第29話 最貧集落の悲壮
征伐隊が3万とはいえ、第2惑星に向かったのは1万程で、更に、今「カフウッド」部隊の前には、千人くらい、戦闘艦にして7艦しかいない。対する「カフウッド」部隊は、2700人、戦闘艦20余艦だった。それも、全く戦列を整えず、無防備に、無秩序に走り回っている征伐隊に、整然と陣形を整えた「カフウッド」部隊が襲い掛かったのだ。
勝負はあっと言う間に決した。いや、全く勝負にならなかった。30分に満たない一方的な攻撃の末に、軍政側の部隊は全滅し、「カフウッド」部隊には一切の損害は無かった。
戦いが終わるや否や、「カフウッド」部隊は次の獲物を目指す。第2惑星軌道上の敵の動きは、全て詳細に把握されているから、最も規模が小さく隊列の乱れた部隊の所在は、探すまでも無い。
糧秣に目のくらんだ敵は、状況の変化に気付くのも遅い。一つの部隊が全滅させられた事にも、気付いてはいなかった。また、一方的な殲滅戦が展開される。また、次を狙う。また、一方的に殲滅させる。
6個ほどの部隊、軍閥の2つのファミリーが消滅させられるに至って、ようやく征伐隊は、自分達が「カフウッド」の襲撃に曝されていると気付いた。
数十個の戦闘艦が撃破され、数千人の兵が殺害されたという情報が、遅ればせながら彼等の耳に入る。しかし、糧秣確保に必死だった彼らは、直ぐに艦列を整えたり、反撃態勢を構築できる状態では無い。味方の正確な居場所すら分からない。
味方が次々に葬られている状況での、この事態は、征伐隊の兵達を恐慌に陥れた。「カフウッド」部隊の位置も分からないから、次に狙われるのは自分かもしれない、と誰もが思った。皆が、自分だけは助かりたい、と思った。嫌々出て来た征伐戦だから、誰もが、怪我一つなく帰りたい、と願っていた。
怪我一つしたくないが、既に数千を葬った強力な「カフウッド」部隊が、どこから狙っているか分からない。そうなると敵には、一目散に逃げる以外の選択肢は無かった。
1個の部隊が逃亡を開始すると、その動きは別の部隊にも波及し、次々に連鎖反応を引き起こし、たちまちのうちに敵の全部隊は、潰走状態となる。潰走し始めると、孤立する部隊が尚一層増える。戦闘艦が2個か3個くらいで右往左往しているケースも、続発するようになる。
そんな敵を見極め、「ファング」も動き出した。今回は、無理をする局面では無い。百隻で一団となってかかれば、小型戦闘艦が2艦や3艦で孤立している連中など、敵では無かった。死を覚悟した勇猛な敵なら、あるいは多少の損害を被ったかもしれないが、逃げる事しか念頭にない臆病な敵だ。無傷で圧勝するのが当然だった。
戦いもせずに降参した敵も、少なからずいた。己が妻や娘や姉弟を、積極的に差し出して命乞いをする軍閥幹部までいた。
「え!? お父様・・そんな・・なぜ?嫌です。助けて。いやあぁ!」
と、泣いて父に縋り付く小娘を、ニタニタと笑いながら引き剥がし、「ファング」のパイロット達は連行した。
「おい、ヴァルダナ。お前、そいつ連れて行ったら、4人目になるんじゃないのか?3人までなんだぜ、囲って良い女は。」
「あ・・、いや、・・2人、身籠ったから、部屋から出した。で、新入りを、もらい受けることに・・・」
「なにぃっ!もう孕ましたのか!ついこの前じゃ無かったか?お前が女を囲い出したのは。」
「シュヴァルツヴァール」には、誰にも囲われていない女を置いておく為の部屋もある。パイロット達は、囲っていた女をそこに入れ、その分新たな女を囲うという事もできる。その理由は様々で、単純に気に入らなくなったとか、身籠ったとか、病気を患ったとか、女の方が嫌がって手が付けられないとか、色々ある。
ヴァルダナが囲っていた女2人も、そこに移動させられた。その分ヴァルダナには新たな女を囲う余地ができる、というわけだ。
