表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銀河戦國史 (アウター“ファング” 閃く)  作者: 歳越 宇宙 (ときごえ そら)
第2章 準備
29/93

第27話 熱闘・致命・伏兵

 抱えているだけで、戦闘艇の運動性に支障を来すくらいに重いのが「ヴァサーメローネ」という弾種で、運用には工夫が必要なものだが、今回は、資源採取用人工衛星もどきに隠れて接近するという工夫が、完全に図に嵌った。

 発射するまでは、戦闘艇の動きを鈍らせるその強烈な質量は、発射されると、絶大な破壊力の源泉と化す。恐るべき質量のミサイルの、鋭利に尖った先端が、ロケット噴射の凄まじい圧力に押されて敵戦闘艦の分厚い装甲を突き破る。

 装甲を貫き、深々と突き刺さったミサイルの弾頭から、破壊と殺戮の化身たる灼熱の爆風が艦内に吹き込まれる。艦の奥へ奥へと突き進んだ爆風が、敵艦の抱えたミサイルや噴射剤などを、誘爆に至らしめる。

 大型戦闘艦が2発、小型戦闘艦と空母が1発ずつ、「ヴァサーメローネ」を食らった。小型戦闘艦は「ココスパルメ」を2発ずつ、空母も1発、それぞれ見舞われている。

「上出来だぜ、カビル!」

 ミサイル射撃の指揮をとった彼を、カイクハルドは労った。

「へへっ、このくらい、わけねえや。」

 内容と裏腹の、得意気な(いら)え。第1戦隊でまとまって行動するとき、5隻の「ヴァイザーハイ」は彼の指揮下に入る。

 攻撃対象の敵戦闘艦はカイクハルドが指定するが、どの艦のどの位置を、どの「ヴァイザーハイ」が狙い、どんなタイミングで発射するのか、等の決定はカビルに一任される。

 敵艦の位置や角度や運動状態や熱源パターン、各「ヴァイザーハイ」の位置関係や運動状態や各パイロットの力量、等々を勘案しなければ、効果的なミサイル攻撃にはならない。極めて高度な判断が必要で、広範な知識、卓越した技術、豊富な経験が必要とされるものなのだが、カイクハルドはカビルに、全幅の信頼を置いていた。

 2カ所に徹甲弾を食らった敵大型戦闘艦は、開けられた大穴から、2つの大きな火柱を吹き上げた。その火を噴く大穴に、「ヴァルヌス」が飛び込んだ。10隻いる「ナースホルン」が、「ヴァイザーハイ」に続いて発射し、その内の2発が、見事に「ヴァサーメローネ」の開けた穴に命中した。こちらの射撃の指揮は、カイクハルドだ。

 艦内部に飛び込んだ爆圧弾の炸裂は、また新たな誘爆を生み、被弾箇所とは別の場所からも、少なからぬ火柱を噴き上げさせた。内側からの衝撃には弱い装甲を、内部からの爆風が食い破ったのだ。

 「ヴァサーメローネ」の穴から外れはしたが、8発の「ヴァルヌス」の内の5発が大型艦に命中している。3発も、それぞれ小型戦闘艦と空母に1発ずつ命中しており、痛烈な損傷を与えた。

 それでも、大型戦闘艦は、簡単には戦闘不能に陥りはしない。最初の1撃で沈黙してしまった小型戦闘艦や空母とは対照的に、まだ、継戦能力を残すセクションが幾つもあるらしく、反撃を試みて来る。

 敵艦を飛び越した「ファング」の背後に、レーザー光線がシャワーのごとく降り注ぐ。大半が外れたといえ、もとの数が多いから、命中するレーザーも多い。カイクハルドの「ナースホルン」は、5発のレーザーを続けざまに流体艇首に受け止めた。

 飛び越すや否や、隊形も戦闘艇の向きも素早く反転させていたので、「ナースホルン」の流体艇首に、戦隊の全艇が隠れていた。

 レーザーによって蒸発させられたり、弾き飛ばされたりした事で、流体艇首は少し脆弱になる。5発くらいではものの数ではないが、千発くらい食らえば、無くなってしまうだろう。

