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銀河戦國史 (アウター“ファング” 閃く)  作者: 歳越 宇宙 (ときごえ そら)
第2章 準備
30/93

第28話 カフウッド兄弟の手並み

 カイクハルドが、敵の未来に関する予測の言葉を零した数分後、

「おっ、『オーヴァホール』の艦隊の、半分くらいが急加速して、クンワールの艦隊を目指した。なんだ?残りは減速して、上下左右に広く開き、凹面(おうめん)を形成する動きだな。一個の艦隊で、対応が2つに割れちまったぜ。」

と、トゥグルクが報せる。

「大将がいなくなって、軍がまとまらねえんだな。対応が不統一になっちまって、意味も無く戦力を2分しちまったか。」

「あーあ、しかも、突撃した艦も、速度がバラバラだ。手負いの中型艦が、1艦だけで突出してしまってる。それによ、散開弾を撃ってる艦があるかと思えば、徹甲弾を撃ってる艦もあるぜ。何がしたいんだ?」

 散開弾を撃てば、金属片群の壁による遮蔽効果で、相手にこちらの動きを探知されにくくなる。更に、敵艦の表面構造物に損傷を与え、索敵システム等に穴を開ける事も期待できる。その分、遮蔽効果はこちらにも影響するので、敵の動きを掴みにくくなる。

 徹甲弾での攻撃では、敵はこれを迎撃もしくは回避する必要に迫られるので、敵の動きを限定する効果がある。

 どちらの攻撃を採用するべきかは、その後の戦術や戦闘計画によって変わって来る。どちらが正解とも言えない。

 が、今の『オーヴァホール』のように、ある艦は散開弾、ある艦は徹甲弾と統一性の無い攻撃をすれば、遮蔽効果も、動きを限定する効果も、どちらも中途半端なものになってしまう。

「本当かよ、トゥグルク。俺達には、あれだけ手強い反撃をして来た敵だったのになあ。艦隊の全体を把握し、指示を出す者がいなくなっちまったら、そんなにも出鱈目な行動になっちまうんだな。へへへっ」

 カビルの声は、もはや苦笑するしかない、という様相だ。

「カイクハルドが死んだら、俺達も、ああなるのか?」

 ヴァルダナの一言は、カビルだけでなく「ファング」のパイロット一同の、背筋を寒くさせたようだ。

「・・かもな。ちぇ、ヴァルダナ。嫌な事言うんじゃねえよ。」

 陽気な言い方にしようと努めたようだが、カビルの声は、深刻な響きを隠せていなかった。

 結局「オーヴァホール」の艦隊は、一方的な敗北を喫した。当然ともいえる結果だが、パイロット2人を失う程の反撃を受けた「ファング」としては、複雑な気分だ。

 「オーヴァホール」艦隊の先頭を進んでいた手負いの中型戦闘艦は、クンワール艦隊の2個の中型戦闘艦の、プロトンレーザーによる砲撃を一身に浴び、瞬時に光球と化した。電磁シールドも展開しない猪突猛進ぶりだったので、あっさりと大爆発に至らしめられた。

 その大爆発は「オーヴァホール」艦隊のレーダーシステムに支障を生じ、それでなくても穴だらけだった索敵網にさらに大きな穴が開いた。その穴にクンワールは、大量のミサイルを見事に通した。

 索敵が正常なら、まず間違いなく迎撃できるはずの対艦ミサイルが、次々に「オーヴァホール」の戦闘艦に突き刺さった。徹甲弾が装甲を食い破り、内部に灼熱の熱風を吹き込んだ。死神の手に撫でられたかのごとく、熱風の通過した後に命は残らなかった。

 ミサイル攻撃でほぼ動きを止めた敵艦に、クンワール艦隊はプロトンレーザーの砲撃を、情け容赦なく浴びせかけた。

 次々に、ド派手な光球が虚空を彩り、数多の人命を宇宙に吸わせるとともに、見る者の目を眩ませる事にも成功した。

 “見る者”とは?それは、凹面を描いてクンワール艦隊を待ち構えた、「オーヴァホール」艦隊の残りだ。派手な爆発は、クンワール艦隊の動きを、ほんの一部ではあるが、見落とさせた。

