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銀河戦國史 (アウター“ファング” 閃く)  作者: 歳越 宇宙 (ときごえ そら)
第2章 準備
23/93

第21話 名将の来訪

 根拠地からの出発が数時間後に迫った頃、

「やあ、カイクハルド。これが『ファング』の根拠地か。訪問させてもらって、光栄に思うぞお。わはは」

と陽気な声で彼のもとに姿を見せた、髭もじゃで痩身の小男が言った。プラタープ・カフウッドだった。「シュヴァルツヴァール」の航宙指揮室で、トゥグルクと航宙プランの打ち合わせをしている時だった。

 無重力だった。根拠地の回転中心に停泊している、母艦の中だから。

「おぬしの部下の案内で、色々と見せてもらったぞい。無論、見せられる部分だけを選んだのじゃろうが、興味深かったぞ。」

「そうか。見て面白いようなもん、あったっけな?」

と、挨拶を返しもせず、不愛想にカイクハルドは応じた。

「何より、かつての領民が元気にやっておるのを見られて、嬉しかったぞ。わしらが不甲斐ないばかりに、苦労をかけた者達だ。ここにも色々事情はあるだろうが、できるだけ、幸せな暮らしをさせてやって欲しいぞ。なあ、カイクハルド。」

「盗賊団に、連れ去った人間を幸せにしてくれ、って言ってる事が滅茶苦茶だろう。」

「ほう?滅茶苦茶なのは、『ファング』の方じゃと思うがのう。わははは」

 許しも請わずプラタープは、カイクハルドの隣に座を占める。無重力だから、座るというよりはシートに身体を固定しただけだ。

 今までカイクハルドと話しをしていたトゥグルクは、彼からずっと離れた席に移動し、そこに身体を固定した。例の、トゥグルクのお気に入りの少女が、その膝の上に尻を乗せた。楽し気な笑顔を、禿げ頭のトゥグルクと交わし合っている。恥ずかしそうに佇んでいた以前とは、見違えるようだ。服装は、以前と同じようなものだが。

「元領民達の顔も、皆、活き活きとした良い色だったぞ。」

 プラタープは陽気に話し続けた。「盗賊団にさらわれた女達があんな顔しておる事が、既に『ファング』の滅茶苦茶の加減を物語っておる、と言って良いのではないか?」

「俺達が連れ去って来たんじゃねえ。連れ去られそうなところを、横取りしただけだ。前にも言っただろう。」

「同じ事じゃわい。故郷や、親兄弟からは、引き離されておるのじゃから。男共も、資源採集やパイロットとしての訓練に駆り出されているようじゃが、女達の話を聞く分には、元気にやっとるようじゃないか。時々は根拠地に帰って来て、力仕事などをやってくれるとも、言っておった。」

「ここの運営は、俺の管轄外だ。知らねえよ。」

 (うそぶ)くカイクハルド。「それより、『ビータバレ』は、首尾よく撤退できそうなのか?『シックエブ』に、疑われたり(とが)められたりせずによ。」

「ああ。何の障害も無く、意気揚々と引き揚げ作業に入っておる。代わりの征伐部隊も、直ぐにやって来る、というわけじゃないようじゃから、こちらから進撃する隙は、十分に出来そうじゃ。」

「そういう事なら、『ビータバレ』の撤退を確認し次第、進軍だな。早いとこ、『バーニークリフ』に戻らねえと。」

 話し込んでいる間にも、「シュヴァルツヴァール」や戦闘艇のメンテナンスの終わっていた彼等は、根拠地を後にした。プラタープ・カフウッドも、「シュヴァルツヴァール」で送り帰す事になった。

 プラタープには、男専用エリアに部屋をあてがわれた。無論、女専用エリアに繋がる扉は無い。完全に隔離されている。彼にどこまで見せて良いものか、カイクハルドは未だ決めかねてはいたが、とりあえずその部屋と航宙指揮室が、プラタープの母艦内での居場所という事になった。

「凄い船だの。この航宙指揮室のディスプレイの表示を見るだけでも、コイツの性能の高さが分かるぞい。でかさといい、供される食事といい、帝政貴族でも軍閥エリートでも、これだけの空母は、誰も持っておるまい。」

