第3話 突破・連打・転戦
敵の散開弾が作り出した、広大で濃密な金属片群の絶壁が間近に迫って来た時、ピッ、という電子音が、カイクハルドの耳を打った。「ヴァルヌス」の発射を知らせるものだ。先ほど、輸送船のハッチや外部装甲を吹き飛ばした奴だ。「ファング」の一団を置き去りに、先行して金属片群に到達した。
金属片群と「ヴァルヌス」が接したと見えた瞬間、「ヴァルヌス」は炸裂した。爆圧は凄まじいが、熱の放散は極力抑えた弾種だ。金属片群の壁の向こう側からでは、正確な熱源の位置を探知できない可能性が高い。
爆圧は金属片群を弾き飛ばした。「ファング」の進路から完全に取り除かれはしないが、「ナースホルン」の流体艇首を突き抜けるだけの位置や角度や運動量を保持している金属片は、もはや一つもなかった。
細長い金属が縦に、円錐形の流体艇首の頂点に突っ込めば、流体艇首を突き抜けることもあるが、少しでも横を向いてしまえば、少しでも位置がずれれば、もはやそんな心配はない。「ファング」の方向を目指す運動量が損なわれてしまっても、その金属片に、流体艇首を突破する力は無くなる。
「ヴァルヌス」の炸裂は、全ての金属片から、流体艇首を突き抜ける角度や位置や運動量を奪った。「ファング」の形作った槍先は、威力を失った金属片の絶壁を、貫き通した。
「全員、無事か!? 」
カイクハルドの叫びに、「応」とか「ああ」が返る。撃破された仲間がいない事はレーダーで分かるが、損傷の有無は聞かなければ分からない。全艇ノーダメージで絶壁を突破した事が、「応」とか「ああ」で確かめられた。
絶壁は敵に、「ファング」の正確な位置を、一瞬だが見失わせる。金属片がレーダーを遮り、正確な熱源位置の捕捉も不可能とする。「ヴァルヌス」の炸裂が充分な熱を放出していれば、それによって「ファング」の位置を知る事もできただろうが、熱の放出を極力抑えた「ヴァルヌス」の炸裂は、金属片の壁の向こうからでは、探知が難しい。
よって、絶壁を通過して来た「ファング」に対して、敵戦闘艦は無防備だった。通過して来た事実に気付いたのでさえ、1・2秒遅れたかもしれない。その遅れは、戦闘においては、生死を分けるものだ。
金属片群の突破と同時に、ナースホルンの直後に控えていた「ヴァイザーハイ」5隻の内3隻が、散開弾「ヒビスクス」を、2隻がプラズマ弾「ココスパルメ」を相次いで射出した。
「手筈通りのミサイル発射、完了。」
淡々としたカビルの声。5隻の「ヴァイザーハイ」の攻撃の進捗を、代表して第1単位のカビルが報告した。第1戦隊がまとまって行動している今のような場合、5隻の「ヴァイザーハイ」を第1単位のパイロットが統轄する。
単位ごとの活動から、戦隊がまとまっての行動に移行するに伴い、命令系統を素早く明確に切り替えるのも「ファング」のやり方だった。命令系統をあいまいにせず、切り替えに手間をかけない、というのも、戦場では生死を分かつポイントになる。
射出された「ココスパルメ」は、高温の荷電プラズマを広域に拡散させる弾種だ。炸裂中心域では、戦闘艦の分厚い装甲の向こう側にある炸薬や燃料をも、誘爆させ得る程の熱量だ。戦闘艇程度ならば、直径数kmの球状空間内は生存が絶望的となる。プラズマが引き起こす強烈な磁場が、直径十数km以内にある電子機器を一時的に使用不可に陥れる効果もある。
3艦だった敵戦闘艦の内、小型戦闘艦の1艦が、「ファング」第1戦隊に対応している。もう1艦の小型戦闘艦は、第2戦隊に進路を向け、中型戦闘艦は要塞施設を目指す軌道だ。施設破壊に従事している「ファング」の第3から5戦隊を要撃するのが中型戦闘艦に与えられた任務で、それを支援するため、第1・2戦隊を蹴散らすのが、小型戦闘艦2艦が受け持つ任務、と見て良いだろう。