 ほんの一部だが、致命的だった。凹面を作った艦隊へ向けてのミサイルの発射を、見落としてしまったのだ。

 散開弾だった。敵がそれに気づいた時には、もはや手遅れだったようで、敵は抗う事も避ける事もできないままに、金属片群に表面構造物を滅多打ちにされた。

 レーダーが潰れ、周囲が見えなくなる。レーザー銃も潰され、敵が来ても反撃できくなってしまった。艦隊の半分が既に壊滅させられ、目を潰され、反撃の手も相当に削がれた。棟梁亡き今、この事態にどう対処するのか、その答えを出せる者など、敵中には一人もいなかったらしい。

 降参。それが、敵の選択だった。クンワールに投降の意思表示をし、受け入れられた「オーヴァホール」の残党は、非武装のシャトルに乗って出てきた後、艦を自爆させた。

 敵の身柄は、絶大な収入源になる。彼等の故郷である所領では、将兵達の家族が彼等の帰りを待ちわびている。この戦いに参加していた将兵達は、その家族にとっての大黒柱でもある。特に、軍閥棟梁が戦死してしまった今となっては、大黒柱にしっかり家族を支えてもらわねば、将兵達の妻子は路頭に迷ってしまう。

 家族は、どんな法外な身代金を支払ってでも、大黒柱たる将兵を取り戻そうとする。戦争捕虜を人質に身代金を要求するのは、戦乱の時代には、当たり前だ。

 この戦いで、「カフウッド」や「ファング」とて、相当の出費を強いられている。惑星上の施設を貸してもらった集落にも、それなりの代価を支払わねば、良好な関係は維持できない。良好な関係が今回の勝利をもたらした事を考えれば、それは何としても維持したいものだ。

 そのためにかかった費用は、可能な限り回収しておく必要がある。綺麗事だけでは、戦乱の世は渡れない。クンワールは、シャトルで出て来た将兵達の身柄を人質に、ありったけの財産を差し出す事を、彼等の家族に強いるだろう。それはもう、最貧民に墜落せざるを得ないほどに、法外な身代金だ。

 棟梁を失っただけでなく、大量の軍閥幹部がこの戦いで戦死し、法外な身代金をも取られたとなれば、「オーヴァホール」ファミリーの存続はもう、不可能と考えてまず間違いない。故郷に残された家族は、領民に反乱を起こされても、近隣軍閥に侵略を企てられても、もはや抵抗する術は無い。ハイエナの群れの中に置き去りにされた死骸のごとく、ただ(はらわた)を食い荒らされるばかりの存在だ。

 領民と良好な関係を築いていた「オーヴァホール」とは言っても、それなりに税を取り立てたし、労役も課して来なかったわけでは無い。それを生活の糧にするのが領主というものだから、税も労役も、課さないというのは不可能だ。積極的な反乱を起こさせない程度には、領民を慰撫して来たが、やはり支配者と被支配者の関係なのだ。

 支配者が弱り切っている今、被支配者が、どこまで支配者に従ってくれるか。両者の関係性によっては、被支配者が支配者を献身的に支える美談も、無いとは言えない。が、立場を、一夜にしてひっくり返されてしまう場合もある。1人1人の支配者が、1つ1つの家族が、これまで被支配者と、どう向き合って来たかが問われる場面だ。

 被支配者との関係以上に彼らを脅かすのは、近隣軍閥の存在だろう。隣り合う間柄の軍閥同士などというのは、長年にわたって熾烈な縄張り争いを繰り広げているものだ。少しでも有益な宙域を、すこしでも沢山支配下に置きたい。支配者はそう考えるものだし、軍閥というのは、その為の手段として武力や暴力を振りかざしたところから、軍閥と呼ばれる存在になったのだ。

 軍閥であるからには、「オーヴァホール」も武力で、近隣軍閥から所領を奪い取った経歴が無いはずはなかった。彼らが弱り切っている今、それを取り返し、更に昔から「オーヴァホール」のものだった所領にも、魔手を伸ばそうとする近隣軍閥は、後を断たないはずだ。

 被支配者に立場をひっくり返されるか、近隣軍閥に切り取られるか、いずれにせよ、弱り切った彼等に、明るい未来など待ってはいない。支配者だった彼らが被支配者に身を落し、奴隷同然の立場となって生きる日々が、やって来る可能性が高い。身代金の支払いが終わり、故郷に戻って行く時の将兵達の足取りは、さぞかし重たいものになるのだろう。

