第31話 反乱闘争の青写真
不服そうな顔をしたプーラナだが、憤慨よりも悲嘆という言葉がふさわしそうに、唇をとがらせている。
「わしも、ミドホル様の兵には、積極的な戦闘参加はせんで頂きたいですな。『シェルデフカ』や『カウスナ』でやるのは、ゲリラ戦法による後方攪乱であって、敵を多く倒すのは重要では無い。ゲリラ戦には、練度が低く数ばかり多い兵より、統率のとれた少数精鋭の方が適しておるのですじゃ。」
「お、おお、プラタープ殿まで、そう申されるか。うぬ、なるほど。」
不満そうでも頷いて見せる仕草に、案外素直なところもあるようだ、とカイクハルドは内心で思う。
「寄せ集めの大兵力ってのは、戦っちまうと、簡単に瓦解して弱みを敵に曝しちまう。むしろ、戦わずに存在感だけ示してもらう方が、敵への牽制になって良い。どこかに兵を集め、時々隙を見て『シックエブ』に進撃する構えを見せ、直ぐに引き返す、という動きをしてくれるのが丁度良い。」
「そうだな。プーラナ様や皇太子カジャ様の名声をもってすれば、糧秣の方も自然に沢山集まって来て、十分に兵も養っておけるはずです。こういう時に馳せ参じて来る者共は、日ごろから食うや食わずの生活をしておる連中ですから、メシさえ食わせておけば手柄を上げられなくても、それなりに満足するでしょう。戦わずに、勢力だけを敵に見せ付ける方が、戦略的には好都合ですじゃ。」
「そ、そうなのか。た、戦ってはいけないのか。それは何か、物足りないような、寂しいような。」
「カジャ様も、そんなんじゃ納得されないぞ。戦って、軍政の部隊を次々に撃破する時を、心待ちにしておられるのだ。」
シヴァース・レドパイネも、心配そうな顔だ。「あの方の戦闘意欲を抑え続ける事は、もう俺にはできそうにもない。戦うな、などと、俺にはとても言えん。」
「それじゃ、まあ、『シェルデフカ』や『カウスナ』からはぐれて航行している小規模部隊を、大兵力で取り囲んで潰すような作戦だけ、やって頂こうかのう。そういう敵部隊を見つけ次第、御両名の拠点に情報を流しますゆえ、こちらが指定した敵に、全兵力をぶつけて頂くという事で。のう、カイクハルド、クンワール、お前達でそういった情報提供も、できるであろう。」
「はい、兄上。かしこまりました。ミドホル様とカジャ様にご活躍頂ける敵情報を、必ずやご提供致しますでしょう。」
生真面目に一歩進み出て、胸を張って受け合った弟の巨躯を、ちんちくりんの兄が頼もし気に見上げた。
「ちぇ、面倒くせえなあ。そんな、はぐれちまっている、ちっぽけな部隊を襲っても、戦況にはあまり影響ねえんだがな。でも、大兵力の存在を軍政側に印象付けて、より大きな部隊を派遣する意向に誘導する、って意味じゃ有意義な作戦にはなるか。分かったよ。情報は提供するぜ。だが、」
少し眼光を鋭くして、カイクハルドはプーラナを見た。「間違っても『シェルデフカ』や『カウスナ』には、踏み込んで来るなよ。外でやってくれよ。ここの領民を、無闇に戦闘に巻き込みたくはねえんだ。掠奪は、絶対厳禁だ。あんたやカジャの兵であっても、この2つの領域で掠奪を働いてるのを発見したら、『ファング』は全力で潰しにかかるから、そのつもりでいろよ。」
「わ、分かっておる。『グレイガルディア』の民は全て、皇帝陛下の臣民だ。特に『シェルデフカ』領は皇帝陛下の直轄領なのだ。掠奪など、とんでもない。」
カイクハルドの眼光に気圧されるように、プーラナは少しのけ反った。シヴァースは逆に、前のめりになった。
「カジャ様も、領民への掠奪はお望みにならないだろう。だが、あの寄集めの兵を『シェルデフカ』に入れちまったら、抑え切れるとは思えないな。大兵力なだけに、目が行き届かねえしな。領民を巻き添えにせずに戦うのは、かなり難しいかもしれない。」
「分かってるじゃねえか、シヴァース・レドパイネ。寄せ集めの大兵力を、領民に危害を加えないように使いこなすなんて、まず、無理な話だ。だから、できれば、戦って欲しくはねえんだ。だが、戦わせねえでは収まりが付かねえ、っていうことなら、『シェルデフカ』や『カウスナ』の外で、なるべく小規模な戦闘をやってもらう方が良い。」
