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銀河戦國史 (アウター“ファング” 閃く)  作者: 歳越 宇宙 (ときごえ そら)
第2章 準備
20/93

第18話 徴税部隊襲撃

 ラーニーの初めての「ファング」根拠地訪問と、元領民達との再会から2年が経った今、「サフォノボ」星系の根拠地を目指す「シュヴァルツヴァール」の中でカイクハルドは、自信を取り戻し、涙とはすっかり決別したラーニーを見詰めている。

 自信と共に、服装も著しく変わった事が、どうも彼には気にかかる。不愛想なベージュの貫頭衣しか着なかった、泣きはらしの頃のラーニーとは打って変わり、色彩もスタイルも、多様なものを着るようになった。あの時にはベージュの貫頭衣にひた隠しにされたボディーラインも、今は惜しげも無く見せつけられている。

 ヒタと張り付き、(くび)れた腰のラインを露にする、ダークグレーの、豊かな伸縮性を実感させる布地に目を奪われながら、カイクハルドは話し続けた。

「へっ、そうやって、根拠地にチーズ作りをレクチャーしてばかりの生活が、えらく気に入ってるんだな。」

 精一杯(あざけ)る事を企図したカイクハルドの発言は、ラーニーの心に、波風一つ立てた様子は無かった。

「チーズ作りばかりでは、ありませんわ。パン作りや、ワイン作り等も、レクチャーさせて頂いております。根拠地(ごと)に、そこに見合った特産品を作り上げていくのも、良い貢献になると思っております。」

「ここから、『サフォノボ』星系以外の根拠地とも、連絡を取ってやがるのか?」

 呆れた風を装いながら、感心するカイクハルド。視線は腰の括れに、釘付けのままだ。

「もちろん、『サフォノボ』の根拠地経由ですわ。通信が往復するのに20日以上もかかってしまう根拠地もあって大変ですけど、レクチャーが不可能という事は、ありませんので。」

「良くやるぜ。」

「それに、『シュヴァルツヴァール』に囲われておいでの女性方にも、色々と教えて差し上げておりますし、教わる事もたくさんあります。囲われの身でも、毎日を充実させる事は、できるものなのですわ。」

 指は、パチパチ、とリズミカルにキーボードを叩き続ける。腰の括れも、よく見れば微かに、左右にスィングしている気がする。この生活を、すっかり満喫しているのか。

「そうそう。この前、例のラザニアとかいうやつの、ちょっと味の落ちたやつが置いてあったが、あれは、お前が教えてウダイプリーに作らせたやつか?」

「ええ。よくお気付きで。」

「お前な、最初に飛び切り美味いのを食わせされて、その後、一段味の落ちるものを食わされた奴の気持ちが、分かるか。最初に食ったやつと同じ味を期待して、当てをはずされた奴の気持ちが・・」

「ペロリ、と全部お召し上がりになった方の、おっしゃる事ではございませんわよ。」

「それに、同じものを2日連続で食わせやがって・・。あっちは、マリヤムが作ったのか?」

 マリヤムは、「カフウッド」ファミリーから報酬としてもらった、「ティンボイル」の部隊が下働きとして連れていた女だ。「バーニークリフ」奪還直後に報酬として提供された女を、カイクハルドもちゃっかりゲットしていた。

「最近やたらと、あいつばかりが寝室にいるのと、何か関係があるんか?」

 カイクハルドは、たまたま寝室にいた女とベッドを共にするのが常で、自分で相手を選ぶ、という事は滅多に無かった。部屋に戻って来た時、寝室にウダイプリーがいれば、ウダイプリーを、マリヤムがいれば、マリヤムを相手にした。誰もいなければ、そのまま寝てしまう。

 ラーニーには、寝室への立ち入りを許していない。入れば、腕輪の電流で、悲鳴を上げる事になる。

「立ち入りが許されていない部屋での事など、私は知りません。」

 ラザニアの作り方をレクチャーする仲なのに、その件は話題にしない、という事があるのか、と混乱したカイクハルドだったが、考えても分からない事は考える事を、彼はすぐに止めてしまう男だった。


 タキオンという質量が虚数の素粒子の濁流が、2光年ほど離れた「サフォノボ」星系の一方の外縁から、反対側の外縁までの移動を、20時間以内に達成せしめる。素粒子タキオンそのものに押されて加速し、タキオン素粒子の別の性質を利用して減速した。

