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銀河戦國史 (アウター“ファング” 閃く)  作者: 歳越 宇宙 (ときごえ そら)
第2章 準備
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第24話 ビルキースの諜報

 「カフウッド」ファミリーが設営したタキオントンネルを使って、彼等の艦隊を中核にした大部隊が、「サフォノボ」星系を後にした。先行の『カフウッド』旗下の戦闘艦が、向かう先にもターミナルを設置した事で、2基のターミナルで挟む“恒久型”のタキオントンネルが利用可能となっていた。おかげで彼らは、3光年ほどの距離を一足飛びに移動できた。

 「ファング」が設置していたものは、「シュヴァルツヴァール」1艦を輸送するのが精一杯のサイズのものだったが、大部隊を輸送する為の「カフウッド」設置のそれは、一度に数個の戦闘艦を輸送できた。それでも、部隊の全てが移動を完了するのには、ずいぶん時間がかかる。

 これだけの規模の部隊を輸送するには、サイズの大きなタキオントンネルターミナルを長時間に渡って稼働させ続けなければならない。エネルギー消費も膨大なものとなる。その為に、大規模輸送用のタキオントンネルターミナルは、核融合設備など、大きな発電力を持った施設を近くに併設するのが必須となっていた。「ファング」のように、小さなターミナルを僅かな時間だけ動かすのならば、発電施設などは併設せずに、輸送する艦船の電源で(まかな)ったりする事も多い。

 カイクハルドがクンワールから説明されたところでは、「カフウッド」兄弟の配下の戦力として2千余りの兵が、戦闘艦16艦と空母5艦を駆って、更に20隻程の輸送船も伴って進撃した。そして、それの倍以上の数の、俄かに馳せ参じた寄せ集めの兵達が、後に続いた。

 助太刀に馳せ参じた連中は、ほとんどがタキオントンネルでの航行が可能な船を持っておらず、「カフウッド」所有の輸送船、もしくは一部の連邦支部の持っていたそれに便乗させてもらっての移動だ。どうやって「カフウッド」のもとにまでやって来たのかも、よく分からない連中だ。

 そんな連中には秩序も行儀もあまり期待できないから、タキオントンネルを使わせるのにも大混乱を呈した。「カフウッド」部隊の移動の、5倍の時間がかかってしまう有り様だ。

 兵力の総数も実際の所、正確には把握し切れていない、とクンワールは(こぼ)していた。何を持って戦力と言って良いのかの判断基準も、あいまいにならざるを得ない。対人用の手持ち式レーザー銃を積んだ非武装のシャトルのみ、という参加者もいる。それを戦力上、どうカウントしたら良いのか、クンワールも頭が痛いようだった。

 彼等に関しては、かなり扱いがルーズとならざるを得ず、とりあえず連れて行くだけ、といった状態だった。脱落する者がいても、知らん顔で置いて行く事になるだろう。超光速の移動手段を持たぬ者は、置いて行かれるだけでも、命永らえる事が不可能になる場合もあるのだが。

 全ての戦闘艦と輸送船において、出発側のターミナルからタキオントンネルに飛び込み、到着側のターミナルから飛び出してくるのに、丸1日を要したが、その1回の移動で彼等は、「オシボビチ」星系を横切り、「カウスナ」領域の端にまでやって来た。隣の領域である「シェルデフカ」までは、通常航行でも1日程という位置に、プラタープは軍を集結させた。

 「シェルデフカ」領域を横切ってしまえば、その先には、宇宙要塞「シックエブ」を擁する「ルサーリア」領域が控える。

 「シェルデフカ」領域は皇帝直轄領として、皇帝一族の生活の糧になってきた星系群で成るのだが、軍政が「ルサーリア」領域に「シックエブ」という拠点要塞を構えて以来、軍政の食糧庫としての存在意義を押し付けられた。帝政への納税の上前を撥ねる形で、「シックエブ」の経費は賄われている。