金属片を突破した「ファング」に意表を突かれた敵小型戦闘艦は、「ココスパルメ」による攻撃への対処が、間に合わなかった。「ファング」が散開弾を発射する前に、若しくは散開弾が金属片を撒き散らす前に対処する必要があったが、それができなかった。
「ヴァイザーハイ」より射出された散開弾が、戦闘艦の側面に襲いかかる金属片の壁を作り出す。先ほど敵戦闘艦のミサイルが作り出したものに比べれば、範囲も密度も劣ってはいる。戦闘艇に積み込める程度の小型のミサイルで作れる金属片の壁は、戦闘艦が打ち出す大型のミサイルが作り出すそれとは比べ物にならない。が、それでも数発分合わせれば、敵艦の側面全体を覆うくらいの広がりがある。
この金属片には、戦闘艦の分厚い装甲を貫き、内部を破壊するほどの威力は無いが、表面構造物を破損させる事は出来る。レーダーシステムやレーザー銃、ミサイル発射口等は、直撃を受ければ無傷ではいられない。
「ヴァイザーハイ」が打ち出した散開弾は、適戦闘艦側面の構造物の多くを破壊した。金属同士が激突し擦れ合う衝撃が、無数の火花を敵艦表面に咲き乱れさせ、煌びやかに明滅した。内部には、鈍く耳障りな音が轟いている事だろう。この状態では、後に続くプラズマ弾への対処が、敵には出来ない。
直進して敵を襲うプラズマ弾「ココスパルメ」は、健全な状態の戦闘艦なら、迎撃するのにそれほど難のある代物ではないが、レーダーが使えないのでは位置がつかめず、レーザーも照射できないのでは、迎撃の術がない。
「ココスパルメ」は、何ら妨害を受ける事無く敵艦の側面に着弾し、炸裂した。清々しいような青味がかった閃光は、光景とは裏腹の壮絶な灼熱で、敵戦闘艦を責め苛む。2発着弾した内の1発は、ミサイル発射口の近くで炸裂していた。
いつでも発射できるよう準備しておくために、艦の表面付近のランチャーに装填されていたミサイルは、「ココスパルメ」の放出したプラズマの熱に焼かれ、誘爆した。艦の中で、装甲の内側で爆発したから、敵には痛烈だ。装甲を切り裂いて火柱が吹き上がる。装甲は、外からの衝撃には強くても、内からのものには弱い。
血飛沫さながらに火を噴く敵艦の傍らを、「ファング」が掠め飛ぶ。敵艦に向けて突進した運動量を、どうにか捻じ曲げて、直撃軌道から脱した「ファング」の弧を描いた飛翔だ。
観察者などいないこの闘いだが、少し離れたところに目撃者がいたならば、鋭い刃物が切りつけ、流血に至らしめたように見えたかもしれない。
敵艦を通り過ぎた「ファング」は、敵艦の未だ損傷を負っていない面に姿を曝すことになる。損傷を受けたとはいえ、敵戦闘艦は未だ健在だ。生き残っていた幾つものレーザー銃が、猛り狂ったように火を噴く。
「ファング」はフォーメーションを反転させていた。最後方に「ナースホルン」を配し、流体艇首で編隊全てを防御している。咄嗟に撃ったのであろう敵のレーザーの大半は「ファング」を逸れ、命中した2発も流体艇首に阻まれた。レーザーに加熱された流体金属の一部は、気化して飛び散ったが、円錐の形状はたちどころに復元される。千発くらい直撃を受ければ、流体金属の全てが飛び散ってしまうだろうが、1発や2発は痛くもかゆくもない。
敵がどういうプログラムでレーザーを照射したのかは分からないが、射撃手がいて肉眼で狙いを定め、手動で撃ったという事はあり得ない。繰り返すが、人間の感覚で追い付ける距離や速度では無いのだ。
レーダーで捕えた位置にそのまま撃っても、高速で移動し、旋回している「ファング」に当たるはずは無いので、むしろ大雑把に空間を指定した、ランダム射撃を実施した可能性が高い。「ファング」の動きを読んだにしては、命中率が低すぎる。何連射したのかも分からないが、一定の宙域にランダムな乱れ打ちを実施したのだろう。それくらいの命中率だった。
「ファング」は減速行程に入っていた。今しがたの突進の運動量を相殺しなければ、戦闘域を大きく離れて行ってしまい、要塞砲台の破壊に精を出す仲間を支援できなくなる。全艇進行方向にメインスラスターを向け、可能な限りの出力で噴射しながら飛翔している。後ろ向きに飛んでいるわけだ。傷を負った敵戦闘艦は、遠ざかる一方だ。
