第41話 名門軍閥棟梁の葛藤
航宙指揮室で、しばしの沈黙に陥っていたアジタとラフィーに、通信兵からの声が掛かった。
「閣下、『ベネフット』ファミリーの部隊が、盗賊討伐に同道したい、と申し出ており、艦隊との合流許可を求めて来ております。」
ラフィー達の座乗艦は、20個ほどの戦闘艦を従えて宇宙を駆けている。出撃して来た軍事政権の本拠地、宇宙要塞「エッジャウス」は、既に後方遥か数光年の彼方に消え去っている。
「なに?アウラングーゼ・ベネフットか?」
「はい。」
「通信は可能か?」
「はい。・・どうぞ、お話しください。」
「ラフィーだ、アウラングーゼか?」
声より先に、モニターに映像が投影された。ふっくらと膨らんだ童顔で、とぼけたような印象に見える男が、モニターの中で姿勢を正している。
「はっ、閣下。お久しぶりにお目にかかります。アウラングーゼ・ベネフットであります。勇壮なる閣下の盗賊討伐行に、ぜひお伴させて頂きたく、急ぎ馳せ参じた次第でございます。」
「ふふんっ。よくもまあ、言いよるわ。お前が討伐を断ったから、私が自ら出陣せねばならなくなったのではないのか?」
「いえ。私は、ファル・ファリッジなどに命令される謂れはない、と申しただけで、盗賊討伐を断ったわけではありません。それに、まさか閣下が、御自ら討伐に出る、とお申し出になられるとは思いもよりませんでした。そうなると知っておりましたら、決して断るなどという事は致しませんでした。」
「こいつめ、ぬけぬけと。」
楽し気に目を笑わせながらの、ラフィーの言葉だ。「お前が断ったら、私が討伐に出向くハメになる事くらい、察しが付いておったはずだ。私を遠くに連れ出して、ファル・ファリッジに聞こえないところで、奴の悪口をたっぷりと私の前にぶちまけよう、とでも思ってやった企みであろう。」
「ハハハ、御明察、恐れ入ります。」
「まあよい、面倒な仕事は全てお前に丸投げし、手柄は全部私のものとしてやる。それでも良ければ、付いて来い。」
「もちろん、初めからそのつもりでございます。我が手並みを閣下にご覧頂けた上に、閣下の名声の一助にもなれれば、これ以上に何を望みましょう。・・おや、隣にいるのは、アジタ殿ではございませんか。あなたも、『エッジャウス』を遠く離れて、ファル・ファリッジの悪口を閣下にお聞き頂きたいクチでございますか?」
ふっくらした、とぼけたような顔立ちの中に鎮座する両眼が、意表を突くような鋭さでアジタに視線を射込む。
「まあ、そんなところですかな。私の方の悪口は、『エッジャウス』を出て直ぐのところですっかり話し終えましたので、残りの時間は、アウラングーゼ殿の悪口の方を存分に語って頂いて構いませんぞ。」
「そうですか。それは有り難い。しかし、どれだけファル・ファリッジの悪口を言おうと、私の口から何を聞こうと、銀河連邦の軍事政権への支援停止はご容赦頂きたいものです。いずれ私やラフィー閣下が、連邦の望む法の支配と人権尊重に則った治政を実現するのを、お待ち頂きたい。」
言葉を額面通りには受け取れない事を、アジタはひしひしと感じている。ファル・ファリッジの支配体制を打破する事は、ラフィーとアウラングーゼが手を結んだところで、簡単には成し遂げられぬ。その事はこの男も、十分に分かっているはずだ。
彼が棟梁を務める「ベネフット」ファミリーは、サンジャヤリストに名の上がっている中で最大の軍閥だった。彼の決断と彼が率いる軍閥の行動は、軍事政権の命運に、そして軍政打倒に動いた者達の命運に、甚大な影響を及ぼすだろう。
