第34話 策謀・誘導・丸裸
不満顔のヴァルダナに説明を試みたのは、「軍政目の敵戦隊」の隊長だった。
「今の軍政を見れば、そんな気分にもなるがな、ヴァルダナ、百年とちょっと前の、樹立直後の軍事政権は、総帥を始め中枢にいた軍閥も全て、身内には倹約と節度を、庶民には慰撫と慈愛をって感じで、なかなかの善政を敷いていたんだ。それが、時が過ぎると共に腐敗の度を高めていき、前の総帥、アクバル・ノースラインが就任するに至って、最悪の様相を呈して来た。ま、アクバルは悪というよりただの怠け者で、奴がちゃんと手綱を締めてねえのを良い事に、『ノースライン』ファミリーの家宰でしかないはずのファル・ファリッジが統治者面して、やりたい放題の独裁専制に持ち込みやがったんだ。」
軍政出身のカウダが説明すれば、説得力も違う。
「そうなのか、ファル・ファリッジってのが、一番の悪者なんだな。だが、今の総帥はアクバルじゃないのだろう。『ノースライン』ファミリーの別の者が、総帥の地位を受け継いでるんじゃなかったか?」
「ああ、ラフィー・ノースラインってのが、今の軍事政権総帥だ。」
カイクハルドが教えたのに続き、またカウダが軍政の内実を語り出す。
「だが、あいつは、ただのお飾りにさせられている。今の軍事政権は、総帥によって意思決定されているわけじゃない。『ノースライン』ファミリーの、ただの家宰であるはずのファル・ファリッジの裁定に従って動く組織に、いつの間にか改造されちまってる。行政を司る役人どもが、ことごとくファル・ファリッジの息のかかった者に置き換えられ、奴に逆らう者は全て抹殺されるか追放されるかして、多少なりとも良心を残す者もファル・ファリッジが怖くて何も言えねえ、ってあり様だ。ファル・ファリッジへの忖度だけで動く組織に、今の軍事政権は成り下がっちまってるのさ。」
「で、アジタの奴も、ラフィー・ノースラインに貼り付ける形で、上手く軍事政権の意思決定機構から締め出されちまっている。銀河連邦からは色々な注文や改善要求が出されるが、それはラフィー・ノースラインのところで止まっちまって、政策決定の場には行き渡らねえ。ラフィーは、銀河連邦の代表であるアジタの宥め役にさせられちまって、ラフィーもアジタも口出しできねえところで、ファル・ファリッジが政治の実権を牛耳る、って形が出来上がっちまってる。」
苦り切った表情で、カイクハルドがカウダを補足した。
「銀河連邦っていうのは、そんな状況に、何もできないのか?」
「だから、遠すぎるんだよ。」
今度はテヴェが、ヴァルダナの不満に応える。「行って帰って来るだけで1年以上かかる。通信を往復させるのにも、半年以上かかる。そんな遠くにある銀河連邦じゃ、『グレイガルディア』の実情や軍事政権の内情なんて、掴み切れるわけはない。それでも、何とか可能な範囲で『グレイガルディア』の状況を改善しようと、かつては帝政に、今では軍政に、できる限りの助言や要求をしてるんだが、横暴な貴族やファル・ファリッジのような輩の巧妙な政略で、存在を無効化されちまっている。政権の外側で活動している連邦支部もあるが、似非支部の跳梁が著しいおかげで、こちらも存在感が薄くなっちまってる。」
「そうか。もう、打つ手なしの状況に、なっちまっているんか、銀河連邦は。」
「馬鹿野郎、手は打ってるじゃねえか。『ファング』って手をな。」
「ええ!? じゃあ、『ファング』って・・」
驚きに目を見開いて、ヴァルダナはカイクハルドを見つめ返した。
「裏の元締めはアジタだ。勿論その背後には、銀河連邦がいる。あまり、でかい声では言えねえんだがな。」
