第50話 猛襲・背後・狙撃
カジャ側部隊は、傷を深めつつあった。
徹甲弾を撃つ分、散開弾や爆圧弾の発射は、減らさざるを得ない。ミサイル発射口には、限りがあるから。それによって、中型艦のミサイル攻撃がカジャ側に命中する事態が増える。更に、遠くにいる輸送部隊側の残りの小型戦闘艦も、ミサイルを長躯させて撃ち込んで来ていた。
カジャ側部隊に、徹甲弾の被弾が出始めた。2艦3艦が、小破中破を被って行く。狙いを定め続けていた中型艦のプロトンレーザーも、更に1艦を中破に至らしめた。
損傷が著しくなった、カジャ側だった。攻撃力も防御力も、低下の一途だ。陣形にも隙が生じ始める。戦闘艦の数における優勢も、覆されつつあるかもしれない。
だが、一歩も退かなかった。損傷を受けた艦も含め、8艦全てが臆する気配も無く中型艦に肉薄して行く。中破の艦も、のた打つ艦をかろうじて、どうにか敵への接近軌道に導いていた。
「度胸だけは満点だな。ここで一歩も退かなければ、勝てる。気迫勝ちだな。」
カイクハルドの呟きの数秒後、カジャ側の徹甲弾が中型戦闘艦を叩き始めた。数に勝るカジャ側が、肉薄した事により濃密な攻撃を浴びせると、さすがの中型艦も防ぎ切れない。カジャ側は、損傷が決定的になる前に中型艦への肉薄を果たし得た。
両者の接近速度と損傷の蓄積の程度が、ほんの少しでも違っていれば、戦況は変わっただろう。カジャ側が、損傷に臆して一歩でも退いていたら、返ってダメージが拡大していただろう。だが、徹甲弾攻撃が防御されたり自軍の損傷が激しくなったりしたのにも構わずに、思い切った前進を続けたカジャ側の気迫と度胸によって、戦況は一転、中型戦闘艦の敗色が濃厚になった。
中型戦闘艦2艦が使い物にならなくなれば、輸送部隊側に勝ち目は無くなるだろう。2艦の小型戦闘艦を未だ無傷で残している、といっても、カジャ側は3艦が無傷で、3艦が小破程度という状況なのだから。更に、球状に取り巻く数千の戦闘艇が控えている。
戦闘艦相手には使い物にならない“なんちゃて戦闘艇”でも、まともな武装を有しない輸送船相手ならば戦力になり得る。戦場泥棒の本領発揮、というところだ。
「寄せ集め共に、好き放題に掠奪をやらせてやれば、カジャの気も少しは収まるのかな。」
ディスプレイを眺めながら、カイクハルドは苦々しく呟いた。
「お?タキオン粒子の観測だぜ。かしら。」
カビルの呟きが、通信機から聞こえた。
無数に放ってある無人探査機からのデータが、タキオン粒子が照射されている事を告げている。粒子を直接検知するわけではないが、周囲から来る電磁波や荷電粒子の状態の変動から、間接的にその事は察知できる。タキオン粒子そのものに照射された物体は反物質化してしまい、通常物質との反応で直ちに膨大なエネルギーを放ちながら対消滅する。探査機の表面が反物質化すれば、内側に残った通常物質との反応で爆発してしまう。
だが、タキオン粒子は、照射軌道の直上では、発生の数時間も前に前兆現象を探知できるので、粒子の照射の前に回避する事ができる。それはすなわち、照射軌道直上に探査機を配置しておけば、タキオントンネル生成の数時間前からそのことが分かるわけで、奇襲攻撃は成功しない。
今回のケースは、タキオン粒子の照射軌道直上に探査機を配置してあったわけでは無かったので、タキオン粒子が生じてしまってから気付いたことになる。敵の来襲は、タキオントンネル生成の察知から数分以内に、実施される可能性がある。
「やはり、あの輸送部隊は囮だったな。カジャだけに情報が伝わっていたって話だったからもしやとは思ったが、予想通り、あの輸送部隊でカジャを誘い出し、別動隊で奇襲を仕掛けて仕留める算段だったな。」
「敵の出現ポイントも、予想通りになりそうか?」
第5戦隊隊長、カウダが問いかけた。「軍政目の敵戦隊」とも言われる第5戦隊は、軍政側軍閥を的にした作戦の時には、前のめりな感じになる。勿論隊長であるカウダは、その最たるものだ。
