第47話 勇将・猛攻・強靭
悲壮感と疑問の念を露わにしつつ、「ペアホス」棟梁が見詰めるモニターの中で、彼の旗下の部隊による軍政の輸送船団への襲撃が始まろうとしている。
武装に乏しい輸送船団は、貧相な散開弾攻撃に望みを託す構えだ。大きな損傷を戦闘艦に与える事は無いが、一時的に索敵能力を低下させる効果くらいはあるだろう。
襲撃する側からすれば、一列縦隊に近い密集隊形をとり、先頭の艦で金属片を受け止めれば、後続の艦は無傷で済むので、即、反撃が可能だ。
当然その陣形で突撃する、と棟梁は思っていたようだが、散開弾の作り出した金属片群に対し、彼の艦隊は同一平面上に広がった。全艦を金属片群に曝そうというような態勢だが、そうなれば、確実に索敵に隙が出来てしまう。
「何をやっとるんだ?あいつらは。わざわざ全艦で、散開弾を浴びる気か?」
が、金属片が広がると同時に、艦隊の中の3つの戦闘艦が、それぞれ違う角度で急加速と急転進を実施し、散開弾も輸送船団も大きく迂回し、回り込むような動きを見せる。
金属片の陰に隠れた事で動き出しを見逃した輸送船団は、それへの対応が遅れ、たちまちのうちに斜め後ろを「ペアホス」の戦闘艦にとられた。
2個の戦闘艦は散開弾の正面に残り、金属片を浴びた。一時的な索敵の不調に陥っただろうが、戦闘艦は即座に戦闘艇を射出した。
襲撃する相手が戦闘艦ならこうも行かないが、輸送船くらいなら戦闘艇の部隊だけでも、容易に抑圧できる。輸送船団は、散開弾を浴びた艦の横からすり抜けようと図る事も、これで不可能になった。
斜め後方に回り込んだ艦と合わせると、いつの間にか、完璧なテトラピークフォーメーションが完成している。
「おお、見事だな。これで輸送船団は、絶対に逃げられねえじゃねえか。」
余裕綽々で観戦していたカビルが、膝を叩いて感心した。
「何だ?いつの間にこんな動きを覚えたのだ?我が部隊は。」
「局所的な戦術だけを見れば、お前がいない方が、良い働きをするみたいだな、お前の部隊は。」
「何?そんな馬鹿な。」
「お前が指揮をとっていたら、あんな見事な戦術を実行できたか?単純な、一列縦隊での突撃しか、思いつかなかっただろう、お前には。そうなったら、敵がバラバラの方向に逃げ出した場合、一網打尽とは行かなかったはずだぜ。こっちの戦術の方が優秀だ。」
「う・・うう」
棟梁は唸った。トップダウンで細かな事にまで口を挟んでいた事で、部下の戦術的能力は発揮する機会を奪われ、戦略面の能力は成長の機会を奪われて来た。目の前の戦いは、それを「ペアホス」棟梁に嫌という程痛感させた。
戦略的にはあり得ない、味方の輸送隊への襲撃という愚を犯しながらも、戦術的には棟梁が不在である事で、遺憾無く実力を発揮できた「ペアホス」部隊は、ここでようやく異常事態が発生している事に気付いた。
最後まで隠し集落周辺に残っていた、棟梁の直轄部隊が、棟梁の長期にわたる不在にようやく疑問を感じ出したらしい。
「必死で探し回ってるぜ、直轄部隊の兵共が。」
隠し集落内の様子が、影像で「シュヴァルツヴァール」の航宙指揮室に届けられる。輸送船団を襲撃に行った部隊にも、直轄部隊からの連絡があったのだろう。輸送船団を包囲したまま、事態が膠着している。
「バレちまったら、しょうがねえ。『ペアホス』を操って弄ぶのも、ここまでだな。棟梁を殺されたくなかったら非武装のシャトルで出て来い、って伝えてくれ。」
「降伏勧告だな。それじゃあ、女を一人も残さず連れ出して来い、ってのも伝えておいてくれよ。」
カイクハルドの指示を、すかさずカビルが補足した。
直轄部隊は、降伏勧告に即座に応じた。非武装と見られるシャトルが射出されて来て、戦闘艦の方は動力が停止された事が確認される。
「何でもします。何でも差し出します。ですから、御棟梁だけは無事にお返し願いたい。」
トップダウンが骨身に染みて、棟梁がいないとどうして良いのか分からないのであろう直轄部隊の隊長は、平身低頭の体で頼み込んで来る。