 絶望的な未来を抱えた敵将兵達をクンワールの艦隊が収容している時、「ファング」のもとに投降して来る敵もあった。

 第1・5戦隊が滅多打ちにした大型戦闘艦も、乗員が全滅したわけではなかった。思いのほか大勢の乗員が、投降して来た。あれだけの損傷を与えて、それでもこれだけが生き残っているのだから、敵艦内部の防御や生命維持の機構は、すばらしく優秀なものだったのだろう、とカイクハルドが舌を巻いたほどの人数だった。

 中破だった中型戦闘艦からも、多くが投降して来た。老獪なドゥンドゥー率いる第2戦隊に、付かず離れずの巧みな攻めを継続され、棟梁の応援にも駆け付けられず、自身を守り抜く事もできず、通常航行能力はかろうじて維持しつつも、タキオントンネルでの移動は不可能な状態に陥った。

 超光速で走れない艦は、乗り捨てて行くしかないのが、宇宙時代だ。味方を殺しまくった憎き「ファング」であっても、彼らを頼らなければ、帰れないし、どこへも行けない。中型艦の乗員には、自害するか「ファング」に投降するか、しか選択肢は無かった。

 いつものように「ファング」は女を要求し、「シュヴァルツヴァール」に囲うと宣言した。棟梁はじめ、「オーヴァホール」ファミリーの幹部だった者達は、嫁や娘や兄妹(きょうだい)を多く大型戦闘艦に同伴させていたらしく、権力者の箱入り娘に目が無いカビルは、涎を垂らしながらシャトルに乗り込んで行った。

 投降して来た女達は、夫や父親や兄妹を殺した盗賊兼傭兵に、恨みつらみの(たけ)を、言葉を極めてぶちまけた後、

「その汚らわしい手で、誇りある名門軍閥『オーヴァホール』の血を受け継いだ体を穢す事など、命に代えても許しません。」

などと、()え立てた。

「うるせえ。死ぬのが怖いから、非武装のシャトルでノコノコ出て来たんだろうが。死ぬ覚悟があるなら、とっくに艦と運命を共にしてるだろう。度胸もねえ奴が、口先だけで強がってんじゃねえよ。」

 カイクハルドにそう一蹴され、恥じ入って黙り込む様は、無残としか言えないものだった。

 久しぶりに権力者の箱入り娘をゲットできたカビルだったが、最高級の獲物だった「オーヴァホール」棟梁の孫娘とかいうのは、戦績トップだった第5戦隊パイロトに持って行かれた。

 棟梁の長女で、家臣の筆頭に嫁いでいたという壮年淑女が2番人気だったが、これも、第3戦隊のパイロットが、まだ生き残っていた涙に咽ぶ夫から引き剥がして、これ見よがしに尻を撫でながら連れて行った。

 戦績順では12位だったカビルがゲットしたのは、棟梁の三男の次男の四番目の嫁の妹だった。

「だいぶ、権力から離れちまったじゃねえか。ほぼ庶民じゃねえのか、こんなの。」

と、文句を言いながらも、十代の若い女だという付加価値で己を納得させ、棟梁の三男の次男の四番目の嫁の妹を連れて行った。

「いやぁっ!あなたぁっ、助けてぇ!」

と、一般兵の1人である夫に、懸命に抱き付いて泣き叫び、棟梁の三男の次男の四番目の嫁の妹は救いを求めた。それを必死の形相で引き剥がすカビルの姿に、カイクハルドは苦笑を禁じ得なかったし、知らん顔を極め込む夫には失笑を抑え切れなかった。

 男達の処分に関しては、身分の高いものは「カフウッド」に引き渡し、後ほど身代金の一部を、「ファング」は報酬として受け取る事になった。下っ端は、ここの集落の住民に預けた。基本的に、従来からの住民と対等な立場の一領民として、ここで暮らして行く算段が出来上がっている。

 戦いを終え、「シュヴァルツヴァール」に帰還したカイクハルドは、自室に戻った。

「かしらも戦績順じゃ、女をゲットできるんだぜ。せっかく軍閥幹部の娘ってプレミアものをゲットできるんだ。もらってけば良いのに。」

「ああ?俺の部屋には、もう3人いるんだ。満員だぜ。」

「かしらって立場を張ってるんだから、もう1人か2人くらい、囲っても良いんじゃねえか?今いる3人の内の1人は、抱きもしねえで置いてあるだけなんだし。」

「うるせえ。3人いりゃ十分だし、抱きもしねえ女なんか、いねえ。熟成させてる女が、1人いるだけだ。」

 カビルとのそんなやり取りを反芻しつつ、1人で自室の扉をくぐった。

(ミームが、良い具合に仕上がってねえようなら、やっぱり、1人もらっとくべきだったかもな。)

