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銀河戦國史 (アウター“ファング” 閃く)  作者: 歳越 宇宙 (ときごえ そら)
第3章  攪乱
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第39話 大軍・邀撃・逡巡

 思わぬ危機を引き連れて駆け戻って来た男に、カイクハルドは不機嫌な口調でまくしたてた。

「シヴァース、対艦用のミサイルを敵の出現予測ポイントに、ありったけ撃ち込んで置け!タキオン粒子に触れないような軌道で撃ち込むのを、忘れるな。」

「わ、分かった。」

 タキオン粒子に触れた物体は反物質化し、周囲の通常物質と対消滅してしまう。タキオン粒子を中和できる「ラディカルグルーオンジェネレーター」と呼ばれる装置の影響範囲にある物体のみ、反物質化を逃れつつ超光速移動の恩恵だけを享受できる。

「第2戦隊、ドゥンドゥー、敵の予測出現ポイントとシヴァースの部隊の間で待機。敵がそっちに向かうようなら、できる限り食い止めろ。良いか、できる限り、だぞ。」

「応。」

「残りの第1と3・4・5戦隊で、テトラピークフォーメーションだ。大きく敵を取り囲め。」

「応。」

「ああ。」

 切迫した状況ほど、(いら)えは不愛想になる。

 カイクハルドがキーボードから入力して指定した座標に、「ファング」の第2以外の戦隊が急行する。恐るべき加速と旋回で、速やかに包囲が完成する。

 「ファング」とシヴァースの部隊が放った百発程のミサイルは、敵の出現予測ポイントの近くをクルクルと飛び回ってる。タキオン粒子にぎりぎり触れない位置で、敵を待ち構えている。敵が出現するや否や、突進して行く事になる。その攻撃に関しては、敵には躱す術は無いはずだ。

「後は、どれくらいの戦力が出て来るか、だな。」

 待ち構えつつ、カビルの呟きをカイクハルドは聞いた。

 肉眼で見れば、タキオン粒子の軌道上には、深い紫をした光の帯が見えたかもしれない。タキオン粒子そのものではないが、タキオン粒子の軌道上は、人の眼にはそんな風に映る。が、カイクハルドはレーダー用ディスプレイを見ている。戦闘艇から、外の景色を肉眼で見る術は無い。眼で見る景色など、宇宙での戦闘には必要なかった。

(どんな戦力が飛び出して来るか。)

 ジリジリして待つ。それによっては、全く勝ち目が無い窮地もあり得る。その場合は、シヴァースの部隊は置き去りにして、「ファング」だけでも逃げ延びるつもりだ。こんな所にノコノコ戻って来る馬鹿の為に、死んでやる義理は無い、とカイクハルドは自身に言い聞かせた。自分一人ならともかく、「ファング」の百人のパイロットの生命と、「シュヴァルツヴァール」や根拠地にいる連中の命運も、彼の肩にはかかっている。

 シヴァースの為に死んで、ラーニーやナワープの命運まで尽きさせるわけにはいかない。勝てない敵だと判断したならば、置き去りを決意しなければいけない。その覚悟を自身に迫りつつ、レーダー用ディスプレイを睨み続ける。

「出た!」

 カビルの叫びが聞こえると共に、カイクハルドの眼にもその様子が飛び込んで来る。レーダー用ディスプレイに敵影が、他のディスプレイにも各種の敵情報が表示される。

「大型1、中型3、小型5、空母2」

 声に出すカイクハルド。言わなくても、全員がディスプレイで確認しているはずの情報だ。

 熱源パターンや重力波観測による質量計測などから、コンピューターが瞬時に照合を実施し、敵戦力の詳細は判明する。その観測と解析は、各戦闘艇のセンサーと戦術コンピューターで十分やれる。

(やばい規模の戦力だな。)

 カイクハルドに、瞬時の迷いが生じる。普通にやり合えば、勝ち目のある相手では無い。シヴァースの部隊を守りながらでは、逃げるのも不可能だ。シヴァース共々、全滅は必至だ。そうなるくらいなら彼等は置き去りにして、自分達だけが逃げ延びようとするべきだ。

