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銀河戦國史 (アウター“ファング” 閃く)  作者: 歳越 宇宙 (ときごえ そら)
第2章 準備
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第19話 根拠地到着

「なぜ、自分の所領の若者を、売り飛ばそうとするのです?」

 戻ったカイクハルドからの報告を聞くや、ラーニーが問いかけて来た。「そんなことをしては、自領の生産力が、落ちるではありませんか。軍政に課された税を支払い、自分達の分も確保する、それを末永く続けて行くには、領主は、自領の若者を大切にせねばならないはずです。」

 そんな不満を俺にぶつけるな、と言わんばかりに口をへの字に曲げたカイクハルドだったが、

「先の事など、考えてねえんだろ。目先の利益や快楽だけを、追ってる奴等だ。それに、絞ればどこかから、いくらでも湧いて出て来る、とでも思ってるんだろうな、下層民ってもんに対して。」

と、宇宙服からの脱出の為の格闘を繰り広げながら、答えた。この時代でも、宇宙服の脱着は一苦労だった。「シュヴァルツヴァール」は加速しているので、船内に重力があるのが、唯一の救いだ。

「軍政打倒が成功すれば、そんな無責任な領主は、少しは減るのでしょうか?」

 手を貸そうともせずに、ラーニーは問いかけた。

「皇帝親政が、どれだけマシな統治をやるか、だな。」

 手を貸せとも言わずに、カイクハルドは格闘を続ける。

「今の軍事政権よりは良好だ、と信じたいところですが、私も領民を不幸にしていた帝政貴族ですから、胸を張っては言えません。帝政も軍政も領民を幸せにできないとしたら、『グレイガルディア』は、どうなるのでしょうか?」

「知らねえ・・・あ痛っ!」

 宇宙服から抜け出せたのは良いが、勢い余って壁に頭をぶつけた。「囲われの身で、『グレイガルディア』の心配もねえだろう。それより、もうすぐ根拠地だ。お前が根拠地を見て回りてえ、って言うんなら、俺も行かなきゃいけなくなるんだ。ちゃんと予定を聞かせておけよ。」

「はい。色々なセクションへ、伺う予定になっております。チーズ作りも、直接のレクチャーができる限られた機会ですし、これまで『シュヴァルツヴァール』で身籠った方々の様子なども、できるだけ見ておきたいですし。」

「お前が見ても、仕方ないんだがな。孕んだ女は、なるべく早めに根拠地に降ろされ、そこで生んで、ガキがある程度大きくなるまでは、その根拠地に留まる事になる。ここ『サフォノボ』星系の根拠地に来るのは1年半ぶりくらいだから、お前が『シュヴァルツヴァール』に来て直ぐくらいに孕んだ女達が、今ここで、一番手のかかる年頃のガキの世話に、奮闘してるんだろうな。」

「彼女達が、故郷に戻りたい、と言った場合は、叶えてあげるのでしょう?」

「ああ?・・まあ、その故郷に向かう船が、たまたま、あればな。俺達はまた、『バーニークリフ』に戻るから、元『カフウッド』の領民だった女がいて、戻りてえって言うなら、乗せて行ってやらなくもねえ。」

「では、希望者を探さなくては。希望者が乗りそびれる、などという事はないようにしたいのです。」

「そう言ってもよ、たいていは、いねえぜ。産んだガキは、俺達で預かるんだ。ガキと離れる決意をしねえと、故郷には帰れねえ。」

「子供も一緒に、帰してあげる事はできませんか?」

「そうはいかねえな。『ファング』では鉄砲弾は、いくらあっても足りねえんだ。弾の替えは常に、大量に用意しておかねえとな。ま、何年も前にここに連れて来られて、産んだ子も、めでたく鉄砲弾としてどっかで散って、ここに残る意味も無くなっちまった女も少なからずいるだろうがな。でも、そんな女にしろ、何年もここで暮らして来て、何年も前に離れた故郷に今更帰りてえって奴が、どれだけいるかな。」

