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銀河戦國史 (アウター“ファング” 閃く)  作者: 歳越 宇宙 (ときごえ そら)
第2章 準備
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第23話 「バーニークリフ」再び

 プラタープとラーニーが、同時に、似て非なる質問をカイクハルドにぶつける。

「サンジャヤリストに、サンジャヤの馬鹿が、妹の画像を張り付けてやがった、ってだけだろ。何を驚く事があるんだ?」

「ここに、サンジャヤ殿の妹君がおられたのか?」

「そこに、サンジャヤリストがあったのですか?」

 プラタープとラーニーが、同時に、似て非なる驚きの声を上げた。

「このお方が、サンジャヤ殿の妹君なのか?どうして、ここにおられるのじゃ?」

「これが、サンジャヤリストなのですか?どうして、この端末に入っているのです?」

「一遍に質問するな。どっちに答えれば良いんだ?」

 カイクハルドの言葉に、今度は同時に、身を引く構えを2人は見せる。

「あ、お客様の方を、お先に。」

「いやいや、レディーファーストじゃ、お嬢さんこそ、お先にどうぞ。」

 カイクハルドは、レディーファーストを採用した。

「知らなかったのか?ここにサンジャヤリストが入ってるのを。毎日のように触ってるくせに。」

「ええ、知りませんでした。何度も使っている端末ですが、まさか、サンジャヤリストが入っているなんて。どうして、ここに入っているのです?サンジャヤリストになど、興味がないような事を、ずっとおっしゃっておいでだったのに。」

「これが、オリジナルらしいですぞ、お嬢さん。」

 カイクハルドを差し置いて、プラタープが答えた。

「オリジナル?こちらの御仁は、もしかして、プラタープ・カフウッド殿ですか?」

 カイクハルドとプラタープを交互に見て、ラーニーはびっくり顔。「兄様はこの端末で、リストを作ったという事ですか?この(ふね)に、乗った事があるのですか?兄様は。」

「彼はこの艦で」

 またプラタープが先を越す。カイクハルドの反応が鈍いので、追い抜きは容易だ。「あちこちの軍閥のもとに向かったようですぞ。そうでも無ければ、軍政の目を盗んで『グレイガルディア』中の軍閥と接触を持つなど、できる事ではありませんのでな。」

「そんな。あなた一体、兄とは、どういう関係なのですか?カイクハルド。」

「同志じゃな。共に軍政打倒を目指す。」

「ふざけるな!同志なわけあるか!それに、なんであんたが答えてるんだ。俺に質問しているんだぞ。」

「すまん、すまん、答え辛らそうにしていたのでのう。ついつい。」

「同志・・」

 カイクハルドとプラタープのやり取りに構わず、ラーニーは一人呟く。「兄はあなたと、同志として活動し、この艦で『グレイガルディア』中を巡り、各軍閥の動静を探っていた。そういう事ですか?」

「うむ、そのとお・・」

「違うって言ってるだろ!ジジイは黙ってろっ!」

 あっちとこっちに怒鳴り付けたカイクハルド。「傭兵として、報酬を貰って、輸送と護衛を請け負っただけだ。軍政に見つからないようにしながら、妨害を受ければ、それの排除もしながらの移動をな。それは、『ファング』にしか請け負えねえ仕事だったしな。」

「そして、サンジャヤ殿と旅をするうちに、軍政打倒の夢を共有するに至ったのじゃよ、お嬢さん。」

「至ってねえわ!黙れってんだよ!」

 老将が茶化すように口を挟むのに、顔を真っ赤にしてカイクハルドは言い返す。「俺は、あんなキザな貴族のボンボンは嫌いだし、帝政への甘い期待も虫唾が走ったし、軍閥連中に対する判断基準が都合良すぎるのも、頭に来ていたんだ。」