 だが、百発のミサイルが、未だ迎撃態勢の整っていない敵に殺到している。それの戦果を見届けてから逃げるかどうかを決定しても遅くはない、と判断した。

 全弾命中した。敵は恐らく、レーダーでそれらを捕える事もできない内に、ミサイルの集中砲火を浴びた。全艦が、あらゆる方向からミサイルを撃ち込まれた。

「中型1と小型3が、何にもしねえ内に大破しちまったな。それ以外も、無傷のやつは、一つもいねえ。」

 カビルは、戦いたがっているのが丸分かりな息遣いで、戦果を叫んだ。

「大型の、推進系はどうだ?」

 テトラピークフォーメーションで立体的に取り囲んでいるおかげで、どれかの隊は敵艦の推進系統の様子がよく分かる角度で観察している。勿論(もちろん)偶然では無く、それを目的にテトラピークフォーメーションで敵を囲むように、カイクハルドは指示していた。最小限の戦力分散で立体的に敵を包囲できるこの陣形は、かくも応用範囲が広い。

「メインスラスターの一つから、熱源が消失している。もう、まともには前に進めないはずだ。ただの、でかい鉄屑だぜ、あれはもう。」

 第3戦隊隊長の、パクダの声がそう報じる。早く突撃を命じて欲しくて、うずうずしているような声だ。

「第1・3戦隊で大型を、第4・5で中型の1艦ずつを、『ココスパルメ』と『ヴァルヌス』で滅多打ちだ。突撃!」

 口頭で命じながら、キーボードでどの戦隊がどの敵を狙うかの詳細を指定する。情報は瞬時に共有され、各隊は即座に、同時に動き出した。

「よっしゃー、やるぜぇ!」

 第5戦隊、隊長カウダの雄叫びと共に、密集隊形で突進した。

「単位ごとに分散、包囲攻撃。」

 第4戦隊の隊長、テヴェも下令。途中まで密集隊形で突進した後、花火のごとく一気に散った5つの単位が、一瞬の内にテトラピークフォーメーションの中心に、敵中型戦闘艦を捕えた。5単位だから、頂点の内の1つだけは2単位になる計算だ。

 生き残った2個の中型戦闘艦の、それぞれの損傷状態に応じた攻撃の仕方を、カウダとテヴェが隊長権限で判断し、異なった攻撃を仕掛けて行った。

「第3戦隊、俺に続け。」

 隊長パクダの号令一下、螺旋を描くように、第3戦隊は敵大型艦の前方からの突撃を仕掛ける。

「第1戦隊、一気に肉薄するぜ。」

 第3戦隊には、敵艦の損傷の少ない角度から、あまり急速に距離を詰めず、螺旋状に動き回る攻撃を仕掛けさせておいて、第1戦隊には損傷の大きな角度から全速力の接近を、カイクハルドは敢行させた。

 見る見る距離は縮まる。敵艦は第1戦隊に何の反応も見せない。第3戦隊への迎撃に手いっぱいの様子だ。

 第1戦隊、ミサイルを撃つ。全弾突き刺さる。「ココスパルメ」の青白い光球と、ヴァルヌスの短く鋭い閃光が、死の装飾となって敵艦をめかし付ける。

 最初の攻撃では損傷を免れていたメインスラスターにも、打撃を食らった敵大型艦からは、おかしな部分でおかしな角度に噴射剤が噴き上げられた。艦の姿勢も進行方向も、出鱈目(でたらめ)な変化を遂げていく。中にいる人間は、洗濯機の中に放り込まれたかのように目を回しているだろう。ベルトで体を固定していなかった者がいれば、壁や天井で頭を打ち付けて、即死という惨事もあったかもしれない。

 前方部分の、損傷の少ないセクションでも、のたうち回る艦体のおかげで要員達が目を回す事には変わりなく、第3戦隊への迎撃の手は弱まる。そこへ肉薄を果たしたパクダの率いる戦隊も、敵艦前部に「ココスパルメ」の青白い光球を食い付かせた。

 大型戦闘艦が完全に航行不能になったと見たカイクハルドは、ディスプレイで戦況を詳細に確認する。中型戦闘艦も、2つとも航行不能にさせられたと見て良さそうだ。

 1艦は、メインスラスター付近を数発の「ココスパルメ」で焼かれ、元の形が分からないくらいに、凸凹にさせられている。もう1艦は、メインスラスターを全力噴射にして明後日(あさって)の方向に突進している。索敵システムを完全に壊滅させられ、全き盲目状態での全速力だ。とにかく、ここから離れたいのだろう。2艦とも、もう戦力外と言って良い。

