第17話 領民との再会
「拝聴する限りでは、『カフウッド』ファミリーの所領経営というのは、なかなか優れたものが、あるのですね。」
カイクハルドの執務室で、ラーニーが漏らした。相変わらず、根拠地とのやり取りの為に、端末との睨み合いを繰り広げていた。
キーボードへと、しなやかな腕が伸びている。それを覆う今日の布地には、透け感は無い。落ち着きのあるダークグレーの、伸縮性に富みそうな布地に包まれているだけだ。なのだが、身体に、ヒタ、と密着している感じが、腕といい、腰の辺りといい、華奢で繊細で、かつ伸びやかな体形を強調している。深い色合いのそれに、一旦蓄積された体温と臭いが、ラーニーの“おんな”を濃縮した上で湧き立たせている、とカイクハルドには感じられた。
「どうだかな。」
迫り来る“おんな”を必死で無視して、カイクハルドはぞんざいに言い返す。「領民を戦争に巻き込む領主なんぞ、ロクなもんじゃねえと思うがな。」
「しかし、今回の蜂起は、領民の方からプラタープ殿に嘆願があり、ほとんどの領民が挙兵を支持し団結している、と言うではありませんか。信頼や敬愛を勝ち取っている領主でなければ、そのような話には、なりませんでしょう。」
ラーニーの脳裏には、「ハロフィルド」ファミリーの家宰達に向けられた、領民の憤怒の表情が思い出されているかもしれない。彼女のファミリーにはできなかった、領民の信頼と敬愛を勝ち取る所領経営が、「カフウッド」ファミリーにはできているのだとしたら、彼女としても考えさせられるものがあるのだろう。
憂いを帯びれば帯びる程、何故だか女は色香を増す。脳を侵食して来る“おんな”を必死で追い払うかのように、カイクハルドは矢継ぎ早に言葉を放つ。
「概ねは良好って事らしいが、細かく見れば、色々問題はあったようだぜ、『カフウッド』の所領にも。」
「と、言いますと?」
「普段の所領経営は、『カフウッド』ファミリーも家宰連中などに任せる事になり、管理者として各集落に派遣するわけだが、やはり、領民への不当な搾取や労役等で私腹を肥やそうとする奴は、どうしても出て来るみたいだ。悪意の無い管理者であっても、領民の活動に目を行き届かせられねえ、能力に乏しい奴も、居たらしいしな。だが特に、軍政から無理矢理押し付けられた管理者ってのが、酷かったらしい。」
「軍政が、管理者を押し付けて来るのですか?」
「ああ。権力を笠に着た口利きって奴だな。軍政上層部に賄賂を払って、仕官先を獲得しようって奴はいつでもいるし、軍政上層部も、当たり前のようにそれを受け入れやがるからな。」
「そのような、賄賂で職を買ったような者が、まともな集落の管理をするとは思えませんね。」
「そりゃあ、酷いもんらしいぜ。そもそも、管理の経験も知識も能力も、全くねえ奴だったりするし、領民の暮らしを思いやる想像力もねえ。作業者の役割分担や教育なんぞは放ったらかしで、設備のメンテなんかもノータッチで、そのくせ税は割増しで徴収する、個人的な用事での酷使もするってな。責任は持たねえが利益は欲しがる、管理はしねえが権力は振りかざす、ってそんな出来損ないの管理者が、軍政から押し付けられた連中だ。」
「軍政の腐敗は、そこまで進行しているのですか。と言っても、私達帝政貴族も、大きな事は言えませんが。」
「まあ、そうだな。軍政にしろ帝政にしろ、領主として封じられた者が、管理者の人選をちゃんとして、ちゃんと監督し、おかしなことをしてるなら、指導や更迭もしなきゃいけねえよな。そこんとこで、目を行き届かせられねえ領主の支配域じゃ、領民の不満は高まり、生産性は落ち込む。その状態で、しっかり政府に税も払って、自分達も贅沢をしたいなんて言い出したら、領主はどこまでも領民の生活を圧迫するしか無く、結局、逃散や暴動なんて結末を迎える。」
カイクハルドの言葉は、またラーニーに、領民の憤怒を思い起こさせたらしい。
「そうですね。私達『ハロフィルド』も、家宰への監督が行き届かずに、領民を苦しめてしまいました。」