 逆に言えば、ここでの収穫が衰える事は、「シックエブ」の戦力低下に直結する。軍政の肝を冷やし、「カフウッド」征伐の必要性を印象付けるのには、この領域にある集落から「シックエブ」に向かう物資の流れを止めるのが、効率が良い。

 物資の流れを止め、「シックエブ」から派遣された征伐部隊を蹴散らし、その上で「カフウッド」艦隊が「シックエブ」に向かう動きを見せれば、軍政は可能な限りの大規模な征伐部隊を派遣せざるを得なくなるだろう、というのがプラタープの読みだ。

 「シェルデフカ」領域を、「カフウッド」の軍勢とは反対側から侵入して進軍して来る征伐部隊の動きは、「シェルデフカ」全域に大量にばら撒いてある無人探査機からのデーターで、もれなく補足することができる態勢になっている。敵も、こちらの動きは把握しているだろう。

 ここから両陣営は、できるだけ自分の側に有利な条件で会合を迎えるべく、慎重に軍を進める形になった。数で圧倒する軍政側も、その分補給物資は大量に必要となるので、豊かな集落を背後に抱えるなど、補給に有利な条件で戦いたい。

「プラタープの旦那からの情報では、敵軍の中核の連中は、『シェルデフカ』領域内の『フロロボ』星系第2惑星に、腰を据えたようだな。」

 「シュヴァルツヴァール」の航宙指揮室で、場所柄もわきまえないアロハシャツ姿のトゥグルクがカイクハルドに状況を説明している。母艦の中にあっては、最も早く情報に触れるのは彼だ。相変わらず裸同然の少女を(はべ)らせてはいるが、もう恥じらいなどは感じられない。すっかり慣れた様子で、楽し気な表情で、カラフルなアロハシャツを身に着けたトゥグルクの膝の上にちょこんと座り、リゾート感をすら醸し出している。

「そうか。その惑星を周回する衛星軌道上の集落が、『シェルデフカ』領域では最も豊かだったな。」

 この時代、この宙域では、元素組成が多様でバランスの良いガス惑星の衛星軌道上というのは、最も資源採取に有利な条件となっていた。岩石惑星では、重力に逆らって物資を持ち上げるのが大変になる。ガス惑星なら、長楕円軌道を飛ぶ人工衛星を惑星ガス中に飛び込ませることで、省エネルギーに大量の資源を採取できる。

 生活の場が1つの惑星上に限定されていた時代には、岩石惑星が重宝されたが、人々が宇宙空間を駆け巡る生活を送るようになると、岩石惑星上に降り立つという行為は、“重力の底に落ちる”と認識され、人々に忌避(きひ)されていた。簡単には宇宙に戻って来られなくなってしまうのを、人々は恐れた。

 大きなガス惑星にはたいてい、幾つもの衛星や環が形成されていて、固形化しやすい元素はそこで採取できる。小さな衛星ならば、重力の底といってもそれは微弱で、問題にする程では無い。多くの集落において、惑星ガスと衛星の両方を利用する事で、人が必要とする元素は概ね揃う。そして、元素さえ揃えば、この時代、食料を始めとした生活必需物資の全てを生産できる。

「この宙域じゃ、その『フロロボ』星系の第2惑星以上に元素バランスがよく、かつ濃密なガス惑星はねえからな。ここが一番、人々を集めている。そこを抑えれば、軍政の征伐部隊も、補給面では最も安心できるわけだ。」

「だが、敵の全兵力がそこに貼り付いているわけじゃねえだろ。そこ以外の集落を目指している部隊も、いるはずだ。」

「そうだな。無人探査機による遠くからの観測では、詳細は分からねえが、『フロロボ』星系第2惑星を中心に、あちこちに部隊が散って行ってる様子が捕えられている。敵に近づきすぎた無人探査機は破壊されちまうから、どれくらいの部隊がどこへ向かったか、までを把握するのは無理だがな。」

 航宙指揮室の中央付近に浮かび上がった三次元映像(ホログラム)を見上げながら、トゥグルクとカイクハルドは話し合う。何人かのパイロットも、彼らから少し離れた位置で三次元映像を見上げ、彼らの会話に聞き耳を立てている。