「丁度、カジャのいると思われる5個の小型戦闘艦の真後ろを、タキオントンネルが通っている位置関係だな。」
「予想通りに、カジャの背後を取りに出る可能性が、高いって事か。」
カイクハルドの説明に、カウダは納得の声。敵がいつどこに出現するかの詳細は、敵が現れてからでないと分からない。超光速で飛来するものを、直接的に事前察知するのは不可能だった。
「ファング」が隠れている人工彗星は、敵の予想出現ポイントの更に後ろに位置している。予想通りなら、彼等はカジャ部隊の背後を取った奇襲部隊の、更に背後を取る形になる。
「カジャ様の部隊にも、連絡は行っているんだろ?」
ヴァルダナが心配気に聞いて来る。もと帝政貴族の彼には、カジャの身の安全が気にかかって仕方が無いらしい。
「お、カジャの座乗艦が含まれると思われる5艦から、ミサイルが発射されたぜ。敵の出現予測ポイント目がけて、飛んで行っている。」
「俺達が探査機をばら撒いておかなければ、この奇襲を事前に察知できずに、カジャの部隊は全滅してたかもしれねえな。まだ、どんな戦力が送られて来るか分からねえけど、あのカジャの部隊を蹴散らせるくらいの戦力は、来るはずだろう。」
カビルの声は、皮肉な色に染まっている。「ファング」が面倒を見なければ戦えないくせに、手柄を上げる事にこだわるカジャの姿勢に、かなり反感を覚えているようだ。
「出て来る戦力によっちゃ、俺達も損害を被るかもしれねえが、今ここでカジャに死なれちゃ軍政打倒も頓挫しちまうかもしれねえ。そうなれば、俺達は報酬にあり付けなくなるんだ。意地でもカジャは死なせねえぞ。」
「応よ。何人死のうが、敵をぶっ倒して、権力者の箱入り娘を引きずり出して来て囲う事ができれば、俺は文句ねえぜ。」
「お前自身が死んじまったら、それもできねえんだからな、カビル。せいぜい、気を付けろや。」
軽口を叩きながらも、出現する戦力に注意を払う。奇襲を事前に予測し、敵の背後を取った戦いに持ち込めそうだが、戦力差によっては、それでも勝てないかもしれない。「ファング」にとっても、リスクの大きな戦いだ。
「全く、皇帝の御曹司の我儘で、何で俺達がこんなリスクを負わなきゃなんねえんだろうな。」
ため息交じりに、カイクハルドは本音を吐き出した。自分の命も仲間の命も、失う覚悟はいつでもできている彼等だが、「ファング」以外の誰かの我儘に振り回されての死は、御免被りたかった。が、今は、この戦いに命を懸けざるを得ない。
カジャ部隊の放ったミサイルは、敵出現予測ポイントの周辺をグルグルと回るように飛んでいる。予測が大きく外れていれば、無駄になるだろう。予測が当たっていれば、敵の出現を自動で検出し、自動で突進して行くよう設定されているはずだ。
「出たぜ!」
カビルが叫ぶ。レーダー用ディスプレイに、次々に敵影が示されて行く。タキオントンネル内にいる敵は、レーダーでは捕えられない。トンネルから出て来た艦が、レーダーに映る。それも、「ファング」のいる位置からでは直接には捕えられない。敵はタキオントンネルの向こう側にいるから。無人探査機が捕えたデーターが送られて来て、それを解析する事で敵の様子を認識しているのだ。
「大型2、中型5、小型10、空母4、か。やべえ規模だな。」
苦り切った顔のカイクハルド。全員無事では、済みそうにない敵勢だ。一つ間違えば、全滅もあり得る。が、躊躇なく下令。
「出撃だっ!」
電磁式カタパルトは、既に展開している。人工彗星から、数万mにも渡って細いレールが伸びている。数分でそれを引き出し展開する機能が、この人工彗星には備えられていた。
レール上を、猛烈な加速度で「ファング」の戦闘艇が突き進む。並の人間なら、確実に即死だ。少し脆弱な体躯の者ならば、体の一部が千切れるかもしれない。特殊な手術による補強やトレーニングによって、「ファング」パイロト達は異常に強力な体を手に入れている。サイボーグと言っても過言ではない。
