第2話 郡狼・連携・槍衾
大量の敵が、「ファング」目がけて攻め寄せている。百隻は、いるか。
「第3・4戦隊は、この第8セクションとやらの全体に散らばって、砲台破壊作戦を実施中だな。」
「後じゃ、俺達を乗せて来た宇宙船が火達磨になってるみたいだ。」
レーダーや熱源探知による情報をディスプレイ上に読み取り、カビルはそれを想像して言ったのだろう。四方八方に火柱を噴き上げて大破して行く輸送船の姿は、彼等には見えない。
トーペー率いる第3戦隊の攻撃が描き出す阿鼻叫喚の地獄絵図も、目にする事は無い。劫火に焼かれる人の命も、想像の中でしかない。
「酒盛りの連中も、宇宙の芥だな。」
自嘲的な光を、カイクハルドの瞳は宿す。が、「それどころじゃねえ!あの団体さんを、お迎えしねえとな。」
瞬時に緊張感を孕んだものに、彼の瞳は変貌した。第8セクションと呼ばれるエリアに、敵大編隊は近付いている。
これ以上接近を許せば、砲塔破壊に精を出している第3・4・5戦隊が危なくなる。別方向からも、約百隻の大編隊が近付いていた。そちらは「ファング」第2戦隊が対応するはずだ。カイクハルドの第1戦隊は、最初に捕えた百隻の大編隊に、対処しなければならない。
驚いて何も出来ないど素人の敵8隻を、20隻で寄って集って葬った戦いとは、ここからはわけが違う。しっかりと訓練を受けたプロのパイロットの駆る大多数の戦闘艇が、しっかりと編隊を整えて向かって来ているのだ。同じく「レーゲンファイファー」だ。
「格闘タイプのみを繰り出すあたりが、阿呆なのか、俺達を舐めてるのか。」
小さく呟いたカビルが、一転、声を張り上げて告げて来た。「ぶちかますぜ!『ヒビスクス』。いいよな、かしら。」
「やれ、カビル。ナーナクとムタズは『ヒビスクス』が開いたら、意図的空白域に突進だ。第2・3・4単位も、それぞれの判断で迎撃!スカンダ、ナジブ、スラジュ、しっかり指揮しろよ。第5単位は、俺達が漏らした奴が、砲台潰しをやってる連中の邪魔をしねえように、フォローだ。頼むぞ、ガンガダール!」
返事は相変わらず、「応」とか「ああ」だけだ。それを聞く間にも、カイクハルドの「ナースホルン」の背後を飛翔する、カビルの「ヴァイザーハイ」から熱源反応が検出された。
「射出完了したぜ、『ヒビスクス』。敵の大編隊のど真ん中に、穴が開くはずだ。」
「ファング」の攻撃タイプの戦闘艇「ヴァイザーハイ」が搭載している散開弾が、「ヒビスクス」だ。金属片を撒き散らして敵を撃破する。ただの金属片でも、高速で飛翔する敵の前面にばらまいてやれば、必殺の兵器になる。
密度よりも拡散面積を重視したタイプの「ヒビスクス」だから、ばら撒かれた金属片の中には、敵戦闘艇が通れる隙間も多少はある。そして、最も大きな通り道の位置を、「ファング」は承知している。意図的空白域とは、わざと作っておいた、敵の通れる隙間だ。
カビルの「ヴァイザーハイ」から放たれた「ヒビスクス」が、彼我の中間あたりで炸裂し、無数の金属片を展開させた。ナーナクとムタズの駆る「ヴァンダーファルケ」2隻が、わざと作ってある隙間を目指す。
強烈な加速に顔をしかめながら、幾つものディスプレイを順に眺めまわすカイクハルドに、大量の敵が「ヒビスクス」の餌食となって爆散して行く様が、認識された。無数の熱源が彼の前面に出現し、同じ数のレーダー波反射物が、忽然と消滅して行ったのだ。
「馬鹿だぜ。『レーゲンファイファー』だけで『ヒビスクス』に向かって行くなんて。」
カビルの悪態も、もっともだとカイクハルドは思った。
防御タイプの戦闘艇ならば、艇首に展開する流体金属の盾で、何とか散開弾攻撃をしのげる可能性がある。命中箇所と角度が悪ければ、流体艇首を突き抜けて来た金属片に破壊されるが、格闘タイプよりは防御タイプの戦闘艇の方が、圧倒的に生存率が高い。
