表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銀河戦國史 (アウター“ファング” 閃く)  作者: 歳越 宇宙 (ときごえ そら)
第2章 準備
27/93

第25話 緒戦・機鋒・衆寡

 作戦を伝え終わると、「ファング」は出撃した。戦隊ごとに、バラバラに行動する事になったが、タキオントンネルでの輸送に使える宇宙船は、「シュヴァルツヴァール」しか「ファング」は持っていないので、「カフウッド」から4隻のタキオントンネル航行船を、輸送船として借りる事になった。

 「シュヴァルツヴァール」は、「ファング」の一個戦隊を念のための護衛として付けた上で、「カフウッド」艦隊の本隊のもとに、置いておくことにした。

「俺達が相手にするのは、戦闘艦2つを持った、2百人規模の部隊を繰り出している似非(えせ)連邦支部らしいな、テヴェの情報では。下中東(ダウンミドルイースト)星団区域を中心に、支部の看板で領民を騙しての、掠奪や誘拐を(ほしいまま)にしてた連中らしい。」

 拝借したタキオントンネル航行船の中でカイクハルドは、第1戦隊の仲間に伝えた。超光速の移動の最中だ。「ファング」パイロット達は、それぞれの戦闘艇の中で待機している。

「皆殺しにするのに、遠慮はいらねえって事か。」

 カビルが応えた。にやけた(つら)が目に浮かぶような声だ。

「支部を名乗っての悪逆非道は、絶対に許せない。」

 生真面目に憤っているヴァルダナの顔も、今やカイクハルドは、容易に想像できる。

「あんまり頭に血を登らせて、冷静を欠くなよ。死んじまうぜ、そんなんじゃ。」

 釘を刺したカイクハルドだが、それほど真剣な言い草では無い。別に、本気で心配しているわけではない。

「大丈夫だ。いつも通り戦えるさ。トーペーだって、非道な奴等に怒りを燃やしながらも、ちゃんと冷静に戦い続けたんだろ?俺だって。」

「えっ!なんだよ、お前、ヴァルダナ。トーペーに対抗心燃やしてんのか。いよいよ、のっぴきならねえ事になって来たな、お前の、ナワープへの入れ込み方はよう。」

「うるさいっ!カビル。入れ込んでるとか、そんなんじゃねえ!」

「あはは、カビル。焚きつけるんじゃねえよ。せっかく俺が、ヴァルダナを冷静にさせようとしてんのに。」

「へへへっ、わりい、かしら。ただでさえ手のかかるガキを、余計に面倒にしちまって。」

「俺はいつでも冷静だ。余計なせっかいを焼くな、カイクハルド。それに、誰が手のかかるガキだ、カビル。」

「おっと、そろそろ到着だ。第1戦隊の野郎共、行くぜっ!」

 「応」と「ああ」の(いら)えが返る。第1戦隊全体にカイクハルドが呼びかけた時、返事をするのは第2から5単位リーダーである、スカンダ、ナジブ、スラジュ、ガンガダールだ。

 直前にどんな馬鹿話をしていても、ここ一番では瞬時に集中を高めるのが「ファング」パイロットだ。カビルもヴァルダナも、神経を研ぎ澄まして発進の時を待っているだろう。

 彼らを乗せたタキオントンネル航行船は、超光速の飛翔を脱した。素粒子タキオンの濃度が弱まって行き、遂には消失し、船は通常航行に切り替わる。

 その変化は、戦闘艇で待機する「ファング」パイロット達にとっては、ディスプレイの表示の変化でしか察知されない。

 輸送船は、自動操縦だ。「ファング」が飛び立てば、無人になる。見送る者の無い「ファング」第1戦隊は、カイクハルドの「ナースホルン」を先頭に、輸送船から出撃した。

 「フロロボ」星系第2惑星が作り出すラグランジュ点の1つにある集落が、目的地だった。

 第2惑星の重力と、星系の中心星の重力、そして遠心力、その3つの力が合わさって天体を捕集する作用を持つ宙域が作られ、ラグランジュ点と呼ばれる。惑星が1つあれば、ラグランジュ点は5つできる。第2惑星の、中心星を挟んだ反対側の公転軌道上にも、ラグランジュ点はある。小惑星等の、ラグランジュ点に捕えられた多くの天体が、人の集住の場となっている。それが、今「ファング」第1戦隊の目指す集落のある場所だ。