電磁式カタパルトに続き、ビームセイリング方式でも加速される。戦闘艇の後方に大きな帆を広げ、人工彗星が照射するビームを受け止める。特殊設計の帆以外で受け止めれば、損傷を被りかねない高エネルギーのビームだ。
荷重粒子の濁流が、グイグイと「ファング」の戦闘艇を押し進める。サイボーグの彼等とて、呻き声の一つも上げずにはいられない程の、激烈な苦痛の伴う加速だ。
タキオントンネルは、敵の出現から数分で消失した。それがある間は、敵からも「ファング」の方向は見えない。そちらからの電磁波は、全てタキオントンネルに阻まれてしまうから。
タキオントンネルが消失して、敵には「ファング」の方向が見えるようにはなった。だが、敵は見ていないだろう。敵は、前方にしか意識を払っていない筈だ。まさか背後を取られている、などとは思っていない筈だから。
「ファング」は無線を封鎖し、レーダーも出していない。敵からのレーダー照射も来ないので、敵には気付かれていないと見てまず間違いなかった。
それに敵は、タキオントンネルを出るや否やの金属片群のシャワーに苛まれた。カジャの部隊が放っていた散開弾が、未だ索敵態勢も整っていない敵に襲いかかった。出現予測ポイントはドンピシャで正しかったので、カジャ部隊のミサイルは、最大限有効に機能している。背後を意識する余裕など、敵には全く与えられなかった。
しかし敵も、奇襲が読まれている事態をある程度予期していたらしく、艦隊の陣形は完璧だった。小型艦と中型艦で、球状に大型艦と空母を包み込み、散開弾攻撃から大型艦を巧みに防御した。
金属片の90%くらいが、中型艦と小型艦に受け止められた。僅かな金属片が大型艦にも突き刺さったが、機能的損傷はほとんど生じさせられなかった。空母に至っては、金属片の被害は皆無に近い。
未だ金属片の雨が降り続く中で、大型戦闘艦がミサイルを放つ。空母が戦闘艇を発艦させる。両者が、カジャ部隊を真っ直ぐに指向して飛ぶ。索敵に損傷があれば、そんな事はできない。小型と中型による身を楯にした防御が、完璧に機能した事を知らしめる行動だ。
敵から放たれたミサイルと戦闘艇は、全てがカジャの部隊を目指した。戦闘艇は、電磁式カタパルトとビームセイリングで加速されたが、「ファング」が今体験しているものとは比較にならない程、穏やかなものだ。それでも、敵パイロットには限界ぎりぎりの苦痛なのだが。
その苦しみに耐えているであろうパイロット達を乗せて、敵戦闘艇も全艇が一目散にカジャ部隊に接近して行く。
後方には全く意識を向けていない、ということが証明される敵の動きに、カイクハルドはニヤリとした。敵奇襲部隊への「ファング」の奇襲は、成功しそうだ。
(だが、この戦力差だ。奇襲が成功したくらいで、安心はできねえ。)
奇襲で叩き込む一撃を、どこまで効果的なものにできるか。それで、この戦いの趨勢は決まるだろう。
カジャの部隊も、小型戦闘艦4艦を敵奇襲部隊に向けた。大型や中型の戦闘艦を含む21艦の大軍勢に比して、余りにも頼りない戦力だ。敵の奇襲が完璧に成功していたら、一瞬で粉砕されていたであろう寡兵だ。カイクハルドの読みに救われた、と言って良い。
そのカジャ部隊4艦が、ミサイル戦に打って出る。が、散開弾は早々と展開。敵艦隊を狙うには、早すぎるタイミングだ。カジャ部隊の散開弾は、敵艦が放ったミサイルや戦闘艇を狙っていた。
夥しい数の爆発が、カジャ部隊と奇襲部隊の間に巻き起こる。恒星が一つ誕生したかと思える強烈な輝きは、未だ十数万km離れた「ファング」の位置からでも大きく見えただろう。が、「ファング」の戦闘艇に窓は無い。肉眼で外を見ることはできない。テレビカメラという装備も無い。レーダーや熱源の探知結果だけを、ディスプレイは表示している。