俯くラーニー。髪が表情を隠す。「あの『カフウッド』ファミリーといえども、完全に目を行き届かせる事は、できなかったのですか?軍政に、出来の悪い管理者を押し付けられた事もあって。」
「そうみたいだな。だが、今回『ティンボイル』に、一時的に所領を奪われて、返ってそんな出来の悪い管理者が炙り出されたし、軍政に反旗を翻した事で、押し付けられた管理者を遠慮なく追放できたんで、所領経営の質は向上したらしい。」
「それが、『カフウッド』の領民が軍政打倒を支持する理由にも、なっているのでしょうね。」
再び顔を上げたラーニー。首の角度が変わる度に、髪が揺れる。それに、カイクハルドは、何かを攪拌される。
「賄賂をもらってた軍政の首脳も、領民に搾取や労役を課した管理者も、目先の利益ばかりを追求した挙句に、自分の首を絞める結果になったってわけだ。愚かな事だぜ。長い目で考えりゃ、領民をしっかり慰撫して、機嫌よく働いてもらえるようにした方が、自分達にも得だってのによ。」
「ええ。『カフウッド』ファミリーの所領経営の有り方を伺っていますと、その事が、身に染みて分かります。」
「とはいっても、プラタープの旦那も、見えているのは軍政や帝政の領民と、支部の保護下の民だけだ。『アウトサイダー』にまでは、目が届いちゃいねえ。」
「そうなのですか?」
「まあ、一軍閥の棟梁に、『グレイガルディア』全体の事を考えろ、なんって行っても無理なのかもしれねえが。しかし、誰かが全体の事を考慮するようにならないと、考慮から洩れた奴等は、不幸と苦痛のどん底に陥る事になる。そいつらの不満や憤りが、いつか帝政も軍政も、全てを脅かす事になる。その結果、自分達が『アウトサイダー』になっちまうこともある。長い目、広い目で考えれば、『アウトサイダー』も含めた、『グレイガルディア』全体を考えられる奴が、この国を統治しなきゃいけねえんだ。あの『戦場泥棒』の事ですら、ちゃんと考えてやれるような奴がな.」
「おっしゃる通り、長い目、広い目で物事を見るのは、とても大切ですが、難しい課題でもあります。人は、どうしても、目先の利益に目を奪われてしまうもの。ましてや、『グレイガルディア』全域など・・」
遠くを見る目で語ったラーニーが、ふと、カイクハルドに視線を向ける。「あなた達『ファング』の根拠地では、それができているのですか?」
不意の視線に何かを刺激されたのか、カイクハルドは声色が高ずる。
「阿呆ぬかせ!」
苦笑まじりに吐き捨てる。「俺たちゃ盗賊だぜ。誰よりも、目先の利益しか考えねえ人間の集まりだぜ。今日を面白く過ごせれば、明日は死んだって構わねえ奴が集まってんだ。明日の死への覚悟が固まってる人間には、許されるんだ、目先の利益の追求がな。だから俺達は、襲って殺して奪って犯して・・」
「そればかりには、思えませんわ、『ファング』の根拠地を見た者としては。私の元領民達も根拠地の支援で、ずいぶん幸せな暮らしを与えてもらっているようですし。」
ラーニーは瞼の裏に、初めて「ファング」の根拠地を訪れた時の景色を、蘇らせているようだ。
皇帝の御座船から拉致され、「シュヴァルツヴァール」に囲われてから10日ほど経った頃に、彼女は、「ファング」の根拠地の一つで、「マントゥロボ」星系にある施設に連れて行かれた。それが、彼女が「ファング」の根拠地を見る、初めての機会となった。
そこは、「ハロフィルド」ファミリーの所領である「カルガ」領域にある星系の一つの中だった。皇帝ムーザッファールが立て籠もり、脱出・逃亡を図ったところで「ファング」に捕えられたのと、同じ星系だ。
自分の所領の中に、盗賊団が拠点を構えていた事にも驚かされたラーニーだったが、盗賊の拠点と思えぬほど立派な施設を見て、また更に驚かされていた。
その当時は、ベージュの貫頭衣に身を包み、終始泣きはらして時を過ごしていたラーニーだったが、元領民達が送り込まれている根拠地に近付いていると知らされ、端末に噛り付いた。「シュヴァルツヴァール」の船首に取り付けられたカメラからの映像は、カイクハルドの執務室の端末からも、見られる。
