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銀河戦國史 (アウター“ファング” 閃く)  作者: 歳越 宇宙 (ときごえ そら)
第3章  攪乱
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第40話 軍事政権の内実

 今回のような感じで、シヴァースは時々「ファング」の手を焼かせていたが、クンワール・カフウッドの闘い振りは対照的に、いたって堅実なものだった。勝てる相手を冷静に見極め、慎重に安全を確認した上で、疾風のような一撃離脱を食らわせる。戦果は求めない。戦利品を期待しない。後方攪乱だけに専念する。そんな方針が、彼の闘い振りには徹底的に貫かれていた。

 後方攪乱の成果としては、「ファング」よりクンワール部隊の方が相当大きかったはずだ。千の手勢と戦闘艦9艦を効率よく運用すれば、百隻の戦闘艇しかない「ファング」には真似のできない規模の活動が可能だから。

 皇太子カジャやプーラナ・ミドホルの前に手頃な獲物を誘き出す、という作業も、クンワールは忠実にこなしていた。糧秣不足に悩む敵を誘き出すのは比較的簡単で、両雄の潜む「ピラツェルクバ」領域と、クンワールの暴れる「シェルデフカ」領域との境界宙域で、憐れな軍閥の徴発部隊等が何度も餌食になった。

「ご苦労な事だな。大して手柄にもならない作戦を粛々と進める一方で、皇族や貴族の我儘にもきっちりと付き合ってやって、頭が下がるぜ。」

 集落の一つでクンワールと落ち合った時の、カイクハルドの彼への(ねぎら)いの言葉だ。

「御両人の名声の、軍政打倒の戦いにおける重要性を考えれば、この仕事も無下(むげ)にはできぬ。時折、御両人が『シックエブ』に繰り出す動きを見せて下さるのも、軍政に対して効果的なアピールになっている。より多くの部隊を『バーニークリフ』に引き付けられている。」

 生真面目な男が生真面目な顔で、生真面目に語る。筋骨隆々の体躯までが、フォーマルな装いに見えて来る。

「で、肝心の『バーニークリフ』の戦いは、どんな具合なんだ?」

「順調だ。」

 カイクハルドの問いに、クンワールは胸を反り返らせた。「飢えに耐えかね、要塞内の備蓄物資を掠奪しようと夢中で群がった敵を、奇襲攻撃で潰走に至らしめたぞ、兄上は。」

「またかよ!」

 カビルは口をあんぐりさせる。「確かもう、3回目じゃねえか?軍政の征伐隊が、そんな間抜けな負けっぷりを見せるのは。」

「いや、5回目だ。」

 呆れた口ぶりの感想を受け、更に胸を反り返らせてクンワールは答えた。彼は、兄の戦果を報告する時には、一番誇らしげな顔を見せる。普段は生真面目に固まった頬の肉が、兄の自慢をする時だけは、ゆるゆるにほころぶ。

「そんなにも阿呆なものなのか?軍政の征伐隊っていうのは。同じ負け方を、5回も繰り返すなんて。」

「全く同じでも無いぞ。要塞に突入してから、掠奪に夢中になるまでの時間は、だんだん長くなっている。初戦では、突入から3時間で掠奪を始めたが、5回目では、突入から3日後だった。それに、兄上の方から攻勢に打って出たケースもあるから、同じ事だけを繰り返しているわけでもない。潰走して、少し距離を置いたところで態勢の立て直しに追われている敵に、一撃離脱の速攻攻撃を仕掛け、それも兄上は成功させている。」

「ダメージが広がる一方だな、征伐隊の方は。」

 カイクハルドは同情気味の苦笑を浮かべる。「痛い目にあわされ、逃げ帰って来てほっと一息付いたところに、一撃離脱の速攻を食らうんだものな。冷静な思考も、しっかりした軍備も、いつまでたっても整わない状況だろうな。」

