第14話 戦争への気迫
プラタープは興味津々の顔で、カイクハルドの言葉に反応を返している。
「ちゃんと全員を見て、全員と話しをする、という事はとても重要なのじゃろうが、なかなか難しいのう。わしのとこも、千人くらいの兵を抱えておる。全員には、目がとどかんわい。」
「だから、隊に分けてるんじゃねえか。俺だって、『ファング』メンバーの百人全員を見るとか、話すとかは、手に負えねえ。5つの隊に分けて、各隊の事は隊長に任せてある。が、隊長の人選には気を使わねえとな。25個ある単位のリーダーの実績を常に見て、隊長の素質のあるやつを探すって事は、常日頃からやっておかねえと、いけねえな。」
「つまり、単位のリーダーをやらせてみるというのは、3タイプの戦闘艇の有効な連携の実現を図るとともに、隊長候補者の育成や評価も目的にしておるのだな。」
「そうだ。組織を率いるってのは、経験が重要だ。率いた経験の無い者に、いきなり20人の組織を任せたって、ほとんどの場合は上手く行かねえ。4人くらいの最小規模の組織で、経験を積ませねえとな。隊長としての素質も、そこで見分けが付くってもんだ。」
「最少単位は、4人くらいが良いのかのう。」
「そうだな。まあ、宇宙で戦う戦闘艇の場合、最少の兵力分散で立体的に包囲する為に、4つの要素が必要、っていうのもあるが、組織の最小単位ってのは、4・5人くれえが手頃じゃねえかな。多分だが、人の手足が合わせて4つで、頭を入れると5つ、ってのが、関係あるんじゃねえかな?」
「ほう?手足と頭の数、とな?」
「まあ、これは、多分の話だが、普段から手足と頭の5つの要素を動かして生活してるのが、人って生き物だから、人の脳味噌が一時に意識を払える対象っていうのは、4つか5つって事に、なるんじゃねえかな。」
「・・分かるような、分からんような、話じゃの。」
「とにかく俺は、1個の人間が常に4つか5つの要素に意識を払えば良い、っていう形で『ファング』を組織してる。かしらの俺は、自分を入れて5人つの隊の動きを意識し、各隊長は、5つの単位を意識し、各単位のリーダーは、4つの戦闘艇を意識する。どんな規模の、どんな目的の組織でも、それは通じるんじゃねえかと思うぜ。」
「わしの軍や、もっと規模のでかい軍でも、同じという事か?」
「1万人の軍団なら、2千ずつの5つの大隊に分け、大隊を400人ずつの5つの中隊に分け、中隊を80人ずつの5つの小隊に分け、小隊を16人ずつの5つの分隊に分け、分隊を4人ずつに分けて4つの単位を作れば良いんだ。単位のリーダーは4人の兵を管理し、分隊長は5つの単位、小隊長は5つの分隊、中隊長は5つの小隊、大隊長は5つの中隊、軍団長は5つの大隊を管理する。そうすれば、1人が6つ以上の要素を管理する必要は無くなり、全ての階層において、ちゃんと目の行き届いた管理ができる。」
「そうか、わしの軍は、最小単位が20人の小隊じゃ。小隊長が20の兵を管理しておる状態じゃが、そういう事は止めて、その小隊を4つか5つの単位に分け、単位リーダーが4・5人の兵を管理し、小隊長は4・5人の単位リーダーだけを管理すれば良い、という風にした方が効果的、という事か。」
「そうだな。20人にちゃんと目を行き届かせるなんて、多分、無理だ。ロクに見もしねえ、話もしねえで、指示を出したり、個人を評価したりする事になる。そんな事じゃ、組織に対する、兵の気持ちの離反にも繋がりかねねえ。それに、最小単位の人数を絞って、その分単位の数を増やせば、より多くの者に“組織の長”という立場を経験させられる事になり、人材の発掘にもなる。」
「そうじゃの。今のわしの所の体制じゃ、長の経験の無い者に、いきなり20人の小隊の長を、させる事になってしまうのう。長の経験の無い者に任せるなら、最小単位の4・5人の組織にしておく方が、怪我も小さいだろうのう。」
「会議やミーティングなんてのも、『ファング』もちょくちょくやるが、必ず参加者は4・5人だ。何十人での会議やミーティングなんてのをやってる奴がいるが、あんなのは無駄の極みだって思うな。何十人集めたって会議なんてものは、まともに参加してんのはたいてい4・5人だ。後の奴等は、ただボーっと聞いてるだけか、下手すりゃ寝てるぜ。」
「確かに、わしのやる会議でも、寝ておる奴はよくおるわ。しっかり内容を理解して積極的に発言もする、といったまともに参加していると言える奴は、確かにいつでも4・5人かもしれん。」
