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銀河戦國史 (アウター“ファング” 閃く)  作者: 歳越 宇宙 (ときごえ そら)
第1章 決起
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第16話 醜態・暴徒・惨劇

 非道な荒稼ぎを繰り返していた似非支部の部隊に、第3戦隊が、躊躇なく突進を図っていた。

「こちらは、善良な連邦支部だ。不幸な庶民の救済の為に、ここにいる。攻撃は、差し控えてくれ!」

 そんな呼びかけが通信機を騒がせる一方で、ミサイルが飛来している。対応が、ちぐはぐだ。

「こっちは極悪の盗賊だ。盗賊が盗賊を襲うのに、遠慮なぞ要るものか!」

 パクダが叫び返している。叫んでいる間にも、散開弾だった敵のミサイルが展開した。形成された金属片群の壁を、第3戦隊は易々と突破する。

「頼む!攻撃しないでくれ!こちらに戦闘の意志は無い。話し合おう。」

と通信機は伝えるが、戦闘艦のレーザーが第3戦隊を襲う。先頭の「ナースホルン」が流体艇首で受け止める。といっても、1・2発だ。百発以上放たれた敵のレーザー射撃は、ほとんどが外れた。命中精度は極めて低い。

 第3戦隊が掠め飛ぶ直前、戦闘艦の側面に、艦を咥え込むような青白い光の球体が、2つ生まれる。プラズマ弾「ココスパルメ」が生み出した、灼熱の領域だ。第3戦隊はぎりぎりのところで、それの生じる高磁場エリアを避けた。

 この一撃で、似非支部は戦意喪失。非武装のシャトルに全乗員と全財産を詰め込み、投降して来た。ありったけの積荷を「ファング」は接収した。元々「カフウッド」の領民が生産したものだから、時代が時代なら集落に返してやるのが筋なのだが、戦乱の時代の盗賊団にそんな理屈は通らない。

 似非支部が集落から拉致していた女達の中で、第3戦隊のパイロット達のお眼鏡にかなった者は、「シュヴァルツヴァール」に連れて行かれて、囲われる事になった。残りの積荷と女は、「ファング」の根拠地に送られる事になる。

 盗賊行為を繰り返していた似非支部を、壊滅してもらっただけでも感謝するしかない領民達は、「ファング」が物資と女達を接収したと知っても、泣く泣くそれは黙認せざるを得ないだろう。ただ、被害に遭った集落の窮状の程度によっては、領主である「カフウッド」が支援の手を差し伸べるかもしれないし、「ファング」根拠地からも救援物資が送られる事もあり得る。

 領民としては、掠奪をしたのは似非支部で、「ファング」は救援物資を提供してくれる事もあり得る存在だから、奪われた物資より「ファング」に提供される物資の方が遥かに少なかったとしても、「ファング」を恨む道理は無い。失った物資と女は、用心棒代として支払った、とでも思うしかない。「ファング」としては、領民に恩を売りつけた上に、物資や女までをも我がものにできたわけだ。

 集落に掠奪を働いた盗賊や似非支部を襲うというのは、かように、「ファング」にとってメリットの大きなものだった。

 「ファング」パイロット達のものとされた女達は恐らく、生活水準だけで見れば、似非支部に連れて行かれるより、元の集落に帰るより、「シュヴァルツヴァール」に囲われている方が上等だろう。それが慰めになるかどうかは分からないが、女達が慰みものになる運命は、避けられなかった。

 似非支部に拉致されて行った場合、慰みものになった後に、殺されるか、どこかに売り飛ばされる可能性が高いが、「ファング」は、女への暴力は禁止だし、根拠地に送られる事はあっても売り飛ばされる事は無い。その事も、慰めになるかどうかは、分からないが。


