第46話 瞞着・誘引・宣伝
航宙指揮室に居合わせた数人の「ファング」パイロットに、バラーン・アッピレッジは紹介されていた。
「軍事政権によって、徹底的に冷遇され所領を激減させられたのが、『アッビレッジ』ファミリーだ。それで、手元に置いといても食わせて行けそうにねえと思ったこいつの両親は、バラーンを『第1似非支部』に預けたってわけだ。」
シヴァースの説明に、テヴェが頷いた。
「そいつは、災難だったな。『第1似非支部』といえば、もとは銀河連邦が設置した歴とした『グレイガルディア第1支部』だったんだけどなあ。数百年の活動の中で、現地採用の悪徳エージェント共に乗っ取られる形で、すっかり『似非支部』に成り下がっちまったところだ。自分達では、今でも正当な『銀河連邦グレイガルディア第1支部』だって名乗っていやがるが、実質は、救済を名目に集めて来た、恵まれない者や立場の弱い者を奴隷同然にこき使って、一部の幹部連中だけが贅を尽くした豪華な生活をしている、って極めつけにタチの悪い利権団体だ。」
支部の話になると、第4戦隊隊長は饒舌だ。「似非支部」の幹部だった経験から事情通だ、という理由もあるが、「ファング」の中でも抜きに出て「似非支部」に対して腸が煮えくり返っている。「似非支部」内での権力闘争に巻き込まれ、家族を皆殺しにされた上で追放された恨みが、その情熱の源泉だった。
「ああ、あそこでの生活は、酷かった。」
表情を変えずに語るバラーンの様が、返って真実味を醸す。「ロクにメンテもしてない宇宙艇やシャトルでの作業を強いられるから、事故で命を落とす奴が続出した。粗末な食い物だけでそんな過酷な労働をやらされ続けたから、肉体や精神がおかしくなってしまう奴もあとを絶たなかった。」
「連邦からもらい受けた、性能の良い設備を使っているんじゃないのか?『支部』というのは。」
ヴァルダナが疑問を差し挟んで来た。
「いくら性能が良いって言ったって、メンテも何もしないんじゃ、事故の多発は避けられねえさ。連邦との繋がりが無くなって『似非』になり下がった連中には、メンテに対する知識や技術だけでなく、責任感も当事者意識も何も無いんだ。救済名目で掻き集めて来た民衆を、使い捨ての道具としてこき使って、てめえらの贅沢な暮らしの糧にする、ってのが連中のやり口さ。」
苦笑まじりの、吐き捨てるようなカイクハルドの言い草だった。
「そこまで、墜落しているのか。かつては皇帝一族の良き相談役となって、『グレイガルディア』に法の支配や人権尊重に則った統治を根付かせよう、と努めていたはずなのに。」
「何百年前の話だよ、それ。」
ヴァルダナの呟きに、テヴェが呆れ声で応じる。「帝政貴族の御曹司には、そんな遥か昔の状態が教えられて来たのか。何百年も前に、現地採用のエージェントが『支部』の主導権を奪い取って以来、『銀河連邦グレイガルディア第1支部』は『第1似非支部』になっちまったんだよ。」
「そんなところに預けられるなんて、不幸は話だな。あんたの親も、『第1似非支部』が、ちゃんとした『連邦支部』だ、と思って預けたのだろう?」
「当然だ。俺も、実際に入ってみるまでは、まさかそんな事になるなんて思っていなかった。」
「良くそれで、無事に出て来れたな。」
テヴェはバラーンを、まじまじと見詰めた。
「カジャ様と、出会えたおかげだ。あのお方も、その頃は『第1似非支部』におられた。皇帝一族も、伝統的にご子息をそこに預ける事が多いのだが、『似非支部』としても、まさか皇帝の血を引く皇子を奴隷扱いするわけにもいかず、例外的に丁重な扱いがなされていた。正統な支部だと見せかけるためにも、皇帝一族との繋がりは連中には大切な看板だから、預からないわけにもいかないからな。」