「いない、とは言えない以上、探してみなくては。それに、お腹を痛めて産んで、苦労をして育てた子を、鉄砲弾にしない手立ては無いのですか?」

「それは、無理だ。お前が毎日食ってるものも、鉄砲弾が無けりゃ、盗って来られなかったもんばかりだぜ。盗賊団兼傭兵団に囲われるってのは、そういう事だ。だが、根拠地にしろ、『シュヴァルツヴァール』の中にしろ、生活水準は、そこいらの集落よりかなり上だと思うぜ。お前達帝政貴族の、かつての生活には足元にも及ばねえだろうが。」

「こんな時代に、どこでどう暮らすのが幸せなのか、私には分かりません。帝政でも軍政でも、領民達の暮らしは過酷を極めているようです。ここに連れてこられた人達も、戻ったからといって幸せになれるかどうか。ここでは子を鉄砲弾にさせられる、とは言っても、故郷に戻っても、子を奴隷に売られたり飢餓や病気で死なせたりするかもしれませんし。」

「そうだ。鉄砲弾は酷い扱いのようだが、奴隷みたいに一方的にこき使われ、殺されるんじゃなく、めいっぱい暴れて、腕と運が良けりゃ、憎ったらしい奴等を大量に血祭りにあげて、その上で散って行くんだ。ずいぶんマシな人生だと思うぜ。」

「・・そういう見方も、あるのかも、しれません。でも、誰も、奴隷にも鉄砲弾にも、ならなくて良い世になって欲しいものです。」

「そいつは、とりあえず軍政を倒してみて、皇帝ムーザッファールの親政に期待してみるしかねえな。それでだめなら、また、帝政も倒して、その後、誰に統治させるか・・。そっから先は・・・今考えても分からんな。」

「連邦支部や『ファング』は、その候補者には成りませんか?」

「だから、『ファング』は盗賊団兼傭兵団だから、国の統治なんぞできるわけねえ。根拠地を沢山経営してるって言ったって、国の規模とは比べ物にならねえ。連邦本部がもっと近くにあれば、連邦による委任統治みたいな形で、『グレイガルディア』にそれなりの統治機構が出来るまで、連邦支部に面倒見てもらう事はできるかもしれねえが、なんせ遠すぎるからな、あてにはならんだろう。似非支部の増殖も抑え切れんのが、現実だ。」

 ラーニーは黙り込んだ。「シュヴァルツヴァール」に来て以来、「グレイガルディア」の置かれている現状に、心を暗くするばかりだ。拉致される前までは、軍政を打倒して帝国政府が統治権を取り戻せば、「グレイガルディア」は良くなるものだ、と単純に考えていたらしいが、今はもう、そうは思えないようだ。

 自身が帝政貴族として領民を不幸に陥れ、その帝政でさえもまったく考慮に入れる事ができていない「アウトサイダー」までどうにかしなければ、「グレイガルディア」に平穏は訪れない、と思い知らされた日々だった。

 軍政打倒だけでは、帝政の復活だけでは、解決にならない。「アウトサイダー」も含めた「グレイガルディア」に暮らす人々全てを包み込める統治機構を、築き上げなければいけない。

 帝政がそうなって欲しい、というのが、帝政貴族出身のラーニーの想いだろう。皇帝ムーザッファールにその意志と能力がある事を、願わざるを得ない。

 ラーニーは、ムーザッファールには拝謁した事がある。彼の御座船に同乗し、逃亡の案内をしていたのだから。が、直接言葉を交わすなど、彼女の身分では許されなかったはずだ。ムーザッファールがどの程度の人物なのか、彼女にはまるで分らないだろう。

 どれ程の意志や能力があるのか、まるで分らない者に、国の統治を預けなければいけない。世襲制君主国家の本質に、ラーニーは、今更にして愕然とした気分のようだ。

 様々に思い悩み、沈黙を貫くラーニーを、カイクハルドは見詰めた。

「まあとにかく、『カフウッド』領に戻りてえって奴を、探すとするか。いるなら、連れて行ってやるさ。」

「そうですね。とにかく、できることを、やるしかありませんわ。」

 瞳に力を取り戻したラーニーが、カイクハルドを見た。なぜかカイクハルドは、その視線から逃げたくなる。

「ウダイプリーの奴は、寝室にいるかな?」

「身籠られたようですわよ。」

「なぁーにぃー!? 」

 衝撃の言葉に、カイクハルドは口をあんぐり。「・・ど、どど、どうなってるんだ。マリヤムの奴も孕んだって、ついさっき、聞かされたばかりだぞ。で、何で今、ウダイプリーなんだ?」

