第15話 空砲戦
領民に苦労を強いている事に対して、「カフウッド」の兄弟が、揃って意気を挫かれた顔色を見せていた。
「そうですね、兄上。そして、『ティンボイル』による支配期間は、資源採取や生産の活動は十分に行えず、隠し集落に籠って、そこの備蓄を食い潰す形で凌いでおったわけですが、2年の間に備蓄もほぼ底を尽き、飢えに瀕しております。彼等に食料を与えて、活力を取り戻し、資源採取や生産の設備を再整備し、更に隠し集落での再備蓄も完了させなければ、次の戦役を持ち堪えられません。それまで、少なく見積もって3・4ヵ月はかかりましょう。」
「・・・!そんなに、か。では、それまでは、戦争は始められんのう。」
元気を失った声だ。髭もじゃで痩身の男は、元気を失うとヨボヨボの風体だ。
「資源採取と生産の設備は修繕しなきゃ使えねえ状態だし、食料等の備蓄も足りねえわけだな。」
尚も口を挟むカイクハルド。「それをどうにかできるまでは、『ビータバレ』と空砲の撃ち合いのウソ戦争で時間を稼がなきゃいけねえのか。それで、その後にまた、要塞防衛の長い戦いが始まるわけだ。」
「そうじゃ。戦争が始まれば、わしらが『バーニークリフ』や『ギガファスト』に籠りっきりになる上に、軍政側の大征伐部隊がこの辺りにひしめくようになる。そうなると正規の集落には、征伐部隊が人員や糧秣を徴発する為に、兵を送り込んで来るじゃろう。領民にはまた、隠し集落に避難して、備蓄を食い潰す生活をしてもらわねばならぬ。無論、できるだけ食料の配給などを切り詰めて、長期の戦役を耐え忍んでもらわねばならん。餓死寸前のひもじい暮らしとなる上に、居心地も、隠し集落は正規の集落より、当然じゃが遥かに悪い。可愛そうじゃが、戦争をやるとなると、そんな苦労を領民に強いるしか無くなる。」
「その隠し集落への避難生活も、食料の備蓄がしっかりできてこそです、兄上。まずは、領民に備蓄食料の生産に勤しんでもらい、時間稼ぎの間に完了させねば。『ティンボイル』からの避難が終わったばかりで胸が痛いが、彼ら自身の為に、更に一苦労も二苦労もしてもらわねば・・」
「そんな苦しい生活までさせられて、領民はこの軍政打倒の戦いに反対はしてねえのか?」
「そんなことは無い!」
ここで初めて、クンワールはカイクハルドに目をやった。「むしろ領民の方から、軍政を倒し、皇帝陛下に再び親政を敷いて頂きたい、との声が上がったのだ。」
「うむ。この辺りの領民は伝統的に、皇帝への敬愛が格別に篤い。皇帝の直轄領として、皇帝一族に直々に技術指導をされていた時代が長かったし、貴族に経営が委ねられて以降も、この宙域に封じられた貴族は、皇帝が選りすぐった善良で勤勉な領主ばかりじゃったからのう。皇帝一族に恩義を感じておるし、皇帝の親政を待ち望む気持ちが、強いのじゃ。」
「へっ、皇帝もそういうのを、『グレイガルディア』全域でやってりゃ、軍政に統治の実権を奪われたりしかったのにな。この『カウスナ』領域だけを贔屓してるから、こうなっちまうんだ。」
「まあ、そういうな。皇帝陛下にも限界はあらせられる。じゃが、時間はかかっても、いずれは『グレイガルディア』全域に、遍く善政を敷いて下さる、とわしは信じておるがの。少なくとも、今の軍政よりはマシなはずじゃ。ここの領民もそう信じており、軍政打倒と帝政復活をわしに託し、全力の支援を約束してくれおった。“隠し集落”に籠っての耐乏生活も、喜んで受け入れる、と言ってくれたわい。」
「そうだ。2年に及ぶ“隠し集落”での生活を経た直後にあっても、領民達のその想いは変わってはおらんかった。早く、資源採取と生産の活動を再開し、次の避難生活に備えよう、と皆、意気込んでおったわ。」