「それで、どこまでカジャ様を抑えていられるか、少し、自信がないな。気位の高いお方だからな。これまでも、何度も無謀で危険な戦いに打って出られて、周囲の人間は肝を冷やされて来たのだ。」
「そんな皇太子カジャのお守り役として、お前の親父、ジャラール・レドパイネは、お前を皇太子の傍に張り付けているんじゃないのか。無鉄砲だが、決して死なせるわけにはいかねえ人物だからな、帝政復活を望む連中にとっちゃ。」
「そうじゃ。」
プラタープも身を乗り出す。「ジャラール殿もカジャ様の存在の重要性を、良くわきまえておられる。帝政を復活するには、皇帝一族の継続性を示す必要もある。つまりは、ちゃんと世継ぎがおいでになるのだ、と見せつけねば、現在の皇帝がどれだけ英邁であっても、誰も付いては来んからな。」
「ああ、分かってる。親父にも何度も言われた。カジャ様は、帝政復活の最重要キーパーソンだって。」
「全く、その通りじゃ。陛下の血脈は、何としても絶やすわけにはいかぬ。それだけは、命に代えても守り通させねば。」
シヴァースとプーラナが、相次いで同意を示す。
「じゃ、お前はカジャの傍で、ひたすらお守り役に徹するのか?シヴァース。」
「いや」
カイクハルドに問われ、シヴァースが視線をそちらに移す。「俺が、カジャ様の配下として、あの方の名を背負って暴れ回らねば、カジャ様にも納得はして頂けぬだろう。俺は、『シェルデフカ』でのゲリラ戦に加わる。大丈夫だ、俺は3百程の手勢を、何年も前から鍛えて来た。親父の監督も受けながら養って来た手勢だ。少数精鋭での後方攪乱の任務を、見事に果たして見せる。」
「そうか。まあ、お手並み拝見と行こうか。」
カイクハルドは、シヴァースの力量には、一定の期待を掛けているようだ。「クンワールも、後方攪乱の任に就くんだろう?」
プラタープの背後に聳える巨躯を、カイクハルドは見上げた。
「もちろんだ。我が手勢の約千を3つほどに分けて、『シェルデフカ』と『カウスナ』に展開して隠し、神出鬼没の後方攪乱戦を実施するつもりだ。その事を意識した訓練も、この数年ずっとやって来たから、自信もある。」
「訓練って、要するに、盗賊まがいの事をやってたんだろ?2年前に『バーニークリフ』で全滅したふりをして、領民集落とかに隠れ潜んだあんた達は、軍政の徴税部隊等を襲撃して物資を掠奪して、当面の必要物資を入手してたが、それが、ゲリラ戦に向けての訓練にもなってたわけだ。」
「はっはっは、全てお見通しだのう。その通りじゃ、カイクハルド。わしら『カフウッド』ファミリーは、この戦いに向けてあらゆる準備を進めて来ておる。活動拠点も無数に建設した。わしらの闘い振りを見れば、お前も軍政打倒の成功を確信し、わしらの戦いに積極的に参加せずには、いられんくなるはずじゃ。『ファング』が、軍政打倒の為に最も効果的な行動を起こしてくれる事を、わしは期待しておるぞ。」
「ふんっ、都合の良い事を。で、シヴァース。お前の親父は、『シックエブ』に進撃する腹を固めているのか?」
カイクハルドは視線を巡らせた。
「うむ。親父も、何年も前からそのつもりで、準備を進めて来ていたらしい。俺も、最近になってようやく教えてもらったのだが、『シックエブ』攻略を想定した軍備を整え、訓練も密かに、繰り返し実施して来た、と親父は言っていた。」
「そうかそうか、やはりジャラール殿は、いつでも『シックエブ』に突撃できる態勢を、しっかり作っておって下さったのじゃな。このカイクハルドも、その辺の動きは察知しておったはずなのに、教えてくれんから、わしも少し、やきもきはしておっのだ。だが、思った通り、わしの動きに呼応して『シックエブ』を突く勢力は、間違いなく存在するのじゃな。」
