第45話 軍政中枢の動揺
ターンティヤー・ラストヤードの座乗艦にビルキースも同乗するようになって、1か月以上が経った頃、彼は不意に撤収すると言い出した。上中東星団区域にある彼の本領にまで、部隊を引き上げるという事らしい。
「ファル・ファリッジの奴、征伐隊への増援と補給部隊の派遣だとか言って、我が所領にも膨大な糧秣の拠出を要求してきおった。徴発部隊を我が所領に派遣して、棟梁の私もいない間に、強引に持ち出そうとしておるらしい。そんな事をされたら、我が領民達の暮らしが、立ち行かなくなってしまう。」
「バーニークリフ」において征伐部隊が罠に嵌って、爆弾の仕掛けられた要塞の食糧庫に踏み込み、夥しい数の兵が爆殺された、という大打撃の報が「エッジャウス」に伝えられてしばらくすると、「エッジャウス」は増派と補給への重い腰を上げたのだった。
大打撃を受けた征伐隊は、一旦後退して態勢の立て直しを図っているので、「バーニークリフ」が既にもぬけの殻になっているのも、プラタープの部隊は「ギガファスト」に後退しているのも、未だに知らずにいるらしい。
立て直す、と言っても征伐隊は、損害も飢餓も尋常な規模では無い。増派や補給が無いようではこれ以上戦えない、との悲鳴がやっと「エッジャウス」に届いたようだ。名門軍閥「ヒューブッド」ファミリーの御曹司が部隊の総指揮をとっていた事で、ファル・ファリッジも動かざるを得なかったようだ。
「補給物資を送るのならば、『エッジャウス』に大量に備蓄してある分を送れば良いものを、『エッジャウス』にもしもの事があった場合の為に、それには手を出すわけにはいかない、とかぬかしおって、立場の弱い軍閥に負担を全部押し付けやがった。軍事政権が必要とした時に糧秣を供給する事が、軍閥の最大の存在意義だ、などともぬかしおった。いつでもそれができるような所領経営ができていない軍閥など、存在する価値が無い、とも。許せん。」
憎々し気に、ターンティヤーは毒づく。
「糧秣だけではありませんぞ、兄上。奴は兵の拠出まで我が所領に要求して、領民を無理矢理連れて行こうとしている、との連絡も先ほど本領より有りました。軍閥の領民が生きていられるのは軍事政権あってこそだから、軍事政権には領民の生殺与奪を思うままにする権利がある、などとも申しておるらしいです。」
顔を真っ赤にしてまくしたてているのは、協議の為にこの船に移乗して来ていたターンティヤーの弟、トゥールパー・ラストヤードだ。長髪にしていなければ、兄と見分けが付かないであろう面構えと体つきの男だ。
「何だと!」
角刈りの方が長髪の方の訴えに、更なる激昂を催した。「大切な我が領民を、勝手に兵として徴発して、連れ去ろうとまでしているのか。糞っ!ファル・ファリッジの奴め。糧秣だけなら、我等『ラストヤード』一門が目いっぱい切り詰めるなり、どこぞの盗賊でも襲ってかっぱらって来るなりして、どうにか捻出すれば良いが、領民を連れ去るのは許せん。労働力など、いつでもどこからか連れて来られる、とあの馬鹿者は思ってるんだろうが、熟練技術者の育成も信頼関係の醸成も、一朝一夕に成せる事では無いのだぞ。今、我等を信頼し技術を提供してくれる領民は、かけがえのない存在なのだ。兵にするなど、とんでもない!」
「自分達の身の安全や、豪勢な暮らしの維持の為に、『エッジャウス』の備蓄は極力温存して、反乱の征伐にかかる負担は全て、立場の弱い軍閥に押し付けるつもりなのですぞ、兄上、ファル・ファリッジの奴めはっ!」
「我が所領だけのはずはないな、トゥールパーよ。近隣の軍閥にも、同様の命令が出されているはずだ。どの軍閥も、重すぎる負担で頭に血が上るであろう。普段から縄張り争いなどの乱闘を繰り返している近隣軍閥の連中が、我が所領からの掠奪に、この危機の克服への望みを懸ける可能性もある。棟梁が不在で、領民も大量に連れ去られた直後とあらば、付け入る隙は十分にあるはず、と目論むに違いないぞ、奴等は。」