 タキオン粒子は、触れた物質を反物質化する、という特性をも合わせ持っていた。船内物質を反物質化させ、それと通常物質を作用させ、膨大なエネルギーを取り出し、それを減速に利用する、という魔法のようなものなのだが、その詳しい機序はカイクハルドの理解を越えている。

 ともかく、「シュヴァルツヴァール」は、約2光年を20時間足らずで走破したのだ。恒久型タキオントンネルと呼ばれる方式で、2基のターミナルに挟まれた空間にタキオン粒子が保持され、移動方向が1次元に限定されるが、比較的僅かなエネルギーで、長期間タキオントンネルを維持できる。

 暫時型と呼ばれる、1基だけのタキオントンネルで成される方式とは、対を成すものだ。暫時型は一基のターミナルだけで、タキオン粒子は放出されるばかりであり、素早く消耗される。10時間くらいしかタキオントンネルを維持できないので、移動距離も1光年くらいが限界だ。が、その分、任意の方向に超光速の軌道を敷設できる、というメリットがある。

 宇宙要塞「バーニークリフ」近傍と「ファング」の「サフォノボ」星系にある根拠地を、2基のターミナルで結んである事で、2光年を一挙に走破できた。暫時型なら、“乗り継ぎ”が必要だった。

 一気に移動できるのは良いが、見つかるリスクは高くなる。長時間トンネルを維持するという事は、ターミナルを誰かに観測されれば、もう1基のターミナルの所在が知れてしまう。距離は分からなくとも、方角が知れてしまう。

 「ファング」の根拠地はその場所を隠匿する必要があるが、「バーニークリフ」近傍のターミナルを誰かに観測されていたら、根拠地も見つかってしまう可能性が高まる。「カフウッド」ファミリーとその索敵能力を信じればこそ、こんな事ができた。

 そして「シュヴァルツヴァール」は根拠地付近にやって来たのではあるが、タキオントンネルのターミナルから、まだ10時間ほど航行する必要があった。見つかってはいけない根拠地なので、ターミナルからもしっかりと距離を開けてある。

「付近を航行中の船団を発見。」

 操船を預かるトゥグルクから、突如連絡が入る。気持ち良く就寝中だったカイクハルドは、ボサボサの頭を掻きむしりながら、通信に応じる。寝室にも、通信機はある。

「どこの船団だ?こんな所で。」

「どこのファミリーかは分からんが、軍政配下の軍閥らしいな。徴税部隊のようだ。輸送船らしき反応を中心に、軍閥の小型戦闘艦2艦ずつが、前後を護衛している。戦闘艦は、合計で4艦だ。」

「こんな所をうろつかれると、まあまず、根拠地が見つかるって事はねえだろうが、余り気分は良くねえな。ターミナルが見つかる事態も、深刻ではねえが、気分良くはねえな。」

()るか?」

 顔は見えないが、トゥグルクのニヤリとした笑いが、目の端に浮かぶ。「ここを通るのは命取りだ、って軍閥どもに教えてやらんとな。骨身に染みる程に。」

 トゥグルクほど楽しい気分にもなれないが、カイクハルドもそうすべきだと判断した。

「よしっ、パイロット全員を召集だ。大至急で頼む。」

「応よ。」

 返事を背中で受けながら、カイクハルドは寝室を出た。

「出撃、ですか?」

 リビングにいたラーニーが、顔を見るなり問いかけて来る。

「・・なぜ、分かった?」

「そういう顔を、しています。」

「・・そうか。」

 ラーニーはリビングの端にいた。そこに、簡易のキッチンが設えられている。何か作っていたらしい。いつでも重力があるわけでは無い宇宙船内での生活では、重力のある時に、重力が必要な作業はやっておくものだ。

 調理作業に夢中になっていたはずの時に彼の顔を見て、即座に出撃を悟る。これだから女は恐ろしい。頭の片隅でそんなことを思いながら、カイクハルドは口早に説明する。

「どっかの軍閥の徴税部隊が、ここを通ってやがる。根拠地の近くをうろつかれるのが気に入らんから、潰しに行く。」

「ここをうろつく徴税部隊とは、『カフウッド』ファミリーでは無いのですか?」

 加熱中の鍋からすっかり気を逸らせ、身体も離して、ラーニーはカイクハルドに詰め寄る。話をしながら作業をするのは、得意だったはずだ。

「旦那の部隊だったら、識別信号で直ぐに分かる。」

 着替えをしながら、カイクハルドは答えた。「それに『カフウッド』の艦の熱源パターンも、すべて登録済みだ。識別信号も分からねえ上に、登録されてねえ熱源パターンらしいから、どこか別の軍閥のものだ。」