 許された範囲で「シュヴァルツヴァール」を見て回った後、プラタープは再び、航宙指揮室でカイクハルドと向かい合った。

「そうなのか?貴族や軍閥がどんな船を持っているかなんて、俺は知らねえかあらな。」

「嘘を付け。元領民達の話でも、『ファング』は帝政や軍政や支部に、大量のスパイを送り込んでおるらしいではないか。それらの所領の民とも繋がりがあるし、集落が丸ごと一つ、『ファング』の出先機関となっているものもある、とも聞いたぞ。」

「ちぇっ、そんな事、ぺらぺらと喋られちまうなら、会わせるんじゃ無かったな、元領民なんぞに。」

「わしらと領民の絆を、甘く見おったのう。皆、積極的に、色々と教えてくれたわ。聞けば聞くほど、『ファング』というものが恐ろしくなったぞ。その規模といい、最新鋭の設備といい、そこに属する者達の繋がりの強さといい、想像以上じゃったぞ。」

「そうか?俺は、配下の百人のパイロット以外の事は、把握してねえんでな。」

「じゃから、嘘を付くなと言うに。その気になれば、軍閥ファミリーの1つや2つより、遥かに大規模な軍を組織し得るのではないかの?」

「できるわけねえだろう。『グレイガルディア』中に散らばってんだぜ、『ファング』の勢力は。そしてそれぞれが、独自に動いている。誰も、全体を統率なんてしてねえし、できねえ。個別の連携はあっても、全体の統制はねえ組織なんだ。」

「何とか、ならんもんなんかのう。サンジャヤ・ハロフィルドも、『ファング』の規模や『グレイガルディア』全域への浸透度や、その装備の最新鋭な所に、多大な期待を持っておったと思うぞ。」

「なんで俺達が、あんなキザで青二才な御曹司の期待に、応えてやんなきゃいけねえんだ。お門違いだろ、帝政貴族が、皇帝親政の復活に関して、『アウトサイダー』の『ファング』に期待するなんざ。」

「皇帝陛下の御世(みよ)になれば、『アウトサイダー』達の暮らしぶりも、少しは良くなるとは思わんか?」

「思うかよ。その皇帝が親政をやってた時代ですら、統治から零れ落ちて『アウトサイダー』に身を(やつ)す人間は、続出してたんだぜ。圧政に耐え兼ねた領民が逃散したり、疫病や災害で集落が崩壊したりするし、それに対して、歴代皇帝の多くは無策だったんだぜ。」

「そうかの。わしの軍閥が受け継いでる伝承や、領民達から聞く昔話でも、良き皇帝は大勢いて、その恩恵で多くの民が幸せを教授してきたのだ、と思えるのだがのう。」

「それは、歴代皇帝の何人かが、特定の宙域にだけには、善政を施したからだ。その特定の宙域には、良い伝承が残るだろう。けど、歴代には愚帝暗君が目白押しだし、賢帝名君とか言われてる奴も、『グレイガルディア』の中の一部にしか、目は届いていなかった。それこそ、盗賊団兼傭兵団である、俺達『ファング』の方がマシな程にな。」

「そうか。そんなに皇帝一族を信用できぬか。お前達『ファング』が帝政を信じ、手を貸してくれれば、『グレイガルディア』を良くして行ける、とわしは信じておるのじゃがのう。お前達の組織力や技術力を、少し皇帝陛下に授けて差し上げれば。」

「馬鹿野郎。『ファング』の能力が帝政貴族に知れ渡っちまえば、それを奴等が、私腹を肥やす為だけに悪用するに決まってるだろう。資源採取や生産設備のスペックを知れば、それで産出可能なギリギリの量までの税を領民に課して、根こそぎ持って行くだろうし、領民の指導も監督もちゃんとやらねえから、設備の性能をフルに発揮させる事もできねえだろう。フルに発揮させられねえのに、フルに発揮できた場合の生産高で税を徴収して、結果、領民は飢えに苦しむしか無くなる、って悪循環に陥るのが目に見えてる。それが帝政貴族ってもんだし、その親玉が皇帝だ。」

