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銀河戦國史 (アウター“ファング” 閃く)  作者: 歳越 宇宙 (ときごえ そら)
第3章  攪乱
35/93

第33話 牙が閃く訳

 通信機の向こうで首を捻るトゥグルクに、カイクハルドは説明した。

「旦那は始めから、適当なところで撤収するつもりだっただろ。今回の進撃自体が、敵の大軍を誘い出す為だけのフェイクで、『シックエブ』にまで乗り込むつもりは、さらさら無かったんだ。

 『パレルーフ』は、それをとっくに見抜いていた。自分達が攻撃的な動きに出れば、それが具体的にどんな動きであれ、『カフウッド』が撤収するって事は、計算ずくだったんだ。」

「なるほど。中規模の軍閥だけで単独で進出して来る『パレルーフ』を、強敵だと判断する事も、そんな強敵と、『カフウッド』がここでやり合おうとするはずがない事も、連中には分かっていたってわけか。だから、自分達がどんな形であれ攻撃的な動きを見せれば、『カフウッド』は撤収を始めるだろう、と目論んだわけか。だから連中は、この集落に全軍を向けたのか。」

「俺達の想像より『パレルーフ』は上だった、とさっきは思ったが、奴等はそれよりも更に上を行ってたってわけだ。完全に俺達の意表を突く攻撃的な動きを見せておきながら、攻撃する気すらも無かった。『ファング』なんてちっぽけな存在は、初めから眼中に無かったんだ。戦う事なく、この征伐行を終わらせる為の行動だったんだ。」

「だったら、初めから征伐に出て来なければ良かったんじゃないのか?『カフウッド』には『シックエブ』に向かう意思が無く、途中で引き返すって事も分かっていたならよう。」

「そんなわけには、いかねえさ。連中が旦那の意図を読んでいたって、『シックエブ』の阿呆どもは何も分からず、何としても『カフウッド』を食い止めろ、って命じてたはずだ。軍事政権の配下にある『パレルーフ』としては、従わざるを得ないし、何の手柄も上げずに戻るわけにもいかねえ。が、『パレルーフ』は、戦闘をするつもりは無かった。戦闘になっちまったら、ある程度の怪我は覚悟しなければならないが、連中はこんなくだらねえ征伐戦で、怪我一つ負うのは御免だ、って思ってたに違いない。」

「それで、征伐戦に出て来ても戦闘を起こさないで、怪我一つせずに征伐を終わらせ、本拠地に引き上げる為に、『カフウッド』に撤収の機会を与えたって事か?」

「そうさ。何も手柄がねえんじゃ、『シックエブ』も『パレルーフ』の本拠地への引き上げを承知しないだろうが、『カフウッド』の進撃を食い止め撤収に追い込んだとなれば、手柄としては十分だ。戦闘をせずに手柄を立てて引き上げを認めさせるには、『カフウッド』に撤退してもらうのが一番だ。」

「その為に、手近にある弱小の集落を、全軍で襲う構えを見せたのか。」

「そうさ。こんなちっぽけな集落とは言え、全軍で襲い掛かる姿勢を見せたら、フェイクで進軍して見せているだけの『カフウッド』は、撤収するに決まっているからな。結果を見りゃ、当たり前の事だったな。だが、『パレルーフ』がこっちに向かって来た時には、そんな事、思い付きもしなかった。奴等の戦略眼が、俺達を上回ってたって事だ。」

「しかし、こんなのは一時凌ぎじゃないのか。『カフウッド』が『バーニークリフ』で籠城を始めれば、やはりまた、『パレルーフ』に出撃の命令が来るんじゃないのか?」

「そうさ。が、逆に見れば。一時を凌げれば良い、と考えてるって事さ。『パレルーフ』は、軍事政権はどうせそう長くは持たない、と見ているんだろうな。」

「将来性の無い親玉は、下っ端に、目先の事だけを考えた対応しかしてもらえねえ、って事か。」

「ああ。『パレルーフ』程の軍閥が、こんな一時凌ぎの行動をしている事が、軍事政権の将来性の無さをはっきり示している。戦闘をしねえって事は、反乱側に恨みを買わねえって事にもなる。現在の権力者からも睨まれず、次の権力者になるかもしれねえ勢力からも恨みを買わねえ。(したた)かな戦略だぜ、『パレルーフ』。戦闘に勝つ、なんてつまらない見栄にこだわらず、ファミリーを存続させる事だけを睨んだ戦略だ。この戦略眼だ、もし戦ったら本当に、あっさり全滅してたな『ファング』は。」