彼の決断の有り様で、軍政は存続もするだろうし、滅びもするだろう。帝政が復活する事もあれば、新たな軍事政権が樹立される事もあり得る。「ノースライン」ファミリー以外の軍閥を首班とする新たな軍事政権が樹立されるとすれば、その中枢に彼等「ベネフット」ファミリーが名を連ねている可能性は相当に高い、とアジタは見ている。
その彼等も、昨今の軍政打倒の動きには注目しているだろう。その趨勢如何によって、どんなタイミングでどんな行動を起こすか、それによって「ベネフット」ファミリーは、滅亡するかもしれないし巨大な権力や栄光を手にするかも知れない。
軍政打倒の急先鋒である「カフウッド」ファミリーも、皇帝とその一族も、そして軍政配下の軍閥も、この戦いの結末次第で、存続も滅亡も、繁栄も衰退もあり得る。そしてその事を「カフウッド」の者達はもちろん、アウラングーゼ・ベネフットも深く認識している。軍政内で統治の実権を握っているアクバル・ノースラインやファル・ファリッジは、自分達や「グレイガルディア」が運命の岐路に立っている事を、認識できずにいるようだが。
ふっくらとした穏やかそうな面立ちから突き刺して来る、アジタを貫き通しそうなアウラングーゼの眼光に、アジタは、一門の命運を背負った者の緊迫感を実感した。一門の命運に関わる何かを、アジタの眼の奥に見つけ出そうとしているのだろう。
アジタが、そして銀河連邦が、軍事政権への支援を止めるのか、止めないのか。止めるとして、いつなのか。その後に帝政を支援するのか、そうではないのか。それも、「ベネフット」ファミリーの存亡や盛衰に大きく影響する事だ。
総帥の実権回復、という不可能な目標に言及することで、彼はアジタに探りを入れている。その慎重で思慮深い姿勢は、ここ一番では大胆で果断な行動に出るのであろうポテンシャルを示すものだ。
ラフィーに対する忠誠を言葉にも態度にも露わにし、それは偽らざる本心でもあるのだろうが、ファミリーの命運と引き換えにしてまで貫きはしないはずだ。彼は、敬愛するラフィーであっても、ファミリーの存亡のかかった場面では、裏切る事も見捨てる事も辞さないだろう。
そんな意志の強さ、覚悟の固さ、それも彼の眼光に、アジタは感じ取っている。ラフィーも気付いているはずだ。アウラングーゼが、ただ忠誠を誓うだけの従順な家臣ではない事を。だからこそ頼もしい。軍事政権ではなく「グレイガルディア」の未来を託す者として、この星団を安寧に導く統治を預ける者として、ラフィーは彼に、ポテンシャルを感じている。
傍らにいるラフィーと、モニターの中のアウラングーゼを見比べ、アジタは想いを募らせていた。
手並みを見せる、と言った割に、討伐戦の実施期間中ずっと、アウラングーゼの座乗艦は、ラフィーの座乗艦の隣に居続けた。タキオン粒子を使った超光速の通信の後、ラフィーとアウラングーゼの部隊は盗賊の本拠地とみられる宙域近くで合流し、討伐戦は始められたのだが、ラフィーとアウラングーゼの座乗艦は、横並びでの督戦に終始した。
大量の物資を積んだ輜重部隊を用意したアウラングーゼは、わざとそれを盗賊に襲わせた。輜重を護衛する戦闘艦には、防戦する事もなく退散させた。盗賊は思いの外の大規模な収穫に、狂喜乱舞してそれを持ち帰った。盗賊の規模に比して多すぎるその物資を輸送するのに、盗賊は全勢力を傾注する必要が生じた。
それはアウラングーゼが仕掛けた、盗賊を一網打尽にする為の策略だった。全勢力で掠奪品を輸送しようとした為に、彼等は本拠地をほとんど空っぽの状態にした。全く戦力にならない女子供だけを残して、戦える年齢の男共は全員が、掠奪物資の輸送に繰り出していた。
その本拠地を、アウラングーゼの配下が急襲した。支援部隊にテトラピークフォーメーションで包囲させ、敵を確実に逃さない態勢を構築した上での、戦闘能力の極めて低い敵への疾風の如き急襲は、敵からの早期の投降という結果を招来した。