その「ファング」に、敵戦闘艇が襲い掛かる。今「ファング」の攻撃を受けた艦を護衛していた連中だろう。20隻程いる。
「今さら、だな。」
呟くカイクハルド。艦を守るはずの戦闘艇が、艦が損傷を受けてから迎撃に向かって来るのでは、本末転倒だ。敵の予測を裏切る「ファング」の金属片群突破が、敵の対応をちぐはぐなものにしている。
しかも、襲って来たのは「マオルヴォルフ」だ。軍政側の軍閥が保有する防御タイプの戦闘艇だ。戦闘艇同士の格闘には向かない。格闘タイプの「レーゲンファイファー」が全滅させられたので、仕方なくこいつが来たのだろう。
「『マオルヴォルフ』と『レーゲンファイファー』が連携すれば、まだ少しは効果的だったんだがなあ。防御タイプだけを寄越したんじゃあなあ。」
敵の事ながら呆れてしまう、といった声を、カビルも漏らした。
「単位ごとに迎撃!」
カイクハルドの号令一下、再び命令系統が素早く切り替わる。各戦闘艇の通信や戦術支援システム等も切り替わる。
「ナーナク、ムタズ、行けっ!」
このカイクハルドの声は、第1単位のみに届き、2隻の「ヴァンダーファルケ」がマーキングされた敵へと突進して行く。マーキングも、戦術支援システムにより漏れなくダブりなく、効果的な標的の分担や優先順位が速やかに決定され、表示される。ナーナクもムタズも、マーキングされた標的に、迷う事なく、疑う事なく向かって行ける。
カイクハルドにとっての前方に、「ヴァンダーファルケ」2隻は向かって行ったのだが、それは主観的な認識であり、客観的にはカイクハルドの「ナースホルン」の後方に向かう速度が、「ヴァンダーファルケ」を上回っているという事になる。「ファング」は後方に向かって飛翔し、メインスラスターでブレーキをかけている状態だったから。
できるだけ素早くブレーキを掛けたい局面ではあったが、「ファング」各艇はスラスターを全開にはしていない。全開にすれば、パイロットの命は無い。人間には絶対耐え切れない程の出力が、「ファング」の戦闘艇には備わっている。ここまで、「ファング」第1戦隊は、彼等の体に耐え得る、ほぼ限界の出力で後方にスラスターを噴出していた。
だから、「ヴァンダーファルケ」が更に出力を上げて前方に飛び出す事はできず。逆に「ヴァンダーファルケ」以外の戦闘艇が出力を落す事でしか、「ヴァンダーファルケ」が前方に飛び出すという動きは起こせない。
ナーナクとムタズに「行け」とけしかけておきながら実際は、カイクハルドは、自身がスラスター噴射を少し緩めた。
その事で編隊の前方に飛び出したナーナクとムタズの「ヴァンダーファルケ」は、また螺旋を描いて、敵を挟み込むようにアプローチする。敵は等加速度直線運動で、カイクハルドの「ナースホルン」を目指す動きだ。いや、その背後にいる「ヴァイザーハイ」が目当てだろう。
先ほど戦闘艦を攻撃し傷を負わせたのは、「ヴァイザーハイ」の放った「ココスパルメ」だ。艦を護衛する任を帯びる「マオルヴォルフ」にすれば、真っ先に片付けなければならない。螺旋を描いてアプローチして来る「ヴァンダーファルケ」を無視して、一直線に「ヴァイザーハイ」に等加速度直線運動で向かうつもりらしい。
ナーナクとムタズはそれを読んでいたから、彼等の放つレーザーは見事に「マオルヴォルフ」を捕えた。が、「マオルヴォルフ」は防御タイプなので、流体艇首を展開できる。レーザーも遮蔽できる楯だ。当たるが、撃破できない。
撃破できずにいる間に、マーキングされていない「マオルヴォルフ」がムタズの「ヴァンダーファルケ」に襲い掛かる。接近阻止モードのレーザー銃2門が、ムタズも知らない内に敵にレーザーを浴びせかけ、ムタズが気付かない内に命中させた。