 1か月以上にもわたり、「カフウッド」と「ビータバレ」の空砲戦は続いた。「カフウッド」の領民達の戦争準備も、あと一息のところまで来ていたが、まだ終わらない。

「もう少し、時間を稼ぎたいところじゃが、さすがに軍政側も不審を覚え始めたようじゃわい。別の軍閥も、派遣されて来よった。わしの征伐の、直接の責任者である『シックエブ』の司令官達も、『ビータバレ』だけに任せておいてはいかん、と思い直したようじゃ。」

「その新手とは、空砲戦というわけにもいかねえのか?」

 プラタープの報告に、カイクハルドが問いを返す。いつものように騒がしいプラタープ座乗艦の航宙指揮室に、数件の盗賊行為を終えた彼は戻っていた。

「新手は、サンジャヤリストにも乗っておらん軍閥じゃからのう。味方に引き込むのは、諦めた方が良さそうじゃわい。今のところ、『ビータバレ』の艦隊の背後から戦況を見ておるだけのようだな。しばらくは放っておこうか、と思っておるが・・」

「へっ、何とかできるもんなら、して欲しいって顔してやがるな。」

「空砲戦がバレたら、『ビータバレ』も立場が危うくなるし、わしらの時間稼ぎもこれまでとなる。そうなる前に、追い払えるものなら追い払いたいが、まだわしの戦力を、新手にぶつける気にはならん。」

「戦力は温存したいし、新手は追い払いたい、って事か。我儘な事だ。それで、俺達に何とかして欲しいってか。」

「特に、報酬を上積みする当ても、無いのだがのう。」

「へっ、滅茶苦茶だな。けどまあ、報酬は既に、かなり沢山もらっているようなものだけどな。」

「そうじゃ。おぬしら、連れ去って行ったわしの領民の娘っ子達を、ぞんざいに扱ってはおらんじゃろうな。」

「パイロット達に、存分に楽しまれてるぜ。」

「まあ、もう、この際、そのくらいは黙認するが、暴力を振るわれたり、飢えさせられたりは、無いのじゃろ?おぬしの所では。」

「女への暴力は、銃殺刑だ。食い物は、女に優先的に回る。」

「それなら、良しとするか。こんな時代じゃ。家族や集落から引き剥がされて、伽役(とぎやく)にさせられるくらいは、辛抱してもらおうかの。心苦しくはあるが。」

「俺達が引き剥がしたんじゃねえぜ。似非支部や別の盗賊が引き剥がしたのを、俺達が横取りして、囲ってるだけだ。」

「そうじゃな。そのままでは、殺されておったかもしれん娘っ子達が、とにかく、殺される事は無くなったのじゃからな。まあ、できることなら、帰してやって欲しいところではあるが。」

 探るような眼でカイクハルドを見ながら、プラタープは呟く。

「そこらへんは、囲ったパイロット次第だな。俺には、パイロット達のやる気と統率が必要だ。その為になら、女達には泣いてもらうさ。が、まあ、ちょくちょく、故郷に帰されてる女もいるみたいだ。あんまりにも憐れに泣き叫んだりされたら、情を動かすパイロットの方が多いからな。何やっても無駄なパイロットも、いるがな。逆に、どうしても『シュヴァルツヴァール』に居続けたい、って言い出す女も、少なからず居るんだぜ。」

「そりゃ、そうじゃろうな。こんな時代に、飢えさせられる事も、暴力を受ける事も無いし、最強の『ファング』に守られているわけじゃからな。恵まれた環境、と言えなくもない。無理矢理家族から引き剥がされ、連れ去られて来た、とはいえの。」

「力づくで連れ去られた経験から、弱い奴等と居るより『ファング』に囲われてる方が安全だ、って学習する女も居るって事だな。まあとにかく、あんたの領民だった女達に、うちのパイロット達が楽しませてもらってるって事で、それを報酬と見なして、新手は俺達で追い払うか。」

「大丈夫か?無理はせんでもよいぞ。相手は軍閥の艦隊だ。大型艦までは持っとらんだろうが、中型を2つか3つと、小型を5つから10個くらいは持っておるぞ。普通に考えれば、百隻程度の戦闘艇で、どうにかなる相手じゃないぞ。」