大量の物資を抱えてノコノコと戻って来た盗賊の主戦力も、自分達の根拠地から飛び出して来た強武装の軍団に無防備な状態でいるところを包囲されては、降参するしか無かった。散発的な抵抗はあったものの、ほとんど戦闘が行われない内に、盗賊は掃滅された。
逃げる事の出来た盗賊も、1人もいなかった。完璧な包囲は誰一人逃す事無く、盗賊の全員を捕縛した。盗賊の捕虜になっていた領民もすべて保護され、安全に故郷へと送り届けられた。水も漏らさぬ行き届いた気配りが、ラフィーとアジタに見せつけられた。
ラフィー座乗艦と並走していた戦闘艦から、アウラングーゼは逐次、報告を入れて来た。その内容を聞くだけでも、彼がどれだけ戦況を詳細に把握し、部下の動きを掌握し、作戦計画の全貌を理解しているかが、アジタにもよく分かった。
アウラングーゼは何もしなくても、彼の部下が完璧に作戦を実行し、何の支障も無く収束に至った。だが、丸投げではない。アウラングーゼの目は、作戦の全ての部分に行き届いていたし、全てが彼の管理下に置かれていた。だからこそ、作戦の進捗を随時、逐一、詳細にアウラングーゼはラフィーに報告できた。ラフィーが何か質問しても、アウラングーゼンは全てに澱みなくスラスラと答えた。
アジタはアウラングーゼの、組織を率いる者としての能力に、内心で舌を巻いていた。十分に教育し、性格を理解し、自分の考えを伝え切った部下に全てを任せ、信頼し、自分は一切手を出さなかった。その一方で、決して丸投げにはせずに、全てに目を配り、詳細に把握して、何かあればすぐにでもサポートできる態勢を維持し続けている。
任された部下も、信頼されている事で自尊心を満足させ、詳細に把握されている事で安心感を持つと同時に、僅かな手抜きも必ず見抜かれせっかくの信頼を失いかねない、との緊張感を持ち、それぞれの任務に全身全霊で臨んでいる。部下の、最高のパフォーマンスを引き出す術を、アウラングーゼは身に着けている、とアジタは思った。
標的にした盗賊の、性格や行動傾向を見極めていたところからも、彼が十分に情報を収集し、綿密な検討を行った上で作戦を立案した事も分かる。結果として、最小限のリスクとコストで最大限の成果を上げた。
「見事なお手並みでしたな、アウラングーゼ殿。」
社交辞令ではない、心からの称賛の言葉を、アジタは告げた。
「いえいえ、手並みを見せると言ったのに、部下に全部やられてしまって、出る幕がございませんでした。少しは棟梁に花を持たせるように、部下共に説経しておかねばなりませぬわ。アハハハ。」
「ラフィー様も、こんなに有能な配下をお持ちになられて、頼もしい限りでしょうな。あなたとアウラングーゼ殿がおられれば、軍事政権の将来も、安泰では無いですか?」
その言葉は、見え透いたお約束の社交辞令だった。
ラフィーやアウラングーゼがどれ程有能でも、いや、有能だからこそ彼等には、ファル・ファリッジを首魁とする軍事政権の陰の、そして真の権力機構を覆す事は、不可能だと痛感しているはずだ。
それは、彼等の能力不足ではない。生まれて来るのが、政治の舞台に躍り出るのが、少し遅すぎた為だ。彼等が物心ついた頃には、軍事政権の要職にある者は全て、ファル・ファリッジに買収されるか弱味を握られるかして、彼に逆らえない状態になっていた。
そのために「グレイガルディア」で起こる諸問題は、総帥であるラフィーに報告されず、ラフィーの意見や質問は各現場に届かず、ラフィーの知らない所でファル・ファリッジが決定したことが、軍事政権の意思として実行されて行く。