「おお、さすがは兄上。そんな事にまでは、私は気が回りませんでした。が、それは由々しき問題ですな。領民達にとんでもない苦難を味わわせる事になってしまいます。もはや、征伐などには構ってはおられませんぞ。」
「うむ。『バーニークリフ』攻略に参加せずに、この『チェルカシ』星系に留まっておるだけなら軍政に知られる可能性は低かったが、撤収したとなればそうもいかぬ。が、ここは『エッジャウス』に対して仮病を使ってでも、とにかく所領に引き返さねばならぬ!」
自分達の食い扶持や立場より、領民の暮らしを第一に思いやるあたりは、「ラストヤード」ファミリーはやはり良心的な領主なのだ、とビルキースは思った。
「軍事政権は、どれくらいの増援部隊を送り込もうとしているのですか?」
スパイとしての使命を果たすべくビルキースは、さりげない問いかけに聞こえるように懸命に声の調子を整え、ターンティヤーに尋ねた。
「良くは分からんが、戦力を小出しにする、という愚を犯すであろう事は間違いないな。『カフウッド』の反乱を受けて、『グレイガルディア』の各領域で不穏な動きをする軍閥が続出しておる。『似非支部』や『アウトサイダー』にもそれに呼応する動きが広がっていて、それを抑えるのに相当な戦力を、あちらこちらに派遣する事を軍政は余儀なくされている。2か月に渡って『カフウッド』を征伐できない状況が知れ渡れば、そうなるのも当然だ。この度の征伐部隊の大打撃の報が各領域に伝われば、更に不穏な動きは激化するだろう。前回の派兵と同等以上の兵力など、とても用立てられぬはずだ。」
「補給の方は、大量に送ってさし上げられるのですか。戦場で飢えている兵士達が、可愛そうでなりません。」
「おお、ビルキース。お前はなんと優しい女なのだ。可愛い奴だ。」
冷静になれば、見え透いた偽善にしか聞こえないはずのビルキースの言葉だが、すっかり彼女を猫可愛がりしているターンティヤーには、何ら違和感を覚えさせないようだ。
「糧秣の方は、兵よりは徴収が容易でしょうな。今『バーニークリフ』攻略に貼り付いておる連中の腹を満たすくらいなら、なんとか用意できるでしょう。近いうちに輸送部隊を差し向けるはずですな、兄上。」
ならば、カイクハルドに連絡しておかねば、と女スパイは、トゥールパー・ラストヤードの言葉に使命感を掻き立てられる。
「だが、愚かなことだ。あんな大打撃を食らってから補給を送るなど。どうせ大量の糧秣を送り込む事になるのならば、もっと早いうちに送っておけば良かったのだ。さすれば糧秣不足が原因と思われるあんな惨敗で、無様に潰走するハメになど、ならなかったものを。兵の飢えが原因の損害を被るまで補給を送らぬとか、兵を小出しに何回も派遣するとか、用兵上決してやってはならん事ばかりやっておるな、ファル・ファリッジは。」
「自己負担で征伐の任を務めあげるのは、軍政配下の軍閥としては絶対の責務だ、とか、糧秣を現地調達できないのは派遣部隊の無能か怠慢のいずれかだ、とかほざいて、補給の実施を散々渋っていましたな、ファル・ファリッジは。そして、そのせいでこんな損害を被るハメになった事も、あまり理解はしていないでしょう。」
兄弟が、揃って口をへの字に曲げていた。
「もう、早期の征伐は諦めて、『バーニークリフ』を遠巻きに包囲して、動きを封じるだけにとどめておこう、という事にはならぬものなのですか?」
軍政打倒陣営としては、最もそうなっては困る事態の可能性について、ビルキースは探りを入れた。征伐隊に、一心不乱に攻略を目指してもらってこそ、プラタープの罠も機能するのだし、「ファング」の暴れる隙も生じる。
「おお、ビルキース!お前は、なんと頭の良い女なのだ。お前の言う通りだぞ。」
熱い抱擁と共に、見え透いたしおらしさを振り撒くビルキースを、ターンティヤーは褒め千切った。
「全く、ビルキースですら分かる事が分からんとは、ファル・ファリッジとは、本当に愚かな奴です。だが、包囲だけして無理には攻めない、などという作戦は、あの男には思いもつかぬでしょうな。」