「それでもやっぱり、同じような攻略戦を繰り返すんだな。」

「それはそうさ、カビル。敵の糧秣不足は深刻な域に達してる。幹部クラスですら腹いっぱいは食べられねえし、末端の兵には、飢えや病気で戦えない者も出て来ているらしいぜ。要塞を攻略して食料を手に入れなきゃ、奴等に明日はねえんだ。なあ、クンワール。」

「うむ、そうだ。それも全て、作戦通りだ。飢えさせた敵を、食料がたっぷりと蓄えられている無人の要塞に引き込めば、必ず、拙速な攻撃に打って出た挙句に掠奪に夢中となる。敵も、掠奪に夢中になってはならん、と理屈では分かっているのだろうが、空腹で理性を欠いた頭ではどうにもならないのだろう。分かっていても嵌ってしまう、それが、究極の罠というものだ。」

 カイクハルドに向かって、満足そうに何度も頷くクンワール。

「究極にタチの悪い罠、ってヤツだな。同じ失敗を何度繰り返したとしても、掠奪を止める事はできねえだろうな、軍政の征伐隊は。」

 想像を巡らせるように、カイクハルドは話し続けた。「掠奪を始めるまでの期間は徐々に長くなって行ったとしても、結局は誰かが、空腹に耐えきれずに掠奪に向かってしまう。1人が向かえば、1人占めにされてたまるか、と次々に掠奪に向かう者が出て来て、いつしか全軍が掠奪に夢中になっている。仲間同士でも奪い合いや脚の引っ張り合いが生じ、同士討ちの殺し合いに発展するところも出て来る。」

「そこへ、プラタープの部隊が奇襲をかけるのか。何回同じ目に遭っても、敵は学習する事無くそれを繰り返すのか。」

 カビルはまだ、納得し難い様子だ。

「全く同じ人間が、同じ間違いを繰り返しているわけでもない。1回目の潰走で打撃を受けた軍閥は多分、直ぐには要塞攻略には参加できない。態勢を立て直す暇が必要だろうからな。」

「つまり」

 カイクハルドが、プラタープの説明を継いだ。「2回目の攻略には、1回目で痛い目を見た奴は参加しておらず、後方に控えていた別の奴が前に出て来るって事か。この5回は常に、攻略の先鋒を務めるのは初めての軍閥が、要塞内に踏み込んで来てたんだな。」

「痛い目を見たのに、学習できてないわけじゃなく、痛い目を見てない奴が順番に、要塞攻略に繰り出して来ている状態なんだな、今のところは。仲間同士での情報共有、なんて事も、阿呆な征伐隊には、できてやしねえだろうしな。」

 カビルも、ようやく納得できたようだ。

「だから、そろそろ敵も違う動きを見せるはずだ。24あるセクションを飛び移りながら兄上は、敵から部隊を隠しつつ、敵が掠奪に夢中になるのを待ち、そうなったのを見極めて奇襲に出る、という事を繰り返している。だが、大規模な敵がその気になれば、24のセクション全てに、一斉に攻略部隊を繰り出す事もできるはずだ。その手で来られれば、これまでのように部隊を隠し切れなくなる。」

「そろそろ、そういう動きに出る頃だって事か。」

 今度は直ぐに、クンワールの説明に納得したカビル。「そうなりゃ、『バーニークリフ』は()ちるのか?」

「うむ、『ギガファスト』に撤収する事になるだろう。勿論、何もせずにでは無く、できるだけ多くを討ち取った上で、だがな。食料等は『ギガファスト』に持ち去り、代わりに時限爆弾を残して行く。敵が掠奪に踏み込んで来るや否や、爆発するように仕掛けてな。」