「親父は、あなたも『シックエブ』に向かうもの、と考えていたのだと思うぞ、プラタープ殿。籠城で敵を引き付けた者と、『シックエブ』を攻略した者とでは、圧倒的に攻略した方が、手柄が大きくなる。籠城は、苦労が多い割に手柄の少ない役回りだ。わざわざ損な役回りをあなたが引き受けるなどとは、親父も想像はしていなかったと思う。」
「わしは、手柄なぞ、どうでも良い。帝政が実現したところで、その中でうま味のある地位を占めよう、などとは思っておらぬ。ただ、敬愛する皇帝陛下の為にひと働きできれば、それで十分なのじゃ。それに、皆が『シックエブ』を突く動きをしたところで、あの強固な要塞と巨大戦力を誇る軍事政権は、決して打倒できぬ。軍政の大半の部隊を誰かが引き付け、どこかに釘付けにせねば、『シックエブ』は陥ちぬし、軍事政権も倒れぬ。」
聞いた風な綺麗事も、屈託のない笑顔であっけらかんと言われれば、疑う気にもならない。シヴァースは、プラタープの言葉を額面通りに信じたようだ。
「分かった。その事は、親父には伝えて置く。親父も、少し遠慮があったようなのだ。あなたが損な籠城の役回りを引き受け、自分が手柄を独り占めにするような形になる事を。だが、あなたがそういう覚悟で戦いに臨まれるなら、親父としても遠慮なく、『シックエブ』攻略に打って出られる。」
「遠慮なく打って出たとして、攻略できなかったら、意味がねえんだぜ。本当に『レドパイネ』だけで、『シックエブ』が陥せるのか?」
「いや、『レドパイネ』だけで陥とせんでも、『シックエブ』に有効な突きを入れることができれば、他の色々な勢力が色々な動きを見せ、必ずや、軍政打倒に繋がっていくはずだ。」
「色々な勢力の動きで軍政を打倒したんじゃ、」
プラタープの眼の裏を覗き込むように、カイクハルドは身をのりだした。「帝政の復活に繋がらないかもしれねえんだぜ。帝政復活を望む者の手で軍政を倒さなかったら、皇帝親政による統治は実現しねえ可能性が出て来る。」
「はっはっは、前にも言ったが、軍政打倒から先の成り行きは、もう、わしは、考えぬ事にしたのじゃ。その時には、わしは、生きておらぬかも知れぬのだからな。」
「親父は、帝政復活にはこだわらぬ、と言っておった。とにかく、今の軍政よりましな統治をしてくれるのなら、誰でも良いと。とにかく、今の軍政を倒し、その後の統治者が今と同等以下なら、またそいつを倒せば良いだけだ、と。」
「そのような事を、申しておるのか、ジャラール殿は。」
プーラナは、不満そうに眉根を寄せた。「皇帝陛下以外に、誰がこの『グレイガルディア』の民の崇拝を集める治政ができるというのだ。軍政が倒れれば、それが誰の手によってなされたものであろうとも、統治権は皇帝のもとに返るに決まっておる。そして、皇帝陛下の善政の元、『グレイガルディア』には安寧が訪れるのだ。」
「まあ、そう信じるんだったら、誰が軍政に最後のとどめを刺すか、なんて考える必要はねえわけだな。とにかく、遮二無二に軍政打倒を目指せば良い。」
プーラナからは目を逸らして、カイクハルドは呟く。
「そうだ、今は、何も考えず、軍政打倒だけを目指そう。プラタープ殿の言う通り、軍政打倒から先の事は、倒した後で考えればよいのだ。」
「そうですな、ミドホル様。十分な情報を得られぬわしらは、そうするより、他はありませぬ。」
言葉と裏腹な、プラタープのカイクハルドを見詰める意味深な目の色に、プーラナは気付いたようだ。
「おぬしは、何か知っておるのか?カイクハルドとやら。プラタープ殿も知らぬ情報とかいうものを。」
「親父も、軍政打倒に向けて、誰がどういう動きを見せるのか、知りたがっていた。」
シヴァースも、カイクハルドを覗き込む。「誰が軍政打倒を成し遂げ、その後に誰が統治権を握るのか、できるだけ詳しい情報を、入手できるものなのであれば入手したい、と言っておった。軍政の次に、誰がどんな統治をするのかによって、その後の行動は変わって来るし、それに向けて、準備しておけるものならしておきたいと。まあ、今は軍政打倒だけで手いっぱいだから、準備と言ってもできることは限られているだろうが、せめて心の準備だけでもしておきたい。もし、軍政打倒の後、更に何かを倒さねばならなくなるとしたら、気持ちだけでもそれに備えておきたい、とな。」