「そうだな。『カフウッド』の千か2千の兵など、慌てて征伐する程の事も無いのにな。包囲して動けぬようにだけしておけば、向うこそ糧秣が尽きて自滅するはずのものを。包囲の隙を突いて抜け出した反乱部隊に、輸送経路の破壊作戦を実施される事で、『エッジャウス』への贅沢品の搬入が滞るのを心配しているのだろうがな、ファル・ファリッジは。だが、あれだけの大部隊で包囲すれば、そんな心配もいらぬはずだ。」
「贅沢品が滞るのが心配、か。何という自分勝手な考えだ。孫娘の我儘を叶えたい、というだけの想いでしょう、それは。あのバカ娘に豪華に着飾らせる事が、そんなに大事なのか?その為だけの大部隊派遣なのか?そんな事の為に、多くの兵が死んだのか?私は、やり切れぬ気分ですぞ、兄上。」
トゥールパー・ラストヤードがまくしたてる。ファル・ファリッジが、孫娘の我儘を叶える為に政治権力を私物化しているのは、軍政においては周知だった。
「では、糧秣の補給だけを受け、それほど大規模な増援も得られないまま、征伐隊の皆様は要塞攻略を続けなければなりませんのね。ああ、可愛そうに。」
しおらしさ全開で、ビルキースは憐みの演技の発表会を続ける。
「おお、ビルキース。お前という女は・・・・」
ターンティヤーの感情と欲情の高揚を、ベッドルームでテキパキと処理したビルキースは、シャトルでその艦に乗り付けて来たマリカに、仕入れた情報を横流しした。マリカは、いつ何時でもターンティヤーの座乗艦に乗り入れる事が許されている。
「ある程度の戦力に護衛された大規模な補給部隊が、『カウスナ』に向かう、っていう事ね。」
カイクハルドが求めるであろう情報を、マリカは整理して復唱した。
「ターンティヤーは近いうちに撤収するみたいだから、一旦この船からは降りる事になるけど、いつでもタキオン通信で連絡して良いって言ってもらっているから、情報収集は継続できるわ。『ラストヤード』の動きは、引き続きトレースします、って伝えておいて。」
ビルキースがマリカと向き合っている時、百光年近い宇宙の彼方でカイクハルドは、シヴァース・レドパイネと相対していた。
「そうか。遂にお前の親父、ジャラール・レドパイネが進撃を開始したか。まあ、そう直ぐに『シックエブ』にまではたどり着けんだろうが、平時よりは、進撃を阻む戦力は少ないはずだ。軍事政権の肝を、相当冷やしてやれるだろうぜ。」
補給の為に立ち寄った隠し集落の一つで、遠心力による疑似重力にソファーへと心地良く押し付けられながら、彼等は軽食と飲酒を堪能していた。
「ああ。遠い昔から抗争状態にあった、我等『レドパイネ』と隣接した所領を有する『フォルマット』ファミリーを、降伏に追いやる事もできた。あのファミリーは軍政シンパだから、親父の活動には目の上のたん瘤だったのだ。だがこれで、『シックエブ』への進撃を阻む最初の要害を排除できたんで、親父も思い切った行動に打って出られたらしい。」
父親の話をする時には、相変わらずシヴァースは自慢気だ。
「長年抗争状態だった、って事は、それなりに実力が拮抗してた、って事じゃねえのか?それが、そう簡単に降参など、するものなのか?」
ヴァルダナが、カイクハルドとシヴァースの会話に疑問を差し挟んで来た。雑踏の騒音が喧しい隠し集落の食堂の中だから、かなり声を張り上げないと、会話が成り立たない。
直径2km程度の、最小規模のリング状宙空建造物の中に、千人くらいを詰め込んだものだから、人口密度は尋常では無い。食堂の通路は、真っ直ぐに歩くのが不可能な程に人で溢れている。
だが、戦乱から逃れて身を潜める暮らしをしている割には、人々の表情は明るく、活気に満ちていた。会話が困難な程の騒音も満ちているが、カイクハルドは愉快な心持ちでいた。
遠心力による疑似重力の下で生活するには、直径2kmくらいは最低限必要だった。これ以上小さい直径の回転体の中に長時間いると、人は様々な生理的障害に見舞われるらしい。そんな小さな回転体の中というものに、長期間詰め込まれる経験をした事の無いカイクハルドだから、具体的にイメージするのは困難だが、何となく分かる気もした。