「でも、とりあえずこれで、壊滅は免れたって事だな、俺達は。やれやれ、だな。」

「そうだ、やれや・・・ああっ!」

 一旦安堵の顔を浮かべた後、カイクハルドは突如跳ね起きて、通信機に再びかじりつく。「って事は、ラーニーを抱けねえじゃねえか!せっかく、ややこしい結び目の服を剥ぎ取って、素っ裸にひん剥いて、馬乗りにまでなって、ようやくここから、ってところに漕ぎ付けたのに、死なねえで済む事になっちまったら、抱くわけに行かなくなっちまうじゃねえじゃねえか。」

「え?いや、抱きゃあ良いじゃねえか、そこまで行ったんなら。何で抱かねえんだ?今、良いところだったんだろ?そこまで行って、抱かねえなんて話、ねえだろう。」

「馬鹿野郎。まだ死なねえんなら、熟成させなきゃ、だろ。」

「なんなんだよ?熟成って。裸にひん剥いて、馬乗りになって、そっから抱かねえって、わけ分からんわ。もう、熟成とかどうでも良いって思うだろう、そこまで行ったら、普通。」

「いいや。死なねえんなら、熟成させるんだよ。一番良い状態で、抱く為にな。」

「・・・勝手にしてくれ。もう、知らん。俺は、中断したやつの続きをやるから、しばらく航宙指揮室には入って来るなよな。」

 通信は、切れた。切れる直前、遠くから、少女の悲鳴が聞こえた気がした。

「・・延期、ですか?」

「あ・・ああ。死ぬ予定が、すっぽかされた。ドタキャン、ってやつだ。そんなわけで、熟成が完了するまで、こっからの続きは延期だ。」

 そう言ってベッドの端に、逃げるように這って行ったカイクハルドは、全裸で四つん這いのまま振り返って、ぼそりと付け加えた

「着る方は、自分でやれよ。」

「そのつもりです。」


 「パレルーフ」が去ってみると、「シェルデフカ」領域からは帝政軍政の両勢力が、一時的にとはいえ一掃された状態となり、これまで軍政からの重税に喘いでいた各集落の住民は、圧政からも軍隊の駐留からも解放された、と大いに喜んだ。

 それは「カフウッド」ファミリーと「ファング」のおかげである事も、領民達は良く分かっていたが、「カフウッド」ファミリーが本領に戻って行ったとなると、彼等の感謝の想いは「ファング」に集まって来る事になった。

 更には、大事な我が子を集落に置いておくよりは、「ファング」に預かってもらった方が安全なのでは、と考える者も多く出て来て、住民が自主的に差し出して来た若い女達が、彼等の駐留する「フロロボ第25集落」に溢れ返った。

 全員とは言わないが「ファング」のパイロット達は大喜びで、毎日10人以上を毒牙にかけて楽しむ(やから)まで現れて来る。どれほど慰みものになったとて、殺されたり、連れ去られたり、どこかに売り飛ばされたりするよりはマシだった。それどころか、「ファング」パイロットに孕まされれば、「ファング」の根拠地という、貧乏集落より遥かに安全性が高そうであり、物資にもゆとりがありそうな場所で暮らせるかもしれない。

 それを目当てに、せっせと「ファング」パイロットに売り込みをかけて来る女達も、後を断たなかった。

「お前ら、女をたらふく楽しむのは結構だが、ちゃんと種を仕込んで行けよ。根拠地じゃ、いつだって人員は不足してるんだからな。」

 「シェルデフカ」領域に人員を補充してやるだけでも、根拠地はずいぶん拠出過多になっていた。ここから連れ去られた若者は、膨大な数に上っていたから。それに、「シェルデフカ」領域にも「ファング」を名乗る戦闘艇団は、「ゼロ」以外にも3つほどあり、「シェルデフカ」領域内でローカルに活動している。そちらも時折は人的損害を生じており、補充が必要だ。