 そんな事を内心で独り()ちながら、寝室の扉を開ける。ミームが、ちょこん、とベッドの上に座っていた。

「子を身籠れば、直ぐにここを出られるのですよね。そして根拠地で子を育て上げ、手を離れれば、故郷の集落に帰れるチャンスも出て来る、と教えて頂きました。」

 ミームはその一心で、今後しばしば、カイクハルドの寝室で彼を待ち構える、と決意を固めたようだ。ペクダが、寝室での一時(ひととき)を純粋に楽しむ姿勢を見せはじめているのとは、対照的だ。

 ペクダは「カウスナ」領域の民で、ミームは「シェルデフカ」領域の民という違いがあるが、どちらも貧しい集落の生まれだ。育った環境が似通っているにも関わらず、全く価値観の違う2人が、代わる代わる寝室で待ち受けるこれからを想い、カイクハルドの胸は高鳴った。ベッドにダイブする身のこなしも、軽やかだった。


 その後、征伐隊からの掠奪部隊が「シェルデフカ」領の集落に向かって来る兆候は、見られなくなった。すっかり懲りてしまったようだ。

 征伐隊の中心軍閥である、「バイリーフ」が駐留している「フロロボ」星系第2惑星の周辺に、敵の部隊の大半は遊弋(ゆうよく)している。ロクに掠奪もできなかった彼等は、今日明日に口にするべき食料にも、事欠いている状態のはずだ。「フロロボ」星系第2惑星の軌道上集落から徴発した糧秣は、全て「バイリーフ」が独占しているし、全軍に配給できるほどの収穫は、ここの集落だけからでは、得られるはずもなかった。

「征伐軍に馳せ参じた兵達は多分、相当に焦っているはずだな。軍閥なら、徴発や掠奪で糧秣を得られないなら、本拠地から送ってもらう、って手もあるのだろうが、馳せ参じて来た兵のほとんどは、そんな頼りになる本拠地は持ってねえ。このまま放っておくだけでも、戦う必要も無く、敵は弱って行って、いずれ雲散霧消する可能性が高いな。」

 カイクハルドは「シュヴァルツヴァール」の航宙指揮室で、仲間達にそんな見通しを語っていた。

 だが、プラタープは、敵を放っておく手は使わず、全軍を率いてバカ正直に敵の面前に向かった。

「放っておいても、敵は消えてくれるかも知れないのに、なぜ、わざわざ敵の前に向かって行くんだ?兵力はこちらの方が少ないのだから、余計な消耗をしないように行動しなきゃ、いけないんじゃないのか?」

 ヴァルダナはそんな疑問を呈し、カイクハルドも、

「さあな、何か考えがあるのだろうよ。プラタープの旦那には。」

としか、答えられなかった。

 彼等の疑問の答えは、敵の前に「カフウッド」が姿を現すや否や、明らかになった。

 「カフウッド」ファミリーのもとに馳せ参じた兵達と、軍政派遣の征伐隊のもとに馳せ参じた兵達との間には、一定の交流や情報交換がある。今は敵味方に分かれているとはいえ、どちらの寄せ集め兵も、同じような境遇の者達だから当然だ。

 敵兵が糧秣不足に苦しんでいる状況は「カフウッド」陣営に伝わっており、「カフウッド」のもとに馳せ参じた部隊が十分な糧秣を確保できている様相も、敵にしっかりと知れ渡っている。

 「カフウッド」陣営の兵達は、俄かに馳せ参じただけの者も含めて、「カフウッド」ファミリーからの糧秣の配給も受けていたし、敵が集落から掠奪したものを横取りできたりもしたので、相当に潤っている。それらの情報が、敵に筒抜けになっている。

 敵陣営の、糧秣不足に苦しんでいる兵達が、その情報に触れてどんな想いを抱いているか、想像するのは容易だ。

 「カフウッド」側に馳せ参じていれば、こんな辛い思いはしなかった。付き従う相手を間違えた。規模が大きいというだけで軍政の討伐隊に馳せ参じたが、現状を見れば、「カフウッド」に馳せ参じた方が正解だった。

