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銀河戦國史 (アウター“ファング” 閃く)  作者: 歳越 宇宙 (ときごえ そら)
第1章 決起
3/93

第1話 宴席・臨戦・奇襲

 航宙型の輸送船に乗り合わせた初対面の男達は、さっきからの酒盛りで、良い顔の色だ。船内に設えられた、無神経なまでに金属が剥き出しの壁に囲まれたラウンジの中。殺風景だし、狭い中に100人からの男達が詰め込まれ、むさ苦しくもある。

 ふわふわ浮き上がろうとする体を色々なものに固定させて、ストローでチュウチュウやっていた。無重力中での酒盛りとは、こんなもんだ。据え付けの椅子だかテーブルだかに縛られ、はたまた、何かのパイプだかデバイスだかに結び付けられた、武骨を絵に描いたような男達が、間抜けな笑い顔を揺らしている。

 裸に近い奴、宇宙服のままの奴、あちこち破れたぼろ雑巾のようなシャツを着た奴。

 目障(めざわ)りとも言える酒盛りの男達を目の端に捕えながら、カイクハルドはディスプレイの表示を読み解いている。入り口と反対側にある壁面の中央に、でかでかと掲げられたディスプレイだ。

 星間風の検出が激減し、「サフォノボ」の放つ恒星風の検出が激増した、とディスプレイは告げている。放出する素粒子等の組成や変調パターンなどは各恒星に固有なので、恒星風の検出は「サフォノボ」への接近を確信させる。ヘリオシースは越えたのだ。

 タキオントンネルを使った超光速の移動を終え、通常航行に移行して15分程だから、越えたのは超光速で移動中らしい。およそ0.1光年-1兆kmを1時間と少しで走破している間に、ヘリオシースを通過したのだ。

 質量虚数のタキオンと呼ばれる素粒子を充満させた、トンネル状の細長い空間を作り出すという超自然的技術が、人類に超光速での移動を可能たらしめていた。

 素粒子タキオンに満たされた、長い長いトンネルを抜けると、そこはヘリオシースの内側だったというわけだ。

 「サフォノボ」からの恒星風が、星系外からの星間風よりも影響力を強くする境界面、それはヘリオポースと呼ばれる。そこでは恒星風と星間風がぶつかり合い、衝撃波を発生させている。その内側には、星間風と恒星風が混ざり合った領域がありヘリオシースと呼ばれ、更にその内側に至ると、星間風の検出は激減し、ほとんど恒星風のみがセンサーに捕えられるようになる。

 そして輸送船前面に、星間風よりも恒星風の検出が顕著に見られるようになったことで、サフォノボへの接近と共にヘリオシースの内側である事も確かめられるのだ。つまり、エッジワース・カイパーベルトは、もう目前だ。

 星系円盤の最外縁に位置する微小天体群が、エッジワース・カイパーベルトである。人類発祥の星系の構成要素に与えられた固有名詞が、数千年の時を経る間に、一般名詞化していた。そしてそのエッジワース・カイパーベルトに、攻撃目標である宇宙要塞「バーニークリフ」がある。

 到着し次第、今酒盛りをして良い顔の色をしている連中は、敵となる。情け容赦なく皆殺しにする予定だ。

 要塞への補給物資を満載して帰路に付く敵輸送船に、まんまと紛れ込み、敵の要塞にまで敵の船で運ばせている。要塞に至れば船は撃破し、船員も諸共(もろとも)に葬り、同時に要塞の防衛システム破壊という課題に取り掛かる。

 そんな奇襲攻撃を目前にトーペーの奴は、もうすぐ皆殺しにする手筈(てはず)の敵兵と、嬉しそうに酒盛りを堪能していやがる。

 カイクハルド率いる戦闘艇団「ファング」のパイロットとして、もう数年来の付き合いだ。腕は間違いないし、一個戦隊の指揮を任せ、十分な働きを見せてくれている。

 戦闘で結果を出しているからには、他の事には口を挟むつもりもないカイクハルドだったが、それにしても、これから皆殺しにする敵兵と、ああも楽しそうに酒盛りが出来るものなのか。百の笑いの絡まり合った一塊(ひとかたまり)の音が、耳を圧する。

