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銀河戦國史 (アウター“ファング” 閃く)  作者: 歳越 宇宙 (ときごえ そら)
第2章 準備
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第20話 根拠地の実情

「パイロットの替え弾も、揃ってるか?」

 カイクハルドは、続けて問う。

「うむ。訓練も処置も済んでる弾が、十分にストックできておる。」

 処置とは、骨格や循環器系等を人為的に強化する手術だ。人工臓器を埋め込む等をして、それは成される。「ファング」が独自に銀河連邦から仕入れた技術で、「グレイガルディア」では、彼らしか実用化できていない。「ファング」パイロットが、驚異的な身体能力を発揮する理由が、これだ。

「お前達『ファング-1』から『3』は、『カウスナ』領域の外縁に張り付いて、外から入って来る連中を狩って回る活動を、続けるつもりか?」

 カイクハルドは、質問の相手をジンに振り向けた。

「そうだな。盗賊だったり、『カフウッド』に雇われた傭兵だったり、と名目はころころと変えてるが、外から来た盗賊や似非支部や近隣軍閥の部隊などから、物資や女を掠奪する活動を、ずっと続けているぜ。」

 各「ファング」は、独自の判断で活動しており、互いを束縛する事は無い。敵対関係にある2つの勢力のそれぞれに、「ファング」が傭兵として雇われれば、「ファング」同士が戦場で向かい合う事態もあり得る。当然、事前に打ち合わせをして、余計な被害が出ないようには配慮するが。

 独自の判断、といっても各「ファング」と根拠地を存続させようとする目的には変わりがない。その目的を共有している限り、「ファング」同士が真剣に撃ち合う事など、あり得なかった。

「お前のとこの『0(ゼロ)』は、しばらくは『カフウッド』に傭兵として雇われて、『バーニークリフ』の防衛に手を貸すのか?」

 アルダンが、禿げ頭を突きつけるような姿勢で、カイクハルドに問いかけて来た。

「それだがな、カフウッドの旦那は、攻勢に出る構えだ、『シックエブ』に向けてな。」

「なんと、あの軍事政権の拠点である宇宙要塞『シックエブ』に、殴り込もうというのか?」

「いや、『シックエブ』にまで行く気はねえんだ。ただ、できるだけ大規模な軍勢を引き付けるには、一旦は進撃する構えを見せた方が良いって事で、恐らくは『カウスナ』領域の隣の『シェルデフカ』領域くらいまでになるだろうが、旦那は、進出する気構えだ。」

「そうか。じゃあ、俺達の『ファング-3』や、他の2つの『ファング』は、『シェルデフカ』領域との境界宙域では、あまり、うろつかねえようにした方が、良いだろうな。」

 ジンは、考える表情になる。

「そうだな。旦那の部隊に、戦場泥棒と間違われて蹴散らされたくなかったらな。」

「はは、俺達『ファング』が、まさか戦場泥棒に見えはしねえとは思うが、旦那のミサイルに追い回されるハメにはなりたくねえな。」

 それからしばらく、アルダンと「シュヴァルツヴァール」への補給や戦闘艇も含めたメンテナンスに付いて、詳細に打ち合わせた。というか、そちらが本題だ。ジンとも、今後の活動の見通しなどを意見交換しておく。それぞれが独自に動く各「ファング」だが、彼らの目的に対してできるだけ合理的に動けるように、意見交換は欠かせない。

 それを終えると、「シュヴァルツヴァール」への帰途に付く。カビルとヴァルダナも、それ以外のパイロット達も、同じタイミングで「シュヴァルツヴァール」を目指していた。

「いやあ、上玉をゲットできたぜ。有名連邦支部の、大幹部だった奴の娘なんだぜ。」

 お好みの、権力者の箱入り娘を得て、ホクホク顔のカビルが嬉しそうに語る。「俺達の活躍も、根拠地の中でずいぶん知れ渡ったから、乗艦希望の女は沢山いるみたいだな。おかげで、良いのが揃ってたぜ。」

 孕ませたり暇を出したりして「シュヴァルツヴァール」から降ろした分の女を、ここで調達するパイロットがいる。彼等の到着に先だって、乗艦希望者を募集したのだ。「シュヴァルツヴァール」で孕まされ、子を産み、子が巣立ち、それからまた「シュヴァルツヴァール」に戻って来る、というのを繰り返しているリピーター女もいる。