 座席は、三次元映像を取り囲むように円形に並んでいる。加減速の状況によって向きが変わり、外を眺める窓も無い航宙指揮室では、座席を一つの方向に揃えて並べる意味は無い。会議室のような円形の座席配置の方が、利便性が高かった。

「観測では突き止められねえって言っても、敵さんは『シェルデフカ』領域にある集落のどれかに向かってるはずだ。「シェルデフカ」領域にも「ファング」の根拠地はあって、各集落の座標は普段から調べてあるから、連中が向かった所に時間差無く急行するのは可能だな。」

「ああ」

 膝の上の少女の太腿を撫で回しながら、トゥグルクは応じる。「集落の位置は、領主側がその位置を知っているやつだけでなく、知らないもの、つまり隠し集落も含めて、ここの『ファング』根拠地が、きちんと調べ上げてくれている。提携関係を結んでいる集落が少なくないおかげで、敵の動向に関しても、色々と情報を入れてくれているぜ。」

「その集落に恐らく敵は、掠奪する気満々で向かって行ってるはずだ。」

「なぜだ?」

 カイクハルドに疑問をぶつけたのは、少し離れて座っていたヴァルダナだ。「ここは軍政の物資調達にとって、必要不可欠な場所だろ?なぜそこで、軍政の部隊が掠奪を働くんだ?」

「軍政の部隊って言っても、俄かに馳せ参じた『アウトサイダー』中心の寄せ集めが、半分以上を占めるんだ。そいつらには、軍政にとって大切だなんて事情は、知ったこっちゃねえだろ。それに、軍政が主催している征伐行に加勢してるんだから、多少の掠奪は、軍政には大目に見てもらえるはずだ、って思いもあるだろう。場合によちゃあ、掠奪の犯人は『カフウッド』って事に、してしまえる条件でもある。」

「そう、集まって来た『アウトサイダー』達にとっちゃ、これだけ気楽に掠奪を楽しめる条件は、他にはねえ。掠奪が目的で征伐行に参加している奴等が、ほとんどだろうぜ。」

 カイクハルドに次いで説明したのは、連邦支部の事情通である第4戦隊隊長のテヴェだ。敵側に馳せ参じている中には、連邦支部も多く含まれているので、彼もここに顔を出していた。

「じゃあ、『シェルデフカ』の領民は、味方であるはずの軍政の部隊が、助っ人として随伴して来た連中に、掠奪される事になるのか。何ていう事だ。」

 ヴァルダナが、生真面目に憤る。

「庶民には、味方なんていねえんだぜ。」

 言ったのはカウダだ。「領主ったってその多くは、ただ搾取と酷使で責め苛んで来るだけの奴で、味方なんて呼べるもんじゃねえ。庶民にとっちゃ集落の外にいる奴は全て、収穫物や人員を持ち去って行くだけの奴等って状況だ。そんな環境の中で営まれてるのが、下層集落ってもんの実情だ。」

 もと軍政配下の軍閥に属していた第5戦隊隊長のカウダも、その知識や経験が役に立つかもしれないので、ここでの話し合いに参加していた。カビルとヴァルダナは、呼ばれてもないのに勝手に出て来て、勝手に話しに口を出している。

「その、搾取や掠奪の憂き目にあってばかりの集落を、救ってやれないのか?『ファング』で。」

 生真面目に、ヴァルダナはカイクハルドに問いかけた。

「救うって言うか、掠奪に来た奴を追い払って恩を売り、俺達の活動に都合よく使える補給基地にするつもりではあるぜ。『ファング』の根拠地とも提携を結ばせて、掠奪を受けた際には、物資や人員の避難先として根拠地を利用させ、その代わり、『ファング』が必要とした場合には、補給基地として庶民の集落を利用させてもらう。ただの人助けをするわけじゃねが、それで、お互いが得をする。」

「うむ。既に『シェルデフカ』領域の幾つかの集落とは、提携関係を結んでおる。領主が存在を知っている正規の集落もあるし、知らない隠し集落の中にも、『ファング』が補給基地にできるものがある。」