 事故などによっても、根拠地の人員損耗率は低くはない。補充は、どうしても必要だ。「ファング」パイロットは女を囲うにあたり、補充要員の生産も期待されている。要するに、彼等は種馬(たねうま)でもあるわけだ。むしろ、種馬兼パイロット、と呼ぶべきかも。

 「シュヴァルツヴァール」が宇宙を駆け巡っている間は、パイロット1人に付き3人までしか囲えないが、どこかの拠点に落ち着いている時は、その拠点で可能な範囲で更に大勢を囲う事ができる。ここ「フロロボ星系第25集落」では、最大で10人まで囲って良い事になった。元気の余っているパイロットは、毎日せっせと最大限に囲った女を相手に、種馬の役を務めあげている。

 子作りに精を出す者がいるかと思えば、隠し集落造りに精を出している者もいる。

 ナジブを始め何人かのパイロットは、相当無理をしてでも、一刻も早く隠し集落を完成させよう、と懸命のようだ。軍政の大部隊が到着すれば、場所の知られている集落は一つ残らず、徹底的な徴発や掠奪に曝される筈であり、多くの集落が荒廃や全滅の憂き目を見るだろう。

 隠し集落の完成なくば、集落の住民達に生き残る可能性は無い、とナジブなどはかなり深刻に受け止めているようだ。

「盗賊兼傭兵が、そんな事に、そんなに深入りする義理はねえんだぜ。」

 隠し集落の視察に訪れた折には、カイクハルドはナジブにそう声をかけた。

「他人事とは、思えねえんでな。」

 ナジブは、疲れの溜まった中にも充実感に満ちた笑顔で応えた。「俺の故郷の集落も、軍隊の徴発で食料を根こそぎに持って行かれ、ぶっ潰されちまったからな。俺はなんとか、運よく『ファング』の根拠地に流れ着いて命を繋ぐ事ができたが、俺以外の故郷の住民は、多分、1人残らず飢えにもがき苦しみながら、野垂れ死んだだろう。」

 工作用の宇宙艇のシートに、彼等は並んで体を固定していた。その宇宙艇には窓があり、彼らは完成間近の隠し集落の姿を肉眼で楽しめた。隠蔽(いんぺい)の必要から、ただの小惑星とほとんど見分けが付かないように造られているが、よく見れば、シャトル用の小さな出入り口などが目に入る。作業の為にライトアップされたその姿は、星の海の中で異彩を放っている。

 彼らを乗せている宇宙艇は、岩肌から突き出たポールに結び付けられたワイヤーで繋がれ、ポールを軸にグルグル回転している。それにより、やや弱めだが遠心力による疑似重力が生じていた。メシの為だけの遠心力だ。

 せっかく重力があるのに、それを活かそうともせず、ナジブは無重力でも食べられる握り飯を頬張っている。「ファング」根拠地から送られた、生物由来食材である“米”を、同じく生物由来食材の“海苔(のり)”で巻いたものだ。中の“おかか的なもの”は、生物経路食材らしい。

 隣でカイクハルドは、“ラーメン的なもの”を啜りあげている。化学経路と生物経路の食材だけで模倣した、紛い物の“ラーメンもどき”だが、重力を有効活用した食事ではある。両雄の食事のどっちが豪華か、微妙なところだ。

「軍政の部隊だったのか?お前の集落を()ったのは。」

「いや、分からねえ。帝政かもしれねえし、似非支部って可能性もある。ガキだったからな、その頃の俺は。やって来た軍隊がどういう素性の連中かは、分かっていなかった。」

「どこの軍隊か分かれば、『ファング』でぶっ潰してやる事も、できたかもしれねえのにな。」

 冗談のつもりでも無さそうに、カイクハルドは笑って言った。

「そうだな。でも、復讐より、まだ潰されてねえどこかの集落を狙ってる徴発部隊を、俺はぶっ潰してえな。そっちの方が、仇を討ったって気分になれる。」

「じゃあ、今からのゲリラ戦は、お前にはうってつけだな。軍政の大部隊の、徴発部隊が俺達の主なターゲットになる。嫌になる程大量に、軍政の徴発部隊を潰せるぜ。」

「ああ。『シェルデフカ』の集落の、どれ一つにも、指一本たりとも触れさねえ意気込みで、暴れ回りてえな。」

「うむ。数百とある『シェルデフカ』の集落に、『ファング』だけで手が回るわけはねえが、全ての集落が、避難先である隠し集落を用意できている状態だ。敵の何百という徴発部隊が、いつまでも糧秣の確保ができねえままに、領域内をウロウロする事になる。それらを片っ端から、襲って襲って襲いまくろうぜ。」