「そのカジャが、お前を救い出してくれたってわけか?」
カイクハルドは納得顔で問いかけた。
「ああ。俺だけでなく多くの者達が、カジャ様によって『第1似非支部』から救い出された。この御恩は、命に代えてもお返しせねばならない。」
「それで、カジャの名を背負って大暴れして、『グレイガルディア』にその存在を知らしめたいって事か。」
「そうだ。軍政打倒が成った後、皇帝に統治の実権を取り戻すには、皇帝の血を引く者が戦いの中で存在感を知らしめておかなくては。間違っても、新たな軍事政権が誕生するような事になってはならない。」
無表情のまま、バラーンが身を乗り出す。無重力の中で、シートベルトで座席に身体を固定しているので、その動きは決して大きくはないが、長身のせいもあってか妙に迫力がある。
「皇帝一族であるカジャの立場としては、何としても皇帝に統治の実権を取り戻したい、って気持ちなのは分かるが、あまり戦闘の方に首を突っ込んで来て欲しくはねえんだよな。最後の仕上げだけ皇帝一族の名前でやれば、帝政復活は成るだろう。それまでは、おとなしくしていてくれねえかな。皇太子の名声で兵を集め、軍事政権を牽制していてくれるだけ、ってのが一番ありがてえんだがな。」
「そんなはずは無い。我等にも相当な兵力がある。蜂起を決して以降に、俄かに馳せ参じた寄せ集めの兵が信じられぬのは分かるが、そうでない兵もある。早くから我等の手元にあり、十分な訓練を施して来た兵だ。必ず戦闘でも役に立って見せる。『ファング』やプラタープ殿のような、鮮やかな勝ち方は無理かも知れぬが、全く使えぬ兵などという事はあり得ない。俺の部隊にもチャンスをくれ。頼む。」
「そうだ。」
シヴァースも、バラーンの後押しに乗り出した。「カジャ様御自身の出陣は、何とかご自重頂いたのだ。寄せ集めの兵もカジャ様と共にある。『シェルデフカ』や『カウスナ』での戦いに参加しようとしているのは、俺の場合と同じく、バラーンの率いる十分に訓練された部隊だ。」
「そう言うお前だって、この前の戦いではヘマをやって、『ファング』にも犠牲が出ちまったじゃねえか。」
カビルが、からかい調子で口を挟む。相変わらず、囲っている女を同伴していて、片手で撫で回しながらの発言だ。今度の女は、以前よりは協力的なようだ。
「あんなヘマは、二度とやらない。十分に周囲を警戒した上での一撃離脱に徹して、勝てそうにない敵には絶対に向かわない。約束する。」
「どうだかな。」
遊び半分でシヴァースをからかっているカビルの隣で、ヴァルダナは沈んだ顔をしている。シヴァース救援の際の「ファング」の犠牲には、自分にも責任がある、とずっと思い悩んでいるらしい。
「まあでも、シヴァースやバラーンに活躍の場を与えておく事で、カジャ自身がおとなしくしていてくれるんなら、そっちの方が良いかな。こいつらをのけ者にした結果、カジャ自身が戦場に首を突っ込んで来る事になったら、それこそ面倒だ。あいつの身に何かあっても、軍政打倒の機運は萎んじまうし、あいつのもとに馳せ参じた寄せ集めが『シェルデフカ』や『カウスナ』に出しゃばって来たら、どれだけ荒らし回られるか分からねえし。」
「では、シヴァースとバラーンにも参加させる方向で、具体的な作戦の検討に入ろうではないか。
カビル同様に少女を弄んでいるトゥグルクが、所作の割に真面目な声を上げた。「隠し集落を探していると見られる部隊は、『ペアホス』のものだと分かった。『フロロボ』星系のエッジワースカイパーベルトに広く戦力を展開させて、虱潰しに捜索しておる。それでも、まずは見つかる気遣いは無いと思うが、早目に手は打っておいた方が良いぞ。」