「そんな事は、ご自身の胸に聞いて下さい。」

 少し前、「カフウッド」から供されたばかりのマリヤムと、1年以上囲い続けて来たウダイプリーについて、この日に立て続けに身籠った事が判明する、という事態は、カイクハルドには異常としか思えない。

「本当なのか?なんで、こんなタイミングで、それが分かるんだ?間違ってないか?」

「この船に備えられた検査機の機能は、あなたもご存じでしょう?その日の内に、確実に判定できるのですよ。」

 その通りだった。「シュヴァルツヴァール」に備えられた検査機で身籠ったと判定されたのならば、間違いであるはずはない。が、

「おかしいじゃないか。こんな立て続けに、1日の内に連続で2人共、孕むなんて・・」

「宜しいじゃないですか。鉄砲弾を増やす事に、前々から躍起だったではありませんか。」

「そうだけどよ。このタイミングは無いだろ。もう少し前だったら、根拠地で乗艦希望の女を募る事もできたし、さっき捕まえた女から、1人ゲットできたんだ。もう少し後なら、次の獲物を見つけられる。今、このタイミング分かっても、当分補充のあてが、ねえじゃねえか。どうすりゃ良いんだ?」

「私を、お試しになりますか?私も身籠れば、ここで降ろして頂けますし。」

「馬鹿野郎。お前は、熟成中だろう!ここで降りてえから、急に身籠るって・・あっ、さては、あいつらも、ここで降りてえからって、無理矢理・・・」

「無理矢理、何ですか?あなた自身の行動無しでは、無理矢理、急に身籠る事など、できませんよ。」

「だけど、2人の孕むタイミング・・」

 あれこれ考え、1つの事実に行き着く。「・・あっ!さては、お前、あのラザニア・・」

「はぁっ?ラザニア?妊娠確率の上がるラザニアなど、あると思いますか?」

「しかし、マリヤムの奴は、ラザニア作ってから、やたらと寝室に・・」

「関係ございません。身籠った事と、ラザニアは。」

 カイクハルドはトゥグルクに、根拠地での女の調達を打診してみたが、もう到着を翌日に控えた今からでは募集は間に合わない、と却下された。当面、囲っている女はラーニーだけ、という日々が訪れる事になった。


 小惑星2つを筒状構造物で繋ぎ、その部分を中心に回転させる、という法式は「サフォノボ」星系の根拠地も、「マントゥロボ」星系のものと同じだった。エッジワース・カイパーベルト内に場所を占めているのも、同じだ。

 回転中心の、遠心力による疑似重力が生じていない部分が港である事も、変わりがない。そこへ「シュヴァルツヴァール」は、入って行った。

 複数ある乗降扉の一つの前に、女達が50人余りも集められた。身籠ったりパイロットに暇を出された女達が、一斉にここで降ろされる。無重力の中で、前後左右だけでなく、上下にも並んで三次元の列を成している。

 まだ、腹の膨らみが目立つほどの女はいない。皆、ここ2か月以内くらいで身籠った者だ。カイクハルドの囲っていたウダイプリーやマリヤムも一団の中にいるはずだが、群衆に飲まれて見分けは付かない。

 扉が開くや、続々と降りて行った。その後を追うようにして、「ファング」パイロット達の何人かも、船を降りる。一度に大勢で押しかけると、根拠地の方も大変になるので、順番に降りる予定だ。彼等は交代で、この根拠地の「シュヴァルツヴァール」よりは広々とした空間を楽しむつもりだ。

 中間階の“憩いの場”も良い気分で過ごせるが、住居フロアに部屋を取るのも良い。パイロットの休息用の部屋は、常に用意されている。そこに根拠地在住の女を連れ込むのは勝手だが、無理強いは許されない。根拠地在住の女についてはパイロット達でも、両者合意が前提だった。