 恐らくナジブは、軍政が倒れるかどうか、とか帝政が復活するかどうか、という事には興味は無いだろう、とカイクハルドは思った。「カフウッド」の勝敗も、意に介していないと思われる。ただ、身分の高い奴等が勝手に始めた戦争で、庶民の暮らしが脅かされ、困窮に陥らされたり壊滅させられたり、というのが気に食わないのだろう。

 戦争が起こった際の、糧秣確保の為に軍隊が放つ徴発部隊というのは、これまでも「ファング」にとっては主要な獲物だった。ナジブが「ファング」での戦いに命を懸けると決めたのも、そんな「ファング」の活動が気に入ったからだった。

 第2戦隊隊長のドゥンドゥーなどのように、皇帝への尊崇の念を持ち、帝政復活への期待から「カフウッド」の勝利を願い、この戦いに意欲を燃やしている「ファング」パイロットもいれば、ナジブのようなパイロットもいる。カビルなどは、権力者の箱入り娘を囲いたい一心だ。

 一見、目的はバラバラに見えるが、現在の権力構造の中で(しいた)げられている者の怒りを体現し、権力への挑戦を(こころざし)ている事は変わらない、とカイクハルドは思っていた。

 帝政にも軍政にも連邦支部にも属さない、あらゆる権力機構から零れ落ちたり弾き出されたりした者達が、「アウトサイダー」と呼ばれている。そして、あらゆる権力機構から差別され、迫害され、排斥されている。

 そんな彼らが存在を主張し、生存権を宣言する行為の一つの形が、盗賊や傭兵という活動だった。差別や迫害や排斥の中をしぶとく生き残り、時には権力者に噛み付いて見せる「アウトサイダー」が、盗賊団や傭兵団を組織している。

 だが、力弱き「アウトサイダー」は、時として同類同士で食い合い、つぶし合い、奪い合う。強き者に歯向かう力もなく、そのままでは飢え死にするしかない者は、同類であっても同志であっても、とにかく襲える者を襲って奪うしか、生きる術が無くなってしまう。

 権力に属する中の、最も弱い立場の、自分達とさほど状況が変わらないような者を襲う「アウトサイダー」も出てくる。貧乏集落の最下層民を、「アウトサイダー」が盗賊となって襲う、というのも良くある事だ。

 しかし、そんな事の繰り返しでは、状況は変わらない。権力の上層に向かって主張や宣言を繰り出さねば、差別され、迫害され、排斥される状況に変化はない。

 権力の上層に対して、十分な影響力を持ち得る盗賊行為や傭兵活動を展開し、「アウトサイダー」の生活にも配慮した治政を行わなければ、自分達が痛い目を見るのだ、と権力者どもに知らしめなければならない。弱い者同士で潰し合うところから抜け出し、権力上層に声を届かせる、その為の力を得なければ「アウトサイダー」には救いがない。

 だからこそ、「ファング」は力を得た。「ファング」は盗賊団兼傭兵団だが、弱いもの同士で潰し合うような愚は犯さない。権力の上層に「アウトサイダー」の存在を主張し、生存権を宣言し得る、そんな盗賊行為や傭兵活動を展開する。己の利益だけを追求し、他を(ないがし)ろにする帝政貴族や軍閥エリートや似非支部の幹部に、痛い目を見させ、このままではダメなのだ、と悟らせる。