ともかく、人が長期に暮らす事を前提にしたリング状宙空建造物としては、直径2kmくらいが最小規模だった。理想を言えば10kmくらいは欲しいところだが、隠し集落の性質を考えれば、そんな贅沢は言えなかった。
これ以上小さい規模の宙空建造物では、部分的に遠心力による疑似重力を生じさせてある設備はあっても、生活のほとんどを無重力下で行う形の施設にならざるを得ない。短時間なら、小さな回転体の中でも問題無いので、食事などの重力があった方が快適となる限られた用途に対してのみ遠心力のある空間を使い、それ以外は無重力で暮らす、という生活が、そういった施設では営まれる。
ちなみに、重力があった方が断然快適だと思われている行為の筆頭に上がるのは食事で、その次に入浴や排泄がつづく。その次辺りに、男女の営みを揚げる者も多い。それ以外は無重力でも我慢できるが、これらに関しては重力下でないと我慢ならない、と多くの人々の意見が一致するところだ。
最小規模のリング状宙空建造物に千人くらいが詰め込まれた窮屈な生活とはいえ、この隠し集落の住民は、比較的恵まれた境遇だといえる。「ファング」の根拠地と古くから提携関係があり、銀河連邦由来の優れた技術を導入できるが故だ。豊富な食料生産や高度な医療も備えられ、住民に提供されている。
食堂の雑踏を構成している人々は皆、忙しそうだ。戦乱を逃れて隠れ住んでいるとはいえ、彼等にはやるべき作業が山のようにある。
無重力且つ真空で、各種の宇宙線の飛び交う宇宙空間に漂う施設というものは、不断のメンテナンスが絶対に欠かせない。壁面資材の交換や補修など、1日でもサボれば、中の住民は全滅だ。姿勢や軌道の補正も継続的にやらなければ、何らかの天体に衝突したりしてしまう。周囲に数多の天体が散在している宙域に建造する事で、発見される事を免れている施設だが、その隠れる為の盾にしている天体に施設が衝突する事態は、常に警戒しておかなければいけなかった。
資源を採取して食料や資材を生産する、という活動もやっている。相当希薄ではあっても、施設の周囲には星系ガスが漂っていて、イオン化しての捕集ができる。
身を隠して盾にする為の天体にも様々な元素が含まれていて、それらの採取も重要になる。元素さえ揃えれば、必要なものを何でも作り出す事のできる時代だから、後は周囲のガスや天体から材料になる元素を掻き集められれば、人の生活は成立する。
化学的に合成した食料や資材だけでも、人は生きていける。が、生物の機能を利用して生産されるもの、生物体から切り取って来たもの、というのも全く無しでは、人の暮らしとしては惨めに過ぎるものとなる。
戦乱を逃れて隠れ潜む暮らしだから、あまり贅沢は言えない、とは住民は理解しているが、生物経路食材や生物由来食材が全く無し、というのも辛すぎる。
だから住民は、資源を採取し、それらを使って化学経路だけでなく生物経路や生体由来の食料・資材を生産する、という活動にも精を出す。そして何かに精を出している方が、人々には活気が満ちる。
この隠し集落で、住民は忙しく活発に各種の作業に勤しみ、貧しくとも充実した日々を送っている。食堂に満ちる明るい表情が、その事を物語っていた。
銀河連邦から送られた、最新の設備を使って資源を採取しているこの集落だが、この宙域で採取可能な資源量はごく限られたもので、千人を賄える程の量では無い。本来の集落で生産されたものが、ここに運び込まれて備蓄されている。
軍政の征伐隊に徴発されて奪い取られて行く悲劇を防ぐ意味でも、この隠し集落に、住民共々避難させてある。基本的に住民は、備蓄を食い潰しながら暮らしている。
だが、征伐隊も彼等の集落に常駐しているわけではない。物資が空っぽで老人しか残していない集落に、長逗留する物好きな征伐隊もあるはずはない。だから、征伐隊の居ない隙を突いての、時折の帰還は可能で、全員は無理でも、代表の何十人かが集落に戻り、資源採取や生産の活動を再開する機会もある。その成果をまた隠し集落に避難させて来る事で、備蓄の減少を最小限に食い止めたりもしている。