「だそうだ、カイクハルド。こうして、軍政打倒に命を懸けると誓って集った仲間なのだ。何か知っておるのなら、教えてくれても良さそうなものだがな。」
「何だよ。盗賊兼傭兵に、そんな事を期待する方が、どうかしているだろう。」
お茶を濁そうとしたカイクハルドだが、プラタープもクンワールもシヴァースもプーラナも、じっと熱い視線をカイクハルドに注ぎ続けていた。何も話さずには、この視線の雨からは逃れられぬと感じたか、カイクハルドは重たそうに口を開いた。
「軍政の中枢にも、軍政打倒の可能性を模索している奴はいる。そいつは、軍政打倒の後に帝政を復活させるのが良いか、自分自身で新たな軍事政権を樹立した方が良いか、迷っている。軍政がどんどん征伐隊を増強して行けば、いずれそいつにも出撃命令が出るだろうが、その時そいつが、命令通りに征伐に出るか、軍政打倒に動くか、打倒に動くとして帝政復活を目指すか、自分自身の手による新たな軍事政権の樹立を目指すか、今のところ、はっきりとは分からねえ。」
「そうか。そんな奴がおるのか。まあ、そうと言われれば、それが誰なのかは、だいたいの見当はつくが。」
そう言ったプラタープに、プーラナは慌てた様子で視線を向ける。
「そうなのか。誰なのだ?それは。」
「それは、申し訳ありませんが、今、わしの口からは言えませぬ。だが、その者は、『ファング』が帝政復活に動くとなれば、自分自身で新軍事政権を樹立することは、断念するのではないか、とわしには思える。特に、根拠がある考えでは、ありませんがな。」
プラタープは、また意味深な視線をカイクハルドに向ける。
「そんな影響力が、盗賊団兼傭兵団でしかねえ『ファング』に、あるわけねえだろ。」
「おぬしらの背後に誰かがおらねば、おぬしらの強さの説明は付かぬ。その背後の誰かが、軍政中枢にも影響力を持っているのではないか、とわしは、思っておるのだがな。」
「なんと。」
プーラナは呻いた。「いったい、何なのだ?『ファング』とは。これまで聞かされて来た、おぬしらの闘い振りだけでも、十分に驚異的に思っておったが、軍政中枢にも影響力を及ぼすとは・・」
「俺も知りてえな、『ファング』について。親父も知りたがってたし、正直、不気味さや恐怖をすら、親父は感じていたと思う。『ファング』は、俺の親父にさえ畏怖を与える程のものなんだ。興味深々だぜ。」
「ただの盗賊団兼傭兵団だ。それ以上は、言えるわけねえだろ。」
「ただの、って事はねえはずだ。『グレイガルディア』中に根拠地があるんだろ?それら全ての人数を合わせれば、最大軍閥である『ノースライン』ファミリーにも匹敵するかもしれねえ、って親父は言っていた。ってことは、『ファング』は『グレイガルディア』の最大勢力って事にもなる。」
「な・・なな、なんと、そんな巨大な組織であるのか?」
プーラナは目を丸くする。
「そんな、組織なんて呼べるほど、まとまりのあるもんじゃねえぞ。各領域の根拠地なんぞは、ある程度の連携はとってるし、情報や物資のやり取りをしたりもしてるが、それぞれが、それぞれの領域でバラバラに行動しているんだ。一体となって何かをする、なんて事はあり得ねえ。一つの勢力、なんて定義できるもんじゃねえ。あちこちの領域で独自に活動している盗賊や傭兵とも、時々連携したり、情報とか物資の交換に利用したりしているけど、それだけだ。」
「だが、幾つもの軍閥や帝政貴族に、スパイを送り込んでもいるんだろ?『ファング』の各根拠地の情報を集めれば、『グレイガルディア』全体の動きが具に分かるってわけだ。その上、軍政中枢にも影響力を及ぼせるってなれば、その力は絶大じゃねえか。」
シヴァースは、しつこく食い下がる。
「ねえよ、影響力なんて。多少の情報がつかめる、って程度だ。」
「本当かのう。まあ、よいか。」