 ラグランジュ点の中にも数個の集落がある。“点”とは言っても、それなりに広がりがあり、1つ1つの集落も、1万km以上も離れている。

 ラグランジュ点に捕縛された天体から資源を採取し、食料や資材を生産している。岩塊だけでなく、希薄ではあるが塵やガスからも、有用な希少元素が見つかっているらしい。全く採取できない必須元素もほとんど無く、人の生活は昔から可能だった。だが、決して豊かな集落では無く、外からの資源の補給が無ければ、現在の住民全員の糊口(のりくち)を凌ぎ得ない集落でもある。

 輸送船からは、十数kmにも及ぶ金属性のレールが、前方へと繰り出されていた。通常航行開始と共に展開され、2分ほどかけてその長さに達した。そのレールによる電磁誘導効果で、「ファング」の戦闘艇は、噴射剤を消費する事無く加速する。

 噴射剤は、とてつもなく貴重だ。これが無くなれば、動けなくなるのだ。節約できる場面では、極力節約しなくてはいけない。船からの発進時には、なるべく船に推進力を供給させる、というのはこの時代では常識だ。

 彼等が乗っていたのは「カフウッド」に借り受けた輸送船だから、元々はシャトル用の電磁式カタパルトが1つしか装備されていなかったが、「ファング」が自前で必要数を据え付け、空母として利用できるように改装した。

 人工的に強化された肉体を持つ、異常なまでの耐久力の「ファング」パイロットだからこそ持ち堪え得る高加速で、彼等は虚空へと送り出された。更に、その彼らを、輸送船から照射されるビームが後押しする。それも「ファング」が据え付けたものだ。

 電磁式カタパルト方式に続いて、ビームセイリング方式での加速が始まる。輸送船より照射されるプロトンビームを、艇体後部に展開した(セイル)で受ける事により、運動量をビームからもらい、戦闘艇は更なる加速度を得る。特殊設計の帆で受けなければ、破壊を伴うはずのプロトンビーム照射に押される事で、遠く離れた輸送船に「ファング」の戦闘艇を加速させる、という作業を可能たらしめている。

 噴射剤を全く消費する事無く、数時間をかけた加速で、マッハの数百倍にも届こうかという速度を得た「ファング」は、前方より通信を受けた。

「掠奪を受けている集落が、こっそり中継装置をこちらに向けて射出して、敵に聞こえねえような微弱で高指向性の電波で、俺達に情報を届けてくれたみたいだぜ。」

 その集落に、「ファング」の根拠地が事前に連絡を取っていたからこその、情報の獲得だった。正式な提携を結んでいるわけではないが、根拠地は常日頃から集落への接触を試みている。

「敵は、3つの戦闘艦を使って集落を脅迫し、物資も若い男女も、根こそぎ提出させたらしいな。戦闘艇も、僅かな数を繰り出しただけで集落を屈服させて、掠奪に成功したみたいだ。」