施設は、「マントゥロボ」星系のエッジワース・カイパーベルトの中にあった。すぐ近くに寄るまでは、天然の天体にしか見えない。しかし、よく見ると、2つの灰色の小惑星が人工の筒状構造物で繋がれ、その筒を中心にして回転している。ある程度の距離にまで寄って来て、初めてその姿を視認できる。
根拠地の正確な座標を知らない者が、この施設を見つけるのは、まず不可能と言えた。相当に近付かなければ、人の手が加えられた形跡を見い出すのも難しい。少し離れれば、ただの岩の塊にしか見えない。視覚映像以外のあらゆる検出器でも、人工物である事を判別するのは難しいだろう。人工構造物の部分はステルス性が高く、熱源の放出も抑えられている。かなり近付いて初めて、検出可能な程度だ。
2つの小惑星の回転は、内部に重力を生じさせる為のものだ、といったカイクハルドの説明に、ラーニーは言葉も無く頷いていた。そのようにして建造された宙空浮遊施設は、ラーニーには初見であったらしい。
回転中心には遠心力は効いていないので、筒状構造物の中にあるそこが、宇宙船などの係留港となる。「シュヴァルツヴァール」もそこに入港した。
カイクハルドの自室と女専用エリア以外では、ラーニーがカイクハルドから離れられないのは、「シュヴァルツヴァール」の中と同じだ。根拠地内を出歩く時、彼女は、彼の傍にいなくてはいけない。離れれば、腕輪から電流の制裁が加えられる。
暴力は禁止されている「ファング」において、腕輪の電流は、彼女達が受け得る唯一の制裁だ。飢えさせられるという制裁も、「ファング」では無い。怪我も後遺症もない、命には絶対に関わらない電流による制裁のみが、女達の行動を束縛する手段だ。
カイクハルドに連れられる形で、ラーニーは根拠地内部に踏み入った。外に出るにあたっても彼女は、不愛想極まりないベージュの貫頭衣のままだった。
エレベーターが筒状構造を移動して行くに連れて、遠心力による疑似重力が効いて来る。重力に引かれ、コリオリ力や重力勾配にも複雑に動かされてラーニーに押し付けられた貫頭衣の布地が、少しはボディーラインを露わにするかと思ったカイクハルドの期待は、無情に裏切られた。貫頭衣は、それ程軟では無かった。
岩塊を刳り抜いた内部にある、居住エリアへと彼等は至った。頭上のすぐ近くにも、岩肌が剥き出された景色を拝む環境には、解放感というものは微塵も無く、閉所恐怖症の者には居心地の悪い施設だろう。
三階構造になっていた。最上階、つまり、回転中心に一番近いフロアには、各種の生産設備が入っている。化学経路食材や生物経路食材の生産設備があり、生物由来食材の為の施設さえもある。つまり、農場や牧場や生け簀だ。
それは、ラーニーには驚きの光景だ。生物由来食材は、「グレイガルディア」では帝政貴族や軍閥エリート等の、上流階級の者しか口にできないような代物だ。庶民は、ほとんどが化学経路食材を食べている。稀に生物経路食材を食べる機会はあっても、生物由来食材は滅多に食べる機会が無いはずだった。
盗賊の拠点で生物由来食材が生産されている、など思いもよらない事だった。生物由来食材を作るという事は、人間以外の生物を養わなければいけない、という事だ。人間が暮らす為の人工宇宙建造物内に、人間以外の生物に適した環境をも設える、という事だ。
人間以外の生物に適した環境が、人間の求める環境と全く同一という事は無く、そんな環境を実現するには、かなりの技術や知識、そして“ゆとり”が必要だった。空間的にも物質的にもエネルギーの面でも、相当程度の“ゆとり”を生まなくては、生物由来食材など生産できない。始めからそれがあった人類発祥の惑星とは、文字通り“別世界”だ。
生物由来食材ほどでは無くても、生物経路食材にも、技術や知識やゆとりは必要で、自然貧しい庶民は、化学経路食材が中心の食生活になってしまう。
「ファング」根拠地の住民は、皆が平等に、化学経路食材を半分、生物経路食材食材を4割、そして1割の生物由来食材を食べている、とカイクハルドに聞かされ、さらに驚いた。全員平等である事も驚きだし、化学経路以外の食材の占める割合も、驚異的だった。