 食材も「シュヴァルツヴァール」には無いものが得られるし、衣服や装飾品なども、より多彩な選択肢の中から物色できる。各種のエンターテイメントやレクリエーションの催しや施設も、根拠地ならではのものが用意されている。命懸けの戦いに明け暮れるパイロット達には、良い息抜きや気晴らしになる。

「ナワープとも、ここでお別れだな、ヴァルダナ。」

 馴れ馴れしく彼の肩に肘を乗せた姿勢で、カビルが声をかけた。

「あ、いや、そ・・それが、・・残す事にした。」

「はあ?ここで降ろす、って言ってたじゃねえか。それまで、預かっておくだけだって。」

「いや、お、俺は、あいつは、あの、降りたがってる、と、おも・・って・・た、から」

 口の中でも、もごもご、と言葉を咀嚼(そしゃく)でもしているかのように、ヴァルダナは話す。極めて聞き取りにくい。

「えー?何だって?」

 これ見よがしなほど、耳をヴァルダナの口に寄せるカビル。ヴァルダナの耳は真っ赤だ。

「ヴァルダナ、お前。」

 ニヤリ、とカイクハルド。獲物を見つけた猛禽類さながらに、ヴァルダナに切り込む。「ナワープと、しっぽりいきやがったな。」

 耳の赤が顔中に転移し、発光しているかと思うほど、鮮やかに染まる。丸々と大きく見開かれた目で、カイクハルドを見つめ返している。

(なんで分かるんだ!)

 言葉を発するまでもなく、明瞭に伝わる心の叫びを、ヴァルダナは顔で放っていた。

「なにぃ!そうなのか、ヴァルダナ。お前、ナワープを。」

「いやっ!ちが・・、あ、あれは、あの女が・・、あっちから急に、抱きつ・・あ・・あの」

「出撃して戻って来たら、心配してたナワープが、抱き付いて来たってか。」

 カイクハルドの言葉に、限界まで見開かれていたはずのヴァルダナの目が、更に大きく、丸く、見開かれた。まるで、どこかから覗き見ていたのか、と思えるほど、ことごとく図星を突かれているのだろう。

「お、俺が、無理強い、し・・したんじゃ、ないぞ。別に俺は・・、あっちが・・、俺が・・、あいつは・・、俺は・・俺が、俺は・・」

「ナワープを残す、ってのは、お前が決めた事だろう?」

「い!い、いや。それも、あいつが、残りてえ・・って、・・俺は・・」

「ナワープが何を言おうが、決定権はお前にあるんだ。ナワープとしっぽりいって、その結果、ここで降ろすって決めてたのを(くつがえ)して、お前はナワープを残す事に決めたんだ。だろ?」

「うっ・・・・」

 赤い顔で下を向き、言葉を失ってしまったヴァルダナ。

「カァー、お前が、ナワープをなあ。トーペーの奴、泣いてるだろうなあ。」

「いやあ。笑ってるぜ、あいつ。」

 見ているかのように、カイクハルドは言った。「これで、あいつに頼まれてた件は、ケリがついたな。」

「へへへへ」

 下品に笑うカビル。「倍くらいも、年上の女となあ。そうかあ。でも、年増(としま)でも、良い具合だったって事だなあ、残すって、決めたって事は。」

「そんなんじゃねえっ!」

 真っ赤な顔をあげ、カビルに叫び返す。先を行く女達の、殿(しんがり)の数人が、ヴァルダナの叫び声に何事かと振り返る。ヴァルダナの顔を見るや否や、カビルと同じ表情で笑う。彼女達は、ひと目で事情を察したようだ。

「そんなんじゃねえ。」

 多くの視線に恥じ入るように、小さな声で繰り返す。「もっと、聞きたくなったんだ。トーペーって奴の事とか。そいつとあいつが、どんな風にして、生きて来たか、とか・・。」