敵艦の全ての目は、前方のみに集中されているはずだ。夥しい爆発は、敵の索敵システムに障害となっているはずで、敵にはカジャの部隊が、一時的に捕えられなくなる。少しでも早く、少しでも正確に再補足すべく、敵は全ての索敵機能を前方に振り向けなければならない局面だ。
そのおかげで、かなり肉薄してもまだ、「ファング」は敵に気付かれずにいた。そして、火を噴いた。射撃はほぼコンピューター制御だ。敵がこちらに気付いた様子ならば、パイロットの読みによる補正が必要だったかもしれないが、今回はその必要は無さそうだ。発射直前まで敵の様子を観察するのは怠らなかったが、コンピューターによる自動発射に任せ切りにして良かった。
観察、というのも、熱源の状態や敵艦からのレーダー波や通信の傍受の有無などを確かめる行為であって、敵影を漠然と眺めるわけでは無い。大勢の人間で操作する巨大な戦闘艦が動く時には、外から観測可能な何らかの前兆現象が必ず起こる。幾つものディスプレイに目を走らせて前兆現象を見逃さないようにする、という作業を、強烈な加速重力による地獄の苦しみに耐えながら完遂するのは決して簡単では無く、神業の域に達するものだった。
敵艦攻撃を担当する25隻の「ヴァイザーハイ」は、全てが対艦攻撃兵器である「ヴァサーメローネ」を装備していた。戦闘艇の動きを鈍くさせるくらい重い弾種だが、真っ直ぐに飛ぶだけならば問題にはならない。
6発が2個の大型艦に、19発が残りの戦闘艦や空母に1発ずつ、突進して行く。ここまで、ビームセイリング方式の加速は継続していた。
が、ミサイル発射と同時にビームの供給は止まり、「ファング」の全戦闘艇は帆を収納して前後を反転させ、メインスラスターを噴射して減速体勢に入った。まだ、敵艦に到達していないが、今の内から減速を始めておかないと、電磁式カタパルトやビームセイリング方式で稼いできた速度を、適当な宙域内で相殺する事ができない。
ブラックアウト寸前までの加速を実施して来たから、それを越える加速度での減速はできない。つまり、加速に要したのと同じくらいの時間は最低限、減速の為に必要になる。適当な宙域で止まれなければ、戦闘にはそれ切り参加できなくなる。1度の攻撃だけで仕留め得る敵ではないので、反復攻撃はぜひとも必要だ。
パイロットにかかる加速重力の強さも当然、加速時と比して大きく低減させられるはずもなく、彼等は引き続き、地獄の苦しみを味わう事になる。歯を食いしばって耐えつつ、ディスプレイに目を走らせたまま、戦果を確認しなければならない。
未だに敵位置に到達していないので、「ナースホルン」は進行方向、つまり後ろに向かって流体艇首を展開する。その流体艇首は、電磁的作用で穴が開いた形に整形されており、そこをスラスターからの噴射剤が通過して行く。こうする事で、後ろ向きの飛翔でも、「ナースホルン」は進行方向前方を防御できる。
「ファング」がミサイルを放ったのと同じくらいのタイミングで、カジャの部隊もミサイルの第2派を放っていた。余り狙いを定めもしない発射だった。
ミサイルは、自動で敵を見つけて向かって行く機能があるので、発射段階で狙いを定めるのは必須では無い。とは言え、出鱈目な方向に撃ち出すより、敵位置をなるべく正確に見極めてから撃ち出す方が、最短距離を飛ばせられる。攻撃効率や命中率を、高くする事ができる。
敵位置をしっかり見極めるには、両陣営の間での盛大な爆発が治まるのを待つ方が良いが、カジャ部隊は先手を取る事を優先し、爆発が治まる前に撃ち出した。
一方で奇襲部隊の方は、爆発が治まるのを待つ態勢だ。数が多い故のゆとりではあるが、油断とも言えるかもしれない。大部隊の方が的は大きいので、狙いを定める必要性が、カジャの部隊の方には低い、という事情もある。