「なんとかするさ。『ビータバレ』に、俺達を素通りさせてくれるようには、伝えられるか?」

「それは簡単じゃが、それだけで、何とかなるのか。」

「何とかなるんじゃなくて、何とかするのさ。まあ見てな。」


「たった40隻の戦闘艇で、軍閥の艦隊に喧嘩を売るなんて、聞いた事が無いぜ。」

 ヴァルダナが、通信機の向こうで興奮気味だ。

「軍閥の艦隊って言ってもな、向うは上から言われて、嫌々出向いて来ているような連中だ。軍政のもとで良い思いをしてる軍閥なんてのは、ほんの一握りで、後は不遇を(かこ)ってんだ。でも、いざ反乱が起こったとなると、不遇を託ってる軍閥程、優先的に前面に押し出される。つまり、大してやる気なんぞ、ねえ奴が出て来てんだ。」

「やる気がないと言っても」

 カイクハルドの言葉に、納得できない声のヴァルダナ。「軍閥の艦隊と百隻だけの戦闘艇団じゃ、やる気の必要も無く、ひと捻りなんじゃないのか?」

「なんだ、怖いのか?ヴァルダナ。怖かったら、帰ってナワープの乳でも、しゃぶてて良いんだぜ。」

「何だと!カビル!」

 喚き返すヴァルダナ。「怖いなんて、言ってねえだろ!それに、なんでナワープが出て来るんだ。預かってるだけだ、って言ってるだろう、ナワープは。別に、何もしてねえし、奥の部屋に居ても気にもならねえし、話しかけたりもしてねえし、どんな服装をしててもジロジロ見たりしてねえし、入浴後の髪の濡れた姿にも何とも思わねえし、声が聞こえても振り返ったりしねえし、指一本、触れてねえし・・」

「何を、必死になって弁明してるんだ?ヴァルダナ。」

「ははは、あんまりからかうな、カビル。それより、そろそろ『ビータバレ』艦隊を突き抜けるぜ。」

 「ファング」の、第1戦隊と第5戦隊が、一塊(ひとかたまり)になって「ビータバレ」艦隊のど真ん中を、悠々と飛び過ぎている。攻撃をしないように、「カフウッド」から「ビータバレ」に連絡が行っているので、気楽な敵中突破だ。

 あっという間に、「ビータバレ」艦隊を通り抜け、背後にいる新手の軍閥艦隊を目指す。第2・3・4戦隊は、別行動だ。丸1日をかけて敵の索敵範囲を大きく迂回し、斜め後ろに出る軌道でアプローチを計っている。

 大規模なテトラピークフォーメーションを仕掛けている、と考えても良い位置関係だ。

「何者だ。」

 誰何(すいか)の声は、新手の艦隊からの通信だ。「お前達は、『ビータバレ』からの使者か?」

「その通り。『ビータバレ』からの伝言を持って来た。」

 嘘の返事をするカイクハルド。攻撃を受けずに接近を図る為だ。

 「ビータバレ」艦隊の方向から、「ビータバレ」に全く攻撃も妨害も受けずに来た戦闘艇の一団を、使者だと思っても無理はない。

「使者ならば、なぜ、戦闘艇などで来るのだ。非武装のシャトルを寄越すのが、礼儀というものだろう?」

「戦闘艇しか、無かったのだ。我々は傭兵だからな。『ビータバレ』に雇われているのさ。『ビータバレ』直属の兵に余裕がないから、傭兵である我々が使者として送り込まれた。」