「それもまた、タチの悪い罠だな。」

 苦笑いのカイクハルド。「これまでの戦いで、要塞の施設内に踏み込めば食料が手に入る、って思い込ませておいて、今回だけは、食料ではなく時限爆弾が待ってる、って手筈か。糧秣不足で腹ペコの敵は、まんまと引っかかるだろうな。それに、軍閥同士の連携もできてねえ奴等の事だから、24のセクションの1つでそれが起こっても、他のセクションに向かった軍閥に報告が届いて、注意喚起が成される、って事もねえだろう。掠奪に向かった全ての部隊が、同じ罠の餌食になるのだろうな。そんな間抜けなやられ方で、万単位の兵を失うだろうぜ、敵は。」

 それで命を失う兵のほとんどは、下層集落から無理矢理連れて来られた領民達だ。一番弱い立場の者が、一番飢えているに決まっている。家族から引き離され、戦場に駆り出され、飢えや病気に散々苦しめられた挙句、阿呆な作戦で間抜けな死を迎えさせられる。

 国の上層でふんぞり返っている連中が勝手に始めた戦争に付き合わされ、下層民はそんな惨めな死で、1つだけの命を虚空に散らせて行く。兵達の帰りを、信じて待っている家族もいるだろうに。

(「ファング」のパイロットには、死ぬにしても、敵に歯向かって目いっぱい戦った上で死なせてやろう。憎たらしい権力者共の前で、暴れに暴れて、豪快に華々しく散らせてやろう。)

 心の片隅での誓いですら、カイクハルドにはそんな事しか思えない。命の保証など、誰にも与える事はできない。命を奪わない約束は、誰にもできない。戦乱の世の(ことわり)だった。


「そう。あの時、私達の催した宴に参加された方々も、全員亡くなられたのね。」

 「ラストヤード」の戦闘艦の片隅で、ビルキースは呟く。マリカから最新の情報がもたらされ、「バーニークリフ」の施設に掠奪の為に入り込んだ数万の兵が、時限爆弾の餌食となって虐殺された事を知った。

「プラタープ殿は、『ギガファスト』に撤退したそうよ。」

 マリカは、軍政打倒に有意義と思える情報を口にしたが、ビルキースの関心はそちらには向かなかった。

「私のお相手をして下さった方々も、皆、お亡くなりになったのね。」

 一般の兵にも、彼女達の情報収集の手は伸びている。上層の将兵には、娼婦として有償でサービスを提供しているが、下層兵には「お国の為に戦っている兵士様への、心ばかりの慰問です」などと言って、無償でサービスを提供していた。

 不本意に戦争に巻き込まれて死んで行った兵達に、ビルキース達の肌がどれ程の慰めになったかは分からなかったが、弔いにはなるであろう一筋の清純な涙が、ビルキースの頬には伝っていた。

「仇を討ってもらった事が、そんなに嬉しいか。」

 ターンティヤー・ラストヤードは、例によって彼女の涙を誤解した。「お前の故郷を壊滅させた似非支部は、この私の部隊が、粉微塵になるまで叩き潰してやったからな。わっははは。」

 「ラストヤード」の部隊が似非連邦支部を撃破する様を、ビルキースは間近で見物する事ができた。戦闘艦の航宙指揮室に同伴して欲しいとの願いもあっさり叶えられ、兵達に混ざって、ターンティヤーの傍に(はべ)って、ビルキースは観戦した。

 勇猛でも直線的な闘い振りは、カイクハルドやアジタが予想した通りのものだった。圧倒的戦力差がありながら、テトラピークフォーメーションで敵を包囲する事もなく、弱点を見つけて集中砲火を浴びせる事もせず、1方向のみから力任せに圧迫する攻め方は、横から後ろから回り込んでの反撃を、何度も受けた。

 それでも、そんな反撃を軽々と跳ね返すだけの打撃力を、「ラストヤード」の部隊は見せつけた。同等の戦力で正面からぶつかり合えば、「ラストヤード」に(かな)う者は滅多にいないだろう。

 「ファング」であっても正面からぶつかれば、「ラストヤード」の小型戦闘艦がたった1艦だけだったとしても、無傷で撃破する事は難しい、と思える。

 だが、カイクハルドなら、「ラストヤード」と正面からやり合う、などという愚は犯さないはずだ。直線的な戦いから見出される彼の性格を考えれば、罠に嵌めるのは簡単そうだ。