ただし、割り当てられた仕事をしっかりこなしている限り、ではある。サボる奴は、化学経路食材だけになったりする。メシ抜きにまでは、ならないらしいが、一定のペナルティーは課される、との事だ。
最上階では、資材等も作られている。建築資材も生活用材も衣服等も、ここで作られるし、備蓄用の倉庫もここにある、とカイクハルドが教えた。が、エレベーターは最上階を素通りしたので、ラーニーはこの時は、最上階の光景を目にする機会は無かった。
中間階には集団統制の為の施設、つまり、役所のような機能が設けられ、それ以外は、住民の為の“憩いの場”となっている。生産設備も、一部ここに及んでいる。最上階より岩肌が剥き出しの天井が迫っていて、窮屈な印象は否めないが、水平方向の面積に関しては、広々としたものがある。
「“憩いの場”・・。何ですか?それは。」
「まあ、皆が気持ち良く過ごせる場所、って事かな。」
「そんな場所が、盗賊の根拠地に、あるのですか・・」
そこに息づく動植物は、鑑賞用や愛玩用が主であり、食用にもなるものも一部にはある、とカイクハルドは説明したが、ラーニーは質問しておきながら、心ここにあらずだった。
無理も無いだろう。これから、かつての領民達に会うのだ。
「ラーニー姫様!」
眼前に現れた元領民達を前に、どんな言葉を紡いで良いか分からずにいたラーニーに、領民達の方から声が掛かった。“姫様”との呼称や、その声色から、領民達の彼女への想いは容易に察せられた。
各フロアは直径およそ2千mの広さで、中間階では、その半分くらいが“憩いの場”として、住民に開放されていた。ところどころに柱はあるが、壁は無い。
そんな広々とした吹き抜けの空間に、幾種類かの植物が配され、床に置いた鉢や花壇から、あるものは人の背丈を越えるくらい、あるものは膝くらい、と変化に富んだ高さで緑鮮やかに生育している。色とりどりの花を付けているものもある。
羊や鶏といった、比較的小型の動物がいる一角もあり、それらは愛玩用にもされるが、乳や玉子は食用になるし、非常用の食肉とも目されている。
そんな“洞窟内庭園”とでも表現すべき趣もある“憩いの場”で、ラーニーは、かつての領民と対面した。当然、全員では無く、代表の数人ではあるが。
多くの住民で賑わっていたので、人並みの中から忽然とした感じで、元領民達はラーニーの目に飛び込んで来た。即座に言葉が紡げなかったのも、そんな状況があったからだった。
「み、皆様・・我が、領民の皆様・・も、申し訳・・」
「ラーニー姫様!姫様がお詫びなど、おっしゃらないで下さい。」
住民代表の1人、壮年を過ぎようかという年頃の婦人が、歩み寄った。「悪いのは、クトゥヌッティを始めとする、家宰連中でございます。」
「そうですとも。」
熟年の男性が、後に続いた。「若殿が・・、サンジャヤ様が、帝政を復活させる為に忙しくお働きあそばし、所領経営に目を向けられぬのを良い事に、奴等が好き放題していただけでございます。」
「クトゥヌッティ達には、散々な目に遭わされた恨みがございますが、『ハロフィルド』ファミリーの方々へのわしらの想いは、いささかも変わっておりませぬ。変わらず、お慕え申し上げております。」
「そうですわ。ラーニー姫様は、私達の女神様ですわ。いつもお綺麗で、お姿を拝見する度に、『ハロフィルド』ファミリーの領民で良かったって、誇りに思ってましたのよ。」
同じく領民代表の老人や若い娘も、口々にラーニーを擁護する言葉をかけた。
「皆様・・・」
罵声を浴びせられる仕打ちも覚悟していた様子のラーニーは、思いがけぬ住民の優しい言葉に、声を詰まらせた。
「あの家宰連中も」
熟年男性が、再び口を開いた。「少し前までは、真面目で善良な管理者だったのですがな。他の所領の管理者の、領民を食い物にした上での豪奢な生活をどこからか聞きつけ、感化されてしまいおったのです。」
