第49話 皇太子の出撃
隠し集落の一つに身を寄せての、様子見の時間が数日に渡って続いたが、突如シヴァースから声を上ずらせた連絡が入る。
「か・・カジャ様が、やはりじっとはしていられない、と仰せになられて、大規模な攻勢に打って出る準備を始められた。」
「何だと!何で今頃?」
またか、との思いで、カイクハルドは問い返す。
「きっかけは恐らく、『バーニークリフ』陥落の報告だ。今度は自分達の番だ、という意識もお持ちだろうし、プラタープ殿にばかり苦しい思いをさせている、との自責の念も、ずっと蟠っておられたのだろう。」
「何だよ、それ。『バーニークリフ』は軍政部隊を誘き寄せる撒き餌で、『ギガファスト』が本番だって事は、最初から織り込み済みの事じゃねえか。それを、『バーニークリフ』陥落がきっかけで攻勢に出る、ってなんだよ。」
「俺も、何度もお諫めしたのだが、やはり、要塞が陥落した、というのを重く受け止めておられるようで」
「とにかく、『シェルデフカ』には来てくれるなよ。集落の住民は、軍政の部隊が近付いて来たら、直ぐに隠し集落に避難するようにしているが、カジャの部隊が近付いても避難しねえだろう。そこに、この前の奴等みたいな掠奪だけしか頭にねえ連中を率いて来られたら、住民にどんな被害が出るか。住民の信頼を損ねたら、『シェルデフカ』でのゲリラ戦がどれだけ困難になるか、分かるだろう。」
「カジャ様も、『シェルデフカ』の領民には絶対に手を出さないように、と配下の者達に厳命はなさっておいでだ。」
「命令に素直に従う連中じゃねえことは、この前の掠奪未遂で思い知ったはずだろう?」
「今回は、これまで以上に厳しく命じたから大丈夫だ、とカジャ様は仰せになられて」
「自分が厳しく命じたら、民は必ず言う通りに動くものだ、って幻想を、ああいう立場の人間は捨てられねえのかな?厄介なもんだ。」
カイクハルドは、吐き捨てるように叫ぶ。シヴァースも、通信機の向こうで困り果てている様子だ。
「なんとか、『シェルデフカ』や『カウスナ』に踏み込まないようには、説得してみる。だが、それなりの敵を与えて差し上げないと、収まりは付きそうにない。カジャ様のおられる、宇宙要塞『ウェラリア』のある『ピラツェルクバ』領域に、手頃な適を誘き寄せられれば良いのだが。」
「今までも、何回も、小分けにした敵を連れ出して行って、襲わせてやったじゃねえか。なんでそれで、納得しねえんだ。まあ、しょうがねえか。こっちも、カジャの名声に頼ってる事情はあるからな。」
さっそくカイクハルドは、敵を「ピラツェルクバ」に誘き出す作戦の検討を始めたが、カジャ自身が「ピラツェルクバ」を通る輸送部隊の情報を入手した、との連絡が直後に入る。それも、護衛がかなり手薄な大規模輸送部隊の、行軍経路に関する情報を得た、と言っているらしい。
「多分そいつは、『シックエブ』から来るやつだろうな。『エッジャウス』からそういうのが来るのなら、俺達にも情報が来ているはずだ。」
ビルキースからの情報が無い事を確認した上で、カイクハルドはそう判断した。「エッジャウス」からは、ビルキースのいる「チェルカシ」星系を通るのが、主要なルートになっている。他にもルートが無くはないが、大規模軍閥の所領を通過するルートになる。それは、軍政といえども色々気を使わなければならないし、タキオントンネルのターミナルを設置するのに都合の良い天体を見つけるのにも困難を伴う。