 プラタープが「バーニークリフ」でやったように、「ファング」が「ロンウェル」を壊滅させたように、上手く罠に嵌めて戦力を無効化すれば、「ラストヤード」は、その強さに関係なく、簡単に倒されてしまうだろう。

 ビルキースはそんな強さと(もろ)さを、「ラストヤード」の闘い振りに見出した。それは既に、マリカによってアジタにもカイクハルドにも報告された。

「それにしても痛快な戦いでしたな、棟梁殿。我が軍の猛攻の前に、向かって来る敵はことごとく撃破され、いち早く逃げ出した者だけが生き延びる事のできた戦いでした。」

 バフート・ラジベースが誇らしげに、(あるじ)に声をかけた。骨ばった顔立ちが、自他共に傷付ける事を(いと)わぬ獰猛さを感じさせる。

「似非支部に捕らわれていた憐れな民達も、多く救ってやることができた。皆、故郷の集落に帰れるように手配してやろう。飢えた者には食料を、病んだ者には医療を提供した上でな。」

 ターンティヤーの言葉にビルキースは、取り繕ったような偽善は感じなかった。似非支部に捕らわれていた者達への、心からの同情やいたわりが感じられる。本質的には、善意に溢れた男なのだろう。

 だが、本当に捕らわれている者達を救ってやりたかったのならば、似非支部の連中に逃げ道を与えないようにテトラピークフォーメーションで包囲した上で、似非支部を攻略する必要があった。一方向からのみの攻撃で逃げ道を与えてしまったために、多くの捕らわれの者が、似非支部の構成員達に連れ去られる事になった。

 連れ去られた者達には、今まで似非支部施設の中に捕らわれていた時以上に、過酷な運命が待っているに違いない。窮地に陥った連中に捕らわれている者は、安定した連中に捕らえられている者よりも、扱われ方が残酷になるものだ。ターンティヤーは、多くを救ったつもりで、多くをより不幸な状態に陥れている。そしてその事に、全く気が付いていない。

 心優しく、その眼に映った憐れな者にかける情は持っている男ではあるが、その眼に映らない所にも憐れな者がいる事に気が付く、想像力も洞察力も無かった。連れ去られた者の中に、救出された者の家族などがいたとしたら、救出してやった者にも悲しみや苦しみが訪れる。本当に誰かを救う為には、救うべき対象の実像や全体像の把握が欠かせない。阿呆には誰も救えないのだ。

 が、ターンティヤーの思考は、そんな事には及びもつかないだろう。直接目に映らないものを認識する能力は、致命的に不足している。

「それにしても、良かった。本当に良かった。不幸な民を沢山救ってやる事ができて。これもビルキースが、悪行を重ねる似非支部の情報を、教えてくれたおかげだ。礼を言うぞ、私に、こんなにも名誉な世直しの機会を与えてくれて。」

 愚かで優しい大軍閥の棟梁にビルキースは、宴席において惜しみない笑顔を与え、そしてベッドルームで、喜びの全てを与えてやった。2度の祝砲を撃ち終えたターンティヤーは、饒舌(じょうぜつ)だった。「バーニークリフ」で大敗を喫した味方部隊を、したり顔で評した。

「あんな腰抜けを寄せ集めただけの連中と共に戦ったのでは、勝てる(いくさ)も勝てぬようになる。軍政中枢のお歴々は、そんな事も分からんらしい。しばらくの間は『ラストヤード』ファミリーは、直接『カフウッド』の征伐に参加するつもりは無い。軍政中枢の、能無し共が選んだ腰抜け連中に、やりたいようにやらせておけば良いのだ。」