「ちゃんと、女を一人残らず連れて来ただろうな。イイ女が見当たらなかったら、棟梁は、頭と胴体を切り離してのご返却、って事になるぜ。」
「はい。一人残らず連れて参りました。様々なタイプの女を、一通り取り揃えております。進軍の途中であちこちの集落から、ピカイチの美女を次々に掠奪して来ましたから。躾や体型維持の行き届いている上玉も、たくさんおりますし、お眼鏡にかなう娘を必ず見つけて頂けると思いますので、なにとぞ御棟梁だけは・・」
「俺は、権力者の箱入り娘がタイプなんだけどな。そういう品ぞろえは、どうなんだ?」
「はい、それはもう。こちらの三姉妹などは、帝政貴族から脅迫まがいの手段で入手いたしました・・・」
「お・・おい、何をしている!その三姉妹は、わしの一番新しい嫁と、わしの息子の3番目の嫁と、わしの孫の最初の嫁ではないか!棟梁親子の愛妻達を、勝手に差し出す奴があるか、馬鹿者ぉっ!」
「し・・しかし、御棟梁様。こうでもしなければ・・・」
「ほほぉぅ。帝政貴族出身で、尚且つ棟梁親子の愛妻ねえ。良いねぇ、良いねぇ。そう言うのも悪くねえぜ。」
「や・・止めろぉっ!わしの可愛い若妻に!そんな手付きで、そんなところを、そんな風に触るでない!やめんか、変態めぇっ!」
「親子孫の三代で三姉妹を分け合ってるようなド変態野郎に、言われたくねえよ。しかも、お前の嫁が一番末の三女、って何なんだよ。長女と次女にしたら、妹にむかって義母様とか義祖母様とか呼ばなきゃいけねえって、わけ分からん事になるだろう!とにかくお前らは降参して俺達が勝者なんだから、この女達をどうしようと俺達の勝手だぜ。」
「御棟梁、申し訳・・・」
「頼むぅっ、やめてくれぇっ!せめて三女だけは、もうあと何回か楽しんでからにして・・・・」
直轄部隊の隊長と棟梁とカビルの間には、そんな阿呆な会話が交わされたが、輸送船団を包囲している部隊は一味違う対応を見せた。棟梁との、直接の会話を要求して来る。棟梁の所在や消息が確認されるまでは、断じて降伏勧告には応じられない、とも言い放って来た。
「少しは、骨のあるやつがいるんだな。」
思いの外の強気な反応に、カイクハルドは感嘆の声を上げる。「直接、話をさせてやってくれ。」
カイクハルドの指示を受け、トゥグルクがコンソールを操った。
「御棟梁様、これはいったい・・捕らわれの身になられたのですか?我等は、いったいどうすれば・・」
モニターに映った指揮官らしき男は、悲壮感に満ちた顔だ。
「・・うぬっ、えぇいっ、もう、わしは、どうなっても構わん。全力でこいつらを撃破しろ!わし亡きあとは、お前に『ペアホス』ファミリーは託す。お前の思う通りにしろ。」
棟梁は喚いた。ここへ来て阿呆な態度は一変し、覚悟を固めた毅然とした面構えだ。
「おおっ!勇ましいじゃねえか。自分の命と引き換えにしても、軍閥の名誉と存続を図るか。」
「当然だ。『ペアホス』を舐めるな。お前らごとき『アウトサイダー』の盗賊に、これ以上名誉を穢させはせぬ。」
「棟梁様。どうかご無事でいて下さい。必ず、お助けいたします。」
「助けよう、などと思うでない!わしの事は良い。こやつらの誅滅に、全力を傾けろ。わしが乗っている艦でも、構わず撃破しろ!勝って『ペアホス』の名誉を守る事を、何よりも優先せよ!」
「は、必ずや!」
モニターの中の、敵将の眼の色が変わるのをカイクハルドは見た。主従の会話はそれで終わった。
「なかなか、大したもんだ。上出来だ。見直したぜ。」
「さあ、殺せ。お前らに逆らったのだ。覚悟はできておるわ。」
「別に、逆らってはねえぜ。俺達への攻撃命令を出すな、なんて要求はしてねえからな。」
直後にカイクハルドは、仲間達に顔を向け直した。「これだけ命を賭した挑戦をされたんだ。受けて立たなきゃ男が廃る。この勇ましい部隊だけは、真正面から堂々と戦って撃破してやろうじゃねえか。こっちも、出血を覚悟の勝負に出るぜ。」
「おおっ!良いねぇ。そう来なくっちゃ。命の一つもかけて奪った女でなくちゃ、萌えねえからな。」
「部隊の一つくらいは、まともに戦って倒さなきゃ、やりがいがねえよな。」