「ファング」が使う程度の小規模なターミナルは、どこにでも設置できるが、大規模な部隊を輸送する為のターミナルとなると、エネルギー消費も膨大になるので、核融合の為の重水素等が補給できそうな天体の傍に設置する必要が出て来る。そんな都合の良い天体は、様々な既得権益が絡まり合っているものだから、利用するのにも面倒が多い。
それらの様々な要件を勘案すると、「チェルカシ」星系を経ずに「エッジャウス」が部隊を送って来る事はあり得ない。「チェルカシ」星系を通ったのなら、「ファング」はビルキースから情報を得ているはずだ。
「護衛の手薄な輸送部隊が『シックエブ』から来ていて、その情報をカジャだけが握っている、ってか。なんだか胡散臭えな。」
「カフウッド」ファミリーとの戦いの経験や情報が、「エッジャウス」よりも多いのが「シックエブ」だ。その「シックエブ」が、護衛を手薄にした補給部隊など送るだろうか、とカイクハルドは訝った。何度もプラタープに痛い目に会わされた「シックエブ」のその油断は、あまりに話が出来過ぎている、と感じた。
戦力が調達できなかった可能性もあり、「シックエブ」の戦力不足は彼等にも好都合なので、真実ならば喜ばしい情報だ。だが、
(都合が良すぎる。こっちにとって都合の良すぎる情報、なんてのは、疑ってかからねえとな。)
「やはり、怪しいと思うか?カイクハルド。この情報は」
「怪しいが、まあ、その補給部隊を襲撃してみる価値はあるかな。だが、お前とバラーンの部隊は、カジャに貼り付いていろよ。カジャに死なれでもしたら、軍政打倒の機運が大きく萎んじまうかもしれねえ。お前らの命を盾にしてでも、カジャを死なせるんじゃねえぜ。」
「無論だ。親父も『シックエブ』を目指している。このタイミングでカジャ様に何かあれば、親父の命懸けの行動も無駄になりかねない。我が命を盾にしてでもカジャ様をお守りする覚悟なら、いつだって出来ているさ。」
「それなら、やってみれば良いぜ。『ファング』は当てにするなよ。お前達だけでやれ。」
そう言ってシヴァースを突き放したカイクハルドだったが、カジャの手勢による輸送部隊への襲撃作戦の予定宙域周辺に、作戦開始が迫る時、「ファング」の姿はあった。
「ピラツェルクバ」領域の「ポロギ」星系内を駆け巡る、人工の彗星が幾つもある。希薄なガス雲の中を高速で広範囲に飛び回る事で、必要な資源を集めて回っている。数十年をかけて数百億kmをも駆け回れば、希薄なガス雲からでも相当量の資源が採取できる。希薄、というのも比較の問題で、ガス惑星等と比べれば薄い、というだけの事だ。宇宙空間全体から見れば極めて濃密なガス雲だ、とも言える。
そのガス雲から資源を採取する人工彗星というのも、この時代には珍しくもないものだ。小さくて、強い電波を発する事もないこの飛翔体は、正確な軌道を知らない者にはまず見つけられない。かなり近付かないと、レーダーでも検出し得ない代物だ。
レーダーで探知したとしても、人工物と判断する事は難しいだろう。天然にあり得る彗星軌道を飛んでいるのだし、形状も概ね小惑星にありがちなものだ。
人工物と気付いたとしても、この時代にありふれている資源採取用人工彗星など、誰も見向きもしない。その中に最強の戦闘艇団が潜んでいる、なんて思う者はまずいない。
人工彗星の中に潜む「ファング」は、誰にも気付かれる筈の無い状態で、カジャの戦いを見守っているのだった。