そんな活動にも取り組んでいるから、隠し集落に物資は全く不足していない。十分な資源採取ができない隠し集落が、活気に満ちている理由の一つだった。
「シュヴァルツヴァール」にもたっぷりの糧秣を補給できたし、カイクハルド達は美味しい食事と酒にあり付くことができた。「シュヴァルツヴァール」には無く、この集落では生産されている生物経路食材や生物由来食材も多い。普段は口にできない御馳走を堪能できて、カイクハルド達はご満悦なのだった。
「棟梁の一人息子が、こっちに寝返ってくれたからな。」
シヴァースが、カイクハルドの質問に答えた。「アティティヤ・フォルマトっていう若い一人息子が、軍事政権への忠誠を誓っている棟梁――つまり父親を裏切って、俺の親父――ジャラール・レドパイネに帰順を申し出てくれた。それを受けて『フォルマット』ファミリーも、あっさり降参したってわけさ。」
「そうか。まあ、ジャラールの事だから、ずいぶん前からそのアティティヤ・フォルマトって奴への、懐柔工作をやってたんだろうな。『シックエブ』に進撃すべき時が来たら、直ぐにでも進路を切り開けるように。抜け目のない男だぜ、ジャラールは。そのアティティヤに後詰めをやらせれば、奴は後顧の憂いも無く『シックエブ』を目指せる。背中を警戒しながらの進撃とは、突破力が断然違ってくる。これで『レドパイネ』って棘が『シックエブ』に突き刺さる可能性は、相当高くなったな。」
「そうだ。いよいよ我が親父殿も、軍政打倒の表舞台に躍り出ようとしておられる。『レドパイネ』ファミリーの命運をかけた、乾坤一擲の大勝負だ。失敗すればファミリーは滅亡だろうが、それに関しては皆、覚悟を固めている。ファミリーの命運を懸けて、この『グレイガルディア』に変革を招来せしめるんだ!」
父親の覚悟と行動に、シヴァースは目を輝かせている。
「そんなに意気込んでいて、大丈夫か?ちょっと、早すぎたんじゃねえか?『ギガファスト』での戦いの趨勢を見てからの方が、良かったような気もするぜ。」
ビールをグビグビやりながら、往き過ぎる若い女を物色していた様子のカビルが、不意にそんな疑問を、皮肉な声で告げた。
「大丈夫だ。『ギガファスト』の戦いは、見るまでもなくプラタープ殿が征伐部隊を翻弄するに決まっている。その『ギガファスト』に出番が回る前に、征伐隊は大打撃を受け、『エッジャウス』は増派を余儀なくされるだろう。この機を逃す手は無い。今こそが、『レドパイネ』進撃のベストタイミングだぜ。」
カビルの皮肉にも、シヴァースの確信に満ちた目の輝きは、ブレる事がなかった。
「そうだな。『グレイガルディア』各宙域での、反軍政派の動きも活発化してきたようだ。征伐隊の惨憺たる様が報じられれば、更に拍車がかかるだろう。そっちへの対応にも軍政は手を取られるだろうから、今『シックエブ』を目指しても、連中は思うように防衛態勢を敷けない可能性が高い。そこへ来て、新鋭の戦闘艇を手にし後顧の憂いも無くなった『レドパイネ』の突破力だ。『レドパイネ』の棘は十中八九、『シックエブ』に突き刺さるぜ。」
「十中八九じゃねえ。絶対に『シックエブ』の喉元に突き刺さるぜ、親父は。」
「それを側面支援するためにも、俺達はこの『シェルデフカ』で、征伐隊の後方攪乱を徹底的にやらないとな。」
ヴァルダナが生真面目な意見を差し挟む。
「そういう事だ。まだまだ暴れるぜ。」
更に目をぎらつかせて受け合ったシヴァースは、カイクハルドに質問を繰り出す。「そっちは、軍需物資の補給の方は足りてるのか?こんな集落で補給できるのは、食料とか一般的な資材だけだろ。弾薬等は、『ファング』で使える規格のものの調達が必要なはずだ。資源だけ補給すれば、『シュヴァルツヴァール』で作れるのか?」
「まあ、『シュヴァルツヴァール』で製造しているものもあるが、根拠地で製造している分もある。『ファング』で使う武装は最新だからな、『グレイガルディア』に出回ってるようなものじゃ、使い物にならない。根拠地で製造したものの補給が必須だな。」