クンワールは、カイクハルドに向かって胸を張って見せた。領民の気概と彼等との信頼関係は、この男の誇りのようだ。
「だが、いくら意気込んでも、間に合わなんだら話にならんな。それまで、空砲戦だけで時間が稼げるかどうか。3・4か月となると、ちと厳しいかの・・・1・2か月が、限界か・・・」
「1・2か月にまで短縮できるかどうかは知らんが」
カイクハルドは声を高くしたが、口ぶりは事務的だった。「資源採取と生産の設備や備蓄用食料なら、『ファング』にも提供の用意はあるぜ。」
「な、なんと。本当か?我が所領も、決して小さくはない、というのに・・」
クンワールが目を丸くした。
「そうか。やはり『ファング』の規模というのは、相当なもののようじゃの。根拠地とやらも、相当な数があるのじゃろう。この『グレイガルディア』の全域に及ぶのではないか?」
「さあな。全域なんて事はねえが、詳しい事は、教えられねえ。」
「盗賊団兼傭兵団なのだろう?『ファング』というのは。」
クンワールが、口をパクパクさせながら問いかける。「それが、軍閥所領の支援をできるなぞ、考えられる事ではないぞ。それほどの生産力があるのか?『ファング』の根拠地とは。」
「阿呆ぬかせ。そんな生産力があったら、なんで盗賊とか傭兵をやる必要がるんだ。根拠地の備蓄の大半は、俺達の盗賊稼業や傭兵稼業の成果だ。とは言え、資源採取や生産の設備は、『グレイガルディア』では最新鋭のものだ。当然、仕入れ先は教えられねえぜ。」
「盗賊や傭兵の成果というのも、最新鋭の戦闘艇などがあってこそだろう。それも、わしらには話せない筋から、仕入れているという事か。いったい、何のだ?『ファング』とは。」
と、話す内にもクンワールの目に、真剣さが増す。
「だから、盗賊団兼傭兵団だ。」
短く答えた後、はぐらかすようにカイクハルドは、話題を転じる。「まあ、こんな結論の出るわけねえ議論よりよ、あんたのとこの誰かを、ウチの根拠地に派遣しろよ。具体的な支援の内容は、根拠地の奴と話して決めてくれ。俺も、詳しい事は、分かってねえんだ。」
「わしが行こう。」
クンワールは即答した。「秘密だらけの『ファング』根拠地とやらに、私が乗り込んでも良いのならな。」
「ああ、構わない。が、俺達の用意したシャトルに、乗って行ってもらうがな。場所は分からねえように移動するし、根拠地での行動も制限させてもらうぜ。ちょっと待ってろ。この施設のドックに入港してる『シュヴァルツヴァール』に、シャトルを用意させるから。」
そう言ってカイクハルドは、指令室の通信装置を借り受け、「シュヴァルツヴァール」と連絡をとった。
「では、クンワールが出かけている間は、『ビータバレ』との空砲戦は、わしが指揮をとらねばならんな。」
ぼそりと零すプラタープの言葉を、カイクハルドは耳の端で聞いた。
数時間後には、クンワールはシャトルで、「ファング」の根拠地を目指した。と言っても、シャトルだけでたどり着ける距離では無く、まずは「ファング」が「バーニークリフ要塞」の近くにこっそりと設置してある、タキオントンネルのターミナルを目指す事になる。
円筒形構造物であるターミナルの片方の端からは、タキオン粒子が照射され、その素粒子の流れに乗って超光速移動をする事で、「ファング」根拠地にたどり着く。ターミナル内に係留されている、タキオントンネル航行船にシャトルごと積み込まれて、クンワールは超光速の旅人になるだろう。「バーニークリフ」と同じ、「サフォノボ」星系のエッジワース・カイパーベルトの中に、ファングの根拠地もある。ドーナツ状のエッジワース・カイパーベルトの、中心星を挟んでちょうど反対側だった。