とにかく、カジャ部隊は爆発が治まる前に撃って、奇襲部隊は爆発が治まるまで撃たなかった。この時差は、戦力差を考えれば、奇襲部隊に不利に働くものではないはずだった。奇襲部隊の戦力をもってすれば、爆発が治まった後、カジャ部隊のミサイルへの防御の為のミサイルと、カジャ部隊を攻撃する為のミサイルを、両方同時に撃ち出せばいいのだ。それだけの手数を有しているのだから。
奇襲部隊とすれば、慌てる必要など無かった。じっくりと攻めればよかった。攻撃の前に包囲態勢を完成させる、という策も考えられる。数が少なく的の小さい敵に対して、位置の詳細も確認せずにミサイルを発射するなど、拙速過ぎる攻撃に思えて当然だ。
普通に考えれば、爆発が治まるまでミサイルを発射しなかった判断は、正しいものだっただろう。背後に、「ファング」の放った必殺の「ヴァサーメローネ」が迫っていなければ。
敵は、「ファング」が前方にメインスラスターを噴射した事で、熱源探知により、さすがにその存在には気が付いただろう。「ヴァサーメローネ」を発射する際の熱源で、気が付いたかもしれない。いずれにせよ、そこから作戦を修正し、対応を取り始めたとしても、「ヴァサーメローネ」の到着には間に合うはずは無い。そういうタイミングを狙って、「ファング」は「ヴァサーメローネ」を発射している。
膨大な数の爆発の閃光がようやく治まり、敵の索敵システムにカジャ部隊がしっかりと捕えられるようになっただろう。敵が、今まさにミサイルを発射しようとしていたタイミングだったと思われる頃、「ヴァサーメローネ」が着弾した。
後ろからの攻撃は、敵艦のメインスラスター噴射口を、的確に撃ち抜いた。25発撃った「ヴァサーメローネ」が全て、敵艦のメインスラスター噴射口を正確に捕えていた。
重装甲に覆われていない部分に飛び込んだ「ヴァサーメローネ」は、いつも以上に奥深くにまで喰い込んで行った。そこで炸裂し、爆風を艦内に吹き込んだものだから、敵艦の被害は尋常なものでは無い。
本来、オレンジ色の細長い光を1本、後方に噴き出すはずのメインスラスターから、様々な方向に何色かも判別できない鋭い閃光が、次々に突き上げられる。艦のあちらこちらに亀裂が走り、そこから火柱やガスが噴き出す事もある。
おかしな方向への火柱やガスの噴出は、艦の姿勢や進路を狂わせる。外観を眺めているだけでは、よく分からないくらいの微妙な狂いではあるが、戦闘には深刻な支障を来すものだ。乗員は激しく揺さぶられ、壁や天井に身体や頭を打ち付け、それによって死に至る兵もいただろう。
ミサイルの発射を取りやめた艦が続出する一方で、発射を強行しようとした為に、深刻な事態に見舞われた艦もあった。
艦の前方などからも、突如火柱が上がる。「ヴァサーメローネ」の命中箇所から最も離れた場所にもかかわらず、苛烈な爆発が起こった。今まさに発射されようとしていたミサイルが、艦後方からの衝撃によって、誘爆だか暴発だかをしたらしい。
その爆風や、「ヴァサーメローネ」自体の爆風が、艦内を複雑に、且つ立体的に駆け巡り、あちこちのデバイスを焼き上げ、噴射剤や火薬等に引火し、様々な損傷や新たな爆発を引き起こして行く。
「ヴァサーメローネ」の着弾から1分以上に渡って、敵艦隊のそれぞれの艦体を覆う装甲には新たな亀裂が生じ続け、新たな火柱やガスの噴出が始まり、姿勢も進路も滅茶苦茶になって行く。
「ファング」パイロット達は、減速の為の加速重力に悲鳴を上げて耐えながら、熱源探知や通信傍受で伝わる敵の惨状をディスプレイ上に見て取った。こちらからのレーダー照射も、着弾と同時に実施している。もう、敵に気付かれない為の隠密行動は必要ない。逆に、敵の詳しい状況を知っておくべきだ。敵の姿勢や進路の狂いの詳細も、彼等の知るところとなった。