「フロロボ」星系のエッジワースカイパーベルトには、十個以上の隠し集落がある。しかし、エッジワースカイパーベルトは、文字通りに天文学的な広さを有している。星系円盤上で、直径数十億kmのドーナツ状空間に兆の単位で、微小天体などが分布している。その中で、ある集落は微小天体を刳り貫いて中に造り込まれている。別のものは、ほとんどの微小天体より小さいサイズの宙空建造物として、天体に隠れるように浮かんだりしている。それらは、探したからといって、見つかるという事はまずありえない。予め正確な座標を知っている者にだけたどり着けるのが、隠し集落だ。
だが、絶対に見つからない、と言い切る事もできない。相当に確率が低いとはいえ、虱潰しに探されれば、見つかる可能性はゼロでは無い。隠し集落の座標データーが、どこからか漏れている可能性も無視はできない。
「あから様に隠し集落を探す動きをしている部隊、ともなると、叩かないわけには行かねえな。」
「やろうぜ、かしら。『ペアホス』といえば、そこそこの名門軍閥だ。きっと旗艦には、イイ女を沢山、同伴させているはずだぜ。」
権力者の箱入り娘をゲットするチャンスには、カビルは、いかなる危険も顧みない勇猛さを発揮する。
「ビルキースからの報告にも、『ペアホス』に関する情報があったな、確か。棟梁や主だった幹部のベッドルームに侍った女の、印象や感想を知らせてくれていたはずだ。」
「そうだな。」
トゥグルクが右手でコンソールを叩く。左手で少女の脚を撫でながら、器用なものだ。「あったぜ。どうやら、かなりトップダウンが徹底している軍閥だな。部下に託した部隊の細部にまで、棟梁がいちいち口出しするらしい。各隊長は、名前だけの隊長にさせられちまって、実質的にはなんの決定権もねえらしい。全部棟梁が一人で決める、って感じらしいな。」
ニヤリ、と獰猛な笑みを浮かべたカイクハルドから、作戦計画案が語られた。「ファング」の面々には、同じくニヤリ、という笑みが浮かべられる。シヴァースとバラーンは、ポカン、と口があけっぱなしになってしまった。
満面の笑みを浮かべて、「ペアホス」ファミリーの棟梁が隠し集落の中を飛翔している様子を、カイクハルドはモニターの中に見た。
小惑星を刳り貫いただけのこの施設では、倉庫の中にまで重力を作用させる機能は無い。円軌道で走り回っているセクションのみ、遠心力による疑似重力が施されている、と住民代表は「ペアホス」ファミリーの棟梁に説明している。その音声も、カイクハルドの耳に届いていた。
あるかどうかも分からない隠し集落を、あったとしても見つけられる可能性は相当低い、と知りつつ探し続けて、とうとう見つけたのだから、棟梁の喜びも一入だろう。
「ようやく糧秣を探し当てたぞ。こんな所に隠しておったのか。見つけたからには、根こそぎ頂いて行くからな。お前達が今日食べる分も残して行く気はないから、そう思え。」
銃を突き付け、力ずくで案内させた住民にそんな冷酷な言葉を投げかけながら、「ペアホス」の棟梁はほくそ笑んでいる。
「どうぞ、どうぞ。」
住民代表は、あっさりと受け入れた。「もうこの集落には、ご覧のような老人しか残っておりませぬ。いずれにしろ、先は長くありません。ほんの少し、あの世に行くのが早くなるだけでございますから。」
彼が無抵抗に、ありったけの糧秣の拠出を受け入れたのは、勿論「ファング」の作戦の上の事だ。
不用意な無線電波を発した輸送船を発見し、それを追跡した結果見つけた隠し集落から、僅かな数の老人だけが出て来た。全ての糧秣の拠出を求めたら、抵抗どころか抗議一つ口走る事もなく受け入れられ、大量の獲得に成功した。