「でもあなたは今、軍政打倒の戦いに身を投じようとしているし、こうして私を守って下さっている。」

「守ってるんじゃねえだろ。囲ってるんだろ。いつなんどき、慰みものになるかもしれねえ身の上で、何言ってやがるんだ。」

「そう、それそれ。」

 一旦置き去りになった質問を、プラタープが蒸し返した。「サンジャヤ殿の妹君が、なぜここにおられるのか、というわしの質問に、そろそろ答えてもらえぬかのう。」

 カイクハルドとラーニーは、代わる代わるに口を開き、プラタープの問いに答えた。皇帝ムーザッファールが、御座船での逃亡中に「ファング」捕らわれ、軍政に引き渡され、その時にラーニーも彼等に囲われる事になったいきさつが、(つぶさ)に語られた。

「お、おぬし、何という不敬を、畏れ多くも皇帝陛下の玉体を捕え奉り、軍政に・・・」

 一瞬、逆上仕掛けたプラタープだが、直ぐに冷静さを取り戻した。「む、では、皇帝陛下が『スヒニチ』領域の『ニジン』星系などという、聞いたこともないような場所で蟄居(ちっきょ)なされる、と申されたのは、もしや、おぬしの差し金か?」

「へっ、察しが良いな。皇帝ともあろう者が、盗賊兼傭兵なんぞの言う事を真に受けたのにも驚いたが、『ニジン』で蟄居していれば、いつでも『ファング』が脱出させてやれるって話は、あの時に俺が、皇帝に吹き込んだ事だ。」

「そうか、そういう事だったのか。不思議に思っておったのだ。なぜ皇帝陛下が、御自(おんみずか)らそんな辺境への蟄居を口になされたのか。そんなところに籠ってしまわれては、もはや自力では帝政復活を果たせなくなってしまわれるものを。が、脱出の算段は、出来ているという事だな。」

「皇帝の身柄を手に入れた軍政が、扱いを持て余す事は分かってたからな。放っておけば、また軍政打倒の行動を起こすだろうし、かといって、未だ民衆の敬愛の篤い皇帝を弑逆(しいぎゃく)するのもリスクが大き過ぎる。『ニジン』星系なんて辺境に蟄居する、と皇帝が自ら言い出せば、軍政は喜んで飛びつくだろう事も、俺達は計算していた。思惑通り、皇帝は『ニジン』星系に籠る事になったが、あそこの民衆は皆、『ファング』との繋がりが強いのでな、いつでも皇帝を脱出させられる。」

「そういう事だったのですか?」

 驚きの表情で口を挟んで来たのは、ラーニーだった。「そんな事は、初めて伺いました。なぜ今まで、教えて下さらなかったのです?」

「何で教えなきゃいけねえんだ、ただ囲われてるだけの女に。」

「でも・・。私は2年前の時点では、あなたは軍政側に付いていたのだ、と思っていました。最近になって日和見(ひよりみ)的に、帝政復活への加担に方針を曲げたものだ、と。常に、勝ち馬に乗る事だけを考えているのだ、と。でも、もしその話が本当なら、あなたは2年前からずっと、帝政復活の為に戦う事を決意されていた事に・・・」

「してねえよ。今でもしてねえ。誰に付こうが付くまいが、皇帝の身柄を自由にできるってのは使える切り札になる、と思って取っておいただけだ。『カフウッド』の闘い振りによっちゃ、このまま出さねえかもしれねえんだぜ。常に勝ち馬に乗る事だけを考えてる、ってのが正解だ。俺達は傭兵なんだから、日和見的なのは当たり前だ。帝政復活の為に皇帝を助けた、なんて阿呆な勘違いをするんじゃねえよ。」

「しかし、わしの闘い振りを見て、軍政打倒が可能だ、と判断した時には、皇帝陛下を自由にしてさし上げるつもりでは、いるのであろう?2年前からそのつもりで、皇帝陛下に『ニジン』星系行きを献策しておいて、軍政に捕えさせたのであろう。」

「ああ、あんたが勝つんなら、そうするのが『ファング』にとっても、合理的だと思ったからな。あくまで、『ファング』の都合の為にやってるんだぜ、俺は。」

「ふふん。それで十分じゃ。」

 もじゃもじゃの髭を楽しそうに弄びながら、プラタープは頷いた。「目的は何であろうと、『ファング』は着実に、軍政打倒と帝政復活を推進する方向で、全力で動いてくれておるわい。それに、かのサンジャヤ・ハロフィルドの妹君も、こうして保護してさし上げている。」