その事を知るのは、「ファング」の中でも一部の者だ。ヴァルダナは、めでたく“一部”の仲間入りをした事になる。
「そうなのか!」
「そうなのか、じゃねえよ、ヴァルダナ。何で『ファング』が、銀河連邦の最新鋭の装備を保有していると思ってんだ。帝政や軍政の中枢へのアプローチだけじゃ『グレイガルディア』を改善できねえし、連邦支部の生ぬるい活動だけでもどうにもならないから、『ファング』っていう荒療治の手段を、銀河連邦は密かに使う事にしたんだ。アジタの何代か前の銀河連邦を代表するエージェントが、『ファング』の創始者らしいがな。」
「そうだったのか。『ファング』とは、銀河連邦の・・」
「だが、勘違いするなよ、ヴァルダナ。『ファング』の本質は、盗賊団兼傭兵団だし、俺達はアジタの操り人形じゃねえ。アジタの考えに関わらず、俺達がどうするかは、俺達で決めれば良いんだ。帝政や軍政にお灸をすえる為に、帝政貴族や軍閥エリートの気に入らない奴を、襲ったり、殺したり、奪ったり、犯したりするのが、俺達だ。『ファング』が『グレイガルディア』の善良な統治者に成る、なんて事はできるわけはねえ。それをやれるのは、帝政か軍政のどちらかだ。俺達はそれらの内の統治の実権を握っている方にお灸をすえて、少しでもマシな統治をやらせるように仕向けるんだ。」
「そうか。それで、少し前まではアジタも『ファング』も、軍政を善政に導く努力をしていたが、どうやら無理だと考え始めて、そろそろ帝政に舵を切るかどうかの判断を迫られているわけだな。『カフウッド』の闘い振りが、いや、『カフウッド』の蜂起に対する『グレイガルディア』全体の反応が、判断の決め手になるんだな。」
「アジタは、そんなつもりで動いてるんだろうが、俺達『ファング』が、そこまで大きな話を考える事もねえ。所詮、盗賊団兼傭兵団なんだ。気に食わねえ帝政貴族や軍閥エリートを、襲って殺して奪って犯して、ってそれだけで良い。それで横暴が過ぎる連中に痛い目を見せ、お灸をすえてやればな。国の行く末なんてでかい話は、権力に侍ってるアジタに任せるさ。」
「そうだ!権力者の箱入り娘を、囲いまくれば良いんだ。」
との意見が、共感を呼ばない事を悟ったカビルは、慌てて話題を換えた。「で、そのアジタが、ターンティヤー・ラストヤードをマークしろ、ってビルキース姉さんに依頼したんだろ。ていう事は、そいつの考えや行動が、アジタが軍政を見限るかどうかの目安になる、って事じゃねえのか?」
「そう考えるのが、筋だな。軍政内部にいて、色んな軍閥を直接に見て来たアジタだから、どの軍閥の動きが軍事政権の崩壊に繋がりそうか、くらいは見当を付けていて当然だからな。」
後に口にした言葉には賛同を得られたことに、カビルは得意気な笑みを浮かべていた。が、
「そいつだけが目安になるわけじゃねえさ。」
と、カイクハルドには否定的に受け止められた。「確かに『ラストヤード』の動向も目安の一つなのだろうが、もっと大きな目安がある。『ラストヤード』だけが反旗を翻したって、軍政は崩壊しねえし、『ラストヤード』が先頭を切って挙兵する事も、俺はねえと思う。もっと大きな中枢軍閥の離反を見届けた後じゃねえと、『ラストヤード』は何もしねえんじゃねえか、とな。」
深刻な表情でカイクハルドの言葉に聞き入っていたヴァルダナが、ぼそりと語った。
「そう言われると、軍政打倒はまだまだ遠い道のりのように聞こえるな。そんな、幾つもの名門大軍閥が離反や挙兵をしなければ、軍政は倒れないのか。」
「百年以上に渡って、この『グレイガルディア』に君臨して来たんだ。そう簡単には倒れんぞ。」
トゥグルクの言葉に、全員が大きく頷いた。