だが、やはり流体艇首に阻まれて撃破はできない。敵もレーザーを放って来たが、こちらは当たらない。「ヴァンダーファルケ」のランダム微細動が、敵レーザーをヒョイヒョイと躱して行く。
「マオルヴォルフ」にはレーザー銃が1門しかないので、命中率はかなり低い。格闘戦に向かない所以だ。3隻程がムタズの「ヴァンダーファルケ」にレーザー攻撃を実施しているが、3隻合わせてもたったの3門だ。なかなか「ヴァンダーファルケ」を捕えられるものでは無い。
当たらないレーザーと当たっても効かないレーザーの応酬が続く。そうする内にも、マーキングされた敵はカイクハルドの「ナースホルン」との距離を詰める。
レーザーを放つ時、「マオルヴォルフ」は流体艇首に小さな穴を作り、そこをレーザーに通過させる。カイクハルドの「ナースホルン」も同様にしてレーザーを放つ。互いのレーザーが、互いの流体艇首に阻まれる。レーザーを照射する為に作った小さな穴を、敵のレーザーが通過するなど、現実的にはあり得ない程、確率は低い。
複数の戦闘艇から、複数のレーザーが、複雑な幾何学模様を描いて何本も放たれる。そんな宙空戦闘がしばし展開された後、敵「マオルヴォルフ」とナーナクやムタズの「ヴァンダーファルケ」がすれ違った。それまでは、斜め前方に互いの姿を見ていた両者が、ここからは斜め後方に互いを見ることになる。
敵「マオルヴォルフ」の流体艇首は、前方だけを覆っているので、後ろからの攻撃を阻む事は出来ない。「ヴァンダーファルケ」の5門のレーザー銃の3門は、後方にも照射可能だ。防御タイプの戦闘艇は、後ろに回り込んで撃つのが基本となる。
敵もその事は分かっているから、すれ違った瞬間からランダム微細動を展開し始めた。後ろからの攻撃を躱しながら、前の敵を撃破しようというのだ。
だが、5門ものレーザー銃を有し、後方にも3門で対応できる戦闘艇など、敵は想定していなかった。5連射撃も敵の想定を上回っているはずだ。敵「マオルヴォルフ」は、思ってもみない程早く、後方からのレーザーの直撃を被ることになった。その事に敵パイロット達が気付き驚くよりも先に、彼等の五体は、「マオルヴォルフ」と共に粉微塵に引き裂かれてしまった事だろう。
ようやく1隻を撃破したが、防御タイプの戦闘艇を撃破するのにこのくらいの手間がかかる事は織り込み済みなので、「ファング」のパイロットはその事に、如何なる感動も覚えはしない。淡々と、次の殺戮に向かうだけだった。
さっきから当たらないレーザー照射をムタズの「ヴァンダーファルケ」に見舞っていた「マオルヴォルフ」3隻の内の1隻が、次の餌食だった。強烈な遠心力に耐えながら、ナーナクとムタズは「ヴァンダーファルケ」を旋回させ、マーキングされた「マオルヴォルフ」に肉薄する。また、挟み込む体勢で螺旋を描く。
前後から挟み撃ちにする2隻の「ヴァンダーファルケ」の攻撃の両方を、流体艇首だけでは防ぎ切ることはできない。微細動とは呼べないくらいの振り幅で、「マオルヴォルフ」は前後左右上下にと艇体を揺さぶり、回避を試みる。が、防御タイプの戦闘艇は図体がでかい。的が大きいのだ。だから当たり易い。それも格闘に向かない理由だ。
2隻目も撃破し、3隻目に取り掛かる。次の獲物がマーキングされ、「ヴァンダーファルケ」は急旋回。
が、ここで敵は、戦闘域から完全に離脱する軌道を取り始める。勝ち目がない事に、ようやく気が付いた・・わけでは無かった。
「散開弾、来るぞ!」
カイクハルドが叫ぶ。「敵戦闘艦のダメージは、案外小さかったみたいだ。」
第1戦隊全艇に向けた通信だ。先ほど攻撃を加え、傷を負わせた戦闘艦が、こちらへと進路を向けつつ散開弾攻撃を実施して来たのだ。「マオルヴォルフ」が離脱したのは、味方の散開弾にやられない為だ。
「戦闘艦と戦闘艇が、連携して攻撃して来るぞ。こっからが正念場だ!気合い入れろ。ランスヘッドだ。」