「若い女ばっかり相手にしてて、ナワープに怒られねえのか?」
と、からかう様子でも無く、真顔でヴァルダナに尋ねたのは、第1戦隊第3単位のリーダー、ナジブだった。
「いや、ナワープが、そうしろって・・・」
言い訳がましくヴァルダナは呟く。
「本当かよ?普通、嫌がるもんだぜ、年増の女は、若い女が入って来るのを。それも、半分くらいじゃねえか、新入り娘の歳は、ナワープの。」
「え・・いや・・ナワープは、俺と同じ位が・・って・・だから・・・」
「へぇー。年増の女が、若い女を囲うように言って来るって、そんな事があるんだ。へえー。どういう事なんだろうな?どんな女なんだ?ナワープって。」
とナジブは、興味津々だった。
「いやいや、しかし、ヴァルダナも、案外絶倫な奴なんだな。この短期間で2人も孕ませるなんてなあ。いやいやいや、驚いたぜ。」
周囲に聞こえるように、下品な口調の大声で喚き立てるカビル。周囲と言っても、夫や親や姉弟から命乞いの種に売り払われ、暗澹たる気持ちに打ちひしがれた女達がほとんどだから、カビルの言葉に構っていられる者など、いそうにもなかった。
囲われていない女は、なるべく早い機会に根拠地へと送られるのが常だ。その根拠地でも散々駄々をこねれば、場合によっては故郷や親元に帰れるかもしれない。が、そこまでの事をやる女は、極めて少数派だった。大半の女は、囲ったパイロットのもとにしっぽりと収まるものだし、子が生まれれば、なるべく長くその子の傍にいようと努め、根拠地に留まりたがるものだった。「ファング」が子を手放すケースは、滅多になかった。
今、涙ながらに連れて行かれた軍閥幹部の娘のように、初めは散々嫌がって抵抗した女でも、かなりの確率で、囲ったパイロットのもとにしっぽりと収まるケースが多かった。暴力は禁止で食べるに事欠かない「ファング」の囲われ女としての生活は、この時代、それほど悪い待遇では無かった。帰属していたファミリーが滅亡してしまった女にとっては、特に。
「フロロボ」星系第2惑星に進攻して来た征伐部隊は、結局全てが、撃破されるか投降するか逃げ帰るかで、戦いを継続しようとする軍閥は無かった。
進撃を見合わせていた、「バイリーフ」を含めた3つほどの比較的規模の大きな軍閥だけが、第2惑星から少し離れたところで様子を伺っていた。
再び「フロロボ」星系第2惑星の軌道上の集落に戻り、住民の慰撫を再開した「カフウッド」の部隊は、周囲への索敵も大規模に展開して行き、また、投降して来た敵から提供された情報も合わせ、残存する征伐隊の潜んでいる場所を突き止めた。
「敵は、一つ外側の惑星軌道を回る、『フロロボ』星系第3惑星のL4-ラグランジュ点にある集落を占拠し、そこを拠点にしている模様です。小さな集落なので、そこの糧秣を徴発し尽くしたとしても、未だ2万近く残る敵兵の、全ての分は賄い切れないでしょう。糧秣不足は、相当に深刻なはずです。」
久しぶりに、プラタープの座乗する戦闘艦に乗り込んだカイクハルドの前で、弟が兄に報告した。彼の背後の大きなディスプレイに、「フロロボ」星系が図示されている。惑星が1つあれば、主星や惑星の重力と遠心力のつり合いにより、天体を引き寄せ捕集する作用を持つポイントが5つ出来上がる。何も無い真空の宇宙の1点が、天体を吸引し、補足し、離散を許さない状態が、自然現象として実現している。
惑星の公転軌道上に、それらの中の3つがあり、3つの内の1つがL4-ラグランジュ点と呼ばれる。ディスプレイ上に図示された「フロロボ」星系の中に、第2惑星と、第3惑星のL4-ラグランジュ点もある。
「集落の住民の境遇が、思いやられるのう。とっとと諦めて、逃げ帰ってくれれば良いのじゃが、征伐隊としても、これで逃げ帰っては『シックエブ』にどんな懲罰を与えられるものやら知れんから、そうもいかんか。」