「軍政打倒は、『カフウッド』の旦那の仕事だ。俺達は、『シェルデフカ』の領民から過酷な徴発をして集落を苦しめる軍閥が気に食わねえから、そういう奴等を見つけ次第、襲って殺して奪って犯すんだ。後方攪乱なんていうのも、たまたま結果的にそうなれば良いってだけだ。」
決然と言い放つカイクハルドに、集った者達は一様に頷く。が、彼の眼光に現れているものは、そんな単純なものではなさそうだ、と彼を見ている誰もが思った。
その数日後、3艦から4艦程度の小規模艦隊で「シェルデフカ」領域を駆け抜けて行く軍閥を、「ファング」は察知した。彼らと「カフウッド」ファミリーが「シェルデフカ」全域に渡ってばら撒いた数百万の無人探査機が、軍閥艦隊の姿を捕え、データーが「シュヴァルツヴァール」に送られて来たのだ。
領民に手出しをする事も無く素通りして行く軍閥の艦隊には、「ファング」も手を出す理由は無い。4艦程度の相手ならば、「ファング」ならば無傷で殲滅できない相手ではないし、掠奪などもやろうと思えばできただろうが、彼らを襲うのは「ファング」の流儀では無かった。
後に判明したところでは、彼等は「マンシー」と「ベースリット」という弱小軍閥ファミリーで、大軍に紛れて戦ったところで大した手柄は期待できそうにない、と考えていたそうだ。
かといって、ここでそれなりの報酬に預からなければ、存亡をすら危ぶまれれる程の貧乏軍閥なので、全滅覚悟の突撃によって先駆けを飾る戦功に賭けていたらしい。たとえこの突撃した艦隊が壊滅しても、その事で恩賞が下されれば、故郷に残して来た彼らの家族はかろうじて生き続ける事ができる。子孫にも、幾許かの財産を残せるかもしれないのだという。
「カウスナ」方面に向かって行った数日後、今度は反対方向に飛翔して行く「マンシー」と「ベースリット」の両軍閥艦隊を、再び「ファング」は察知した。
遠巻きには何の損傷も無く帰って来たように見えたが、最接近した無人探査機の捕えた映像を見ると、艦の表面構造物をことごとく薙ぎ払われ、もはや戦う事はおろか索敵もままならない状態だ、というのが一目瞭然だった。
クンワールから、追って戦況が伝えられて来た。「バーニークリフ」の宙域に踏み込んだ「マンシー」と「ベースリット」の両艦隊にプラタープは、徹底した散開弾攻撃だけを、前後左右上下から、数時間に渡って食らわせたらしい。数百のミサイル基地化された小惑星を、絶妙な位置に配したプラタープの緻密な計算が、そんな攻撃を可能にしたのだろう。
散開弾攻撃では、戦闘艦が大破する事は無い。人的被害は全く受けなかった両軍閥だが、表面構造物が全滅してしまっては、もはやそれは戦闘艦とは言えない。盲目の宇宙船だ。「マンシー」と「ベースリット」は、そうなっては引き返す以外に術は無い。
「バーニークリフ」の方も、勿論、損傷など被るはずも無く、安全理に戦闘は終結した。
「マンシー」と「ベースリット」は尻尾を巻いて逃げ帰ったが、全滅覚悟で先駆けを敢行した勇気や、全艦が戦闘不能になるまでの損傷を被った奮戦ぶりは、軍政としても全く評価しない、というわけにはいかなかったようで、彼等には待望の恩賞が下された。
豪華な暮らしが許されるほどの潤沢な恩賞では無かったが、弱小軍閥が何とか当面の生き残りを可能とし、子孫への体面を保てるくらいには、彼等の先駆けの戦いは賞された。
そして彼らは、保有する戦闘艦が全て損傷した事で、これ以上の戦いは免除されるだろう。今から始まる壮絶で泥沼的な戦争で、彼等は傷つく事は無い。「パレルーフ」ファミリーと同様に、悪辣な軍事政権を守る為に傷を受けなくて良い立場を、彼等もまんまと手にしたのだ。