 自ら「シュヴァルツヴァール」で囲われたい、と願う女は、カビルの言うように多かったが、それを「ファング」の人気の為とするのは早計かもしれない。根拠地にいるより、一人の女が口にできる生物由来食材や生物経路食材は、「シュヴァルツヴァール」の中の方が多い。根拠地には「シュヴァルツヴァール」には無い食材が幾つかあるが、人口と貴重食材の種類や量のバランスで言えば、「シュヴァルツヴァール」の方が豊かな食生活を送れる。それを目当てにしている女も、少なくはないだろう。

「俺の分の女は、残りそうか?」

 カイクハルドが問う。かなり切羽詰まった目の色だ。

「絶対残らねえ。粒揃いだったからなあ。あの野獣共が見逃すはずがねえ。」

「いや、そこを、何とかしてくれよ。」

「そんな事、俺に言われても知るかよ。期限までに募集登録しねえから、そうなるんだろ。」

「しょうがねえだろ。ここに着く直前に、2人がいっぺんに孕んだんだぜ。1年も孕まなかった女と、ゲットして少ししか経ってねえ女が、1日の間に連続で、だぞ。あり得るか?そんな事。」

 悲壮感をすら、カイクハルドは漂わせている。

「状況には同情するがよ、どうしようもねえな。事前に募集登録された人数の女が集められて、それが粒揃いなんだ。一人残らず、(もら)い手が付くに決まってる。」

「ちくしょー」

「あはは、えらく、しょげかえってんな。そこ行くと、1人しか囲ってねえのに、1人も連れて行こうとしねえのも、いるしな。なあ、ヴァルダナ。」

「あ?別に、俺は、囲う女なんて・・」

「ナワープ1人居れば、十分ってか?」

「だ・・だから、違うって言ってんだろ!」

 そんな品のない会話で盛り上がりながら、彼等は母艦に戻る。

 ヴァルダナ達は、これ以降は「シュヴァルツヴァール」に缶詰になるが、カイクハルドはラーニーを伴ってまた根拠地に出向いた。というか、ヴァルダナが根拠地にいる間は、ラーニーを連れ出せなかった。ヴァルダナが「ファング」にいる事を、ナワープに知られない為に。

 ラーニーとは、生産設備などを見て回った。化学経路食材や生物経路食材の生産に、多くの住民が携わっている。ほとんどが、女だった。男は、多くがパイロットとして次々に散って行くし、遠くの集落に、技術支援などの為に移住して行く者も多い。根拠地に残るのは、自然と女が多くなる。

 そして多くの女が、背中に赤子を背負って働いていた。女の中でも、乳幼児を保育中の母親が、根拠地の中では大多数だ。子育てが終わった母親も、根拠地の外で活動する場合が多い。

 資源採取の為に、どれかの天体に張り付いて作業している者もいるし、宙域のどこかを飛び回って資源を掻き集める生活をしている者もいる、中には、帝政貴族や軍閥、その家宰で管理者をしている者などのもとに潜り込んで、下働き等をしている者もいる。妾や娼婦のような立場に収まっている女達もいる。彼等や彼女達は、「ファング」のスパイでもある。そこからもたらされる豊富な情報も、「ファング」の強さの一因となっていた。

 そんなわけで、根拠地の生産設備で頑張っているのは、赤子を背負った母親連中が多くを占めていた。仕事と言っても、肉体労働はほとんど無く、コンソールを前にした座席に着いての、機械のオペレートが大半だ。幾つかのディスプレイを睨みながら、適宜キーボード入力を行うような作業だ。

 泣きわめく赤子を、背中を揺らしてあやしながら、器用にキーボードを叩く。

「はいはい、よしよし・・」

 そんな声掛けの合間に、オペレーター同士での報告や連絡や相談が飛び交う。カイクハルドには、どの発言が赤子に向けられ、どの発言が同僚に向けられたものやら、よく分からないのだが、業務に支障は生じないらしい。彼女達は、当たり前のように業務をこなしている。

 薄いグレーの作業着は、色気も何もない服装だったが、それはそれで躍動的な魅力がある。女達を目に映すカイクハルドには、そんな風に感じられた。

「みなさん、立派に働いておられるのですね。お子様を育てながら。身のこなしにも自信が溢れていて、やりがいを感じて仕事に臨んでいるのが分かります。」

 食い入るように、彼女達の作業風景を見詰めながら、しみじみとした口調でラーニーは言った。

「親兄弟から引っぺがされ、故郷から力ずくで拉致されて来て、散々慰みものになって恥辱に塗れ、意に沿わず孕まされて母親になっちまった女達の、たくまし過ぎる成れの果てだ。むしろその事で怖いものなんて無くなって、無敵の様相すら漂わせてやがる。囲うまでは、男も偉そうに振る舞えるんだがな、孕んだ後は女の方が偉くなる、って感じがあるかもしれねえな。」