落ち着いた中にも緊張感を孕ませたカイクハルドの言葉に、また「応」とか「ああ」の声。そして瞬時に、密集隊形となる「ファング」。
再び、金属片群の絶壁と槍先の対決だ。だが今回は、敵は、「ファング」の突破を予測しているだろう。突破直後を、戦闘艦も戦闘艇も狙っているはずだ。今度の金属片群突破は、遥かに危険が大きい。
一塊となって突き進む「ファング」。その軌道は、複雑かつ無秩序にねじ曲がる。ランダムな旋回を繰り返す事で、金属片群の突破ポイントを予測させない策だ。
この複雑な軌道を、これほどの密集隊形を維持したままで飛翔できる戦闘艇団など、敵は見た事も無いだろう。この時代、この宙域の人々にとっては、有り得べかざる光景が展開していた。
「マオルヴォルフ」数隻が横方向から、「ファング」の行く先を観測しているが、当惑した様子で等速直線運動を続けている。パイロットが何もしなければ、戦闘艇は等速直線運動になる。「マオルヴォルフ」のパイロットは、何もしていない。何もできない状態なのだ。パイロットの茫然自失を暗示するのが、戦闘艇の等速直線運動だ。
「マオルヴォルフ」のパイロット共を放心状態に陥れる程の、神懸かり的な密集アクロバット飛翔を展開しつつ、「ファング」は金属片群の絶壁に肉薄した。と、その瞬間に「ファング」が5つに別れた。
絶壁を目前にしての、単位ごとでの行動への転移だ。各単位が、防御タイプの「ナースホルン」を先頭にし、その流体艇首に隠れるようにして、4隻が1列縦隊で絶壁に突入した。
突如の、意表を突く5分裂に、敵は完全に度肝を抜かれたようだ。金属片群の突破直後こそが、敵にとっては最大の攻撃のチャンスなのだが、5分裂した敵のどれを狙って良いのかも、分からなかったのだろう。
一塊となっている時でさえ、その行き先を見極められずに茫然としていた「マオルヴォルフ」のパイロットは、意表を付く5分裂で、すっかり意識を漂泊された模様だ。横方向から観測して「ファング」の位置を捕えやすいはずの「マオルヴォルフ」が、何もなすことなく、等速直線運動を続けている。
絶壁の背後に位置する敵戦闘艦には、「ファング」の位置は掴みにくいから、「マオルヴォルフ」が突破直後の「ファング」を叩く主力とならねばならないのだが、その戦力は無効化されている。
おかげで「ファング」は、難なく金属片群の突破に成功する。第1単位は、金属片の最も薄い部分を突破した。今回は、「ヴァルヌス」も使わなかった。使わずに突破できるほど金属片の希薄な部分を、カイクハルドは絶壁の中に見つけ出したのだ。
それも、敵にすればあり得ない事だった。高速で飛来する無数の金属片群の、1つ1つの金属片の位置を正確に把握しなければできないことなのだ。「ナースホルン」の性能とカイクハルドの腕前が、敵の想像を遥かに凌駕しているという事だった。
5発しか搭載できない「ヴァルヌス」を首尾よく温存して、第1単位は金属片群を突破し、すかさず「マオルヴォルフ」の1隻にマーキングを施し、そちらに進路を向ける。突破直後の最も危険なタイミングも、何事もなく過ぎ去っていた。
第2から5単位も、それぞれに突破を成し遂げている。1隻の脱落も無い。「ヴァルヌス」の温存まではできなかったが、敵にすれば必殺のはずの散開弾攻撃を1隻も損なわずに突破すれば、上等というものだった。
完璧な金属片群突破を成し遂げた「ファング」第1戦隊の全単位が、間髪を入れずにそれぞれの獲物をマーキングし、攻撃に打って出た。敵に、付け入る隙は与えなかった。
チャンスを見逃した適には、一転ピンチが訪れた。茫然自失となった敵は、ふと気づくと「ファング」に迫られていた。「ヴァンダーファルケ」が螺旋を描きながら肉薄して来る。第1単位が標的とした敵は、思わず離脱軌道を採って最大限の加速を実施した。要するに、尻尾を巻いて逃げ出した。
と、第1単位は大きく旋回し、こちらも一気に離脱軌道をとる。彼等も、尻尾を巻いて逃げるのか?そうでは無かった。