 答えながら彼が着込もうとしている宇宙服は、リビングの壁にマジックテープで付着されていたものだ。宇宙開発初期の頃の者が見たら、びっくりする程細身でシンプルなデザインだ。恒星に近い宙域ではないので、反射効率の良い白である必要も無く、黒地に紫のラインが(あしら)われたものだ。

他所(よそ)の軍閥の部隊が、『カフウッド』所有の『カウスナ』領域を通ったりするものなのですか?」

「一つの軍閥が、本領と離れたところにも所領を持つって事も、近頃じゃ、良くある話さ。特に今の軍政は、そこらへん出鱈目(でたらめ)だから、“飛び領”ってのは、年々増えてる。で、他所様の所領を横切って、支領から巻き上げた税を、本領に運んでやがるってわけだ。ここは、『カウスナ』領域の端の端って位置だから、『カフウッド』に無断で横切っても、問題ねえって考えだろうな。」

 眼を離した鍋からは、早くも焦げ臭いにおいが立ち上って来た。

「おい、鍋!」

「あ、ああ」

 気の無い返事で、鍋をヒーターから離した。火は使ってない。IH式のヒーターだ。

「あなたが出撃しなければ、ダメなのですか?」

「俺は、『ファング』のかしらだぜ?『ファング』が出るのに、俺が出ねえわけがあるか。」

「そう、ですか。」

 何かまだ言いたい事があるが、飲み込んだ様子のラーニー。

「俺が出撃するのが、どんどん不安になってるみてえだな、最近のお前は。」

「あなたに何かあったら、『ファング』がどうなるか、『シュヴァルツヴァール』に乗ってる人達がどうなるか、そして、根拠地に暮らす大勢の人々がどうなるか、2年もここにいれば、私にも想像が付きます。」

「俺が死んだら、誰かがかしらを引き継いで、何も変わらず『ファング』は暴れ続けるぜ。」

 それから、カイクハルドの「ナースホルン」が虚空へと突進して行くまでに、5分とかからなかった。

(なんなんだ?あれは)

 心中のどこかで、そんな想いが(わだかま)っている。恨まれこそすれ、心配される覚えなど無いはずだ、と彼は思っている。

 ラーニーに限らず、そんな女は多かった。無理矢理に拉致して来て、囲っている女なのだから、恨まれていなければおかしい。いつ死んでもおかしくない盗賊兼傭兵という身の上を考えれば、恨まれているくらいが気楽で良い。自分が死んだら、笑って「ざまあみろ」と言ってくれるくらいの女が、丁度良い。

 そうでないと、むしろ困る。怖いなどと思った事のないはずの死が、女の心配気な表情を心中に宿すと、途端に恐ろしく思える。それが、カイクハルドには重たかった。

(あいつは、何で、あんな心配そうな顔をするんだ。)

「あいつは、何で、あんな心配そうな顔をするんだ?」

 ヴァルダナからの通信だった。心中の呟きと、一字一句(たが)わぬ言葉を、思いもよらぬ者から聞かされたカイクハルドは、人知れず1人でのけ反った。

「な、何の話だ。」

 動揺を必死で抑えながら、なんとか言葉を返した。

「ナワープだよ。今、出撃しようとしたら、あいつ、見るも無残な、憐れな表情で、俺の心配をしてやがった。」

「はは、トーペーに、逝かれちまったからな。」

 カビルが、茶化し気味に割り込んで来た。「男に死なれる事に、敏感になってんだろ。」

「トーペーは、長く連れ添った男だったんだろ?俺は、つい最近、会ったばかりだぜ。あんな心配そうな顔で、見送る事もねえだろう。」

「お前にまで逝かれたら、疫病神が確定しちまう、と思ってんじゃねえか?ナワープは。」

「そいつは、あんまりだろ、カビル。」

 陽気な声で、歴戦の相棒をカイクハルドは(たしな)めた。「まあ、どうでも良い男でも、恨み果てねえ男でも、そいつの命の危機には心配しちまう、って物好きな女もいるって事だ。いちいち構ってたら切りがねえぞ、ヴァルダナ。」