「ほら、そこのアンタ。ボーっと突っ立ってると、邪魔だよ。」

 一回りは年下と思われる赤子を背負った女に、カイクハルドは軽く蹴散らされた。その割に、カイクハルドの隣にいたラーニーには、ニッコリ笑顔で会釈して行く。不平等な扱いに不服そうな表情は浮かべても、カイクハルドは文句の一つも返せない。

「どこの根拠地でも、『ファング』では、女性が元気ですね。」

 笑顔の会釈に笑顔を返しながらの、ラーニーの感想だ。

「女への暴力は、銃殺だからな、『ファング』では。暴力さえ封じとけば、たいてい男が尻に敷かれるもんだ。食い物の管理も女に任せれば、胃袋も握られて男共は、手も足も口も出せなくなる。」

 そう説明するカイクハルドの横顔に、ラーニーは疑問の眼差しを投げかけた。

「なぜ、盗賊団兼傭兵団である『ファング』の根拠地で、それほどに女性を優遇しているのです。もっと男性の方々が、偉そうにしているものだと思いますが、そういう類の集団では。暴力を禁じたり、食料の管理を任せ切りにしなければ、そこまで尻に敷かれたり胃袋を握られたり、しないものを。」

 不思議に思っている表情だが、瞳には嬉しそうな色も見える。

「何度も言ってるだろう。盗賊兼傭兵の活動に、使い勝手の良い根拠地を持つ為だ。女が強ければ男共は、心置きなく鉄砲弾になって、安心して散って行けるだろ。」

 カイクハルドの言葉は、ラーニーの瞳を悲し気なものに変えた。

「彼女達が背中に負っている子供達も皆、いずれは、鉄砲弾として散って行くのですか?」

「全員なわけはねえさ。皆がパイロットになるわけじゃねえからな。けど、男は、7・8割はパイロットとして、鉄砲弾になるかな。女でも、パイロットになる奴が2割ほどいる。パイロット以外でも、危険宙域での資源採取や集落への技術支援などで、かなりの確率で命を落とす。パイロット以外でも、男はほとんどが、女も一部は、鉄砲弾だな。背中の子供が、女であるのを祈る事だ。」

 当然、何人も働いている女達の背中の子が、全て女のはずはない。

「それでは、いくら元気に過ごしていると言っても、本当の幸せは、彼女達には訪れませんわ。」

「ああ、そうだ。“本当の幸せ”なんぞ与えてやる力は、『ファング』にはねえ。死なせねえようにするのが、精一杯だ、根拠地の住民をな。パイロット達を、鉄砲弾にする事で。」

「私達も」

 力なく、ラーニーは囁く。「私達帝政貴族も、幸せにはしてあげられませんでした。軍政も、多くの民を不幸にしています。連邦支部でさえ、多くが似非と呼ばれる(まが)い物で、やはり民を不幸にしています。」

 少しの間、言葉を失ったカイクハルドとラーニーに、女達の威勢の良い報告や連絡や相談の声が響く。

「結構、幸せそうじゃねえか、あいつら。」

「そうですね。いずれ鉄砲弾になるとしても、こうして子を背中に抱き、子の為に汗水流して働くのは、幸福感を伴うものかもしれません。女には、そんな幸せがありますが、男性には、幸せはありますか?」

「あるに決まってるだろ。あのガキ共を孕ませるって幸せを、男共は味わったはずだぜ。女を囲うって幸せを与えてやったんだから、鉄砲弾として散って行っても、男共には、文句は言わせねえ。暴力も飢えも味わわされねえ上に、子を産み育てる幸せを与えたんだから、女共にも文句は言わせねえ。育った子が鉄砲弾になって散って行くのは、辛抱してもらうしかねえ。それが『ファング』の根拠地の、実態だな。」

 楽しくもなんともなさそうな、カイクハルドの呟きだった。

 仕事がひと段落した彼女達を集めて、ラーニーは何か話し込んだ。カイクハルドは蚊帳の外に置かれた。離れすぎると、ラーニーが腕輪の電流の餌食にされるので、遠くにも行けない。手持無沙汰で退屈な一時(ひととき)を、カイクハルドは余儀なくされた。