「一旦離脱だ。その後、第4・5戦隊は、角度に注意しながら敵小型戦闘艦に突撃、ぶっ潰せ!第1・3戦隊は、空母から出た戦闘艇を始末するぜ。」

「応。」

「ああ。」

 短いが、頼もし気な答え。

 航行不能の数艦を後ろに背負って、生き残った小型戦闘艦が迎撃に向かってくるが、角度を選んで突撃すれば、大型戦闘艦や中型戦闘艦には有効な攻撃をさせず、小型戦闘艦に打撃を与える事ができそうだ。それらの損傷の程度によっては、ミサイルを迂回させるなどして攻撃して来る可能性も無くはないが、今は、そこまでは構っていられなかった。

 問題は、敵の戦闘艇だった。

 空母も、最初のミサイル攻撃でかなりの損傷を負っているので、発進できたものは一部だっただろうが、それでも百隻以上の戦闘艇が飛び立っていた。小型戦闘艦の撃破に向かわせた第4・5戦隊に、これらの敵戦闘艇を寄せ付けるわけにはいかない。

 第1・3戦隊は、単位ごとに別れて敵戦闘艇の撃破に挑む。どの単位がどの敵を狙うかを、カイクハルドはキーボード入力で指定する。敵に編隊を整えさせず、連携の取れた動きをさせないための、絶妙に効果的なターゲット選定が実施される。

 敵にも、司令塔的な立場にあるパイロットの搭乗艇というものがあり、それを見極めて優先的に撃破すれば、敵は編隊も連携も構築し得ない。敵を葬る順番というのも、こういう場合重要になる。出鱈目に敵を撃破していては勝てる敵にも勝てないし、順番を上手く選べば、勝てない敵にも勝てる。

 歴戦の経験と勘が、カイクハルドに最良の順番を選択させた。

「行けっ!ナーナク、ヴァルダナ。」

 お決まりのフォーメーション攻撃が発動する。「ヴァンダーファルケ」が円錐を描いて一気に肉薄。円錐の軸線上の「ナースホルン」と「ヴァイザーハイ」が補足し、逃げ道を塞ぐ。狙われた敵は、20秒と命を永らえられない。

 狙われた戦闘艇の支援に向かった敵も、近接阻止モードのレーザーに次々と薙ぎ払われる。パイロットも気付かぬうちに、「ヴァンダーファルケ」のレーザーが敵を仕留めている。

 見る見る撃ち減らされる。が、やはり敵は多い。その半分強が、シヴァースの部隊を目指して飛んで行った。

 敵にとっては、皇太子カジャの配下として戦っている事が知られているシヴァースと、ただの「アウトサイダー」に過ぎない「ファング」では、シヴァースの方が圧倒的に葬るべき優先順位が高い。「ファング」を無視して、シヴァースのもとにたどり着こうと懸命に突進する。

 敵の半数、50隻以上が、シヴァースの部隊への接近を図っている。その前に、「ファング」第2戦隊が立ちはだかる。

「者共、心行くまで暴れろ!」

 ドゥンドゥーの吠える声が、カイクハルドにも通信機から聞こえた。第2戦隊も、お決まりのフォーメーション攻撃で、敵を着実に撃ち減らして行くはずだ。一隻も撃ち漏らすな、などとは命じていない。カイクハルドは、できる限り食い止めろ、と言っていた。

 シヴァースの部隊とて武装集団なのだから、ある程度の敵は迎撃できるはず、という事を織り込んだ命令だった。ドゥンドゥーも、敵を撃ち漏らさない事より、着実に撃ち減らす事を優先するはずだ。戦歴十分な彼が、命令の意図を理解していないはずは無かった。

 シヴァースの部隊も、戦闘艇を繰り出したようだ。彼らのもとにたどり着けたのは、5・6隻だけのように見える。ディスプレイで戦況を監視しながら、こちらは問題ない、と一息ついたカイクハルドだった。が、赤い光。カイクハルドの籠るコックピットを、禍々(まがまが)しく照らし出す。

「第4戦隊か。」

 「ファング」に、犠牲が出た。

 小型戦闘艦への攻撃に当たっていた彼らだが、大型戦闘艦や中型戦闘艦が、完全に沈黙したわけでは無かったようだ。大きく迂回させて撃ち放ったミサイルが、小型戦闘艦への攻撃に専念している第4戦隊を襲ったらしい。