「ヴァサーメローネ」の着弾から2分近くたった頃、「ファング」の戦闘艇百隻が、敵艦隊の、艦と艦の隙間をすり抜けるように通り過ぎて行った。敵からは、一切の迎撃は加えられなかった。前方と後方と側面の、全てを一度に「ナースホルン」の流体艇首で防御する事はできないので、すり抜ける瞬間は隙だらけの「ファング」だが、その隙を敵に付かれる事はなかった。
ついさっき「ファング」の存在に気付いたばかりであり、「ヴァサーメローネ」の打撃で甚大な被害に見舞われている最中でもある敵に、迎撃などやっている余裕は無かった。「ファング」のパイロット達もその事は承知しているので、隙だらけの自分達を認識している割に、余裕杓杓の態度で、敵艦隊の中を突き抜けて行った。
「ヴァサーメローネ」発射から2分近くも経てば、当然「ヴァイザーハイ」は、次のミサイルの発射準備もできている。すれ違った直後に、25隻ある「ヴァイザーハイ」の10隻程が、「ココスパルメ」を発射した。「ココスパルメ」は敵艦に向かって突進して、行かなかった。
減速し続けているとはいえ、未だ「ファング」は、相当な速度で後ろ向きに飛んでいる。その「ファング」から、進行方向で言えば後方、戦闘艇の向きから見れば前方に射出された「ココスパルメ」は、敵艦隊との相対速度がほとんど無かった。
敵艦隊から見れば、「ココスパルメ」を置き土産の如くその場に残して、「ファング」は飛び去って行った状態だ。僅かに敵艦に向かう運動量を「ココスパルメ」は持っているが、宇宙での戦闘の速度からすれば、止まっていると言って大過ない。敵艦に命中するには、何十分もの時間がかかりそうだ。いくら惨劇に見舞われている敵艦でも、これくらいは叩き落せるはずだ。
だが、「ココスパルメ」は、発射されて数秒後に炸裂した。敵艦に到達する前に、何も無い宙空で爆発した。「ココスパルメ」は、爆心から半径数kmには灼熱エリアを作り、十数kmには高磁場エリアを作る。敵艦の幾つかは、「ファング」の放った「ココスパルメ」による高磁場エリアに捕えられた。それらは艦隊前衛に配されていた、索敵の負担の最も高い艦だった。
高磁場は、敵艦の電子機器を一時的に麻痺状態に陥れた。レーダーも通信も使い物にならない。「ヴァサーメローネ」の衝撃でパニック状態の敵艦内は、電子機器の麻痺で更なる恐慌に見舞われる。
敵は、カジャの部隊からのミサイルが接近している事は知っている。が、それらの位置や軌道を捕える術が、全く無くなった。当然、迎撃も防御もやりようがない。
そのカジャ部隊からのミサイルと、「ファング」はすれ違った。衝突するような愚は、当然犯さない。ここまでの展開は、出来過ぎだと思えるほど「ファング」にとって巡り合わせが良いように見えるが、全てカイクハルドとシヴァースやバラーンが、事前に打ち合わせた成果だ。カイクハルドの案出した作戦を、シヴァースとバラーンが忠実に実施している。
ミサイルと「ファング」の飛翔コースも、事前に取り決めがしてあったので、衝突など有り得なかった。ミサイルは全て敵艦に向かい、「ファング」はカジャの部隊に向かって減速しながら飛翔している。
ミサイルは、全て徹甲弾だった。本来なら、散開弾攻撃などで敵の索敵能力を削ぐ作戦を実施した上でなければ、効果を上げられない弾種だ。だが、今回は、「ファング」によって敵艦隊の索敵能力は崩壊させられている。
ミサイルは、全弾が命中した。全く無防備な状態の敵を、滅多打ちにした。既に損傷を受けて亀裂が走ったりしている敵艦だから、徹甲弾は、深々と突き刺さる。先ほど発射を見合わせたミサイルも、まだランチャーには装填したままだ。そこに徹甲弾を食らえば、誘爆は避けられない。
敵の艦はどれも、ハリネズミの如くに沢山の火柱を吹き上げている。姿勢の狂いが行くところまで行って、正反対を向いてしまっている艦もある。わけの分からない方角に、全速力で突進している艦もある。
華々しい戦果を上げた、「ファング」とカジャ部隊の連携攻撃だった。だが、それでも敵は戦力を維持している。大破した艦は小型戦闘艦のみで、中型以上は中破か小破で済んでいる。大型戦闘艦は、さすがに早々と混乱を収拾したものか、ミサイル攻撃を仕掛けて来た。