「パレルーフ」のように、計算ずくでも巧妙な策を弄したわけでもないが、全滅覚悟の命を投げ打った先駆けを敢行した事が、幸運な未来を招き寄せた。
その事を「マンシー」と「ベースリット」の両ファミリーが知るのは、故郷に帰り付いた後の事になりそうで、故郷へ帰る道すがらの彼等は、敗戦の屈辱と全艦を戦闘不能にさせられた無念とで、しゅん、と落ち込んだ状態だったらしい。
「ビルキースから情報だぜ、かしら。敵の10万の大部隊がこっちを目指して進発したっていうのと、その大軍を率いる30個ほどの軍閥ファミリーに関する情報だ。ビルキースの仲間達が、それらの軍閥の幹部全員のベッドルームに侍って、じっくりとその人となりを観察したらしい。」
「そうか。」
ニタニタと笑いを浮かべて、カイクハルドはトゥグルクの報告を飲み下した。「ビルキースの下には、百人近くの女達が、娼婦を装ったスパイとして集まってるからな。そいつらがベッドルームに侍ったっていうなら、軍閥の幹部共は女達を裸にひん剥きながら、自分の頭を裸に剥かれちまっただろうな。有効に使わせてもらおうぜ、ビルキース達が体張って取って来た情報を。」
「でも」
ちょっと不服そうな顔をしているのは、ヴァルダナだった。「本当に、当てにしていて良いのか?ビルキースって女の情報は。この前の『パレルーフ』の件だって、ビルキースの情報からじゃ、奴等が『カフウッド』に退却のきっかけを与える為だけの攻撃的な行動に出る、なんて思えなかったじゃないか。ビルキースが、もっと踏み込んだ情報を取ってくれれば、あんなことにはならなかったはずだ。」
「馬鹿野郎。ビルキース達は調査対象になった奴のベッドルームに侍って、その時に率直に感じた事を伝えて来るだけだ。それ以上の事は、俺は望んでねえ。後は、あいつらが取って来た情報から、俺達がどれだけの真実を汲み取れるかだ。相手の作戦を全て予測できるほどの情報なんて、期待する方がどうかしてるんだぜ、ヴァルダナ。ビルキースは、『パレルーフ』の幹部には切れ者が多いようだ、って情報を、送ってくれてただろ?その情報から、『パレルーフ』の意表を突く動きに備えられなかった、俺の読みが浅かっただけだ。ビルキース達の情報を、見くびったり疑ったりするんじゃねえ。」
「そ、そうか。そうだな。分かったぜ、カイクハルド。」
ヴァルダナの呑み込みの良さに、カイクハルドは満足気に頷いた。
「お前は『パレルーフ』のおかげで、またナワープに手込めにされちまったのが悔しいんだろ?バルダナ」
「うるせえ、カビル!そんなの、関係ねえよ!」
「へっへっへ、手込めにされたのは、否定しねえんだな。相変わらず面しれえな、お前ら。年増女に手込めにされ続けるティーンエージャーか。へへへへへっ」
「な、なんだよ。笑うなよ。あ、あいつが悪いんだ・・ナワープの奴が。『ファング』が終わる、って聞いた途端、眼の色変えやがって・・・と、突然、あんな事を・・・」
「それにしても、ずいぶんビルキースの肩を持つんだな、かしら。やっぱりかしらはビルキース姉さんと、イイ関係になった過去があるんじゃねえのか?」
「そんなもん、忘れたぜ。昔の話だ。」
そっぽを向いたカイクハルドだったが、カビルは、あっちもこっちもからかう事ができて、ご満悦の様子だ。
「ビルキース達は、引き続き『エッジャウス』からやって来る征伐隊を相手に、スパイ活動を展開するみたいだな。百個近い軍閥の千人くらいの幹部相手に、ベッドルームに侍って人となりを見極めようとしてるんだから、大したもんだ。一人の女が、1日に3・4人の男を相手にしなきゃ、間に合わねえだろうなあ。一方でビルキースは、ターンティヤー・ラストヤードに貼り付いてなきゃいけねえし。」