生真面目な顔の巨漢を、髭もじゃの小男が振り仰いで話す。プラタープの座乗艦が加速しながら集落の間を移動しているので、艦の中には重力があり、床に押し付けられているプラタープは、大きく見上げなければ弟と顔を合わせられない。
プラタープは、新たに勢力下に置いた全ての集落に、顔を出して回っていた。名目上はどうであれ実質的には、「シェルデフカ」の集落のほとんどが「カフウッド」領に組み込まれた、と言ってよかった。
カイクハルドは、組織の長としての最初の使命は、顔を見せる事だと思っていたが、プラタープは、その考えを彼と共有しているらしい。カイクハルドがプラタープに一目置いている理由の1つだ。
組織の中に顔を見たことがない者が1人でもいたら、組織の長は失格だ、と彼は思っていた。どんな規模のどんな種類の組織であっても、組織の中の誰か1人にであっも、顔も見せる事無く長の座を占めている者がいたら、それは名前だけの長だ、とカイクハルドは確信している。1度でも、必ず顔を見せ、それもなるべく直接に相対する。それが、組織の長としての、最初の、そして最低限の使命だ、と考えていた。
集落を勢力圏に取り込む、というのが組織に組み込むと言い得る程の事かはよく分からないが、プラタープは、彼の勢力下に入った集落に、とりあえず顔を見せて回った。顔も知らない者に対してより、見たことがある者に対しての方が、より熱心な支援を期待出来る。
これから、軍政の大部隊を引き付けて戦おうというプラタープは、集落の住民といった草の根の者達からの支持が、相当に重要になる、と考えているらしい。征伐隊の徴発や掠奪から解放し、奪われた分の食料支援を実施しただけでなく、軍閥棟梁自ら顔を見せて支持を呼びかければ、「シェルデフカ」の領民達の「カフウッド」への心象も、かなり良くなった。
カイクハルドは、それを見届けていた。これから「ファング」がどこまで、彼の催す軍政打倒という事業に首を突っ込むのか、どこまで自分や仲間の命を懸けるのか、それを見極める重要な決め手を、そこに見出していた。
顔を見せるという領民慰撫を成し終えたら、プラタープは直ぐにでも、「カフウッド」の全部隊を率いてL4-ラグランジュ点に進撃するつもりでいた。一刻も早く、ラグランジュ点の集落を解放してやりたい一心で、そう思っていたらしい。だが、それをする前に、征伐隊は撤収して行った。
やはり、小さな集落に2万近い部隊を長期間張り付けて置くのは、かなり無理があったようだ。集落の施設を使って部隊を駐留させ、集落の食料や物資を徴発して兵を養っていたのだから、住民に死に物狂いの反抗を企てられたら、駐留など続けられない。
武力で脅し、力ずくで駐留を続けていた征伐部隊だったが、住民とて、このままでは全員が飢えで死に耐えるしかないような状況にまで追い込まれれば、捨て身となって必死の抵抗を試みる。そこまで来てしまえば、駐留の継続は不可能だ。
征伐隊の駐留は、不可能となってしまった。そうなる前に攻勢を仕掛け、「カフウッド」部隊を撃破するのが征伐隊の使命であったはずだが、これまでの「カフウッド」の巧妙な闘い振りと赫赫たる戦果が、征伐隊に二の足を踏ませ続け、撤退するしかないところまで追いつめた。
「わしはもうしばらく、第2惑星軌道上の集落への慰撫を続けねばならんから、ラグランジュ点の集落へは、お前達が先に乗り込んでくれないか?」
プラタープが、カイクハルドに要請した。
「俺達は、慈善団体じゃねえんだぜ。盗賊団兼傭兵団の俺達が、掠奪され尽くして何にも残ってない集落に、何の用があるって言うんだ。」
言葉ではそんな憎まれ口を叩きながらも、カイクハルドは「シュヴァルツヴァール」をL4-ラグランジュ点に向かわせた。
「それ以上近付いたら、集落ごと爆破し、我々は集団自決する。」