「戦闘艦3つじゃ、集落民は、あっさり降参するしかねえわな。」

 カイクハルドの説明に、カビルは同情気味の感想を述べた。

「テヴェの情報じゃ、戦闘艦は2つって話だったが、1つ増えたってわけか。」

 第2単位リーダーのスカンダが聞いて来た。

「いや、待て。艦の熱源パターンも、送って来てくれてるが、・・よく見てみろ、こいつは・・戦闘艦に見せかけた、ただの輸送船が、1つ混じってるな。」

 カイクハルドが答えると、カビルが口を挟んで来る。

「なんだよ。1艦は、ただの張りぼてかよ。」

「張りぼてで領民を恫喝して、掠奪してるのか。クズだな、そいつら。」

「この張りぼてに」

 カビルからヴァルダナへと繋がれた発言を差し置いて、カイクハルドは続ける。「物資や人員など、掠奪や誘拐で分捕ったものを詰め込んでるみたいだ。」

「じゃあ、後の2つの戦闘艦は、どんだけ叩いても領民に被害は出ねえわけだな。」

「やり易くて、良いじゃねえか。戦闘艦2つは遠慮なくぶっ潰して、残った張りぼてから、女と物資を横取りすれば良いんだろう。」

 第3単位と第5単位の、リーダーの声だった。

「スラジュ、ガンガダール、やる気満々のようだな。じゃあ、お前らの2単位で、先制突撃だ。1艦ずつを、すれ違いざまにぶっ叩け。」

 「応」「ああ」の声を残し、2単位だけが一団を抜け出し、前方へと飛び出して行く。が、2単位が加速したわけでは無い。第1戦隊は、全艇が減速行程に入っていた。ただ、第3・5単位の減速が、他の単位の減速よりも弱かったので、2単位が前へと飛び出す形になる。

 数十分に渡って減速を実施したが、それでもまだ、かなりの速度だ。そのまま、敵艦に肉薄して行く。ディスプレイ上で、カイクハルドは戦況の見極めに努める。

 集落からは、だいぶ離れた場所に敵はいた。掠奪を終え、意気揚々と引き揚げて行くところだったようだ。襲撃者に気付き、戦闘艦2艦を前に出し、張りぼては後ろに控えさせる構えだ。当然の布陣だが、張りぼてに傷を付けずに敵を潰したい「ファング」には、好都合だ。

 たった8隻の戦闘艇が、2つの戦闘艦に向かって行く。戦闘艇など普通は、百隻くらいでようやく戦闘艦に対抗できる、というのがこの時代の常識だ。敵は余裕綽々(しゃくしゃく)の気分だろう。いや、8隻より少ない、と思っているかもしれない。「ファング」の超密集隊形は、敵に数を見誤らせるほどのものだ。

 敵艦は、ミサイルを放った。散開弾だろう。各艦が、1発ずつしか撃たなかった。敵の余裕、いや、油断を示すものだ。貧乏支部だから、ミサイルをケチったのかもしれない。

 展開する。やはり散開弾だった。金属片群の壁が形成される。高速で突進する戦闘艇には、回り込んでの回避は不可能だ。敵は、これでほぼ勝負は決まる、と踏んでいるだろう。突破して来るとしても、1隻か、せいぜい2隻。それが、常識的な判断というものだった。

 が、カイクハルドはディスプレイの表示から、第3・5単位の全艇が傷一つ負わず、金属片群を突破したのを見て取った。

 その金属片群は、真後ろにいるカイクハルド達にも襲い掛かって来るものではあるのだが、彼等の所に来る頃には、広がり過ぎて隙間だらけになっている。真っ直ぐに飛び続けても、確率的に衝突はあり得ない程だが、念のためレーダーを照射して、進路前方に金属片が無い事は確認した。

 カイクハルド達が金属片群を通過した頃、敵艦の位置に、強烈な熱源を検知した。「ココスパルメ」の炸裂を意味する熱源だ。

 敵艦を襲った「ココスパルメ」の一撃は、誘爆をもたらしたらしく、後に幾つもの、無秩序な熱源が連続して検出される。

 痛烈な一撃を見舞った第1・3単位は、既に敵を大きく飛び過ぎ、遥か彼方で懸命の減速作業を実施中だ。当分の間は、戦闘宙域には戻って来られないだろう。電磁式カタパルトとビームセイリングで、数時間かけて得た速度を全て打ち消し、なおかつ反対方向への加速を成し遂げなければ、戦域への復帰は叶わない。

 十分な減速を成し終えていた第1・2・4単位は、数分の時を置いて、敵に迫る。「ココスパルメ」のダメージで迎撃もままならない敵艦への、攻撃態勢に入った。第1・2単位が、それぞれ戦闘艦を1つずつ狙い、第4単位は、20隻程いた、敵戦闘艇の始末に向かった。

