりを見せないシヴァースを他所に、カジャは大仰に胸を反らせた構えでカイクハルドに語り掛ける。
「それはそうと、一つだけ言っておくが、今回の戦闘では、お前達の援護が無くとも我等は敵に勝てた、と予は思っているぞ。確かに、後から来た奇襲部隊は大規模だったが、皇太子の名を前面に出して戦えば、敵の内部からも離反者が出たはずだ。勝算は十分に、我等にはあったのだ。」
呆れてものも言えなくなる程の強がり、とカイクハルドが思ったのは、一瞬の事だった。カジャの眼の奥には、こちらの反応を確かめようとしているよな、冷静な色が見えた。
「戦いに勝てたとしても、祝宴の席に、こんなに感じの良い花を添える事は、できなかっただろ?」
と言いながらカイクハルドは、豪華な料理が沢山並んだテーブルの上に、一本のボトルを置いた。
「・・ほう。ワインか?」
こういう場合の手土産というのは、相手を喜ばせる為だけのものでは無い。
歴としたワインは、「グレイガルディア」では、まず入手不可能な逸品だった。それを入手するには、銀河連邦から直接技術を導入できる繋がりを持つ必要があり、原材料の生産や、発酵や醸造等を行い得る特殊な施設の保有も欠かせない。
それをこの祝宴の席に持参した事は、「ファング」というものの実力や実態を、まざまざと相手に見せ付ける効果がある。
「グレイガルディア」には、ブドウや酵母という生物を介する事のない、化学合成や生化学的手段で製造した“ワインもどき”は存在するが、そんなものをこんな席に持参するはずのない事は、カジャにも分かっているようだ。
「本物か?どれ。」
カジャは、手近にある空のグラスを取り上げ、カイクハルドの前にかざした。カイクハルドは、ゆっくりと落ち着いた動作でコルクを抜き、カジャのグラスにワインを注ぎ入れる。
カジャは、手首を滑らかに回してワインを波立たせ、香りを嗅ぎ、おもむろに口に含んだ。舌の上でじっくりと転がし、慣れた調子でワインを品定めした。
「・・・こ、これを、『アウトサイダー』である『ファング』が調達したのか。まさか、自力で生産している、などという事はあるまい?」
「その、まさかだ。ワインだけを銀河連邦から輸入したわけじゃねえ。ブドウ農園もワイナリーも、『ファング』の根拠地にはある。」
「何だと?『グレイガルディア』の中でか?原材料から生産したのか?」
最初に見せた大仰な仕草は、一瞬で成りを潜めた。沈み込んだ低い声で、問いを連発した。
「そうだ。これだけの技術を導入できる俺達に、皇帝権威の神通力なんぞ、全く効かねえぞ。」
この「グレイガルディア」で使われている技術や知識の大半が、元々は皇帝一族のもたらしたものだった、という事が、皇帝権威の一因となっている。日ごろ使用していて、生活になくてはならない設備や機器が、皇帝のおかげで存在する、という認識が、この星団の住民達の間に、皇帝への尊崇の念を掻き立てている。
それを上回る技術や知識を別ルートから獲得している者が、皇帝由来の技術に依存している者と同じように皇帝を崇拝するはずがない、という現実を、カイクハルドの持参したワインは皇太子カジャに突き付けていた。少しの間、考える顔をしていたカジャの口元に、苦笑が浮かぶ。
「見え透いた強がりや大言壮語では、お前達を抱き込む事はできぬ、と言いたい訳だな。」
「ああ。皇帝一族の権威や名声を使えば何でもできるかのような言葉は、俺達は受け付けねえ。」
「・・・そうか。皇帝一族の権威というものも、今やそれほどに、頼りないものになってしまったのだな。」
最初に見せた大仰な態度を恥じ入るかのような、自嘲的な笑いが、カジャの面を覆う。肉を全て削ぎ落したかのような細い顔の為に、カジャの眼は飛び出しているように見える。その眼で自嘲的な笑いを浮かべると、痛々しさを感じさせもする。
「まあ、そう卑下するものでもねえさ。皇帝がもたらした以上の技術を手に入れた者には、皇帝の権威や名声さえあれば何でもできるかのような幻想は、抱きようもねえが、それでも、皇帝への尊崇の念や敬愛の気持ちを抱いている奴は、『ファング』の中にも大勢いるさ。」
カイクハルドは、帯同したドゥンドゥーにチラリと目をやった。
「その通りです。皇帝のもたらした設備や機器で生活を育んでいる事だけが、陛下への敬愛の源ではありません。皇帝一族と共に歩んで来たこの星団の歴史が、末永くこの国の民に、皇帝への敬愛を息づかせるのです。」