 敵は、ミサイルも撃って来た。近すぎる敵に対しては、艦のミサイル攻撃は、遠回りとなる。たまたまミサイルの発射軸線上に敵がいれば、一直線に敵を狙えるが、「ファング」はその軸線を、意図的に外す軌道で飛び過ぎたから、遠回りにしかミサイルを差し向けられない。

 4つの方向に向けて艦から射出され、一旦「ファング」から離れたミサイルは、ロケット噴射で方向を修正し、改めて「ファング」を目指す。4方向から「ファング」を囲む、テトラピークフォーメーションだ。3次元空間で逃げ道を作らない為の、立体的な包囲だ。

 大型戦闘艦ならではの、物量にものを言わせた戦術だ。咄嗟の奇襲に対してこんな反撃を仕掛けられるとは、敵兵の技量の秀逸さを見せつけている。色々な意味でこの敵は、強靭だ。

 だが、そんな呑気なミサイルの軌道修正を、「ヴァンダーファルケ」がボケッと眺めているわけがない。

「行くぜっ!」

 ヴァルダナの雄叫びを、カイクハルドは聞いた。

 敵艦のレーザー攻撃を、「ナースホルン」の流体艇首に隠れてやり過ごした後、すかさず飛び出し、ミサイルに肉薄した。

 第1・5戦隊の「ヴァンダーファルケ」20隻が、テトラピークフォーメーションの4つの頂点のそれぞれを目指した。ようやく方向転換を終えて、これから標的に向かおうとしていた矢先のミサイルに、レーザー照射を見舞う。

 20発程撃ち放たれていたそれらは、一斉に爆散し、まばゆい光を放った。「ヴァンダーファルケ」は、戦闘艦からのレーザー攻撃に備え、ランダム転進に移る。ワンテンポ遅れたレーザーのシャワーが、虚しく真空を切り裂く。

 その間に「ヴァイザーハイ」10隻は、今度は全艇がプラズマ弾「ココスパルメ」を、敵戦闘艦と空母目がけて撃ち放った。「ヴァサーメローネ」は、1発しか装備できない。1発でも、重すぎて運動性に支障を来すものを、2つも3つも抱えられるわけがない。それに、「ヴァサーメローネ」を抱える時は、他のミサイルも制限される。「ココスパルメ」2発だけが、その場合の「ヴァイザーハイ」の持つミサイルの全てだ。散開弾も持っていない。戦闘艇団同士の格闘には、貴重な弾種なのだが。

 大型戦闘艦を相手にするのは、散開弾の装備を諦めなければならない程、「ファング」にとっても難しい課題だ。「ヴァサーメローネ」無しには、絶対に不可能と言っても良い挑戦だ。

 事実、「ヴァサーメローネ」と「ヴァルヌス」を合計9発も食らって傷だらけのところに、更に「ココスパルメ」の青白い灼熱の光球に食い付かれ、数多の人命と機器を焼き焦がされたにも関わらず、敵大型戦闘艦は、尚も苛烈な反撃を繰り出して来た。小型戦闘艦と空母はもう使い物にならなくなったとは言え、ここまでの耐久力を見せる「オーヴァホール」は、大したものだ。

 常日頃からの、行き届いた訓練やメンテナンスがしのばれる。生半可な部隊ならば、たとえ大型戦闘艦とはいえ、ここまでの戦いは成し得ないはずだ。軍閥「オーヴァホール」ファミリーは、強敵だった。

 広く展開して周囲を警戒していた「オーヴァホール」の戦闘艇が、ようやく迎撃に向かって来た。大型戦闘艦からのミサイルも、また飛び出す。それの撃破に移ろうとした「ヴァンダーファルケ」を、数多(あまた)のレーザーが妨害する。