 女盛りだった頃のナワープの、ヌード画像なんぞを見せびらかしたりして、トーペーは御機嫌だ。故郷から共に駆け落ちしてよりこのかた、10年に渡って(たなごころ)に置き続けているのだから、奴には可愛くて仕方のない女だ。

 トーペーにすれば、ナワープを美人だ天使だと褒め千切られれば、これから皆殺しにする敵兵が相手でも、気分が良くなるのは無理も無いか。

「そろそろ戦闘艇に戻って、準備を始めた方が良いな。」

 カビルが小さく声を掛けて来る。「トーペーの野郎、あんなんで、大丈夫なのか?」

 この男も、「ファング」のパイロットだ。カイクハルドの指揮する第1戦隊の第1単位(ユニット)で、彼の片腕とも言える存在だ。

「まあ、一度(ひとたび)戦闘となりゃ、酔いも情も消え失せるだろうよ。」

「それにしても、どいつもこいつも、(ひで)え顔だぜえ。育ちも暮らしも、粗末な連中だろうなあ。」

「ああ、敵兵にしても、故郷の集落から半ば強引に連れて来られた、下層民なのだろうよ。元の生活も、俺達『アウトサイダー』と五十歩百歩だろうし、徴兵されてからは、もっと(ひで)えだろうな。」

 それを皆殺しにするとなれば、胸が痛まないでもないカイクハルドだが、そうも言っていられない。盗賊団兼傭兵団の「ファング」は、殺したり奪ったりして生活の(かて)を得ているのだ。

「トーペー。そろそろ荷を下ろす準備だ。行くぞ。」

 敵兵の手前、「荷を下ろす」と言ってトーペーに声を掛けたが、無論、荷を降ろしたりはしない。目の前の連中を殺す準備をするのだ。

(おう)よ、荷降ろしか、腕が鳴るぜい。」

 その発言から、酔ってにやけた(つら)をしながらも、トーペーがちゃんと理性を保っている事は知れた。

 ラウンジを出て、鉄板が剥き出しの通路を抜ける。無重力だから、飛翔するような移動だ。形も色遣いも不揃いな宇宙服を着込んだ十人程が、一団となって飛び過ぎる。それぞれの戦闘艇にたどり着くと、操縦席に身を沈める。

 小豆(あずき)を平べったくしたようなフォルムの戦闘艇が、黒光りする事で禍々(まがまが)しい殺意を(ほの)めかしている。

 前後に5m程の大きさのそれの、中心に近い位置にまでパイロットは這って行く。扉を閉じれば、頑丈な構造物にがっちり周りを囲まれることになる。星間風や真空から守ってくれる、宇宙空間用の(よろい)だ。

 単座式は、この時代のこの宙域には珍しいタイプの戦闘艇だ。普通は2人乗りなのだ。「ファング」の駆る戦闘艇は、異彩を放つ存在だった。

 ラウンジにいた者も全員戻って来て、ずっと戦闘艇の中にいた者も心得た顔で、「ファング」は臨戦態勢となった。

「野郎ども、そろそろ始めるぜ。宇宙要塞『バーニークリフ』の防衛システムを破壊して、カフウッドの旦那の要塞奪還を支援するんだ。成功すれば、バッチリ報酬をもらえる。命を張るに十分な稼ぎは約束されてる。気合入れろよ。」

 格納庫内に静置され、有線で繋がっている「ファング」の、戦闘艇の中にのみ聞こえる声だ。コックピット内でコンソールをパチパチと操作するカイクハルドの眼には、黒地に紫のラインをあしらった、彼の宇宙服の腕の部分が見えている。