 そんな想いに多くの敵兵が取り付かれているのは、間違いなかった。その敵の面前にたどり着いた時、プラタープは、敵兵に対して、堂々と寝返りを呼びかけた。投降を呼びかけるというのとも違うし、こっそり内応を打診するのとも違う。

 「バイリーフ」始め、征伐部隊の中枢の軍閥にも受信できる広域通信で、大々的に、「カフウッド」に寝返った方が良い思いができるぞ、と訴えた。

 こんなあからさまな寝返り要請に、誰が応じるものか、と「バイリーフ」の者達などは思ったかもしれないが、恐ろしい程に続々と、敵陣から「カフウッド」陣営に、敵兵は鞍替えした。

 白旗を掲げ、攻撃の意志が無い事をアピールしつつ、征伐隊に加わっていた兵達が、「カフウッド」艦隊のもとへと列を成してやって来る。ある者は汎用の宇宙艇で、ある者は非武装のシャトルで、と貧弱な武装しか持たないものほど先を争って、「カフウッド」のもとへと寝返って来た。

 一度流れができると、ドミノ的な連鎖反応が起こり、寝返る者はどんどん増えて行く。慌てた征伐隊の中核を占める軍閥達は、必死で引き留め工作を始めた。飴と鞭を使い分け、甘い言葉の懐柔と武力での脅しを取り混ぜて、何とか兵達を押し留めようとした。

 が、彼らが何かすればするほど、寝返りドミノは加速の一途だった。あれよあれよ、という間に敵陣からは兵がいなくなり、「カフウッド」陣営は兵数を増やして行った。

 「カフウッド」の部隊が敵の面前に達して3日ほどが経った頃、彼我の兵数が逆転した。

 10万を誇っていた敵陣は、今は5万にまで減った。中核の軍閥以外、ほぼ全ての兵が「カフウッド」側に流れたのだ。だから、カフウッドの陣営は、もとの5千に寝返り兵が加わり、約5万5千だ。

 約5万5千の大部隊と言っても、その内の5万以上は、寄せ集めの弱小兵だから、兵数が逆転したと言っても戦力が逆転したとは言えない。が、兵数の逆転は、敵をして動揺させるのに十分だった。

 征伐部隊の中核軍閥の1つが、「フロロボ」星系第2惑星を後にした。逃亡を図ったのだ。1つが逃げると、それに感化される軍閥が出て来る。次々に、逃亡する軍閥が現れる。そうなると、最後に残ったものが貧乏くじを引かされる、と誰もが思うものだ。

 貧乏くじなど断じて御免、と征伐に参加していた軍閥は、我勝ちに逃げる。次々に逃げる。そしてとうとう、「フロロボ」星系第2惑星周辺から、征伐部隊はいなくなった。

「こんなことが、あるのか?10万を誇った大部隊が、一戦も交える事無く、消えちまったぜ。」

 カビルは「シュヴァルツヴァール」の航宙指揮室に、間抜けな驚き顔を曝していた。

「やはり、プラタープ殿の戦略眼は、見事だ。戦わずして勝つ、という戦略戦術の最上の成果を、鮮やかに具現化して見せた。素晴らしい。」

 すっかりプラタープシンパとなり(おお)せたドゥンドゥーは、言葉を尽くして褒め千切った。

「が、5万以上の兵を急に抱え込んで、今度はこっちが、糧秣不足になるんじゃねえのか?」

 カイクハルドは心配した。が、プラタープはその事も、計算済みだったようだ。

 当面生活するのに必要最低限の糧秣を与え、もとからの兵にも敵から寝返った兵にも、とっとと解散するように伝えたのだ。もう戦いは終わったから用済みだ、と言って最低限の糧秣提供と共に、追い払った。

 寝返り兵達は、それまでは、餓死するのではという程に糧秣不足に苦しんでいたので、当面の分だけとは言え、糧秣を確保できたからには、もう征伐部隊の消えてしまったこの宙域に残っている理由は無かった。長居は無用、とばかりにプラタープの指示を受け入れた。

 元からの兵も、プラタープの下で敵の掠奪品を横取りしたりして、それなりに稼ぎを上げられたので、解散を宣告されるや否や、意気揚々と引き揚げていく。

 5万近くの兵は、3日と経たずに全て去って行った。10万以上の軍兵でひしめき合っていた「フロロボ」星系第2惑星周辺は、今や2千余りの「カフウッド」直轄軍が滞在するのみ、となっていた。無論、「ファング」も残っているが、百人しかいない彼等の存在は、誰も計算に含めない。