以前「オーヴァホール」という軍閥ファミリーに対し、資源採取用の長楕円軌道を描く人工衛星に見せかけた飛翔体に隠れることで、奇襲攻撃に成功したが、その時と全く同一の装備が使われている。ガス雲から資源を採取する機能のある装置を、惑星を周回する軌道に乗せれば人工衛星になるし、彗星が巡るような軌道に乗せれば人工彗星になる。人の手が加わらなくても、彗星だった天体が惑星重力に捕えられ、衛星にさせられてしまう現象は起こる。物体的には同一のものでも飛翔する軌道が変われば、人は別の名称を与える。
よって、かつて人工衛星だった「ファング」の隠れ潜む物体は、今は人工彗星だ。母艦である「シュヴァルツヴァール」は、遥か後方の安全な宙域に退避させてある。
「軍政の輸送部隊が、無人探査機に捕えられたぜ。20隻程の輸送船を、5個くらいの戦闘艦で守っている。小型が3、中型が2だ。比較的に手薄な護衛ではあるな。」
データー解析の設備は人工彗星の中に運び入れてあったので、「シュヴァルツヴァール」無しでも状況を把握できる。
カイクハルドの報告に、答えは無かった。皆、各自の戦闘艇の中で、固唾を呑んで戦況を見守っているのだろう。
「カジャの部隊も、四方八方から湧き出て来たぜ。戦闘艇がほとんどだな。」
寄せ集めの兵ばかりのカジャの戦力は、戦闘艦が圧倒的に少ない。戦闘艦は、相当裕福な者でないと保有できない。弱小軍閥や「アウトサイダー」や「似非支部」の寄せ集めである兵は、戦闘艇がほとんどだ。それも、空母では無く輸送船で運んで来たのだろ。
空母、とはこの時代においては、ある程度の武装があり、電磁式カタパルトやビームセーリング方式で、戦闘艇を加速してやれる機能を有している宇宙船を指す名称だ。更に、膨大な観測データーを解析して戦況を把握検証し、戦闘艇に有益な情報を提供できる機能も求められる。
寄せ集めの兵達は、そんな機能は全く無い、ただ戦闘艇を積み込んで運ぶだけの宇宙船で、ここまで移動してきたと思われる。
カジャの部隊は、事前にばら撒いてあった無人探査機で敵位置を知り、敵の索敵圏外にタキオントンネル航法でやって来て、そこで部隊を展開させたはずだ。
「戦闘艦は、カジャの部隊には15艦だな。全部小型だ。プロトンレーザー等の、対艦攻撃用の砲塔は備えていない。ミサイルだけが、戦闘艦への攻撃手段だ。中型を含む戦闘艦5を有する護衛部隊を狙うには、やや貧弱な襲撃部隊だが、その分、戦闘艇が3千くらい居るぜ。全部旧式だし、中には工作用の宇宙艇にレーザー銃を積んだだけの、戦力以前のものも多いな。」
レーザー銃といっても、レーダーやコンピューターと連動し、パイロットの読みに基づいた計画的かつ系統的な連続攻撃を実施できなければ、宇宙での戦闘では使い物にならない。人間が照準を定めて引き金を引くようなレーザー銃では、百万回撃っても当たるはずのないのが宇宙での戦闘だ。接舷して乗り移り掠奪を企てようとする際に、相手を牽制する、くらいの使い方しか期待できない。
装備からして、掠奪や戦場泥棒が目当てで馳せ参じて来ているのが、一目瞭然の奴等だ。そんな兵の戦闘艇は、何千あっても戦力にはカウントできないようなものだ。同様の寄せ集め兵8千を、「ファング」の百隻だけで軽々と蹴散らした事もあった。
「あの兵力で、どこまでやれるか。」
カイクハルドは、にやつきながらディスプレ上で戦況を見詰める。
寄せ集めの戦闘艇は、球状に輸送船団を包囲しつつも、距離を保つ。「ファング」と対戦した連中もそうだったが、不用意に近付いても確実に一方的な虐殺を被るだけ、と分かっているのに、果敢に突撃を仕掛ける寄せ集め兵はいない。敵の戦闘艦が接近すれば、恐れおののいて後退りするであろう連中だ。
だが、敵の戦闘艦に先手を許さず、カジャ配下の小型戦闘艦の方が、素早く肉薄して行く動きを見せる。シヴァースかバラーンの部隊だろう。両者の混成かもしれない。