 トゥグルクが、彼の手柄でもないだろう事を、やけに自慢気な顔で伝えた。膝の上の少女も、一緒になって誇らし気な表情をしている。

「領民は、敵に回すより味方につけた方が、断然戦闘は有利に展開できるんだがな。支配と搾取の対象としてしか領民を見ていねえ奴等は、そんな事、思いも寄らねえんだろうな。集落が壊滅しない程度になら、物資も人員も、搾れるだけ搾り取って構わねえと思ってるんだ。」

「それが間違いだって思い知らせて、後悔させてやろうじゃないか。軍政の軍閥共に、領民を敵に回した事を。」

 カイクハルドの言葉を受けて、ヴァルダナの意気が上がった。

「お前に言われんでも、『ファング』はずっと、そうやって戦って来たんだぜ。装備が最新鋭で、統率と連携が抜群ってだけじゃねえんだ、『ファング』の強さは。別に救世主でも、正義の見方でもねえが、庶民の娘をかっさらって来て慰みものにしまくってはいるんだが、ここ一番で補給基地として利用できるくらいの関係は、多くの集落との間で築いている。だから『ファング』は規模を拡大して来られたし、『グレイガルディア』中で神出鬼没に活動できてんだ。」

 ヴァルダナの隣に陣取っていた、カビルが胸を反らして言ったが、

「お前が自慢する事か?」

と、カイクハルドに突っ込まれ、少しへこんだ顔になった。カビルも隣に、裸同然の女を伴っていたが、トゥグルクの膝の上の少女とは対照的に、ふてくされた顔でそっぽを向いている。太腿を触るカビルの手には辛坊しているようだが、拒めば腕輪に電流を見舞われるので、仕方がない。

 「ファング」の極悪な部分を体現しているカビルを横目に、ヴァルダナはカイクハルドに向き合った。

「よく分かったぜ。あくまで『ファング』は盗賊団兼傭兵団で、掠奪も誘拐もやるけど、庶民に恩を売って有効に活用できるくらいには、彼等の為になる行動もする。ちっとも善良な奴等じゃないが、このご時世では、軍政軍閥や、それに俺達もそうだった横暴な帝政貴族よりは、ずいぶんマシな存在なのだってな。」

「ああ。まあ、庶民から直接、掠奪や誘拐をやる事もねえがな。俺達のターゲットは、領主等の徴税部隊や他の盗賊や似非支部だ。だが、そいつらの悪行をを、事前に阻止しようと思えばできるのに、それはやらず、わざと事後にそいつらを襲って、物資や女を横取りする事は、よくやるな。そうすりゃ、集落には徴発部隊や盗賊や似非支部を追い払ったり退治したりしてやった、って恩を売れるし、集落に恨まれずに物資や女は手に入れられるし、一石二鳥だ。その分こっちの身も、危険に曝す事にはなるがな。」

「へへっ、そうさ。領民の収穫や女達を、俺達が手に入れる事には変わりはねえが、間に徴税部隊や他の盗賊や似非支部を挟む事で、俺達が領民の怒りを買う事は無く、領民を上手く活用できるようになる。それに、集落が潰れてしまいそうな事態になったら、『ファング』の方で食料や人員や設備なんかを補填してしてやって、支えてやったりもする。あくまで、俺達が有効利用できる状態を維持する為に、だがな。だが、それで、領民達も最悪の事態は免れる。フェアとまでは言えなくても、それなりのギブアンドテイクが成立している。それが、『ファング』のやり方だな。」

 カイクハルドの後を継いで、カウダもそんな説明をした。ヴァルダナは、納得したようでもないが、反論する気にもならないようだ。ただ、黙って頷いた。

「で、『シェルデフカ』領域のあちこちの集落に、掠奪に向かったであろう敵部隊への、こっちの対処の仕方だが。」

「当然、追い払うんだろ?まあ、掠奪させた上で、物資や女を横取りするのを目的にしながら、ってのが『ファング』のやり口なのかもしれないが、集落に決定的なダメージが出ないようには、するんだろ?」