「でもそれでは、ターンティヤー様が、軍事政権のお偉方から叱られてしまうのではありませんか?名門軍閥である『ヒューブッド』の御曹司が率いる大部隊も、もうすでに、ほとんどが『バーニークリフ』に向かって進発して行かれたのに、『ラストヤード』ファミリーだけが未だにこの『チェルカシ』星系に残っておいでになるなんて。」

「あはは、馬鹿だなビルキース。こうして『ラストヤード』ファミリーは、途中までは征伐に出向いて来ておる。そして、『カフウッド』の籠る要塞にも攻撃が加えられている。大局的に見れば、征伐戦は着実に実施されておるのだから、細かい個々の軍閥の動きなどにまでは、軍政中枢のうつけどもには見えておらぬのだよ。あんな能無しどもの目を誤魔化す事くらいは、このターンティヤーにはお手のものなのさ。」

「そういうものなのですか?でも、お手柄を他所の軍閥に取られてしまうのは、口惜しくはないのですか?」

「良いのだ。あんな連中に上げられる程度の手柄ならば、我が『ラストヤード』が欲しがる程のものではない、ということだ。奴等が追い払われて逃げ帰って行った時にこそ、我等『ラストヤード』の出るべき場面が訪れた事になる。我が『ラストヤード』が一丸となって向かえば、あの腰抜けの大軍が束になっても敵わなかった相手を、一撃のもとに砕けるのだ、という事を証明してみせるさ。だから、腰抜け連中がまだ『バーニークリフ』に貼り付いている間は、我等の出番では無いのだ。」

 ターンティヤーは、「バーニークリフ」が放棄され、プラタープは「ギガファスト」に後退した、という戦況を知らないらしい。が、その事も、あまり彼には興味は無いだろう。大部隊が「カフウッド」征伐に貼り付いている間は、彼はそれに加わるつもりは無いのだから。

「しかし、もし手柄を立てる機会もなく『カフウッド』が征伐されてしまっては、『ラストヤード』ファミリーに対する、軍政の心象が悪くなりは致しませんか?」

「心配性だなあ、ビルキースは。我等が『ラストヤード』ファミリーは、そんなに軍政の顔色を気にせねばならぬほどの、弱小軍閥では無いのだぞ。手柄の一つや二つ逃したくらいで、立場が揺らぐ事は無い。それに、我等の力を軍政に知らしめる機会など、これからいくらでもあるわ。一つの戦役でせせこましく手柄を取りに行く必要など、我等が『ラストヤード』ファミリーには無いのだ。」

 勇猛で自尊心が高く、それでいて慈悲深い。ビルキースに対する物腰も、穏やかで紳士的だ。女を軽んじたり蔑んだりする気配も、微塵も見られない。生まれたままの肢体を抱きしめている手付きも、彼女に不快な想いは与えない。一個人としては、親しみの持てる好青年と言える。平時ならば、良き友人にも恋人にも、成れたかもしれない。

 だが、視野は狭く、考えは浅く、単純で直線的だ。軍政打倒の中心的な存在とするには頼りなく危なっかしい、と思える。軍政への反感は抱きつつも、軍政を打倒しようという意志も、彼の言動からは感じられない。

 戦いが進んで行く中で「ラストヤード」が今後どういう行動をとるか、どういう役割を担うか、どこまでの力を発揮するか、予測する事は困難に思えた。

 ビルキースは、見たまま、感じたままのターンティヤー・ラストヤードを、彼女の情報を心待ちにしている者達に伝えるしかない、と彼の腕の中で考えていた。

(御免なさいね、こんな中途半端な情報で、カイクハルド。それから、アジタ。)


「アジタ殿!」

 聞こえて来た声に、呼ばれた男は思わず頬を緩めた。「わざわざ、こんな討伐行にお出ましになられなくても。危のうございますぞ。」

 溌剌(はつらつ)とした声は、ラフィー・ノースラインのものだった。名目上とはいえ、この国の治政において最高位に就く若者だ。真っ直ぐに彼を見つめ返して来る視線には、清々しいまでの誠実さが(ほとばし)っている。