 最低限の糧秣しか与えない、と言っても、5万の兵に糧秣を配るとなれば、それは大変な量だった。だが糧秣は、「シェルデフカ」領民達の努力によって、どうにか賄われた。彼等は、「カフウッド」の部隊に窮地を救われ、掠奪を逃れられたという恩があったし、野蛮な兵達に「シェルデフカ」から立ち去ってもらう為だったら、少々の苦労を(いと)うはずもなかった。

 5万人分を捻出するのは、「シェルデフカ」領民にとっても楽ではないが、彼等は懸命の努力と忍耐の末に、糧秣を「カフウッド」に提供した。武力で脅しての掠奪でも、権力を振りかざしての徴発でもなかった。あくまで自主的に、提供してもらった。

 「シェルデフカ」領域中にプラタープとクンワールの手勢が散って行き、糧秣を満載して戻って来る、というピストン輸送で糧秣は集められ、兵達に配られた。

 余計な兵が消え去ると、今度は、プラタープは、「フロロボ」星系第2惑星の軌道上集落への慰撫に移った。

 征伐隊に駐留されていたここの集落も、糧秣を根こそぎ徴発されており、今日明日口にするものも無い位に、追い詰められていた。

 徴発と言おうが掠奪と言おうが、呼び方が違うだけで、内実は同じだった。要するに、集落にある食料等の物資を、無理矢理に奪い去って行く。住民達が食べる分など考慮もせず、手当たり次第に持ち出す。暴力に訴えるか、権力を行使するか、が違うだけで、力ずくで強奪する事に変わりは無い。

 征伐部隊が立ち去ったとはいえ、既に食料を根こそぎにされている集落は、誰かに救済の手を差し伸べられなければ、全滅するしかない。プラタープは、そんな実情をよく分かっていた。

 集落の住民総数は、2千人にも満たなかった。5万人分の糧秣を集めた彼らからすれば、それは誤差範囲みたいなものだ。5万人分の残りで、十分に賄える。兵達を追い払うのに配った糧秣の余りを持って、プラタープの部隊は、軌道上にある十数個の集落を順に(おとな)った。

 「カフウッド」の手勢を総動員するまでも無い。それくらいの作業は、300程の兵で十分だ。その他は、一旦どこかへ消えて行った。

 プラタープの行き届いた慰撫の結果、ここ以外の「シェルデフカ」領域の集落と同様、「フロロボ」星系第2惑星を周回する幾つかの集落も、「カフウッド」ファミリーに恩を感じ、彼等の戦いへの協力を約束した。

 無論、秘密裏の約束だ。表向きは、「シックエブ」や軍政に歯向かうつもりは無い、という建前を崩しはしない。軍政に従順である風を装いつつ、陰で、「カフウッド」の軍政打倒の戦いを支えるのだ。

 一旦食料を根こそぎにされ、すっからかんになっていた集落の倉庫に、どしどしと食料が積み上げられて行った。「シェルデフカ」領全域から、「カフウッド」の部隊によって集められた食料だ。一度は絶望に染められた住民達の表情も、安心感に緩んで行ったそうだ。

 が、その様子を、数十万kmの彼方から伺っている者達がいた。いったん引き揚げた風を装って、軍政の征伐隊が反撃の機会を狙っていたのだ。

 軍政部隊も引き上げるにあたって、集落にスパイを何人か残して行く、くらいはしていた。そのスパイからの連絡で、「カフウッド」のもとにいた5万の兵は消え去り、集落に食料が溢れ、さらに、5千の「カフウッド」直轄部隊もほとんどがどこかへ行ってしまい、「フロロボ」星系第2惑星周辺に残っているのは、たった300人の兵だけである現状が報告されていた。

 未だ3万近くいる征伐隊は、糧秣の消費も激しく、「フロロボ」星系第2惑星から引き揚げてからは有望な調達先が無かったので、今は彼らが、最も糧秣不足に苦しむ立場に陥っている。さりとて、このまま逃げ帰れば、「シックエブ」や軍政から、敵前逃亡や任務放棄の(そし)りを受ける事になる。

 帰るに帰れない。逃げるわけにはいかない。そんな立場に、征伐隊は置かれている。「フロロボ」星系第2惑星から数十万km離れた漆黒の闇の中で、彼等は虎視眈々と、襲撃のチャンスを伺っていたのだ。