 パラパラと照射されて来るレーザーを「ナースホルン」の流体艇首で防御しつつ、「ヴァイザーハイ」が「ヴァルヌス」を放った。十分に距離を詰め、「ココスパルメ」や誘爆による損傷の最も著しい部分に狙いを定め、爆圧弾の衝撃を見舞った。

 十分に減速していたとはいえ、カイクハルド達も、敵艦の位置までに速度を殺し切るには、至らなかった。一旦、敵艦を通り過ぎた。が、攻撃圏外に出てしまう程の距離は開かない。戦闘艇の前後を入れ替え、メインスラスターで急ブレーキを駆け、そのまま敵艦への接近軌道に移りつつある状態で、敵艦の無傷の側面への攻撃を実施する。

 一応反撃に備えて、流体艇首での防御を実施してるが、敵は2度の攻撃で、すっかり反撃能力を失ったらしい。ミサイルの一発もレーザーの一射も、繰り出して来ない。

 無抵抗の敵に、「ヴァルヌス」がもう一発、叩き込まれる。それまでの「ココスパルメ」と「ヴァルヌス」と誘爆によって傷を負ったのとは、反対サイドへの攻撃だが、効果は覿面(てきめん)だった。

 一度損傷を受けた装甲は、耐久力が大幅に下がる。攻撃されたのとは反対側の部分であっても、先の被弾による装甲強度の低下は艦全体に及んでいたらしく、2発目の「ヴァルヌス」の衝撃も敵には痛烈だった。至る所に新たな亀裂を生じさせた。「ヴァルヌス」被弾箇所とは遠く離れた、一見関係なさそうなところから、大きな火柱が吹き上がったりもする。敵艦は2つとも、火達磨の様相を呈している。

「あっけないな。でかい戦闘艦が、たった3発ミサイルを撃ち込まれただけで・・」

 ぼそりと告げたヴァルダナの声が、カイクハルドの耳に届いた。

「似非連邦支部なんて、ロクで無しの集まりだからな。軍閥の正規軍みたいに、艦のメンテなども行き届いちゃいねえんだろうよ。そんなわけで攻撃への耐久力も、憐れな程弱かったわけだ。」

 もし、「バーニークリフ」奪還戦の時の戦闘艦がこんな有り様だったら、「ファング」の犠牲は遥かに小さく澄んだだろう、といった計算も、一瞬カイクハルドの頭をよぎった。

 が、カイクハルドの眼は、ディスプレイから戦況を読み解く作業を、一時も止めたりはしない。

「第4単位は、特に応援の必要もなさそうだな。」

 20隻程の敵に、4隻だけで突っ込ませたのだから、もしかしたら応援が必要になるかとも思っていたが、それも杞憂(きゆう)だった。

「敵の戦闘艇・・、あれは、『ヴィルトシュヴァイン』じゃねえのか。主に帝政の部隊が使ってる、攻撃タイプの戦闘艇だ。けど、ミサイルを撃って来る様子が、全くねえ。」

 カビルが呟く。カイクハルドが応じる。

「攻撃タイプの戦闘艇に、ミサイルも積まねえで飛ばしているって事だな。ミサイルを手に入れる余裕もねえのか。それとも、集落を襲うだけだから、要らねえと思ったのか。戦闘艦が3つあるからって、油断し過ぎてたのかも知れねえな。」

 攻撃タイプの戦闘艇は、散開弾やプラズマ弾などのミサイルを抱えていてこそ、大きな戦力になり得るものだ。その攻撃タイプが格闘タイプと連携すれば、「バーニークリフ」で「ファング」も苦労したような、効果的な戦闘が展開できる。

 が、ミサイルも積まないで飛んでいる攻撃タイプの戦闘艇は、脅威でも何でもなかった。ただでさえ、「ファング」からすれば相当旧式の「ヴィルトシュヴァイン」がミサイルも積んでいないとなれば、20隻対4隻であっても、「ファング」が圧倒した。