 その為に俺達は行動しているのだ、とカイクハルドは思った。ナジブ達が完成させつつある隠し集落を、工作用の宇宙艇から見上げながら。

 漆黒が満ちる宇宙の闇の中に、ライトアップされた岩塊が、荒涼とした灰色の地肌を見せて浮かび上がっている。寒々として、生命を拒絶するかのような外観だが、その内部は、数千人を数年に渡って養える空間に生まれ変わろうとしている。ささやかな灯火(ともしび)が、無機的な塊の中に宿っている。その灯火が新たな力を湧き上がらせているのを、カイクハルドは胸中に感じていた。

 ドゥンドゥーは、皇帝には崇拝の念を抱きながらも、帝政貴族に対しては恨みを募らせている。貴族内部の権力闘争により追い落とされ、「アウトサイダー」に身を窶すに至った彼には、皇帝への想いは変わらずとも帝政貴族は許し難い存在だった。

 第5戦隊は、軍政への怒りに燃える者達の集まりであり、第4戦隊隊長のテヴェは、似非支部に煮え湯を飲まされた経験を持つ男だ。ナジブのように、帝政か軍政か似非支部かを問わず、権力者全般に反感を持っている者もいる。

 全く別々の想いを持っている連中に見えても、結局は、権力者に対する「アウトサイダー」の反撃には違いない、とカイクハルドは思う。「アウトサイダー」として、権力者に存在を主張し、生存権を宣言する、という意識は、「ファング」パイロットの全員に共有されている。

 最強の戦闘艇団として、帝政貴族や軍政エリートや似非支部幹部を、襲って殺して奪って犯して、そんな活動の中で、「アウトサイダー」を虐げる行為は自分達の怪我に繋がるのだと思い知らせる。その為に、「ファング」は力を得たのだ。

 「カフウッド」に協力して軍閥打倒に協力する、というのも、その為の手段の一つでしかない。帝政復活が、彼らの真の目的では無い。帝政が、現軍事政権よりも「アウトサイダー」に留意した治政を行うのならば、しばらくは帝政には歯向かわないかも知れないが、カイクハルドは、あまり期待はしていなかった。

 軍政を打倒した後には、帝政に歯向かわなければならない場面も、出て来るだろう。それがどんな形になるのか、帝政をも打倒し、別の政権の樹立を目指すのか、よりマシな皇帝の即位を促すのか、今の段階では全く分からない。

 とにかく今は、軍事政権があまりにも目に余る悪徳治政を展開し、「アウトサイダー」を含め、多くの者が辛酸を舐めさせられている。権力の最も高いところにいて、最も「アウトサイダー」を苦しめている存在が、軍事政権首脳だ。だから、そいつらに噛み付くのだ、との意思で「ファング」は、この軍政打倒の戦いに臨んでいる。

「征伐部隊の中には、戦争の為なら集落の1つや2つ、潰そうが皆殺しにしようが構わねえ、と思ってる連中が大勢いやがるんだろうが、そんな奴等には、思い知らせてやろうぜ。身勝手な事ばっかりやってると、『アウトサイダー』の牙が、その喉元に閃く事になるってな。」

「ああ、かしら。俺の故郷を潰した奴も、どこの誰かは知らねえが、この戦いに出て来るのかもしれねえ。徴発で集落を襲撃しようとする奴を、片っ端から潰して回れば、知らねえ内に、仇を討っちまってるかもしれねえ。だから、やってやるぜ。徹底的に、暴れてやる。」


「ビルキースから、また報告だ。軍政の大部隊が、続々と到着してるってな。その数は、10万を軽く超えてるって事だし、今も馳せ参じる兵はひっきりなしだから、まだまだ膨らみそうだってよ。」

「そうか。じゃあここに来る頃には、20万には、なってるだろうな。」

 トゥグルクの言葉に、満足そうにカイクハルドは頷いた。

「姉さんのいる『チェルカシ』星系は、『エッジャウス』方面からこっちに向かってくるときは、たいていの奴が通る星系だったよな。」

 会った事も無いビルキースを、やけに親し気な調子で言葉に上らせたのは、カビルだ。

「ということは、『チェルカシ』に、一番短い奴で3日間逗留すると考えれば、こことの距離を計算に入れると、10日後には敵の第一陣が『シェルデフカ』を通る事になるか。」