散開弾だった。早々と展開し、金属片群を撒き散らす。カジャ部隊の戦闘艦の表面構造物を破壊する目的だとすれば、少し展開が早すぎる。そんなに早く展開させると、カジャの部隊に到着する頃には金属片が広がり切って密度が薄くなり過ぎ、効果が減ってしまう。
敵の散開弾攻撃の目的は、時間稼ぎだろう。金属片群による遮蔽効果で、一時的に敵から自分達の姿を隠し、カジャ部隊からの攻撃が来ない時間を作り出そうとしている、とカイクハルドは見た。
金属片群の壁の向こうで態勢を立て直して、再び戦闘を開始する、と考えて良いはずだ。
「シヴァース、ビームを頼む。」
収納されていた帆を再び展開し終えると、カイクハルドは通信機に向かって叫んだ。直後、カジャの部隊からビームが照射される。「ファング」戦闘艇が後方に、進行方向で言えば前方に広げた帆が、ビームを受け止める事で、減速が実施された。
貴重な噴射剤を節約する為の措置だ。カジャ部隊の少し手前で、ようやく「ファング」は、人工彗星を飛び出してからの加速による運動量を、相殺できた。それも、偶然ここで止まれたのではなく、ここで止まるように計算して作戦を練ってあった。
カジャの部隊から、噴射剤の補給を受ける。もう、「ファング」の噴射剤タンクは空に近かった。
補給作業用の宇宙艇が、幾つか漂い出ていた。1隻の宇宙艇が、数隻の「ファング」戦闘艇に同時に噴射剤を注入する機能を有していた。1分も掛からずに「ファング」全艇には、ある程度の補給が成し遂げられる。満タンにまではならないが、もうしばらく戦えるくらいの噴射剤は確保できた。
ミサイルなどは、カジャの部隊が使っているものとは規格が違うので、補給は不可能だ。噴射剤のみの補給を受け、「ファング」は戦いを継続する。
敵の放った散開弾は、カジャ側からの爆圧弾で簡単に吹き飛ばす事ができていたが、金属片が消え失せたその背後から、態勢を立て直した敵が接近して来るのを、カジャ部隊も「ファング」も目の当たりにした。
「まだ、あんなに残っているのか。散々、滅多打ちにしたはずなのにな。」
「そういうな、カビル。中型や大型が、ミサイルの3発4発くらいで大破はしねえさ。」
宥める言葉をかけつつ、カイクハルドはディスプレイを睨んだ。大型戦闘艦2、中型戦闘艦3、小型戦闘艦4が、小破に留まり十分な戦闘能力を維持しているみたいだ。更に、千隻以上の戦闘艇が、その周囲に群れている。空母や戦闘艦から発艦したものだろう。
中破したとみられる中型戦闘艦2と小型戦闘艦3が、空母と共に後方に居残っている。それ以外は大破したのだろう。総員退避となった艦もあれば、あらぬ方に突進して行っている艦もある。空母を除けば、敵戦力17艦の内、8艦をここまでの戦いで削り取っているが、半分以上は残っている計算だ。
残っている艦も、無傷の艦は1つも無いので、単純に戦果が半分以下とは言えないが、半分以上の艦が依然として向かって来ているのを見れば、あれだけ滅多打ちにしてこれだけの損害しか与えられなかったのか、との気分にもなった。
また、カジャの部隊と敵艦隊との間でミサイルの応酬が始まる。が、敵のミサイル攻撃は思うように行かないみたいだ。おかしな方向に飛んで行くミサイルが、3割ほどある。自立誘導で敵を目指すはずのミサイルだが、損傷を被っていては制御不能にもなり得る。
先ほどのダメージは、色々な形で敵を蝕んでいる。数は多くても、まともな戦いはできない艦もありそうだ。ここからは、敵の1艦1艦の損傷の程度や詳細な症状も、十分に見極めた戦いが必要になりそうだ。
発射されるや否や、爆発するミサイルもあった。敵よりむしろ、味方に損害を与えるミサイル攻撃になってしまっている。真っ直ぐに飛んで来るミサイルも、どれ程機能を維持できているか分からない。