プラタープが想像した通り、「ファング」の根拠地はこの「カウスナ」領域だけでなく、「グレイガルディア」星団帝国の、あちこちの領域にあり、大規模な支援にはそれらの協力を仰ぐ必要も出て来る。と言っても、「カウスナ」領域にある集落への支援は、「カウスナ」領域の根拠地が窓口となって、実施される事になる。
クンワールが出立して、更に十数時間が経つと、「ビータバレ」の艦隊が「バーニークリフ」の近辺にまで進出して来た。8艦しかない旗下の全艦隊を率いて、プラタープは出迎えた。
空砲戦とやらに興味のあったカイクハルドは、プラタープ座乗の旗艦に乗り込み、その戦闘を見学した。忙しそうに、騒がしい声が飛び交う航宙指揮室に、場違いな程のんびりした顔を見せびらかせて、カイクハルドは居座った。
シートに腰かけたり宙に浮かんだりして、艦内での時をカイクハルドは過ごした。加速している時は重力があり、座っていられるが、静止している時には艦内は無重力だ。ベルトでシートに固定されれば、無重力でも席に着いていられるが、窮屈を嫌うカイクハルドは、ふわふわと宙に浮かんで過ごす。指揮室の要員には、迷惑千万だったろう。
「ビータバレ」の艦隊からの散開弾攻撃で、戦いの幕は空けたが、ばら撒かれたのは金属片では無く特殊な樹脂で出来たもので、戦闘艦の装甲に当たっても一方的にそちらが砕け、戦闘艦に実害は無かった。
敵散開弾が着弾する前に、「カフウッド」軍も散開弾を発射した。そちらにも、樹脂製の“金属片もどき”が詰め込まれているらしい。互いの艦隊を、当たってもダメージの無い樹脂製の礫で叩き合う事数十分、「カフウッド」艦隊は対艦ミサイルの攻撃を受けた。
普通なら、散開弾攻撃を浴びた直後にはレーダーシステムなどが支障を来しており、対艦ミサイルの飛来の検知は難しくなっているのだが、「カフウッド」艦隊は1つ残らずそれらを、十分離れた位置にある頃から正確に検出できていた。樹脂製の偽散開弾による攻撃では、レーダーシステムのダメージは皆無だった。
だが、迎撃はしない。レーザーで簡単に破壊できるはずだが、接近するに任せている。散開弾でダメージを負った風を装っているのだ。「ビータバレ」の艦に乗り込んでいるお目付け役の目を、誤魔化さなければならない。
対艦ミサイルは、本来ならば艦体の手前で目いっぱい加速し、鋭利に尖った硬質の弾頭を戦闘艦の装甲にめり込ませ、炸薬を炸裂させる。爆風は艦の中へと吹き込んで行き、破壊と殺戮を繰り広げるはずのものだ。
が、今飛来したミサイルは、艦の手前で、加速する事無く爆発した。艦に到達もしてない位置での爆発なので、分厚い装甲に覆われた戦闘艦には、何の損傷も与えない。損傷はないが、「カフウッド」艦隊所属の艦から、火柱が上がった。艦の外側で、可燃物に酸素を織り混ぜて火をつけたのだ。ダメージを負ったと見せかける為の偽装工作だった。
続いてプロトンレーザーが敵艦から放たれ、「カフウッド」艦隊を襲った。が、十分に出力が絞り込まれていたようで、艦の装甲に当たって、カッっと発光したが、光が治まった後の装甲は、それまでと何ら変わらない滑らかな平面を維持していた。
偽装の火柱を吹き上げてダメージ有りと見せかけるのは、ミサイルの時と同じだ。
「カフウッド」艦隊もミサイル攻撃やビーム攻撃を繰り出し、敵艦に嘘のダメージを負わせた。
「本当に、こんなんで誤魔化せてんのか?」
カイクハルドは心配したが、数時間の撃ち合いの後、「ビータバレ」の艦隊は引き上げて行った。
引き上げて行く敵からは通信が寄せられ、「シックエブ」から派遣された“お目付け役”は、本物の戦闘が行われたもの、と信じ込んでいると証言したそうだ。嘘だと分かっている者には、余りにもわざとらしい空砲戦だったのだが、知らない者は気付かないものらしい。