 今回の戦いは、盗賊よりは傭兵としてのものだ。金で破壊と殺戮を請け負うのだ。カフウッドという軍閥の(おさ)の戦に助太刀(すけだち)する事で、報酬に預かろうという算段だ。

「トーペー。第3戦隊は輸送船から『ファング』全艇が脱出し次第、輸送船を攻撃、撃破だ。さっきナワープの嬢ちゃんを褒めてくれた連中だが、迷うんじゃねえぞ。容赦なく殺せよ。でなきゃ、こっちが背中を撃たれんだからな。」

「分かってるよ。冥土の土産にゃあ、良すぎるもん見せてやったんだ。ナワープの可愛いヌードを拝ませてやったんだぜ。殺されても、悔いはねえだろう。」

「ははは、そう言う事か。心置きなく殺せるように、愛しの恋人の裸を見せてやったのか。」

「応よ。まあ、連中もついさっき、付近の集落から物資を強奪し、小娘どもを家族の目の前で(むさぼ)ったクズどもだ。始めから、殺すのに遠慮も何もねえ。」

「俺達も、人の事言えた義理じゃねえがな。」

「そうだな、カビル。俺達も連中も、どっちもクズだ。クズ同士の弱肉強食を、やろうってんだ。勝った者が生き残る。俺達は生き残り、奴等は死ぬんだ。」

 猛禽類を思わせるカイクハルドの鋭い目に、残忍な光が宿る。心に湧き上がる何かをねじ伏せようとするエネルギーが、それの発光源かもしれない。

「第1、2戦隊は、近くにいる敵戦闘艇を手当たり次第に攻撃。ドゥンドゥー、俺の第1戦隊が飛び出したのと逆方向に、お前の第2戦隊は飛び出せ。で、目に着いた敵を片っ端から、単位(ユニット)ごとにフォーメーション攻撃だ。」

「了解。」

「第4、5戦隊は、本船離脱後、直ちに散開、要塞の砲台を潰して回れ。テヴェ、カウダ、なるべく砲台だけを潰すんだぜ。奪還後にカフウッドの旦那が使うんだ。潰し過ぎて修理に手間がかかることになったら、報酬が減っちまうかもしれねえからな。」

 (ほとばし)る眼光と不釣り合いな、淡々とした指示を唱えるカイクハルド。

「一応、了解って言っておくぜ、かしら。だが、状況次第じゃ、どうかな。」

「反撃が激しいようなら、砲台だけとも行かず、潰し過ぎる事もあるかもな。」

 応える声の後ろで、パチパチとスイッチを弾く音が聞こえる。話しながらも、センサー類の確認などをやっていらしい。臨戦態勢とは、忙しいものなのだ。

「分かってる。命張ってまで、砲台のみの破壊にこだわらんでも良い。命張らねえ範囲で、できるだけ砲台のみってことだ。」

 カイクハルドも、忙し気に指をコンソールに躍らせながらの作戦指示だ。指示というより確認だ。今言った事は、事前に打ち合わせが済んでいる。

「トーペーの第3戦隊も、この船を破壊したら砲台潰しに参加だぜ。」

「分かってるよ。手当たり次第に、潰しまくってやるぜ。」

「だから、できるだけ砲台だけだ。」

「そうそう。砲台だけを、手当たり次第に潰しまくってやる。」

「やれやれ。」

 苦笑まじりに呟いたカイクハルドだが、言葉ほどに心配はしていない。長年共に戦い、幾度(いくたび)もの死線を潜り抜けて来た間柄だ。気心は知れているし、信用もしている。皆、作戦の趣旨を理解し、最善を尽くすだろう。

 パチンと、指先でスイッチを弾いたカイクハルド。通信のモードを切り替えたのだ。

「第1戦隊の野郎共、聞いてたな。俺達は計画通り、船を脱出し次第、敵戦闘艇を叩いて回る。第2から第5の各単位(ユニット)のリーダー、スカンダ、ナジブ、スラジュ、ガンガダール、問題ないな。」