カビルだけでなくヴァルダナも目をぎらつかせた。
「馬鹿な。たった百隻程度の戦闘艇のみが、お前達の戦力なのだろう。弱小軍閥の小倅の部隊も、未だ遠くにいて、戦闘開始には間に合わんだろうし。こちらは未だ、無傷の戦闘艦が5艦も残っているのだぞ。まともに戦って、勝ち目があると思っているのか。」
「ああ。勝利を確信しているさ。びっくりするような戦いを見せてやるから、ここでじっくり観戦してろ。」
第2から5戦隊の帰還を待って、「ファング」全隊が出撃した。一旦「シュヴァルツヴァール」に収容され、補給を受けた上での再出撃だ。「シュヴァルツヴァール」は、遥か後方の安全宙域に退避する。無人探査機を大量にばら撒いてあるので、安全と見なした宙域は確実に安全だ。
「ファング」は「ペアホス」に残された最後の部隊と、隠し集落近傍の宙域で真正面から向かい合う。シヴァースとバラーンの部隊も、少し遅れて戦闘宙域へと移動をはじめた。
「良いか、お前ら。こいつら、ちょっと強いぜ。気合入れろよ。」
「そうだな、かしら。トップダウンが過ぎた軍閥も、棟梁が覚悟を固めれば、それなりの勇猛さは見せるもんなんだな。それに、あの敵将は戦術巧者だし、相当肝を据えて臨まねえと、やばそうだ。」
軍政配下の軍閥を嫌い抜いている第5戦隊のカウダも、今回の敵には一目置いたようだ。
例の如く、100隻の戦闘艇団が一塊となって、槍先の形で敵への突進を敢行する。敵レーダーには、小型の宇宙船か何かの、1つの飛翔体として捕えられているであろう、極限の密集隊形だった。
敵は散開弾を見舞って来る。大抵の敵は、戦闘艇団などこの1撃で、確実に葬れる、と思い込み、油断し切った状態で戦果を見守る。だから、突破を果たした後は、隙だらけの敵を攻撃する事になる。が、今回はそうはいかない、とカイクハルドは読んでいた。
敵の動きを入念に観察する。5つの戦闘艦を比較的密集させている事から、突破を予測し、それへの対処も考慮していそうだ、と見た。
散開弾の展開直後、敵戦闘艦の新たなミサイル発射の熱源を捕える。直ぐに金属片群の陰に隠れたので、よほど注意していなければ見落していたであろう熱源反応だったが、カイクハルドは鋭く捕えていた。
ミサイルの射出方向も、一瞬だがレーダーで捕えていた。僅かな情報から、散開弾突破を果たした「ファング」への敵の対処を予測する。
カイクハルドの指が、キーボードの上で躍動した。「ファング」各艇に、詳細な指示が伝達される。
散開弾の目前に達するまで、「ファング」は一塊で飛び続ける。金属片の陰に隠れ、敵のレーダーには捕えられていない、と思われるタイミングで、「ファング」は5つに分離した。花火が開いたかのような急速展開だ。それを見た敵の棟梁は、「シュヴァルツヴァール」の航宙指揮室で口をあんぐりしているに違いない。
各隊がそれぞれに、金属片群の突破を試みる。第1から5までの全ての隊が、敵艦隊への直進コースから大きく逸れる軌道を描いていた。
カイクハルドの率いる第1戦隊は、3発の「ヴァルヌス」を発射し、進路を切り開いた。第1戦隊所属の「ナースホルン」5隻の内の3隻が、カイクハルドの指揮のもとに1発ずつ撃った。戦隊でまとまって動く時は、5隻の「ナースホルン」はカイクハルドが統轄する。
「ファング」が、金属片群突破に3発もの進路開削弾を使用する事など、滅多に無いのだが、今回はそれほどに縦深的で厚みのある散開弾攻撃を仕掛けている、とカイクハルドは読んだのだ。
ほとんどの敵は、戦闘艇の突撃ごときにそれほどの縦深的な金属片の散布は必要無い、と考えて、決して安価ではないミサイルの使用量を抑えようと企てるものなのだが、今回の敵は、そんな甘い考えをするはずがない。
金属片群の厚みは、直接的に探知する術は無い。手前の金属片にレーダー波は遮られてしまい、それの厚みは探れない。金属片を展開する直前の、散開弾の位置関係が直接的なヒントになるが、確定的な情報が得られるわけでは無い。