 ラーニーへの想いを、カイクハルドは棚に上げた。

「で、ナワープはどんな味だったんだ?ヴァルダナ。トーペーが言ったように、柔らかかったか?」

「な、な、何を言ってるんだ!? カビル!」

「何って、抱いたんだろ?ナワープを。そんなに心配されるって事は。」

「抱くわけないだろ。預かってるだけだ、って言ってるだろ。ずっと部屋に閉じ籠めてるだけだよ、あいつは。」

 動揺も露わに叫び返すヴァルダナだが、彼の操る「ヴァンダーファルケ」を含め、「ファング」の戦闘艇百隻は、一糸乱れぬ極限密集隊形で、漆黒の空間を貫いている。

「抱いてもねえのに、そんなに心配されんのか?そりゃ、おかしいな。うちの女なんざ、百回以上抱いてんのによ、俺が出撃するって言っても、ベッドに寝っ転がったままだったぜ。顔も上げねえでやんの。」

「お前が女に心配されたなんて話、そういや、聞いた事がねえな、カビル。」

 幾つものディスプレイに目を走らせ、驟雨(しゅうう)のごとくに飛び込んで来る数多(あまた)のデーターを片付けながら、カイクハルドは笑って応える。

「何だろうな?どうなってんだろうな?」

 カビルが首をひねっている様が、驟雨の一粒となって、カイクハルドの脳裏を飛び過ぎた。「なんで俺には、ロクな女が回って来ねえんだろうな?」

 彼が囲った女にとってこそ、ロクな男が回って来なかったのではなかろうか、との思いも、驟雨のごときデーターの一つとして、カイクハルドの思考回路を駆け抜ける。

「けど、ヴァルダナ。本当に、何もねえのか。抱いてねえにしても、奥の部屋に閉じ籠める以外に、何かあるんじゃねえのか?」

「何もねえよ。そりゃ、ちょっとは、話を聞くって言うか、トーペーってのが、どんなだったとか、どんだけ好きだったとか、そんなつまらん話を、延々と聞かされ、聞かされるって言っても、そんなに真面目にちゃんと聞いてたわけじゃないけど、長々と話しているあいつの隣に居た、ってだけだけど、まあ、聞くともなしに聞いてたって感じの事は、あったと言えなくもないような気が、しなくもないけど。」

「・・そんな話を、最後までちゃんと聞いたのか?」

「何だよ、カビル。おかしいかよ。暇だったから、聞いた・・っていうか、喋ってるのを、邪魔しないでそのままにしておいた、っていうか・・それだけだぜ。」

 何らかの変化というものを、カイクハルドは感じた。それが何かは分からないが、ふと、トーペーの笑った顔が、よぎった気がする。

「話だけか?」

 更に、カイクハルドの尋問は続いた。「何か、食わされなかったか?最近。」

「!、な、何で、知ってるんだ?」

「もしかして、ラザニアか?」

「!、な、何で、分かるんだ?」

「・・流行ってるみてえなんだよ、ラザニア作りが、女共の間でな。」

 苦笑まじりのカイクハルド。

「何だよ?それ、かしら。ラザ・・何だって?うちの女、そんなもん、作らねえぞ。」

「そうか。カビル、お前、最近、化学経路食材ケミカルプロセスフード以外のもの、いつ食った?」

「食う分けねえだろう?もう、在庫も材料も、ねえんだから。」

「そう言われてるのか?お前は、お前の囲ってる女に。」

「違うのか?」

「さあな。」

「ラザニアなんて」

 カイクハルドとカビルを意に介しない様子で、ヴァルダナが呟く。「十年近く前に、姉上に作って頂いて以来だった。」

「それと比べて、どうだったよ。」

「あ、姉上の作った方が、美味しかった。」

「・・だろうな。」

 話し込んでいる内に、標的の徴税部隊は迫って来る。喋り続けていた事からも分かる通り、通信封鎖などはしていなかった。敵は「ファング」の接近を、ずいぶん手前から察知していたはずだ。

 が、標的の部隊は、数に関しては目測を誤ったかもしれない。小型戦闘艦の1艦だけが、彼らを迎え撃つ態勢で進出して来た。百隻も居ると分かっていれば、もう1艦くらい、繰り出して来ても良さそうなものだ。

 「ファング」の密集隊形は、敵をして、数を少なく見積もらせてしまう程に、極限にまで距離を詰めたものだった。その小さい容積に百隻など、収まっているわけは無い、と敵は結論付け、少なく見積もってしまう傾向にある。