それを、自身の威光や能力のなせる業と思い込んだ「ペアホス」の棟梁はご満悦の顔だが、全てカイクハルドが仕組んだ罠だ。若い女が見当たらない事だけが、この棟梁をがっかりさせた。
「悪く思うなよ。お前達がこうやって糧秣を隠してくれたおかげで、我が部隊は深刻な飢餓状態だ。そんな状態で要塞攻略にも乗り出したから、手酷い打撃を食らうことにもなった。いくら止めても兵が要塞からの掠奪に夢中になり、そこを奇襲攻撃で袋叩きにされたのだ。あんな惨めな負けっぷりなど、聞いたことがない。それも全て、お前達が糧秣を隠したせいだ。その償いと思い、諦めて、集落全員餓死しろ、ワハハハ。」
血も涙もない非道な言葉に、集落代表の老人はにこやかに応じる。
「はいはい、それはもう喜んで。別の場所にある、我らが元々暮らしておった集落はもう、『カフウッド』ファミリーに若者を根こそぎ連れて行かれて、終わったも同然です。わしらは連中が、ゲリラ戦の為にここに隠した糧秣の、見張り番をさせられていただけです。その彼等への糧秣の補給に向かった帰りに、あなた様の艦に見つかってしまったのでは、もう全てを諦めるしかありません。」
「ワハハ、物分かりが良いな。そうだ。お前達は全滅するが、それは全て『カフウッド』のせいだ。ここの糧秣で腹を満たした我等『ペアホス』ファミリーが、『カフウッド』を捻り潰して、お前達の仇だけは討ってやるから、ここで静かに野垂れ死にしろ。」
棟梁の指示を受けて、「ペアホス」の兵達が糧秣の搬出を開始する。無重力の倉庫内を漂っている巨大なコンテナが、ロボットアームで次々に送り出される。思いの外に大量の糧秣を手にできたので、搬出作業に全員の意識が集中した。
棟梁の動向に気を配るゆとりは、兵達にはなかった。彼等は皆、深刻な飢餓状態だ。そこへ大量の糧秣の搬出作業だ。「バーニークリフ」の時と同じくらい、糧秣の艦への移送に眼の色を変えている。兵同士での、ちょっとした奪い合いや、各艦の順番争いなども巻き起こったりする。棟梁の事など、誰も構ってはいられなかった。
そんな棟梁の目に、一人の若い女が映ったようだ。カイクハルドの囲っていたペクダが、彼の作戦の一翼を引き受けて、この集落に潜んでいた。そして今、棟梁だけの目に映るように気を配りつつ、物陰から一瞬、姿を見せたのだ。
「おっ!おおっ!なんだ。若い女もおるではないか。隠しおって。」
「はて?そんなはずは・・。この集落には、老人しか残っておらぬはず。」
住民代表は、計画通りのとぼけた発言を繰り出す。
「何を言う。嘘をつくでない。あそこに今、チラリと姿が見えたぞ。若い女の姿が。」
糧秣の徴発、といっても、糧秣だけを目的にしている徴発部隊など有るはずも無く、若い女も連れて行こうとするのが、健康な徴発部隊というものだった。
集落を見つけたからには、そちらの期待もかけていたのだが、老人しか出て来なくてがっかりしていた。深刻な飢餓状態だからそれだけでも有り難い、とは思っていたが、見つけたからには黙ってはいられない。「ペアホス」棟梁は、そんな思いをカイクハルドに見抜かれてしまうほどの、必死と卑猥の混ざり合った形相で、今チラリと目に映った若い女の姿を探し始めた。
配下が皆、糧秣の搬出に血眼になっている間に、誰にも意識を払われる事の無い棟梁は、単身でどんどん集落の中を突き進んで行く。
ペクダは、彼を誘導するように時折チラリと姿を見せつつ、集落の奥へ奥へと飛翔して行く。これ見よがしなほどに露出させた四肢を、しなやかに舞わせ、香りと体温を後に残していくかのようだ。