「危ないということは、ありますまい、ラフィー閣下。軍事政権総帥ともあろうお方の座乗艦ですぞ。この『グレイガルディア』の最高権力者のお傍ですからな、これ以上安全な場所などございませぬ。」

 戦闘艦の航宙指揮室には不釣り合いの、カーキ色のローブを深々と羽織った、いがぐり頭のアジタが、軍事政権総帥ラフィー・ノースラインと握手を交わした。

「あははは」

 快活な若者なのだが、アジタの発言に対しては自嘲気味の笑い声を上げた。「そう言って下さるな、アジタ殿。私など、ただのお飾りの総帥。軍事政権の実権は、完全に前総帥の家宰であるファル・ファリッジに握られているのです。そうでなければ、最高権力者が盗賊ごときの討伐に自ら出向くなど、あり得ませんぞ。あははは。」

 自分から申し出て実行しようとしている、盗賊の討伐にも、彼は自嘲の眼を向けている。大部隊を「カフウッド」の征伐に向かわせている今、近隣の盗賊を取り締まる戦力が無い、との陳情を受け、迷う事無く自身の出撃を提案した。ある意味では、最高権力者の鑑とも見える行動だが、政治の実権を掌握できずにいる自身の不明の現れだ、とこの若者は自戒しているのだ。

「そう、自身を卑下なさいますな。反省すべきは前総帥であるアクバル・ノースラインであり、その家宰でしかない身分でありながら政権を牛耳り、専横を(ほしいまま)としている、ファル・ファリッジなのです。総帥の意の及ばぬところで国家の大事を決め、財力で買収したり、権力や暴力で脅迫したりして、役人どもを従わせておる。いくらなんでも、ファル・ファリッジの所業は目に余る。それを、主人でありながら見逃しているアクバル・ノースラインも、責任感が無さ過ぎる。困ったものだ。」

「それも、私の能力が至らない為だ。」

 口元には爽やかな笑顔を湛えながらも、若者は目の奥を曇らせた。「ファル・ファリッジの意のままに動く事のない、誠実で意欲のある者を発掘し、育成し、政務の要所に付けていく事が私の使命であるはずなのだが、全く力が及ばない。行動力も説得力も、ファル・ファリッジが常に一枚上手なのだ。」

「そのような事はありませんぞ。ただ、ファル・ファリッジの方がずいぶん先に生まれ、ずいぶん先に政界に躍り出ただけです。あなたが総帥の座に就いた時には、役人の大半が奴の軍門に下っていた。この状況から味方を獲得するのは、生半可な事ではありません。でも、あなたはそれに挑戦なされておる。」

「結果を残せねば、何もしていないのと同じです。総帥という要職を負ったからには、結果を出さねば・・。あなたにも、ご迷惑をおかけしておることでしょう。」

 口元の笑みも徐々に失われて行き、ラフィー・ノースラインの表情は、硬いものへと変貌して行った。

「迷惑と言うのとは、ちと違いますかな、ラフィー殿。私が政府中枢の、政策決定の現場に居合わせられぬようなら、銀河連邦は軍事政権を通じての『グレイガルディア』への支援を取りやめなければなりません。」

「銀河連邦本部は、軍事政権を見放す決定をしたのでしょうか?」

「いや、まだ決定までは・・。ただ、本部から派遣されたエージェントが政策決定の現場に居合わせ、それなりに意見が尊重され、質問にも真摯に答えて頂ける、という状態が求められます。総帥であるあなたの傍に置いている事でその要件を満たしている、とファル・ファリッジは言い逃れをしておるが、政策決定があなたのいないところで成されているのならば、軍事政権は銀河連邦との約束を反故(ほご)にしている事になる。このままでは、いずれ遠からず、銀河連邦は軍事政権と手を切る事を、検討しなければならなくなります。」