プラタープの言葉で、ひとまず彼等の追及はひと段落した。
「とにかく私は」
プーラナは、一段声を高くした。「軍政を打倒すれば必ず、皇帝陛下の親政が実現されるもの、と信じる。軍政中枢の者がどう動こうが、皇帝陛下の権威は、そんな事で揺らぐものでは無いはずだ。」
「俺も、そう思った。」
シヴァースも、慎重に考えを進めるような顔つきだ。「軍政の中枢にいる奴が、何が何でも自分が政権を握ろう、って決意を固めているのでもないのだったら、軍政打倒の後には帝政が復活する、と考えておいて良いと思う。帝政の成り行きを見て、更に状況が変わるかもしれないが、今は、そこまで考える必要はない。軍政打倒の後には帝政が復活する可能性が高い、と分かれば今はそれで十分だ。親父にも、そう伝えておく。」
「つまり、『レドパイネ』ファミリーは、自分達だけでは『シックエブ』を陥落させ、軍政打倒を成し遂げるのは無理と承知で、軍政中枢の誰かの動きが決定打になる可能性も考慮して、それでも、『シックエブ』への進撃の意志は変わらない、という事だな。」
クンワールが、話を結論付けた。シヴァースが、小さく頷く。
「おぬしらがそう言うてくれるのなら、わしらも、ここに敵の大部隊を引き付ける戦いに、何の懸念も無く専念できるというものじゃ。わしが『バーニークリフ』や『ギガファスト』に立て籠もり、シヴァース殿とクンワールと『ファング』が、『シェルデフカ』領域と『カウスナ』領域で後方攪乱作戦を実施することで、敵の大部隊を釘付けにする。更に、皇太子カジャ様やプーラナ様の名声で集めた兵力で、軍政に更なる大部隊の投入を決意させる。軍政の大半の兵力がこちらに向けられた、と見たところで、『レドパイネ』ファミリーが進撃して『シックエブ』を突く。そうすれば、軍政はいよいよ、中枢を占める軍閥にも出陣を命じることになり、その中枢軍閥の動きが、軍政打倒を決定づける。その動きがどのようなものになるのかは、不透明だが、恐らくは帝政復活に繋がる動きにはなるはずだ、と考えられるわけじゃな。」
シヴァースとクンワールとプーラナは、同時に大きく頷いた。カイクハルドは、斜め上を見上げて何かを考えている顔だ。が、とにかくこれで、ここでの会談は終了した。カイクハルドは、「シュヴァルツヴァール」でL4-ラグランジュ点の集落へと戻って行った。
「フロロボ第25集落」に帰り着いた頃、「ファング」の女スパイであるビルキースから新たな情報がもたらされた。質量虚数の素粒子タキオンを使った超光速通信と通常の電波を組み合わせ、いくつかの根拠地を中継して送られて来る。通信を送って来るだけで、半月くらいを要する。ビルキースは、数十光年も離れたところにいるから。
「次の征伐部隊は、いよいよ軍事政権の心臓部である宇宙要塞『エッジャウス』から送られて来るらしいな。『シックエブ』だけには任せていられねえ、って軍政首脳部の判断だろう。最低でも20万、もしかしたらもっと凄い規模の大部隊が、編成されそうだって話だ。」
「そんなことまで分かるのか?ビルキースという女には。」
トゥグルクの報告に、ヴァルダナは前のめりになった。
「ビルキースの仲間には、『シックエブ』や『エッジャウス』の首脳の妾に収まっている奴もいるからな。寝物語に色々聞いて来るんだよ。」
「寝物語じゃ、嘘を付くような理性も機能してねえだろうから、情報の信憑性は髙いってもんだ。」
トゥグルクに続いて、カイクハルドもにやけ顔を作った。
「大征伐部隊襲来の前に、この『シェルデフカ』領域をどこまで仕上げられるか、だな。各集落を拠点として活用し、大部隊をここで攪乱できれば、『バーニークリフ』や『ギガファスト』で籠城するプラタープ殿を、強力に支援してさし上げられるのだが。」
第2戦隊隊長のドゥンドゥーは、プラタープには一目置いたもの言いをする。皇帝を信奉する気持ちを共有するが故に、プラタープへの想いも強い。第1戦隊第2単位のリーダーであるスカンダも、ドゥンドゥーの隣で大きく頷いている。彼も帝政貴族出身で、高等貴族には恨み募る過去を持ちながらも、皇帝への敬愛は篤い。