その防御タイプの背後に隠れる事で、格闘タイプや攻撃タイプの戦闘艇が生き残りを図るという戦術も可能だ。
だから「ファング」の各単位は全て、格闘タイプである「ヴァンダーファルケ」2隻と攻撃タイプの「ヴァイザーハイ」1隻と、防御タイプの「ナースホルン」1隻の、合計4隻で構成されている。
軍政側にも防御タイプや攻撃タイプの戦闘艇はあるのだ。「ティンボイル」ファミリーだって保有していないわけは無い。にも関わらず、「レーゲンファイファー」だけで大編隊を組織し、攻撃を仕掛けて来ている、というのが、カビルから見れば、愚かで稚拙な攻撃に思えてならないのだろう。
第2・3・4単位も、「ヒビスクス」を使っていた。敵の百隻の大編隊は、ほぼ全てが、散開弾に行く手を妨げられる格好になる。3分の1は金属片と衝突して撃破され、逃れ得た3分の2の内の半数が、意図的空白域に殺到していた。
金属片群から、命からがら逃れて殺到していた「レーゲンファイファー」達は、正面から急接近する「ヴァンダーファルケ」への対応が遅れる。「ヴァンダーファルケ」に装備された5門のレーザー銃が、一斉に火を噴く。
各レーザー銃が独立して、レーダーと連動した射撃を実施する。散開弾回避の直後で注意力を低下させている敵は、ほぼ等速直線運動をする、と予測した射撃だった。
2隻の戦闘艇から放たれた10本の条光が、暗黒に浮き上がる。この闘いの観察者などいるわけではないが、もしいたとすれば、そんな光景を目撃しただろう。だが、光線は10本だったわけでは無い。
人の目に見える光線は10本でも、実際にはもっとたくさんの光線が迸っていた。ナーナクとムタズは、5連射撃モードを選択しているはずだから。
ほぼ等速直線運動をすると予測していても、多少は加減速や転進をするかも知れないので、計算上の敵の未来位置に1発と、その上下左右に少しずつずれた位置にも、1発ずつ、合計5発を連続して発射していた。0、1秒もかからずに5連続射撃は実施され、射撃角度の違いも極僅かなので、人の目には1本の条光としか、捕えられない。が、射撃は、5回連続で行われていて、それが1セットのレーザー攻撃となる。
カビルの放った散開弾の、意図的空白域に殺到していた8隻の「レーゲンファイファー」に、50発のレーザー射撃が降り注いだ。人の目には10本の条光にしか見えない50発のレーザーのシャワーは、8隻をほぼ同時に爆散に至らしめた。
8隻中7隻は、5連射撃の1発目に捕えられていた。等速直線運動をしていたという事だ。その事は、カイクハルドやカビルもディスプレイ上で確認することができる。
「こいつらも、素人なのか?」
カビルの呆れ果てた声。「散開弾の回避直後が危ない事くらい、パイロットなら常識だろう。金属片を避けられた事で、ほっとして、一直線に飛び続けるなんて。」
「言ってる場合じゃねえぞ。」
カイクハルドは窘めた。残った敵が、先行突撃していたナーナクとムタズの「ヴァンダーファルケ」に襲い掛かろうとしている。意図的空白域以外の隙間をすり抜け、金属片軍を突破してきた敵だ。彼我の距離はかなり縮まっているから、迅速な対応が必要だ。
カイクハルドは、ナーナクとムタズの「ヴァンダーファルケ」に一番近い敵に、マーキングを施した。まず最初に狙う敵をどれにするか、という情報が彼の単位に共有される。敵が何隻いようが1単位4隻で1隻を狙う、というのが「ファング」の流儀だ。
「バラバラだな。何の連携も無く、個々に動いていやがる。」
相変わらずの呆れ声を、カビルは通信機の向こうで零した。
「編隊を組み直す様子は無いな、カビル。一番近い奴は、他のを待つ気配もなく、単独で突っ込んで来やがる。」