「だから、保護してるんじゃねえって。囲ってるんだよ。いつでも慰みものにして楽しめるように、手元に置いてあるんだよ。」

「けど、2年にも渡って、一度も手を付けられておりません。」

 感情を強引に遮蔽したような顔で、淡々とラーニーは告げた。

「だから、熟成させてんだよ。何遍言わせるんだ!熟成し次第、人格もプライドもズタボロになるまで、徹底的に辱めて、存分に慰みものにしてやるから、覚悟してろ!」

「今更、あなたに何をされたって、人格もプライドも、1ミリも傷つくとは思えませんけど。」

 淡々と、且つ、きっぱりと、ラーニーは言い切った。

「あっはっは。そうか、皇帝陛下の身の安全を計り、いつでも自由にしてさし上げられる算段を整え、なおかつ、サンジャヤ殿の妹君まで保護してさし上げる。これだけの事をやっておいて、まだ盗賊だ傭兵だ、などと(うそぶ)くのか。」

「はあ?何を、わけの分からねえ解釈してんだ。」

 カイクハルドも、頭に血が上りっぱなしになって来た。「盗賊兼傭兵の活動に、都合よく利用する為に、皇帝って切り札は手に入れたんだ。別に、帝政復活にしか使えねえ札じゃねえだろう、皇帝の身柄は。軍政に恩を売る、って使い方もあるんだ。あくまで盗賊兼傭兵として、やった事だ。で、たまたまこの女が、皇帝の傍にいたから、慰みものにして楽しむために囲ったんだ。どこからどこまでも、盗賊兼傭兵の所業だろう。」

「ほう、たまたまねえ。しかし、お前達が皇帝陛下を捕え奉らなければ、どうなっていたかな?」

「私は間違いなく、死んでいました」

 ラーニーが、また、きっぱりと言い切った。「皇帝陛下が、軍政の部隊に連れられてお行きになられた後、私はこの『シュヴァルツヴァール』に乗せられましたが、それから1時間もした頃、別の盗賊の襲撃を受けました。」

「ああ、そんな事が、あったっけな。」

 面倒臭そうな、カイクハルドの呟き。それを横目に、ラーニーは話しを続けた。

「その盗賊は、『ファング』があっさりと全滅させましたが、付近には、彼等に襲われたと思われる宇宙船が、いくつも漂っておりました。民間の船と思しきそれの中には、盗賊に乱暴され、殺害された庶民の遺体が、(おびただ)しい数、漂っておりました。」

 それを回想する事は、様々な感情をラーニーに覚えさせているようだ。淡々と話そうと努める中にも、微かな声の震えが感じられる。それでもラーニーは続けた。

「輸送船に乗り込んだ『ファング』パイロットが送って下さった映像で、私もその様子は拝見いたしましたので、確かです。皇帝逃亡の噂を聞き、御座船への襲撃と掠奪を目論んで待ち伏せをしていた、盗賊の成した所業と見て間違いないでしょう。『ファング』に捕えられなければ、私達もその盗賊に襲われ、あのような姿にさせられていた事は、想像するまでもありません。皇帝陛下が無事であらせられるのも、私がこうして生きていられるのも、あの時、『ファング』に捕らわれたからです。」

「だから、それもただの偶然だ。俺達はただ、自分達の都合の為に行動しているだけだ。」

「これを、ただの偶然だと思えというのか?サンジャヤ殿が心血を込めたリストを作成した端末の前に、彼の最愛の妹君が、お元気な姿でおいでになる。わしには、この艦が『ハロフィルド』ファミリーの為に、懸命に尽くしておるようにしか、見えんがのう。」

「ふざけるな!なんで『アウトサイダー』の俺達の母艦が、貴族なんぞの為に尽くさなきゃいけねえんだ。冗談じゃねえ。虫唾が走るぜ。」

「少なくとも、サンジャヤ殿がおぬしに、妹を頼む、とかいった内容の発言を、口にしなかったとは思えんな。軍政に捕まる何年も前から、あの御仁は、ご自身の運命を予期しておられたはずじゃ。いずれは軍政の手によって、刑死する運命をな。それを恐れる御仁では無いが、妹君を残して逝く事には、無念や憂慮の想いがあったであろう。誰かに妹君を託さねば、死んでも死に切れぬはずじゃ。」