にやけたトゥグルクの顔は、好色な想像の産物か、女達の激務への苦笑か、よく分からない。
「女達は、女達の戦いをやってるって事だ。俺達も負けてられねえぞ。ビルキース達の情報をしっかり吟味して、作戦を練ろうじゃねえか。」
カイクハルドが、瞼の裏に描いているであろうビルキースを想い、皆が一様に頷いた。
「こっちへ向かって来る部隊もだが、こっちから逃げ落ちて行く部隊に対しても、スパイ活動はやるつもりだって予定も、ビルキースは伝えて来ている。もう戦場復帰しないつもりか、体制を立て直して再出陣するつもりかを、見極めて報告してくれるみたいだな。」
「ご苦労な事だな。」
トゥグルクの言葉に、カビルは思わず唸った。「毎日休みなく、何人もの男を相手にして情報を取らなきゃいけなくなるじゃねえか。そこまで頑張ってくれるって事は、ビルキース姉さんのかしらへの想いってのも、生半可なもんじゃねえな。」
「うるせえよ、カビル。だが、『マンシー』や『ベースリット』の幹部達も、今は戦いに負け戦闘艦もボロボロにされて、意気消沈して自領へ戻って行ってるんだろうが、そんな奴等にビルキースの体は、良い薬になるだろうな。」
「そう言うって事は、かしらもビルキースの体を知ってるって事だな?」
「だから、うるせえって言ってんだよ、カビル。いつまでもおれとビルキースの詮索をしてんじゃねえよ。」
「だって、気になるじゃねえかよ。謎の美女ビルキースだぜ。それとかしらの間柄だ、放っておけるわけ、ねえじゃねえか。」
そんなカビルの無粋な質問を掻い潜りながらの、ビルキースの情報をもとにした戦術構想の話し合いは、なかなかに骨の折れるものだった。
「来たな。あれは、『ロンウェル』ファミリーの第3艦隊だ。」
「ヴァイザーハイ」から発信されたカビルの声が、カイクハルドに届いた。「相当に規模のでかい軍閥だが、ビルキース姉さんが自ら棟梁のベッドルームに侍って、人物像を見極めてくれたおかげで、作戦は上手く行きそうだぜ。」
「功名心ばかり高いが、実戦に関する知識も経験も乏しいし、軍の采配に関してもちんぷんかんぷんな棟梁だ、って話だったよな、ビルキースの報告じゃあ。だから、何でもかんでも配下に丸投げするだろう、って読んだんだが、それは当りだったようだな。」
「ナースホルン」のコックピットから、カイクハルドは通信機に向かって語る。
糧秣確保の為にL4-ラグランジュ点に向かって来た「ロンウェル」の徴発部隊を、「ファング」はことごとく撃破していた。徴発部隊となると、小型の戦闘艦1艦か2艦に数隻の輸送船、といった程度の部隊だから、「ファング」には全滅させるのも造作もなかった。
ついさっきも、「ロンウェル」の第3艦隊が放った徴発部隊を全滅させたばかりだ。第3艦隊はこれで、3つの徴発部隊を失った事になる。
そろそろ、第3艦隊の本隊が乗り出して来る頃だ、と思っていた。自分達の放った徴発隊を襲った奴を野放しにしたのでは、軍閥としての面子に関わるし、糧秣の入手も不可能だ。何としても襲撃犯を退治せねばならない、と思っているだろう。
第3艦隊は、L4-ラグランジュ点にある集落を訪れたが、既に盗賊による掠奪を受けた後で、食料は持ち去られ、若者達も連れ去られ、集落には老人しか残っていない、と聞かされていた。住民達がそう説明する声を、カイクハルド達は通信機越しにリアルタイムで聞いていた。
「ロンウェル」ファミリーの第3艦隊は、糧秣を確保したければ、その盗賊を見つけ出し、集落から持ち去られた食料などを盗賊から奪うしかない。第3艦隊は、盗賊を見つけるべくL4-ラグランジュ点から散開して、捜索に乗り出して行った。