10艦程が、平板状に艦を配置しての前進を見せる。敵は2艦だけが対応する。輸送船団は包囲されている。劣弱な戦闘艇ばかりとは言え、そんな状況では、敵は全艦を振り向けるわけにはいかない。5艦でテトラピークフォーメーションを形成し、三角錐の中に輸送船団を守りつつ、各頂点の中の最もカジャ側の10艦に近いものが、少しでも輸送船から離れた位置で敵と対峙しようとして、向かって行く。
4つの頂点に5艦を配しているので、頂点の中の1つには2艦が置かれる事になる。カジャの艦群が接近している方角に、2艦を配している頂点を向けるのは当然だ。
小型1と中型1の2艦が、カジャ側の10艦に接近する。数ではカジャ側が圧倒しているが、敵の中型戦闘艦にはプロトンレーザーの備えがある。艦対艦の戦いにおいては、最も有効な兵器だ。
輸送部隊側の艦は、搭載している戦闘艇を発艦させており、それらは輸送船に貼り付いている。輸送船団防衛の後詰め、とするつもりだろう。カジャ側は5個の小型戦闘艦が、少し離れたところに留まっている。その中に皇太子カジャの座乗艦があり、安全な距離で戦闘指揮に当たっている、とカイクハルドは見た。
進出している輸送部隊側の2艦とカジャ側の10艦の間で、散開弾の応酬が始まった。艦隊同士の戦いでは、最も一般的な戦いの始まり方だ。戦意に乏しい者同士なら、散開弾の応酬だけで戦いが終わる事も珍しくは無い。
展開前の彼我の散開弾が、両者の中間域ですれ違う。カジャ側の散開弾が展開し、輸送部隊の戦闘艦に金属片群を見舞う。輸送部隊側の散開弾も、金属片群の壁と化してカジャ側の戦闘艦に迫る。
両者は防御の為のミサイルを放つ。爆圧弾だ。事前に予測して準備ができている状態ならば、散開弾の攻撃には爆圧弾による防御が有効だった。金属片を爆圧で弾き飛ばす事で、損害を免れようとする方法だ。
両者が、爆圧弾での防御と散開弾攻撃を繰り出し続ける。爆圧弾は、ドンピシャのタイミングと位置で炸裂させなければ、十分な効果が得られない。少しでもずれていれば、金属片の被害からは免れられない。長く応酬を続けて行くに従い、排除し切れない金属片が出てくる。両者とも、徐々に金属片の直撃が増え、損害を被って行く。
その間にも、両者は近付く。輸送部隊側の戦闘艦のプロトンレーザーの射程に、カジャ側の戦闘艦の一番中央にいるものが捕えられようとする。中央が、最も敵に近いからだ。狙われた戦闘艦は、上下左右のランダムな蛇行を繰り出す事で、プロトンレーザーの直撃の回避を試みる。
両者には既に、幾つもの金属片が叩き付けられている。表面構造物が一斉に薙ぎ払われる、という程の痛手ではないが、少しずつ被害が出始めている。
お互いに、相手のレーダーシステムや電磁シールドの作動状況は、分からない。散開弾でどのくらいのダメージを与えているのか、詳しく知る術は無い。
幾つかの金属片が命中している事は分かっている。損傷が、ゼロという事はあり得ない。だが、機能面でどれだけ損耗させる事ができているかは、分からない。
分からないまま、両者は近付き、中型戦闘艦はプロトンレーザーを発射した。カジャ側の中央にいた艦のすぐ近くを、プロトンの濁流が通過した。僅かに外れたのだ。
もし相手のレーダーに全く支障を与えていなかったら、カジャ側の艦は無事では済まなかったはずだ。そうと知っていて射程圏内に踏み込んだのだから、並大抵の勇気ではない。
「なかなかの、気迫と度胸だな。」