「銀河連邦に見放されては、軍事政権は破滅するでしょう。連邦から供与されている資源採取や物資生産の技術を、軍政から各軍閥、そしてその所領内にある各集落に普及させている事が、軍事政権の権威の源泉になっているのです。『グレイガルディア』では生産不可能な機器や設備等を連邦経由で軍政が入手し続ける事も、我々の統治の維持には欠かせません。それらが無くなれば、多くの軍閥の離反を招き、軍政は滅びる。」

「ふむ。だが、軍政の滅亡も、『グレイガルディア』に深刻な混乱を招きかねない。それもまた、我々の望むところでは無い。銀河連邦は『グレイガルディア』の全ての民の安寧の為にこそ、統治者に法の支配や人権尊重を求めているのです、ラフィー閣下。そしてそれを担保するために、エージェントに政策決定への関与を要求している。」

「それは、よく分かっています、アジタ殿。軍政を倒す事も『グレイガルディア』に混乱を招く事も、銀河連邦は望んでいない。軍政の下で、法の支配や人権尊重に則った統治が行われる事が、銀河連邦の要求なのだ、というのは。」

「ええ、あなたは、分かっていて下さっています。が、現在、統治の実権を握っているファル・ファリッジは、銀河連邦を邪魔者だとしか考えておらぬ。彼等が『グレイガルディア』を自分達の利益と繁栄の為だけに利用するのに、銀河連邦の要求する法の支配や人権尊重は、邪魔以外の何ものでもないのでしょう。」

「はい。それが『グレイガルディア』に多くの悲劇をもたらし、民を困窮に陥れています。この状態が続くのと、軍政が倒れる混乱と、どちらがより悲劇的か、という事になりましょうか?」

 真摯に問いかける視線が、アジタの目を射抜く。

「そうですな、目先の混乱や悲劇の大きさも、重要でないとは申せません。ですが、行く末にどんな治政が待っているか、という事も考えなければなりません。」

「つまり、軍政がこのまま続いた場合と、軍政が倒れて新たな統治者が生まれた場合の、いずれがより、法の支配や人権尊重に則った統治が敷かれ『グレイガルディア』の民を幸福にできる治政が行われるか、という事を考えているわけですね、あなたや銀河連邦は。」

「うむ。軍事政権も、何代か前の総帥の頃には、強力なリーダーシップのもとでなかなかの善政を敷いておった、と聞く。自身には清貧を旨とし、民には寛容を持って接する。法の支配や人権尊重にも前向きで、銀河連邦も期待を持って見守っていた。だが今の、ファル・ファリッジに実権が握られた、上層民の繁栄のみを旨とした治政では、民は救われん。と言って、軍政が倒れた後、民にとって望ましい為政者が現れるものか。」

「帝政が・・・皇帝ムーザッファール陛下がどれ程の統治能力をお持ちか、という事ですか?」

「軍政が倒れた後、帝政がすんなり実権を回復するかどうかも、よく分からぬし、皇帝ムーザッファールがどのような人物かも定かでは無い。が、多くの民の信奉が皇帝に集まり、皇帝親政を望む者達の動きが軍政を打倒する程の勢いを持ったのならば、銀河連邦としても支援の対象を、軍政から帝政に切り替えなければならないでしょうな。」

「百年余り前に、帝政から軍政に切り替えた時のようにですか?」

「むう・・。そうやって、支持する相手をあちらこちらに切り替えておるような事も、望ましいやり方では無いのだがな。百年前にも、帝政に統治を任せていてはダメだ、と判断して軍政に期待をかける決意をしたのだから、そう簡単に軍政を諦めるわけにはいかんのだが。」

「悩ましいところなのですね、銀河連邦にとっても。そして、そこから派遣されているエージェントである、あなたにとっても。軍政の総帥としては、何としても連邦の支援を維持し続けたいところなのですが、私はお飾りにされており、実権はファル・ファリッジに握られている。彼等は、分かっているのでしょうか?このままでは、軍事政権は破滅だ、という事が。」