乗り出した先で彼等は「ファング」と出くわした。ラグランジュ点から少し離れた位置で遊弋していた「ファング」の第1戦隊を、散開した「ロンウェル」の第3艦隊所属の戦闘艦が発見した。2艦が一組で行動していた。
逃げる構えを見せると、必死になって追いかけて来る。何としても糧秣を確保したいらしい。丸投げ棟梁に、何としても盗賊を仕留めて来い、と厳命されているのだろう。
丸投げしか能の無いリーダーほど、配下に厳しく成果だけを求める。糧秣確保の命令を部下が遂行してくれないと、もう、どうして良いか分からないし、何も考えられないのだろう。次善の策を発案するとか、命令が遂行されない原因を解析する、などは思い付きもしない。ただ怒り狂って、顔を真っ赤にして、何が何でも糧秣を確保しろ、と繰り返し怒鳴り散らすだけに違いない。カイクハルドには、そんな姿が想像できた。
そんな、功名心ばかり髙いくせに無能な者をリーダーに頂いた配下は、心のゆとりも冷静な判断力も無くなり、無思慮な猪突猛進しかできなくなる。「ファング」にとっては、この上もなく罠に嵌めやすい敵、という事になる。
必死で追いかけて来る敵戦闘艦2艦の双方は、少しずつ互いに距離が離れる。中型と小型が1艦ずつだったが、機動力は小型の方が高いので、時折転進しながら逃げる「ファング」第1戦隊を追いかける内に、だんだん距離が離れて行く。小型艦が先行し、中型艦が取り残される。
ある程度敵2艦の距離を引き離しておいて、「ファング」第1戦隊は突如反転し、小型戦闘艦への突撃を敢行する。
予想外の反転突撃に驚きつつ、散開弾での迎撃を繰り出したが、いつも通り「ファング」は、それを難無く突破する。そしていつも通り、この突破に敵は対応できず、痛撃を食らわせられる。
「ココスパルメ」の青白い光球が、敵艦の艦首を美しく装飾した。右舷側に2発、左舷側に1発の、合計3つの輝く玉は、見ようによってはお洒落で素敵なのだが、灼熱による破壊と殺戮を敵艦内に巻き起こしている。
「へへっ、ざまーみろ。」
「ヴァイザーハイ」5隻のミサイル攻撃を指揮したカビルの、してやったりの声を、カイクハルドは通信機越しに聞いた。
痛打を浴びせておいて、また「ファング」第1戦隊は逃げる。敵は、少数で追いかけるのは危険と判断したか、増援の為に派遣された艦が追いすがって来るのを待ち、3艦程が一丸となって第1戦隊の飛び去った方向に発進した。既に姿は見失っているので、また探さなければいけない。
攻撃を受けて半壊状態の小型戦闘艦は後に残し、無傷の3艦が、第1戦隊の行方を追った。
敵は、「ファング」第1戦隊の発見はできなかったが、タキオントンネルのターミナルを発見した。未だ、タキオン粒子を放出していた。そのタキオントンネルを使って、第1戦隊が遠くへ逃げたと考えたようで、タキオントンネルを詳しく観測し始めた。
その方角と粒子の強度などを測定すれば、だいたいの移動先は分かる。敵もそのターミナルを乗っ取る形で使って、超光速の移動で第1戦隊を追いかけた。
だが、「ファング」第1戦隊は、タキオントンネルで移動したわけでは無かった。タキオン粒子を照射しておいて、敵の索敵圏外からその様子を見守っていた。「ファング」は超光速で逃げたもの、とまんまと信じ込まされた敵がタキオントンネルで移動して行くのを見届けると、彼等はL4-ラグランジュ点に引き返して行った。
第1戦隊がやったように、「ファング」は手分けして「ロンウェル」の艦隊を小分けにして誘い出し、超光速移動で遥か彼方に追いやっていた。「ロンウェル」ファミリーの第3艦隊が、一艦残らず術中に嵌められた。