カイクハルドは、ディスプレイを睨みながらカジャの部隊を評した。
ランダムに蛇行しているとはいえ、戦闘艦ほどのサイズとなると、動きは鈍重だし的は大きい。普通ならば、そうそう外すものでは無い。レーダーとコンピュータで位置と運動方向を捕え、等速直線運動をすると仮定した場合の予測未来位置に撃っておけば、たいていは命中する。経験豊富な射撃手が少し相手の動きを読めば、更に命中率は上がる。
命中箇所によって損害の大きさは違ってくるもので、大きな損害を与え得る場所に、確実に命中させるのは難しい。が、艦そのものを外し、全く損傷を与えられない、という事態は、ランダムな蛇行を繰り出したくらいでは起こり得ない。
懸命な蛇行を繰り広げるカジャ側の戦闘艦を、輸送部隊側のプロトンレーザーは外したのだが、それは蛇行の成果というよりは、散開弾攻撃で敵のレーダーシステムに損傷を与えていたからこその成果のはずだ。
とはいえ、蛇行を全く繰り出していなくても、外れたかどうかは分からない。プロトンレーザーの餌食にならずに接近を図りたいなら、散開弾攻撃とランダムな蛇行の両方を繰り出すのがセオリーだ。
ともかくカジャ側戦闘艦は、1撃目のプロトンレーザーを外す事に成功した。が、当然、2撃目3撃目が狙って来る。
カジャ側の中央の戦闘艦は、プロトンレーザーの射程圏に踏み込む直前から、前方へのスラスター噴射を実施していた。進行方向とは逆への加速だ。急ブレーキをかけた、と表現しても良い。
両艦の接近速度が遅くなる。輸送部隊側にすれば、少しでも近付いた方がプロトンレーザーの命中率が上がるし、命中した際の威力も高くなる。中型戦闘艦はもっと近づこうと前進を続けるが、カジャ側の、プロトンレーザーの標的になった艦は減速しているので、距離がなかなか縮まらない。
その間、カジャ側の部隊の他の艦は、変わらない速度で前進していたので、輸送部隊側の戦闘艦は、気が付くと、上下左右からカジャ側の戦闘艦に包み込まれる態勢になった。
カジャ側戦闘艦は、2艦ある敵の内、プロトンレーザーを有する中型戦闘艦へと散開弾攻撃を集中する。距離が縮まった上に、上下左右から包囲する態勢になった事で、攻撃の圧力は高まる。輸送部隊側の爆圧弾での防御が、追い付かなくなって来る。
時代が時代なら、鶴翼の陣で敵を押し包んだ、とでも表現したい戦況だが、宇宙での戦いは平面ではなく立体だから、鶴の翼より蛸の肢にでも例えた方が、的を射ているかも知れない。が、この時代の「グレイガルディア」のほとんどの人は、鶴も蛸も見た経験すらないので、いずれの表現も定着はしないだろう。
ともかく輸送部隊側の戦闘艦は、カジャの側の戦闘艦群に包囲されつつあったが、プロトンレーザーの第2撃目を放った。カジャ側中央の艦は、さっきとは反対の側面を、至近を擦過するプロトンレーザーの光彩に照らされる事になった。
1撃目と2撃目が、艦を挟む形で通り過ぎた事を考えると、3撃目は命中しそうだ。しかも、中央の艦に打ち付ける金属片が倍増した。散開弾攻撃に対する、爆圧弾による防御が、不調に至っているらしい。
プロトンレーザーに至近距離を通過されると、一時的に電子機器に異常を生じる事がある。直撃を免れても、ダメージは皆無、というわけにいかないのが、この兵器だった。レーダーシステムに異常を来したカジャ側中央の艦は、爆圧弾炸裂の位置とタイミングの制御が上手く行かない。
一方で輸送部隊側の中型戦闘艦にも、相当な数の金属片が打ち付けるようになった。包囲され至近距離に迫られた事で、命中数が格段に増えている。