プラタープの狡猾さを、まざまざと見せつけられた思いのカイクハルドだった。最初に送り込まれる征伐部隊がどの軍閥になるかを特定し、それを予め抱き込んでおいて、空砲戦で時間を稼ぐ。その間に、「ティンボイル」の悪政の下で疲弊した領民を、戦争準備の整っている状態にまで持って行く。かなり以前から画策していなければ、こんな動きはできないはずだ。2年前に蜂起した時から、ここまで計算していたのだろうか。
プラタープ・カフウッドという男の戦略眼の鋭さが、知らしめられる。軍政打倒への意志の強さ、決意の固さも。肩口の獅子の紋章も、ずいぶん誇らし気な顔つきに見える。
「ビータバレ」艦隊は、翌日もやって来て、同様の空砲戦を繰り広げ、数時間のウソ戦闘の後に引き上げて行く。その次の日も同じ事が繰り返された。
3日の戦闘を経ると、「ビータバレ」艦隊は大きく後退した。補給と修理を実施しないと、これ以上の戦闘継続は無理だ、という名目での行動だ。実際の戦闘は行われていないが、兵に食べさせる食料などは、実際に補給の必要があるだろう。お目付け役は、この後退に何の疑問も持っていない、という事だった。
そういう報告が通信でもたらされている事からしても、お目付け役とやらの仕事のお粗末ぶりが知れるが、それと共に、軍事政権上層部の腐敗ぶりも知らされる想いが、カイクハルドにはあった。
軍政上層部の連中は、私腹を肥やす活動にだけ熱心で、反乱鎮圧になどは興味が無い、と見える。軍政の支配基盤が崩れれば自分達も無事では済まない、といった都合の悪い事実は、彼等の目には映らないらしい。「ビータバレ」のお目付け役も、賄賂として差し出された女を楽しむ事に夢中で、征伐部隊の監視は二の次になってしまっているようだ。
3日後、「ビータバレ」艦隊はまた姿を見せ、3日間の空砲戦を繰り広げ、そしてまた、後退して行った。あわよくばこれを、「カフウッド」側の戦争準備が整うまで繰り返していたい、というのがプラタープの思惑だ。
クンワールの報告では、3・4か月はかかるだろうとの事だった領民の戦争準備が、「ファング」根拠地からの支援でどれくらい縮まるか分からないが、この空砲戦による誤魔化しだけで凌げる、とはカイクハルドには思えない。
「軍事政権側にとっても、この戦いは時間稼ぎなのじゃ。」
カイクハルドの前で、プラタープは見解を披瀝する。「2年前の戦いでも、『バーニークリフ』の陥落に手こずった軍政じゃから、今回はかなり大規模な征伐部隊を差し向けなければ、わしを抑えられん、と考えておるじゃろう。その大規模部隊の編成が終わるまで、わしが要塞の防備をあまり固められないように、又は、要塞を拠点とした攪乱作戦などを実施できんように、時間稼ぎの部隊を差し向ける必要がある。」
「それで送り込まれて来たのが、『ビータバレ』ってわけか。取りあえず、簡単に挙兵を強制できる軍閥だったわけだ。所領の位置といい、軍政内での立場の弱さといい、手っ取り早く動かせる条件が、『ビータバレ』には揃っていたわけだ。」
「そうじゃな。全滅したとて、痛くも痒くもない戦力でも、あるじゃろうな、軍事政権にとって、『ビータバレ』ファミリーなどは。」
「聞いてるだけで、同情を禁じ得ないな。何ちゅう憐れな軍閥一族だよ、『ビータバレ』ってのは。」
彼らが空砲戦での誤魔化しを、快く引き受けたのも当然だった。軍政に、こんなにも軽く見られた扱いで、ダメージなど負わされてはいられないだろう。空砲戦だけやって、ダメージを負わない内に、お役御免になりたいはずだ。