敵司令官の思考に対する読み、というのも重要になる。敵の陣形などから、出方を予測する事も欠かせない。様々な要素から、カイクハルドは3発の「ヴァルヌス」発射を決定した。
「ヴァルヌス」が炸裂した直後のレーダー反射反応を見て、カイクハルドは自身の決定の正しさを知った。「ヴァルヌス」が金属片群の壁に穴を開けた事で初めて、それの厚みが分かった。3発撃っていなかったら突破できずに全滅していたであろう事が、認識された。読みの力で、全滅を回避した。
第1戦隊の突破完了とほぼ同時に、カイクハルドは、全隊の無傷での突破を確認できた。突破の仕方は各隊長に一任してあるが、各自が必要な「ヴァルヌス」の数等も正確に予測し、無傷での突破に成功していた。血の滲むような訓練に加え、各隊長は相当な数の実戦をもカイクハルドと共にして来ているので、彼は隊長達に、各隊の行動を任せ切りにしていられる。
それは一任しているのであって、丸投げではない。しっかりと能力を確認した上で、任せ得るとの十分な根拠を持った状態で任せている。一任と丸投げは、表面上は似通っていても、全く違う。
突破の仕方は、各隊長が独自に判断したが、突破コースはカイクハルドが正確に指定していた。直前に敵艦が発射したミサイルのコースから、カイクハルドは敵の攻撃を読み、それに対応し得る進路を指定していた。
敵ミサイルは、大きく弧を描いて回り込んで来ている。「ファング」に対して上下左右から、角度を付けて襲い掛かる態勢だ。いわゆるクロスファイア・アタック、と言われる攻撃手段だ。
恐らく散開弾だろう、とカイクハルドは読んでいた。金属片群を2つ以上の方向から角度を付けて見舞われれば、「ファング」にも確実な突破は不可能になる。流体艇首による防御も「ヴァルヌス」による進路開削も、確実に成功させられるのは一方向に対してのみだ。ましてや4方向となると、絶望的だ。全く対処不可能な攻撃だ。
そんな対処不可能なクロスファイア・アタックを、1つ目の金属片群の突破に気を取られている間に仕掛ける、というのが敵の戦術だった。そして、カイクハルドの読み通りだった。
クロスファイア・アタックは必殺のものだが、それが成功するのは、4つの散開弾の軌道が交差する限られた1点のみだ。そこから逸れて飛翔すれば、攻撃は食らわない。予め読んでさえいれば、回避に難のある攻撃では無い。
カイクハルドは、クロスファイア・アタックを予測しただけでなく、ミサイルの軌道にも当りを付けていたので、「ファング」の各隊は、展開して金属片をばら撒く前の散開弾に肉薄して、レーザーで始末する事ができた。
「奴は、魔法使いか?」
敵軍閥の棟梁が、「シュヴァルツヴァール」で呟く声が聞こえた。「ドンピシャでコースを読んでいなければ、展開前の撃破などできないはずだ。人間業じゃない。それに、あれだけの密集隊形からの、あの旋回半径での急展開。あのパイロットたちは、皆、不死身なのか?」
「不死身じゃねえが、半分サイボーグではある・・」
トゥグルクの説明ともつかない呟きに、棟梁は口をパクパクさせるばかり、といった様子も通信の音声から感じ取られた。
展開前に爆発させられた散開弾には、もはや攻撃力は無い。レーザー攻撃による爆発でも金属片は散布されるが、金属片の角度や運動方向や位置関係が出鱈目で、事実上、破壊力は皆無となる。
一つの方向から10発くらいの散開弾が飛翔して来ていたが、一発たりとも展開させる事無く、「ファング」の各隊から先行突撃した「ヴァンダーファルケ」が、5門搭載されているレーザーを一斉に照射して仕留めた。
「ヴァンダーファルケ」が散開弾を始末している間に、「ヴァイザーハイ」25艇が、一斉に散開弾を発射した。が、その種類も発射方向もまちまちだ。
各戦隊の第1単位所属のそれは、5個の敵戦闘艦のそれぞれに向けて「リーリエ」を撃った。その他のものが撃ち放ったのは「ヒビスクス」で、向かう先には敵戦闘艇群がいた。