ラグランジュ点の集落の1つから、そんな通信が「ファング」に寄せられた。「もうここには、食料などほとんど残っていない。お前達に差し出す分など、無い。これ以上何かを持って行かれたら、住民は全員餓死するしかない。そんな惨状になる位なら、お前達が乗り込んで来たのを確認し次第、集落を爆破して、お前達を道連れにして死んでやる。」
「ファング」を、掠奪目当てに向かって来た盗賊だと思った集落の人々の、悲壮感に満ちた勇敢な抵抗だった。
「確かに俺達は盗賊団だが、今は掠奪に来たんじゃなく、支援に来たんだ。食料を持って行くつもりはねえ。与えてやるつもりだ。」
「そんな言葉を、信じろと言うのか?」
征伐部隊の駐留で、彼等の仕出かした徴発で、地獄と思えるほどの辛酸を舐めさせられたからこその、不信感だろう。向かって来る者全てが敵に見えても、仕方がない。
「別に、信じなくても良い。今から無人のシャトルに食料だけ乗せて、そっちに送るから、それを好きなようにしろ。シャトルを気の済むまで調査して、それでもまだ集落を爆破して自決したけりゃ、やれば良い。」
カイクハルドの言葉を受け、シャトルを集落に誘引し、その中にあった食料で住民全員の空腹を満たす事ができた集落は、ようやくにして「ファング」の立ち入りを認めた。
ラグランジュ点にある、比較的大きな小惑星の内部を刳り貫いて作られた集落だ。小惑星の表面辺りに特殊な樹脂を染み込ませ、固化させる事で、密閉性と構造強度を付与してある。
「ファング」の根拠地のように、2つの岩塊を繋げて回転させ、遠心力による疑似重力を生じさせる、という事はしていない。その設計思想や実施技術は、「グレイガルディア」では「ファング」しか知らなかった。
直径100km程の小惑星の内部に、円軌道を走り回っているセクションがあり、その中でのみ、遠心力による疑似重力が生じている。食事等の限られた用途の為に、住民はそこを交代で利用し、それ以外は、無重力の中で生活しているらしい。
「シュヴァルツヴァール」を入港させ得るような港湾設備もこの集落には無いので、集落に接するように横付けして、宙に浮かんでいる状態にせざるを得なかった。
第2惑星軌道上集落の、回転するリング状宙空構造物の中で、ずっと疑似重力が提供されている生活をしている住民達と比べても、数段質の劣る生活を送っている人々だった。重力ですらも、彼等には贅沢品と言えた。
「盗賊だ、などと思って、申し訳なかった。あなた方の支援で、我が集落は救われた。なんとお礼を申し上げていいか。」
集落の代表者に丁寧な挨拶をされ、カイクハルドはバツの悪そうな顔で応じた。
「いや、盗賊団であるのは間違いねえ。が、傭兵団も兼ねていて、今はそっちでの行動だ。『カフウッド』の旦那の傭兵として、旦那に言われてあんたらの支援に来ただけだ。あんたらが口にした食料も、『カフウッド』が『シェルデフカ』領のあちこちの集落から集めて来たものだ。俺達が礼を言われる筋合いは、どこにもねえ。」
と、前置きはしたものの、カイクハルドは「ファング」の根拠地との提携を申し入れた。それは、傭兵としての活動というより、「ファング」独自の行動だ。
重力が生じているセクションの中で、ゆったりとソファーに体重を預けた状態での会談だった。重力がある、というのが、この集落にできる最上級のもてなしかもしれない。コンクリートが剥き出しの、武骨この上ない壁に囲まれた部屋ではあるのだが、重力が生じているというだけで、集落の中の最も贅沢な空間になっている。
「それでは、今後、軍政等の徴発部隊が来た時には、物資や連れて行かれそうな若者達は、『ファング』の根拠地に避難させられるわけですか。」
集落の代表者は身を乗り出して、カイクハルドの説明を反芻した。