「な・・なに?本当か?」

 信用される、などと思ってはいない。ほんの数分、時間が稼げれば十分だ。

 敵は怪しんでいたが、即座に攻撃して来る事も無い。使者ではない、と確信できない内から、攻撃などできるはずはなかった。そうする間にも、彼我の距離は縮まる。

「撃て、カビル。」

「よっしゃっ!」

 カビルの「ヴァイザーハイ」が、ミサイルを発射した。

「おい、なぜミサイルを発射した!」

「ミサイルじゃない。そこにメッセージが詰め込んである。」

「なに?メッセージ・・こんな伝言のやり方って・・本当なのか?」

「嘘に決まってるだろ!」

「え?・・はっ!な・・何だと!では、使者では・・無かったの・・か?」

「俺達は盗賊だ。そいつはミサイルだ。」

 カイクハルドが真相をぶちまけた時、ミサイルは猛烈なジェット噴射により、一気に加速した。弾種は「ファング」の使用する徹甲弾である、「ヴァーサメローネ」だった。

 余りに重いので、それを抱えて飛んでいる「ヴァイザーハイ」の運動性に支障を来す程だが、その重さで、敵艦の装甲に食い込む事ができる。鋭利に尖った弾頭と直前の猛烈な加速が、それを助ける。

 戦闘艦を攻撃するには最適の弾種だが、運用には工夫が必要だ。抱えている戦闘艇の動きが鈍るのだから、今回みたいに、完璧な不意打ちを成功させる、などの作戦が必須だ。

 敵は慌ててレーザー照射を試みるが、ほぼ鉄だけの塊の弾頭はびくともしないし、当たったのは数十発も撃った内の、たったの1発だけ、という体たらくだ。そのまま、重さと鋭利さを活かして、戦闘艦の装甲に付き刺さった。

 完全に弾頭が装甲を貫通したところで、弾頭中心付近に装填された炸薬が爆発。弾頭は粉微塵に打ち砕かれ、爆風と共に艦内に叩き込まれる。鉄の塊である弾頭だが、内側からの衝撃で砕けるように、作ってある。

 灼熱と鉄屑の津波は、敵艦奥深くに格納されているミサイル等の爆発物に、易々と到達し、誘爆に至らしめる。

 さらなる殺人的な熱風が、艦内を吹き荒れ、多くの乗員の肉体を切り裂き、焼き焦がす。火柱が、穿たれた穴から艦外へと噴出する。艦の装甲に、亀裂が走る。そこからも、火柱が上がる。火柱が艦を切り裂く。

 「ファング」第1・5戦隊から見て、一番手前にいた艦が、中破に至る。敵の索敵網にも穴が開いたのか、更に接近を続ける「ファング」に、反撃の手が上がらない。後ろに控える艦群は、沈黙しっ放しだ。そこへ、

「おうい、みんなぁ、見てみろよぉ!あの船団は、非武装の輸送船ばかりだったんだ。まるきり無抵抗なまま、攻撃を受けてやがる。こいつは、掠奪し放題のチョロイ獲物だぜえ。」

 そんな声が、通信機から流れる。

「おおっ!本当だあ。こりゃあ、見逃す手はねえぜ。輸送船なら、貴重な物資が満載だ。大儲けだぁっ!」

「野郎ども、掠奪だぁっ。襲え!奪え!殺せぇ!」

 次々に届く声は、「ファング」第2・3・4戦隊の面々のものだが、仲間に向けた言葉ではなかった。

「おい、非武装の輸送船団だってよ。」

「掠奪し放題らしいぜえ!」

「待ってましたぁっ!いずれこんなチャンスが、来ると思っていたぜ。」

 そんな言葉が「ファング」とは違う声で、続々と発せられる。戦場泥棒達の声だ。

 戦場では、輸送部隊が護衛もないまま、ぽっかりと孤立してしまうことなども、しばしばある。そこを狙って掠奪を仕掛ければ、思いがけぬ荒稼ぎができたりする。戦争と聞けばそこに集まって来て、そういう荒稼ぎのチャンスを狙う輩が、必ず居るのだ。

 「ファング」のパイロット達がまき散らした通信が、そんな輩を誘き寄せた。第2・3・4戦隊が駆け集まって行く姿も、戦場泥棒達の食指を大いに動かした。新手の軍閥ファミリーの戦力が、抵抗もなく攻撃されている様と合わせて、戦場泥棒達は、今こそ荒稼ぎのチャンスだ、と信じ込み、我勝ちに新手の軍閥部隊を目指した。