ひらひらと逃げる蝶を追うように、「ペアホス」棟梁は集落の最深部へと誘い込まれる。物音一つしない殺風景な施設の奥の奥など、まともな神経なら、彼も入り込みたいなどと思わなかったはずだが、ペクダはその神経を麻痺させる事に、鮮やかに成功していた。
どこまでも、どこまでも、誘い込まれる。ひらひらした衣からはみ出した肌の滑らかさや、沸き立つ香りまでも想像しているだろう棟梁が、怪しむ事も恐れる事も忘れ去って、追いに追う。
配下の兵達からは、すっかり離れてしまった。もう、大きな声で叫んだとしても、誰にも彼の声は届かないだろう。
突き進んで行った先で、とうとう「ペアホス」棟梁はペクダを追い詰めたが、卑猥な笑みと共に彼女に詰め寄ろうとした瞬間に、意識を失った。背後からの電撃で、何かを想う暇もなく昏倒させられた。その一部始終を、集落に仕掛けてあるカメラからの映像をモニターに映す事で、カイクハルドは「シュヴァルツヴァール」に居ながらに見届けた。
「10艦程の『ペアホス』部隊が、予定の宙域に向けて進撃して行ったぞ。棟梁の名を騙った命令に、疑いもなく従いおったわい。やはり、猛烈にトップダウンが染み付いた集団なのだの。」
「棟梁の腕にあった端末から盗み取った識別信号だけで、こうも思い通りに操れてしまうんだから、トップダウンが過ぎる集団ていうのも、脆弱なもんだな。」
トゥグルクとカビルが、カイクハルドと共に映像を眺めながら感想を漏らし合う。
「棟梁の命令で、指定された宙域に盗賊退治に行かされるハメになった、と思い込んでいる連中だが、まさか盗賊の術中に嵌ってる、なんて想像もできないだろうな。」
カイクハルドのそんな言葉に続いて、トゥグルクが追加の報告を入れる。
「更に別の10艦程の部隊が、さっきとは異なる宙域に向かって盗賊退治に駆り出されたぜ。こうやって大規模な敵を小分けにして、各個にぶっ潰すのってのは、かしらのお得意のパターンだな。」
「ああ。まあ戦略戦術の、基本中の基本さ。でかい敵は、小分けにして個別に潰すってのはな。トップダウンが極まった軍閥ならば、棟梁を抑えちまえば、そんな事はわけも無く実現できちまう。」
少し離れたところにある、岩塊の陰に潜ませた「シュヴァルツヴァール」で、戦況を悠然とカイクハルドは眺めている。数時間後、第2戦隊から連絡が入る。高収束性のニュートリノビームを使った秘匿通信だから、敵に傍受される心配も発信者の位置が知れる心配も無い。
「ドゥンドゥーの奴は、上手く敵を誘い込んだらしいな。第2戦隊の跡を追って、敵はこちらの罠に着々と入り込んで行っているぜ。」
機動力に優れた「ファング」の第2戦隊が、敵の索敵範囲を出たり入ったりしながら、上手く敵に後を追わせ、誘導して行った。
敵の索敵範囲から出ると、敵は「ファング」を探さなければならなくなり、戦力を分散させる。追いかける対象が20隻程度の戦闘艇団だから、戦闘艦が1艦ずつ距離を置いて散開しても怖くはない、と考えているようだ。いつもながらの軍閥部隊の、「ファング」への侮りと油断だ。
10艦程の敵の各艦が、十分に離れた。それを確認した第2戦隊が、突如、反転攻勢に出た。例のごとく槍先の形の密集隊形で、一直線に「ファング」が虚空を駆けた。敵にすれば、あり得ないほど小さな塊と化した一団に、対応の仕方がなかなか決まらなかったらしい。敵の反応は、余りにも遅かった。
そこからの展開も例の如く、だ。散開弾を易々と突破する「ファング」。それを全く予期していない軍閥部隊。直後に第2戦隊の繰り出したミサイル攻撃に、成す術もなかった。