「そうなのか。お前達『ファング』は、『グレイガルディア』の歴史に関しても、えらく広範で詳細に知っておるようじゃの。わしらが聞かされて来た歴史とは、だいぶ違うようじゃ。まあ、わしの知識は、帝政貴族経由のものじゃから、そうなるのも仕方ないか。おぬしらは、やはり連邦支部から歴史を学んだのか?」

「それは、言えねえな。『ファング』の能力や知識の源泉は教えられねえし、誰かに授けるわけにもいかねえ。俺達で独占し、俺達が使う。」

「なるほど、のう。いずれにせよお前達は、帝政は、やはり信用できぬか。しかし、帝政を信用せぬとして、どうすれば、『グレイガルディア』は治まるのだ?」

「そんな事を、盗賊兼傭兵に聞くんじゃねえよ。まあ、でも、今の軍政よりは帝政の方がマシだ、とは思ってる。軍事政権なんぞ、元々、戦争しかできねえ奴の集まりだ。武力で脅して、集落から収穫を巻き上げてた奴等が、帝政の出来の悪さに付け込んで、統治権を簒奪(さんだつ)しただけだ。何十年か前までは、軍政でも少しはまともな統治者が何人か続いたようだが、そいつらですら、帝政の一番良く出来てた皇帝よりは劣るだろうし、今の統治者であるアクバル・ノースラインやその家宰であるファル・ファリッジと来れば、もう、最悪の極致だ。」

「そういうわけで、軍政打倒には手を貸すというわけじゃな?」

「ああ?それも、あんた達が、勝てそうならって話だぜ。そういう戦いを、あんたが見せられねえようなら、『ファング』は軍政に付くぜ。軍政の為に闘って、報酬をがっぽりもらって、てめえらだけで楽しく暮らすさ。それが、盗賊兼傭兵ってもんだ。」

 「シュヴァルツヴァール」の航宙指揮室で、そんな会話が高じている間に、彼等は超光速の旅を終えていた。タキオントンネルの中でも、船内に重力は生じていた。加速時は後ろが、減速時は前が“下”になるが、指揮室自体が回転することで、その中の人間にとっての上下は反転しなかった。ただ、減速行程に移行する時に、数秒の無重力状態が発生するのだが。


 タキオントンネルを出て直ぐに、SOS信号を「シュヴァルツヴァール」は受信した。「カフウッド」の領民の宇宙船が、盗賊に襲われているらしい。

「頼む、カイクハルド、助けてやってくれ。」

「言われんでも、行くがな。女を連れてたら、助けた礼として、囲うがな。」

 自室のベッドの上で面倒くさそうに、通信機越しのプラタープに応じた後、カイクハルドはさっそく準備に取り掛かる。盗賊に襲われる領民の救助、という彼等には珍しくも面白くも無い、適当にやるような、言わば、やっつけ仕事だ。

「出撃ですか?」

とラーニーは、そんなやっつけ仕事へも心配顔で見送る。

(何なんだ?あれは)

と、内心毒突くカイクハルド。怖いわけもない仕事が、怖いように思えて来る。(俺達の腕前を、低く見積もりすぎだぜ、あいつ。馬鹿にしやがって。)

「おい、カイクハルド」

 出撃したらしたで、今度はヴァルダナが、重い声色で話しかけて来る。「なんでナワープは、たかが盗賊を追い払うだけの出撃で、あんな心配そうな顔するんだ。」

「お前の戦闘の腕前が、下手糞だと思われてるんだよ。」

「なにぃっ!そういう事なのか。馬鹿にしやがってっ、ナワープの奴っ。」

 獅子は兎を狩るにも全力を尽くす、と言うが今回の彼等は、女に馬鹿にされた悔しさのせいか、残酷なほどの全力の尽くしようだった。性能の遥かに劣る盗賊の戦闘艇に、一度に10本くらいのレーザーを突き刺して仕留めた。