総帥のラフィーを飾り物にして、前総帥の家宰でしかないはずのファル・ファリッジが権力を恣にする。政権から不利な裁定を受けたくなければ、「グレイガルディア」の軍閥のほとんどは、ファル・ファリッジの機嫌を取るしかない。賄賂が横行する。ファル・ファリッジに上手く取り入った者だけが得をする。星団中の富や財が、ファル・ファリッジのもとに集まって来る。彼とその一族だけが、不当に贅を尽くした豪勢な暮らしを享受する。
ファル・ファリッジに冷遇されたものは怨嗟の感情を募らせるが、軍事政権の公式の機構には、彼等の不満を聞き届けて対処する仕組みは無い。ファル・ファリッジを満足させられる賄賂を提供できた者だけが、不満を聞いてもらえる。それをする財力の無い者は、ただ怒りと恨みを募らせる事になる。
彼等の怒りや恨みが、帝政復活を望む人々の想いと結びついた時、軍事政権は終焉の危を迎えるのだが、ファル・ファリッジ達には、それに気が付く脳味噌はない。自分達が権力を恣にし、贅を尽くした暮らしを謳歌する事が、当然だと思っているから。
アウラングーゼ・ベネフットは、軍事政権の権力機構の内側からファル・ファリッジの支配体制を覆す力を、自身が持ち得るとは思っていない。が、軍政への怨嗟の気持ちと帝政復活を望む気持ちの結託が、軍事政権を外から突き崩す可能性がある事は知っている。
「ラフィー様と私とで、必ずファル・ファリッジの支配体制を打破し、銀河連邦の求める法の支配や人権尊重に則った治政を、軍事政権内に回復してみせます。ですから、銀河連邦には引き続き、軍事政権に支援の手を差し伸べて頂きたい。アジタ殿、よろしくお願い申し上げますぞ。」
通信のモニターの中で、口からはそんな言葉を紡ぐアウラングーゼだったが、温厚に見える丸い顔立ちに似合わない鋭い眼光は、アジタに別の言葉を綴っている。外からの力で軍事政権が倒れる可能性の大きさやタイミングを、間違いなく彼が探っている事を、アジタはひしひしと感じる。
「ラフィー閣下や、アウラングーゼ殿が治政の実権を握る日が来れば、銀河連邦としても、迷わず軍事政権を支援できますな。早くそうなって頂きたいものです。」
「ええ、アジタ殿。必ず、早急に。」
アジタの心にもない言葉に、アウラングーゼも想いと裏腹な言葉を返して来る。だが、今は、表面上彼は、軍事政権が外からの力で倒れるかどうか、という事に言及するわけにはいかないだろう。軍政総帥であるラフィーの配下として、彼の面前にいるのだから。そんな可能性は見つけ次第、素早く潰しにかかる事こそが、彼の立場としては当然の使命だ。
表には出せぬ問いだが、軍政打倒があり得るのか、あり得ぬのか。あるとして、いつ、どのような形でそれが訪れるのか、彼はそのヒントを、アジタの眼の奥に求めている。
状況によっては、彼は、ラフィー・ノースラインを見捨てなければならないだろう。それは彼には、断腸の苦痛を伴う決断となる。できれば、避けて通りたいところのはずだ。だが、ファミリーの命運が尽きるか否かの場面となれば、アウラングーゼはそれをためらう男ではない。
彼がラフィーに恩義があり、忠義を感じている事は、アジタも知っている。軍政における地位や、所領に対する裁定において、ラフィーの存在が無ければアウラングーゼは、ファル・ファリッジ等によってもっと冷遇されていたはずだ。ラフィーの口添えがあったからこそ、ファル・ファリッジに賄賂の一つも送らぬにも関わらず、アウラングーゼは不当で過酷な冷遇の害を免れて来ている。
彼個人や、彼の代における便宜だけでなく、歴代の「ベネフット」ファミリーは、「ノースライン」ファミリーに能力を見い出されてその規模を拡大させて来た。先祖代々に渡って恩義がある、という事だ。更に、アウラングーゼの妻はラフィーの妹であり、彼等は義理の兄弟ですらある。公私に渡って親密な間柄だ。