戦闘艦に奇襲を仕掛ける事が分かっている場合は、対艦攻撃用徹甲弾である「ヴァサーメローネ」を装備している。重すぎて戦闘艇の機動力が削がれてしまう装備だが、ここまでの活動に高度な機動力が必要なところは無かった。
奇襲を受けた戦闘艦は、3発の「ヴァサーメローネ」に深々と艦体を抉られ、「ココスパルメ」の青白い光球にも食い付かれ、たちどころに瀕死の状態に陥る。血飛沫さながらに、火柱がふき上がる。漏れ出す噴射剤が、のたうち回って苦しむかのような動きを敵艦に強いる。内部から何かが放出される様は、腸を撒き散らしているかのごとくだ。放出されたものの中には、人の影も少なからずあるらしい。
救援信号を放ち、近くにいるはずの僚艦が駆けつけるのを待っていただろうが、その僚艦も、既に包囲された上での奇襲攻撃に曝されていた。
「バラーン・アッビレッジも上手くやったらしいぜ。1艦ずつ離れ離れになったそれぞれの敵艦を、百隻近い攻撃タイプの戦闘艇『ヴィルトシュヴァイン』で包囲して、散開弾で滅多打ちにしてみせたんだ。それで索敵能力や迎撃能力が麻痺したところに、小型戦闘艦を突撃させてミサイル戦で仕留める手筈だ。」
「それなりに、統率の取れた攻撃はできてるみたいだな。カジャが数年前に集めた兵をバラーンが訓練した、って言うから、あまり期待はしていなかったが、意外にやるみたいじゃねえか。」
トゥグルクの報告に、カイクハルドが満足気な笑みを浮かべて応じた。
第3戦隊も、同じ敵部隊中の1艦を撃破していた。下手くそな、敵の散開弾攻撃を回りこんで回避してみせた第3戦隊は、密集隊形での突撃の必要もなく対艦攻撃用徹甲弾「ヴァサーメローネ」を2発ねじ込み、敵艦をくの字にへし折った。
第2戦隊も3戦隊も、1艦ずつの敵を半壊に至らしめた後に、更にそれぞれ別の1艦にも攻撃をしかけた。「ヴァサーメローネ」は使い果たしていたので、「ココスパルメ」と「ヴァルヌス」だけの攻撃だから、中破程度に留まる戦果だった。が、それ以上の攻撃を「ファング」は控え、後の仕上げはバラーンの部隊に任せるつもりだった。
バラーン部隊は、自分達が奇襲で仕留めた敵を完全破壊すると、「ファング」が半壊や中破の状態にした敵にも襲い掛かり、敵部隊を全滅に至らしめた。戦力比だけを見ればバラーン部隊と同等だった、「ペアホス」の一つの分隊が、一方的に撃破される展開になった。
その模様は、光学映像を含めた様々なセンサーで観察され、記録された。艦の熱源パターンや識別信号等の検出データにより、撃破されたのが「ペアホス」の艦である事も、攻撃を仕掛けたのが皇太子カジャ配下の部隊である事も、確かな事実として記録される。
記録は、タキオン粒子に乗って超光速で「グレイガルディア」の各領域に送られる。帝政貴族や軍政配下の軍閥など、「グレイガルディア」で大きな影響力を持つ者達に、その様子が伝えられる。
こういった記録は、一部の者達にとっては、この上もなく愉悦に満ちた娯楽、と受け止められている。それを悪趣味と見るか当然と見るかは人それぞれだろうが、いつの時代も、実際に人の命がやり取りされる戦争を娯楽とし、熱狂的に楽しんで観戦する者達はいる。
娯楽や観戦とまでは行かなくても、時勢を解する為の情報としても、これらの記録は人々の間を駆け巡る。
皇帝の血を引く皇太子カジャの配下の部隊が、軍事政権に忠誠を誓っている名門軍閥「ペアホス」の部隊を一方的に撃破殲滅する、という衝撃的なシーンが、多くの人々の目に触れる。それは同時に、軍事政権の凋落や弱体化を、多くの者に印象付けるはずだ。1つの戦闘の記録が、一国の趨勢を左右する影響力を持ち得る事態になる。