「そうなのですか?」

 ラーニーは、まじまじとカイクハルドの目の奥を覗き込んだ。「兄があなたに、私を託したのですか?」

「知るか!あいつが何を言ったとか、どう考えたとか、そんな事はどうでも良い。俺はただ、盗賊兼傭兵の活動でたまたま見つけた女を、慰みものにする為に囲ってるだけだ。それ以外の、何ものでもねえよ。」

「そうですか。」

 ラーニーは、納得顔で引き下がった。彼の言葉にでは無く、目の奥に見つけた何かに、納得したらしい。

「で、妹君はこちらで、快適な暮らしを送っておられるのかな?」

「快適な筈ねえだろ。狭い艦内に閉じ込められっぱなしの、惨めで窮屈な生活だ。囲われ女に、幸福なんぞあるかよ。」

「あら、私は、惨めとも窮屈とも、感じてはおりませんけども。」

 カイクハルドからプラタープに視線を映して、ラーニーは続ける。「艦内の女専用エリアという部分は、自由に動き回る事ができ、他のパイロットに囲われている女性方とも、自由に交流できます。食料や資材などの生産活動に精を出す事も、様々な服をデザインして作成する事も、色々な料理を作って楽しむ事もできます。女性達でワイワイと、楽しく過ごせる時間も沢山あります。男性方との関わり方は、囲われる相手によってまちまちですが、暴力が禁止されていて、食事に関しても女性が権限を握っているので、それほど酷い関係にはなりません。今のご時勢を考えれば比較的恵まれた待遇だ、と言って良いと思います。」

「そうですか、そうですか。」

 安心し切った笑顔で、老顔が大きく上下する。「それは良かった。サンジャヤ殿は軍政打倒を志す者にとっては、英雄のような存在ですからな、その妹君が幸せにお暮しあるのは、実に喜ばしい事です。」

「ありがとうございます、プラタープ殿。兄の志を継いで、あなたが命懸けの戦いを決意して下さった事、兄になり替わりまして、心からお礼申し上げます。」

「いやいや、兄上の成された大業に比べ、わしなど、まだまだ。天よりご覧頂いている兄上に恥を曝さぬよう、わしも、心して戦いに臨む所存ですわい。」

「私も兄共々、ここよりあなたの戦いを、厳粛な気持ちで見守りたいと存じます。」

「おいおい、人の艦の人の部屋で、なにを生ぬるい茶番劇やってくれてんだよ。慰みものになるのを待つだけの、惨めな囲われ女と、大軍になぶり殺しになるかもしれねえ、弱小軍閥の棟梁がよう。」