 ヴァルダナが身を乗り出して尋ねて来た。が、

「馬鹿野郎。相手の規模を考えろ。5万だぜ。たった百人の俺達で、対処し切れるか。」

とのカビルの声に、

「そ、そうか。」

と、素直に頷き、座席に深く座り直した。静かに話を聞く心構えになったらしい。ちなみに、「シュヴァルツヴァール」は今加速行程で、艦内に重力は生じている。

「どの集落にどれくらいの部隊が来たかってのは、ある程度は把握できるんだろ?」

 カイクハルドがトゥグルクに問う。

「ああ。俺達の根拠地が張り巡らせたネットワークや、『カフウッド』ファミリーがばら撒いた無人探査機の情報を総合すれば、掠奪部隊が集落に到着する直前くらいまでには、状況が詳細に伝わって来るだろう。」

「到着のかなり前に把握するのは、無理って事だな。実際に集落の近くに敵が出没してからじゃねえと、分からねえわな。そこから、こっちの兵力を向かわせる事になるか。向うも『アウトサイダー』中心の弱小戦力が掠奪に出向くんだろうから、こちらも同じく寄せ集めの連中を、とりあえずは送り込むんだろうな。そこの采配は、プラタープの旦那に任せるしかねえが。」

「だが、数が違い過ぎる。敵は5万で、こっちは3千かそこらだ。だから、『カフウッド』は正規の部隊も繰り出すし、俺達『ファング』にも、活躍の場が回って来るってわけだな。」

 ここで、カイクハルドとトゥグルクのやり取りに、カウダが割って入る。

「俺達『ファング』がいつどこに向かうかは、俺達で決めて良い事になってるんだよな?」

「そうだ。」

 カウダに身体を向けて、カイクハルドは答えた。「根拠地経由の情報も詳細に検討して、連邦支部や軍閥に詳しいテヴェやお前の意見も取り入れた上で、俺が判断する。敵の掠奪の主力は、征伐隊に馳せ参じた連邦支部になるだろうから、テヴェ、お前の知識と情報が貴重になるぜ。」

 後半は、テヴェの方に体の向きを変えて、カイクハルドは言った、2人はカイクハルドを挟んで、それぞれ反対側に陣取っていたので、カイクハルドは(せわ)しない動きになる。

「任せておけ。今、軍閥部隊に従っている連邦支部に関しても、半分以上は情報を得ている。規模や装備や統率の程度も、だいたい分かる。」

「敵の軍閥の本体が、出張って来る事もあり得るんだろう?」

 カビルが尋ねて来た。隣の女の脚を撫で回す手は、休む事が無い。女は、変わらずシカトを決め込んでいる。

「そうだな。だが、規模の大きな軍閥ならば、動き出した時点で、遠くからの観測でもそれを捕えられるだろう。遠くから分からないのは、比較的規模の小さな軍閥だ。恐らく2千以下くらいになるだろう。」

 同じく女の脚を撫で回しながら、トゥグルクが答えた。こっちの少女は、嬉しそうにニコニコしている。同じ組織に囲われていながら、ずいぶん態度が違うものだ、と、両者を見比べるヴァルダナの顔が告げている。

「そこの見極めだな。どんな奴が、各集落に向かったのか。傭兵なのか支部なのか軍閥なのか、それによって、こっちの動きも変えて行かないとな。」

 カイクハルドは考える目で言った後、更に続ける。「トゥグルク、ビルキースのやつからは、何か情報は来てないのか?」

「来てるぜ。今回向かって来た全ての軍閥の幹部の中からも、少なくとも2・3人ずつは、ベッドを共にしたらしいな、“あいつら”は。」

「相変わらず、尻もフットワークも軽いなあ、ビルキース姉さん達は。」

 カビルの顔が、卑猥な笑みに歪んだ。

「誰だ?ビルキースって。」

「そうか、お前はまだ知らなかったな、ヴァルダナ。ビルキースの事は。」

 カビルに向けられた疑問に、トゥグルクが応じた。「娼婦を装って色んな軍閥幹部に近付いて、色々と情報を探って来てくれる女スパイを、『ファング』は百人以上も持ってんだよ。そのまとめ役って言うか、リーダー格が、ビルキースっていうんだ。」