 敵のレーザー射程圏外から大きく取り囲む4隻の「ファング」戦闘艇が、20隻の「ヴィルトシュヴァイン」をレーザー射撃で、次々に血祭りにあげている。「ファング」のレーザーには射程圏内だ。出鱈目に飛び回っていると見える4隻だが、レーザーを撃つ時には敵の1隻を2隻以上が狙っている。レーザーを撃って、敵が爆散しない事はない。1隻ずつを、複数方向からの射撃で確実に仕留める。1隻ずつでも、着実に撃ち減らす。「ファング」の流儀が貫かれている。

 その様子をディスプレイ上で確認したカイクハルドは、

「俺達は、戦闘艦2艦にとどめを刺そう。もう戦闘不能かもしれねえが、横取り作業の支障にならねえように、きっちり始末しておこう。」

 第1・2単位は、「ココスパルメ」が撃ち込まれた側に再び回り込み、反対側からの攻撃でも更に大きく開いた傷口に、「ヴァルヌス」を撃ち込んだ。

 その衝撃が、艦体の至る所で同時に誘爆を引き起こしたらしく、無数の火柱を吹き上げた敵艦は、いつしか1つの大きな光球になり果て、跡形も無く消え去った。一番深い部分にある反物質動力炉などが破壊されれば、そんな感じになる。全ての命も頑丈な構造物も、一瞬で原子にまで分解され尽くす、極限の破壊だった

 敵艦が完全に消滅したころになって、第3・5単位は戻って来た。

「やっぱり、俺達の出番は残ってなかったか。」

「そんなに慌てて、とどめ刺さなくても良いじゃねえか、かしらぁ。」

 零すナジブとガンガダールに、

「お前達から先に女を選んで良いから、早くあの張りぼてに乗り込んで来い。」

と、笑い含みの声で指示した後、「俺達も、第4単位を手伝って・・・って、もう終わったのか。じゃあ、順番に掠奪だな。」

 張りぼて艦の中には、300人もの若い男女が連れ込まれていた。過酷な労役を課すか、慰みものにするか、奴隷や娼婦として売り飛ばすか、そんな目的で連れて行くつもりだったのだろう。

 十数人の女が、「ファング」パイロットに選び出され、囲われる事になった。残った大半の男女は、集落に帰してやることにする。物資も、1割ほどを「ファング」が頂戴し、残りは返した。そんなに大量の荷物を持って帰る手段は、今の「ファング」には無かったので、仕方がない。

 襲われた集落は、1割の物資と十数人の女を失う事になったが、掠奪されてしまった、と諦めていたものの大半を取り返してもらったのだから、「ファング」には感謝こそすれ、恨む理由など無かった。用心棒代だ、と考えても割に合わなくはないはずだ。

 それどころか、「ファング」の闘い振りを目の前で見せつけられ、その「ファング」の根拠地との提携を持ちかけられると、一も二も無く飛びついて来た。提携すれば、今後掠奪を受けそうな気配を感じれば、物資や人員を「ファング」の根拠地に避難させて凌ぐ事ができるし、奪われてしまったとしても、根拠地に余裕のある範囲なら、物資を借り受ける事ができる。勿論、いずれ返済はしてもらう事になるが。

 状況次第では、「ファング」の戦力をあてにする事も、提携した集落には可能となる。今、目の前で見せつけられた戦力を味方に付けられる事は、集落の者には安心感を得られるものだろう。

 この提携は、あくまで極秘裏のもので、集落は表立っては、軍政に反旗を翻すわけではない。そんな事は、「ファング」も求めはしない。表面上は軍政の支配下に収まり、「カフウッド」や「ファング」の敵対勢力である旨を標榜(ひょうぼう)する事は、根拠地との契約には反しない。

 一方で「ファング」は、この集落を補給基地として、いつでも利用できる事になった。盗賊や傭兵の活動を実施して行くのに、こういった基地の存在は実に貴重だった。

 首尾よく仕事を成し終えて、「ファング」第1戦隊は帰途に付く。

「何だよ、ヴァルダナ。またお前、1人連れて来たのかよ。女を囲うつもりなんてないって、散々言ってたくせに。」

「いや、カビル、だから・・これは・・その・・つまり、ナワープが・・ナワープに・・ナワープの・・」

「なに!? 2人目じゃねえか、ナワープに言われて、囲うのって。囲われてる女が、他の囲われ女を連れて来い、なんて言うなんて、俺は聞いた事がねえぞ。どうなってんだ、ナワープって女は?」