「20万以上の大征伐隊の相手なんぞ、本当に俺達がやるのか?あまり気が進まんな、盗賊兼傭兵がやるような仕事じゃないぞ。」
と、トゥグルクは心配顔でぼやく。
「20万と、まともにやり合うわけはねえさ。」
カイクハルドは、トゥグルクを安心させようとするような笑顔を向けた。「基本的には、『シェルデフカ』は素通りさせるさ。ただ、敵の徴発部隊や輸送船団、その他のはぐれたり遅れたりした小規模部隊なんかを狙って、大怪我しない範囲で、ちょっかいをかけるだけだ。」
「規模の大きい部隊ほど、隙も出来やすいもんだからな。そこを突いて攪乱作戦を実施すりゃ、大軍閥のエリート幹部が大事に育てた箱入り娘を捕獲する機会なんかも、運次第で転げ落ちて来たりするのさ。軍事政権の心臓部である『エッジャウス』から来る軍閥だからな、さぞかし上等な箱入り娘を、育てている事だろうぜ。」
カビルは夢を膨らませる。権力者の箱入り娘を囲う為だけに見せる彼の勇猛果敢な闘い振りは、「ファング」には大きな戦力になっている。
「それだけの活動で、本当にプラタープ殿を支えられるのだろうか?もっと大きな貢献ができないものか、と思ってしまうのだが、私は。」
ドゥンドゥーは、熱の籠った話しぶりだ。
「皇帝陛下の親政復活のかかった戦いだから、できるだけの事はして差し上げたいものだな、プラタープ殿には。」
と言ったスカンダも、帝政貴族出身ではあるが、ドゥンドゥー程高い身分では無かったようだ。下級貴族付きの下働きくらいの立場だったらしい。
「俺達には、後方攪乱が精一杯さ。たった百人の戦闘艇団だ。戦闘艦を何十とか何百とか並べて進んで来る、万単位の兵力に、正面からは向かえねえ。が、後方攪乱だってしっかりやれば、プラタープの旦那への圧力を相当軽減できるはずだ。それをやってから先は、プラタープの旦那次第だな。」
カイクハルドの言葉に、ドゥンドゥーもスカンダも、大きく頷いた。プラタープに一目置いているとはいっても、彼等は、カイクハルドへの信頼は更に絶大だ。何度も共に死線を潜り抜けた、長い戦いの日々が固めた結束だ。彼の決定に、異は唱えない。
「正規の集落より、隠し集落の方が攪乱作戦には重要になるよな。特に、今『フロロボ』星系のエッジワース・カイパーベルトに建設中のヤツは、早いところ完成させてもらいたいぜ。」
「ああ、『エッジャウス』からの部隊にしろ『シックエブ』からの兵にしろ、ここは必ず通る理屈だ。敵の動きを捕え、隙を見つけ出すには、絶好の位置にあるわけだからな。」
カビルに同意する頷きを、ドゥンドゥーは見せた。
「ナジブの奴も張り切ってやがったぜ。汎用の宇宙艇を乗り回すなんて久しぶりだろうに、何十時間もぶっ通しで作業して、体壊さなきゃいいんだがな。」
とスカンダに教えられ、カイクハルドの眉が少し上がった。
戦闘に特化された宇宙艇が戦闘艇と呼ばれているが、汎用の宇宙艇の方が、宇宙建造物の建設や資源採取など、幅広い用途で使え、戦闘艇にはできない作業をこなせる。戦闘でかかる苦痛からすれば、人体への負荷は比べ物にならないほど小さいが、宇宙艇の操縦も、戦闘とは違う疲労をもたらす。何十時間もぶっ通しで操縦していれば、「ファング」パイロットと言えど、平気でいられるはずはない。
「そんなに無理してやがるのか?ナジブの奴。そいつは、ひとこと言っておかなきゃな。あいつ1人が無理して、完成がそれほど早まるわけじゃねえんだ。それより、いつでも全力で戦える状態でいてもらわねえとな。」
そう言ったカイクハルドだが、あまり深刻な表情は見えない。ナジブが全力で戦えていないところなど、彼は見た憶えが無かった。
「自分一人の頑張りで完成を早められる、なんて本気で思って無理してるわけじゃねえんだろうけどな、ナジブの奴は。」