 「応」とか「ああ」とかの、短い返事が4つ聞こえた。

 パチンとスイッチを弾き、再び通信モードを切り替える。

1-1単位(いちいちユニット)、カビル、ナーナク、ムタズ、体調もマシンも万全だな。発進し次第、全力で暴れるから、そのつもりでいろよ。」

 また、「応」とか「ああ」が3つ聞こえた。

 カイクハルドは100隻100人の戦闘艇団である「ファング」のかしらでもあり、その第1戦隊の隊長でもあり、その中の第1単位のリーダーでもある。

 「ファング」の保有する5つの戦隊の隊長への指示、第1戦隊に5つある単位のリーダー達への指示、第1戦隊第1単位のパイロット達への指示、と通信モードを切り替えながら順次、指示を出して行ったのだ。

 他の隊の4人の隊長も、25個ある単位のリーダー達も、カイクハルド同様に配下の者に指示を出しただろう。指示と言っても、この時点で言うべき事など、それほどない。声を掛け合っただけだ。

 この声の掛け合いで、「ファング」のパイロット達は、戦闘に向けての緊張感と集中力を最高潮に持って行くのだ。

 作戦決行の時は近づいていた。カイクハルドは眼を閉じた。獰猛(どうもう)な光を放つ眼も、閉じてみれば、どこか悲し気だ。

 これから、破壊と殺戮の限りを尽くす。野蛮で残忍な姿を曝す。その上に、多くの仲間を失うだろう。

(何人が死ぬか・・。俺は、生き残れるか・・。)

 心中で呟く。悪くすれば、全滅もあり得る作戦だ、とカイクハルドは思っている。そうやって、仲間の命を削り、己が命を危険に曝して、生きる(かて)を得る。それが盗賊団兼傭兵団である「ファング」だ。


「『ヴァルヌス』発射5秒前、4・・3・・」

 カイクハルドは唱える。

 彼の駆る戦闘艇-「ナースホルン」から爆圧弾を発射し、船の外部装甲を吹き飛ばそうというのだ。

 「ヴァルヌス」は爆発の圧力で障害物を排除するなど、主に進路確保の為に使う、ミサイルの弾種だ。今「ファング」の進路を塞いでいる、格納庫のハッチと船の外部装甲という障害物を、これで吹き飛ばすのだ。

 それと同時に「ファング」は飛び出し、戦闘が始まる。

 操縦桿を握るカイクハルドの手に、力が籠る。が、いざ戦闘が始まると、あまり操縦桿は使うものでは無い。キーボードからプログラムを入力し、それに基づいて、コンピューターが戦闘艇の動作を制御する事の方が、多くなる。

「・・2・・1」

 数えながら、改めて他のディスプレイにも目を走らせる。

 流体艇首の展開は正常だ。防御を重視したタイプの戦闘艇である「ナースホルン」には、分厚く高密度な流体金属を艇首部分に展開する機能がある。電磁的な力で円錐形に整形されたそれは、水面が水切りの石を弾くように、最小限の衝撃で障害物を退(しりぞ)ける。流体だから、変形しようと穴が開こうと、直ぐに元の形状に復帰する。

 吹き飛ばされたハッチや外部装甲が「ファング」の方に跳ね返って来ても、これで損傷は防げる。頼もしい楯となるのが、流体艇首だ。

 「ファング」の保有する「ナースホルン」の幾つかが、カイクハルドのもの同様に流体艇首を展開し、自身と仲間達とを守っている。

 その事も、カイクハルドはディスプレイの表示で確認した。既に何回も確認した事だが、今、もう一度確認した。「ヴァルヌス」の発射が仲間に害を与える事は、絶対に無い、と言える。

「・・・発射っ!」

 カイクハルドが鋭い衝撃を感じると同時に、一瞬、流体艇首に穴が開く。電磁的な整形作用がミサイルの通り道を作り、即座に閉じる。「ヴァルヌス」は前方に突進し、ハッチに衝突して爆発した。