「そうなのですか。その事に、私達が、もっと早くに気付いておれば・・」
「何をおっしゃいます。所領経営の実務になど、今まで全く関わって来られなかったラーニー姫様に、そのような責任など・・」
「でも、サンジャヤ兄様が軍政打倒の為に奔走されていて、お父様もお母様も、早くに亡くなり、親類縁者も遠く離れた支領に封じられていた状況では、私がしっかりと本領経営を見ておかなければなりませんでした。それを怠り、家宰達に任せ切りにしてしまったせいで・・」
「おお、ラーニー様。あなたがそのように、ご自身を責められるとは・・」
ラーニーに向けて、手を広げる住民達。直接触れる事を遠慮しつつも、それは、抱擁と言って良かった。
「私達なら、もう大丈夫ですわ。ラーニー姫様。ですから、そんな顔、なさらないで。」
「そうですじゃ、ラーニー様。わしら領民どもは、『ファング』根拠地の支援の下で、以前と変わらぬ、いや、正直、以前よりも良い暮らしをしておるのです。」
「そうなのですか?」
ラーニーは意外そうな、驚きの表情で、領民代表達を見回した。
「家宰達がやっていた仕事は全て、この『ファング』根拠地から派遣された技師達によって、引き継がれています。」
「資源採取や生産の設備をメンテナンスしたり、消耗部品を調達したりは、家宰連中にしかその技術や知識や“つて”が無いものだ、と以前には思っておりました。だからこそ私達も奴等に逆らえず、言われるがままに搾取され、使役されておったのです。が、『ファング』根拠地の技師達は、それらを全てやってくれております。」
ラーニーの驚きの視線は、カイクハルドへと流れた。
「どういうことです?何故『ファング』に、そのような事ができる技師が・・?それらの設備に関する技術や知識は、限られた者しか知らないはず。ましてや、消耗部品の入手など、帝政貴族か連邦支部に・・・もしかして、『ファング』は連邦支部と、何か関係が・・」
「そんなこと、教えるわけねえだろ、囲われてるだけの女によ。」
カイクハルドは、大仰過ぎる勢いでそっぽを向いた。
「連邦支部というのにも、色々と派閥が御座いますからな。」
熟年男が、話を続けた。「帝政を指導することで、『グレイガルディア』の政治状況を改善しようと図る派閥、軍政を指導した方が良いと判断し行動した派閥、そして、どちらにも見切りを付けて、直接的な民衆の救済に乗り出した派閥、などがあります。そこに、民衆にも『グレイガルディア』の政治状況にも興味の無い、いわゆる似非支部も入り込み、把握し難い複雑な状況が生まれているわけです。」
「では、『ファング』の活動は、帝政や軍政に見切りをつけた連邦支部の一派の、庶民救済の一環なのですか?」
「そんなわけねえだろ!何度も言わせるな。俺達は盗賊団兼傭兵団だ。己の欲の為に、襲って殺して奪って犯す、武力集団だ。」
「盗賊兼傭兵が、なぜ領民に技術支援をするのです?そして、できるのです?」
「なぜ“できる”のかは教えねえが、なぜ“する”のかって言われたら、領民から収穫を吸い上げるためだよ。技術支援の見返りに、お前の所領の住民から『ファング』は、きっちり生産物を収奪し続ける事になるし、場合によっては人員を提供させて使役もする。『ファング』の補給拠点としても利用する。つまりは、俺達の活動にとって都合の良いように、利用する為の技術支援だ。救済でも何でもねえ。」
「ええ、確かに、見返りは要求されていますが、家宰達に収奪されていた時に比べれば、我々の手元に残る収穫は、かなり多くなっています。人員の提供と使役や、補給基地としての利用も、必要最小限に抑えられているようで、今のところ、発生しておりません。」
ラーニーを安心させようとの意思に溢れた声色で、領民代表の壮年婦人が言った。
「今のところは、だ。これからも、こうだとは思うな。それに、何より、お前らの大切なラーニー姫を囲ってんだぞ、俺達は。これでも、救済とかぬかしやがるか。」
悪者である事を、こんなに必死で主張する奴も珍しい。
「そうです、ラーニー様。我々こそあなたに、伏して謝罪せねばなりません。」