「一番、生ぬるい茶番を演じておるのは、おぬしじゃないのか?カイクハルドよ。ラーニー殿も、ぬるい湯に温々と浸かっておられるようなお顔を、なされておるぞ。」

 くしゃくしゃに崩れた、だらしない笑顔でラーニーを眺めながら、プラタープが言う。

「はい。その通りでございます。」

 なぜか勝ち誇ったような笑顔で、ラーニーも言う。

「ちっ」

 カイクハルドは、返す言葉すら、見つからなくなったようだ。

 ひとしきり情勢に関する議論を交わすと、プラタープは彼等の部屋から辞して行った。そうなってからも、カイクハルドのモヤモヤした気分は変わらない。

「お前なぁ、自分が憐れで惨めな囲われ女だって事、もう少しちゃんと認識しろよ。」

 リビングの椅子にふんぞり返って、カイクハルドは唇を尖らせた。

「ですから、囲われている事が憐れかどうかは、囲われている女自身が判断するものなのですわ。」

 ラーニーの口ぶりは、まるで子を(たしな)める母の如くだ。「私が憐れではない、と感じている限りは、たとえ囲われの身であろうとも、憐れではないのです。」

「うるせえ。ふざけるな。これから、身の毛もよだつほどの無残な辱しめを、受ける事になる身の上のくせに。」

「そう言われ続けて、はや2年。余りにも平穏無事な生活が続いておりますけど。」

「だから、それは、お前がなかなか熟成しねえからだろ。」

「また、それですか!」

 ラーニーの声が、一転して熱を帯びた。「いつもいつも、熟成、熟成って。いったい、何なのです!熟成とは。」

「そんなもん、いちいち説明させるな!熟成は、熟成だ。早く、熟成しやがれ。」

 ラーニーの熱に煽られるように、カイクハルドも声を高める。

「ですから、熟成というのが何か、分からないから、どうしようもないのです。ちゃんと分かるように説明してください。熟成とは何なのかを。」

「だから、そんなもん説明できるか!お前は、ペクダの世話をしたんだろ。だったら、ペクダを隅々までじっくり見ただろ。それで分かったはずだ。ああいうのが熟成してるんだよ!」

「いいえ、分かりません。具体的におっしゃってください。何が、どう、違うのですか?もっと、はっきり、分かるように。」

「いやいやいや、見ればわかるだろう。説明の必要ねえだろ?一目瞭然だろう!」

「腰の(くび)れの切れ込み加減の話を、しているのですか!? 」

「ちがうわーっ!」


 およそ10日間ぶりのバーニークリフだった。

「すっかり準備はできておりますぞ、兄上。」

 がっしりした巨体の上に居座る、生真面目を絵に描いたようなクンワールの顔が、そんな言葉を紡いだ。

「そうか。撫民の方も概ね良好かのう。」

 無重力の要塞指令室で指揮を執っていたクンワールに、プラタープが漂い寄って行く。顔の位置を合わせると、プラタープの足はクンワールの膝にも届いていない。珍妙な兄弟の姿に、カイクハルドは苦笑を禁じ得なかった。

「はい、兄上。領民はほぼ全て、隠し集落への移動を完了しています。備蓄も十分で、2・3年は潜んでいられるでしょう。正規の集落には、空っぽの倉庫と老人のみが残されております。軍政の征伐隊が徴発に向かったとしても、僅かな食料と、労役には使い得ぬ老人しか、見つけられぬでありましょう。場合によっては、老人でも構わず使役する輩がおるやもしれず、その場合は領民に苦労をかける事になりますが。戦に臨むにあたって、可能な限りの撫民は成し終えたもの、と思っております。」

「そうか。ま、大軍を引き付けての籠城戦じゃから、軍政の部隊も大量の糧秣を必要とするわけじゃ。付近の集落に徴発部隊が跳梁(ちょうりょう)する事態は、避けられん。といって、集落も、完全に無人にしてしまっては、戦が終わった後にも、使い物にならなくなってしまうからの。老人達に残ってもらって、徴発部隊が来た際には、食料と若者は『カフウッド』に連れて行かれもう何も残っておりません、と言ってもらうのが、集落を維持しつつ掠奪を逃れる、最も確実な方法だ。」

「ええ、『ティンボイル』による領有期間に続き、集落の老人達には辛い思をさせ通しですが、その領民達から嘆願のあった戦いですからな、致し方有りません。なに、老人達の士気は高いですぞ。少々の労役なぞ耐え抜いて、必ず『カフウッド』の勝利まで集落を守り抜いて見せる、と意気込んでおります。」

「集落に居残ったじいさん達が労役を課されそうになったらよう、『ファング』根拠地に知らせてみると良いぜ。タイミング良く徴発部隊が、やたらと強力な盗賊に襲われて追い返される事に、なるかもしれねえからな。」

「ほう、そうか」

 口を挟んだカイクハルドを、満面の笑みでプラタープは振り返った。「そういう使い方もできるのか、『ファング』は。盗賊という名目のおぬしの仲間が、わしの集落に悪さをする軍政の部隊を、蹴散らしてくれるのか。」

「やるのは、『ファング-0(ゼロ)』じゃねえぜ。俺達は、あんたに付いて遠征しなきゃいけねえからな。だが、他の『ファング』も、徴発目的の小規模な部隊を蹴散らすくらいなら、何とかこなすだろう。」