「そうだな、かしら。勝てると思ってんのか?あいつは。たった一隻で。」
その、単独で突っ込んで来た1隻に、ナーナクとムタズはやはり、挟み込むように螺旋を描きながらアプローチする。フォーメーション攻撃を、忠実に履行しているのだ。
彼等の「ヴァンダーファルケ」が描いた軌道は、敵パイロットには予想外のものだったらしく、敵の対応はまたしても遅れた。敵が転進に移ったのは、フォーメーション攻撃が開始されてから、2秒程も後になってからだった。
「ヴァンダーファルケ」がフォーメーション攻撃を始めるや否や転進していれば、2隻に挟まれる位置から脱する事も、できたかもしれないが、もう遅かった。一瞬の判断ミスが、戦場では命取りになる。
だが、無理もない。「ヴァンダーファルケ」の辿った軌道は、「ファング」のパイロット以外の者がやれば、確実に命を落としているくらいのものだった。その速度で、その半径で旋回すれば、並の人間の命を確実に奪うはずの遠心力が、かかるものだ。敵にすれば、あり得ないほどの小回りで、速度で、「ヴァンダーファルケ」は迫って来ている。
敵の対処は遅れたが、的確ではあった。2隻の「ヴァンダーファルケ」の内の、ムタズの駆るものの方に肉薄して行った。一直線にでは無く、敵も螺旋を描くようにアプローチした。それも、ランダムな加減速や上下左右の微細動を交えている。
一直線に近寄るというのは、レーダーで捕えた位置にそのままレーザー射撃すれば命中することになり、狙い撃ちされやすい。完全な螺旋を描いての飛翔も、進路を予測しやすいので、狙い撃ちにされる。
螺旋を描きつつランダムな微細動も混ぜる、というのが、敵の攻撃の命中確立を下げながらも距離を詰める為の、最善策だ。敵はそれを実施していた。やはり素人では無い。
が、最善策も虚しく「レーゲンファイファー」は、ナーナクの放ったレーザーの餌食にされた。爆散し飛び散った破片は、虚空に溶けてなくなる。
フォーメーション攻撃開始から2秒後の転進を、彼等は予測していた。「ファング」の身体能力を知らない敵の行動パターンを、彼等は熟知していたのだ。同様の敵を、何度も見て来たからだ。
そして、ナーナクは敵がムタズに向かって行く場合を想定して、ムタズは敵がナーナクに向かって行く場合を想定して、それぞれ射撃プログラムを入力した。微細動を伴った螺旋を描く軌道も、読みの内だった。少しずつ狙いをずらした5連射撃が、ランダム微細動を見せる敵の捕捉を可能たらしめた。
しかも、「ヴァンダーファルケ」に装備された5門のレーザー銃の、3門をナーナクとムタズは使っていた。フォーメーション攻撃開始から2秒後を中心に、前後に0.2秒ずつずらしたタイミングで、それぞれ1門のレーザー銃が5連射撃を行って、命中確立を高めた。
更に、カビルの操る「ヴァイザーハイ」もレーザーを放っていた。敵が、「ヴァンダーファルケ」との接近を極力遅らせる減速直進軌道をとった場合や、逆に、できるだけ素早くすれ違おうとする加速直進軌道を見せた場合に備えた射撃だ。
攻撃を躱しつつ味方の来援を待つ、という判断を敵が下したのなら、そんな行動パターンもあり得た。そしてその場合は、ナーナクとムタズの「ヴァンダーファルケ」が描く円錐の軸線に沿って、「レーゲンファイファー」は動くことになる。
同じく軸線上にカビルの「ヴァイザーハイ」は位置取っていたので、カビルの放つレーザーは、軸線上のどこに「レーゲンファイファー」がいたとしても、外れる事は無いのだ。無論、ランダムな微細動に備えての5連射撃も、実施されていた。
つまり敵の「レーゲンファイファー」は、フォーメーション攻撃開始2秒後に、3隻の戦闘艇の7門のレーザー銃に、考え得る全ての行動パターンを想定した一斉攻撃を受けたのだ。