それでも、いざとなれば、ファミリーの命運の為に彼は、ラフィー・ノースラインを見捨てる決断をしなければならなくなる。アジタの眼の奥に何かを見つけようとするアウラングーゼの眼光が、鬼気迫るものであるのも当然だ。
軍政打倒の動きの形やタイミングによって、ラフィーへの忠誠を貫けるかどうかも変わって来るし、それだけでなく、それへの読みを間違えば、「ベネフット」ファミリーの没落や滅亡も可能性としては生じて来る。そして、銀河連邦の意思もそれに影響を与えるものなのだが、アジタは銀河連邦を代表するエージェントなのだ。
アウラングーゼが、自からは問えぬ情報を伝えてやる為に、アジタは話を転じた。
「しかし、御両名が治政の実権を握る前に、『カフウッド』の反乱で軍事政権は、大混乱に陥ってしまうかもしれませぬな。」
“打倒される”という言葉までは、この時点ではまだ口には登らせられないアジタの、回りくどい言い草だ。
「なんですと!? あんな弱小軍閥の反乱が、何だというのです?」
アウラングーゼの見せる驚きや困惑は、素直な感情の発露とみて良いだろう。「カフウッド」の領有する「カウスナ」領域から遠く離れたこの「エッジャウス」近郊宙域では、「バーニークリフ」における情勢など、あまり詳しくは伝わって来ないし、恐ろしく遅延する。
唯一の情報源は軍事政権中枢なのだが、そこの情報はファル・ファリッジ一派が全て抑えており、彼等によって実権から隔離されているラフィーやアウラングーゼには、まともな情報提供は無い。反乱が起こり大軍を送ったらしい、とは聞き及んでいるだろうが、彼の地での戦況などは、知る由もない。
「既に40から50万の軍勢を送り込み、20万程が、撃破もしくは退却させられております。」
「な・・なんと!」
ラフィーも、軍政の派遣した征伐隊の被った損害の甚大さは、初めて耳にする事らしく、狼狽に視線を彷徨わせてしまった。
「私の知る限りでは、『カフウッド』の戦力など、たかだか千か2千くらいのものであるはず。数万、数十万の征伐隊が後れを取るなど、信じられません。」
アジタは、「カフウッド」の千の戦力が宇宙要塞「バーニークリフ」に、糧秣が尽きて困窮している数万の征伐隊を誘い込み、掠奪に夢中になったところで奇襲を仕掛けて潰走に至らしめた様を、語って聞かせた。それ以前の、「フロロボ」星系で征伐隊を敗退に至らしめた戦いなども、断片的に伝えた。
無論アジタは、その情報を「ファング」から得ていた。プラタープからクンワール、カイクハルドと伝わり、ビルキースを経由してアジタのもとに届いた情報だから、詳細かつ正確であり、アジタも全幅の信頼を置いている。軍政中枢からは、何も聞かされていない。
さすがに、「ファング」への言及は避けたので、「フロロボ」の戦いは大雑把にしか語れなかったが、「カフウッド」の闘い振りは、盗賊団をあっさりと降伏させた戦争巧者のアウラングーゼをも唸らせるものだった。いや、戦争巧者だからこそ、「カフウッド」の凄さが良く分かるのかもしれない。
「ううむ・・それは、恐らく、『カフウッド』の戦術の巧みさだけでは無く、領民や、そのあたりを根城にしている盗賊や傭兵といった『アウトサイダー』なども、相当早い段階から上手く取り込んだ、戦略的な用意周到さが成した戦果でしょうな。」
(うむ・・鋭いな。)
アジタの方も、心中で唸らされる。「ファング」の事など知る由もないアウラングーゼが、限られた情報だけから、かなり実態に近い情勢を一瞬にして推測して見せた。