熟年男性の住民代表が、哀願の目でラーニーを見た。「家宰達の収奪と酷使に耐え兼ね、しかし、家宰達の技術や知識なしには生活が成り立たなかった我々は、『ファング』の力を借りずしては反乱を起こせませんでした。その『ファング』に、支援の見返りの一つとしてあなたの身柄を要求され、我々は、受け入れてしまった。女が暴力を受ける事も飢えさせられる事も『ファング』では無い、という言葉だけで、納得してしまった。領民としてあるまじき、恥ずべき事でした。ラーニー様、どうか、お許しを・・」
「そんな・・私一人が辛抱して皆様が救われるのなら。そもそも、身を挺してでも領民の生活を支えるのは、領主として当然の務め。私が辱しめを受ける事が、あなた方の生活救済に繋がるのなら、喜んで・・」
「ああ、ラーニー様!」
「姫様!」
ラーニーの前に膝を屈し、その足に取り付く勢いで首を垂れた領民達だった。
「皆様、お顔を上げて下さい。私は、家宰や弟を人質に取られて、彼等の虜になる事を受け入れたのです。あなた方が謝る事など・・、そうでしょ?カイクハルド。領民の皆様の件が無くても、あなたは皇帝陛下を捕え奉るつもりだったし、私も虜にしていたでしょ?」
「ああ、そうだな。ま、後で話がややこしくなるのが嫌だったんで、あんたのとこの姫さんを俺が囲うけど文句言うな、と前もって釘を刺しはしたがな。文句言うなら、支援はしねえぞって。」
「そう。そう言われて、わが身可愛さに、我々はそれを受け入れた。姫様を、売ってしまった。」
「御免なさい、ラーニー姫様。姫様を犠牲にして、私達は私達の身を守ったのですわ。」
「皆様、もう、その事は・・。もう、それ以上はおっしゃらないでください。私ならば、大丈夫です。『ファング』が皆様の生活を支えているのら、私が『ファング』の意のままとなり囲われるのは、当然です。」
罵倒される事も覚悟した領民から、逆に、伏して謝られる展開となり、ラーニーは当惑しっぱなしだったが、この時以来、泣き通しのラーニーは、居なくなった。
彼らが話し合っていたフロアの、その下に、住居フロアがあり、5百人分ほどの居室がある。遠心力がこのフロアで1Gになるように、集落は回転している。
2つの小惑星が対になっているが、その片方の小惑星に約5百人なので、根拠地の定員はおよそ千人となり、現状、約8百余人が生活している、とカイクハルドはここの責任者から聞かされていた。
「私たちの集落に、『ファング』から最新鋭の設備が導入されまして、その設備の運用の実地研修を受ける為に、集落の者の数人が、この根拠地に住み込んでいるのです。」
と、代表者たちは、ラーニーに説明した。
現在、「ハロフィルド」ファミリーの所領は、帝政側からは闕所扱いとなっている。領主であったサンジャヤ・ハロフィルドは軍政に捕らわれて死刑に処され、その妹のラーニー・ハロフィルドは盗賊に拉致されて行方不明、と認識されているので、「ハロフィルド」ファミリーは滅亡したもの、とみなされている。
が、新たな領主を封じるべき帝国政府は、皇帝ムーザッファールが配流になって以来、最高権力者不在という状態が続いており、さりとて軍事政権も、帝政が掌握している領域にまで口を出す事は憚られるものがあった。
軍事政権支配領域の中にも、皇帝への敬意を失っていない者は少なからずいて、帝政支配領域に手を出す事は、大きな混乱を内部に抱え込む可能性があり、軍政としても軽はずみな事はできないのだ。
そんなわけで、旧「ハロフィルド」の所領は、領主も管理者もいない状態に置かれている。普通そんな領域の民は、死滅するか離散するかしかない。資源採取も生産活動も、領主や管理者がいなくては、成し得ないはずのものだ。帝政も、領主がいなくなって2年もたった領域に住民が生き残っている、などとは思っていないだろう。
新たな領主を任命し、領民をどこかから連れて来る、などという事は、皇帝不在の帝政には無理だった。まだ当分、旧『ハロフィルド』領は、闕所のままに置かれるだろう。