こうして、予測し得る敵の全ての動きに対して撃破可能な攻撃を仕掛ける、それがフォーメーション攻撃だ。敵が何隻いようが、1隻ずつを素早く確実に仕留めて行く、という「ファング」の戦い方が貫かれている。
「次、行くぞ!」
喚くカイクハルド。レーダー用ディスプレイには、3隻の「レーゲンファイファー」が肉薄して来る様が示されている。3隻同時に来ても、1隻を狙うのが「ファング」だ。1隻がマーキングされ、その情報は第1単位の全員に共有される。
「ヴァンダーファルケ」2隻が、マーキングされた「レーゲンファイファー」に螺旋を描いて接近。が、マーキングされてない敵も、当然「ヴァンダーファルケ」を撃破する動きに出る。
しかも、今回の敵は、やはりど素人では無いようで、3隻の「レーゲンファイファー」で1隻の「ヴァンダーファルケ」に狙いを定める、くらいの知恵は回るようだ。ナーナクの「ヴァンダーファルケ」に3隻がアプローチし、包囲攻撃を企図した。
が、マーキングされていなかった「レーゲンファイファー」の一隻が、あっさりとナーナクの「ヴァンダーファルケ」の放ったレーザーに仕留められた。
5門あるレーザー銃の2門を、ナーナクは接近阻止モードにしておいたのだ。一番近くにいる敵や、一番高速で接近を図る敵を選び、レーダー連動の自動射撃を加える設定だ。安易に接近を図る敵は、パイロットのナーナクですら気付かない内に、この銃の餌食になるのだ。
それに、今撃破された敵は、一直線にナーナクの「ヴァンダーファルケ」への接近を図った。別の「レーゲンファイファー」をターゲットにしていると見て取り、油断したのだろう。フォーメーション攻撃の最中とて、標的以外の敵に無防備では無く、不用意に近づく敵は簡単に撃破してしまう。
撃破された敵は、なんて愚かなのかと思うところだが、それも無理からぬ事なのだ。1隻の戦闘艇が5門ものレーザー銃を装備しているなど、この時代の、この宙域には、考えられない事だった。3門が精一杯というのが常識だし、軽量化を図るべき格闘タイプの戦闘艇ならば、2門が限界のはずだった。
「ファング」は、「グレイガルディア」と呼ばれるこの星団国家に住む者にとっては、異様と思えるほど最新鋭の装備を保有していた。だから、ナーナクの「ヴァンダーファルケ」のカウンター攻撃は、敵には予測し得るものでは無かった。
1隻が撃破されたのを見て、さすがに残った敵は用心した。1直線にでは無く、ランダム微細動を伴った螺旋を描きながら、ナーナクの「ヴァンダーファルケ」へのアプローチを計る。
マーキングされた「レーゲンファイファー」に螺旋を描いて近づくナーナクの「ヴァンダーファルケ」に、もう一隻の「レーゲンファイファー」が螺旋を描いて近づく、という複雑な戦況となったが、宇宙時代には珍しい光景では無い。操縦がコンピューターメインなので、こんな複雑な動きも難無く実現してしまう。
ナーナクを狙う「レーゲンファイファー」も、レーザー光線を迸らせた。ランダム微細動を見せる「ヴァンダーファルケ」に、連続射撃で対抗している。
だが、当たらない。「ヴァンダーファルケ」の微細動も、敵の想定を上回るものだったから。これほど激しく動けば、中のパイロットの命は無い、と敵には思える程のものだった。その事が、敵レーザーの命中確立を著しく下げた。「ファング」パイロットの身体能力が、敵の常識を遥かに上回っているからこその結果だ。
それに、敵の連続射撃は3発までだった。5連続の射撃も、敵の常識を上回っている。戦闘艇に搭載可能なレーザー銃が、5連続射撃を可能とするなど、この時代、この宙域には常識外れの事だ。