「わ・・わかんねえよ、そんなん。とにかく・・連れて・・来い、って言われたんだから、しょうがねえだろ・・」

「いやいや、しょうがなくねえだろ。ナワープが何を言おうが、それは、お前が自分で決めて良い事だろうが。」

「え・・う・・でも、連れて来いって、言われたら、なんだか、連れて行かないわけには・・・」

「何で?」

「え?いや、何でって・・言われても・・」

「どういう事だ?かしら、これ。」

「俺が知るかよ。」

 苦笑まじりに、カビルの疑問を切り捨てたカイクハルドだが、その脳裏には、腹を抱えて爆笑するトーペーのどんぐりみたいな顔が、やけにはっきりと浮かんでいた。

 輸送船に積み込んであった、タキオントンネルのターミナルを放出し、展開させて、「ファング」第1戦隊は超光速で「シュヴァルツヴァール」を目指した。ターミナルは置き去りにする事になるが、座標を記録しておけば、後でまた使える。集落と提携したからには、「ファング」の関係者がこれからここに、頻々と訪れる事になる。ターミナルの稼働率は、高いものになるはずだ。

「新入りだ。面倒見てくれ。」

 少しばつの悪そうな顔で、カイクハルドは新たに囲う事になった、もと「シェルデフカ」の領民の娘-ミームをラーニーに託した。ペクダとミームのどちらかが必ず、彼の寝室で彼の帰りを待ち受けている状態を、カイクハルドは期待している。だが、それを口にする事は無かった。

 数十個の集落へと掠奪に向かった、敵の寄せ集め兵達は、ことごとく「カフウッド」陣営に追い払われたり撃破されたりした、とプラタープからは報告があった。「ファング」の第1以外の各戦隊も、それぞれに似非支部を壊滅させていたので、軍政側は散々の結果だ。

 掠奪を成功させた敵もわずかで、集落を襲ったものの、掠奪物資を船に積み込む前に逃げ出さざるを得なかったり、積み込んだ物資を放棄しなければ逃げ切れそうにないと判断して、宇宙空間に投擲(とうてき)して行ったり、という結末が多く見られたらしい。それらの多くが回収されたので、「シェルデフカ」の領民が受けた実害は、軽微なもので済んだ。

「掠奪できねえんじゃ、敵側の寄せ集め兵達は、食っては行けねえだろう。『シェルデフカ』で最も裕福な『フロロボ』星系第2惑星を抑えていると言ったって、10万の兵を食わせ続けるのは無理だ。敵は、遮二無二に掠奪を成功させに来るぜ。恐らく、少ない集落に絞り込んで、大量の戦力を集中的に送り込んで来る。兵が飢えてたんじゃ戦闘も進撃も、やれはしねえからな。」


 カイクハルドの予測は適中し、数日後、敵は5つほどの集落に絞り込み、それぞれに7千から8千の兵を向けて来た。

「ほとんどが寄せ集め兵みたいだが、少し軍閥の正規部隊も混じってやがるな。まあ、仲間割れの同士討ち等を防ぐ為の、お目付け役ってところかな。」

「ああ、そうだな、かしら。積極的に、戦闘に参加する部隊じゃねえ。寄せ集め共の掠奪に、軍閥の正規兵がそれほど深く首を突っ込むはずはねえからな。」

 カイクハルドの意見に、軍政に詳しいカウダが賛同した。

「でも、寄せ集め連中が蹴散らされそうになったら、首突っ込んで来るんじゃねえのか?8千の兵を相手に、『ファング』だけで大丈夫なのか?」

 ヴァルダナは、いつになく不安気な様子で尋ねて来た。無理も無いだろう。狙われた5つの集落の内、4つには「カフウッド」の手勢が千ずつの兵で駆け付け、残りの1つには、たった百隻の戦闘艇団「ファング」のみで対処する、と決まったのだ。