 こちらより数も少ない敵の、一番手前にいた1隻に、1個単位が連携攻撃を仕掛けた事も、そんな結果になった理由だ。数が多くても少なくても、敵の性能が優れていても劣っていても、彼等は、連携攻撃で1隻ずつ仕留めるのを基本とする。

 盗賊は、あっさりと全滅した。生かしておけば、また誰かを襲うだろう。「ファング」は、執拗なまでに全滅にこだわった。逃亡を企てる者も、どこまでも追いかけて仕留めた。命乞いにも、情けはかけなかった。年端もいかぬ若者がパイロットと知っても、躊躇なく血祭りに上げた。徹底した、殺戮者だった。

「ふんっっ!これであいつも、少しは俺を見直すだろう。」

 鼻息も荒く、ヴァルダナが叫んだ。

「何の話だ?ナワープが、お前の戦闘の腕前を、見直すって事か?」

 カイクハルドが、嘲笑まじりに応じた。

「そうだよ。俺が、盗賊ごときにおくれを取るような腕だ、と思いやがって、あいつ。」

「馬鹿だな、お前、ははは。実際の戦闘を見て、腕前を判断するわけあるか。女共がよ。」

 戦闘前の、自分自身の憤りや発言を棚に上げて、カイクハルドはヴァルダナを笑う。

「じゃあなんで、俺が盗賊なんぞにやられる心配なんかするんだ?」

「女の直感って奴だろ。理屈じゃねえんだよ、あいつらの判断はよ。」

「なんだそれ。じゃあ、勝ってもしょうがねえのか。」

 まくしたてていたヴァルダナが、急に声を落す。「トーペーはあいつに、こういう心配は、させなかったのかな?」

「知るかよ。トーペーの出撃を見送るナワープなんぞ、見た事ねえからな。」

「そうなのか。まあ、そうだよな。・・トーペーは、そんな事言ってなかったのか?」

「あ?何を?ナワープが心配して困る、って事をか?」

「あ・・ああ」

「いや、聞いたことねえな。」

 少し沈黙。そして、ヴァルダナが、静かな声で通信機を満たす。

「トーペーは、ナワープに付いて、普段、どんなことを言ってたんだ?」

「何だよヴァルダナ」

 カビルが割り込む。「お前とナワープは、また新たな局面を迎えたみてえだな。」

「なんだよ?新たな局面って。そんなんじゃねえよ。」

 ムキになって否定する、ヴァルダナ。

「いやいや。トーペーのナワープに関する発言なんて、お前、今まで、気にした事無かったじゃねえか。それを質問し始めたってのは、何か、新たな兆候だぜ。」

「何だよ、それ。知るか。ふざけるな。」

「可愛い可愛いって、そんなんばっかり、言ってやがったかな。褒め千切ってた印象しかねえなあ。」

 カビルの事は無視した、カイクハルドの答えだ。

「そう・・なのか。ダメだな、俺。すぐ、ムッとする。トーペーみたいに、思えない。」

「そりゃそうだろ。何年も連れ添った同年代の男女と、知り合ったばかりの、倍も歳の違うお前らだぜ。同じようには、行くか。」

 落ち着いて答えるカイクハルドに比して、カビルは、やかましかった。

「何だって?お前、ムッとしてんのか?ナワープに。ははは、おもしれえ。」

「うるさい!・・む、ムッと、しちまうんだよ。優しくされてるって思っても、心配されてるって思っても、飯とか、作ってもらっても、なぜだか・・」

「手込めにされても、ムッとすんのか?」

「それが一番・・・って、何を言わせるんだ。馬鹿野郎、カビル!」

「あーっははははぁっ、年増女に、手込めにされて、ムッとしてんのか!お前、ヴァルダナ!こいつは良い、あははははあ」

 カビルの馬鹿笑いの間にも、襲われていた輸送船への処理は進む。プラタープ・カフウッドがどうしてもというので、助けた輸送船に、彼を連れて行く事になった。カイクハルドも、同行せざるを得ない。

「こ、これは、領主様。プラタープ様・・」

 突如の領主の登場に唖然とする領民達へと、プラタープは漂い寄った。輸送船の中は無重力だ。

「何故、非武装の輸送船だけで、こんな宙域を飛び回っておるのじゃ。無闇に隠し集落から出るな、と厳しく申し付けておったであろう。しかもこんな、どこに敵がおってもおかしくない宙域を。」