「いや、ドゥンドゥー。もっと早く通る奴がいるだろうぜ。これだけ大部隊なら、先駆けを狙う奴は、必ずいる。味方を出し抜いてでも先陣をとって、手柄を我が物にしてえ奴がな。そんなのは決まって弱小の軍閥なんだが、そいつらはきっと、『チェルカシ』星系を素通りするくらいの勢いで進撃するだろう。この『シェルデフカ』領域も、脇目も振らずに駆け抜けて行くだろうぜ。」

「そうだな、確かに。そういう奴ならば、『シェルデフカ』の集落に対する徴発は、あり得ねえな。『バーニークリフ』まで一目散のはずだ。」

「ああ。威勢が良すぎて、真っ先に無駄死にするような、目も当てられねえほどの阿呆だが、人畜無害だ。こっちに害はねえから、知らん顔で素通りさせよう。後は、『カフウッド』の旦那が、何とかするだろうぜ。」

「どうでも良い連中だが、それでも気になるな。何でそんなに阿呆なんだ。弱小の軍閥だけで先駆けなんぞしたって、無駄に命を捨てるだけなのは、分かり切っているだろうにな。」

 首をかしげるカビルに、軍政通のカウダが答える。

「弱小の軍閥なんて、たいていは食うや食わずのじり貧生活を、送ってるんだ。このままじゃあ、子孫にも惨めな想いをさせてしまう、って日々悲嘆に暮れてるような連中だ。だから、こんな戦役の機会に、何としてでも手柄を立てて、少しでもマシな生活を手に入れてえんだ。その為には、自分の命などどうなっても良い、ってくらいの強い想いなのだろうよ。」

 呆れたもの言いのようで、カウダには他人事では済まない話でもあるらしい。

「それよりも」

 ヴァルダナが、話の隙間に滑り込んだ。「今は10万だというその本隊が、いつ頃ここに来るかだな。そいつらが来る前に、『シェルデフカ』の集落の住民達を避難させなければいけないけど、隠し集落に備蓄してる物資も限りがあるし、そんなに居心地の良い場所でも無いから、避難開始が早過ぎるのも問題だ。敵本隊の到着に、上手くタイミングを合わせないと。」

「それはそうなんだが、10万の部隊が本隊かどうかは、分からないぜ、ヴァルダナ。」

 トゥグルクの言葉に、ヴァルダナは口をあんぐりさせた。

「なに?そうなのか。10万が本隊では無いって、じゃあ、本体は。」

「その10万の後を追って、更に10万以上の大部隊が『エッジャウス』を進発したって情報も、ビルキースは伝えて来てる。アジタから連絡があったそうだ。」

 今度はカイクハルドが、トゥグルクの報告に応じて口を開く。

「そうか。『エッジャウス』に直接集結して進発して来た部隊ともなると、軍政の中枢に近い軍閥も、幾つかはその中に含まれているだろうな。」

「アジタによれば、今回『エッジャウス』を進発した部隊の中核には、『ヒューブッド』ファミリーの嫡男の艦隊が、含まれているそうだ。」

「ほう、『ヒューブッド』がねえ。」

 カウダが声を上げた。軍政通の彼には、耳に馴染んだ名前らしい。「そいつは、名門中の名門と言うべきファミリーだな。棟梁じゃ無く、その嫡男が征伐部隊の目玉か。それでも、影響力は半端じゃねえな。『ヒューブッド』の名声に踊らされて、今から馳せ参じて来る兵も、並大抵の数じゃねえだろうから、ここに着く頃には、そっちも20万以上に膨らんでいるかもな。」

「それだけの部隊を引き付けりゃ、『シックエブ』にも『エッジャウス』にも、かなりの隙が生まれるかもな。しかし、『レドパイネ』ファミリーだけで陥とせる程の状況にも、ならねえか。で、その『エッジャウス』からの10万には、他に面白そうな軍閥ファミリーは含まれてねえのか?」

「面白そうってなんだよ、かしら。」

 苦笑しつつも、トゥグルクはディスプレイに映った報告に目を走らせる。「面白いかどうか知らんが、アジタがビルキースに、自分自身で傍に(はべ)って人となりや考えを探るように、って指示した奴がいたらしい。ビルキースのやつは、その軍閥が到着したら、他の軍閥に関しては仲間達に任せ切りにして、その指定された軍閥だけに貼り付くつもりでいるらしい。」