敵はミサイルの射出に続いて、戦闘艇を発艦させていた。その場面は、金属片群の後ろにいた「ファング」には探知されていなかったが、カイクハルドは予測していた。突破するや否や敵戦闘艇の探索と、それへの攻撃を実施するように、と突破前に指示を出してあった。
発艦直後を散開弾で攻撃されては、敵戦闘艇に対処する術は無かった。格闘タイプの「レーゲンファイファー」と攻撃タイプの「レオパルト」をバランスよく配置する、というこれまで闘って来たどの軍閥にも無かった、気の利いた采配は見せていたが、連携などを発揮する機会もなく爆散させられて行った。
だが、拡散範囲は広いが密度が希薄な「ヒビスクス」での攻撃だったので、何隻かの敵戦闘艇は生き残り、果敢に「ファング」に挑んで来た。もはや「レーゲンファイファー」と「レオパルト」の連携は繰り出す余力もないが、各個にバラバラの攻撃であっても、敵戦闘艇は猛然と襲い掛かって来る。
「ファング」各隊の、第2から4単位は、戦闘艇の撃破に向かった。お決まりのフォーメーション攻撃で、攻撃タイプの「レオパルト」から優先的に、素早く着実に始末して行く。「レーゲンファイファー」は後回しだ。格闘タイプを相手にしているところを攻撃タイプに狙われるのが一番厄介だから、先に「レオパルト」を始末した方が合理的だ。
沢山のミサイルを抱え、図体の大きいのが攻撃タイプだ。特に「レオパルト」は、「ファング」の攻撃タイプ――「ヴァイザーハイ」よりもでかい。的が大きい分、命中確率も高い。「ファング」の格闘タイプ――「ヴァンダーファルケ」2隻による螺旋を描いての同時襲撃だけでも、ほとんどは射程に入るや否や爆散させられる。
運良くそれを躱しても、「ヴァンダーファルケ」のどちらかに近づくか、「ヴァイザーハイ」のレーザーの射線上に留まるか、の二者択一しか、敵に与えられた道は無い。円錐を形成しての「ファング」のフォーメーション攻撃は、瞬時に敵の行動の選択肢を限定するものだった。
的の小さい「ヴァンダーファルケ」に接近するか、「ナースホルン」の流体艇首に守られた「ヴァイザーハイ」の方に向かうか、実質的にはそれだけが敵の取り得る選択肢となるが、どちらを選んでも、数秒以内の爆散という結末が待っていた。
ちなみにその間、「ナースホルン」のパイロットは周囲を伺い、危険の有無の確認や次の獲物の選定などに取り掛かっている。4艇がそれぞれの役割をこなしての、隙を生じる事のないフォーメーション攻撃だった。
「ファング」各隊の第1単位は、戦闘艦への攻撃を繰り出していた。散開弾「リーリエ」で表面構造物を薙ぎ払われた敵戦闘艦は、艦の片側だけではあるが、一時的に索敵能力の低下に見舞われる。その隙を突かない手は無い。
激しい運動が要求される事が初めから分かっていたので、戦闘艦攻撃に最も有効な「ヴァサーメローネ」を「ファング」は搭載していない。「ナースホルン」が「ヴァルヌス」を、「ヴァイザーハイ」が「ココスパルメ」を放ってミサイル発射口を叩き、攻撃能力を削減する作戦に出た。
「ヴァルヌス」は、熱放射を極限まで押えた弾種なので、派手な光を放つ事もなく、一瞬の閃光の後に敵艦体の装甲に凹みや亀裂を生じさせる。「ココスパルメ」は、青白いプラズマの光球が敵艦体を咥え込んだような姿を、数秒間曝す。光の消え去った後には、醜く歪み無数の亀裂を走らせた装甲が現れる。
どちらも、1発や2発で戦闘艦を航行や戦闘が不能な状況にまで追いつめる威力はない。攻撃を終え、敵艦を飛び越した「ファング」の戦闘艇には、敵艦からのレーザーが雨あられと降り注ぐ。更にミサイルも射出された。発射口も1つや2つでは無い。
「ナースホルン」の流体艇首が、十発近くのレーザーを受け止める。流体金属の何%かが、レーザーの熱で蒸散させられる。千発も食らえば無くなってしまうだろうが、十発程度ならば物の数では無い。ダメージを負った直後のレーザー射撃は精度を欠いているので、数百発も撃ったはずの敵艦のレーザーは、「ファング」の脅威にはならない。
流体艇首の盾に4隻の戦闘艇が隠れるようにして、敵艦から距離を置く。距離が開けばレーザーの命中率は大幅に下がる。と、すかさず、「ヴァンダーファルケ」が盾の陰から飛び出し、敵ミサイルの後を追う。