敵のレーザーは当たらなかったが、ナーナクの「ヴァンダーファルケ」のレーザー射撃も、何回か外れた。さすがの5連続射撃でも、ランダム微細動を見せる敵を百発百中とはいかない。ドンピシャで動きを読んでいれば、かなりの確率で命中させられるが、別の敵を標的としてマークしているナーナクは、こちらの敵には気を配っておらず、動きの予測もしていないので、命中率はかなり低い。動きが読めていない分、5連射撃の1発ずつの“ずれ”も大き目に設定してあるので、レーザーの密度も低い。
それでも、6回目の射撃が命中。5回ずつのレーザーの応酬の後、6回目の「ヴァンダーファルケ」の射撃が。「レーゲンファイファー」を葬った。
3隻の内の1隻へのフォーメーション攻撃を始めてからここまでが、5秒足らずだ。コンピューターにより制御された闘いの展開とは、目まぐるしい。
残りの1隻、つまり、最初にマーキングを施した「レーゲンファイファー」は、ランダム微細動を施しながらも、ほぼ直線に移動していた。3隻で1隻に対処していたさっきまでの局面で、当然「ヴァンダーファルケ」の方が撃破されるものと思い、その結果を見てから次の行動を考えるつもりだったらしい。
予想に反して、仲間が2隻、相次いで撃破され、こちらの反応も遅い。ランダム微細動を伴った直進を続けている。そしてそれを、ナーナクもムタズも読んでいた。
「ヴァンダーファルケ」2隻が、1門ずつのレーザー射撃を実施。相手の動きをしっかり読めている局面では、5連射撃の1発ずつの“ずれ”の間隔も小さめに設定されるので、レーザーのシャワーは濃密だ。
2方向からの攻撃を交差させるというのも、命中率を高めるには効果的だ。狙われる側としては、レーザーの射軸に対して直角に動くのが命中率を下げるのに有効だが、2方向からの攻撃となると、回避方向の選択肢が大幅に下がる。
逆に狙う側としては、射撃すべきポイントを絞り込めることになる。5連射撃のそれぞれの照射ポイントは、ナーナクとムタズの2隻の「ヴァンダーファルケ」の位置関係を考慮し、最も効果的で命中率の高い位置となるように設定されている。これも、コンピューター管制射撃のなせる技だ。
3隻の内の最後の残りだった「レーゲンファイファー」も、あっさりとレーザーに焼かれて、虚空に消え去った。
尚も5隻の「レーゲンファイファー」が接近している。ほぼ同じ距離で立体的に、ナーナクとムタズの「ヴァンダーファルケ」を囲んでいる。不用意に近づくことの危険性を、敵もようやく悟ったと見えて、距離を保ちながらじっくり取り囲む体勢だ。
レーダー用ディスプレイでそれを見て取ったカイクハルドは、コンソールの上で指を踊らせた。ガイドマニューバの一つが実施される。ランダム微細動に見せかけて、仲間への合図となる軌道で「ナースホルン」を飛翔させたのだ。
レーダーでカイクハルドの「ナースホルン」の動きを捕えている第1単位の各戦闘艇は、自動的にその合図を所定の表示に変換し、ディスプレイを通してパイロットに伝達する。通信を使わずに、フォーメーション攻撃を実施する為の仕掛けだ。
敵の5隻はいつしか、ナーナクの「ヴァンダーファルケ」1隻を狙っていた。狙われたナーナクは、微細動とは到底言えないような、大きなランダム転進を繰り返す。距離を保っている敵が、この動きをする「ヴァンダーファルケ」にレーザーを命中させるのは、まず不可能と言って良かった。激しすぎる転進の連続に、敵の放つレーザーは、かなり遠くを通過していく。連続射撃も意味を成さない程に、敵の狙いと「ヴァンダーファルケ」の位置は離れている。
このナーナクの動きは、傍目には、囲まれた為に慌てふためいて、しっちゃかめっちゃかに逃げ回っているとでも見えるかもしれない。