そんな「ビータバレ」が、2回目の補給の為に引き下がっている間に、クンワールが根拠地から戻って来た。幾つかの輸送船を引き連れて、タキオントンネルを駆け戻って来た。
「驚く程高性能な資源採取と生産の設備を、借り受けて来ましたぞ。」
ホクホク顔で、兄に報告するクンワールだった。「これで領民の戦争準備は、2か月以下に短縮できそうです。“隠し集落”での資源採取や食料等の生産能力が高められるので、必要な備蓄量も低く見積もる事ができます。」
「そうか、そうか。」
と、旗艦の指揮室に陣取った兄が頷いている前で、身振り手振りも大きく、クンワールは話し続ける。
「我が『カウスナ』領域の『マズイル』・『ショストカ』・『エレツ』の3つの星系に、隠し集落はあるわけですが、いずれも褐色矮星を中心に据えた微惑星のみの星系で、必要な元素が僅かにしか採取できません。いわゆる、“痩せた星系”です。だからこそ、人の集住には適さず、集落を隠すのに都合が良いわけですが、『ファング』根拠地より借り受けました採取装置を使えば、そんな宙域でも、相当な量の資源を採取できるようなのです。」
元素さえ揃えば、この時代、たいていの物質は、合成による生産が可能だった。人体にとって必要な全ての栄養素も、元素だけ揃えれば、合成できる。が、元素を作り出す術は無かった。原子核の結合や分裂を自在に操る事ができれば、全ての元素も人工的に合成できるのだろうが、それはこの時代には、技術的にはともかく経済的に無理だった。
必要な元素を全て入手できなければ、十分な栄養を摂取できず、人は生きていけない。生活に必須の機器や設備にも、幾つもの元素が無くてはならない。隠し集落のある星系では、それらの必要な元素を十分に採取できない。こういった星系を彼等は、“痩せた星系”と呼び、十分な元素を採取できる星系を“肥えた星系”と呼んだ。
「カフウッド」ファミリーの所領である「カウスナ」領域の中の、唯一の“肥えた星系”である「オシボビチ」星系の幾つかの惑星の軌道上に、正規の集落の多くは集中していて、そこでなら十分な食料や資材等が生産できる。帝政や軍政に所定の税を納めても、それなりの生活水準を領民は維持できる。
領主が邪な者ならば、どんな肥えた星系に住もうとも、庶民の暮らしは悲惨なものとなるが、「カフウッド」は善良で慈悲深い領主だった。
「彼等に借り受けた資源採取設備で、隠し集落に避難した領民の必要な元素を、全て賄うことまでは、さすがにできませんが、避難生活が可能となる備蓄量は大幅に少なくなります。その備蓄用の分は、『オシボビチ』星系で採取や生産を行うわけですが、そちらも彼等に借りた設備で、かなり加速されるでしょう。」
「そうか。やはり『ファング』の仕入れておるものは、最新鋭なのだな。仕入れルートがいよいよ気にかかるところじゃが、とにかくそれを借り受けることで、戦争準備が早く整うわけだな。」
兄のプラタープも、弟の報告に頬が緩む。
「ただで貸してやるわけじゃねえだろう。そこらへんの事は、根拠地の連中の仕事だから俺は詳しくは知らんが、報酬は上乗せしてもらうはずだぜ。といっても、帝政復活が成功しなきゃ、そっちも報酬は払えねえだろうから、その場合『ファング』は、軍政側に付くとするからな。」
「帝政が復活せんときは、どうせわしもこの世におらんじゃろうから、その場合にどうなるかなど、知った事ではないわい。」
プラタープは、事も無さ気に言ってのけた。
クンワールが「ファング」根拠地から持ち帰ったものが、「カウスナ」領域にある集落へ向けて、次々に送り出された。それらが全ての集落に行き渡り、資源採取や食糧生産が進められ、隠し集落での十分な備蓄が完了するまで、本格的な戦争には突入したくない。