第3艦隊だけでは無かった。第5まである「ロンウェル」の艦隊のうち、第2から第5までが、そうやって細切れにされた上で、遥か彼方へ姿を消した。棟梁の率いる第1艦隊だけが、「シェルデフカ」領域内に留まっている。
糧秣確保を丸投げして送り出した第2から第5艦隊が、いつまでたっても戻って来ないので、棟梁直轄である第1艦隊も自ら糧秣確保に動くしか無くなる。第2惑星の軌道上集落に駐留していた彼らだが、そこでも糧秣の徴発はできなかった。「シェルデフカ」領域はどの集落に行っても、食料などの蓄えは底を付いている。
住民達は、「カフウッド」ファミリーに根こそぎ持って行かれた、と説明しているが、全て隠し集落に避難させてある。僅かな数の老人だけが、集落で留守番をしている状態だ。
他の艦隊と同じように、L4-ラグランジュ点に「ロンウェル」ファミリーの第1艦隊はやって来た。そして他の艦隊と同じように、盗賊の掠奪にあったと住民に説明され、盗賊の発見と糧秣の強奪の為に、保有艦を散開させて捜索に乗り出した。
「ロンウェル」ファミリーの棟梁が座乗する大型戦闘艦は、小型戦闘艦2艦だけに護衛されて、L4-ラグランジュ点に残っている。要するに、丸投げしかできない棟梁は、自らの手足を全て、宇宙の彼方に投げ出してしまった状態に陥っていた。
自分では何も考えられないし、何もできないから、と問答無用で命令の完遂だけを部下に求め続けた結果、部下達は、棟梁を守るという使命を忘れてしまう程に、命令遂行に必死になった。丸投げしかできないリーダーとは、かくも手足を上手に動かせないし、いつの間にか手足を失ってしまったりもする。
手足を失っている棟梁は、しかし、自分が手足を失った状態である事にすら、気が付かないらしい。L4-ラグランジュ点に戻った後、身を潜めていた「ファング」の第2から5戦隊が、隠れ家にしていた岩塊から飛び出し、テトラピークフォーメーションで敵棟梁の座乗艦に包囲攻撃を仕掛けた時には、
「者共、敵だ!敵が出現したぞぉ。かかれ、かかれぇ!取り囲んで、討ち取れぇ!」
と、勇ましく命令を下した。その声は「ファング」に傍受され、「ナースホルン」のコックピットにいるカイクハルドにも聞こえた。
「者共は、もういねえんだよ。そんな小勢で、取り囲めるか。」
と、続けて通信機を埋めたカビルの声を聞き流しつつ、カイクハルドはディスプレイで戦況を睨む。
小型戦闘艦2艦と、大型戦闘艦から発進した戦闘艇十数隻が、手分けして「ファング」第2から4戦隊の迎撃に向かう。カビルの言葉通り、囲むなどは全く無理で、行く手に立ち塞がるのが精一杯だ。
「ファング」の方も、無理な突破を試みたりはしない。じっくりと、迎撃に出て来た敵戦力を血祭りに上げる態勢だ。
敵迎撃部隊は、たちまちにして劣勢に陥った。小型戦闘艦は「ココスパルメ」の青白い光球に食い付かれて、断末魔の火柱を吹かされている。戦闘艇は、堅実なフォーメーション攻撃によって、1隻また1隻と着実に撃ち減らされて行く。
その中心に位置する敵大型戦闘艦は、あまり危機を感じていないように、悠然とその場に留まり続けている。何らかの動きを起こさなければ、身に危害を及ぼされ得る状況だ、というのが理解できていないようだ。
丸投げばかりして来た「ロンウェル」棟梁は、自分で自分の危機を理解する能力も無いらしい。敵が目前に迫り、それを迎撃に向かった戦力が全て劣勢にある、という現実が何を意味するのかも、分からないらしい。