「だろ?だったら、100人くらいの組織においても、4・5人の最小単位のグループを作り、その長が4・5人集まる中間階層のグループ、中間階層の長が集まる最高階層のグループってのを作って、各階層で段階的に意見の集約や意思の伝達を繰り返す、って方が効果的だ。時間はかかっても、全員からの意見の集約、全員への意思の伝達ってのを確実に、徹底的に履行できる。」
「そうか。組織の体制構築からして、『ファング』は一味違っておるのか。わしの軍が全滅させられるのも、無理はないのかものう。」
「ああ。さっきの模擬戦闘でも、あんたのとこは、最小単位の20人の小隊を、一人の小隊長が見てるから、目の届かねえ奴が出て来て、有効に使えずに遊ばせちまってる兵が発生してたな。事前のミーティングで作戦の説明をしたんだろうが、ちゃんと聞いてねえ奴が半分くらいはいたんだろう。おかげで『ファング』は、簡単にあんたのとこの隊を分断して、各個に撃破する事ができたぜ。」
「その形で、4・5人の長をやらせてみた実績を評価して、能力が見受けられたものから順に、より規模の大きい組織の長を任せるわけだな。そうやって段階的かつ計画的に経験を積ませる事で、優秀な長を数多く育てて行くのか。お前も、そうやって経験を積んで、『ファング』のかしらに上り詰めたのか。」
「いいや。それは、凡人コースだ。組織の長ってのは、生まれながらにずば抜けた適性を持ってる奴っ、てのが稀にいるもんだ。本人が黙ってても、周りに人が集まって来てそいつの思考や認識に、皆が感染させられて行く、って才能を有する奴が居るもんだ。そんな奴は、凡人同様に段階を踏ませるんじゃ無く、いきなり組織の最頂点に付ける、ってのが上手く行く場合がある。その場合、中途半端な、中間管理的なポジションじゃなく、最初から一番てっぺんに付けるべきかな。段階的に育った長ってのは、その過程で組織内に派閥を作っちまったりして、それが頂点に付けた後に、負の作用を持つ事があるからな。生まれ持った長としての素質のある奴を、段階を経ずにいきなり頂点に付ける、ってやり方が、有効な場合もある。」
「確かに、派閥というのは、組織においては厄介な問題になるな。」
「そうだ。派閥が出来ちまう前に、いきなり最頂点に付けるってのは、そう言う意味で有効なんだ。だが、何も知らねえ奴には、やっぱり頂点は務まらねえから、前代の最高位者の傍において、やり方を見せておいた方が良い。」
「つまり、長としての生まれながらの素質がある、と見込まれる稀な人材においては、最初から次代の最高位者候補として、今の最高位者の傍において、弟子のような形で育てるわけか。」
「ああ、俺も、先代の『ファング』のかしらの傍にいきなり付けられ、2年程の経験の後に、突然かしらに抜擢された。そして、その時の『ファング』パイロットだった連中は、その大抜擢を当然の事だ、と受け止めているようだった。一番下っ端のパイロットとして戦ってるだけだったが、周りの連中はいつの間にか、俺の考え方に同調して行ってたんだ。」
「ははは、ずいぶんな自慢話のようだが、今の『ファング』の実力を見れば、認めぬわけには行かぬか。ははは。」
模擬戦闘の結果を図示しているディスプレイを眺めながら、2人はしばし、用兵の詳細について話し合った。
「やはり、さすがであるの、『ファング』は。統率がしっかり組織全体に行き渡っている一方で、各隊や各単位が、独創的な動きをしている。独創を計算に入れた統率、と言うのかのう?縛り過ぎず、放置し過ぎず、そんなのが、できておるのじゃな。」
「試行錯誤の末に、行き着いたスタイルだ。銀河連邦の戦闘データーバンクにあった、色んなやり方を試したさ。」
「銀河連邦のう。あれがもっと近くにあれば、この『グレイガルディア』も、もっと平和になっていたのかもしれんのう。その連邦の本部に留学して、あれこれ学んで来たんだのう、おぬしは。『グレイガルディア』においては最新鋭の戦闘艇も、乗り回しておるし、あの『シュヴァルツヴァール』とかいう空母も、連邦本部経由で入手したのじゃろう。」
「へへっ、そこら辺の事は、詳しくは教えられねえな。あんたにはちょっと、しゃべり過ぎちまったな。いけねえ、いけねえ。」
「そうか。で、その、連邦で仕入れて来た知識や武器などを使って、なぜおぬしは、盗賊や傭兵などという悪行を重ねておるのじゃ?それだけの力を、皇帝陛下の御為に使おう、という気にはなれぬのか?」
「あの、ムーザッファールの為にか?それで、何か良い事でもあるのか?」
「おぬしも、この『グレイガルディア』の歴史を、知らんわけではあるまい。皇帝一族のもたらした知識や技術、それらの献身的な普及活動、庶民への細やかな教育指導、そういったものがあったからこそ、今ここに、『グレイガルディア』星団帝国というのが存在し得るのじゃぞ。」