「もっと、きっちり潰しておくか、あの大型と中型。」

 そう言った直後にも、また大型戦闘艦がミサイルを放った。完全に航行不能状態であるにも関わらず、ミサイル戦だけで激闘に参加して来る。

 ミサイルは、シヴァースの部隊を目指して飛んで行くようだ。しかも、戦闘艇が数隻護衛に付いている。大型艦に搭載されていた戦闘艇が、いくつか生き残っていて、発進もできたらしい。

「第1・3戦隊の『ヴァンダーファルケ』、行けそうなら、あのミサイルとその周りの戦闘艇を、始末しに行け。シヴァースの部隊も、あれくらい何とかできると思うから、無理はせんでも良いが、行けそうなら行ってやってくれ。」

 言い終わると、通信の設定を切り替える。

「カビル。『ヴァイザーハイ』と『ナースホルン』だけで、あの死にぞこないを叩きに行くぞ。どうせ、大した反撃はできねえだろうから、俺達だけでやるぜ。」

「応。」

 第1・3戦隊の10組の「ヴァイザーハイ」と「ナースホルン」のペアが、大型戦闘艦と中型戦闘艦を「ココスパルメ」と「ヴァルヌス」で滅多打ちにして行く。敵のミサイル攻撃は、ほとんどがシヴァース部隊の攻撃に向けられており、「ファング」に対してのミサイル攻撃は最初だけだった。その後は、僅かに生き残ったレーザー銃だけが応戦して来る。それを、「ナースホルン」が流体艇首で受け止め、隙を見て「ヴァイザーハイ」がミサイルを撃ち込む。

 巨大な敵艦の奥深くに損傷を与え得る兵器が無いので、大破に至らしめるのは難しいが、砲塔やミサイル発射口は全て潰し、レーザー銃も沈黙させつつあった。無力化に成功しつつあることを確信したカイクハルドだったが、また、赤い光に瞳を焼かれた。

「第3戦隊の『ヴァンダーファルケ』か。無理はせんで良いって言ったのに、シヴァースの部隊を守るのに、夢中になりやがったな。」

 「ファング」の中にも、皇帝への敬愛の念を熱く持つ者は、少なく無かった。「グレイガルディア」においては、やはり皇帝の威光というのは、無視できない影響力を持っている。その皇帝の御曹司である皇太子カジャを補佐しているのが、シヴァース・レドパイネだから、彼を守る為となると、無茶をしてしまうパイロットが出て来る。

 無理に破壊しなくても、シヴァースにも対応できるはずのミサイルの撃破に夢中になり、それの護衛に付いていた戦闘艇の餌食になったらしい。

「被害は出たが、規模の大きい艦隊が出て来てくれたおかげで、また権力者の箱入り娘を捕獲できるぜ。」

 戦闘が終結すると、カビルの嬉しそうな声が通信機に響いた。

 戦闘艦の全てが戦闘不能となり、戦闘艇もミサイルも残らず撃破されてしまった敵は、降伏を申し入れて来た。大型戦闘艦に座乗していた司令官を、部下が殺害した上での降伏宣言だったようだ。いつまでも戦闘継続を主張して止まない司令官を殴り殺さなければ、皆殺しにされるまで敵兵は戦い続けなければいけなかっただろう。

 司令官は、軍閥の有力家臣だ。軍閥より下される潤沢な恩給で、贅沢な暮らしを(ほしいまま)とし、軍閥棟梁との個人的な信頼関係や親愛の情の上に、自主的に戦闘に参加している。勝利への執念、戦闘に対する不屈があるのは当然だ。

 だが、その他の一般兵は、軍閥所領の集落から徴発されて来た、領民だ。権力を笠に着た連中に無理矢理に、家族から引き離され戦場に駆り出されて、嫌々戦っていた者達だ。全滅を目前に、司令官を撲殺してでも自分達だけは助かろうとする行為も、非難には当たらないかもしれない。

 大型戦闘艦ともなると、軍閥の幹部や有力家臣などが家族を帯同しているケースが多く、カビルの大好きな“権力者の箱入り娘”も乗っている可能性が高い。今回は、そんな“権力者の箱入り娘”を、領民出身の兵達が縛り上げ、

「この者達を差し上げますから、どうか我等の命はお見逃し下さい。」

と、交渉の種にして来た。

 昨日までは領民達を(さげす)みの眼差しで見下ろし、顎でこき使って来た上流階級の御令嬢が、今は惨めに縛り上げられ、家畜のごとくに引きずられて連れ出されて来た。(いろどり)鮮やかな品の良い“お召し物”も、ビリビリに破られ、ギトギトに汚され、散々だ。