 遅れれば、分け前が無くなる。後から来る奴に、先を越されてなるものか。前を行く者も、何が何でも出し抜いて追い抜いて、取り分を増やさなければ。そんな焦りさえ戦場泥棒達は漲らせている。冷静を失い、思考力を蒸発させ、軽挙妄動的に軍閥部隊に突進した。

 第2・3・4戦隊は彼等に先を越されたが、初めからそうなるように速度を抑えていた。追い抜いた側は、そうとも知らずに、してやったりの気分かもしれないが。

 徹甲弾の餌食になった戦闘艦は、その間にも更なる攻撃を受ける。索敵網に穴が開き、襲撃者の正確な位置や動きを掴めなくなっている軍閥の戦闘艦に、容赦なくミサイルが撃ち込まれる。「ココスパルメ」の青白い灼熱の玉が、敵艦に獰猛に噛み付いた。瀕死の戦闘艦を、残酷に彩る。乗員全滅も間もなく、と思われる惨状に至る。

 第5戦隊の戦果だ。軍政を殊の外(ことのほか)憎む「軍政目の敵戦隊」の彼らは、軍政の命令で出向いて来た軍閥部隊に、容赦がない。果敢な突進で肉薄し、必殺の攻撃を叩き込んだ。

 軍事政権配下の軍閥ファミリーも、色々な“しがらみ”を抱えている。内には、反乱を企てる家臣や領民、外には、隣接する軍閥等との縄張り争い、と悩みは絶えない。少しでも戦力が削がれたり、弱みを見せたりすれば、そんな内や外の問題が、顕在化する。暴動を起こされたり所領を侵食されたり、という憂き目にあう。

 軍事政権に命じられて、「カフウッド」征伐に出向いてきた軍閥にも、多くのしがらみがある。この征伐行で戦力を削がれたり、弱みを見せたりするような事があれば、彼らには、破滅的で屈辱的な運命が、待ち受けているかもしれない。

 ただでさえ、命令されたから、やむを得ず、嫌々、戦場に出てきているだけなのに、戦力を削がれたり、弱みを曝け出したりするようなリスクは、負いたくはない、というのが本音だ。

 だから、たった一艦とはいえ、損傷させられた事実は深刻だ。内外のリスクの顕在化に、恐れおののく事態だ。

 更に、戦場泥棒に掠奪を許す、などというのは軍閥としては、不名誉極まりない赤っ恥だった。そんな弱みを曝すかもしれない、という今のこの状況は、軍閥ファミリーをして極度に狼狽(ろうばい)させるのに十分だった。

 これ以上戦力を削がれたら、弱みを見せてしまったら、内から外から、彼らは激しく責め立てられて、悪くすればファミリーの没落、離散、果ては全滅まで覚悟しなければいけない。

 もうこれ以上、絶対に戦力を削がれてはならないし、掠奪を受けるような恥ずかしくて情けない姿なんて、どんな事があっても曝したくない。なのに、索敵網も正常に機能していない。十分に戦える状態ではない。

 敵は、一目散に逃げる道を選択した。たった百隻の戦闘艇団と戦場泥棒、彼らが相手にしているのは、その程度のものだ。まともにやり合えば、まあまず、遅れをとるはずなどない相手だ。にも関わらず敵は、全速力で逃亡する、という行動に出た。

 「ファング」の各戦隊は、その敵の動きを見るや否や、退却を始めた。敵を追い返す事ができたのなら、もはや用はない。長居は無用だった。

 逃げる軍閥ファミリー。慌てふためく心情が、艦の外にダダ漏れの状態。その様が、戦場泥棒達に拍車をかける。やはり無抵抗の敵だったのだ、との侮りを高め、見逃せない荒稼ぎのチャンスだ、との認識を強くさせる。急追の動きを加速させる戦場泥棒達。