帝政貴族出身のドゥンドゥーには、そんな想いが強いのだろう。カジャの痩せこけた頬が、心持ち緩んだ気がした。
「そんな皇帝一族の血を引く者が、手柄欲しさに目先の戦闘に必死で首を突っ込む様は、さぞかし愚かしく見えたであろうな。」
「愚かしいなどと、そんな。」
敬愛する皇帝一族の自虐的な言葉に、ややたじろぐドゥンドゥーだが、「皇太子殿下には、殿下なりのお考えがあっての行動でしょう。ですが、御身をもっとお大事にして頂きたい想いは、ございます。」
と、回りくどくとも、カジャの軽挙には一刺し入れた。
「あんたの身に何かあったら、せっかくここまで苦労して盛り上げて来た軍政打倒の機運が、一気に萎んじまいかねねえんだ。権威や名声でせいぜい多くの兵を集めて、後は何もしねえで、軍政を牽制するだけに徹してもらうのが、俺達としては一番ありがてえ。」
「軍政を倒すだけならば、それが一番良いのかもしれん。」
カイクハルドの苦言に、小さくとも力のこもった呟きで、カジャは応じた。「だが、その後、皇帝親政を復活させねばならないのだぞ。そんな折に、父上は、皇帝ムーザッファールは、『ニジン』星系に蟄居の身だ。今、皇帝一族の予が戦いの先頭に立ち、勝利に大きく貢献して見せないようで、軍政打倒成った後に皇帝親政が実現するのか?」
カジャの見詰める先で、カイクハルドは少し口をへの字に曲げた。
「まあ、あんたの立場じゃ、それが気になるわな。皇帝親政が実現しねえんじゃ、軍事政権を打倒しても意味はねえか。」
「当然、そうだろう。それともお前達は、皇帝以外に、この国の統治が務まる者がいる、と思っているのか?」
「皇帝以外には、『グレイガルディア』の統治は務まるはずがねえから、軍政打倒では皇帝の血を引く者が、なんとしても前面に出なきゃいけねえ、って理屈か。」
「予は、そう思っている。いや、そう信じている。皇帝以上にこの国を統べられる者など、いないはずだ、と。お前達は、誰か他に適任者がいる、と考えておるのか?」
我を通そうというより、真摯に問いかける眼の色だ。カジャには、自分とは違う価値観を受け入れる心の余地は、あるらしい。
「さあな。そんな事『アウトサイダー』の俺達に、分かるはずもねえ。俺達は、プラタープ・カフウッドに雇われただけの傭兵だから、軍政打倒の為に起こされた目先の戦闘に勝てれば、それで良いんだ。その後の統治までは、考えちゃいねえさ。」
「ふっ」
猜疑の眼差しと共に、カジャは鼻で笑って見せた。「どうだかな。こんなワインが製造できるほどの背景を持つ者達が、『グレイガルディア』の今後の統治に無関心でいられるとは思えん。」
カイクハルドの眼の奥を、何かを突き止めようとするような視線で覗き込んで来たカジャだったが、不意に目をそらし、声色を穏やかなものに一転させて続けた。
「お前達がどう考えようと、予は皇帝親政こそが、『グレイガルディア』の採るべき未来だと信じている。その為には、この戦いで皇帝一族が前面に出る活躍を見せねばならぬ。このワインが告げるように」
カジャは、半分ほどしか減っていないグラスを目の高さに持ち上げた。「かつて皇帝一族が、『グレイガルディア』に技術や知識を普及させた実績だけを当てにしていては、皇帝の権威は維持できぬ。軍政打倒の戦いで実績を打ち立てる事で、新たな権威を創造しなくてはならぬ、と予は考えている。」
「新たな皇帝権威を創造する、か。壮大な目標だな。大した覚悟だ、とは思うぜ。」
カイクハルドの言葉には、皮肉も追従の気持ちも籠ってはいない。
「だがよう、戦闘での勝利で作った権威じゃ、軍事政権と同じになるんじゃねえのか?」
カビルが問いを発したが、いつものような皮肉の色は無く、素朴な疑問という趣だった。カジャは、それには少し、意気を挫かれた気配を見せた。
「・・そうかもしれん。軍事力や戦闘での実績で得た権威では、軍事政権と同じく、一時的で不確かな統治しか実現できぬのかもしれぬ。かつて普及させた技術や知識に依存した権威にも、既に陰りが出ており、軍事的勝利で得た権威でも軍政と変わらぬ、となれば、どうやって新たな皇帝権威を創造して行けば良いのか、それは、今のわしには、分かりかねるものがある。」
目を伏せて語るカジャ。思いの外の素直な気持ちの吐露に、カイクハルドも軽い衝撃を覚えつつ、語り続けるカジャを見詰めた。