「そうか。あの根拠地は、『ファング』の兵器工廠にもなっているのか。盗賊団兼傭兵団が、自前の工廠を持っているなんてな。尚且つ、『グレイガルディア』中の各宙域に、根拠地はあるのだろう?恐ろしい奴等だぜ。」
眼のぎらつきはそのままに、探るような視線をシヴァースはカイクハルドに向ける。銀河連邦との繋がりがその力の源泉だが、それは、共に命懸けの戦いに臨んでいるシヴァースと言えど、明かす事はできない。カイクハルドはさりげなく目を逸らす。
「とにかく、『エッジャウス』が送り込んで来る増援部隊を、俺達はここで叩かなくちゃいけないな。」
カイクハルドに助け舟を出したつもりもないのだろうが、ヴァルダナが上手く話題を換えた。
「別に、無理に敵戦力を削ぐ必要はねえぜ。増援部隊をそのまま素通りさせて、『ギガファスト』に行かせてやっても構わねえ。プラタープの旦那の仕掛けた罠は、敵の戦力が少々増えたところでビクともするもんじゃねえ。それより、補給部隊を叩く方が大事だ。連中を糧秣不足のままに留めて、冷静な思考力を奪い続けるんだ。戦力を少々削ぐよりそっちの方が、遥かにプラタープの旦那への支援になるからな。兵は増えたが糧秣は補給できなかった、って状態に陥れるのが理想的だ。」
カイクハルドの発言の終了にタイミングを合わせたように、彼の腕に装着されている端末が電子音を発生させた。
「何だ?」
トゥグルクからの通信と分かっているカイクハルドの、不愛想な質問の声だ。
「征伐隊の一部が、『シェルデフカ』領域の方に引き返して来ているんだが、ちょっと嫌な動きだな。」
「嫌な動き?」
トゥグルクの、やや深刻な声色に、カイクハルドも声を落した。
「場所が知れていると思われる集落には全く近寄らず、エッジワースカイパーベルト辺りを広範囲に飛び回っていやがる。手持ちの兵を、かなり盛大に拡散させてな。」
「つまり、隠し集落を見つけ出そう、と躍起になってるって事か。そろそろ奴等も、隠し集落の存在に感付いて良い頃だ、とは思っていたが。」
「そうだな。ビルキースの嬢ちゃんからの報告でも、隠し集落が存在する可能性に言及している軍閥幹部が、何人かいた。公式の集落に、ことごとく物資が残ってねえ現状を受けて、そんな幹部達の意見が、ようやく通るようになったのかもな。」
「今頃か、って気もするが、厄介でもあるな。とにかく、『フロロボ』星系や『ルティシュチェボ』星系のエッジワースカイパーベルトをウロウロする部隊は、始末しねえとな。そう簡単に見つかるはずはねえが、万が一って事はある。」
カイクハルドは、隠し集落で表情も明るく闊歩する人々を眺め、闘争心を高めた。「隠し集落には絶対に、手出しをさせるわけにはいかねえ。」
カイクハルドはシヴァースを『シュヴァルツヴァール』に招いて、合同の作戦会議を開こうと誘いをかけた。するとシヴァースは、更に1人の同行者の追加を頼み込んで来た。
「バラーン・アッビレッジ?そいつも『シュヴァルツヴァール』に乗せろって言うのか?」
「ああ。カジャ様の下で、共に戦って来た仲間だ。俺と同じく、弱小な部類に区分けされている軍閥の、棟梁の息子だ。カジャ様の意を受けて、そいつにもゲリラ戦を展開させる事にしたんだ。腕は確かだ。勇猛果敢な指揮官でもある。頼む、カイクハルド。そいつも作戦に参加させてやってくれ。」
「へっ、カジャの奴が自分の配下にも、もっと派手な活躍をさせて、自分の存在感をアピールしたいって事なんだろう。プラタープの旦那の活躍や『レドパイネ』の進撃を受けて、自分の闘い振りが不満に思えて来た、ってところかな。」
「そんなところだ。カジャ様のお立場も、考えて差し上げてくれ。皇帝に権力を取り戻す為の戦いで、皇帝の息子であり次期皇帝候補でもある自分が、陰の薄い存在になりつつあるのだ。弱小軍閥と言われる『カフウッド』や『レドパイネ』の名前ばかりが前面に出ていては、あの方のお気持ちも、いたたまれないものがある。」
「全く、皇帝の息子、ってのは我儘なもんだな。」
カビルは呆れた顔で叫ぶ。