 ようやく反撃体制を整えた軍閥は、襲い来る戦場泥棒達を、次々に血祭りに上げ始めた。

 汎用の宇宙艇に貧相な銃を取り付けただけのような、戦闘艇とも呼べない、戦力以前のみすぼらしい得物で立ち向かう戦場泥棒は、軍閥の攻撃に、易々と命を千切(ちぎ)って捨てられる。

 が、一旦、掠奪の誘惑に目が眩んでしまい、頭に血が上った状態となって駆け込んで行った彼らは、そう簡単には止まれなかった。付いてしまった勢いを、どうすることもできず、貧相な武器で、軍閥の重武装の前に身を躍らせ続けた。

 一方的な殺戮が、展開され続けた。戦場泥棒の中には、全く武装の無いシャトルで活動している奴等もいる。まともな戦力を持っているのなら、戦場泥棒などという情けない稼業ではなく、一般的な盗賊行為でもやれば良いはずだ。盗賊をやる戦力すら持ち得ないから、戦場泥棒などをやっている者達だ。軍閥の攻撃に晒されれば、一方的に虐殺されるだけだ。

 それでも、一度勢いの付いてしまった戦場泥棒達は、無謀な突撃を続けた。彼らも必死だった。食うや食わずの状態の者が、ほとんどだった。ここで掠奪に成功しなければ、どのみち飢え死にするしかない、そんな気分の者も少なくないだろう。

 戦争の噂を聞きつけ、やって来た彼等だ。ただじっとチャンスを待っていて、手持ちの食料もほぼ食い尽くし、ようやく訪れたこのチャンスに賭けるしかない、と思い定めた戦場泥棒達だ。だから、後から後へと無謀な突撃を繰り返し、次から次へと蹴散らされた。集団自殺と言っても言い過ぎでない程に、我勝ちに、命を散らせる踊りを、踊り狂っていた。

 追われる者が追う者を、一方的に虐殺する奇妙な光景。気迫満点に追い詰めている側が次々に撃破され、必死で逃げている側は全くの無傷。戦争が見せる狂気の、一つの類型だった。

 戦場泥棒は、武装は貧相でも、数は多かった。どこに隠れていたのかと思う程、後から後から姿を現した。そこら中に漂っている天体の陰から、小さいものでは、10mもあるか無いかくらいの岩塊の陰からでも、戦場泥棒は現れた。数km規模の小惑星からは、複数組の戦場泥棒が湧いて出たりした。

 一方的な大量虐殺を繰り広げている、と見える軍閥部隊も、徐々に戦場泥棒の接近を許し始めている。撃っても撃っても現れて来る連中に、迎撃が追いつかなくなって来る。気付けば、目前にまで迫られている。次々に散って行く宇宙艇やシャトルの間から、。新たな戦場泥棒がどんどん押し寄せて来る。ただ殺される為だけとも見える万歳突撃が、軍閥部隊の上でも下でも右でも左でも真後ろでも、前以外の全方位に渡って飽く事無く繰り返される。

 雲霞(うんか)の如き無数の戦場泥棒に纏わり付かれた軍閥の艦隊が、爆散の光芒で周囲を(まば)く飾りながら、遠ざかっていく。「ファング」はもう、そんな彼らに興味も失って、「シュヴァルツヴァール」へと戻って行く。

 あの軍閥が、戦場泥棒に掠奪を許す、という恥辱に(まみ)れるのか、何とか逃げ切るのか、などどうでもよかった。

 艦体に取り付く事に成功した戦場泥棒達が艦内に雪崩れ込み、軍閥幹部達の所有する高価な財産を踏みにじるかもしれないし、艦内に居る上品に育てられた幹部の娘達を凌辱して、下賤な生まれの穢れ切った手垢を、べっとりと塗り付けるかも知れないが、知った事では無かった。