「も、申し訳ありません、領主様。お言い付けを、守りませんで。思いのほか多くの生産品が完成しましたので、これから戦いに臨まれる領主様に、ぜひともお届けに上がりたいと存じまして・・。」

「何?わしの所に、生産品を届けようと?」

「はい、これから、長期の籠城戦を戦い抜こうと御決意の領主様ですから、糧秣はいくらでも必要かと。」

「まあ・・確かに・・そうなのじゃが・・」

 そう言われると、プラタープも領民の命令違反に、強く苦言は述べられなかった。

「領主様の為を思ってやった所業ですが、返ってご迷惑を・・申し訳もありません。」

 領民も、しきりに反省している。「お手数をおかけして、何ともお詫びの仕様もありません。助けて頂き、本当にありがとうございました。領主様。」

「いや、おい、ちょっと待って」

 割って入ったのは、カイクハルドだ。「助けたのは『ファング』だぜ。で、俺達は慈善団体でも何でもなく、盗賊兼傭兵だ。助けたからには、報酬を頂くぜ。もしくは、掠奪させてもらう。」

「う・・」

 言葉に詰まる、領民。

「言い付けを守らんかった報いじゃ、多少の事は、我慢してもらおう。」

 プラタープも、苦渋の表情で領民を諭した。「なに、それほど悪い扱いは、されんようじゃて。」

 領主の言葉もあって、領民達は連れて来ていた女達を、文句を言わず差し出した。元々、プラタープの兵達の伽役(とぎやく)に献上するつもりの女達だったので、相手が「カフウッド」軍の兵から「ファング」のパイロットに変わっただけだった。やる事は、それほど変わらない。

 カイクハルドも、覚悟していたより早い段階で1人、囲う女をゲットできた。報酬は数人の女達だけ、という事にして、輸送船にいた他の人間と積荷は、「ファング」に修理された輸送船で「バーニークリフ」に向かう事になった。もう、2日程の通常航行だけでたどり着ける距離だ。「シュヴァルツヴァール」と併進する。

 ゲットした女を、自室に連れて行ったカイクハルドだったが、無理矢理寝室に連れ込む、とか、ねちねち口説く、という事を彼はやらなかった。

「おい、新入りだぞ。」

と言って、とりあえずラーニーに身柄を預けた。壊れ物にでも触れるように、ラーニーはその新入りの女-ペクダを、女達専用エリアへと連れて行った。年下のはずのラーニーが、ずいぶん幼く見えるペクダの背中を、包み込むように撫でていた。

 カイクハルドはそのまま何もしなかったが、丸一日も経った頃、航宙指揮室での打ち合わせなどを終えて自室に戻った時、彼は、寝室のベッドにちょこんと座るペクダを見つけた。

 ふわりと肩にかかるペクダの髪を見て、1日前の彼女が幼く見えていたのは、髪が硬く小さく後頭部で結ばれていたせいか、と妙に感心したのだった。そして、長い髪を解放して年相応の色香を放つに至った、彼女の視線を心地よく受け止めながら、カイクハルドはベッドにダイブした。


 女専用エリアでペクダは、「シュヴァルツヴァール」に囲われている女達と対面したことだろう。女専用エリアには、囲われている女達が集まって来る。時によっては、エリア内のラウンジで、女達全員が参加しての会合やイベントが催される事もある、と言う。

 そこでの情報交換とは、凄まじいものがあるようだ。女達の集う場所での情報交換の質と量は、男の想像を遥かに凌駕するものがある。少し前までここで囲われていたウダイプリーやマリヤム由来のものも、その情報交換の只中にあった。以前に彼女達から話を聞いた事のある女の何人かは、未だに「シュヴァルツヴァール」の住人だから。

 寝室でのカイクハルドの振る舞いも、余すところなくペクダに伝わっただろう。パイロット達の勇猛な戦いが、どれ程ここでの生活に欠かせないものかも、彼がいかに有能なリーダーとして「ファング」を率いているかも、その他の彼の人となりや長所短所等も、聞かされただろう。