 日ごろから領民と真摯に向き合い、信頼関係を構築していれば、こういう場合の扱われ方も違ったかもしれない。誰かを(しいた)げたツケは、何かの機会を捕えて、自身に跳ね返って来る事があるものだ。

「無礼者っ!裏切者っ!卑怯者ぉっ!今日までずっと、我が軍閥の恩寵(おんちょう)に浴しておきながら、この私を自己保身の代賞に差し出すなんて、恥知らずにも程があるというものじゃ。汚らわしい手で、私に触れるでないわっ!」

「うるせえ!何が恩寵だ。お前達の課した重税や搾取で、どれだけ苦労して来たと思っているんだ。恨みこそあれ、恩義なんぞ、ちっとも感じてねえんだよ、こっちは。しかも、こんな過酷な遠征に、無理矢理引きずり出しやがって。心配せんでも、お前なんぞは体も心も、始めっから醜く汚れまくってるんだ。この人達に何をされようと、これ以上穢れようはねえんだ。」

「そんな・・、馬鹿な・・。我が軍閥あってこそ、お前達の暮らしは成り立っていたはず。そんな事も分からないのか、愚か者。我らが与えた技術や知識が無くば、生活の術すらお前達には無いはず。そんな事も忘れたと言いやるのか?」

「馬鹿者も愚か者も、てめえの事なんだよ。暮らしなんか、成り立った事なぞ、ちっともねえよ。阿呆な領主の出来の悪い管理のもとじゃ、毎日毎日、飢えたり病んだりで、死人が続出だ。家族や友人が、何人も死んで行ってたんだ。怪我でも過労でも、集落は多大の被害を被って来た。お前達の、下らん虚栄心を満足させる為の労役が原因なんだぞ。そしてお前達は、領民の犠牲の上で贅沢三昧を楽しんで来たんだ。お前の体と引き換えに、俺達が生き永らえて、何が悪い!」

「・・うぅっ・・そんな・・そんなぁ・・、考え直しなさ・・いえ・直して下さい。思い出して下さい。我が軍閥への恩義も、少しはお前・・いえ・・あなた方の中にあるは・・」

「ねえよっ!考えても考えても、恨みとつらみと、怒りや軽蔑しか、浮かんでこねえよ!」

「・・・そ・・そんな・・あ・・ああ・・、嫌です、私、こんな盗賊の捕虜になるなんて。助けて下さい、許して下さい、お願いします。」

「知るかぁっ!どうにでもなっちまえっ!滅茶苦茶にされてしまえっ!この性悪で傲慢な小娘がぁっ!」

「うっ・・うぅ・・うああ・・あああ・・・・」

「・・終わったか?」

 権力者の箱入り娘が、しゅん、と静まり返るのを待って、カビルは声をかけた。兵達の頷きと娘の無言を見届けた上で、彼は大好物の収穫に取り掛かった。自分で動き出す力も残ってなかったらしく、肩に担がれ尻をペシペシ叩かれながら、御令嬢は連行された。

 同じく縛り上げられ、引きずり出された軍閥幹部や有力家臣の生き残りは、例のごとく、身代金目当てに仲介業者に引き渡される事になるだろう。領民である一般兵達は、比較的損傷の軽かった空母を使って、故郷に帰れるように手配した。一旦「シェルデフカ」のどこかの集落に寄って修理と補給をする必要はあるが、「ファング」が話を通しておいたので支障なく実施されるはずだ。

「お前のせいで、大事なパイロットを2人も失う戦いを決断せざるを得なかったぜ。お前がさっさと逃げていれば、あんな規模のでかい艦隊と、まともにやり合わなくても良かったんだ。」

 カイクハルドの説教を受け、シヴァースもしょんぼりした顔だ。

「済まない。親父からも、何度も同じような事を言われていたのに。戦いとなると勇んでしまって、余計な事に首を突っ込んでしまう。俺の悪い癖だ。カジャ様をお諫めしなければいけない立場で、不甲斐ない限りだ。」