「カフウッド」艦隊と「ビータバレ」艦隊の空砲戦は続いた。3日間空砲を撃ち合い、3日間は補給の為に「ビータバレ」が後退、という事が、ひたすらに繰り返される。
「こんなウソ戦闘が続いていると、『ファング』も全く出番が無いな。あんまりじっとしてると腕がなまっちまうから、ちょっとここを離れて、盗賊でもやって来ようかな。」
「カフウッド」艦隊の旗艦に居座り続けているカイクハルドが、プラタープに告げた。
「わしとこの領民を、襲うでないぞ。」
「わかってる。比較的善政が行き届いてる『カフウッド』ファミリー領有の『カウスナ』領域といったって、盗賊団や似非支部は沢山あるんだから、そいつらを襲うぜ。」
「そうか。それだったら、ジャンジャンやれ。じゃが、わざわざこの『バーニークリフ』から離れんでも、そういう輩は、近くに寄って来ておるじゃろう。」
「そうらしいな。訓練と偵察の目的で付近を飛び回らせてる仲間からも、そんな報告があったぜ。」
「そういった連中は、戦争と見るや集まって来るもんじゃ。いわゆる、“戦場泥棒”という奴等じゃな。戦闘の後の残骸から有益なものを拾い集めたりする奴等じゃ。無力となった孤立部隊や敗残兵を襲っての、掠奪を狙う連中もおるしのう。傭兵として、売り込みを画策する奴もおる。わしのとこにも連日、戦力として使ってくれと申し出てくる輩が、押しかけて来ておる。『ビータバレ』の方も、そうらしい。」
「そんな連中が、周囲に大勢いる事は分かってるんだがな、氏素性がつかめねえんじゃ、襲う気になれねえんだな。どうせ襲うなら、灰汁どい事をやって荒稼ぎしてる奴から、ごっそり奪ってやりてえんだが、この周囲に屯してる連中は、すっからかんの貧乏人かもしれねえ。逆さにひっくり返して揺さぶっても、何も出て来ねえような貧乏ったれを襲ってもなあ。」
「灰汁どい事をやって、わしの領民を苦しめておる奴がおるのなら、片っ端から襲って回ってもらいたいところじゃの。本来は、領主であるわしらが、ちゃんと目を光らせておかねばならんのじゃが、今はほれ、この通り、空砲の撃ち合いとは言え戦争の真っ最中じゃ。所領の治安確保にまで、手が回らん。」
そんなわけで、「ファング」はまた、盗賊団や似非支部相手の盗賊活動に精を出す事になる。「シュヴァルツヴァール」でタキオントンネルを駆け抜け、超光速移動で隣の星系を目指した。「バーニークリフ」のある「サフォノボ」星系の隣にある、「オシボビチ」星系で、ひと暴れする予定だ。“痩せた星系”より“肥えた星系”でやる方が、盗賊活動も実入りが良いものだ。
「なんだよ。軍政の大部隊相手に、派手な戦闘を繰り広げられると思ったのに、拍子抜けだな。」
と、通信機の向こうで不満を漏らし、カイクハルドを苦笑させたのは、第5戦隊隊長のガウダだった。「シュヴァルツヴァール」を飛び出した百隻の戦闘艇が、一団となって虚空を切り裂いている。
「まあ、そう言うな。軍政への復讐の機会なら、これからたっぷり出て来るはずだ。」
宥めたカイクハルド。カウダは、軍事政権の悪政が原因で滅亡と離散に追い込まれた軍閥ファミリー出身なので、軍政への恨みが深い。軍政への復讐の為に「ファング」に入った、と言っても過言では無い。
軍事政権が国政を握り腐敗が蔓延しているこの時代、軍政に恨みを抱いている者は多く、「ファング」の第5戦隊にはそんな連中を集めてあった。「軍政目の敵戦隊」と、仲間内からは呼ばれたりしている。
「そうだぞ。」
カイクハルドに口添えして来たのは、第2戦隊隊長のドゥンドゥーだ。「プラタープ殿のもとには、これから軍政派遣の征伐隊が、次々に、大挙して押し寄せるのだ。彼の反体制蜂起の英断が、軍事政権を、そして『グレイガルディア』全体を、根底から揺さぶるはずだ。彼と共にあれば、軍政の者共をきりきり舞いさせてやる機会など、後から後から湧いて来るわ。存分に暴れようぞ、ガウダ。」