「そうは言っても、軍事政権を倒した後に皇帝が実権を握れるかどうかは、不透明だからな。カジャとしては、ここで自分が存在感をしっかりアピールしなければ、軍政を倒しても帝政が復活しない可能性が出て来ちまう、ってのが嫌なんだろうぜ。」
「でも、『レドパイネ』は、帝政復活にはこだわらねえんじゃ無かったか?」
「親父は、そう言っているが・・、」
シヴァースは言い淀み、少し声を落して続ける。「だが、カジャ様のお傍に付いて来た我々にとっては、帝政復活というカジャ様の悲願が叶えられないのは、辛いのだ。」
「まあ良いか。カジャの名声が轟くように、奴の旗下であるお前やバラーン・アッビレッジに、もっと華々しい活躍の場を与えろ、って事だろ。しかし、『アッビレッジ』なんて軍閥の名は、聞いたこともねえ。サンジャヤリストにも無かったしな。そんな奴を暴れさせて、どれ程の効果があるんだか。」
「いや、あいつは、これから名を上げる男だ。頼む、バラーン・アッビレッジにも、チャンスを与えてやってくれ。」
それから1時間としない内に、彼等は「シュヴァルツヴァール」の航宙指揮室に顔を並べていた。
リング状コロニーの中の移動は、視覚的な変化には乏しいものだった。リングに沿った細長い通路とその両サイドの部屋、という景色が永遠と続く。天井も低い、狭くて圧迫感のある通路だ。部屋は、住居だったり食料や物資の配給所だったり娯楽室だったりする。そんな通路が、直径2kmの円に沿って伸びているから、廊下を道なりに歩き続ければ、変わり映えのない光景がどこまでも続く。
景色は単調だが、活気はある。多くの人が行き交い、その顔は明るく、話し声も弾んでいる。すれ違う若い女に色目を使うだけでも、カビルは十分にその移動を楽しめたようだ。
部屋と同じ並びにエレベーターのドアもあり、スポーク状のポールを経てリング状コロニーの中心に向かう事ができる。カイクハルド達は、食堂から出て100m程のところにあったドアからエレベーターに乗り込み、中心にある宇宙港に移動し、そこに停泊している「シュヴァルツヴァール」に乗艦した。
カジャの名を背負って盛大に暴れようとしているのだから、さぞかし闘志を剥き出しにした奴だろうと思っていたら、バラーン・アッビレッジは、物静かでひょろ長い、上背のある優男だった。顔もほっそりとして、やや病的な趣もある。
「カジャ様に拾って頂いた恩を、何としても返さなくてはならない。あの方に満足していただけるくらいの、目立った活躍をしなくては。」
無表情で淡々とそんな決意を語るものだから、そこはかとない悲壮感を、航宙指揮室に詰めた面々は感じ取った。
今回の投稿は、ここまでです。 次回の投稿は '18/12/8 です。
「ラストヤード」「カフウッド」「レドパイネ」の動向に加え「アッビレッジ」という新顔まで出てきて、「ファング」の活動も合わせると、ややこしくて目まぐるしい感じになってしまいましたでしょうか。そこへ、隠し集落の生活実態まで詳述したものだから、話がとりとめもない流れになってしまって、読み辛かったかもしれません。この物語が下敷きにしている古典でも、複数の勢力の複雑な動きが描かれているので、どうしてもこうなってしまいます。古典には出てこない要素もこの物語には出てきているので、尚更です。その上に、またかと思われそうな、遠心力による疑似重力の説明。でも、未来の宇宙での生活を精緻に描きつつ、壮大でダイナミックな国家の政変劇も表現する、ってのがこの物語の趣旨なので、避けて通るわけにもいかない、と言い訳させておいて下さい。面倒臭い、とお感じの読者様も多いかもしれませんが、こういう感じを楽しんで頂けている読者様がおられると、とても嬉しいのですが。というわけで、
次回 第46話 瞞着・誘引・宣伝 です。
熟語3つのタイトルとなっており、これまで面倒臭い思いをされていた読者様にも、ようやくスカッと楽しんで頂ける場面がやっ来るのではないかと思います。第3章の"攪乱"編も今回の話をもって終了し、次回からは第4章に突入します。アウトサイダーや下層民を虐げる軍閥棟梁に、「ファング」が噛み付きます。お楽しみに。