軍政時代の終焉や帝政復活の可能性をすら、多くの人々が予感するだろう。軍政に付くのが得か帝政に味方するのが有利か、と態度を決めかねている日和見的な者達も、この記録を見れば気持ちを揺さぶられるに違いない。
皇太子カジャのネームバリューは、こういった形で軍政打倒や帝政復活において、大きな武器になる。「ファング」がどれだけ鮮やかに大軍閥を撃破したところで、カジャのように国の趨勢を左右する程の影響力は持ち得ない。プラタープの「バーニークリフ」における壮大な戦果も、カジャの名声には及ばない。弱小軍閥が百艦の敵を撃破するより、皇太子の部隊が10艦を撃破する方が宣伝効果は高い。
「ペアホス」ファミリーを葬るだけなら、「ファング」のみでやった方が手っ取り早かったかもしれないが、カジャの配下であるバラーンを巻き込む事で、この戦いに更なる大きな意味を持たせる事ができた。
「せいぜい派手に『ペアホス』を血祭りに上げさせて、カジャの名声を使って宣伝してもらおうじゃねえか。それによって、『グレイガルディア』各宙域での反軍政の動きは活発化し、そっちに手を取られ、『シックエブ』や『エッジャウス』は手薄になる。」
「そこへ、『レドパイネ』が突撃を仕掛けるんだな。」
カイクハルドの説明に、ヴァルダナが付け加えた。
「これで『シックエブ』が陥ちるなら、軍政打倒と帝政復活はあっさり成就するだろう。だが、まあまず、そう簡単には行かねえだろうな。『シックエブ』を突かれた事で、『エッジャウス』や軍政中枢の軍閥がどう動くか。」
「俺達も、アジタやビルキース姉さんの情報をよく吟味して、上手く動かねえとな。この動乱を有効に活用して、1人でも多くの権力者の箱入り娘を手に入れて、柔らかな肌を味わわなきゃいけねえんだからな。」
「それは、お前1人の欲求だろ。カビル。」
ヴァルダナの生真面目な突っ込みを笑って見ていられるほど、カイクハルドは呑気に戦況を監督している。
「シヴァースの方も、別の『ペアホス』部隊を血祭りに上げてる、って連絡だ。」
第4・5戦隊が誘導した「ペアホス」部隊を、シヴァースの部隊に襲わせている。敵部隊中の5個の戦闘艦は、「ファング」の突撃で半壊や中破にさせられ、それ以外の6艦が、シヴァース部隊の包囲攻撃で蜂の巣にされた。「ファング」に半壊や中破にさせられた艦にシヴァースがとどめを刺す場面も含め、こちらの戦況も記録されて「グレイガルディア」中を駆け巡る事になった。
皇太子カジャ配下の部隊の、軍政側の名門軍閥に対する連戦連勝、といった形で多くの人々に認識されるだろう。カジャのもとに馳せ参じる兵も、これによって更に増えるはずだ。帝政と軍政の間で振れている時勢の針は、更に大きく帝政に傾く事になる。
「畜生っ!我が『ペアホス』の名声を利用して、軍事政権に多大なダメージを与えようというのか。」
絶叫の轟いている「シュヴァルツヴァール」の航宙指揮室には、高手小手に戒められた「ペアホス」の棟梁が連行されて来ており、己がファミリーの滅び行く様を見せつけられている。縄では無く、電磁式で金属性の手錠で拘束されている。その滅亡の様が宣伝され、軍事政権の権威低下と皇帝の求心力復活の為に政治的に利用される事も、彼は理解している。棟梁としては、これほど不名誉な事は無い。
「見ろよ、『ペアホス』の戦闘艦が、カジャ配下の部隊の攻撃で豪快に火柱噴き上げて、のたうち回るようにぶっ壊れて行くぜ。こんな映像が『グレイガルディア』中を駆け巡れば、『ペアホス』の名は地に落ちるな。ファミリーが滅亡した上に、軍政の顔に泥を塗った軍閥として、その名も派手に穢れるわけだ。」