 素直に反省の弁を述べる態度に、カイクハルドもそれ以上は言う気にもならなかった。

「いやいや、あんたのおかげで、上等な“権力者の箱入り娘”をゲットできた。あんな美味しそうな肉を食えるなら、仲間の1人や2人、安いもんだぜ。」

 理不尽で不謹慎なカビルの言い草だが、盗賊兼傭兵としては当然の理屈とも言えた。

「・・お、俺、ミサイルや戦闘艇の撃破に、行こうと思えば行く余裕はあったのに、行かなかった。なぜかあの時、恐怖を感じてしまった。自分の安全ばかり考えて、な、仲間を・・見殺しに・・」

 ヴァルダナは、カイクハルドだけに聞こえるよう通信を設定した上で、そんな呟きを漏らして来た。

「あ?恐怖を感じたって事は、危険だと判断した、って事だ。俺は、無理はせんで良いって指示したんだから、少しでも恐怖や危険を感じたお前が、ミサイルや戦闘艇の撃破に向かわなかったのは、俺の指示通りの行動じゃねえか。」

 自責に満ちたヴァルダナの声に、カイクハルドは努めて抑揚のない声色で応じた。

「いや、行こうと思えば、行けた。危険を冒さなくても、仲間を守り、敵のミサイルと戦闘艇を撃破する事は、可能だった。頭では、そう思っていたのに、なぜか恐怖で身体が動かなかった。・・どうしちまったんだろう?俺。今まで、こんな感情は無かった。なんだか急に、臆病になっちまった。」

「・・ナワープの為に、死ぬわけにいかねえ、って思い始めたんじゃねえのか?」

「そ・・そうなのか?・・そうかも、知れない。情けない話だ。女一人の為に、恐怖に支配されるなんて。そのせいで、仲間を、見殺しにしてしまうなんて。卑怯だ、俺は。『ファング』のパイロット、失格かもな・・」

「そんな事あるか。独り身の間は、好き放題、命知らずの戦闘ができた奴が、女に入れ込んだとたんに慎重で無難な戦い方を心がけるようになる、ってのはよくある話だ。お前ひとりが、特別に臆病なわけでも卑怯なわけでもねえよ。それでもし、戦闘で使い物にならなくなったと思えば、俺の責任で判断して、他のパイロットと交代させるから、心配するな。お前はまだ十分にやれる。今日だって、『ファング』のパイロットとして不足無く、勇猛果敢に戦ってたぜ。俺が言うんだから、間違いねえ。」

「そ、そうかな。なんか、俺にも、身勝手で無責任な帝政貴族の血が流れてるんだな、って思い知らされた気分だぜ。自分や、自分の家族や、自分に近しい者達の事ばかり考えて、領民や『アウトサイダー』の事など全く顧みない、そんな帝政貴族の血が。」

 話す内にも声を高くし、感情を荒れさせて行くヴァルダナを、通信機越しにカイクハルドは感じていた。

「俺達『ハロフィルド』ファミリーも、帝政を復活させ、かつての帝政貴族の恵まれた立場を取り戻す、ってそんな活動ばかりにかまけて、領民への目配りを怠ったから、管理を任せていた家宰のクトゥヌッティ達の横暴を許てしまった。その挙句、領民に不満が募り、暴動に至り、『ハロフィルド』は没落しちまったんだ。」

 腕利きのパイロットとして活躍しながらも、(よわい)17の少年の胸には、自分を生み育んだファミリーの消滅への無念が、(わだかま)っていたらしい。

「俺は、そんな身勝手な帝政貴族の振る舞いからは、決別するつもりだった。自分は絶対に、そんな風にはならないぞ、って思ってた。『ファング』で戦って、強くなって、自分の大切な者達を守るだけでなく、もっと広い範囲に、目配りや気配りができる人間になろうって。」

 早まる少年の息遣いには、自己嫌悪や自己否定の想いが滲み出ている。

「でも、ナワープが俺の子を身籠ったって知ってから、なんか俺、自分の安全とか、ナワープとその子の傍に居れるようになりたい、とか、そればっかりを求めて、他の事は全く見えなくなっちまってる。身勝手で無責任な奴に、成り下がっちまってる。姉上を置き去りにしようとしたり、仲間を見殺しにしたり・・」

「見殺しには、してねえぜ。俺は、無理するな、って指示したんだから、死んじまったパイロットの方が判断ミスをしたか命令違反をしたか、って話で、お前は俺の指示通り、危険を感じたから行かなかった、ってだけだろ。」