「ああ、そうだ。集落を無人にするわけにはいかねえから、年寄りを数人は残しておかざるは得ない。そいつらにはご苦労な事になるのだが、集落の受ける被害は最小限に抑えられるはずだ。」
「確かに、老人でもお構いなく労務を課して来る、素行の悪い軍閥も少なからずあるが、それでも、物資や若い人材を根こそぎに持って行かれる事を思えば、集落の被害は小さくて済む。『ファング』の根拠地を避難場所として使わせて頂ければ、こんなに有り難い話は無い。」
「だろ?これから、軍政の征伐隊が、それも、とんでもない規模の大部隊が、次々にこの『シェルデフカ』領域にやって来る。避難場所くらい確保しておかねえと、あんたらの命はねえも同じだ。」
カイクハルドも身を乗り出した。
「そうですか。そうとなれば、迷っている暇はありませんな。『ファング』の根拠地との提携を、我々は心から切望致します。」
「そうか。物分かりが良くて助かるぜ。うちの根拠地だけでなく、あんた達が独自に隠し集落を作るつもりなら、それにも俺達は協力する。この『フロロボ星系』のエッジワース・カイパーベルト辺りに創るのが丁度良いだろう。そこへ行き来する為の、タキオントンネルのターミナルも、俺達で設置してやる。隠し集落の場所がばれねえように、うまく工夫してやるから、安心しな。」
「それは、何から何まで、ありがたい限りです。」
「もちろん、無償でやるわけじゃねえぜ。ここや、新たに作る隠し集落を、俺達『ファング』の活動拠点として使わせてもらう。物資の補給やパイロットの休息の為に、いつでも使って良いという条件は、受け入れてもらう。」
「活動、というのは、盗賊稼業の事になるわけですね。」
少し心配顔になる、集落の代表者だ。
「心配するな。俺達は『シェルデフカ』の領民をターゲットに、盗賊稼業をする気はねえ。そいつらを食い物にする、軍政の徴発部隊や似非連邦支部や他の盗賊団等が、俺達の獲物だ。そいつらが『シェルデフカ』集落から掠奪したものは、俺達の方で横取りさせてもらうから、あんた達の手元にはほとんど戻って来ねえとは思うが、『ファング』が直接集落を襲うことはねえ。」
「特に、若くてイイ女は一人も帰って来ない、と思っておいてくれよな。」
カビルが横から、助平そうな顔で補足した。
「そ、そうですか。それは辛い、と言えなくもありませんが、徴発や掠奪で奪われたものは、本来はあきらめざるを得ないもの。帰って来なかったとしても、あなた方を恨む道理はありません。徴発部隊や似非支部や盗賊を、退治してもらっただけでも有り難いですし、用心棒代だと思って、その損失は受け入れるしかありませんね。」
「じゃあ、決まりだな。提携成立だ。近いうちに、『ファング』の根拠地から人が来ると思うから、詳しい条件はそっちと話を付けてくれ。」
この集落は「シェルデフカ」領内でも、今のところ、「シックエブ」方面に一番近い場所に位置している。「フロロボ」星系内を公転しているから、時間が経てば別の天体に、その位置を譲る事にはなるが、最外殻近くに位置する天体の公転周期は、百年以上にも及ぶ。十年かそこらの間は、この第3惑星のL-4ラグランジュ点が、「シェルデフカ」領内で最も「シックエブ」に近い状態は変わらない。
新たにエッジワース・カイパーベルトに建設する予定である隠し集落は、更に「シックエブ」に近い位置を占めるだろう。そこを「ファング」が拠点として使えれば、戦略的意義は極めて大きい。
これから大征伐部隊が派遣されて来るのだから、ここはぜひ抑えておきたい集落であったのだが、逆に言えば、ここを抑えようとしているからには、「ファング」は、軍政打倒計画に相当深く首を突っ込む覚悟を固めた、とも言える。
プラタープの闘い振りや領民慰撫の姿勢を見て、カイクハルドも決意を固めつつあるのだろうか。
「この集落は」