「どんな風に抱いてたか、だろ?週3って、言ってたっけな、あい・・・」

「ちがぁぁぁうっ!」

 叫びで、カビルを掻き消そうとするかのようだ。「そんなのが、目当てじゃねえ!話を聞きたいだけだ!」

「そんなわけあるか。しっぽりいった直後に、急に気が変わって、他に目当てなんかあるか。」

「違うんだ!本当に違うんだ。そんなんじゃないんだ!ただ、話を・・・」

「うふふふ」

 ヴァルダナの剣幕に、前方から女達の笑いが浴びせられた。

「何だよ!何であいつらが笑ってるんだ。何にも知らないくせに。」

「いやぁ、全部お見通しだと思うぜ。」

と、カイクハルドも、冷やかしに加担する。「若造が、年増女の色香に、(とりこ)にされたってな。」

 わざと、女達に聞こえる声で言う。女達は、うんうん、と頷いている。

「違う。そんなんじゃねえ!」

 恐らく初対面であろう女達に、ヴァルダナは必死の弁明。「違うんだ。話を、話を聞きたいだけで、ただ、俺は、それだけで・・・」

「あははは」

 女達はもう、腹を抱えて笑い転げている。

「おい!ヴァルダナ」

 背後からも、ファングパイロット達が話を聞きつけて、冷やかしの声を浴びせて来る。「ナワープを手込めにしたんだって。やるなあ。」

「ええっ!トーペーの忘れ形見を、新入りのヴァルダナが、モノにしたってえ!? 」

「逆みたいだぜ!ヴァルダナがナワープに手込めにされたってのが、真相らしい。」

「なんだそれ。倍も年増の女に、手込めにされた、だってえ!」

「それで、あまりもの具合の良さに溺れちまって、ここで降ろすって決断を(ひるがえ)したんだとよ!」

 背後からの下品な言葉と、前方からの嘲笑に、挟み撃ちにされ、

「違うんだ、違うんだ・・」

と、ヴァルダナの声が、どんどん小さくなって行った。

「まあ、どんな理由でも良いさ。お前に預けた女をどうしようが、お前の勝手だ。」

 それからもヴァルダナは、カビルにからかわれっ放しで根拠地に入り込んで行った。カイクハルドも途中までは同行した。

 中間階に着くと、カビルとヴァルダナは“憩いの場”に向かい、カイクハルドは“役所”を目指した。「シュヴァルツヴァール」の補給やメンテナンスの詳細について、話し合う為だ。プラタープが進撃に転じる事を受け、それに対応した補給やメンテをする必要が生じている。

 役所とされた区画は、幾つかの部屋に仕切られていて、その1つの応接室のような部屋にカイクハルドはズカズカ、と許しも乞わずに入って行った。そこでは、「ファング」のかしら1人を含めた2人の男が、テーブルを挟んで向かい合っていた。

 「ファング」と呼ばれる盗賊団兼傭兵団は、カイクハルドの率いるものだけでは無かった。ここ「サフォノボ」星系の根拠地を拠点にしているローカルな「ファング」が3つあり、それらは全て、「カウスナ」領域から遠く離れて活動する事はない。

「お、来た来た。『ゼロ』のかしらが。」

 座っていた「ファング」のかしらが、部屋に入って来たカイクハルドに声をかけた。「ファング-3(スリー)」のかしら、ジンだった。

 根拠地の者や、「ファング」に属する人間は、それぞれの「ファング」を、番号を付けて呼んでいる。そして、カイクハルドの率いる戦闘艇団は、「ファング-0(ゼロ)」となる。「0」だけが、領域に捕らわれずに広く活動しており、その他の「ファング」は、領域ごとにローカルな活動をしている。

 他の領域にも、その領域を専門とする「ファング」がいて、例えば「カルガ」領域には「マントゥロボ」星系に置かれた根拠地を足場に据えている「ファング-1(ワン)」から「ファング-3(スリー)」がある、といった具合だ。

 「ファング-0(ゼロ)」と言えば、どこの領域においても、カイクハルドの率いるものの事を示した。

「応、どうだい、ジン。最近の稼ぎは。」

 手を伸ばして声をかけたカイクハルド。その手をがっちりと握りながら、ジンは応じた。

「順調だぜ、カイクハルド。『カウスナ』領は『カフウッド』ファミリーの善政のおかげで、生産性が高いからな。あっちこちから盗賊やら似非支部やらが、昔から大量に入り込んで来るところだ。絶好のカモがうようよいるから、稼ぎも順調だ。近隣の軍閥が、強奪目的の部隊を送り込んで来る事もある。」