「・・いや、俺が、行ってれば、仲間を死なせずに戦いを終えられた。頭では、そう判断してた。でも、ナワープとその子を残しては死ねない、っていう気持ちが、行くのを躊躇(ためら)わせたんだ、多分。それで、第3戦隊のパイロットを見殺しにした。」

「惚れた女や、てめえのガキの為に死ねねえ、ってそんなん当たり前の気持ちだろ。誰だって、そんな気持ちは持ってるぜ。そういう気持ちを知らねえままで、何ができたって、何を成し遂げたって、身勝手や無責任から決別できた事にはならねえ。お前が今感じている、そんな気持ちを経験して、理解して、その重みを味わって、その上で、どれだけの事ができるかってのが、本当の勝負だ。譲れない感情と、果たさなきゃならねえ責任を、どうやってバランス取るかって、それで皆、悩むんじゃねえのか。」

「そうなのか・・な。でも・・例えば、ファル・ファリッジ。俺は今まで、あいつを憎み、軽蔑していた。自分や自分の身内の栄華の為に、『グレイガルディア』中に貧苦や不幸を撒き散らして平気でいる奴、と思って。でも、今、ナワープやその子の事を考えたら、ファル・ファリッジの気持ちも、分かる気がして来てしまう。自分の大切な人の為だったら、他の誰にどんな不幸を背負わせたって構わない、そんな気持ちが、どうしても湧いてきちまう。」

「そう思う一方で、救えたかもしれねえ仲間の命に、済まなく思う気持ちもあるんだろ?己を反省したり、(かえり)みたりする想いが、お前にはあるんだろ。ファル・ファリッジや、横暴な帝政貴族の連中なんか、そんなもん、ちっともありゃしねえんだぜ。自分勝手に振る舞う事を、当然の権利だと思ってやがる。自分の事だけ考えていて良い立場に、当然のごとく自分達はあるんだ、って信じ込んで憚らねえんだ。あいつらとお前じゃ、全然違うぜ。ナワープ達への想いが無かった頃に、ファル・ファリッジ共を批判してたお前の気持ちは未熟だったが、ナワープ達への想いを体験した後のお前の考えは、本物だ。ナワープ達への想いを抱えて、そっから自分にどれだけの事ができるか。お前の本当の戦いが、今始まった、って事じゃねえか。」

 ヴァルダナが沈黙してしまったところで、敗残者たちの処分は完了し、「ファング」はその場から撤収して行った。

今回の投稿はここまでです。次回の投稿は、'18/10/27 です。

タキオントンネルというものに関しては、そうとうに強引で複雑な設定になってしまいました。読者の皆様におかれても、「わけがわからん」とお感じになられているかもしれませんが、超光速の移動手段などというものは、強引なことをしないと登場させられないのです。せめてもう少しシンプルにできたらよかったのですが、強引なことをした上で辻褄を合わせようとすると、どうもこうなってしまう。超光速の移動での大問題のひとつなのは、障害物でしょう。物理法則を無視したスピード違反ですから、障害物をよけるのは不可能だし、衝突エネルギーを考えたら小さなチリひとつにでもぶつかったら、どんな頑丈な物体でも蒸発してしまいそうです。そこで、反物質化とかいう概念をねじ込んで、障害物には通常物質との反応で吹き飛んでもらうことにしたのですが、それじゃあ、移動する物体も吹き飛んでしまうことになる。それに、そんな性質があるんだったら、それを兵器として使えば無敵になってしまう。で、前兆現象が数時間にわたって生じるとか、「ラディカルグルーオン」といかう架空の粒子で中和できるとか、色々と後付けで取り繕っていったわけですが、まあ、つっこみどころ満載みたいな結果でしょうか。いずれにせよ、超光速の移動法は何が何でも必要だし、でもそれを登場させるには無理をしないわけにはいかないのですから、この件に関しては一切の苦情を受け付けません、と認識して頂き、矛盾点には目をつむって頂きたいです。というわけで、

次回 第40話 軍事政権の内実 です。

ヴァルダナやシヴァースといった厄介な要素を孕みながらも、「ファング」」の戦いはおおむね上手く行っています。ここで、次回のタイトルからも想像できる通り、話が広い範囲に振れて行きます。覚えておいて頂きたい名前や、念頭に置いて頂きたい状況というのも、増えて行きます。「ファング」の戦いという次元から、「グレイガルディア」の内戦という次元の記述に、次回は及んで行くわけです。少々面倒かもしれませんが、なにとぞよろしくお願い致します。

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