つまり、「ファング」の支援により生き残っている領民達は、帝政にも税を納める必要がない、という事だ。それも、ラーニーは住民から教えられた。
「支援の見返りとして『ファング』の根拠地から支払いを求められている生産物も、帝政に課せられていた税や、家宰どもに搾取されていた分と比べれば、かなり軽微なものです。その上、『ファング』より導入された最新鋭設備のおかげで、資源採取も生産活動も、大幅な向上が期待できそうです。ですから、我々の生活は、以前よりもかなり豊かなものですし、これからも、もっと良くなるでしょう。」
領民達のそんな報告に、ラーニーも安心した顔を見せた。が、
「あんまり、楽観的になりすぎるのも、どうかと思うぜ。」
と、カイクハルドが水を差した。「いずれは、帝政に新たな領主を押し付けられて、税を取られることになる。俺たちの導入した設備に関しては、どこかの親切な連邦支部にもらった事にするとしても、それを使っての生産力を精査されて、それに見合う税を要求されるようになる。新たな領主が指名した管理者も、過酷な搾取や労役を課してくるかもしれねえし、良い思いができるのは今の内だけ、と思うべきだぜ。」
「はい、心得ております。ですが、『ファング』に導入してもらった設備の性能や生産性を低く見せたり、この根拠地にこっそり備蓄を隠しておく処置はできるようで、それらを最大限に活用すれば、新たな領主や管理者の搾取にも、上手く対処できそうです。私たち自身でも、隠し集落をどこかに築いて、領主や管理者の目を盗んで採取・生産・備蓄ができるようにしよう、とも考えております。」
「まあ、皆様、なかなか、強かですこと。」
すっかり元気を取り戻したラーニーは、その後、旧領民達に連れられて、住居フロアや生産フロアの見学などに向かったりもした。カイクハルドからは離れられないので、彼もそれに付き合わされるハメになった。
一通り見て回り、「ファング」根拠地での生産活動等の技術の高さに驚かされつつも、チーズ生産などで貢献する余地がある事を知ったラーニーは、「シュヴァルツヴァール」に囲われながらでもできる根拠地への貢献をして行こう、とこの時に決意したらしい。
「シュヴァルツヴァール」が、こういった根拠地で補給を済ませると同時に、囲われていた女の中で孕んだ者を降ろし、新たに囲う女を調達していることも、ラーニーは知った。根拠地から「シュヴァルツヴァール」に来る女は、基本的に希望者だった。案外、自ら希望して「シュヴァルツヴァール」に乗って来る女が多い事にも、ラーニーは驚かされたものだった。
今回の投稿は、ここまでです。次回の投稿は、'18/5/26 です。
未来の宇宙における食料や生活資材の生産、それらを統制する領主の、各集落への管理等を、地上での歴史を参考にしつつ、未来の技術を創出しつつ、自分なりに描いてみました。皇帝や軍事政権が領主を指定し、領主が管理者を指名し、各集落では管理者が独裁的な権力をふるう、といった状況が、何をモデルにしたものか、分かる方には分かっておられるのでしょうが、敢えてここでは言及はしません。ご存知無い方にもイメージを膨らませて頂ける表現ができていることを、切に願っています。この説話で描いたことが理解できていなくても、後のストーリーを見失いはしないと思いますが、これらを抑えた上で、これからの「ファング」の戦いぶりをご覧頂いた方が、より物語を楽しんで頂けるのではないかと考える次第です。従来のほとんどのSFのように、地球にそっくりな惑星の上での、現代とさほど変わらない生活ばかりが描かれるのとは一線を画す独自の世界観を、読者様に感じ取って頂けたならば、無上の喜びです。というわけで
次回 第18話 徴税部隊襲撃 です。
戦闘シーンが出てきますが、戦闘を描く目的ではなく、その前のシーンを描くのが目的、みたいな感じかもしれません。どの部分をどうお楽しみ頂くかはご自由ですが、楽しめる要素がいくつもある内容に仕上がっているのではないか、と自負しているので、是非ご一読頂きたいです。