カイクハルドは、住民代表と話し続けた。「人工彗星を使った資源採取が、生活の基盤になっているのだろう?」
「良くご存じで。そうです。数十年をかけて、『フロロボ』星系内の希薄なガス雲の中を駆け巡りながら、人工彗星が少しずつ採取して来た資源が、この集落の生産活動を支えています。ラグランジュ点にある小惑星からも資源は採取しますが、7割以上は人工彗星によるものです。」
「幾つくらいの人工彗星を飛ばしているんだ?」
「千機近くにも上ります。それらが順に、月に1度か2度の頻度で、このラグランジュ点に最接近しますので、その時に人工彗星から、採取された資源を取り出し、メンテナンスや軌道補正用の噴射剤の補給などを実施して、再び送り出す、というのが、数百年に及ぶ伝統的なこの集落の生活様式です。」
「その活動に、管理者の存在は必要ないのか?」
「必要です。不可欠と言って良い。管理者に伝承されているカードキーを使わなければ、人工彗星は動かせませんし、メンテナンスの方法も管理者しか知りません。消耗部品や噴射剤の調達も、これまでずっと管理者が一手に引き受けておりましたので、それ以外の者には、どうやれば良いか分かりません。」
「管理者無しじゃ、生きて行けねえ集落ってわけだな。生産設備も、管理者無しじゃ動かせねえから、資源を使って食料などの生活必需品を作り出すのにも、管理者の存在は必要なのだろう。で、その管理者は、今どこにいるんだ?」
「軍政の征伐隊と共に、逃げ去って行ってしまいました。この集落での掠奪を軍政に無制限に許しただけでなく、人工彗星を動かすのに必要なカードキーも持ったまま、いなくなってしまった。彼は、我々を売ったのです。この集落を征伐隊に自由に使わせるのと引き換えに、彼は、もっと実入りの良い立場を手に入れようとしたようです。」
「じゃあ、その管理者がいなくなって、あんた達はどうやって生活して行くつもりなんだ?」
「それは、正直まだ、答が出ておりませんでした。次に人工彗星が最接近して来た時に、とりあえず管理者なしで、採取された資源の取り出しを試みるつもりです。分解してしまえば、取り出すこと自体は不可能ではないはずです。」
「取り出せはするが、これからも資源採取を続けさせるのは、不可能になるんじゃないか。千機近い人工彗星が飛んでるわけだから、それを全部分解し尽くすまでは、何とか生活は続けて行けるのだろうが、千機全部を分解し尽くしてしまったところで、この集落の命運は、尽きちまうんじゃねえのか?」
カイクハルドの言葉に、はっとしたような顔になった後、絶望に沈んで行くような低い声で、集落の代表者は答えた。
「・・そう言えば、そうですね。正直、そこまでは考えておりませんでした。恥ずかしながら、我々のような最貧の集落の者は、その日その日を生きるのが精いっぱいで、そんな先の生活にまで、考えが及んではおりません。」
「先の生活って言ってもよう。何十年かそこらだろ、人工彗星を食い潰す形で生きて行けるのは。今年生まれたこの集落の子は、人生を全うできねえなあ。」
「・・はい、確かに。このままでは、そうなってしまいます。ですが、こんな戦乱の世の中です。いつ何が起こるかわかりません。何十年も先の生活を考えている余裕など、我々には・・」
「数十年の内には何かが起こって、生活が続けられる世の中になるかも、ってか?いや、逆か。数十年の内には、集落が全滅するようなハメに陥ってるかもしれねえんだから、とりあえず今は、今の生活だけを考えよう、ってか?」
「はい。本当に、恥かしい話ですが、我々はもう、あなた方の支援を受けるまでは、今日明日をどうやって凌ぐかさえ、分からない状態だったのです。今、あなたにそれを指摘されるまでは、人工彗星を食いつぶした後の生活など、思い付きもしない有様でした。情けない限りです。」