「へえ、イイなあ。ビルキース姉さんに貼り付いてもらえるなんて、羨ましい限りだぜ。」

「だから、お前はビルキースに会った事もねえし、顔の形も知らねえだろう、カビル。」

「かしらの顔見てれば、美人だって事は間違いねえんだよ。」

「それにあいつは、権力者の箱入り娘じゃねえぞ。お前の嫌いな、最下層の出身だぜ。」

「ビルキース姉さんは、特別だぜ。そんなの、決まってるじゃねえか。」

 やれやれ、という感じで両手を広げて、カイクハルドは話を元に戻す。

「で、ビルキースが張り付く軍閥ってのは、どいつだ?」

「アジタに指定されたのは、『ラストヤード』ってファミリーの棟梁だそうだ。」

「ターンティヤー・ラストヤードか。」

 カウダは、やはり軍閥には詳しい。「そいつも、名門と言えば名門だぞ。ここ最近は歴代の軍政総帥を務めて来た『ノースライン』ファミリーに冷遇されて、凋落傾向にあるとは言え、それなりの影響力は維持しているはずだ。」

「もしそいつが軍政に反旗を翻したら、軍政に不満を持つ軍閥が、多く馳せ参じて来る可能性はあるか?」

 考える眼差しで、カイクハルドはカウダに問いかけた。

「え?あ、ああ。あまり、軍政に歯向かうイメージは湧かねえ奴だが、もしそいつが反軍政の旗を上げたら、もしかしたら・・もしかしたらだぞ、確かにとは言えねえが、もしかしたら、かなりの軍勢が集まって来るかも知れねえな。しかし、『ラストヤード』が軍政に歯向かうなんて・・・。不遇を託っているとはいえ、かなり従順に、軍政に従って来てた軍閥だぜ、『ラストヤード』は。」

「そうか。だが『ラストヤード』は『サンジャヤリスト』に乗ってる名だ。サンジャヤ・ハロフィルドは、そいつが軍政討伐に兵を挙げる可能性がある、って判断している。」

「おっ、とうとうかしらも『サンジャヤリスト』を信じる気になったのかい?」

 少し嬉しそうに、ドゥンドゥーが口を挟む。

「馬鹿野郎。俺が、あんなキザ野郎の言う事なんか、信じるわけあるか。だが、アジタがマークしろって言ってて、ビルキースも張り付いてみるって言ってるんだ。」

「アジタがマークしろって言ってるなら、相当信憑性があるな。軍事政権の奥深くにまで入り込んでる人間の言葉は、重みが違うぜ。」

「おい、カビル、さっきから名が出てるが、アジタって何者だ?」

 ヴァルダナが、たまりかねたように疑問の声を上げた。

「お?話した事無かったか?アジタは、連邦本部から派遣されているエージェントだ。似非支部とはわけが違うぞ。間違いなく銀河連邦の本部と緊密に連係している。」

「そんな人間が、軍事政権の内部にいるのか?」

 トゥグルクの返答に、ヴァルダナは前のめりになった。

「そんな奴だからこそだぜ、ヴァルダナ。」

 今度はカイクハルドが答える。「軍事政権だって、銀河連邦との繋がりは必須なんだ。連邦の技術や知識を導入できなければ、『グレイガルディア』の統治なんて、できるわけがねえ。銀河連邦に統治者として認められたからこそ、軍事政権は帝国政府から統治権を簒奪した後、百年以上に渡ってそれを維持できているんだ。逆に言えば、帝国政府は銀河連邦に見限られたからこそ、統治権を取り戻せねえで来たんだ。銀河連邦の支持を得られるかどうかは、『グレイガルディア』の統治者にとっちゃ死活問題だ。」

「銀河連邦は、なぜ醜悪な統治しかできない軍政などを、支持するんだ?」

 不満気なヴァルダナ。

「連邦も軍事政権に、再三に渡って改善は要求しているさ。だが、やはり連邦が遠すぎるのがネックでな、なかなか思うように軍政をコントロールできてねえ、ってところだな。」