 その様子は、カイクハルドには見えない。「ナースホルン」にも、他の「ファング」の戦闘艇にも、窓などは付いていない。外は見えない。宇宙での戦闘に、肉眼での視認など意味がないから。全てはディスプレイに表示されたデーターのみで判断する。

 レーダー波反射物を表示するディスプレイに、前方の障害物が取り除かれた事を示す、表示が出た。それが、カイクハルドの知覚し得る全てだ。爆破の音も振動も、「ナースホルン」の頑丈な装甲を通り抜けはしない。

 「ヴァルヌス」の爆発は一瞬の閃光を放ち、周囲に配されていた構造物を木っ端微塵に砕き、四方八方に飛び散らせ、船の分厚い外部装甲にいびつな歪みを伴った穴を開けただろうが、そんなものは見えない。聞こえない。感じない。それらは全く、必要ない。進路が開いたことが、確認できれば良い。

「行くぞっ!」

 短く叫び、カイクハルドはスラスターを全開にする。

 電磁誘導によるプラズマイオンの流動を後方に向ける事で、戦闘艇は加速される。瞬発力に難のあるといわれるイオンスラスタ―だが、予めサークル状の高速流動を生じさせておき、必要な時、必要な方向に噴出することで、瞬発的で強力な加速が実現される。

 マルチイオンタイプのスラスターだから、たいていの元素を噴射剤にできる。周囲にある塵を何でもかんでも採り込み、それをプラズマイオン化して噴出すれば、戦闘艇内に蓄えておく噴射剤は少なくて済み、艇体を軽くできる。

 ともかく「ファング」は、パイロット達をブラックアウト寸前に追い込むほどの強力な加速と共に、輸送船を飛び出したのだった。

「うぐぁうぅぅ・・・」

 強烈な加速重力に耐えながら、素早くレーダー用ディスプレイに眼を走らせるカイクハルド。人工の飛翔体が、周囲を飛び回っている事が知れた。数百mの巨体を誇る、もと居た船とは瞬時に、肉眼では見えない程の距離が開く。

 敵の戦力がはっきりとしない事が、初めからこの作戦の不安材料だった。上手く虚を突く事ができれば、戦力差など問題にはならないはずだ、と高を括っての作戦決行だった。ここで対処不可能なほどの戦力が見い出されれば、「ファング」は全滅を余儀なくされるだろう。

 レーダー波の反射や熱源のパターンから、周囲の飛翔体の識別がコンピューターによって自動的になされる。やはり、敵影はまばらだ。が、安心はできない。どういうタイミングで、どれくらいの戦力が出て来るか。どういう性能の敵で、どれくらい統率されているか、全く分からない。が、それ次第で、彼等の運命は左右される。

 カイクハルドは、最も近くにいる敵の戦闘艇4隻に、マーキングを施した。ディスプレイ上で、1から4の番号が敵の戦闘艇に付与され、その情報は、「ファング」第1戦隊の全戦闘艇に共有された。

「こいつは、『レーゲンファイファー』だ。巡回中の偵察部隊ってところだろう。単位(ユニット)ごとに行け!」

 早口にまくしたてた、カイクハルド。「ファング」第1戦隊の、第1単位が、今付与した識別番号1に、第2単位が識別番号2にという具合に、それぞれターゲットを定めて攻撃に移る。敵は4隻なので、第5単位は後方で待機だ。

 徹底的に訓練を繰り返し、実戦も何度も経て来ている彼等だから、あれこれ詳しい指図をしなくても、その事は瞬時に全員が了解する。「応」とか「ああ」の返事だけを残し、ファング第1戦隊のパイロット達は指示に従う。

 今、彼らが攻撃対象に選んだ敵戦闘艇-「レーゲンファイファー」は、軍事政権下の軍閥が主に使用している、格闘タイプの戦闘艇だ。この宙域を飛翔している「レーゲンファイファー」は、軍閥の一つである「ティンボイル」ファミリーの所有と見て間違いない。