「しかし、そのような痛烈な敗北や甚大な損害を、この私に隠し立てするとは、総帥を蔑ろにするのも度が過ぎると言うものだぞ。それだけファル・ファリッジも追い詰められている、とも言えるかもしれんが。」
「では、あの弱小軍閥が辺境で起こした反乱が、本当に、現実問題として、軍事政権を揺るがせる可能性が出て来た、とアジタ殿はお考えなのですか?」
「さあ、どれ程の事態が、どれくらい軍事政権を揺るがすものなのかは、ただの政治顧問の身であるわしには分かりかねます。ですが、皇太子カジャ様も万単位の兵を集めて、蜂起なさったと聞きます。」
「な・・なんですって!こ・・皇太子、カジャ様が・・・。2年前の、皇帝陛下の起こされた反乱の折に、行方知れずになられ、御存命の可能性は低いと聞いていたのだが・・・」
「アウラングーゼ殿には、そのような報告しか、なされておりませんでしたか。ですが、皇太子カジャ様は、この2年間軍備を整えつつ潜伏し、『カフウッド』と示し合わせて再蜂起しておいでです。更に、有力貴族のプーラナ・ミドホル卿も万に及ぶ兵を集めて『シックエブ』を覗う構えです。両名がこぞって軍事政権打倒の旗を高々と掲げ、大いに振り回しておいでの状況なのです。そんな折に、『カフウッド』の所領に50万もの兵が注ぎ込まれ、20万が失われています。軍事政権を揺るがせる事態、と言えなくはない、と思いますがな。」
「それは、確かに、揺らぐ可能性は出て来るな。それだけの大部隊を『カウスナ』領に割いているところに、カジャ様やプーラナ殿が数万の軍を率いて攻め寄せれば、簡単には、撃退はできぬだろう。」
簡単には、という表現の中に、それでもまだ、軍政が打倒されるほどの危機を感じてはいない響きがある。「カフウッド」程度の軍閥の反乱が引き金となって起こる事態など、その程度と思われるものなのだった。実際、兵力千程度の反乱など軍事政権誕生以来、無かった年など無かった、と言って良い。珍しくもない出来事だ。
「これでもし、皇帝陛下が蟄居先の『ニジン』星系を脱出あそばし、『グレイガルディア』全域に軍事政権打倒を呼びかけになられたら、どうなるでしょう?」
「そ、そんな可能性が、あるのですか!? 」
ラフィーの顎が落ちた。やはり、皇帝の名声は影響力が大きかった。ここでアジタが、「ファング」や「レドパイネ」の名を出したところで、彼等は何の驚きも見せないだろう。百人程度の傭兵団や弱小軍閥など、彼等には取るに足らない存在だ。
「こ・・この状況で、皇帝陛下が行動を再開なされれば、もう、何が起こっても、不思議ではありませんな。『グレイガルディア』全域で、次々に挙兵する大規模軍閥が現れ、『シックエブ』だけでなく、『エッジャウス』にも大挙して押し寄せるかもしれませぬ。」
アウラングーゼも、恐れるべきは皇帝や大規模軍閥の力だ、と思っているようだ。今さっき、彼自身が「カフウッド」の戦果に対して分析した弱小軍閥と「アウトサイダー」の結束だが、それに軍政を打倒する力がある、とまでは思い至った様子は無い。
「その通りだ。カジャ様やプーラナ・ミドホル卿だけでなく、陛下の集めた兵や、その旗振りに煽られた大規模軍閥までが『シックエブ』に攻め寄せれば、陥落の可能性はかなり出て来る。『シックエブ』を陥落させた戦力が、そのまま勢いを駆って『エッジャウス』にまで進撃すれば、軍事政権が倒される事もあり得る。だが、皇帝陛下が『ニジン』星系を脱出するなど、私には信じられない。あんな『シックエブ』からですら遠く離れた僻地の星系に、カジャ様達の反乱の報が届いているかも、疑わしいですぞ。」
喘ぐようなラフィーの呟きに、アウラングーゼも続いた。