 真相は確かめようも無いが、「ファング」が1個の小型戦闘艦だけと対峙した事は、間違いない。結果は圧勝だった。

 戦闘艦による濃密な散開弾攻撃を、無傷で突き抜けて来る戦闘艇団などというものを、「グレイガルディア」では誰も想定しない。突き抜けて来たのを見届けて、慌てて次の対応に移ろうとしても、間に合うものではない。

 青く清々しい殺戮の光球を、「ココスパルメ」が咲かせた。2発のプラズマ弾に焼かれた敵艦は、内部を、ミサイルの誘爆による熱風に吹き荒れさせる事態に至った。たちまちのうちに、虚空を彷徨う巨大な棺桶と化す。数十人分の原型を留めぬ(むくろ)を抱いて、永遠に宇宙を漂うだろう。

 1艦の撃破を見届けると、敵の残りの3艦は、スタコラサッサと逃げ出した。

「3艦で立ち向かえば、敵にはまだ十分に、勝ち目があるんじゃないのか?」

 第3戦隊の新たな隊長、パクダが疑問を投げかけた。

「勝てるかどうかには、奴等は興味がねえのさ。」

と、カイクハルドが答える。

「怪我一つ、したくねえんだろうな。」

 後に続いたのは、第5戦隊隊長のガウダだった。「渋々派遣された徴税の旅なんぞで、怪我はしたくはねえだろう。腐敗し切った軍事政権に媚びを売ってる軍閥の内部に、統制も忠誠も、残ってるはずがねえ。ちょっと強そうな敵を見れば、任務も命令も全部放り出して、一目散に逃げる奴等なのさ。」

 「軍政目の敵戦隊」の隊長だけあって、ガウダは辛辣だった。敵小型戦闘艦を焼いた「ココスパルメ」も、第5戦隊から放たれたものだ。

 戦闘艦が逃げ去った後には、輸送船数隻が残された。税として積み込まれた大量の物資と共に、数十人の若い男女が詰め込まれていた。奴隷や娼婦として売り飛ばす為に、連れて来られたのだろう。無論、自分達で、散々に使い込んだ上で。

「フ・・『ファング』!? あなた方は、『ファンング』なのですか?」

 若者の1人が、代表として通信に応じ、カイクハルドの名乗りにそう応じた。しばし仲間同士で相談した後、

「聞くところによると、『ファング』では、女への暴力は禁止で、飢えさせられる事もないとか。男も、それほど過酷な労役は課されない、との事です。私達を、連れて行って頂けませんか?」

 このところ名の通り始めた「ファング」には、こんな申し入れは珍しいものではなかった。下層民達の中には、故郷に戻っても、餓死か病死に至る確率の高い劣悪な環境が待ってるだけ、という者も多かった。「ファング」に一縷(いちる)の望みを賭けて、彼等は身売りを決意した。

「パイロットの気に入った女は、俺達の母艦で囲う事になるし、それ以外の男にも女にも、何も約束なんぞしねえぞ。それが嫌なら、その船で故郷に帰るか、領主のもとに行くか、好きにしろ。」

 領主のもとに行けば、奴隷や娼婦として売り飛ばされる。戻っても、待っているのは劣悪な生活環境だ。それに、彼等に利用可能なタキオントンネルのターミナルが無いのなら、彼らがどこかの集落にたどり着くのは、何十年も先になるだろう。宇宙での旅は、是が非でも、超光速の移動手段が必要だ。無論、この近くにある「ファング」の根拠地は除いての話だが。

 結局彼等には、どんな目に遭わされようと、「ファング」に従う以外には生き残る術は無いのだった。「ファング」パイロット達は、最近の戦績の順に、輸送船にいた女達を連れて行った。軍閥が娼婦として売り飛ばすつもりで選んだ女達だけあって、パイロット達の欲望から逃れ得た女は、一人もいなかった。

「あんたも1人、ゲットできるんだぜ。」

 第5戦隊隊長のガウダが、カイクハルドに告げて来た。最近の戦闘の成績上位は、第5戦隊に集中していたが、カイクハルドも5位に入っていた。目の前の輸送船にいる女から、一人を連れて行って囲う権利があった。