 滅茶苦茶と思える作戦だが、言い出したのはカイクハルドで、必死で止めるクンワールや反笑いで(たしな)めるプラタープを振り切って、「ファング」は飛び出して来たのだ。

 「ファング」全部で向かうから、当然「シュヴァルツヴァール」でタキオントンネルを疾駆している。すぐにでも飛び出せるようにパイロット達は、戦闘艇の中で待機していた。

「やっぱり、やばいんじゃないのか?『バーニークリフ』で大打撃食らった時だって、敵の総兵力は千かそこらだったって聞くぜ。今回は、8千だろ。」

「大丈夫だ、ヴァルダナ。数じゃねえんだ、戦争は。寄せ集めの弱小戦力なんぞ、いくらいたって、『ファング』の敵じゃねえ。お目付け役の正規兵も少数だろうし、問題にはならねえ。中核軍閥に戦闘意欲がねえ、ってビルキースの情報も確かだ。首は突っ込んで来ねえよ。」

 本気で不安を感じている者に、冷やかしの言葉は無かった。

「心配すんな。こんな事、何度も乗り越えてんだ。」

と、カビルも、いつになく優しくヴァルダナを励ました。

 「ファング」の戦闘艇は、百隻揃って「シュヴァルツヴァール」を飛び出した。今回は、前ほどの加速はしなかった。「シュヴァルツヴァール」からの電磁式カタパルトで加速するのは同じだが、前より穏やかだし、ビームセイリング方式の加速も無かった。

 8千の部隊の輸送に敵は、それはそれは時間がかかり、集落への接近を知ってからのんびり飛び出して来た「ファング」が敵の眼前に迫って来ても、敵はまだ集結と布陣を成し終えてはいなかった。

 戦闘艦は、小型のものが1艦だけだ。それが、お目付け役だろう。後は、非武装の輸送船から出て来た汎用の宇宙艇か、戦闘に特化された宇宙艇である戦闘艇だ。更に、シャトルまでいる。武装があるかどうかも疑わしいのが、シャトルだ。宇宙艇よりも遥かに鈍重で図体のでかいシャトルは、戦力にならないどころか、足手纏いになって当然の代物だ。普通は戦闘に用いるものではないから、武装が無い場合の方が多い。

「全部揃う前に、一気にケリを付けるか?」

 勇ましい事を言ったカビルだが、多少の不安はあるからこその言い草だ。

「もう、兵数で言えば7千くらい、いるぜ。7千も8千も変わらねえから、全部の敵が出揃うのを待とう。」

 カイクハルドは言った。誰も、何も言い返さない。敵の圧倒的な数に多少の不安を覚えようとも、カイクハルドには絶対的な信頼を、「ファング」パイロット達は寄せていた。

 敵の集結と布陣が完了したタイミングを見計らい、「ファング」はゆっくり前進した。ディスプレイを相当に縮小で表示しないと、レーダー反射物は画面に収まり切らない。円盤状に広がって布陣している敵は、それほどの巨大兵力だ。そのど真ん中を目がけて、「ファング」は進んでいる。

 敵の布陣の、中心から端にたどり着くのに、最大加速でも十数分を要するだろう、というくらいの敵の展開面積だ。2千から3千の宇宙艇やシャトルで構成されている。その敵を前にした百隻の「ファング」は、まるきり像と対峙した蟻と同じだ。

 数的には圧倒的に有利な敵を前に、ごくりと生唾をのむ音が、通信機を通したカイクハルドに聞こえた。ヴァルダナのものだろう。

「ヴァルダナ。」

 カイクハルドは、いつもと変わらぬ声色で語り掛ける。「今から起こる現象を、よく見て置け。これを熟知し、事前に予測できるようにならなきゃ、姉ちゃんは守り切れねえぞ。」