この辺りから、カジャ側は散開弾に加え、徹甲弾という弾種のミサイルによる攻撃も開始した。命中すれば、散開弾などとは比べ物にならない程の損傷を与える。だが、レーダーシステムが十分に機能している艦にとっては、防御するのに難のある攻撃では無い。レーザー照射で簡単に始末できる。
散開弾攻撃で、敵のレーダーシステムに障害を生じさせていなければ、無意味な攻撃になる。散開弾の効果を見極め、いかにタイミングよく徹甲弾攻撃を開始できるか、が戦闘の趨勢に大きく影響する。
レーダーシステムに障害を生じさせる前に撃っても効果が無いが、遅すぎるのも問題だ。致命的な損書を与え得ない散開弾攻撃ばかりを、徒に長く続けていても、勝利を収め得ないどころか、反撃の隙を与えて敗北にも繋がる。
カジャ側の部隊は、見事なタイミングで徹甲弾攻撃を仕掛けていた。半分ほどの徹甲弾は、レーザーに葬られたが、残り半分が輸送部隊側の中型戦闘艦に突き刺さった。
装甲を突き抜け、艦体内部に深々と食い込み、弾頭の炸薬が爆発する。爆風が艦の更に奥へと吹き込まれ、装置も人命も焼き払って行く。
3撃目のプロトンレーザーを撃ち放った中型戦闘艦だったが、徹甲弾の命中に火柱を吹かされ、その痛みにのたうつように艦の姿勢も進行方向もねじ曲がったので、1撃目や2撃目より遥かに遠くに外れる。
プロトンレーザーの脅威からは逃れられたカジャ側中央の艦だが、これにも徹甲弾は突き刺さった。敵艦とて、徹甲弾攻撃は繰り出して来る。1撃目2撃目のプロトンレーザーでレーダーシステムに支障を来している艦には、徹甲弾を防ぎ切る事は不可能だった。
だが、カジャ側の艦には僚艦からの援護があった。カジャ側中央の艦を目指した徹甲弾は、僚艦からの散開弾で多くが仕留められた。
輸送部隊側の中型戦闘艦も、同伴している小型戦闘艦の支援は受けてはいるが、数の劣勢が仇になる。数発の徹甲弾を食らった中型戦闘艦に比して、カジャ側の艦は1発だけの被弾で済んだ。
一度大きな損傷を受ければ、索敵力も防御力も大幅に減退する。中型戦闘艦には次々に徹甲弾が命中し、火柱があちらこちらから吹き上がる。同伴の小型戦闘艦にも火柱が上がった。戦況は一気に、カジャ側優勢に傾いて行く。
散開弾に対する爆圧弾による防御の能力や徹甲弾攻撃開始のタイミング、プロトンレーザーの命中精度などが少し違っていれば、戦況が輸送部隊側有利に傾いていた可能性もあったが、プロトンレーザーを2発も外している間に徹甲弾を叩き込む事に成功したカジャ側に、軍配は上がりそうだ。
中型戦闘艦に最初の徹甲弾が命中した直後に、輸送船団に貼り付いていた敵戦闘艇の一部が、損傷した中型戦闘艦の救援へと突進していた。攻撃タイプの戦闘艇「レオパルト」が、散開弾で徹甲弾の迎撃を試みる。最終段階の直進加速に入る前に金属片をぶつけられれば、徹甲弾攻撃は阻止できる可能性が高い。直進加速に入ってしまえば、重い金属の塊である徹甲弾の軌道は、散開弾くらいでは変えられない。
それに対し、遠巻きに球状包囲していたカジャ側戦闘艇群からも、急速に進出して来る一団があった。「オイレ」と呼ばれる格闘タイプの戦闘艇だった。旧式ではあるが、主に帝政貴族が使っている歴とした戦闘艇だ。宇宙艇にレーザー銃を取り付けただけの“なんちゃって戦闘艇”とは、わけが違う。
恐らく、シヴァースやバラーンが訓練を施した、という部隊だろう。2人は軍閥出身ではあるが、手持ちの部隊は、カジャのもとに馳せ参じた兵をカジャが調達した戦闘艇に乗せたものだ。だからこの場面で、帝政に広く普及している戦闘艇「オイレ」が出て来たのだろう。