 そして、チャンスはやって来た。集落に食料は満ち、「カフウッド」部隊は300人しかいない。

 征伐隊は動き出した。それも、隊列も陣形も何も無い、無秩序な動きだ。糧秣が不足しつつある現状が、彼等から冷静さや慎重さを奪っていた。

 力の弱い軍閥ほど、蓄えている糧秣も少なく、早くに窮地に陥る。だから、弱い軍閥ほど、先を争って糧秣確保に動く。「バイリーフ」のような大きな軍閥は、まだ多少の余裕があり、ゆったりとその場に構えている。小規模な軍閥の3つか4つかが、「フロロボ」星系第2惑星に殺到して行った。

 一刻も早く糧秣を確保すべく、バラバラになって、軍閥と軍閥、部隊と部隊、戦闘艦と戦闘艦が、警戒心も無く距離を開け、それぞれに孤立して行く。

 一つの惑星の、衛星軌道上を周回する集落を襲う、と言っても、惑星自体の直径が十数万kmに及ぶから、軌道上集落は直径数十万kmの円周上に散在しているわけだ。それらを目がけて散って行った征伐隊の各部隊の孤立ぶりは、生半可なものではない。惑星の環や衛星等によって、互いの姿が遮蔽(しゃへい)されている状態でもある。

 集落に残したスパイは、軌道上集落群に300しか「カフウッド」の兵がいない現状は掴んでいたが、それ以外の「カフウッド」部隊の動きは、全く掴めていない。「フロロボ」星系第2惑星周辺への索敵能力も、今の征伐隊には皆無だ。ここに駐留していた時には、10万の味方が目を光らせ十分な監視態勢を築いていたが、今はそれも無い。

 彼等は、「カフウッド」部隊の残りがどこにいるか、分かっていなかったし、知ろうとも、考えようともしていなかった。全く念頭になかった。今はただ、一刻も早く糧秣を確保する事、それしか頭になかった。

 だが、「カフウッド」部隊は、「フロロボ」星系第2惑星近傍で展開し、艦列を整え、待ち構えていた。どこかに消え去ったふりを装い、索敵圏外となるような距離は第2惑星とは開けているが、可能な限り近くに潜んでいた。

 その彼らが、バラバラになった敵の、最も弱そうな一角を見つけ、急襲を仕掛けた。敵にとっては索敵圏外でも、惑星近傍の状況は当然、「カフウッド」部隊には詳細に把握されている。無人探査機をばら撒いたりもしていない征伐隊が、タキオントンネルで急接近して来る「カフウッド」部隊の姿を捕える術は無い。完全に虚をつく形で、征伐隊の最も弱小な部隊の面前に、「カフウッド」部隊は姿を現した。

今回の投稿は、ここまでです。次回の投稿は、 '18/8/11 です。

連鎖反応とか群集心理みたいなものを利用する場面が、次々に出てきます。ワンパターンとか言われそうですが、小よく大を制する為には必須ですし、大軍勢には必ず、そういった隙や弱点は出てくるハズです。小勢の「カフウッド」が軍政の大部隊を相手にするわけだから、こういうのは多くなります。1人がやると、雪崩を打って大勢もやり出す、ってのは、現実にもあるでしょう。作者も、バスを長時間待っていて、行先の違うバスが来たときにうっかり乗ってしまって、間違いに気づいて慌てて降りて振り返ると、作者と同じ行先と思われる他の人が、何人か釣られてバスに乗ってしまっていて、その事態を引き起こした作者はバスを降りられたのに、釣られた人達は間に合わず、そのままバスに乗って行ってしまった、って経験があります。びっくりしたような顔をして作者の方を見詰めながら、バスに連れ去られて行ってしまいました。あの人達、作者を恨んでいるだろうなぁ・・。というわけで、

次回 第29話 最貧集落の悲壮 です。

もとは10万対5千の戦いだった、征伐部隊の撃退ですが、「カフウッド」優勢のままここまで来ました。まだ撃退に成功したわけではないですが、プラタープの意識は領民の暮らしの再建の方に向いているようで、次回のタイトルも上記になりました。庶民が災厄に見舞われた時には、為政者には迅速に、先手先手で行動してもらいたいものです。「カフウッド」は、「ファング」は、どんな行動をとるでしょうか。是非、ご一読を。

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