「だが、それでも、皇帝一族以外にこの国を統べ得る者がいるとも思えぬ。新たな皇帝権威をどうやって創造するか、その最終的な答えは、統治の実権を回復してから考えるしかない、と思う。取りあえずは、軍政と同等と言われようとも、軍事的成果をもとに、一時的にでも皇帝一族に権威を取り戻し、軍政打倒後に統治の実権を回復できるようにする。わしは、それに邁進するのみだ。」
「権威は、一朝一夕に創造できるもんじゃねえ。長く善政を維持して見せて、初めて備わって来るもんだろう。軍政も、百年弱は善政を維持できていた。始めは軍事力による権威だけだったのだろうが、次第に、それだけでは無い権威も、少しずつは備わって来ていた。」
カイクハルドの言葉を、同道していた第5戦隊隊長カウダが引き継いだ。
「それなのに、前総帥アクバル・ノースラインの放漫で無責任な政治で、それが帳消しになっちまった。その上に、現総帥になってからも、アクバルの家宰ファル・ファリッジが陰で実権を握る今の有り様だ。奴の悪政のせいで、軍事政権の権威は地に落ちた。それどころか、『グレイガルディア』中から怨嗟の声が上がる始末だ。」
「善政が続いておれば、軍事政権でも、皇帝かそれ以上の権威を備えられた、という事か?」
「さあ、そこまでは分からねえ。」
カジャの問いに、カイクハルドが答えた。「長く善政を続けりゃ、帝政でも軍政でも、それなりに権威は上がるだろうさ。だが、軍政のそれが、かつて皇帝一族が作り上げた権威に匹敵するには、相当な時間がかかるはずだ。かつての皇帝一族は、数十年に渡って悪政が続いた時期ですら、今の軍政程の権威の失墜は見られなかったって聞く。それだけ、皇帝権威は強固だったって事だ。だが、軍政に統治の実権を奪われたって事実が、強固だった権威ですら、衰退しちまった現実を物語ってもいる。それで結局、軍政と帝政のどっちの権威が上か、なんてことは俺達なんぞには分かりっこねえが、今、『グレイガルディア』に満ちる軍政への怨嗟と、根深く残る皇帝への敬愛を考えると、とりあえずここは皇帝親政に託してみるしかねえのかな、ってところだな。」
「そうか。予を始めとした皇帝一族が思っている程、今の皇帝権威は絶大ではないし、皇帝親政が篤い期待を掛けられているわけではないのだな。このところの軍政よりは、少しはマシかも知れぬ、くらいの期待を受けているにすぎぬのだな。よく分かった。それでも、とりあえず一旦は皇帝親政に『グレイガルディア』を託してみよう、というのがお前達『ファング』の考えなのだな。」
飛び出して見える眼には、寂し気な色も見えるが、ほっとしたような気配もある。皇帝権威の衰退には寂寥感を禁じ得ぬが、それでも皇帝親政への期待が無いわけではない事も確かめられた安心がある、というところか。
今回の投稿は、ここまでです。 次回の投稿は、 '19/1/19 です。
カジャという人物をどう描くかも、途方もなく難しかったですし、納得のいく描写ができたという気にもなれてはいません。誰をモデルにしているか、分かる人は分かっておられるでしょうが、とても高貴で裕福な立場であり、一方で最下層のくらしや何度も死を覚悟しなければならない危機も経験してきている男です。今の日本で、こんな人間にお目にかかることなんかあるはずもないので、想像するにも限界があります。思考には柔軟性はあると思うのです。色々な立場の人と関わってきただろうし、高貴なくらしを捨てて死地に身を投じた行動からも、思考の柔軟性は見い出せます。一方で、一途でひたむきな考え方をする人でもあるはずです。そんな相反する性質が1つの人格に宿っている。そんなものを、どうやったら描写できるかなんて、難題中の難題です。十分な描写はできないと自覚しつつ、それでもできる範囲で、カジャという人物を描いていくつもりです。読者の皆様も、寛大な目でご覧頂きたい、と切に願っているわけです。 というわけで、
次回 第52話 転じる征伐の矛先 です。
カジャに関する描写が、読者様にどんな印象で受け止められているかはわかりませんが、彼が今後のストーリー展開に深く関わってくることは間違いありません。そんな状況で、上記のタイトルです。想像がつく部分もあるかもしれませんが、厄介なことになりそうな気配を、感じ取って頂きたい場面です。