 食料の管理が女達の手にあり、男達の胃袋を握るチャンスがある事も、身籠れば根拠地で降ろされる事も、根拠地での生活の状況も、瞬く間にペクダの知るところとなったはずだ。

 根拠地で子を産み育てた経験のある者も、何人かがそこにいたし、「シュヴァルツヴァール」で身籠り、根拠地で生み育てるというのを、数回に渡って繰り返している強者(つわもの)リピーターもいる。

 ペクダが具体的に、どんな話を聞き、どういう言葉に心を動かされ、何を期待し、何を諦めるに至ったか、詳細には分からないが、女共との壮絶な情報交換の結果として、彼女は自ら、カイクハルドの寝室で彼を待ち構える、という行動を選択したのだった。そして、たいていの場合は、こうなるのだった。

 カイクハルドは、寝室に誰か居れば、そいつを相手にするし、いなければ、一人で寝る。最強の戦闘艇団「ファング」のかしらとして獅子奮迅の活躍をする男は、この点に関して、あまり主体性が無かった。囲った女に対して、命じるとか、迫るとか、口説くとか、滅多にしなかった。が、2・3人囲っておけば、たいていいつでも誰かが寝室で待っている、という感じになった。

 ちなみに、ラーニーは寝室への立ち入りが許されておらず、入れば、腕輪の電流を食らう事になる。

 カイクハルドを驚かせたことに、ヴァルダナも、女を1人要求していた。戦闘の成績でいえば文句なく1人ゲットできる状況だが、これまで女を囲うつもりなど無い、と言い張っていた彼が、一転して女を求めたのだ。

「あ・・いや・・その、ナワープが、連れ・・て来いって・・、なんか、その、囲われてるのが、自分ひとりじゃ寂しい、とか、何とか・・よく分からないけど、そんなような話を・・・ナワープが、だぞ、本当だぞ、ほ、本当に、な、ナワープが言ったんだぞ、その・・ナワープが、別に、俺・・が、囲いたいわけじゃないんだぞ、あの、その、な、ナワープが・・ナワープに・・ナワープの・・」

 誰に何を言い訳しているのか、彼はそんな長いセリフを散々吐いた上で、彼と同年代くらいの少女を1人選び出し、大事そうに連れて行った。


「それにしても、あんたの所の領民の皇帝贔屓(びいき)は大したものだな。どいつもこいつも口をそろえて、涙ながらに、帝政復活やその為の軍政打倒を訴えやがる。寝物語にまでそれを呟かれた時には、さすがにうんざりしたぜ。」

 ペクダとの一夜を思い起こしながら、カイクハルドはプラタープに話しかけた。「シュヴァルツヴァール」の航宙指揮室での事だ。もう「バーニークリフ」は目前に迫っており、彼等は減速による重力で、床に押し付けられている。

「それはそうだ」

 満足気に、力強く言い切るプラタープ。「彼等の生活の場である惑星軌道上建造物も、ガス惑星から資源を採取する長楕円軌道人工衛星も、その資源から生物経路食材を生産するのに使う遺伝子や遺伝情報も、全て皇帝一族によりもたらされたものじゃからな。領民は日々の生活の節々(ふしぶし)で、皇帝陛下の慈愛や威光を噛みしめておる。」

「うむ、それは当然だ。皇帝陛下あってこそ、『グレイガルディア』は存在できるのだ。」

 プラタープに追従したのは、元帝政貴族の第2戦隊隊長ドゥンドゥーだった。「我々帝政貴族が、その皇帝陛下の威光を損ねるような悪行を重ねた故、軍事政権に統治権を奪われる醜態を曝すに至ったが、皇帝一族は常に、『グレイガルディア』の全ての民の為にお働きあそばされて来た。」

 帝政貴族の腐敗に嫌気が差してそこを飛び出し、「ファング」に加わるに至ったドゥンドゥーだったが、皇帝への敬愛の念は依然として強い。帝政復活の為に闘おうとしているプラタープへも、尊敬の想いが強かった。