シヴァースやバラーンの手持ち部隊以外の、“なんちゃって戦闘艇”等の連中は、まだまだ遠巻きに様子見を続けるようだ。彼ら自身も、ここで飛び込んだら無駄死にする、と判断しているだろうが、シヴァースやバラーンもそのように作戦指示を出してあるのかもしれない。
俄かに馳せ参じた寄せ集め共は後に残し、訓練を受けた者だけで突進したカジャ側の格闘タイプの戦闘艇「オイレ」が、軍閥の攻撃タイプの戦闘艇「レオパルト」やそれの放った散開弾に、レーザーの雨を浴びせかける。
輸送部隊側からは、「レーゲンファイファー」も飛び出して来た。軍閥に普及している格闘タイプの戦闘艇だ。輸送部隊に貼り付いていた中から、一部が振り向けられた。
無数のレーザーが錯綜し、撃破されたミサイルや戦闘艇の閃光が、そこここに煌めく。
戦闘艇群の決死の支援で、傷だらけの中型戦闘艦は大破を免れていたが、損傷著しい艦体では反撃に打って出る余力は無いらしい。徐々に戦闘域から距離を置きつつある。それと並走している小型戦闘艦も、同じく損傷は甚大なようだ。カジャ側の損傷を受けた艦も、後方で戦況を見守っている5艦と合流する軌道を取り始めた。
カジャ側の無傷の小型戦闘艦9艦は、輸送部隊側に残ったもう一個の中型戦闘艦を目指した。小型戦闘艦9対中型戦闘艦1の戦いになる。つい今しがたの戦闘と比すれば、互いに小型戦闘艦を1つずつ減らした闘いだ。
だが、カジャ側は、簡単には面を形成した陣形に復する事はできない。輸送部隊側は、陣形を整えさせる前に攻撃を加えよう、と全力の突進を仕掛けている。艦の乗員達は、顔をしかめて加速重力に耐えているのだろうが、ブラックアウト寸前という程の加速力は、このサイズの戦闘艦には出せない。
懸命の加速が功を奏し、カジャ側が陣形を整える前に、最も近くにいる艦をプロトンレーザーの射程に捕えた中型戦闘艦が、砲撃戦を開始した。
カジャ側の戦闘艦も、散開弾攻撃やランダムな蛇行で対抗していたが、プロトンレーザーの1撃目を回避できなかった。まともに突き刺さったプロトンレーザーは、小型戦闘艦をたちまち中破に至らしめた。
直撃箇所から火柱が上がり、そこから幾つもの亀裂が走った。亀裂の一つからはガス状のものが漏れ出す。
更には、直撃箇所から離れた位置からも、ガスが勢いよく噴き出している。恐らく噴射剤だ。その噴出自体が艦をあらぬ方へ押しやると共に、意図した方向に進む為の噴射剤が不足する。艦の進路制御は、相当難しくなっているはずだ。
航行に深刻な影響がない損傷を小破、深刻な影響が出れば中破、航行不能以上の損傷を大破、とこの時代の「グレイガルディア」では表現している。
中破に至らしめられた戦闘艦は、自由に進路を選ぶ事もできない。まともな戦闘は不可能だし、退避すらもままならない。が、プロトンレーザーの餌食となった戦闘艦は、被弾直前に退避軌道に向けて全力のスラスター噴射を実施していた。企図した軌道からは外れただろうが、戦域離脱という目標は果たせそうだ。
「良い判断だったな。」
ディスプレイで戦況を観察しているカイクハルドが、また小さく唸った。
直撃を回避し得ぬと判断した艦長の、咄嗟の判断だったのだろうが、そのおかげで航行に深刻な支障を来しながらも、被弾した戦闘艦は安全な宙域にその身を置きつつある。
中型戦闘艦は、逃げる敵には構おうとしなかった。次の獲物を狙うのが先決、と判断したらしい。が、カジャ側も、1艦が犠牲になっている間に陣形の再構築を果たしていた。平板な面を形作り、一斉に中型戦闘艦に向かって行く。