「軍政への支持など止めて、帝政を支持すれば良いんじゃないのか?」

「その帝政を見限ったから、帝政から軍政へと支持の相手を切り替えたんだぜ、銀河連邦は。百年以上前の事だが。それで軍政がダメだからって、そう簡単に帝政に戻せるものじゃねえ。って言っても、軍政がこれ以上悪化するようなら、帝政に支持を戻す事も考えなきゃいけねえかな、って思い始めてはいるだろう、アジタの奴も。」

「そのアジタって奴が、決定権を握っているのか?そいつが帝政に支持を戻すって決めれば、戦争などしなくても、軍政は倒れて帝政が復活する、って事じゃないのか?」

「いやいや。そう簡単にはいかねえんだ。銀河連邦が支持先を変えたからって、軍政中枢の軍閥がおとなしく引き下がるわけはねえから、戦争は避けられねえし、帝政を積極的に支持する理由も銀河連邦としては、見当たらない、と考えている。それに、その国の統治は、あくまで国の中の自律的な成り行きに任せ、極力余計な介入はしねえ、ってのが銀河連邦の方針だ。『グレイガルディア』の自主的な動きとして、帝政が復活した後でなら、連邦は支持先を変えられるだろうが、今はまだ、軍政が統治権を握っているんだから、軍政に働きかけて少しでもマシな政治をさせるように努力する、ってのが、今の銀河連邦のスタンスなのさ。」

「銀河連邦も、辛いところなんだぜ。」

 連邦支部出身のテヴェが、ここぞとばかりに口を挟んで来た。「国には、どうしたって統治者は必要だが、この『グレイガルディア』には、国民全体の暮らしに目を配れるような主体が存在しない。かつては帝政に期待をかけて、皇帝一族に色々助言などをして、法の支配や人権尊重ってものを身に付けさせようとしていたんだ。だが、周囲を固める横暴な貴族などの妨害もあって上手く行かず、そうする内に、一部の軍閥が台頭し統治権を奪うに至っちまった。」

「軍政が統治権を奪って直ぐは、銀河連邦も皇帝に統治権を戻させよう、と軍事政権を説得していたらしいが、『グレイガルディア』中の軍閥がこぞって軍事政権の側に付いている状況を目の当たりにして、支持先を帝政から軍政に切り替えざるを得なくなったのさ。」

 テヴェとカイクハルドに相次いで説明されたが、ヴァルダナは納得できない様子だ。

「あんな軍政が、帝政よりも良いだなんて、そんな判断、あり得ない。」

 帝政貴族だったヴァルダナには、当然の意見だ。軍政の横暴を知る他の者達にも、その想いは共通のものではある。だが、彼の考えに修正を迫る言葉が、一人の男から投げかけられた。

今回の投稿は、ここまでです。次回の投稿は、 '18/9/15 です。

今回も、世界観構築とか「グレイガルディア」の政治状況の整理など、ややこしくて退屈な内容だったかもしれません。が、これから死に物狂いの戦いを繰り広げる「ファング」パイロットたちが、どんな環境下にいて、何を目的に戦っているのか、というのを踏まえないと、ただの殺伐とした破壊合戦になってしまいそうなので、こんな感じにしました。細かいことはともかく、軍事政権と帝国政府と銀河連邦の関係性は、大雑把にでも頭に置いておいてほしいです。軍政の政治は醜悪だけど、帝政に支持を変更する気にもなれない、って、どこかにも似たような状況がありそうです。長期政権に驕って問題頻出の与党と、離合集散でまとまりのない野党の、どっちがマシなのか・・・。こういうのは、古今東西どこにでもみられる悩みなのでしょう。頭が痛いですね。というわけで、

次回 第34話 策謀・誘導・丸裸 です。

熟語3つのパターンなので、戦闘シーンが登場します。多くの読者が戦闘シーンを期待しているもの、と勝手に決めつけているようなところがありますが、自分がSF作品を読んでいる時も、一番単純に熱中できるのは戦闘シーンだった経験によるものです。逆に、後から読み返してみたくなるのは、技術とか世界観とか政治的状況に関する記述だったりします。自分の作品も、そんな感じだったらいいなぁ、と願っています。単純に熱中できるシーンと、繰り返し読みたくなる奥行きのある場面、その両方を実現したいのですが、どんなもんでしょうか?


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