第1単位は、マーキングした「マオルヴォルフ」が逃げ出すと見るや否や、敵戦闘艦へと矛先を変えたのだ。恐らく敵がその事に気付いたのは、第1単位が、損傷を受けて防御力の低下した面に回り込んだ後だっただろう。ぐんぐん肉薄して行く彼等に、敵はレーザーの一射も放つ事は無かった。
今回は、プラズマ弾「ココスパルメ」は温存した。「ヴァイザーハイ」に2発しか搭載していないから、第1単位には残り1発なのだ。ここで使ってしまうのは惜しいと判断した。代わりに、先ほどの散開弾攻撃突破で温存した「ヴァルヌス」を見舞う事にした。
「ヴァルヌス」にしろ「ココスパルメ」にしろ、敵艦が外部装甲直下の表面付近に何らかの可燃物を保持していないと、余り効き目はない。攻撃準備の為にミサイルをランチャーに装填しているとか、発艦直前の戦闘艇がいる、というところを狙わないと、大きな破壊は期待できない。
そうでは無い戦闘艦を攻撃する為に、徹甲弾という弾種もある。強力な物理的突進力で敵艦の装甲を貫き、深々と分け入ったところで爆発する弾種だ。それを使わなければ、なかなか戦闘艇の攻撃で戦闘艦に大きな損傷を負わせることは出来ない。
だが今、「ファング」はその弾種は装備していない。徹甲弾はとてつもなく重いのだ。重くて鋭利に尖った弾頭を持つそれを猛烈に加速して、敵艦装甲を突き通すのがこの弾種だから、軽くする事など出来ない。そんな重いミサイルを抱えたのでは、機動力を発揮しての宙空格闘などできはしない。
保有はするが、なかなか使いどころの難しいのが、徹甲弾という弾種だった。とにかく今、「ファング」は、戦闘艦に確実に大きなダメージを与える攻撃手段を、保持してはいなかった。
だが、第1戦隊は突入した。「ヴァルヌス」で、可能な限りのダメージを与えるつもりだ。カイクハルドが狙ったのは、敵艦のメインスラスターの噴射口だった。
ダメージを受けて迎撃不能な面を経由して、斜め後ろから敵に肉薄し、狙った位置に「ヴァルヌス」を叩き込んだ。一瞬の閃光と共に、美しい流線型を描いていた敵艦の外部装甲が醜く窪む。噴射口の開口面積も、3分の2程になっただろうか。出力は大幅に低下しただろう。
「敵艦、ミサイル射出!3発。」
「ヴァルヌス」での攻撃を成功させたカイクハルドは、油断なくディスプレイに眼を走らせ、一瞬の遅れも無くそれを捕えた。読み通りの攻撃だ。
ダメージを受けた面に入り込んだ戦闘艇に対しては、ミサイルを回り込ませて攻撃するしかない。一旦敵艦を離れたミサイルは、大きく旋回して「ファング」第1単位に矛先を向けた。
が、第1単位の反応は素早かった。ミサイル発射を確認するや否や、ムタズの「ヴァンダーファルケ」がミサイルの予測軌道に先回りした。ランダム微細動も無く、予測通りの軌道を旋回飛翔するミサイルを撃破するなど、「ヴァンダーファルケ」には造作もなかった。3門のレーザー銃が1回ずつ火をき、全弾撃破に成功する。5連続射撃なども必要無かった。
敵の放った弾種が何かは分からないが、散開弾なら展開する前に破壊するのが最も合理的だ。誘導弾も、直線加速行程に入る前の方が仕留めやすい。ミサイル攻撃への対処は、発射直後を突く事ができれば、容易なのだ。敵の動きを先読みする能力が、ものをいう。
「敵戦闘艇飛来。『マオルヴォルフ』だ。多分、さっき逃げ出した奴が、渋々戻ってきたんだろう。2隻ほど仲間を連れてる。」
報告の間にも、カイクハルドはキーボード上で指を踊らせ、敵をマーキングする。標的が決まるや否や、ナーナクとムタズの「ヴァンダーファルケ」がダッシュした。螺旋を描くアプローチ。円錐の頂点に敵を置く。軸線上には、カイクハルドの「ナースホルン」とカビルの「ヴァイザーハイ」。お決まりのフォーメーション攻撃。
敵はすかさず逃げる。が、先ほどのような一目散の逃亡では無かった。戦闘艦から引き離そうとする動きだ。護衛の戦闘艇だから当然だ。