 戦場泥棒達の犠牲が、最終的に何千人にまで及ぶのか、戦利品にあり付き少しでも利益に恵まれる奴はいるのか、なども一顧だにしなかった。

 惨劇の引き金を引いておいて、「ファング」は、惨劇の結末など歯牙にもかけていなかった。


 この出来事の後は、空砲戦すらも行われない時期が訪れた。お目付け役の者ですら、敵は思いのほか強力だから様子を見た方が良い、と言い出す始末らしく、「シックエブ」からも、無理に攻略しようとせず遠巻きから牽制だけしていろ、との指示があったという。

 「ビータバレ」の部隊が壊滅すれば、「カフウッド」ファミリーが「シックエブ」目がけて進撃して来るのでは、と怖れてそんな消極策を指示するようになったのだろう。

「兄上、領民の戦争準備の進捗は、上々の出来であります。あと10日もあれば、備蓄と避難はひとまず完了、として良い状態になりましょう。」

 敵が来ないので、旗艦の航宙指揮室から要塞指令室に居場所を移していたプラタープに、弟のクンワールが報告に来た。

「そうか、隠し集落の態勢も、十分になったか?」

「まあ、いくら備蓄があっても、全く不安が残らない、という事はありませんが、とりあえず2・3年の隠遁生活に耐え得るだけの備蓄は、全ての隠し集落で完了しました。」

「隠し集落ってのは」

 カイクハルドが割って入った。「この『カウスナ』領域にある、褐色矮星を中心星にした3つの星系、『マズイル』『ショストカ』『エレツ』にあるんだよな。必要な元素を十分な濃度で蓄えた天体が存しねえで、希薄な宇宙ガス雲から採取するしかねえ宙域だが、『ファング』が貸与した設備を使う事で、ある程度の採取が可能になったんだよな。」

「うむ。あの資源採取設備を使えば、備蓄無しでも、隠し集落で生産される食料だけで、避難した領民が餓死しないくらいの配給は、できそうだ。が、それだけだと避難が長期に及べば、衰弱して病死する者が多く出るだろうな。皆が長く健康に暮らせるくらいの食料を配給するには、やはり、備蓄を消費せねばならぬ。」

「という事は、やはり、少なくとも3年以内には戦いを終える必要がある、という事か。」

 眼光を鋭くして、プラタープは呟いた。

「3年も戦い続けるって事、あるのか?」

「そうじゃの。」

 カイクハルドの問いに、考える顔のプラタープ。「軍政の大軍をここに引き付けてから、1年くらいで軍政打倒の成果を上げれんようなら、この蜂起は失敗だ、という事になるだろうのう。」

「そうですね。」

 弟が兄に追従する。「この『グレイガルディア』各地で反軍政の闘争の火の手があがり、それが軍政の重要拠点である宇宙要塞『シックエブ』や、軍政の本拠地である『エッジャウス』を飲み込むくらいにまで、燃え広がる必要があります。もし、1年を越えても、そうした成果が上がらぬのなら、各地の反軍政勢力は全て鎮圧された、と考えた方が良いでしょう。」

「わしらの蜂起が、十分に軍政部隊を引き付け切れたのなら、手薄になった各地での蜂起は、1年くらいで軍政打倒の成果を上げるであろうし、1年経っても成果が上がらぬ時は、各地の蜂起を鎮圧できるだけの戦力が、わしらの蜂起にも関わらず、軍政に残っておった、と判断せねばならぬじゃろう。」

「サンジャヤリストが正しければ、1年も軍政の大軍をここに引き付けておけば、軍政打倒は実現するはず、って考えてるわけだな。本当に大丈夫か?あんな貴族のお坊ちゃんの調査結果を、そこまで真に受けてしまって。」

「あの青年貴族が、どれだけの熱意と慎重さを持って『グレイガルディア』各地を巡り、軍閥の動向や意向を調べて回っていたか。それは、おぬしが一番良く知っているのではないのか?カイクハルドよ。」