「知っておかなきゃ、いけねえぜ、謎の美女、ビルキース姉さんの事は。『ファング』のパイロットとしては、必須だぜ。」

「何が、謎の、だ。カビル、馬鹿野郎。」

 カイクハルドが、苦笑まじりに声を高めた。「ビルキースは、ちっとも謎じゃねえぜ。俺の馴染みの女だ。十年以上の付き合いだ。俺が、銀河で一番、信用してる女なんだぜ。」

「かしらにとっては、そうでもよう、俺達にとっちゃ謎だぜ。かしら以外は誰も、会った事も顔を見た事もねえんだ。その女が、すげえ貴重で膨大な情報を、続々と送って来るんだぜ。何度、ビルキース姉さんの情報で、『ファング』が命拾いして来たか。」

「そうなのか。そんな情報源もあったのか、『ファング』には。」

 ヴァルダナは感嘆の声だ。

「そうさ。すげえんだ。謎の美女、ビルキース姉さんは。」

「何で、顔を見た事も無いのに、美女って分かるんだ?」

 ヴァルダナが、当然の疑問をカビルにぶつけた。

「かしらの顔を見てみろよ。名前が出ただけで、鼻の下が伸びてる。」

「なるほど、それで、美女って分かるんだな。」

「馬鹿野郎、バルダナ。納得してんじゃねえよ。で、ビルキースは、何て言って来てるんだ?」

 話題の転換を企てたカイクハルドは、極めてバツの悪そうな顔だ。

「今回の征伐隊の中核は、『バイリーフ』っていう、でかい名門軍閥らしいが、全然乗り気じゃねえらしいな、征伐には。ビルキース自身で、何回か寝室に侍ったそうだが、どうやって手短に切り上げて、できるだけダメージも消耗も受けずに引き上げるか、ってそればっかりを口にしていたらしい。ベッドの中ですら、『早く帰りてえ』を繰り返す始末で、男に抱かれてるっていうより、子供をあやしてる気分だったらしいぞ。」

「イッヒッヒ、そりゃ良いや。」

「そうだろうな」

 下品な笑い声を立てているカビルを他所に、カウダは真顔で語る。「かなり不遇を託っている軍閥だ、『バイリーフ』と言えば。昔は軍事政権創始者ともかなり懇意で、政権樹立直後には隆々(りゅうりゅう)と成長を遂げたファミリーだったが、次第に煙たがられるようになり、前の軍事政権総帥のアクバル・ノースラインの頃には、所領を大幅に削り取られやがった。」

「そうか。そんな軍閥じゃ、軍政の為に頑張ろう、とは思わねえわな。いくら規模が大きいって言っても、大した脅威には、ならねえか。寄せ集めの兵が危機に陥っても、助けに向かったりしねえだろうな。」

 思案を巡らす顔で、カイクハルドはカウダに同調した。

「それに、不遇を託っていると言っても、まずまずの収益を上げている軍閥でもあるから、掠奪への意欲も高くは無い。早く自領に帰って、そこの経営に精を出したい、ってのがそいつらの願いだろうな。」

 手の動きを止める事の無い、トゥグルクの感想だ。

「血気盛んな軍閥だって、1つくらいはいるだろう?トゥグルク。征伐隊の中には、この機会に軍事政権に名を売ろう、って息巻いてる軍閥も、いねえって事はねえはずだぜ。」

「ああ、勿論さ、かしら。『オーヴァホール』って軍閥を、その筆頭に挙げてるな、ビルキースは。あいつの仲間を、4日で10人も平らげやがったらしい。しかも、2・3回食われた女も、何人かいるって話だ。」