「皇帝陛下の御為にってか。」
茶化し気味に言ったのは、カビルだ。通信機から、色んな仲間の声を聞くカイクハルド。
「もちろんだ。皇帝陛下の復権の為に、軍政を打倒するのが最大の目標だ。」
姿は見えないが、ドゥンドゥーが胸を反り返らせているのが、カイクハルドの目に浮かんだ。
「なんだかんだと言ってもだな」
ドゥンドゥーは続ける。「皇帝陛下あってこその、『グレイガルディア』なのだぞ。我等『アウトサイダー』といえど、皇帝陛下の恩恵を全く授かっていない、という事はないのだ。」
帝政貴族の末葉に名を連ねていた事もある彼は、皇帝への敬慕が深い。腐敗貴族内の権力闘争で肩身の狭い日々を送っていた、と本人は言う。更に、自領の領民の目を覆わんばかりの不遇を見るに見かねて、領民共々逃亡を敢行して今に至っている。
だが、「アウトサイダー」に身を窶した理由は、無理に聞き出そうとしないのが「ファング」内の暗黙のエチケットだから、そのあたりの事情を知る者は少ない。
「もうすぐだぜ、かしら。」
今度はテヴェの声が、通信機を埋めた。「最近『オシボビチ』星系に流れて来て、盗賊行為を繰り返してる似非連邦支部だ。」
レーダーには、比較的大型の宇宙船と思われる、反射反応がある。
「また、似非支部の盗賊行為か。」
呆れた声は、ヴァルダナだ。これまでの隊長連中の会話は黙って聞いていたが、これには口を挟んで来た。
「戦争が始まるって聞いて、集まって来たらしいな。戦争があるところには、苦難に喘ぐ民衆はつきものだ。そこに付け込んで、甘い汁を吸おうとする似非連邦支部は、無数にあるさ。」
と言ったテヴェに続き、カビルも語る。
「戦争で集落を焼かれ、流浪を余儀なくされた民衆に、救いの手を差し伸べるふりをして近付いて、僅かな財産を巻き上げ粗末な身ぐるみをさえ引き剥がす、なんて蛮行を企んでいやがるのさ。」
「最悪だな、人の弱みに付け込んで。」
「そういうもんさ、ヴァルダナよ。弱ってる奴ほど、襲いやすいのさ。」
「そうだな、カビル。」
テヴェが捕捉する。「だが、『カフウッド』の所領では、戦争が起こっても、流浪の民などは生じていない。今は、空砲でのウソ戦争だから当然だが、隠し集落などを用意して準備万端だから、今後も、そうそうは流浪の民など出ないだろう。似非支部の連中もそれを悟って、騙し討ちは諦めて、手っ取り早い盗賊行為に出てる、ってところだ。」
「騙し討ちの当てが外れたんで、単純な盗賊をやり始めた似非支部が、今回の獲物なんだな、テヴェ。」
カイクハルドが問いかけた。「お前のおかげで、手頃な獲物の情報は、耐える事が無いぜ。」
「まあな。もと連邦支部の幹部って肩書のおかげで、色んな情報が今でも、あっちこっちから飛び込んで来るんだ。」
「そんなことより、ヴァルダナ。」
話を変えたのはカビルだ。「ナワープとは、しっぽり行ってるのか?」
「な、何の話だ?突然、何を言い出すんだ、カビル。」
「何だ、って事はねえだろう。お前が預かってんだろ?トーペーの可愛がってた、ナワープをよう。みんな気になってんだぜ。あの、馴染みのトーペーの、惚れてた女の行く末をよう。」
「そんな事、知るか。預かっているだけだ。奥の部屋に引き籠もっていて、顔を合わせる事も、滅多にねえよ。言っとくけど、あの女の幸せだか何だかに、俺は責任なんて持つつもりはねえからな。ただ預かって、次に根拠地に寄った時に、降ろすんだ。」
「おい、かしら。こんな事言ってるぜ。良いのか?こいつにナワープを、預けておいて。トーペーに呪われるんじゃねえか?」