 しかし、そう易々と動きを封じられる「ヴァンダーファルケ」では無い。少し手間取ったが、ミサイルは展開前に撃破された。散開弾だか対戦闘艇用誘導弾だか分からなかったが、展開前に撃破してしまえば関係ない。

 「ナースホルン」が「ヴァルヌス」を放ち、ミサイル発射口を吹き飛ばした。徐々に戦力を削がれる敵大型戦闘艦。徐々に削がれるが、依然、戦闘能力を残している。

「いったん離れて、戦闘艇を先に片付けよう。」

 戦闘艦と戦闘艇の両方を相手にするのは無理、との判断だ。相当手負いの戦闘艦だが、それでもまだ脅威だ。強力な軍閥の大型戦闘艦とは、かくも厄介な敵だ。

 大型戦闘艦と距離を置いた「ファング」に、敵戦闘艇が襲い掛かって来る。敵も必死だ。もう二度と、大型戦闘艦に近づけたくないだろう。得に、攻撃型の「ヴァイザーハイ」は、何としても、速やかに撃破したい。

 旗艦には、軍閥の棟梁が座乗しているはずだ。彼の死は、ファミリーの滅亡を意味する可能性もある。一族離散の悲劇も、覚悟しなくてはならない。

「敵さんが、これだけ必死になってかかって来るって事は、まだ敵の大将は、生きてると思うべきだ。」

「じゃあ、この戦闘艇を蹴散らして、また敵艦を攻撃しなきゃな。」

 カビルとの会話に続いて、カイクハルドは叫んだ。

「行けっ!ナーナク、ヴァルダナ!」

 敵の攻撃タイプの戦闘艇、「レオパルト」の1隻が、既にターゲットに指定されている。フォーメーション攻撃を、「ファング」は挑む。攻撃タイプを先に片付けたい。格闘型の「レーゲンファイファー」と連携されると厄介だ。「バーニークリフ」でも、それは経験済みだ。

 敵は、「レオパルト」と「レーゲンファイファー」が60隻ずつほどいた。大型戦闘艦や空母には、もっと沢山の戦闘艇が搭載されていたはずだが、先制攻撃が効いたのだろう。出撃して来るものはいない。最初から外にいた連中だけが、「ファング」の迎撃に向かって来た。

 それでも、40隻対百数十隻だ。楽では無い。敵戦闘艦も、ミサイル攻撃能力を依然、維持していた。ミサイルが飛来する度に、そちらにも対処しつつ、「レオパルト」へのフォーメーション攻撃を繰り返し、1隻1隻、撃ち減らして行く。

 同じフォーメーション攻撃を何度も繰り返すと、敵戦闘艇の何隻かが、対抗措置をとろうとして来た。「ヴァンダーファルケ」には極力近付かないようにして、「ヴァイザーハイ」をまっしぐらに狙う動きを見せた。フォーメーション攻撃を崩す為にも、戦闘艦への攻撃力を削ぐためにも、「ヴァイザーハイ」を優先的に叩くべきだ、と気付いた勘の良いパイロットが何人かいたらしい。これも、「オーヴァホール」の強さを示している。

 敵の動きを見極めると、カイクハルドはガイドマニューバを発動した。彼の「ナースホルン」の動きがメッセージとなり、「ファング」各艇に別のフォーメーション攻撃の指示が伝えられる。

 カビルの「ヴァイザーハイ」が転進し、単位から離れて孤立したかのような軌道を取る。敵はチャンスと見た。優先的に撃破したい攻撃タイプが孤立したのだから、そう思うのは当然だ。

 敵は急追する。3隻だ。必死で追いすがろうとする。この機会に、何としても仕留めよう、と目の前の「ヴァイザーハイ」に意識を集中させているだろう。

 だが、カビルの「ヴァイザーハイ」が、別の単位の「ヴァイザーハイ」とすれ違った。敵にすれば、逃げて行く「ヴァイザーハイ」の手前に、いきなり向かって来る「ヴァイザーハイ」が飛び出して来た、と見えただろう。勿論、偶然では無く、カイクハルドのガイドマニューバを引き金に、2単位が連動してこの状況を作り出している。