だがナーナクは、コンピューターにランダムな転進の制御を任せつつ、冷静に敵の動きを見ているはずだ。ブラックアウト寸前に追い込む程に強烈な、加減速や旋回の重力と闘いながら、恐らくは、呻き声などもひっきりなしに上げながら、ディスプレイを睨み続けているに違いない。
激しいランダム転進は、五体を引き千切らんばかりに、壮絶な負荷をパイロットに見舞うものだが、ナーナクは、それしきの事では、集中を1ミリ秒も切らしたりしない。それだけの訓練をして来ている。
そのナーナクを取り囲む敵パイロットは、隙を作らないように立体的な包囲を維持しよう、と努めているはずだが、攻撃対象にこのようなランダム転進を継続されて、整然とした包囲体勢を、維持し続けられるものでは無い。
突如ナーナクの「ヴァンダーファルケ」は、1つの方向に向かって、一直線にダッシュした。ランダム転進に煽られて、一方向に大きな隙を、敵は作ってしまったのだ。そこを突いて、包囲からの脱出を図る動きに、「ヴァンダーファルケ」は出たのだ。
一直線と言っても、ランダム微細動は発動されている。敵のレーザーは当たらない。
そして、ナーナクの駆る「ヴァンダーファルケ」の、この突如の動きは、もう一つの現象を戦場にもたらしていた。敵の5隻の「レーゲンファイファー」が、一つ所に集まって来た。
一直線に脱出と逃走を図る「ヴァンダーファルケ」を、5隻が無意識に追いかけようとした為に、全艇が一か所に集まる、という結果を招いたのだ。
「もらった。」
カビルの呟きがカイクハルドに届く。彼は既に、「リーリエ」を発射していた。散開弾の一種で、拡散面積より密度を重視したタイプだ。範囲は狭くとも濃密な金属片が、敵を襲う。
敵の5隻が集まるという現象が起こる何秒か前に、カビルは敵の集まるおおよその場所を予測し、そこに向けて「リーリエ」を発射しておいたのだ。集まった5隻の「レーゲンファイファー」のパイロット達は、ふと気づくと、目前に金属片群が迫って来ていて、もはや回避は不可能な状態だった。
拡散面積を重視したタイプの「ヒビスクス」のように、金属片に隙間などは無い。戦闘艇のすり抜けられる幅など全く残す事の無い間隔で、金属片は密集している。そして、5隻の「レーゲンファイファー」目がけて突進している。
5つの閃光がほぼ同時に、漆黒の宇宙を飾った。なんとも美しく、眩い光景だったが、10人の命を奪う煌めきだった。
先ほどカイクハルドの「ナースホルン」が見せたガイドマニューバは、ナーナクの「ヴァンダーファルケ」がトリッキーな動きで敵を1カ所に集め、そこをカビルの「ヴァイザーハイ」が「リーリエ」で仕留める、というフォーメーション攻撃の合図になっていて、5隻一斉撃破という成果に繋がった。
そして、第1単位)の周辺に、敵はいなくなった。
「他の単位も、敵の殲滅を終えたようだな、カビル。味方の損害は無しか。」
「当然だぜ、かしら。こんなの、俺達の相手じゃねえ。」
「第5単位の連中なんか、5隻しか回って来なかったって愚痴ってやがるみたいだぜ、かしら。」
途中から暇になったので、周囲の観察に精を出していたらしいムタズが、そんな報告を入れて来た。
「てことは、他の単位は、5隻も撃ち漏らしたって事か。だらしねえなあ。」
ランダム転進の壮絶な負荷に苛まれたはずのナーナクも、余裕しゃくしゃくに憎まれ口を叩いて来る。
「まあ、20隻の第1戦隊が、百隻の敵を無傷で葬ったんだ。まず、上出来だろう。第2戦隊も、別方向から来た百隻を、無傷で全滅に追いやったみたいだ。」
嬉しそうでもないカイクハルドの目は、幾つものディスプレイを駆け続けている。
マシンの性能も、「ファング」は断然上回っているが、それ以上に、組織力や連携が敵を凌駕していた。数を頼んでバラバラに攻めかかる軍閥の戦闘艇など、「ファング」の敵では無かった。