 プラタープが「シュヴァルツヴァール」に乗艦してから、ドゥンドゥーはプラタープに貼り付きっぱなしだ。航宙指揮室でのカイクハルドとの会話に割り込んで来るのも、偶然では無かった。

「軍事政権配下の軍閥の領民の中にも、皇帝陛下への敬愛を留めておる者達は大勢おるのじゃ。やはり、この『グレイガルディア』において、最も強い権威を備えておられるのは、皇帝一族だと思うぞ。」

「ええ、そうですね、プラタープ殿。私もそう思う。かしら、あんたは、皇帝は信用できないと言うし、確かに歴代には愚帝暗君も沢山いた。その周囲を固める醜悪な貴族共の存在もあって、帝政には期待できない気持ちも分かる。しかし、誰かが国をまとめ上げねば『グレイガルディア』に平穏は無く、『グレイガルディア』で最も尊敬を集めているのが皇帝一族である以上、やはり、皇帝の統治に期待するしかないように、私には思える。不安や不満を、抱きつつであったとしても。」

 ドゥンドゥーは考え考え、自分の想いを確かめるように語った。

「確かに、皇帝自身が阿呆だろうが自己中心的だろうが、民衆の多くが心を寄せられるのが皇帝なのだったら、皇帝を中心に据えた統治を志向するしか、ねえのかもな。国には、どうしてもリーダは必要だし、リーダーを務めるには、民衆に心を寄せてもらわにゃ、話にならねえからな。」

と、プラタープやドゥンドゥーを満足気に頷かせる発言をしておいて、「だが、やはり皇帝親政になれば、帝政貴族による専横は免れねえだろう。俺達『ファング』はその腐敗貴族共を、襲って殺して奪って犯す日々を、迎えるだろうなあ。領民に重税を課し、搾取の限りを尽くして肥え太った貴族共の(はらわた)を、『ファング』がざっくりと(えぐ)り出してやる時代が来るんだろうぜ。」

 プラタープもドゥンドゥーも、一気に表情が暗くなる。

今回の投稿は、ここまでです。次回の投稿は、'18/6/23 です。

同じようなことを繰り返し書いていて、「ちょっとしつこいかな・・」と思いながらも、どうしても抑えておいて欲しい事柄なので、書いてしまいました。皇帝親政には期待はしてないけども、軍政よりはマシだと思うから、その為に命懸けで戦う、という「ファング」の状況を分かって頂きたいという事です。立派な根拠地があって最新鋭の戦力を誇る「ファング」ですが、結構苦しい境遇だともいえる、って事も感じて欲しいところです。そしてそれは、架空の世界の中だけではないかもしれません。期待できない候補者ばかりの中から、それでも国や組織の指導者を選ばなければいけない状況は、古今東西、普遍的に存在するものでしょう。候補者の人物や人柄は好きになれないし、候補者の掲げる意見や政策にも納得がいかない場合でも、国や組織にはどうしてもリーダーが必要だから、周りの多くの人が比較的好感を抱いていそうだ、という消極的で頼りない理由だけで、どれかの候補者に投票する、なんて事もあるかもしれません。命までは懸けなくていい分、「ファング」よりは現代の現実の我々の方が、恵まれているでしょうか?もうじき派手でエキサイティンングな戦闘シーンも登場させるつもりですが、以上のような事を頭の片隅に置きつつ読み進めて頂ければ、作者としては嬉しいです。というわけで、

次回 第22話 サンジャヤリスト です。

サンジャヤ・ハロフィルドと彼の作った「サンジャヤリスト」は、ご記憶頂いていますでしょうか?今後もちょくちょく出てくる名称ですし、ラーニーとカイクハルドの関係性や、彼らのお互いへの想いを考える上で、必要になってくる名称でもあります。それから、次回登場する名前の中にも、ご記憶頂きたいものがいくつかあります。以降も繰り返し登場するので、次回だけで覚える必要はありませんが、いずれは覚えて頂きたい名前なのです。「グレイガルディア」全体の壮大な"うねり"も、それによって実感できるのではないでしょうか。宜しくお願い致します。


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