敵戦闘艇「マオルヴォルフ」を追って、第1単位は敵艦から離れた。が、代わりに第3単位が、敵戦闘艦に肉薄。敵が慌てて、ミサイルで迎撃を試みたので、第3単位は無理せず、直ぐに距離を置く。
と、今度は第4単位が、戦闘艦に矛先を変える。こちらは、プラズマ弾を食らわせることに成功した。軌道修正用の艦体前部スラスター噴射口が、潰された。更に航行能力を低下させた敵戦闘艦。もう、航行しているというよりは、漂流しているといった方がふさわしい状態になりつつあるだろう。カイクハルドは第1単位のフォーメーション攻撃を指揮しながらも、それらの状況にも常に、目を配っている。
「ファング」の迎撃に駆け集まって来る「マオルヴォルフ」を蹴散らしつつ、突如として敵戦闘艦に矛先を向ける、という攻撃を「ファング」第1戦隊の各単位は繰り返した。どのタイミングで、どの単位が戦闘艦を狙うのかは、いちいち通信を使って意思疎通しなくても、互いの位置関係や動き方で判断できた。積み上げて来た訓練と実戦が、通信も使わない一糸乱れぬ連携攻撃を可能にしていた。
敵戦闘艦は、常に「ファング」の一単位による突入攻撃に曝され続ける。いつ、どの単位が襲い掛かって来るかは予測できないが、常にどれかが突っ込んで来ている。「マオルヴォルフ」を追い回していたかと思いきや、突如、矛先を変えて来るのだ。
レーザー銃も、ミサイル発射口も、次々に潰されて行く。スラスターの噴射も思うに任せないから、避ける事も逃げる事もできない。
完全には撃破できていないが、もはや敵戦闘艦は、航行だけでなく攻撃も不可能な状態となっていた。宇宙を漂う大きな鉄屑と言って大過ない。
「こいつはもういい。もう1艦の、中型戦闘艦の方を片付けよう。」
「ファング」第1戦隊は、また密集隊形を取り、疾走を開始した。「マオルヴォルフ」も既に、残り4隻程に撃ち減らされていて、「ファング」を追いかける気概は残っていないようだ。
「根性ねえな、あいつら。」
カビルは評したが、カイクハルドは別の見方をした。
「もう、噴射剤が、残ってねえんじゃないかな。」
図体が大きくて重い防御タイプの戦闘艇は、噴射剤の消耗も激しい。格闘タイプの戦闘艇と同じように動いていたら、先に噴射剤が尽きてしまう。ナーナクやムタズに、激しい動きは任せ切りにしているカイクハルドの「ナースホルン」は、未だに十分に噴射剤を温存しているが、「ヴァンダーファルケ」と格闘を演じていた敵の「マオルヴォルフ」は、そうはいかないようだ。
周囲の塵をイオン化して捕集し、推進剤とする事も、彼我共に絶えず実施しているのだが、その能力も「ファング」の戦闘艇の方が数段上だ。収支は、完全に出て行く方が多いが、噴射剤残存量の減少は、「マオルヴォルフ」より「ナースホルン」の方が緩やかだった。
「戦闘艦で補給できればいいんだろうが、あの様じゃな。」
補給を施すべき敵戦闘艦は、「ファング」に滅多打ちにされて戦闘艇を受け入れられる状態では無かった。
「格闘向きの『レーゲンファイファー』を先に片付けられて、格闘に向かない『マオルヴォルフ』だけで格闘させて、結果、噴射剤切れで退場か。敵ながら、無様な事だ。」
カビルは吐き捨てた。
「人の心配している場合じゃないぞ、カビル。次は中型戦闘艦だ。それに、戦闘艇もまた繰り出して来やがった。今度のあれは・・『レオパルト』だな。攻撃タイプのやつだ。」
「分かってるぜ、かしら。第2戦隊の方も、もう少しで片付きそうだな。」
第2戦隊の襲撃を受けているもう一隻の敵小型戦闘艦も、既に等速直線運動になっていて、自律的な航行を実施し得る状態では無い事が明らかだ。ミサイルを放つ気配もなく、2・3門のレーザー銃が、時折思い出したように火を噴くだけだ。沈黙するのも時間の問題だろう。