「ここでも、強制労働がなされているわけでは、無いのですね。」

 カイクハルドのもとに戻ったラーニーが、告げた。「ただ、働かなければ母子ともに、化学経路食材しか食べられない。働けば、その実績に応じて、生物経路食材や生物由来食材を沢山手に入れられるようになる。皆、自分の子供に少しでも良いものを沢山食べさせよう、と精力的に仕事に臨んでおられるようでした。」

「へえ。」

 気の無い返事のカイクハルド。細かい根拠地の運営は彼の管轄外であり、あまり興味もなかった。

 その次には、中間階の“憩いの場”に向かった。その片隅で、ある程度大きくなった子供達を集めて、様々な教育が行われていた。要するに、学校だ。

 宇宙艇パイロットだけでなく、資源採取や生産の設備の、オペレーターやエンジニア、設計開発をする者や製造担当者も育てていた。宇宙船の操船やメカニックも、医師も、生物学者も育成している。根拠地運営に必須の職能者だから、極めて実践的な教育プログラムだった。

 ラーニーが顔をしかめた事に、女子に対しては、娼婦としての知識や技術の教育もあった。「この戦乱の時勢を、生き抜く為の能力だ。」

と説明するカイクハルドに、ラーニーは反論ができなかった。

 音楽や芸術も教えられ、「グレイガルディア」の歴史に関する講義もあり、更には、銀河連邦に関しても啓蒙が計られていた。帝政貴族としての教育を施されて来たラーニーでさえ知らなかった事を、根拠地の子供達は学んでいた。

 下は5歳から上は15歳くらいまでの子達が、“憩いの場”の片隅で、机を並べて勉強する姿にラーニーは目を細めたのだが、男子の9割が戦闘艇のパイロットを希望している、と聞かされ、また表情を曇らせる。

「これだけの事を、こんなにも一生懸命学んで、鉄砲弾ですか。」

「こいつらが今日食べる飯も、鉄砲弾がいなけりゃ、盗って来れなかったんだぜ。」

 答えるカイクハルドの目にも、力は籠っていなかった。根拠地で資源を採集し、生産した食料では、どれだけ切り詰めた生活をしてもせいぜい5百人程しか養えない。今、この根拠地には、8百人以上が暮らしている。「ファング」の盗賊や傭兵としての稼ぎが、絶対的に必要だった。

 最下階の居住フロアにも、ラーニーは足を運んだ。働けない状態の、妊婦や出産直後の女が、ここには沢山残されていた。他の者達も毎日、生産活動や学校が終わればここに帰って来るのだが、活動時間中は閑散としていた。ちなみに、昼とか夜とかいう概念はあるが、天体の挙動や運行などとは何の関係も無かった。休むべき時間を“夜”と呼んでいるだけだ。

「満足したか?」

 散々つき合わされたカイクハルドが、ため息交じりにラーニーに問う。

「色々、お話を聞かせて頂きました。『シュヴァルツヴァール』に居ながら、私に何ができるか、これからじっくり考えてみよう、と思います。」

 チーズやワインやパンの作り方など、帝政貴族が皇帝一族から伝授された生産技術を、上手く「ファング」根拠地の為に活かす法を考えるつもりだ、とラーニーは話す。根拠地(ごと)に特産品ができれば、それを売りさばく販路ならば、「ファング」にはあてがある。

 根拠地の住民達がここを出て、どこか別の場所で暮らす運命に至ったとしても、それらの知識や技術は役に立つ可能性が高い。戦乱の世で平和的に生き抜くのに役立つ能力を、少しでも多くの人に、少しでも多彩に、身に着けさせてあげたい。「シュヴァルツヴァール」に戻る道すがら、ラーニーは静かに、しかし熱く、カイクハルドに語った。

 パイロット達全員が根拠地での時間を満喫するのに、それなりに時間を要した。「シュヴァルツヴァール」や戦闘艇のメンテナンスも、直ぐには終わらない。ラーニーはカイクハルドの自室に籠って、テキスト作りだかなんだかをやり始めた一方で、カイクハルドはちょくちょく、1人で「シュヴァルツヴァール」の外に出た。根拠地の外に出る場合もあった。

 根拠地から少し離れたところにある施設で、パイロットの訓練を行っていた。根拠地で生まれた者だけでなく、他から連れて来られたり流れて来た者も、パイロットの素養のある者は、ここで訓練を受ける。

 パイロット以外にも、資源採取設備のオペレーターの訓練施設もあり、「シュヴァルツヴァール」で連れてこられた男達などは、そこへ送られる者が多い。別に強制労働では無いが、何もしない者は、化学経路食材しか食べれない。それは実に惨めな暮らしだ。良いものを沢山食べたければ、しっかりと働かなければいけない。それが「ファング」の根拠地だった。