 3隻の敵戦闘艇は、咄嗟に転進した。攻撃タイプは、正面にミサイルを撃ち込む事ができる。ミサイル攻撃を食らわせられれば、回避不能となってしまう位置に、敵は身を曝した状況だ。だから、当然であり必須の転進だ。当然の転進は、当然、読まれている。転進した先で、「ヴァンダーファルケ」が手薬煉(てぐすね)を引いていた。

 カビルの「ヴァイザーハイ」の正面にも、敵戦闘艇2隻が迫っていた。彼とすれ違った「ヴァイザーハイ」を追いかけて来た奴だ。2単位の「ヴァイザーハイ」が、それぞれに敵を引き付けた上ですれ違う、という策が、カイクハルドのガイドマニューバーの指示したフォーメーション攻撃だったわけだ。

 カビルの「ヴァイザーハイ」の正面を避けて、大慌てで転進した敵戦闘艇を、ナーナクとヴァルダナの「ヴァンダーファルケ」が待ち構えていた。易々と、血祭りに上げた。ガイドマニューバーの発動から、5隻の敵戦闘艇と10人の敵パイロットの肉体が虚空に消し飛ぶまでが、10秒以内の出来事だった。

 冷静に考えれば、敵は、何という単純な罠に引っかかったのか、とも思えるが、目まぐるしく変化し続ける戦場でのこのトリッキーな攻撃は、そうそう看破できるものではない。時折この攻撃を交える事で、敵は「ヴァイザーハイ」を狙い難くなる。そうなると、いつものフォーメーションが決まりやすくなる。「ファング」が、戦場を支配するようになる。

 が、ディスプレーの縁が赤く光るのを、カイクハルドは見た。仲間が、死んだ。

「ちっ、第3戦隊か。」

 衛星にある隠れ家から、出たり入ったりを繰り返していた彼等は今、棟梁の救援に向かおうとする敵戦闘艦の足を遅らせるべく、今度こそ本当に戦闘を挑んで行っているはずだ。

 ちょっと攻撃して、敵艦が第3戦隊に向き合ってくれれば、適当に付かず離れずを繰り返し、無難な闘い方を展開できただろう。だが、第3戦隊の挑発にも構わず、敵が一心不乱に大型戦闘艦の救援に向かったとすれば、第3戦隊とて危険を覚悟で、敵の進路に身を躍らせなければならなくなる。

 命の覚悟を決め、必死の戦いに挑んだ敵を相手にすれば、「ファング」とて無傷では済まない。敵は恐らく、棟梁座上の大型戦闘艦を救う為ならば、我が身などどうなろうと構わない、という決意の突進を敢行しているのだろう。

 第3戦隊の損害は、そんな敵の意気込みを知らしめるものだ。やはり、「オーヴァホール」は、強敵だ。将や兵1人1人の、覚悟と気迫がこれまでの敵とは別物だ。

 具体的な戦況は、知る由も無いカイクハルドだが、第3戦隊が相手にしているのは、小型戦闘艦1艦では無いのだろう、と想像した。敵には空母もいたし、中型戦闘艦もいた。その中で一番大型戦闘艦に近い奴を、第3戦隊が襲っているのだろうが、戦闘艦が2艦以上かもしれない。空母から出た、大量の戦闘艇を伴っているかもしれない。

 それだけの戦力を有した、必死で棟梁のもとに駆け付けようとする敵に立ち向かう第3戦隊も、必ずこの戦いに勝つという決意を漲らせ、必死の攻撃を繰り出しているだろう。必死と必死のぶつかり合いが、「ルティシュチェボ」第3惑星近傍で繰り広げられた。

 第2・4戦隊も同じく、大型戦闘艦の救援に向かおうとする敵戦力の阻止の為に、懸命の戦いを繰り広げているだろう。そちらも、いつ犠牲が発生してもおかしくは無い。時間を稼げば良いだけだから無理はするな、と指示しておいたカイクハルドだったが、命を賭す覚悟の敵には、こちらも覚悟が必要だ。