敵中型戦闘艦は、要塞砲台の破壊に精を出している「ファング」の第3・4・5戦隊の掃討に向かっていた。が、「ファング」の各戦隊は、敵中型戦闘艦が接近すればその場を離れ、違う場所にある砲台の破壊に精を出し、戦闘艦とはまともにやり合おうとはしなかった。
正面から向かい合えば、戦闘艦は戦闘艇より強力だ、というのがこの時代、この宙域での常識だが、正面から向かい会うつもりのない戦闘艇を戦闘艦で掃討するなど、無理な話だった。すばしっこく逃げ回る小型の戦闘艇に、巨大で鈍重な戦闘艦は、追い付けはしない。
「レーゲンファイファー」と共同で当たれば、強力な迎撃体勢が取れたはずだが、もはや「レーゲンファイファー」は全滅させられている。が、遅ればせながら攻撃タイプの戦闘艇「レオパルト」が、あと少しでこの宙域に駆け付けて来る。戦闘艦と戦闘艇の連携体制が確立してしまう。
そうなれば「ファング」の第3・4・5戦隊は、砲台の破壊どころではなくなるだろう。敵の援軍の到着前に、中型戦闘艦を仕留めなければいけない。第1戦隊がその責を負う。
「フォーメーション、ランスヘッドで、一気に突っ込むぞ!」
眼光も鋭く、カイクハルドは下令する。「応」とか「ああ」の答え。
「ファング」の突撃に気付いた敵中型戦闘艦は、20発程のミサイルを繰り出していた。それも、前後に間隔を置いて飛翔して来る。「ファング」の突破能力は先ほどの闘いを見て知ったのだろう。金属片群で2重3重の壁を作り、絶対に突破を許さない作戦に出たと見える。
中型戦闘艦ともなれば、保有弾数も多い。物量にモノをいわせた策に出るのも分かる。大量の散開弾を抱える戦闘艦に、戦闘艇など太刀打ちできるはずはない、という事を思い知らせようとする攻撃にも見える。戦闘艦の、戦闘艇にたいする優位をしっかりと見せつけた上で、勝利を収める意気込みのようだ。
今回の投稿はここまでです。次回の投稿は、 '18/1/20です。
2週に1回だと、どうも投稿するのをうっかり忘れてしまいそうです。今回も、危なかった・・。直前に思い出しました。書き進める方に必死で、投稿する方がお留守になりがちです。まだ当分、2週に1回になりそうなので、もし忘れるような事があったら申し訳ありません。予告した日に投稿が無かったら、忘れているだけで近いうちに投稿がある、と思っていて頂きたいです。そんな事の無いように気をつけますが・・。
そうまでして書き進める事に専念しているのに、やっぱり終わらない。投稿始めた頃には、11月中には終わるかな、まさか年内に終わらないなんて事は・・って考えていたのですが、今、年を越してしまっても尚、まったく先が見えない・・。どうなってしまうのだろうか?とにかく、頑張って書き進めますので、なにとぞ読み続けて頂きたい、と切に願います。
「バーニークリフ」の攻防がまだ続いています。攻防が終わるまでには書き終わりたいです。戦闘シーンがあまり好みでない方には、その後の話のほうが面白いかも、と思われますし、戦闘シーン以外の楽しみもあるような物語にしたい、と意気込んでいますが、評価は読者様に委ねるよりありません。戦闘シーンが好きな方はしばらくそれを楽しんでいただいて、そうでない方も見捨てずに読み続けてほしい、というのが作者の身勝手な願いです。
戦闘シーンも、理屈っぽくてややこしいでしょうか?自分なりにリアリティーを追求してみた結果なのですが、読者様にどういう印象を持たれているものやら、心配です。当分、こんな感じの理屈っぽい戦闘シーンが続きますので、よろしくお願いいたします。というわけで、
次回 第4話 乱戦・必死・決死 です。
戦闘艇も、格闘タイプ、防御タイプ、と出てきて、戦闘艦も小型に続き中型と来ました。物語世界の設定も確認しつつ、「ファング」がどう戦うか、楽しみにして頂きたいです。状況は徐々に困難なものになって行き、戦いは激しさを増して行きます。次回のタイトルが示す通りの様相に、「ファング」は追いやられて行きます。是非、ご一読を!