「ファング」は、カジャの部隊が放ったミサイルを追いかけるようにして、敵に突進して行った。またしても、ブラックアウト寸前の加速重力が、パイロット達を苦しめる。
敵のミサイルは、「ファング」には脅威にならなかった。カジャの部隊を狙った散開弾は、展開のタイミングが「ファング」にとっては遅すぎたので、金属片が広がる前にすり抜ける事ができた。特に進路を変更する必要も無かった。
カジャ部隊のミサイルも散開弾だった。敵艦と、敵戦闘艇の両方を狙って広範囲にばら撒かれた。千余りの敵戦闘艇は、散開弾を避けるべく敵艦隊から離れる。その隙を利用して「ファング」は、金属片群に滅多打ちにされている敵艦隊に、接近を図った。
敵艦隊からの迎撃を予測したが、「ファング」に散開弾を見舞って来る様子は無い。恐らく索敵システムが十分に機能せず、「ファング」を狙った散開弾の発射もままならないのだろう。それに、先ほど発射直後に爆発して自分に損害を与えた艦もあった事から、ミサイル発射を怖がる思考状態になっているかもしれない。
「ファング」の最初の攻撃が、敵の装備だけでなく精神をも蝕んでいる証拠と言えるかも知れない。心身ともに傷だらけの敵に、「ファング」は容赦なく襲い掛かる。
チラリと幾つかのディスプレイに目を走らせたカイクハルドは、カジャ部隊を目指した敵ミサイルの2割ほどが、展開する事無く飛び続けている事を見届けた。不発弾、という事だ。敵の損害は、かくも大きいのだ。
「敵はボロボロだ。一気に叩き潰すぜ。」
返る言葉は相も変わらず、「応」とか「ああ」ばかりだが、気迫がその声に漲っている。
今回の投稿は、ここまでです。次回の投稿は、 '19/1/12 です。
ここで描いたような戦闘シーンを、細かい説明が多くて面倒くさいと思われる方、リアリティーがあって面白いと思って頂ける方、と反応は別れるのかなと思っています。宇宙という未知であり、多くの人になじみのない環境下での戦闘なので、リアリティーをもって描こうと思うと、どうしても説明は多くなってしまいます。リアリティーを犠牲にすれば、簡素な表現もできるかもしれませんが、それでは物語の舞台を未来の宇宙に設定した意味がなくなってしまいそうに作者には思えるのです。猛烈に加速した物体は、同じく猛烈な減速を実施しなければ、敵の前に居続けることはできず、あっという間に通り過ぎてしまう、といったことは、面倒くさい表現ではあっても説明したうえできちんと描かないと、リアリティーがなくなってしまうのではないか、などと。有名なアニメなんかでも、敵に向かって行くシーンですごい加速をやっていたのに、減速の描写がなく、「それじゃ、敵を通り過ぎるだろう」と突っ込みを入れてしまいそうになったり、キュッ、ピタッ、とあっさり止まってしまい「そんな簡単に止まれてたまるか」と思ってしまったことがあります。そこのところをリアリティーを持って描きたかったので、こんな感じになるのは避けられないと思っています。読者様にどう受け止められるかはわかりませんが、当面はこんな感じで書き続けようと思います。はじめは面倒くさく思っていても、慣れていくうちに面白くなってくる、ってこともあるかもしれないし。というわけで、
次回 第51話 皇帝一族の憂慮 です。
敵奇襲部隊への「ファング」の戦いは優勢になる気配を見せていますが、今回の戦いは、輸送船団へのカジャ部隊の襲撃から始まっています。そっちの戦況、輸送部隊を球状に取り囲んでいる寄せ集め兵たちの存在、というのがあったことを思い出して頂いた上で、次回の展開に思いを馳せて頂きたいです。何より、この戦いの結果より、この戦いを通じての出会いというのが、物語にとっては重要なのです。誰と誰が出会うのか、次回のタイトルを見れば分かり切っているかもしれませんが、そちらの方にも想像を膨らませて欲しいです。