「そりゃ完全に、近隣軍閥による『カフウッド』領への侵略だな。軍閥同士の戦争なんぞに首を突っ込んで、危なくはねえのか?」

「でかい部隊は、当然、俺達だけで対処はしねえさ。カフウッドの旦那に連絡して部隊の派遣を促し、俺達は傭兵として、旦那の戦闘を手伝うだけだ。小さな部隊だと見極めを付ければ、旦那には連絡せず、俺達だけで盗賊として襲い、掠奪する事もあるがな。」

「領主ファミリーと良好な関係が築けているのは、都合が良いな。」

と、口を挟んで来たのは、この根拠地の民生部門の責任者の男だ。「こっちの全貌は、当然知らせておらんが、『カフウッド』の部隊と上手く協力する形で、盗賊や似非支部や近隣軍閥の部隊から、存分に巻き上げておる。『カフウッド』ファミリーの方でも領内の治安維持に繋がるから、わしらの活動は歓迎してくれておる。」

 機嫌よく言葉を紡ぐ恰幅の良い壮年の男は、禿げ上がった頭を片手で叩いて、何かに気付いた様子を見せた。

「おっと、失礼。挨拶が後になってしもうたわい。久しぶりじゃな、カイクハルド。『カフウッド』の軍政打倒に、お前達も本格的に参戦するのか?」

 応接セットを挟むように座っていた2人に割り込むように、カイクハルドもソファーの1つに、ドカンと腰を降ろした。

「久しぶりだな、アルダン。世話になるぜ。母艦の補給とパイロット達の世話を頼む。」

「応よ、任せて置け。」

と、挨拶を交わしたカイクハルドと壮年の禿げ頭アルダンは、手を伸ばして握手した。

「本格参加ってのは、どうかな。」

 握手の手を離すと、カイクハルドは話の続きに移った。「カフウッドの旦那がどこまでやるか、特にあの、宇宙要塞『ギガファスト』がどれだけの戦いをするか、を見てからだな。」

「そうか。まあ、そうじゃな。勝ち馬に乗るってのが、傭兵の基本じゃからの。」

「しかし、『カフウッド』ファミリーに負けられちゃ、俺達はしんどくなるぜ。なあ、アルダン。」

 「ファング-3」のかしら、ジンがぼそりと言った。

「うむ、『カフウッド』が滅ぼされて、軍政の息のかかった他の軍閥が『カウスナ』の領主にでもなったら、ここの生産力も落ちるじゃろ。外からやって来る盗賊や似非支部は、少なくなる。」

「その時は、軍閥の徴税部隊を襲いまくって、生産性の下がった分の苦痛を、ここの統治を担った軍閥に、一身に背負わせてやれば良い。他所の領域では、『ファング』の標的はたいてい、盗賊や支部じゃ無くて軍閥の徴税部隊だ。」

 攻撃的な猛禽類の眼差しで、カイクハルドは何かを付き刺しているみたいだ。

「ま、それが、『ファング』の存在意義でも、あるわのう。」

 アルダンが、頭を撫で回しながら、溜め息交じりに呟く。

「軍政や帝政が、質の悪い統治をやって生産力を下げ、そのくせ自分達は贅沢をしようと、権力を振りかざして少ねえ生産物を、根こそぎ搾取して行きやがる。おかげで『グレイガルディア』には、領民が逃散したり集落が壊滅したりが頻発して、帝政にも軍政にも属す事ができなくなった『アウトサイダー』が溢れるんだ。」

「だから」

 ジンが、カイクハルドを継いだ。「権力で搾取して、自分達だけが肥え太ろうとする帝政や軍政の領主から、物資を取り返してバランスを取る役を、『ファング』がやらなきゃいけねえわけだったな。」

「そうさ、ジン。弱い奴を食い物にする、盗賊や似非支部を潰して回る事も必要だが、タチの悪い領主から物資をブン捕って、『アウトサイダー』で分け合うってのが、俺達『ファング』さ。」

「それはそれで良いんじゃがのう、カイクハルド。分捕られた領主は、更に領民への搾取を激しくして、自分達が贅沢する為の物資を確保しようとするぞい。その領民を放っておいたら、そいつらがまた逃散したりして、『アウトサイダー』になる。『アウトサイダー』が、定員オーバーになるぞ。」