散開弾の応酬と爆圧弾での防御が、両者において展開される。カジャ側中央の艦が中型戦闘艦のプロトンレーザーの射程に捕えられたが、中型戦闘艦への散開弾攻撃は十分な成果を上げていなかった。
プロトンレーザーは、1撃目から小型戦闘艦に命中する。が、当り所は深刻ではなく、小破で済んだ。その間に、残りの艦が敵を包囲し接近する。濃密な散開弾攻撃に続き、徹甲弾攻撃も開始する。
「砲撃を当てられた事で、焦りやがったな。まだ、無理だぜ。」
と、カイクハルドが評した通り、徹甲弾攻撃は少し早かったようだ。ほとんどが撃破される。散開弾攻撃による索敵能力の抑圧が不十分だった。命中した2・3発も、突入角度が浅かった為に中型艦の装甲を貫けなかった。装甲の外側で炸裂した為に、大した損傷は与えられていない。
重大な損傷を与えられなかった中型戦闘艦が、次のプロトンレーザーを放った。小破を受けた艦とは、別のものを狙っていた。いつの間にか、最も近いカジャ側戦闘艦が入れ替わっていた。中型艦は、最接近した敵を選んでの攻撃だ。
カジャ側は、更に1艦が中破を被る。徹甲弾攻撃を少し早まった事が、カジャ側を大きく不利に導いた。未だ健在である中型戦闘艦のプロトンレーザーが、次の獲物を狙っていた。
今回の投稿は、ここまでです。 次回の投稿は、 '19/1/5 です。
宇宙における艦隊対決というものに関しては、ずいぶん迷ったり悩んだりしながら、とりあえずこんな形になりました。従来のSF作品に対して、漫画にしろ映画にしろ小説にしろ、いろいろ不満に思うことが多くて、その不満を自分の作品で解消したかったのです。ですが、いざ書くとなるととてつもなく難しくて、なんども考え直しや書き直しが生じました。宇宙空間の三次元性・未来的な複数の攻撃・防御手段の組み合わせ・兵の能力や士気・運、などといった要素が絡み合って、戦いの趨勢が決まって行く。そんな様相が十分に描かれたSF作品というものが、これまで全くなかったように思えるし、だからこそ、自分でそれを書いてみたかったのです。あまり複雑にしすぎても、読者に伝わらない以前に作者の手に負えなくなってしまう。ですが、ある程度複雑にしないとリアリティーがなくなってしまう。そのバランスも難しいですし、面白さも追及しないといけないとなると、本当に大変です。どの程度のものが書けたのか、読者様にどの程度伝わったのか、面白いと思って頂けたのか、はなはだ不安ではあります。ですが、従来のSF作品にはなかったものが書けたのではないか、とは思っています。「宇宙戦艦ヤマト」でも「スターウォーズ」でも「スタートレック」でも「銀河英雄伝説」でも「航空宇宙軍史」でもお目にかかれない宇宙での戦闘がここに誕生した、なんて言ったら自画自賛が過ぎるでしょうか?結局は、今回描いた宇宙での艦隊対決がどの程度のものかは、読者様各位に評価して頂く以外にはないものだと思っております。というわけで、
次回 第50話 猛襲・背後・狙撃 です。
熟語3つのタイトルですので、「ファング」も暴れます。輸送部隊とカジャ部隊の戦いがどう展開し、「ファング」がどう絡んでいくのか、予測してみて欲しいです。「ファング」参戦以降も、作者が従来のSFに抱いていた不満をぶつけまくった感じになっています。「宇宙での戦闘はこうだろう!」とか「こんな要素が出てこないとおかしいだろう!」といった主張を散りばめています。それに、読者様の理解や共感を得られ、お楽しみ頂けるかどうか・・。とりあえずは、読んだやって頂きたいです。お願いします。