 元は「カフウッド」ファミリーの所領であった、ここ「サフォノボ」星系を含む「カウスナ」領域を、今は「ティンボイル」ファミリーが領有している。

 軍政に反旗を翻した「カフウッド」ファミリーが追い落とされた跡に、「ティンボイル」ファミリーが封じられた。だから、ここにいる「レーゲンファイファー」は、まず間違いなく「ティンボイル」ファミリーのもので、「ファング」にとっての攻撃対象と断定できる。

 識別番号1の「レーゲンファイファー」に、カイクハルド率いる第1戦隊第1単位に所属する格闘タイプの戦闘艇-「ヴァンダーファルケ」が、2隻で先行突撃を掛けた。敵を挟み螺旋(らせん)を描くように接近する。

 円錐の頂点に敵を置くとすれば、側面を「レーゲンファイファー」が回転している位置関係だ。円錐の軸線に沿って、カイクハルドの駆る「ナースホルン」が飛翔し、その背後に、カビルの操縦する攻撃タイプの戦闘艇、「ヴァイザーハイ」が付けている。

 「ファング」の典型的な、単位(ユニット)レベルでの攻撃フォーメーションだ。「ヴァンダーファルケ」は速度を上げて、遠回りでも、敵を挟み込むような軌道でアプローチし、「ナースホルン」と「ヴァイザーハイ」は最短距離でアプローチしているのだ。

 加速性能の差による役割分担では無い。軽い「ヴァンダーファルケ」は重い「ナースホルン」や「ヴァイザーハイ」よりも、少ない噴射剤の消費で速力を上げられるから、こんなフォーメーションを採用している。

 敵の「レーゲンファイファー」は、「ファング」の突如の急接近に慌てふためいたように、カイクハルドの「ナースホルン」と反対方向に転進した。そこを「ヴァンダーファルケ」2隻にレーザー銃で狙われる。

 敵の転進のタイミングと方向を、絶妙に見切ったレーザー射撃は、「レーゲンファイファー」の装甲を(えぐ)った。急激に加熱された敵の噴射剤に引火し、「レーゲンファイファー」は虚空に爆散した。

 撃破成功に喜ぶことも無く、カイクハルドは、レーダー用ディスプレイで周囲の様子を確認する。第2、3,4単位も、難無く敵を撃破し終えているのを見て取り、新たな標的を定めた。

 敵はまだ、何が起きているのか理解し切れていないようで、彼等に攻めかかって来る者はいない。相手の虚を突く事には、完全に成功したようだ。

 「ティンボイル」ファミリーの連中は、攻撃を受ける事など、全く予測していなかったらしい。死んだと思っていたプラタープ・カフウッドが、実は生きていて、彼の率いる部隊が「バーニークリフ」の奪還を企てている、と「ティンボイル」ファミリーが知ったのが、ほんの2日前とみられている。

 こんな直ぐに襲撃に曝されるとは、夢にも思っていなかったに違いない。情報を得て、慌てて戦闘準備を始めたところ、といった状態か。慌て過ぎて、輸送船に出入りする者の身分確認もロクにしなかった為、「ファング」に簡単に潜入を許した。

 軍事政権に反旗を翻したプラタープ・カフウッドの軍が、ここ宇宙要塞「バーニークリフ」での、軍政側征伐隊の攻撃による全滅を装って落ち延びたのが、2年前だ。

 「ティンボイル」ファミリーはこの2年間、要塞の軍備を進める事を全くせず、「カウスナ」領域の住民からの搾取に精を出し、(ぜい)の限りを尽くして遊び暮らして来た。

 そこにこんな奇襲を受けたのだから、状況を理解するのにも手間がかかるわけだ。カイクハルドが新たにマーキングした敵戦闘艇も、それまでと変わらない軌道を漫然(まんぜん)と突き進んでいる。