 「レオパルト」は、全て葬った。「ヴァイザーハイ」を何としても撃破しようという敵の意志を上手く利用して、「ヴァイザーハイ」が引き付けて「ヴァンダーファルケ」が叩くという作戦が、功を奏した。続けて、「レーゲンファイファー」を血祭りに上げて行く。1隻また1隻、と確実に爆散に至らしめて行く。見る見る、その数を減らして行く敵の格闘タイプの戦闘艇「レーゲンファイファー」だった。

 だが、また赤い光。ディスプレイの縁が光り、カイクハルドを血の色に染めた。

「今度は、第5戦隊か。」

 第5戦隊は、「軍政目の(かたき)戦隊」とも呼ばれる。軍政に恨みの募る者達を集めた戦隊だ。その深い恨みは、果敢な戦いぶりを第5戦隊にもたらすものであり、「ファング」にとって貴重な戦力となっているが、少し無茶をし過ぎる傾向が否めない。

 大型戦闘艦からの、散開弾や追尾弾によるミサイル攻撃にも対処しながらの、速やかな「レーゲンファイファー」殲滅戦は、無理の一つもせずに遂行できるミッションでは無かった。

(そんな無理しなくても、まだ当分、敵の援軍は来ねえのに・・)

 心底で、カイクハルドはそう思ったが、敵艦がいつ駆け集まって来るか、正確なところは誰にも分からない。

 第5戦隊パイロット達は、何としても軍政配下の軍閥の棟梁を仕留めてやる、という意気込みのもと、一刻も早く大型戦闘艦への攻撃を再開する為に、無理をしてでも「レーゲンファイファー」の殲滅を急いだ。

 その焦りが第5戦隊から、「ヴァンダーファルケ」を1隻、失わせた。その甲斐あって、「レーゲンファイファー」も残りわずか。

「残りの『レーゲンファイファー』は、第1戦隊の『ヴァンダーファルケ』だけで対処できるだろう。それ以外は、でかぶつを()るぞっ!」

 戦死した者を弔うためにも、カイクハルドは「ファング」を大型戦闘艦にけしかけた。

 ミサイルによる敵からの迎撃は、第5戦隊の「ヴァンダーファルケ」がことごとく叩き潰す。その隙に、「ナースホルン」と「ヴァイザーハイ」の20隻が敵艦に肉薄。敵の放つレーザーを、流体艇首で受け止め、「ココスパルメ」と「ヴァルヌス」を叩き付ける。

 敵の棟梁は、戦闘艦の最も深い位置である最も安全な場所に、座しているはずだ。彼を殺害するのが、一番の目的だ。それを成す為にカイクハルドとカビルは、敵艦の装甲の亀裂に、「ココスパルメ」と「ヴァルヌス」を突入させた。

 最初に「ヴァサーメローネ」で開けた大穴では無く、その後に開いた亀裂を使い、未だ損傷の軽いと思われる部分に爆風が届くように、彼等は図った。

 別々の亀裂から入り込み、敵大型戦闘艦の装甲の内部に至った「ココスパルメ」と「ヴァルヌス」が炸裂すると、新たな亀裂が敵艦装甲を駆け巡り、幾つもの火柱がそれらから噴き出す。びっくりする程被弾箇所から離れた、関係無いように思える場所からも、火柱が上がる。

 敵艦内部で荒れ狂う、破壊と殺戮の嵐の、勢いの凄まじさがしのばれる。複雑に張り巡らされた通路や配管を駆け抜けて、灼熱の突風が、摩訶不思議な3次元の幾何学模様を艦内に描いているだろう。

 その他の第1・5戦隊の「ナースホルン」と「ヴァイザーハイ」も、「ヴァルヌス」と「ココスパルメ」を敵艦の装甲にぶつけており、外から内から、敵大型艦は滅多打(めったう)ちになった。蜂の巣、と言っても良かった。