「じゃあ、お前が預かるか?」
「止めてくれよ。なんで、トーペーの臭いの染み付いた女を、俺が抱かなきゃいけないんだ。」
「抱けって言ってねえだろ。預かれって言ってんだぜ。」
「何で、抱きもしねえ女を、預からなきゃいけねえんだ。」
「だったら、抱きもしねえ女を預かってるヴァルダナに、文句言ってんじゃねえよ。」
「そんな事言ってる場合じゃねえぜ、かしら」
テヴェが、諭すように割って入る。が、声は笑っている。「もう、支部は目前だ。」
「じゃあ、行くか。けど、この程度の規模なら、1個戦隊が繰り出せば十分か。後は、万が一に備えて、周囲で待機、ってところで良いだろう。」
「俺達にやらせてくれよ、かしら。」
第3戦隊隊長のパクダが、名乗りを上げる。トーペーが率いていた戦隊が全滅した為に、パクダの第3戦隊は新設のものだ。できるだけ実戦を積みたいのは、当然だ。
「よし、行け。パクダ。戦術も、任せる。好きにやってみろ。」
第3戦隊だけが直進し、その他の戦隊は、四方へと飛び散った。第1・2・4・5戦隊で、テトラピークフォーメーションを形成して立体的に敵を囲み、逃亡を阻止する。その包囲の中で、第3戦隊が突撃をかける。
宇宙船と見えたのは戦闘艦だった。戦闘艦で移動している連邦支部という事実だけでも、“似非”と判断して間違いは無かった。領主の警邏部隊に見つかったような時にだけ連邦支部を名乗って言い逃れを計る。その一方で、力なき庶民を見つければ盗賊の本性を表し、武力で脅して掠奪に及ぶ。そんな手口で荒稼ぎをしている連中だ。
「ファング」としては、遠慮なく虐殺も掠奪もできる相手だ。気迫満点に、第3戦隊が魔手を伸ばした。
今回の投稿は、ここまでです。次回の投稿は '18/5/12 です。
"痩せた"星系とか、"肥えた"星系とか、またしても理屈っぽい事を言い出してしまって恐縮です。現実の地上世界に痩せた土地や肥えた土地があるように、宇宙にもそういうものを作らないと、世界観が構築できないなぁ、っていう作者の都合で、無理矢理でっち上げました。が、まったく荒唐無稽でもないつもりです。宇宙の始まりの頃は、水素などの軽元素しか存在せず、その頃に出来上がった星系には重元素が希薄だ、っていう説がある、はずです(何かで読んだ)。あと、重たい恒星は早く短く燃え尽きてしまい(核融合ですが)、軽い恒星は長くゆっくり燃え続ける、という考えもある、はずです。褐色矮星は軽い恒星の部類で、ゆっくり長く燃えるから、宇宙誕生直後から存在し続けていて、軽元素だけの星系を構成してる可能性が高い。だから、褐色矮星を中心にした星系は"痩せた"星系である場合が多い、なんて理屈が成立しても良い、はず。ともかく本物語世界には、宇宙に痩せた場所や肥えた場所がある、とご理解ください。肥えた場所は人には暮らし易い場所ですが、権益の争奪も激しく、搾取の的になったりもします。痩せた場所は暮らし難いですが、隠れ家や避難場所として利用されたりするのです。星団には星系が寄り集まっており、それぞれの星系に痩せたり肥えたりの特徴があり、人にとっても利用の仕方に差が生じています。で、星団の一つである「グレイガルディア」が、物語の舞台となっている。そんな世界観をご理解頂きつつ、本作を読み進めて頂ければ、作者としてはとてもありがたいです。というわけで、
次回 第16話 醜態・暴徒・惨劇 です。
熟語3つのパターンのタイトルですので、戦闘シーンをご期待ください。似非支部を潰す戦いに「ファンング」が挑もうとしていましたが、それはメンバー紹介の為だけに仕立てた、みたいなシーンでして、それ以外にも、もっと華やかな戦いが登場します。是非、ご一読下さい。