 新たな敵に、識別番号5と1から3が付与される。

「やっと出番か。」

 第5単位リーダーであるガンガダールの声が、通信機を通してカイクハルドに届いた。先の攻撃では後方待機だった単位だ。新たな敵に最も近い位置を飛翔していたこともあって、真っ先に新たな敵へと切り込んで行った。

 さっきの第1単位と同様に、円錐を形作るようなフォーメーションで敵を追い込む。敵の様子を見たところでは、戦闘の展開も、さっきと同様になりそうだ。

 カイクハルドも、識別番号1が付与された敵に向けて、「ナースホルン」を突進させる。さっきの敵の攻撃で背負った運動量を消化しきれずに、第1単位の「ヴァンダーファルケ」2隻は、新たな標的からは離れて行っている。

「ナーナク、ムタズ、待ってられねえから、俺とカビルで片付けるぞ。」

「何だよ、かしらぁ!わざと、俺達が間に合わねえ敵を、選びやがったな。」

「3分あれば引き返せるんだから、待っててくれよ、かしら。」

「うるせえ!待たねえよ。心配せんでも、後でうようよ寄って来るさ、敵は。」

 言い捨ててカイクハルドは、レーザー射撃の準備にかかる。敵の様子から動きを読む。新たな敵も「レーゲンファイファー」だ。

「カビル、お前にも出番は無さそうだな。」

 敵の様子を見ての、カイクハルドの言葉だ。

「なにぃ、一人占めする気か、かしら。相変わらず、欲が張ってやがるぜ。」

「そう言うな、こいつら、ど素人らしい。チョロ過ぎて、直ぐに片付いちまうんだ。」

 そう話しながらも、カイクハルドは射撃プログラムを入力した。

 レーザー射撃と言っても、パイロットが自身で照準を合わせ、引き金を引いて発射するわけでは無い。宇宙における戦闘の距離や速度は、人間の感覚で捕え得るものでは無い。戦闘艇自体の動きの制御もコンピューターがメインだが、レーザー射撃も、ほとんどはレーダーとコンピューターの連携によって行われる。

 パイロットの仕事は、敵の動きを予測した上での、ほんの僅かな射撃補正に過ぎず、その為のプログラムを入力する。

 レーダーで捕えた敵位置にレーザーを照射しても、まず当たる事は無い。敵は高速で動いているから。敵が等速直線運動をしているなら、レーダーで捕えた敵の位置と運動量から未来位置をコンピューターだけで予測し、命中させることが出来る。

 だが、敵が必ず等速直線運動をしてくれるはずもなく、加減速や方向転換をやるものだ。それは人が予測するしかない。敵の心理を読み、どんな加減速や方向転換をするかを想像し、どのタイミングで射撃するのかも含め、パイロットはプログラムを入力するのだ。

 今、カイクハルドは、敵が、敵のレーザー銃にとっての有効射程にまで距離が縮まったところで、彼と反対方向位に転進すると予測し、その距離にまで接近した0.5秒後に、レーダーで割り出した敵位置にレーザーを照射するように、プログラムを入力した。

 普通なら、レーダーで割り出した位置にレーザーを照射しても、その時には敵は違う場所に移動を遂げた後になり、命中する事は無い。が、敵がこちらと逆方向に転進して、一直線に離れて行こうとするのならば、敵の姿がどんどん小さくなる事はあっても、こちらから見ての方角は変わる事は無い。

 敵から一直線に離れて行くなど、戦闘艇での格闘においては、あり得ないような失態なのだ。狙い撃ちにしてくれ、と言わんばかりの行動なのだ。

 しかし、経験の浅いパイロットは、それをやりがちだ。カイクハルドは、それを知っていた。敵の様子を観察し、この敵はその失態をやらかすだろう、と予測したのだ。

 果たして、カイクハルドの駆る「ナースホルン」はレーザーを放ち、一直線に逃亡を図る敵の尻を焼いた。「レーゲンファイファー」は、始め尻から火を噴き、次いであちこちから炎を噴き上げ、そして艇体を四分五裂させ、宇宙の暗黒に溶けるように消え去って行った。