権力者が嫌いなカビルの悪意に満ちた発言にも、「ペアホス」棟梁は歯噛みするしかない。
「止めろ!止めてくれ。もうこれ以上『ペアホス』の名を穢すな。軍事政権の樹立以来、ずっと政権中枢で支え続けて来た名門軍閥だぞ。先祖が代々苦労して築き上げて来た名声を、こんな事で、こんな形で・・」
「軍政に媚びて、不当に甘い汁を吸い続けてきた、の間違いだろ。そのツケを、今から払ってもらおうって事だ。諦めろ。」
自分の名を騙って出されて命令に、素直に従って罠に嵌って行く臣下達を、名門軍閥の棟梁は目撃させられ続けた。トップダウンの弊害を、思い知らされながら。
「おっ、星系の外縁で、輸送船団が索敵網にかかったな。『エッジャウス』からの補給の第一陣だろうぜ、かしら。」
トゥグルクは、目の前の戦闘以外にも常に気を配っている。
「計算通りのタイミングで現れたな。よし、手筈に則って、『ペアホス』の残った戦力に、その輸送船団を襲撃させよう。棟梁の命令なら、疑う事もなく従うだろうからな。」
「な、なにっ!止めろ!軍政の派遣した輸送船団を、軍政の忠実な支持勢力であり続けた我が『ペアホス』に襲わせるなど・・。頼む、それだけは止めてくれ。」
棟梁の必死の嘆願に、カイクハルドは無慈悲だった。棟梁の識別信号を付した命令は、即座に実行に移された。隠し集落の近くに残っていた『ペアホス』の、戦闘艦5艦程から成る部隊がタキオン粒子に乗って、超光速で移動して行き、味方の輸送部隊を急襲した。
「トップダウンが過ぎると、こうなるんだな。臣下達は何も考えず、ただ命じられたままに行動する。ちょっと考えれば、味方の輸送船団を襲えなんて命令、おかしいって分かりそうなもんだが。」
カイクハルドの皮肉に、今更のように後悔の念を「ペアホス」棟梁は催しているらしい。
「嗚呼、何という事だ。我が部隊が、味方を・・」
幾つかのディスプレイが告げる戦況を、悲壮感たっぷりに見詰める。が、「うん?・・なんだあの陣形は?」
と、棟梁は、自分の部隊の繰り出した陣形に、首をひねった。悲壮感に満ちていたモニターを見詰める表情に、疑問の色が混ざり込んで行った。
今回の投稿は、ここまでです。 次回の投稿は、 '18/12/15 です。
相手の親玉を抑えることで、敵を手玉に取るというのは、結構ありがちな展開ではあるのですが、百人程度の盗賊や傭兵が大軍閥を倒す話となると、このパターンも含めないわけにいかないかな、といった感じで採用しました。女スパイを使って敵勢のトップダウンな性質をつかんでいることや、敵を糧秣不足の飢餓状態に陥れていることなど、規模の大きな戦略を背景に敷いた上でのこういった展開なら、それなりにオリジナリティーも出ているかな、なんて思ったりもしているのですが、どんなもんでしょうか。カイクハルドが囲っているペクダが作戦に参加しているのも、奇妙な感じだったでしょうか。はじめは、ビルキースの仲間の一人が参加していることにでもしようと思ったのですが、説明などが面倒になりそうなので、「ええい、ペクダでいいや」くらいのかるーい気持ちでこうしました。カイクハルドともウマが合っている設定だし、元領主の「カフウッド」のためなら頑張りそうな感じの表現もあったと思うので、これはこれでよかったのでは・・・??というわけで、
次回 第47話 勇将・猛攻・強靭 です。
なんだかんだ言い訳しても、ここまでの展開に、ややありきたりの気があったのは否めませんが、次からは他では見たこともない展開になっているのでは、と独りよがりに思っております。手玉に取ったまま終わり、ってなことには・・・・。是非、ご一読頂きたいと思っております!