 それでもまだ、撃ち返して来るレーザーが2つか3つある。「オーヴァホール」の大型戦闘艦は、どこまでもしぶとい。が、

「敵艦隊、退却の動きだ。惑星からの離脱軌道を、敵の生き残った全ての艦がとり始めている。」

 トゥグルクからのメッセージだ。

「棟梁が、死んだって事だな。」

 棟梁の死とは、軍閥には数々の試練をもたらすものだ。ファミリーの中からも所領の周囲からも、彼等の存立を脅かす圧力が加えられるだろう。家臣達の離反、領民の反乱、近隣軍閥の侵略、といった動きをすかさず牽制する必要が出て来る。軍政首脳も、彼等の所領を取り上げ、沢山の賄賂をくれる別の軍閥にプレゼントしよう、とするかもしれない。それが、軍閥にとっての棟梁の死、というものだ。

 それに抗する為には、速やかに新たな棟梁を仕立てなければならない。自領から遠く離れたところで、そんな事はできない。自領の中にいて、新棟梁就任のセレモニーを大々的に執り行わなければ、内にも外にも軍政首脳にも、牽制にならない。

 だから、棟梁を失った軍閥は、一目散に故郷を目指す事になる。新たな棟梁を就任させる事以上に、今の彼等にとって重要な課題など、あるはずもない。

 軍政中枢との信頼関係が強く、反乱征伐の目標を固く共有できていれば、この場で新たな棟梁を立てて戦争を継続する事も、可能だっただろう。だが、軍政中枢はまるで信用できないし、征伐などより己が名を上げるのが目的で、「オーヴァホール」ば戦っていた。

 今の彼らには、故郷に帰る事しか念頭にない。早く帰り付いて、ファミリーの存続を確たるものにするのが、考え得る全てだ。

「敵は、大型戦闘艦1、小型戦闘艦3、空母1が大破している。中型戦闘艦1艦も中破で、超光速の航行は不可能だろう。それらの艦を放り出して、十分に動ける艦だけで、スタコラサッサと逃げ出したぜ。」

 トゥグルクが戦闘終結の十数分後に、そんな敵情報告を入れて来た。第3戦隊も、1隻の損害は出しつつも、小型戦闘艦1艦を葬っていた。

「惨めなもんだな。さっきまでは、あんなに強敵だったのに、仲間を置き去りにした、この情けない逃げっぷりだものな。」

 カビルの呟きに、カイクハルドも語らずにはいられなかった。

「出来た棟梁だったのだろうぜ。ただ好戦的で功名心が高いだけじゃ、あれだけの戦いはできない。軍備のメンテや兵の統制が行き届いていた様子を見ると、ファミリーの財政も安定していたはずだ。でなきゃ、消耗品の購入や訓練に、十分な金はかけられねえ。所領の経営にも、手腕を発揮していたんだろう。」

「領主としても、なかなかの人物だったって事か。」

 軍閥出身のカウダには、想像が付きやすい。思わず、といった感じで口を挟んで来た。「領民の生活や生産活動に、きめ細やかに目を配れねえ領主じゃ、安定した財政は維持できねえ。目先の欲に駆られて、過剰な収奪や労役での酷使なんてやってたら、一時的にはともかく、長い目で見れば財政は不安定になる。反乱や逃散などを引き起こせば、それこそ壊滅的ダメージを被る。領民に機嫌良く働いてもらうのが、所領経営の肝って事だな。」

「戦場での強さも、安定した所領経営があってこそなんだな。所領が不安定なら、それなりの戦力を自領内に残しておかないと、出征中に反乱を起こされるかもしれない。安心して全戦力を率いて出征できるのも、優れた領主であったればこそ、だ。領主として、どこまで領民に目を配れているかが、こういう所でものを言うんだな。」