しかし、軍閥の保有する戦力は、戦闘艇だけでは無い。
「来たぜ!デカ物が。」
レーダー用ディスプレイの告げる戦況を、カイクハルドは口にした。
「ようやく、ホネのある敵がお出ましか。」
軽口のように呟いたカビルだが、声には緊張感が伴っている。敵が戦闘艦を繰り出して来たのだ。それも3艦いた。
2人乗り以下の小型の宇宙用船艇を、この時代、この宙域の人々は“宇宙艇”と呼び、戦闘に特化された宇宙艇を“戦闘艇”と呼んでいる。一方、大型で星間航行能力を有する宇宙用の乗り物は、“宇宙船”で、戦闘に特化された宇宙船は“宇宙戦闘艦”となる。
宇宙戦闘艦も、100人以下くらいが乗艦するものは小型戦闘艦、300人以上なら大型戦闘艦と呼ばれ、その間くらいの人員が乗艦するものは中型戦闘艦と呼ばれる。小さい方は機動性が高く、安価だ。大きい方は火力や防御力、そして値段が高い。それらは、状況に応じて使い分けられる。今「ファング」の前に現れたのは、中型宇宙戦闘艦1艦と小型宇宙戦闘艦2艦だ。
そして、この時代この宙域では、戦闘艦は、戦闘艇の天敵だと考えられている。重装甲で重武装の戦闘艦には、小型で軽火力の戦闘艇は、太刀打ちできないとするのが常識だった。
「ティンボイル」は、要塞襲撃を企てたのが戦闘艇だけの軍団だと、今となっては気が付いているだろう。戦闘艦を繰り出せば、あっさり片付けられると踏んでいるはずだ。
迎撃に向かわせた戦闘艇団は全滅させられたが、戦闘艦を繰り出した事で戦況は逆転し、一挙に、守備側である軍閥「ティンボイル」ファミリーに優勢になる、と考えているに違いない。
「第1戦隊、フォーメーション、ランスヘッドっ!最速だ!」
瞬時に密集隊形をとる「ファング」第1戦隊。細かい配置はコンピューターによる自動操縦だが、急速に隊形を整えるとなると、加減速や転進に伴う重力や遠心力のパイロットへの負荷は、尋常では無い。
パイロットに無理をさせればさせる程、素早い隊形形成が可能だが、パイロットが無事でいられなければ、しようが無い。パイロットに無理のない範囲での素早い隊形形成を、戦闘艇団というものは、試みることになる。
「ファング」の隊形形成の速度は、おそらく敵を唖然とさせているだろう。常識ではありえない速度で、瞬時に隊形を整え、「ファング」は戦闘艦への攻撃体勢に移った。
カイクハルドの言った“ランスヘッド”というフォーメーションは、文字通り槍の先端のごとく、進行方向に対して鋭利に尖った密集隊形だ。密集の程度も、常識破りだった。普通なら、戦闘艇同士の衝突を心配しなければならない程に、ぴったりと艇体を密着させた体勢だった。
コンピューター制御とはいえ、高速で宇宙空間を疾駆する多数の戦闘艇を、ここまで近接させた密集隊形、というのは考えられない事だった。
色々な意味で常識破りな密集陣形での突撃を、「ファング」は仕掛けたのだった。が、それでも敵は、戦闘艇が戦闘艦に太刀打ちできるなど、この段階では夢にも思っていないだろう。敵戦闘艦も悠然と虚空を進みながら、迎撃用のミサイルを放って来た。
弾種は、散開弾だった。敵艦と「ファング」の中間あたりで小規模の爆発を起こし、大量の金属片を展開させた。
戦闘艇が抱えているものなどより、遥かに大型のミサイルが、10発飛来する。それらが撒き散らす金属片群は、猛烈に広範囲で、かつ濃密だった。敵は、この攻撃だけで、「ファング」をほぼ全艇、葬り去ることができると考えているだろう。金属片の隙間をすり抜ける事も、金属片群を大きく回り込んで避ける事も、もはやできそうにもない。
戦闘艇が分厚い装甲に覆われている、といってもそれは、人間の感覚でそう思えるというだけの事で、宇宙を高速で飛翔する金属片との衝突に耐え得るものでは無い。「ファング」の保有する戦闘艇-「ヴァンダーファルケ」「ヴァイザーハイ」「ナースホルン」のどれをとっても、散開弾の直撃を装甲に被れば、爆散は免れない。