「それが、この集落の追いつめられた現実ってわけだな。管理者に売り飛ばされ、征伐隊に、食料を根こそぎ持って行かれちまったら、そうなるのも無理はないか。分かったぜ。その人工彗星や生産設備の件も、『ファング』の方で、何とかしよう。」
「え?ほ、本当ですか。何とか、できるものなのですか。とう・・あの、失礼ですが、盗賊兼傭兵が、『ファング』なのでしょう?」
「ああ、確かに『ファング』は盗賊団兼傭兵団だが、資源採取や生産の設備に関しても、『グレイガルディア』では最新鋭の技術を持っている。人工彗星を動かすカードキーって奴も、もとは皇帝一族により下賜されて、それが代々受け継がれ、今の管理者の手に収まっていたものだろうが、多分『ファング』の技術者は、それを複製できる。できなくても、人工彗星のパーツを幾つか取り換えて、管理者抜きでも使えるようにはできるはずだ。カードキーを複製できた方が、相当に手間は少なくて済むが、できなくても、何とかならねえって事は、ねえだろうぜ。」
「そ、そうなのですか。そんな、技術が・・。いったい、『ファング』とは、何者なのです?ただの盗賊団兼傭兵団が、そのような技術を、もっているなど、あり得るはずが・・・」
「ただの盗賊団兼傭兵団だぜ、『ファング』はよう。それ以上は、何も言えねえな。とにかく、根拠地が派遣して来る技術者に、その点は任せておけ。悪いようにはしねえ。」
「あの、それは、設備の消耗部品や噴射剤などの入手も含むのでしょうか?かなり継続的というか、恒久的な支援を、頂かなくてはいけないと思うのですが。」
「大丈夫だ。任せて置け。『ファング』の根拠地は、この『シェルデフカ』領域でも、数百年も前から活動を続けている。資源採取も生産活動も、実績は十分なんだ。」
「そ、そうなのですか?申し訳ありませんが、俄かには、信じ難いものがあります。そんな業務は、皇帝陛下一族の指導を受けた者にしか、できない事だと・・。しかし、もう我々には、あなた方を信じる以外に道はありません。全て、お任せ致しましょう。」
「ああ。まあ、信じられねえのは無理もねえが、とりあえずは大船に乗ったつもりで、任せて置け。」
不安と安堵、驚愕と頼もしさ、それらがないまぜになったような複雑な表情で、集落の代表者はカイクハルドを見詰めた。
今回の投稿は、ここまでです。次回の投稿は、'18/8/18 です。
未来の宇宙の、最貧集落の暮らしぶりというのを詳述してみました。「ファング」の戦いを描くだけなら、こんな細かいことは割愛しても良かったかもしれませんが、「銀河戦國史」シリーズ全体の世界観構築には必須だ、と思って書きました。現実世界でも、世界各地で様々な文化や暮らしぶりがある、とはいっても、やはり農業や漁業や牧畜で、その土地の自然の恵みから生活の糧を得る、というのを長年繰り返してきているというのは、どこに行っても変わりません。宇宙時代には、必要な元素さえ揃えば食料などの生活物資は生産できる、という前提のもと、生活の場となった宙域からどうにかして、必要な元素をすべて採取する、という活動が、地球上で繰り広げられた農業等に相当するものではないか、という考えです。現実の地球で、人類が住む場所では古今東西いずれにおいても、たいてい農業や漁業や牧畜があるように、未来の宇宙ではどこへ行っても、元素の採取が行われている。そんな未来の、一般的な生活、ってのを描くことで、スケール感が出ないかなぁ、っていう試みです。いかがなものでしたでしょうか?というわけで、
次回 第30話 反軍政の首脳会談 です。
軍政の差し向けて来た征伐隊をプラタープが撃退したことで、彼を中心にした軍政打倒の活動が、大きな盛り上がりを見せてくるわけです。今後の戦いに、深くかかわってくる人物が登場して来ます。是非、ご一読を!