敵艦のミサイル射出方向は最初から決まっていて、ミサイルは一旦飛び出してから方向転換し、標的に向かう。方向転換の最中が、もっとも撃破しやすい。その機を逃すものか、と「ヴァンダーファルケ」は、パイロットをブラックアウト寸前に追い込む加速でミサイルを急追した。
命中率が下がったとはいえ、敵艦のレーザーが雨あられと襲い掛かる中を、ランダム微細動による回避を実施しつつ「ヴァンダーファルケ」は駆け抜ける。どうにか敵ミサイルを、転進を終える前に撃破した。
引き続き浴びせられるレーザーを数発、「ナースホルン」の流体艇首が受け止めている間に、「ヴァイザーハイ」は更なるミサイル攻撃を実施した。散開弾「リーリエ」を再び見舞う。
ある程度距離を置いて発射しないと、散開弾は威力を発揮しない。ただ金属片をばら撒くだけであるこの弾種は、彼我の相対速度が相当に高い場合のみ、衝突エネルギーで標的を破壊できる。
十分な相対速度を稼ぐには、それなりの加速距離が必要だ。敵艦から遠ざる運動量を持っている戦闘艇から発射された「リーリエ」が、十分な破壊力を得る程には、かなりの加速距離が必要だ。
それに、加速過程で敵レーザーに撃破されても、攻撃は失敗に終わる。敵レーザーの命中精度が低い距離にいる間に、散開弾を展開させ金属片をばら撒いてしまいたい。展開ポイントも敵艦から十分に距離を置き、そこまでに十分加速させなければいけないので、ミサイル攻撃を実施すべき敵艦との距離は、かなり遠くになる。
流体艇首の陰に隠れつつ、それだけの距離が開くのを「ヴァイザーハイ」は待っていた。満を持してのミサイル攻撃は、見事に敵艦を捕らえた。命中確率が下がっているとはいえ、展開前にレーザーで撃破される可能性は無くは無かった。が、運よくそれは免れた。「ヴァンダーファルケ」を狙うレーザーもあった分、「ナースホルン」や「ヴァイザーハイ」に向けられるレーザーが少なくなっていた事も功を奏したが、無論それらも、初めから織り込み済みの事だ。
散開弾による損害で、索敵能力が大幅に減退したところに、また「ヴァルヌス」と「ココスパルメ」の攻撃が敵艦に浴びせられた。索敵能力が十分な戦闘艦ならば、ほぼ確実に命中前に撃破できる弾種だが、散開弾による攻撃の直後だったので、全弾の命中を敵は許してしまった。
「ファング」の、計算され尽くした一連の攻撃だ。1発目の散開弾発射からここまでの行動パターンを、千回近くも反復練習したからこそ、これ程にも鮮やかに成功させられる。マシンの性能における優越以上の、「ファング」の強さの所以だ。ここまでのものを見せつけられると、敵の棟梁も言葉も出ないようで、通信回線は開かれたままの「シュヴァルツヴァール」からは何も聞こえて来ない。
「リーリエ」と「ヴァルヌス」と「ココスパルメ」を2発ずつ、計6発のミサイル攻撃を見舞われた敵戦闘艦だったが、それでもまだ、航行も戦闘も継続可能なようだ。ずいぶん能力は減退させられているが、ゼロには程遠いらしい。しぶとい敵だった。
だが、「ファング」は無理をしなかった。敵戦闘艇もかなり撃ち減らしてはいるが、全滅にまでは至っていない。そちらにも向かわずに、敵戦闘艇の撃破を担当していた各戦隊の第2から5単位は、戦闘域を離脱して第1単位との合流を目指した。
未だ継戦能力を有する敵から、「ファング」は離脱して行く。敵は、直ぐには追っては来なかった。それどころでは無くなっている。大量のミサイルによる攻撃に曝されているのだ。シヴァースとバラーンの部隊が、タイミング良く戦闘宙域に到着して、襲撃を仕掛けていた。
プロトンレーザーの装備を持たないシヴァースやバラーンの部隊には、戦闘艦相手の攻撃手段はミサイルだけだった。普通なら、レーザーで簡単に防がれてしまうところだが、「ファング」の攻撃によって手負いの敵には、彼等のミサイル攻撃は痛烈だった。