「へへへっ、血気盛んな奴は、あっちの方もシャカリキなんだな。」

「食われた女全員の感想が、一致してるのか?」

 カイクハルドは、カビルの下品な笑いを歯牙にもかけずに話を進める。

「そういう事だな。10人が口をそろえて、功名心の高さや好戦的な気質を感じた、って報告したそうだ。焦ってる感じがあった、って言ってる女も複数いたそうだ。」

「それだけか?」

 大きく頷くカイクハルドを目に留めながら、ヴァルダナが不満気に声を上げた。「そいつらの戦力や装備など、軍事的なデーターは取れなかったのか、その女達は。」

「あのな、ヴァルダナ。俺はビルキース達に、データーは求めてねえんだ。そんなものよりもっと貴重な情報を、あいつらはもたらしてくれるんだよ。何百人の男と交わって来た女が、寝室で2人きりになった時の眼力ってのは、恐ろしい程のもんなんだぜ。戦力や装備なんて、表面に出る分かり易いデーターより、あいつらの眼力が透かし見た敵将の心の内側ってのが、どんだけ作戦の立案に役に立つことか。」

 ヴァルダナは、腕を組んで座席に沈み込み、黙り込んでしまった。

 その後も彼等は、ビルキースからの情報などをもとに、敵将の資質などに付いて色々と話し合っていたが、そこへ「カフウッド」や「ファング」の根拠地からの情報が、次々にもたらされ、「シェルデフカ」領域のどの集落にどんな敵が、どれくらいの数で襲撃を仕掛けているか、が判明する。

 カイクハルドは、その中のどれに「ファング」が向かうつもりかという計画と、それ以外の集落への掠奪にはどう対処するべきと思うかの献策を、レポートにまとめてプラタープに送った。

 カイクハルドとプラタープが何度かやり取りをした後に、「カフウッド」陣営の対処法が固まった。

「弱小零細の傭兵だけが襲っている集落には、こちらも寄せ集めの連中を送り込む。」

「寄せ集め同士の戦いになるのか。勝てるのか?」

 カイクハルドの説明に、ヴァルダナが疑問を投げかけた。

「相手よりこちらの方が、兵の数が多いように設定して送り込めば、追い払う事はできるはずだ。相手の出方を見定めてから決めるわけだから、それは可能だ。先手はとられちまってるから、一旦掠奪は許すんだが、まあそこは、集落民に泣いてもらおう。」

「こっちの寄せ集め連中が、集落への掠奪を働くんじゃないか。そういう奴等は、敵に馳せ参じたのも、こっちに馳せ参じたのも、大して変わらねえ連中だぜ。そもそも、『掠奪してよし』って褒美が無ければ、働くわけがねえ連中だ。」

 今度のカイクハルドへの質問は、カビルのものだ。

「そこは大丈夫だ。お目付け役の兵を付ける事を、プラタープの旦那は抜かりなくやってる。それに、こっちの兵が着く頃には、集落は掠奪され切って、すっ空かんだから、敵を襲うしか物資を獲得する方法はねえはずだ。」

「なるほど。掠奪させた後にこちらの兵を送るのは、こっちの兵が集落に掠奪を働く事を、防ぐ意味もあったんだな、かしら。」

「ま、結果的にそうなった、ってだけだがな。」

 歴戦のコンビが、意見を交わす。

「敵の方が圧倒的に多くて、1つの集落には敵より味方の方が多いように兵を送るんだから、こちらが兵を向けられない集落が、大量に出て来るよな。」

「ああ、比較的組織性のある傭兵や、テヴェが名前を知らないような小規模な似非連邦支部が掠奪に向かった集落には、『カフウッド』の正規部隊が、戦闘艦で駆けつける事になった。」

「軍閥の正規部隊相手じゃ、勝負にならんだろうな、そんな連中じゃ。束になってかかっても、勝ち目はないか。そもそも、戦闘艦に通じるような装備を、持っているはずもねえ。」