 ヴァルダナは、自戒を込めた呟きを漏らした。「ハロフィルド」の領民の反乱の様が、脳裏に思い出されているのか。

「慈悲深いとか、思いやりがあるとか、そんな(ぬる)い話じゃねえぜ。」

 カイクハルドは付け加えた。「てめえの懐を、末永く安定的に肥やす術を知っている、って事だ。領民の為じゃ無く、自分の為に、領民との関係を友好的に保ってるんだ。領民を働かせすぎて疲弊させちまったら、長い目で見れば確実に領主も、色んな損失を被る事になる。己の収益を最大化する為にこそ、善政が必要、って話だ。領民の働き方の適正化が、軍閥としての戦力にも直結するんだ。」

「それができていたから、『オーヴァホール』ファミリーは、強かったのか。」

「もちろん、それだけじゃねえさ。」

 ヴァルダナに、カウダが応じた。「家臣達全員に、熱く胸を(たぎ)らせるような目標を、共有させただろう。軍政の横暴や近隣軍閥の圧迫で、惨めな思いや悔しい気持ちを散々味わわされ、不遇を託って来た家臣たちに、そいつらを見返してやれる痛快な未来への道筋を、明示してやってたんだろう。そういうのを、カリスマ性、って言うんだろうな。」

「英邁な棟梁の下で、軍閥の家臣団が一丸となって、有望な未来を思い描き、充実した日々を送っていた。それが、領民と友好な関係を築いた事と合わさって、『オーヴァホール』の強さは実現していたんだろう。」

 何十発のミサイルを撃ち込まれても、しぶとく反撃して来た敵の強靭さを、カイクハルドは思い出していた。

「そんな棟梁が死んじまって、希望は全て打ち砕かれ、滅亡の悪夢から逃れる為だけに必死になって逃げ帰ろう、としているわけか。惨めなもんだな。」

 哀愁の籠った皮肉で、カビルが敵を評した。「卓越した手腕で、賢明な政策を幾つも実現して来た棟梁だったんだろうけどよ、唯一犯した間違いは、『ファング』を敵に回した事だったな。」

 「ファング」の兵器が最新鋭で、統率が抜群だった事だけが、「オーヴァホール」の誤算では無い。「ファング」の戦術は、「ルティシュチェボ」星系第3惑星の住民との連携無くしてはあり得なかった。惑星とその周辺の環境に関する情報提供や、集落の施設の利用許可など、様々な連携が住民との間に成立していた。

 信頼関係無しにはあり得ないこの連携が、何よりも「ファング」に勝利をもたらした要因だった。ただの盗賊団兼傭兵団が、住民とこれだけの信頼関係を築いているなど、考えられる事では無かった。こんな戦術を想像しろ、というのは無理な話だった。

 「ファング」が領民を掠奪のターゲットにはせず、根拠地を通じて様々な支援も実施しているのは、善意でも思いやりでも何でもなく、ただこうやって、戦いに勝つ為だった。目先の利益に目が眩んで、“自分ファースト”を標榜し、人を簡単に傷つけるような者には、絶対にとり得ない戦略だった。

 領民の恨みを買わず、むしろ恩を売っておくことで、こうやって、いつでも自分達に都合良く利用できるようにしておく。その為には、普段から目先の欲望を抑え、面倒でも周囲への目配り気配りを怠らない、という姿勢が肝要だった。

 「ファング」とその根拠地が堅持しているそんな姿勢が、領民との信頼関係を勝ち取り、住民との連携や、情報提供を最大限活用した戦術を可能たらしめる。それは、「ファング」の戦略的勝利と言えるものだった。

 「オーヴァホール」ファミリーは、強敵だった。彼等も、領民と良好な関係を保ち、一族の団結を維持したという実績で、一定の戦略的勝利を治め、ここまで強力な軍閥にのし上がって来たのだった。が、更なる強敵「ファング」の前に敗退した。