その広域かつ濃密な金属片群の絶壁に、槍先と化した「ファング」第1戦隊が向かって行く。
背後にある景色をすっかり黒く塗りつぶした、禍々しいまでの威圧感を見せるその絶壁に対する一塊の槍先は、あまりに果敢無気に見える。だが、迷う事も無く突進して行く。
「ファング」第1戦隊が5隻保有する「ナースホルン」が、槍の尖った先端を固めている。流体艇首を展開し、戦隊の盾としている。1隻を先頭に置き、その斜め後ろに4隻がつける。その更に背後にいる15隻の戦闘艇は、5隻の「ナースホルン」の背後に、すっぽりと隠れてしまっている。
流体艇首で、金属片を凌ぐ体勢か?だが、金属片の角度や命中箇所によっては、金属片は流体艇首を突き抜け、後方にあるものを破壊する。前方に無数に配された金属片の全てを、流体艇首だけで凌ぐ事は、できそうにもない。
それでも「ファング」は突き進む。槍衾と呼んでも良い金属片群が、ぐんぐん迫って来る。
カイクハルドはディスプレイを睨む。コンピューターが判別した金属片群の濃淡が、ディスプレイ上に色分けして示されている。なるべく薄い部分を通ることで、被害を最小限に減らすつもりか?
だが、カイクハルドは金属片の密度の、比較的に高い部分をマーキングした。第1戦隊の全艇に、瞬時に情報が共有される。全艇が、同じ箇所を目指す。
敢えて金属片の濃密な部分を目指して、一塊の槍先と化した「ファング」が突き進む。凶悪な絶壁は、もう、目前だ。
今回の投稿は、ここまでです。次回の投稿は、'18/1/6 です。
作品の完成と毎週投稿への切り替えは、まだまだ先になりそうです(業務連絡?)。長い物語になると、読み返すだけで何日もかかってしまいますが、時々全体を読み返さないと、何を書いて良いか分からなくなる作者なのです。よって、なかなか前に進みません。それでも、懸命に執筆は続けているので、続きを気にして下さっている読者の方に置かれましては、ご容赦頂きたいです。
本文においては当分は、「バーニークリフ」」奪還戦が続きます。未来の宇宙の戦闘というのも、いざ書いてみると凄く難しいです。面白さとリアリティーと分かり易さ、それら全てを満足させたい、と思ってはいるのですが、どんなもんでしょうか?設定や前提条件をどうするかで、戦いの様相も千差万別となり、どんな兵器を登場させ、コンピューター制御の程度をどうするか、とかでも、まったく印象の違うものが出来上がるでしょう。これだけ未来なら全部コンピューター制御で、人間なんか乗ってなくて良いのじゃないか、とも思えるけど、それでは小説として面白いシーンにならないので、人間がやらなきゃならない事ってのを、無理やりにでも作ってみたりして。今のAI技術の進歩を見ていれば、本作で人間にしかできないとしたところも、実はコンピューター制御でできたりするかもしれない、とも思えるけど、人間ならではの恐怖心・功名心・肉体的限界、等を持たないAIには、やっぱり人間の真似はし切れないようにも思えるし、何が"リアル"かは作者には分かりません。その中でも、少しでも"リアリティー"のある作品に仕上げるべく試行錯誤をしてみるつもりなので、その作者の悪戦苦闘の軌跡を、読者の皆様には是非、ご覧頂きたいです。というわけで、
次回 第3話 突破・連打・転戦 です。
数の面で圧倒的に上回る敵を退けたら、今度は"でかぶつ"が出てきました。数に対しては1つ1つを素早く確実に仕留めるフォーメーション攻撃で対処した「ファング」が、"でかぶつ"相手にどんな戦いを見せるか。イメージを膨らませながら次回を待って頂ければ、とても嬉しく思います。