「確か、上南西星団区域でしたな、『ニジン』星系とは。皇帝陛下がご自身で、その星系への蟄居を申し出られるまで、私は名前さえも知りませんでしたが。軍政の拠点である宇宙要塞『シックエブ』のある『ノヴゴラード』星系まで、何十光年もあり、間に数十もの領域を挟むといった、気の遠くなるほど彼方の星系です。」
『グレイガルディア』を9個に分割する星団区域の1つの中に、およそ百の領域がある。「カフウッド」の所領の「カウスナ」領域も、「ファング」がゲリラ戦を繰り広げている「シェルデフカ」領域も、各星団区域に約百個ずつ設定された領域の1つだ。その1つの領域が、3から6の星系を内包している。
異なる星団区域に属し、間に数十の領域を挟んだ、「シックエブ」から何十光年も離れた「ニジン」星系というのは、ラフィーやアウラングーゼにとってみれば、もはや計算に含めなくて良いと思えるほどの、遥かなる彼方だ。そこに皇帝が蟄居すると聞いた時には、「グレイガルディア」のほとんどの住民が、皇帝は政界から永遠に身を引いた、と感じた。
ラフィーやアウラングーゼが皇帝の「ニジン」星系脱出の可能性を受け入れられず、否定的な見解を示すのも、無理はない事だった。
「なぜ、皇帝陛下が御自ら『ニジン』星系に蟄居する、などと言い出したと思うのです?」
意味深な笑みを浮かべながらのアジタの問いかけに、ラフィーとアウラングーゼも新たな驚きを露わにした。
「ま、まさか、そこならば、脱出が可能だったからですか?しかし、『ニジン』星系などというところに、皇帝陛下が影響力を持っておいでになる、など聞いた事は・・・」
「先ほど、アウラングーゼ殿は、『カフウッド』が早い段階から、『アウトサイダー』を巻き込んだ戦略を練っていた、とおっしゃった。そして、『アウトサイダー』は、『グレイガルディア』のどこにでもいる。その数や比率は各星団区域によって差はあると言いながらも、『アウトサイダー』のいない領域も星系もこの星団帝国にはほとんどございません。」
「い、いくらなんでも、それはあり得ませんでしょう。」
ラフィーは、口をパクパクさせるほどの狼狽ぶりだ。「皇帝陛下ともあろうお方が、『アウトサイダー』などと結託する、ということがあり得ると?いや、そもそも、『アウトサイダー』というのは、帝政にも軍政にも属さぬから『アウトサイダー』なのでしょう?両者が接点を有するなど・・」
「いやいや、別に結託とか、接点とか、問題ではありますまい。軍事政権打倒を狙う者は、利用できるものは何でも利用するでしょうし、傭兵稼業をやっている『アウトサイダー』は、金さえもらえば何でもやるでしょう。」
「では、『カフウッド』等の軍政打倒を狙う勢力が、『アウトサイダー』を利用して皇帝陛下に、『ニジン』星系での蟄居を表明あそばされるように仕向けたのですか。そこならば、『アウトサイダー』の影響力で、いつでも陛下を脱出させられるから。」
「まあ、誰が発案して、誰が誰にどんな指示を出したか、までは分かるはずもありませんが、『アウトサイダー』が軍政打倒を狙う者達と結び付けば、何が起こっても不思議ではない、ということです。」
この発言は、無論嘘を含んでいる。アジタは、カイクハルドが皇帝に「ニジン」に蟄居する提案をした経緯を知っている。
「そうですか。『アウトサイダー』の介入で、皇帝陛下は『ニジン』星系を脱出可能になった・・いや、そうでは無く、蟄居と見せかけて軍事政権を油断させる為に、『アウトサイダー』の影響力の及ぶ『ニジン』星系に行く、と陛下はおっしゃったのか。いずれにせよ、皇帝陛下が『ニジン』星系を脱出して軍政打倒の旗をお揚げあそばせば、我々は窮地に陥る。」