 何ともあっさりとした撃破だったが、それほど簡単に成し遂げられた事では無い。まず、敵のレーザーの有効射程を、正確に知っていた事がポイントになる。「ファング」の優れた情報網によって、カイクハルドはそれを事前に掴んでいた。

 遠く離れた宙域にある、「ティンボイル」ファミリーの本拠地での動静も、彼の耳には届いている。戦闘の素人である住民を強引に徴発して、部隊に編入している事も、彼等に十分な訓練を施していない事も知っていた。

 素人同然の敵のパイロットが、こちらのレーザーの射程も自分のものと同じだと思い込んでいるであろう事、突如の襲撃に驚いて、射程に入るや否や一直線に逃亡を図るであろう事、敵をしばらく観察しただけでそれらを予測し得るだけの情報を、カイクハルドは予め持っていたのだ。

 玄人が素人を装って油断を誘っている、という可能性も考えられたが、「ティンボイル」相手にそこまでの心配は必要ない事も、確信できていた。

 「ファング」の情報力が、今のカイクハルドの撃破に貢献していた。

(2人殺した。)

 ほんの一瞬、そんな想いがカイクハルドの胸中によぎる。「レーゲンファイファー」は2人乗りの戦闘艇だ。この時代、この宙域の戦闘艇は、それが普通だ。1隻撃破すれば、2人死ぬ。今のように、被弾直後に爆散したら、パイロットの生存はまずない。

 しかしその想いは、刹那に、心の深部の闇に埋もれた。人殺しに、いちいち罪の意識など感じていたら、盗賊団兼傭兵団などやっていられない。

「なんだよ、そんなにあっさり片付けるのかよ。」

 カビルの呟きが、通信機から洩れた。程なく、ナーナクとムタズの「ヴァンダーファルケ」も追い付いて来る。

「ここからだぜ、本番は。ほら、集まって来た。」

 レーダー用ディスプレイを見詰めるカイクハルドの額には、冷や汗が浮かんでいる。ディスプレイを埋め尽くすかという程の、大量の敵が、彼らを目がけて群れを成し、攻め寄せて来ていた。

今回の投稿は、ここまでです。次回の投稿は'17/12/23です。

ようやく本編がスタートし、主役である「ファング」が登場を果たしました。早く作品を完成させて、毎週投稿に切り替えたいのですが、正直、まだまだ先が見えない状況です。

ご覧のように、主役は盗賊兼傭兵という、要するに"ならず者"みたいな連中です。こういった"悪い奴"を主役にした物語を書きたいという思いと、自分には書けないのでは、という思いがあり、今回の主役の「ファング」やカイクハルドも、どこまで"悪い奴"として描き切れるか、微妙です。読者様方が、どれだけ彼らを"悪い奴"と感じるか、作者としては大変興味があります。

今回の物語に関しては、"ただ悪いだけの奴"では構想が破綻してしまうので、悪い奴だけど芯には良いところもある、とか、本当は良い奴だけど時代や状況の影響から、悪ぶって行動することを余儀なくされている、とかいった感じに描かざるを得ないと思っています。いつか、本当にどうしようもない、"ただ悪いだけの奴"を主人公にした話も書きたい願望を持ちながら、そういうのは自分には無理なのかも、とも思いつつ、でもそれは今後の課題として、今回の主人公はそこまで悪い奴にはならないはずです。でも、悪くないこともないので、その悪さ加減を楽しんだり批判したりして頂けたら、ありがたいです。というわけで、

次回 第2話 郡狼・連携・槍衾 です。

「ファング」の戦が始まりました。雑魚は軽々と葬りましたが、ここからどしどし、強力な敵が繰り出してきます。まずは、物語の背景や設定は置いておいて、未来の宇宙のバトルシーンを存分に楽しんで頂きたいです。誰と誰が何の為に戦っているか、とかは、後で考えるとしましょう。

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