 惨めに逃げ帰る彼らだったが、彼等の悪夢は、まだ、終わったわけでは無かった。

「クンワールの艦隊が、『オーヴァホール』の進路に、展開を完了しているぜ。」

 トゥグルクからの報告だ。戦闘艇の索敵能力では分からない情報を、「シュヴァルツヴァール」経由で送ってくれているのだ。「カフウッド」や領民が無人探査機等で得たデーターが、タキオン粒子を使った超光速通信で送られて来るが、それは、「シュヴァルツヴァール」でしか受けられない。戦闘艇に、タキオン粒子での通信機能は無い。

「他の集落に向かった敵の掠奪部隊は、『カフウッド』の艦隊を見て、戦わずして逃げちまったってわけだな。これだけ早く、こっちに転戦して来られるって事は。そして、『オーヴァホール』の部隊は、先の8千の掠奪部隊が輸送用に設置したタキオントンネルターミナルを使って逃げ帰るつもりだから、その途上で待ち受ければ、確実に叩けるってわけだな。」

 カイクハルドの講釈に、カビルも意見を差し挟む。

「まあ『オーヴァホール』も、艦にターミナルを積んでなかったわけじゃねえだろうけど、あれだけ酷く叩かれたら使えるかどうかわからねえし、ターミナルを展開してる時間も惜しい位に急いで、一刻も早く逃げ帰ろうとしている。だから、既に展開しているターミナルに、一目散にならざるを得ないわけだ。」

 そんなわけで、完全に行動の選択肢を限定され、先を読まれてしまった事で、「オーヴァホール」ファミリーは、悲劇の絶頂とも呼ぶべき心理状態の所を、待ち伏せ攻撃に曝される事態になった。

 「カフウッド」ファミリーは、プラタープとクンワールの兄弟で、それぞれ同じくらいの戦力の艦隊を率いている。今回は兄を差し置いて、弟が艦隊を繰り出して来た。

「クンワールの方は、中型が2、小型が6、それと空母1か、『オーヴァホール』は中型3、小型6、空母2だ。クンワールの方が少ないが、『オーヴァホール』は手負いが多いからな、ほぼ互角と見て良いかな。」

と、トゥグルクが報告した通り、逃げ帰ろうとしている「オーヴァホール」の戦闘艦の中にも、「ファング」の攻撃で損傷を負っている艦が、幾つかある。やや艦数の少ないクンワールと、戦力的には拮抗していると言えるわけだが、兵士の気分には雲泥の差があった。

「棟梁を失い、敗戦の惨めさと暗澹(あんたん)たる未来予想に心を埋められた『オーヴァホール』と、クンワールの指揮の元、やる気と自信を漲らせている『カフウッド』じゃ、勝負にならないかな。」

 カイクハルドは、そんな予測を口にした。

今回の投稿は、ここまでです。次回の投稿は、'18/8/4 です。

「オーヴァホール」が強い、って発言がしつこ過ぎる説話になってしまいました。「オーヴァホール」は強いけど、「ファング」はその上を行った、というのを表現したかったのですが、結構「ファング」が一方的に勝利する展開になってしまったので、「オーヴァホール」弱いじゃん、って思われそうで、こんな感じに・・・。両方を強く見せる戦闘シーンって、難しいなぁ、と思いました。ガス惑星の近傍での戦闘、っていうのも、強く印象付けられるような書き方をしたかったのですが、奇襲攻撃開始以降は、あまり関係無い感じになってしまいました。風景描写などを差し込んで行く手もあったかもしれませんが、テンポが悪くなりそうだし、戦闘艇からは外の景色は見えない設定で、カイクハルドの目に映らないものを、あまり書きたくない思いもあったし・・。読者様にどのような印象を持たれたか、気になるところです。というわけで、

次回 第28話 カフウッド兄弟の手並み です。

弟は、「オーヴァホール」の前に立ちはだかりましたが、兄の方も、負けじと活躍します。軍閥直轄の戦力で言えば、5万対2千の戦いであることをお忘れなく。「ファング」が少々頑張っても、この差が埋まるハズはありません。「カフウッド」が、何とかしなくてはならないのです。どうするのか、何が起こるのか、是非、その目でご確認を!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