「そこであんた達、『ファング』の民生部門の出番になるわけだろう、アルダン。しっかり頼むわ。領民集落が潰れねえ程度に物資や人員を支援したり、資源採取や生産の設備を貸し出したりしてよ。」

 カイクハルドの言葉に、禿げ頭を撫で回すアルダンの手の勢いに、拍車がかかる。

「そういう事だから、『カフウッド』ファミリーが滅んだりしたら、わしらも大変になるのだわい。領民が隠し集落を作るとかいった、今は『カフウッド』が主導してやっておる事も、わしらが手を貸してやらねばならんくなる。領主が善政を敷いている方が、わしら根拠地の民生部門は、楽ができるわい。」

「我儘を言ってんじゃねえよ、アルダン。他の領域じゃ、たいていのところでやってんだぜ。そうやって領民に恩を売っておけば、領民の集落も補給基地として使えるようになるから、盗賊兼傭兵の活動も、やりやすくなるってもんだ。」

「それでお前達は、楽しく伸び伸びと暴れ回って、濡れ手に粟の荒稼ぎをするんじゃろうが、こっちは地道な支援活動で、あくせく走り回らねばならんくなるのじゃ。」

「俺達ばかりが、濡れ手に粟って事はねえだろ。あんた達のところにも、俺達がブン捕って来た女を、大量に流してやってるんだからな。俺達のおかげで、何十人孕ませたんだよ、あんた。」

「全部、お前達のお下がりだがな。」

 吐き捨てるように言ったアルダンだが、その表情にはホクホクしたものがある。お下がりとは言え、それなりに良い思いをしている事がしのばれる。

「孕ませると言えば、鉄砲弾の採算っていうのは、合ってるのか?アルダン。」

 ジンが、話題を換えた問いかけをして来た。

「そうじゃな。お前達が次々に、ブン捕った男達や孕ませた女達を送り込んで来るが、その分、盗賊や傭兵の活動でもバタバタと散って行っておるし、潰れかけの集落に人員提供もしておるし、根拠地自体の資源採取なんぞでも、それなりに人手はかかる。収支はトントンじゃの。この前も『カフウッド』のとこのクンワールが来て、設備のオペレーター等に仕上げた“弾”を、大量に連れて行きおった。」

「それでも採算が合ってるって事は、他の『ファング』も順調に送り込んで来てるんだろう、孕ませた女達を。」

と、カイクハルド。

「ああ。それもあるが、近頃じゃずいぶん『ファング』の名も通って来たから、『ファング』やその根拠地で暮らしてえ、って自分から言って来る奴も、あちこちの領域に沢山いる。帝政貴族だった奴、軍閥エリートだった奴、支部の幹部だった奴、などにもな。」

「結構な事だ。人脈は豊富な方が良い。帝政や軍政や支部の、内部情報も色々と手に入る。」

 カイクハルドの配下の、ドゥンドゥーやカウダやテヴェも、そうしたクチだ。

今回の投稿は、ここまでです。次回の投稿は '18/6/9 です。

「ファング」の活動実態について、かなり詳しく記述しました。整合性とかリアリティーというものを考えると、この辺の細かい設定や説明は必要かな?と思い、詳述したのですが、しつこかったでしょうか?根拠地でも資源採取や生産活動はやっていますが、盗賊や傭兵での稼ぎがなければまかない切れないですし、「グレイガルディア」中に根拠地を持っているとすれば、カイクハルドの率いる集団だけでは追いつかないはずなので、各領域にローカルな「ファング」がある、って設定になりました。実際の歴史上の事実なども参考にしながら、自分なりに想像を膨らませた産物です。世界観を共有して頂ける読者様がおられると、嬉しいのですが。というわけで、

次回 第20話 根拠地の実情 です。

「ファング」の活動実態や、根拠地での生活状況などが、引き続き詳述されます。しつこさや面倒くささを感じさせずに、想像を膨らませて頂ける表現ができていれば良いのですが、難しい課題だな、としみじみ実感しています。根拠地の住民の1人にでもなったつもりにさせられるような表現力を、身に付けたいのですが。

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