同じ第1戦隊の単位リーダーであるスカンダは、彼とは馴染みだ。「壊滅しちまった故郷の為にできなかった事を、あいつは、この集落の為にやってやがるんだろうぜ。あいつの故郷に、もし隠し集落なんてものがあったら、壊滅なんかしなかったし、家族や親友を全て失うなんて悲劇も、味わわずに済んだんだからな。」
スカンダの説明に、カビルは当惑気味な視線を宙に泳がせる。
「この集落の為に無理をする事が、守ってやれなかった家族や親友たちへの気持ちを少しは和らげる、ってわけなのか。そんなのは、経験者じゃねえと、分からん気持ちだな。悪党だらけの似非支部の下っ端だった俺は、故郷にいた連中なんて、ことごとく嫌い抜いていたからな。あの似非支部の権力者共に・・・」
「惚れた女をことごとく持って行かれたんだろ。聞き飽きたぜ、お前のその恨み節は。分かったからせいぜい、権力者の箱入り娘を、手当たり次第にむしり取って食い漁ってろ。」
「応よ、ヒッヒヒヒ・・・」
「あっはっは・・」
トゥグルクの言葉で、下品な笑いを共有した彼等の顔は、いかにも盗賊兼傭兵にふさわしいものだった。帝政貴族出身者も似非連邦支部出身者も軍閥出身者も、そして「ファング」の根拠地の生え抜きもいる彼らだが、今では皆がすっかり同じ、盗賊団兼傭兵団の色に染まり切っている。
「もう一つ情報だが、『パレルーフ』って軍閥が、大部隊の編成に先んじて、単独で『カフウッド』征伐に向かったって情報も来てるぜ。3千くらいの、中規模の軍閥らしい。ビルキースの仲間がベッドルームに侍った感想では、その軍閥の幹部共は、かなり頭の切れそうな奴等だったそうだ。」
「ほう。中規模の軍閥が、単独で乗り込んで来るってか。そいつは要注意だな。」
カイクハルドの表情が、一気に引き締まった。歴戦の仲間達も、同じく表情を一変させる。
「大規模部隊は隙だらけだし、度胸も据わってねえ奴が多いから、攪乱作戦も容易だ。それに比べりゃ、中規模なのに単独で出て来るような軍閥は、厄介だ。十分に戦略を練った上で、勝算を持って進んで来ているはずだし、覚悟も固まってるだろうぜ。こんなのには、素通りしてもらうのが一番だ。プラタープの旦那がどう対処するか、見ものだぜ。」
スカンダの言葉の後には、沈黙が航宙指揮室を支配した。「パレルーフ」のような骨のある軍閥が、まだ軍事政権のもとにはいるのだ、という事実が、軍政打倒に深入りして行こうとしている彼等の胸に、深刻に突き刺さった。
今回の投稿は、ここまでです。次回の投稿は '18/9/1 です。
しつこいくらいに、「グレイガルディア」全体の状況を説明していますが、広い国のあっちこっちで、同時多発的に色んなことが、これから起こることになるので、思わず熱を入れてしまいました。あれもこれも覚えきれない、という読者様は、とにかく「カフウッド」の戦いが、軍政打倒の決定打になるわけではない、という部分だけでもご理解頂きたいです。「カフウッド」が急先鋒となって戦いが始まるにも関わらず、彼の戦いは、側面支援的なものでしかありません。他の誰かが「シックエブ」とか「エッジャウス」といった軍政の拠点を攻略しないと、軍事政権は倒れないわけです。そして「ファング」の戦いは、「カフウッド」の側面支援なわけで、つまり、"側面支援の側面支援"といった役回りになってしまいます・・主役なのに。でも、重要です。「ファング」が後方攪乱し、「カフウッド」が大部隊の釘付けを成し遂げることで、「シックエブ」や「エッジャウス」を攻略する隙が生まれるかもしれないのですから。そんな状況をご認識頂きつつ、第2章がここで幕を閉じます。第1章「決起」、第2章「準備」が終了しての第3章ですから、物語はここからが本番、って感じです(い、今さら?1年近く、やってきて?)。というわけで、
次回 第32話 きつく結ばれた紐 です。
新章の幕開けとなりますが、1発目のイベントが勃発し、軍政打倒への新たな段階が印象付けられるでしょう。世界観構築の面でも、作者としては重要と考えているイベントなので、是非目を通して頂きたいです。よろしくお願い致します。