「そうかそうか、あっはっは。」

「兄上、呑気に笑っておられますが、『ファング』というものの規模や能力が、私には恐ろしくなって来ましたぞ。我等の撫民の為に貸し与えてくれた設備といい、軍政の徴発部隊を蹴散らせるという戦力といい、尋常ではありません。」

「ああ、わしも同感じゃ。特に、根拠地とやらを見て来た今は、それを強く実感しておる。じゃが、まあ、とりあえずは味方と考えて良いようじゃからな、深く考えるのはよそう。それよりも、進撃の戦力の方も、整っておるのかのう?」

「ええ。およそ5千の軍勢が、いつでも進撃できる態勢で、兄上の号令を待ちわびておりまする。」

「ほう!5千とな。」

 プラタープは驚いて見せたが、カイクハルドも驚いた。

「2千人くらいしか、手元に兵はいなかったんじゃねえのか?兄貴と弟に、それぞれ千の手勢があるだけだ、と俺は理解してたがな。」

「その通り。2千しかおらぬ。」

 手兵の少なさを、なぜか誇らしげに告げるクンワール。「直接配下に置いている手勢は、私も兄上も、およそ千人だけだ。が、『ビータバレ』や『ティンボイル』を追い払った戦果を聞いて、多くの弱小軍閥や連邦支部の者達が、我等のもとに馳せ参じおった。その他に『アウトサイダー』である傭兵共もかなりの数だ。これまでも雇って欲しいと申し出る傭兵等は、ちらほらいたが、『ビータバレ』を追い払って以来、俄然、増えたのだ。兄上の手勢の半数をこの『バーニークリフ』に残して行っても、進撃部隊に5千の兵を確保できるほどに、軍勢は膨れておる。」

「何だと?『ビータバレ』とはただの空砲戦だったのに、それを見て『カフウッド』のもとに馳せ参じる輩が、そんなに大勢いたって言うのか?それに、『ティンボイル』を倒したのは、俺達『ファング』じゃねえか。手柄の横取りだぜ、それ。」

「それはそうだ。」

 プラタープも、満足気に口を差し挟んで来る。「傍目(はため)で見れば、今や『ファング』も、『カフウッド』の手勢と考えられて当然だ。『ファング』の手柄は全て、『カフウッド』ファミリーの手柄になるのが自然じゃわい。傭兵として、わしに雇われておるのじゃからの。まあ、ウチの領民の娘っ子達を散々楽しんだのじゃから、それくらいは辛抱してもらおうかの。」

「連邦支部という奴等が大勢、助太刀を申し出て来たのにはいささか憤慨を覚えましたが、兄上の言い付け通り来る者は拒まず、全て軍勢に加えております。」

「そうか。やっぱり連邦支部も、沢山寄って来るわな。」

 プラタープを差し置いて、納得顔のカイクハルドが頷く。「ほとんど、いや、全部“似非支部”だろうな。『カフウッド』ファミリーの世直し活動に貢献する、とか何とか言っておいて、戦場泥棒かそれに類する所業での大儲けの機会を、伺ってんだろうな。戦力にはならねえだろうぜ、そいつらは。本格的な戦闘になったら、半分から、場合によっちゃ8割は、逃げ出すだろうぜ。」

「うむうむ。分かっておる。連邦支部の看板を掲げておる戦場泥棒もいる一方で、身分を偽る知恵も無いような、丸出しの戦場泥棒も、大勢おるじゃろう?クンワールよ。本格的な戦闘で戦力になる事など、全くあてにはしておらんよ。」

「そうですね、兄上。ロクに武装も無い宇宙艇やシャトルで馳せ参じておる者共も、半数近くおりますし、武装を持っておるといっても、相当に旧式のものがほとんどです。統率なども当然とれておりませぬし、危険を犯す覚悟などもさらさら無い、といった連中でしょう。」