「生まれた時から当たり前に保持している権力の破滅など、なかなか現実の問題として、認識できぬのでしょうな。適当に私の機嫌を取っていればどうにかなる、と楽観的に考えている様子なのだ。昨日も少し、話をしましたがな。」

「ほう?どのような。」

「うむ。わしの知らない所で決定された政策が実施されておるようだ、と指摘したのですが、政策決定は全て、総帥であるラフィー・ノースラインのもとで行われており、ただの家宰の身分でしかない私には分かりかねます、などとぬかしおった。ラフィー閣下の傍に侍っておるなら、政策決定の場には居合わせていたはずです、とか、役人の手違いで閣下の決定とは違う政策が実施されてしまったのかもしれぬ、とか。役人が勝手に、私の意向を忖度(そんたく)した結果なのかも、などともぬかしておったかのう。」

「糞っ!、あの男っ!ぬけぬけと、そんな事を・・。そうやって、のらりくらりと言い逃れていて何とかなる、と思っておるのか。愚かな。」

 話し込む内に、挨拶を交わした頃の爽やかな雰囲気は、すっかり消し飛んでしまった。

「おや、申し訳なかったですな。せっかくの爽快な出陣の時でしたのに。今は、(まつりごと)を語る時ではありませんでした。総帥自ら勇敢にも、盗賊の討伐に乗り出そう、という晴れの時です。爽やかに参りましょうぞ。」

 アジタの言葉に、ラフィーは再び口元に笑みを浮かべて見せたが、見ている方が痛々しく感じる程の、無理に作った表情に仕上がっていた。

今回の投稿は、ここまでです。次回の投稿は '18/11/3 です。

ここへ来て、軍事政権側のラフィー・ノースラインや、そのそばに侍っているアジタが登場してきました。軍事政権側の状況を読者様に強く印象付けたいがために登場させたわけですが、内容的には目新しい情報があるわけでもありませんでした。記憶力の良い読者様におかれては、ファル・ファリッジが実権を握っているとか、ラフィー・ノースラインはただのお飾りというのは、"おさらい"でしかなかったと思います。軍事政権の中にも、こういう誠実で善良な人物もいるってあたりを抑えていただければ、作者としては嬉しく思います。この物語が下敷きにしている古典作品をご存知の方はお気づきかもしれませんが、ラフィー・ノースラインもファル・ファリッジも、それに登場する人物に対応しています。状況を見ると、なんだか現在の現実の日本とオーバーラップするものがあり、政権与党には不満がありつつも、その与党内にも期待できそうな人物はいて、一方で野党は、政権を任せるには不安がいっぱいで、どっちを支持すればいいのやら、というのが頭に浮かびます。作者も書いていて、ずっとそのことが頭にあったわけですが、そうはいっても現実に引っ張られてできあがった設定ではなく、古典に出てくる設定を反映させたものです。そう考えると、こういう状況って、古今東西、普遍的にあることなんだなって思えてきます。今いる会社の経営陣には不満だらけだけど、幹部の中に尊敬できる人がいないわけでもないし、ほかの会社に乗り換えるのも不安が大きいし、なんて状況も、似たようなものかもしれません。支持政党をどうしようか、転職するべきかどうか、なんて現実的な問題が、古典を下敷きにしたSFとオーバーラップする、っていう状況を、個人的には面白く感じています。とにかく、今回出てきた人の名前や、置かれている状況などは、今後の話を楽しんで頂く為には必要だと思われますので、是非ご記憶頂きたいです。よろしくお願いします。というわけで、

次回 第41話 名門軍閥棟梁の葛藤 です。

次回も、アジタの視点を通じて軍事政権側の状況が描かれます。本文中でも何度も言及していますが、軍政内部からの反乱の動きが、「グレイガルディア」内戦において決定的な要素になりそうなので、是非ご注目頂きたいです。覚えておいて頂きたい人名や、その立場・状況というものも描かれます。お見逃しなく!

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