「というか」

 カウダの意見に、カイクハルドが応じた。「戦闘艦を見るや否や、一目散に逃げ出すに違いない。要するに、顔を見せて回れば良いだけだから、数個の戦闘艦から成る部隊に、複数の集落を掛け持ちさせて、見て回らせる計画になった。正規軍だから、寄せ集めの連中みたいに、『掠奪してよし』って褒美が無ければ働かない、って事はねえしな。」

「なるほど、顔を見せて追い払うだけなら、数個の戦闘艦だけの部隊で、何十の集落をカバーできるわけか。後は、掠奪が完了する前に『カフウッド』部隊が到着できるかどうかだな。掠奪が終わってても、取り返してやることはできない作戦になるんだからな。」

「そん時は、『ファング』も可能な限りの物資の支援をやって、集落に恩を売っておくさ。で、補給基地として利用できる状態にしておく。」

 カウダの意見に、トゥグルクが付けたした。

「で、俺達『ファング』だが、」

と、カイクハルドは本題に切り込む。待ってましたとばかりに、航宙指揮室に集まっていた面々はカイクハルドに向き直る。正直、「ファング」意外の部隊がどう動くかなど、盗賊兼傭兵の彼らが、それほど気にする事でも無い。ここからの話こそ重要、と皆は表情を改めた。

 隊長クラスは全員と、単位(ユニット)リーダーも数名が顔を見せている。それ以下で顔を出しているのは、カビルとヴァルダナだけだった。

「テヴェが名を知っている、比較的規模の大きな似非連邦支部を、俺達は狙う事になった。勿論、皆殺しでも掠奪でも存分にやって良い、と旦那からお墨付きをもらっている。」

「連邦支部にさらわれた集落の娘も、俺達で横から分捕って、好きにして良いんだよな。」

 第3戦隊隊長ペクダが、身を乗り出して聞いて来た。彼も、裸同然の女を侍らせたがるクチだった。

「集落から直接、女を拉致するのはダメだが、一旦似非連邦支部が誘拐した女を横取りする分には、好きにして構わねえ。俺達が集落民の反感を買う材料には、ならねえからな。物資も女も集落との連携も、欲しいものは全部、手に入れてやろうじゃねえか。」

 猛禽類の眼差しで、カイクハルドはニヤリと笑った。

今回の投稿は、ここまでです。次回の投稿は、 '18/7/14 です。

「ファング」と領民集落との関係性において、またしても理屈をこねてしまいました。集落から物資や人を持ち去った、憎き徴発部隊をやっつけてくれた集団。でも、物資や人員は返してはくれない。そんな場合に、集落の人々はどう思うものでしょう。本編の通りに、恨みの対象にはしないものでしょうか。用心棒代だと思って、割り切りや諦めがつくものでしょうか。平和な現代日本に生まれ育った作者には、想像の外です。まあでも、補給拠点として集落を使わせてやるくらいの関係は、やはり築けるのじゃないでしょうか。集落としても、今後も徴発部隊や盗賊などは、追い払って欲しいだろうし。情報を得る為に、大勢の女スパイたちに、娼婦として軍閥相手に体を売らせている実態も紹介させてもらいました。やっぱり「ファング」は悪者の集団だ、と受け止められたでしょうか。悪者が主役の物語、って考えも本物語の着想段階ではあったのですが、それは活きているでしょうか。善でも悪でもあるような、善にも悪にもなり切れていないような、中途半端な存在のような気もします。それを言えば、帝政も軍政も連邦支部も、すべて善と悪の両方の性質を具有してます。そんな者達が織りなして行く物語を、もうしばらくご注視頂きたいです。というわけで、

次回 第25話 緒戦・機鋒・衆寡 です。

熟語3つのタイトルがついた説話で、戦闘シーンが出て来ます。ミリタリー重視の、戦闘シーン満載の物語にしようと思ったのに、ここまでの長かったこと、長かったこと。作者も気疲れしました。「バーニークリフ」の後、訓練の延長とか戦場泥棒を煽ってけしかけるだけとか、熱量に欠ける戦闘ばかりでしたが、ここでは、がっつりと「ファング」が暴れます。ご注目下さい。

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