「さあね。」

 うそぶくように、そっぽを向いたカイクハルド。彼を見詰めるプラタープの笑った目には、確信に満ちた気配がある。

「とにかく、あと10日で戦争準備が完了するなら、そのタイミングで『シックエブ』への進軍の構えを見せようかのう。勿論(もちろん)、それはフェイクで、『シックエブ』にまで行くつもりは、さらさら無いがのう。大軍を引き付けるには、そんな動きも必要じゃろう。」

「じゃあ、『ティンボイル』には、敗けて、蹴散らされたふりでもしてもらうのか?」

「いやいや、敗けて蹴散らされたとなれば、彼等には、余りにも不名誉。ここまで協力してもらったのだから、そんな不名誉を負わせるのは忍びない。10日後を目途に退き上げるように、伝えて置こう。」

「ここまで我等をここに押さえつけて、戦い続けて来た事になっている訳ですから、もうそろそろ引き上げたい、と『ティンボイル』が申し出ても、『シックエブ』も否やは申しますまい。所領の経営にも手を掛けねば軍閥が生きて行けぬ事は、連中も分かっておるはず。」

「そうか、10日後に『シックエブ』への進撃の構えに移るんだな。積極攻勢に打って出るって事だ。となりゃ、俺達『ファング』も、いつもよりちょっとばかり、しっかりした準備をしておこうかな。一旦、根拠地に戻らせてもらうぜ。」

「そうか。お前達『ファング』の根拠地とやら、一度見てみたいものだのう。わしが行ったら、まずいかのう?」

「はぁ?物好きなオッサンだな。盗賊の根拠地なんぞ見て、何をしようってんだ?まあ、正確な位置は教えるわけにいかねえし、根拠地の中には見せられねえ部分も沢山あるが、あんたが一人で、ちらっと様子を見に来るだけなら、こっちには何の差支(さしつか)えもねえぜ。」

「一人で、だと?」

 クンワールは抗議の声を上げる。「あ、兄上、まさか、たったお一人で、盗賊の根拠地に乗り込むなど、そんな危険な・・・」

「危険な事などあるか。わしらからの報酬を当てにしておる奴が、わしに危害を加えるはずもない。お前だって、一人で行って、帰って来たじゃないか。大丈夫じゃ、わし一人で行って来るわい。と言っても、今すぐに出かけるのは、無理じゃの。『ビータバレ』とのやり取りも、せねばならんし。」

「一人連絡係を残しておくから、根拠地に来られる状態になったら、そいつに言えば良いぜ。」

 そんな話をした数時間後には、「ファング」の母艦である「シュヴァルツヴァール」は、彼等の根拠地を目指して、「バーニークリフ」を後にした。

今回の投稿は、ここまでです。次回の投稿は、'18/5/19 です。

ストーリー上は、軍閥部隊を戦場泥棒等を利用して、労少なくして追い返した、というものでした。とりあえずそれだけ抑えてもらえれば良いのですが、贅沢を言えば、作者としては、戦場泥棒の窮乏とか軍閥の抱えている裏事情、みたいなところにも想像を膨らませて頂きたいところです。なぜ軍閥が、勝てるはずの相手から逃げ出し、なぜ戦場泥棒が、一方的に虐殺されながらも軍閥に群がって行ったのか、という部分に理解や共感が得られていれば、無上の喜びです。理屈っぽくて面倒臭い、との感想もあろうかとは思いますが。広がりと奥行きのある世界観を、面倒臭いと感じさせずに描ける筆力を、磨いて行けたらなあ、と作者は切に願っています。というわけで、

次回 第17話 領民との再会 です。

次回も、軍閥の所領経営や「ファング」根拠地の実態を通じて、世界観を味わってもらおう、という節話になります。面倒臭いと感じさせずに、それらを実感してもらえる表現が、できていれば良いなぁ、と願いつつ、もう書き終わっちゃったので、まな板の上の鯉です。是非、ご一読をお願いします。

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