 「シュヴァルツヴァール」には百人の正規パイロットと、20人程の予備パイロットが常時乗り込んでおり、減れば、つまり戦死者が出れば、できるだけ速やかに補充する。補充されて来る要員の質は、カイクハルドには気になるところだ。パイロットの訓練の模様は、是が非でも見ておきたいものの1つだった。

「良いパイロットが、沢山育ってやがった。有り難いぜ。」

「鉄砲弾になる方々、という事ですわよね。」

 少し、カイクハルドに突っかかるラーニーだった。

「同じ鉄砲弾でも、簡単には散らない鉄砲弾の方が良いだろ?腕の立つパイロットが増えれば、鉄砲弾が散る確率も下がるさ。本人だけでなく、その周囲の仲間も含めてな。」

 ラーニーには、返す言葉が無かった。できるだけ散り難い鉄砲弾を作る、それが、「ファング」に創り得る、最大限の幸福なのだろうか。そんな想いが、彼女を黙らせたらしい。

 複雑な想いを、ラーニーはテキスト作りに没頭する事で、ねじ伏せるつもりのようだ。そんなラーニーしか、囲っている女の居ない状態となったカイクハルドは、自室に籠っても、いたたまれない気分になるだけだった。自然と、男専用エリアのラウンジで過ごす時間が増えたが、そこでも囲い女の居ない肩身の狭さを味わうハメになる。

 カビルを始め、多くのパイロットが新しく手に入れた女を自慢し合うかの如く、様々な趣向の衣服で装わせた彼女達を(はべ)らせていた。自主的に「シュヴァルツヴァール」への乗艦を希望した女達がほとんどだったから、その表情は明るいしノリも良いらしい。裸同然の恥ずかしい恰好も、楽しんでやっている様子だ。

 無重力の中で立体的に折り重なる女達の華やかな姿は、時代が時代なら、金魚鉢の中か、はたまた竜宮城とかいう空想上の場所を、多くの者に想起させただろう。

 一部には盗賊などから拉致されて、無理矢理に連れて来られた女も居たようだ。そして、根拠地からの女達の明るい振る舞いに感化されたものか、拉致された女達までノリノリになりつつあるようだ。盗賊兼傭兵に囲われる、という不幸な身の上だが、この際それも楽しんでしまえ、という開き直りが見て取れる。男には絶対真似のできない女の強さを、カイクハルドは見せられた想いがした。

 自慢すべき女を連れても居ないカイクハルドは、そんな自慢し合いの一団にも加わる気にはなれず、フードサーバーの前に陣取って、ヤケ食いの構えに移る。ラーニーがテキスト作りなんぞに没頭しているので、生物由来食材をたっぷり使った彼女の手料理にもあり付けず、自動調理の食べ物を吐き出すサーバーに望みを託すより他ない。重力があればテーブルになるであろう物体に穿たれた供給孔と向かい合った。

 コンピューターに登録されてる、男専用エリアで利用可能な化学経路、生物経路、生物由来の各食材を選び、それらを使った料理も指定する。後は黙って座っていれば、機械によって自動的に調理されたものが出て来るわけだが、ラーニーの手料理以上の味は期待できない。女専用エリアに優先的に回された後の、残りものしかここでは手に入らない。無重力という条件にも、食べられる料理の範囲を激しく制限されている。

 だが、量だけはたっぷりと食べられる。根拠地で補充したばかりだから材料に関しても、質量ともに十分なものがある。カイクハルドは、いたたまれない気分ごと飲み込む勢いで、がっつく所存だ。

 多くの場合、袋詰めのものをチュウチュウ吸うようにして食べるのが、無重力での食事だが、粘度の高い液体に吸着されて、まとめられた料理なら、スプーンに付着させて口に運ぶ、という重力の中と近いスタイルで楽しむ食事も可能だった。

 カイクハルドは、カレーライスを食べた。生粒由来の“コメ”が粘度の高いカレーのルーに吸着され、上手い具合に口に運ばれる。ルーはほとんど、化学経路食材のみから作られたものだったが。