この段階で全速力での逃亡を図るか、艦を第2から5戦隊のどれかに肉薄させ、大型戦闘艦も参加しての総力戦で各個撃破を図るかすれば、まだ生き残る可能性はあるかもしれないのに、動かない。
実際は、逃げようとしても戦いに参加しようとしても、「ロンウェル」棟梁には生存の可能性は残っていなかった。「ファング」第1戦隊が、未だ岩塊の中に身を隠して攻撃のタイミングを計っていたから。
敵の迎撃戦力が、大型戦闘艦から十分に離れたのをディスプレイ上に見て取り、カイクハルドは号令をかけた。
「第1戦隊、突っ込むぞ。」
本来は集落の物資集積庫に使われている、岩塊を刳り抜いた空洞から、「ファング」第1戦隊は飛び出した。敵がそれに気付いた時には、既に散開弾攻撃も不可能な程に肉薄されていた。
素早く対処すれば、レーザーでの迎撃くらいはできたはずだが、丸投げ棟梁の座乗艦は、何もできなかった。戦闘艇搭載型徹甲弾「ヴァサーメローネ」が5発、カビル指揮のもとで大型戦闘艦に撃ち込まれた。
5カ所で装甲を食い破られ、内部に灼熱の突風を吹き込まれた大型艦からは、瞬時に3割の人命が奪われた。内部の備えがしっかりしていれば、もう少しマシだったかもしれないが、丸投げ棟梁の座乗艦は、ミサイル被弾に対する備えも全くできていなかった。
直撃から3分後には、半数の人命が散った。更に被害は拡大する。応急措置も救護体制も、丸投げ棟梁の下では憐れなほどに機能していない。物的損傷も甚だしく、索敵も迎撃も操艦も、あらゆる機能が致命的な障害に見舞われる。
そんな敵の惨状は、通信が余すところなく傍受されている事により、カイクハルドに詳らかにされている。拠点と化し、ホームと呼んで良い状態の集落内での戦いにおいては、敵艦内部の状況であっても「ファング」には筒抜けだった。あらゆる点において、「ファング」は「ロンウェル」を丸裸にした上で、血祭りに上げようとしている。こうなっては、大規模軍閥の艦隊も籠の中の鳥であり、風前の灯火でもあった。
何よりも、最初の一撃で「ロンウェル」ファミリーの棟梁は爆死した。ある意味、幸運だった。大型艦が再度の攻撃を受ける前に、「ロンウェル」ファミリーは降伏を宣言する事ができた。棟梁が生き残り徹底抗戦を叫ばれたら、消えていたはずの命が消えずに済んだ。
大型戦闘艦から、非武装のシャトルが飛び出して来る。3割を下回った生存者と、ありったけの物資を積み込んで、白旗を掲げた惨めな醜態を「ファング」の前に曝した。
今回の投稿は、ここまでです。次回の投稿は、 '18/9/22 です。
"丸投げ棟梁"の下りは、作者の個人的な恨み節が紛れ込んだかもしれません。自分が担当する作業を全く知らない上司に、ひたすら厳しく結果だけを求められたら、滅茶苦茶困るし頭にも来ます。後で考えれば、全く経験のない部門に落下傘的に放り込まれ、管理職をやらされている方も大変だったのでしょうけど、そんな人事をする会社も、その人事を安易に受け入れた上司も、今から考えても、何かおかしいのじゃないか?と思ってしまいます。そんな人達を、架空の世界でコテンパンにやっつけるのが小説家の楽しいところ、とか言ったら不謹慎でしょうか?ビルキース達が入手した情報を、カイクハルド達が巧みに利用して劇的勝利につなげた、ってあたりだけをお楽しみ頂ければ良い場面だったのですが。というわけで、
次回 第35話 若きパイロットの葛藤 です。
戦いに勝利した「ファング」は、例によって例の如く、お決まりの狼藉に及ぶわけですが、そのあとで、誰かに何らかの葛藤が訪れるわけです。狼藉と関係が、あるといえばある葛藤です。読者様にも、一緒に悩んでもらえたら嬉しいような内容ですので、よろしくお願い致します。