「うむ。じゃが、今回の進撃に関して言えば、派手さが肝要じゃ。できるだけ多くの兵を引き連れて、可能な限り目立つ動きをせねば、軍政の大部隊を誘き寄せられぬ。」

「つまりは、宇宙のちんどん屋みてえなもんだな。派手に騒いで、せいぜい目立って、なるべく多くの軍政部隊って客を、招き寄せなきゃいけねえんだよな。」

「そういうことじゃ。取りあえずは、少なくとも『レドパイネ』ファミリーに『シックエブ』への進撃を決意させるくらいの軍勢を、『バーニークリフ』と、そして『ギガファスト』に引き付けるのじゃ。そしてそ奴らに、軍政中枢を震え上がらせるほど盛大な損害を、与えて見せねばならぬ。そこから先の事は、もうわしは、考えぬ事にするからな。」

 そう言ったプラタープは、カイクハルドをじっと見つめる。言外の想いを、これでもかと詰め込んだ視線だ。

「で、軍政の方の動きは、どうなんだ?」

 プラタープの視線から逃れるように、カイクハルドはクンワールに問いかけた。

「ようやく『シックエブ』近傍の軍閥を掻き集め、『カウスナ』領域へ向けての進軍を開始した、というところだ。間もなく『シェルデフカ』領域への侵入と、そこでの集結が完了するだろう。10個ほどのファミリーが、10万程の兵力を引き連れている、と偵察に放ってある無人探査機からのデーターを解析した結果、判明している。」

「10万か。敵さんも、弱小軍閥や連邦支部や、『アウトサイダー』の傭兵をごちゃ混ぜにした助太刀の勢力で、膨れ上がっているんだろうな。」

「うむ。軍政が派遣して来た10のファミリーの直属の部隊だけなら、恐らく5万もおらぬだろう。半分以上は、俄かに馳せ参じた助太刀の軍勢だ。こちら同様、戦力にならん兵力だろうな。」

「しかし、征伐部隊の直属の兵力だけでも、こちらの全兵力の10倍だぜ。しかも、こいつらに勝つだけじゃ話にならん。『シックエブ』の背後に控えている軍事政権の本拠地、宇宙要塞『エッジャウス』からの大部隊をも引き付けなきゃ、軍政打倒には繋がらない。つまりは、この10万くらいは、要塞に誘き寄せるまでもなく蹴散らさなきゃ、話にならねえってわけだ。出来るのか?旦那よう。」

「それができぬ、と思うなら、最初から軍政打倒の挙兵などするか。とにかく、出発するかのう、『シックエブ』へ向かうふりをする、遠征に。」

 落ち着いた雰囲気の中にも、静かな(ほむら)をプラタープは垣間見せている。ジジイの風貌に閉じ込められた闘将が、勇躍の時を待ち構えている。

今回の投稿は、ここまでです。次回の投稿は'18/7/7 です。

執筆している作者にも、"老人虐待"という言葉が脳裏に浮かんでいました。プラタープのやり方は、老人虐待と言われても仕方のないものでしょう。とはいえ、働き盛りの若者を集落に残しておいたら、連れ去られて働かされるか、兵にさせられるか、という可能性が高いので、こうせざるを得ませんでした。現実世界でも戦争では、武器を持ってぶつかりあう兵達以上に、部隊の進軍途上に住んでいる人々にこそ、深刻な悲劇が起こりがちでしょう。老人虐待ではあっても、若者は安全なところに避難させるしか、ないかな、と。領民から軍政打倒の要望があったとかなんとか、正当化していますが、やはり戦争を起こし、領民を巻き込むプラタープの所業は、どう取り繕っても"善"には成り得ません。戦争は、やってしまえば百パーセント"悪"でしかないですね。現実世界で、そんな事態にならないことを祈るばかりです。その分、架空の世界で目いっぱいドンパチを楽しんでしまおう、という魂胆。そんな場面も間近に迫っています。というわけで、

次回 第24話 ビルキースの諜報 です。

突如、初めて見る固有名詞がタイトルとなってます。が、この名前は、是非覚えて頂きたいです。実のところ、準主役級、かもしれません。20倍の戦力の接近を知りつつ、遠征を敢行する「カフウッド」兄弟も含め、ご注目頂きたいです。

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