「・・ああ」

 色んな気持ちをのみ込んだ(いら)え。

 じわじわと、「ファング」は敵布陣の中心に、近づいて行く。と、敵の中心付近が、じわじわと後退し始める。

「なんだ?(へこ)ませた中央に引き込んで、包み込んで押しつぶす作戦か?」

 ヴァルダナは疑問の声を上げる。通信は、傍受不可能なものだ。ギリギリまで密集した「ファング」同士にのみ、かろうじて届くくらいの微弱な電波で、やり取りをしている。

「作戦なんかあるかよ。寄せ集めの軍勢だぜ。ああやって平面に並べるのだって、お目付け役の正規部隊が駆けずり回って、丸1日くらいかけて、ようやく完成したもんだろう。ただ単純に、怖じ気付いて後退(あとずさ)りしてんだよ、『ファング』から。」

「兵力は巨大でも、1つ1つは弱小戦力だからな」

 カビルが、カイクハルドの後を継いで話す。「敵の宇宙艇やシャトルは、1つ1つは絶対に『ファング』には勝てない。数で圧倒してるって言っても、最初に『ファング』にぶつかった奴は確実に死ぬんだ。敵は誰もが、自分が最初に『ファング』と接触するのは嫌だ、と思ってるんだ。」

「それで、俺達に一番近付いた敵が、ああやってじわじわ下がって行くのか。」

 ヴァルダナは納得の声だ。

 カイクハルドは、彼の操る「ナースホルン」を転進させた。間髪容れず、「ファング」の全艇もそれに従う。密集陣形には、僅かな乱れも生じない。予告なしのカイクハルドの転進に、遅れる戦闘艇は一つも無い。

 この一糸乱れぬ集団飛翔も、敵をして「ファング」に近づきたくない想いを、大きくさせているだろう。これだけ統率の取れた部隊にぶつかって、生きて帰れるわけはない。最初にぶつかった千くらいの部隊は、確実に血祭りにあげられる。寄せ集めの敵兵も、それくらいは想像できる。

 8千の兵、3千の戦闘艇やシャトルの全てが、やられるはずはない。「ファング」がミサイルやエネルギーを全て使い果たしても、まだ残っている兵が十分にいるはず、と言えるだけの戦力差なのだ。だが、やはり敵は、「ファング」には近付きたがらない。

 自分が生き残らなければ意味がない、と誰もが考えているだろう。勝利に貢献する為では無く、掠奪をする為に、軍政部隊にもとに馳せ参じたのだし、この宙域にも繰り出して来たのだから。寄せ集めの兵の目的というものは、権力に公認された楽な掠奪であり、大軍の威を借りた安全な盗賊行為だ。命に代えても自軍を勝たせる、と覚悟を固めた兵とは、全く違う。

 自軍の他の兵を、見殺しにしようが身代わりにしようが見捨てて行こうが、とにかく自分だけは生き残り、掠奪や盗賊を成し遂げる。そんな打算だけの兵達が「ファング」に対峙していて、一番槍(いちばんやり)を所望する者など、いるはずがあろうか。

 転進の後に近づいて行った先に居た敵兵も、さっきの連中と同様に、じわじわと後退して行った。

今回の投稿は、ここまでです。次回の投稿は、 '18/7/21 です。

ビームセイリング方式というのは、ご存知の方も多いと思われますが、作者のオリジナルのアイディアではありません。いくつかの書籍で見た事があり、最初に思いついたのが誰なのかも作者は知りません。宇宙時代の移動手段として、現実に検討されているものとご理解下さい。恒星風を帆に受ける方式なんてのもあり、近い考え方でしょう。何らかの素粒子や荷電粒子に"押してもらう"というイメージ。「スターウォーズ」にも、それらしき乗り物が出て来たりしています。移動体そのものには動力も燃料も積まなくて良い、というのが大きなメリットの1つで、軽量化が求められるであろう"戦闘艇"には必須のハズ、と思って取り入れました。描写には不正確な点もあるかもしれませんので、あまり全てを鵜呑みにはなさらず、話半分でご覧頂きたいと思っています。悪しからず。というわけで、

次回 第26話 錯乱・快勝・強敵 です。

次回も、戦闘シーンをたっぷりお届けします。今回の戦闘は、これまでにも見た事のあるような場面ばかりでしたが、まだ序の口です。ここからは、違って来ます。胸がすくような、その一方で、戦争の怖さが身に染みるような、そんな描写を心掛けたつもりです。是非、ご一読を!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