 彼の前に4人が、気に入った女を既に連れて行っているが、残った中からカイクハルドは、好みの女を選べる。が、

「俺の部屋には、既に3人いるからな。今回の所は、パスだ。」

 1人のパイロットが囲える女は、最大3人までだった。かしらのカイクハルドも、入ったばかりの新入りも、同じだった。

「本当にいらねえのか?だったら、俺にも順番が回って来るな!」

 叫んで来たのは、第3戦隊のロイトだ。「バーニークリフ」奪還の後で「ファング」に入った新入りだ。第3戦隊の次期隊長候補と目されている。

「ロイトは、女をゲットするのが『ファング』に入った動機だからな。獲物にあり付けて、さぞかし満足だろう。」

 隊長のパクダに言われ、

「ああ、そうさ。根拠地にいる間は、あんた達のおさがりしか回って来なかったんだ。あんた達に孕まされて、産んだ後の女ばっかりだぜ。それが、ようやく新鮮なのを囲えるようになったからな。良い気分だぜ。」

と、歓喜に喚く。パクダは尋ねる。

「ちゃんと、種は仕込んで行ってるんだろうな?ロイト。」

「いやいや、まだそこまでは・・・」

「馬鹿野郎。鉄砲弾を沢山作るのが、お前らに女を囲わせてる理由の一つなんだからな、楽しんでばかりいないで、ちゃんと種を仕込めよ。」

「そうだぜ、俺なんか、あっちこっちにある根拠地の半分以上に子孫をばら撒いてんだぜ。」

「はいよ、合点だカウダ、あんたを見習うぜ。けど、本当に良いのか、かしら。あんたから横取りしたと思うと、気が引けるぜ。既に3人いるからって、何とかなんねえのか?」

「そうだぜ、かしら。抱きもしねえラーニーを放り出せば、1人ゲットできるじゃねえか。」

「うるせえ、カビル。抱かねえんじゃなくて、熟成させてるんだ、って何度言えば分かるんだ。」

「姉上の、どこが熟成できていないんだ?」

 なぜか、プライドを傷つけられた感じで、ヴァルダナが言った。

「そんなことより」

 カイクハルドは強引に話題を転じる。「カビルこそ、1人ゲットできるんじゃねえのか。貰っておかないのか」

「俺は、権力者の箱入り娘が専門だ。庶民の娘はいらねえ。」

「なんだよ、それ?」

 ヴァルダナの呆れた声で、会話の幕は下りた。

 戦闘艇と女達を収容した「シュヴァルツヴァール」は、輸送船を伴って根拠地を目指した。

今回の投稿は、ここまでです。次回の投稿は'18/6/2 です。

素粒子タキオンというのは、まったく荒唐無稽な存在ではなく、一部ではあっても、宇宙物理学者さんが存在を予測しているもの、だったはずです(たぶん)。ですが、それを使って超光速移動が可能になる、なんて話に賛同して下さる学者さんは、恐らくおられないでしょう。この点は、まったく荒唐無稽です。できる限り荒唐無稽を排除するのが、ハードSFってものだとは思っていますが、さすがに超光速移動無しじゃあ、宇宙での話は成立しないので、ご容赦下さい。それなら、移動手段についてそんなに詳しく記述しなければ良いじゃないか、とも言われそうですが、かなり強引な移動手段を登場させている、というところから、物語世界のスケール感を味わって欲しい、というのが作者の想いです。さらっ、と書きましたが、2光年の移動っていうのは、とんでもない距離です。惑星探査機「ボイジャー」が40年くらいかけてたどり着いた距離の、更に千倍くらいでしょうか(計算に自信なし)。荒唐無稽な移動手段を登場させなければ、絶対に不可能な距離っていうのが、こういう書き方で伝わらないかなぁ、っていう試みです。この距離ですら、この物語りの舞台のほんの一部です。そんな距離感を味わいつつ、そこを飛び回り躍動する「ファング」を見守って頂きたいです。「シュヴァルツヴァール」と共に、読者様にも宇宙を駆け巡って欲しいです。というわけで、

次回 第19話 根拠地到着 です。

次回描かれるのは、「カフウッド」領である「カウスナ」領域内の「サフォノボ」星系にある根拠地です。前回登場したのは、「ハロフィルド」領だった「カルガ」領域内の「マントゥロポ」星系の根拠地でした。少しややこしいですが、「ファング」の保有する別の施設です。物語の主役となる集団の実情が語られるので、是非ご一読頂きたいです。

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