必死の迎撃も虚しく、次々に命中を食らって行く。戦闘艦から放たれたミサイルの威力は、戦闘艇のものの比では無い。「ファング」といえども、戦闘艇が抱えられるミサイルは小型のものだ。戦闘艦が繰り出す大型の徹甲弾は、敵艦装甲に穿つ穴の大きさも、内部を抉って入り込む深さも、そこで発生させる熱風の威力も桁違いだ。
それでも敵艦は戦い続けた。尋常ではない耐久力だ。レーザーは火を噴き続け、ミサイルも散発的に射出される。命中精度は低いが、襲い来るミサイルを迎撃して艦を守る。シヴァースやバラーンの部隊に突進して行くミサイルもある。防戦に手いっぱいとなっていて普通の場面で、敵は冷静に反撃の隙を見つけたらしい。
シヴァースやバラーンの部隊も、迎撃の必要に迫れれば、攻撃の手が弱まるのは避けられない。損傷が著しい敵戦闘艦にも、少し余裕が生まれる。
敵の戦闘艦には、プロトンレーザーの備えがあった。亜光速で襲い来るこの攻撃は、迎撃も回避も不可能だ。磁場で中和し切れなければ、確実に損害を与えられる攻撃だ。
だが、命中精度が低かった。敵の索敵能力は十分には回復していない。それでも、至近距離を飛び去るプロトンの濁流は、シヴァースやバラーンの部隊の索敵能力にも悪影響を与える。
手数と精度の衰えた両者の攻撃の応酬が、しばらくの間展開された。
そんな状況で敵艦隊の内の2艦が、「ファング」に向かって挑んで来る。敵の戦闘艇の生き残りの何隻かも、態勢を立て直して「ファング」に迫って来た。満身創痍の戦闘艦と残り僅かな戦闘艇が、戦意を剥き出しにして襲い掛かって来る。3艦でシヴァースやバラーンの部隊を抑えつつ、2艦が「ファング」を狙う策のようだ。粘り強い。敵は必死で、且つ、いまだに気合も満点だ。つくづく、強敵だ。
その強敵から、ミサイルが放たれる。直進弾が襲い来る一方で、あるものは大きく回り込み、上下左右に前からのも加えたクロスファイア・アタックで、「ファング」を仕留める態勢だ。それの回避や迎撃を阻止するべく、敵戦闘艇も攻撃して来る。
手分けして、ミサイルと敵戦闘艇の対処に当たる「ファング」も、かなり手いっぱいになって来る。敵の動きを読み切り、敵の意表を突き得たさっきまでの戦いとは、様相が違っている。予想外の粘りと予想以上の戦意を前に、「ファング」も苦戦を強いられる。
「ヴァルダナ114-302、ナーナク229-81、ダッシュ!」
戦闘艦の放った大型のミサイルを撃破した直後に、「レオパルト」の散開弾攻撃を見舞われた彼らを、カイクハルドが誘導した。間一髪で敵の散開弾「キルシュバーム」を躱した2隻の「ヴァンダーファルケ」は、そのまま別の敵である「レーゲンファイファー」へのフォーメーション攻撃に移行する。カイクハルドが示した方角は、散開弾回避と次の獲物への攻撃の、両方を同時に行い得るものになっていた。
別の戦隊所属の「ヴァンダーファルケ」を狙う体勢だった「レーゲンファイファー」を、カイクハルドの単位が撃破している間に、ナーナクやヴァルダナの「ヴァンダーファルケ」を狙った敵の「レオパルト」も、別の戦隊の単位に、フォーメーション攻撃で葬られていた。
偶然そうなったのではなく、各単位のリーダー同士での意思疎通の結果だ。全ての単位において、「ナースホルン」のパイロットがリーダーを務めているが、フォーメーション攻撃においては他の3隻が主体となってレーザー射撃を行い、その間リーダーは、近くにいる単位同士での連携や相互支援の為の意思疎通にも気を配っている。
「ファング」は、全艇が眼の前に居る敵の撃破だけに、夢中になったりはしない。基本的に、防御タイプの「ナースホルン」は攻撃には参加せず、広域の戦況把握や単位同士の連携・相互支援などを常に念頭に置きつつ、単位を指揮する事に専心する。
別の戦隊の単位とでも、即座に緊密な連携をとれるのも、各単位内での役割分担が明確になっているからだ。僅かにでも役割分担が曖昧になっていると、広い範囲に目を配ったり連携や相互支援を考慮したり、という事に専念できる者がいなくなる。攻撃に関しては他を信頼して任せ切りにしているからこそ、単位リーダーもその役割を果たし切れる。