ラフィーの呟く様を、モニターの向こうから眺めているアウラングーゼも、激しく思考を巡らせている顔だ。彼の求めるもの、つまり、軍政打倒の可否や、打倒が成るとして、いつどのように、という事の重大な判断基準を、彼は今認知しただろう。皇帝ムーザッファールの動向が、最も大きな鍵を握る事になる。「ベネフット」ファミリーの存亡や盛衰も、ラフィーへの忠義を維持できるかどうかも、皇帝の動き次第と言って良い。
「それにしても、『アウトサイダー』の影響力というのを、我々は過小評価していましたな。アジタ殿には以前から、彼等への目配りや気配りの重要性を、何度もご教示頂いて来たのに、我々はどうしても、そちらに意識を向けられずにいた。『アウトサイダー』を蔑ろにして来た我々が、『アウトサイダー』の為に命運を断たれるとしても、それは自業自得というものでしょうか。」
自戒の籠ったラフィーの言葉に、アジタは神妙な顔つきで頷いて見せたが、内心では嬉しく思う気持ちもあった。皇帝の事ばかりが気になって当然の場面で、「アウトサイダー」の存在にも意識を振り向けてくれたラフィーの感性が、彼には眩しかった。
「しかし、『アウトサイダー』にまで意識を向けろ、というのは厳しすぎる要求です。」
モニターの向こうから、アウラングーゼが不満気な声を上げる。「ラフィー閣下は軍事政権の総帥であらせられるのですから、軍政の外側より、内側の者達の事を考えるのが先決です。その内側の者達ですら、ファル・ファリッジ達の専横のおかげで、気を配り切れてないのですから、『アウトサイダー』にまでは、手は回りますまい。」
自己否定気味のラフィーを擁護したいアウラングーゼの気持ちも分かるだけに、アジタはできる限り穏やかな口調を心がけながらも、言うべきは言わねばならないと思った。
「軍事政権は、『グレイガルディア』の統治を皇帝から引き継いだはずです。そして、『アウトサイダー』も『グレイガルディア』の住民です。彼等は軍事政権の外側にいるのではなく、軍事政権が彼らを外側だと決めつけて、蔑ろにしたり虐げたりしているのではないですかな。」
「うむむ・・」
腕を組んで、唸り声を上げながら、アウラングーゼは考えに沈み込んで行った。
今回の投稿は、ここまでです。次回の投稿は、'18/11/10 です。
ここでもまた、今までに出てきたことの繰り返しみたいな話が多く、今回の話の中でも、同じことが繰り返されていて、読んでいてまだるっこしかったかもしれません。アジタとラフィーとアウラングーゼの関係性や、それぞれの置かれている立場というものを、何とか理解し記憶にとどめて頂こうと思うと、作者の筆力では、どうしてもこうなってしまうのです。超一流の小説家の先生方ならば、もっとシンプルな文章でそれを実現なさるのかもしれませんが、作者はいまだ若葉マークですので、ご容赦頂きたいです。上記3人が、互いに親愛の情や信頼感を寄せ合いつつも、それぞれが重いものを背負っていて、腹を割って話をするわけにもいかない、という感じをくみ取って頂ければ、幸いなのですが。そして、軍事政権もいよいよ、"尻尾に火が付いた"状態になりつつあるということも。「ファング」や「カフウッド」が勝つか負けるか、だけではない物語の味わい方というのを表現して行こう、と頑張っているつもりの作者です。というわけで、
次回 第42話 アジタは悩み、ビルキースは悼む です。
「ファング」が軍政打倒の戦いにより深くはまり込んで行く中で、色々な人の事情や想いというものを、読者様には踏まえて頂きたいので、もうしばらく話があちこちに飛びます。面倒くさいと思われる方もおられるかもしれませんが、新たな楽しみを見出して頂ける方もおられるかもしれません。戦闘シーンなども今後出て来ますので、そういうのがお好みの方も今しばらくご辛抱頂き、読み続けて頂きたい、と切に願っております。