「よう、ヴァルダナ。お前もここでメシか。ナワープは、何か作ってくれねえのか?」

「な・・何言ってるんだ?カイクハルド。何で、ナワープにメシなんか作って・・・そんなわけ・・・」

 トレーニング室から出て来たばかりらしいヴァルダナは、額に汗の玉を張り付けているが、顔色が火照ったように赤らんでいるのは、トレーニングの影響だけではないらしい。

「なんだよ、しっぽりいってるなら、メシくらい作ってもらえて良いはずなんだがな。」

「だから、そんなんじゃないんだ。あの時、一時的に、あいつがトチ狂って・・その・・なんだかおかしな・・あの・・」

 ヴァルダナをからかって、ようやく、カイクハルドは少し気分が晴れた想いになった。

「おっほほうっ、しっぽりいったと思ったトーペーの忘れ形見に、今度は一転、連れなくされて、1人メシを余儀なくされおったか、ヴァルダナよ。」

 笑い含みで背後から彼をからかって来たのは、第2戦隊隊長のドゥンドゥーだった。こちらは長時間戦術シミュレーターとにらめっこをしていたのか、充血した目を、シパシパさせている。

「だから、しっぽり、とか言うな。連れなくもされてねえし、俺は自分の気分で、ここにメシを食いに来たんだ。」

 慌てたように言い返すヴァルダナに、カイクハルドもドゥンドゥーもニタニタしっぱなしだ。

「そう言うドゥンドゥーは、女を囲わなかったのかよ。」

「ああ、コイツは、女は囲わねえな。『ピラツェルクバ』って領域にある集落に、御執心の女がいてなぁ、そいつに(みさお)を立てて、女は囲わねえつもりらしいぜ。」

「お・・おい、かしらっ!それは言いっこ無しのはずだぞ。」

「そうか。女っ気なんか無さそうなドゥンドゥーにも、そういうのが居るのか!」

 急に元気になったヴァルダナから、赤面がドゥンドゥーに飛び移った。

「ち・・違う、私の場合は、そのようなものでは・・・」

「はっはっは・・、どいつもこいつも、おもしれえな。」

 2人をからかって、カイクハルドは気分が良くなった。が、

「囲ってた女に急に孕まれて、相手が居なくなってしまったからといって、私達に当たるのはよしてくれ。」

とドゥンドゥーに、いたたまれない気分の原因にズバリ、と言及されてしまうと、たちまちにしてしょんぼりしてしまった。

 その後は、話す事も無くなり、黙々とメシに食らい付いた3人を他所に、カビル達は実に楽しそうに女達を振り回していた。

 ラウンジでも気分を晴らし切れなかったカイクハルドは、航宙指揮室にも顔を出してみたが、トゥグルクがいつもの少女とお楽しみの所に出くわすハメになり、更にいたたまれない気分を膨らませた。

「ちっ、どこに行ってもこれかよ。」

 渋々、自室に戻る事にした。無重力の中を、足場となるポールを蹴っ飛ばしながらの移動だ。「シュヴァルツヴァール」の通路では、無重力になると自動的に飛び出し、重力が生じると自動的に引っ込むように、それらの“足場ポール”は設計されている。

 自室に帰り着くと、カイクハルドはリビングにラザニアを見つけた。重力があればテーブルになる物体に、透明な袋に入れられたそれがマジックテープによって貼り付いていた。

 カレーライスを掻き込んで満腹のはずのカイクハルドだったが、苦も無くそれをぺろりと平らげた。そして食べ終わった頃には、いたたまれない気分は綺麗さっぱり、どこかに吹き飛んでいた。

今回の投稿は、ここまでです。次回の投稿は、'18/6/16 です。

細かい説明や描写が、今回も満載でした。宇宙での食事風景なども、実際の宇宙飛行士の証言などを踏まえて、自分なりにリアリティーのある描写を心掛けたつもりでしたが、どうでしたでしょうか?マジックテープが多用されているのも、実際の証言に基づくものです。無重力の中では、とっても便利だそうです。といっても、自分で体験した事ではないので、想像し描写した事がどこまで真に迫っているのかは、作者にも分かりません。いつか"答え合わせ"ができる日が来れば良いな、と願ってやみません。未来の宇宙の集住環境、そこでの労働、無重力での乱痴気騒ぎなども、当然見たことも聞いたこともない事を、想像だけで描いてみました。上手くお伝えできていれば、良いのですが。というわけで、

次回 第21話 名将の来訪 です。

以前に予告されていたことなので、誰が来るのかは分かり切っているところですが、来訪者の登場の直後に、彼らは「バーニークリフ」へと向かうことになります。根拠地は後にするわけですが、「ファング」がこういったものを背負って戦っていることを、心の片隅に留めてこの先を読み進めて頂けると、とても有難いです。


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