混戦になったり、苦戦を強いられたりしている場面こそ、役割分担が明確になっている効果が、活きて来る。困難に見舞われてから悩んだり相談したり、なんてのは阿呆のやることだ。そうなる前に最も合理的な役割分担を、明確に決めて置くことこそ、困難の克服には不可欠だ。
役割を決めたのは、当然カイクハルドだ。かしらである彼が、全責任を背負って役割を明確に決定した事が、「ファング」の混戦苦戦における粘り強さの源泉だ。混戦苦戦において各自が、自身の全うすべき仕事に、迷いなく取り組めた。
役割を任された者達も、決して丸投げをされたわけではない。各自の能力の見極めも、カイクハルドは責任を持って実施している。訓練や実戦での各自の動きや成果をきちんと吟味し、全員と密にコミュニケーションをとった上で、役割を振り分けている。
だから、全員が自信を持って取り組める。任せる側も、任される側も、明確な根拠のもとに自信を持って臨んでいる。役割の明確化と各自の能力の見極めは、表裏一体だ。両方できていなければ、どちらも成就しない。
「ヴァンダーファルケ」は、指定された敵の撃破に専念した。その他の事はその他の者に任せ切りにして、彼等は彼等のできる仕事に専念する。周囲の気配りに専念している、リーダーである「ナースホルン」のパイロットが、何かあれば的確な指示をくれる、と信じている。だから、気兼ねなく彼等の仕事に専念し、存分に能力を発揮できる。
混戦の中で、苦戦の中で、迷いなく、疑いなく、各自がやるべき事に専念できる効果は、かくも大きい。
敵の一時の猛攻を凌ぐと、ようやく少し、カイクハルドにも余裕ができた。
「おい、シヴァース。」
更に広範囲への意思疎通の余力が出た、カイクハルドの呼びかけだ。「お前達、戦闘艇はどうした。戦闘艇も繰り出して戦えば、もっと楽に撃破できるだろう。」
問われた方は、何ともバツの悪そうな声色で、返答を寄越して来た。
今回の投稿は、ここまでです。次回の投稿は、 '18/12/22 です。
役割分担なんぞの話をクドクドと書いてしまいました。個人的なこだわりが出すぎかもしれません。作者も幾つかの仕事場で上司から、「この作業はできるか?」なんて質問を何度も受けましたが、そんな質問をするということは、自分では作業者が作業に必要な知識や能力を身に着けているかどうか、判断できないということになります。結果、自己申告で「できる」かどうかが決定され、「できます」といった作業者に役割を振り分け、その仕事の結果を何の検証もなく受け入れてしまう、という危なっかしいことをやってたりします。丸投げかつ非管理な状態です。それに、「この作業」というのも、具体的にどういう作業手順で、どこまでが責任範囲なのかというのもはっきり決まっていないので、「できる」かどうかなんて、誰にも判断のしようがなかったりもします。「この作業」というものの具体的な手順や範囲をはっきり決めて、それができるだけの知識や技術を作業者が持っているかどうかも上司が自分で確認しなければ、信用性の高い仕事なんてできるはずがありません。あっちこっちの会社で起きている品質不正とかデーター偽装とかも、そういう「丸投げ上司」の存在が原因なのじゃないだろうか、なんて個人的に思ったりしています。・・と、脱線しすぎました。とにかく「ファング」は、役割の範囲決定や個人の能力判断を、カイクハルドが責任をもってきっちりとやってるので強いのだ、とご理解ください。彼の読みの鋭さや、パイロット達の耐久力以上に、そういうものが重要だと感じて頂ければ何よりです。というわけで、
次回 第48話 違背・急派・降服 です。
シヴァースやバラーンと共闘するというところに、「何か起こりそう」なんて推測をされた読者様もおられたかもしれませんが、その方々は鋭いです。一山越えた感のある戦いですが、すんなり終わるわけでも、ないかも・・・。いかにも危なっかしい感じがプンプンするシヴァースやバラーンとの共闘の結末を、是非見届けて下さい。