「そんなもん、何千年も前の話じゃねえか。その後を受け継いだ皇帝達の身勝手でぐうたらな統治で、どんだけ庶民が疲弊したか、どんだけ横暴な腐敗貴族の跳梁を許したか。挙句に、配下の武装貴族が軍閥化しちまって、統治権を簒奪されるという醜態を曝すハメになった。」
「それを言われると、歴代皇帝には英邁さに欠ける方も、おられたやもしれん。そんな皇帝が続いたところで、辺境各地に軍閥の台頭を招き、その一つである『ノースライン』ファミリーに軍事政権を樹立され、統治権を簒奪されてしまわれた。じゃが、歴代に優れた皇帝がおられた事も、間違いないぞ。今でも、庶民たちの間にその名を轟かせ、敬愛を集めておられる賢帝名君が、幾人もおられる。多くの庶民が、皇帝に授けられた資源採取手段や皇帝に教わった物資生産方法で暮らしを立て、その有難味を胸に刻み、何百年も前に崩御された皇帝への敬慕の気持ちを、抱き続けておるのじゃ。」
「確かに、集落を1つ1つ見て回りゃ、皇帝への敬愛ってのが庶民の間に根強いってのは、思い知らされるな。でも、それを言ったら軍事政権の側にだって、それなりに気の利いた総帥はいたじゃねえか。30年くらい前までは、何代かに渡ってそういうのが続いてたんだ。だから皇帝一族も、統治権の奪還に乗り出す機運にならず、軍政の下で『グレイガルディア』は、それなりに安定した国家運営が成り立ってた。」
「うむ、我が『カフウッド』ファミリーも、そんな軍政によってこの『カウスナ』領域に封じられ、所領経営に励んで来たのだからのう。わしの祖父の代くらいまでは、帝政と軍政が互いに補完し合って、この『グレイガルディア』を上手く統治して行ってくれるもの、と本気で思うておったそうじゃわい。そもそも軍閥というのは、皇帝陛下の統治をお助けする為に存在しておるはずなのじゃ。統治の前面に出て来るのが、帝政であれ軍政であれ、両者が協力し合う事が良いのじゃ、とかつてはわしも信じておった。」
「まあ、何代か前の『ノースライン』ファミリーの総帥を見てりゃ、そんな可能性に期待したくなるわな。だが、ここ何代かの軍政の総帥は酷いもんだな。特に前総帥のアクバル・ノースラインは、どうしようもねえ。毎日毎日享楽三昧で、配下のファル・ファリッジに国の統治は任せっきりだ。総帥が交代してラフィー・ノースラインになって、少しはマシになるか、と思ったが、相変わらず統治の実権はファル・ファリッジが握ったまんまだ。で、このファル・ファリッジが、腐敗と横暴の限りを尽くしてやがる。」
「良く知っておるのう。盗賊兼傭兵にしては、当世の政情に精通しておるわ。おぬしの言う通り、軍事政権の前総帥アクバル・ノースラインと、本来その家宰の幹事でしかないはずのファル・ファリッジ、この両者がこの国の最高権力者となり果せて以来、庶民の暮らしは転落の一途であるし、各地にも抗争や動乱が絶えん。やはり、皇帝陛下のもとに、統治権を取り戻さねばならんわ。」
「そうかな。皇帝に統治権が戻って、どれだけ庶民の暮らしが良くなるかなんて、疑問だぜ。まあ、アクバル・ノースラインやファル・ファリッジよりは、あのムーザッファールの方がマシかもしれねえが、その後を継ぐ皇帝が、アクバル達以下の可能性もあるしな。」
「そうかのう。わしはやはり、皇帝一族が統治権を持っておるのが、一番この『グレイガルディア』にはふさわしと思えるのじゃが。」
「で、その皇帝の統治権奪還の為に、命まで張る気になったってか。軍事政権の何万の大軍をここに引き付けて、たったの千の兵で戦い抜き、各地での軍政に対する蜂起を待つ、って闘いをするのか。」
「我が『カウスナ』の領民達の、皇帝への敬愛、帝政復活への待望を見聞きしていると、その上に立つ者として何とかせねば、と思うわい。それに、『カフウッド』ファミリーは、皇帝が復権への戦いを決意した際には、いの一番に参戦する事を、先祖代々申し合わせておる一族なんじゃ。2年前に拝謁した、ムーザッファール皇帝陛下の御尊顔や、賜ったお言葉も、忘れられん。このプラタープある限り、帝政復活を諦める必要など御座りませぬ、などと陛下の御前で、思わず啖呵を切ってしまったものだ。」
「へへっ、忠臣の鑑だね。俺は、ムーザッファールにも皇帝一族にも、それほど大きな期待をかける気には、ならねえな。だが、アクバル・ノースラインやファル・ファリッジの支配する現在の軍事政権は、潰せるものなら潰した方が良い、とも思う。あんたが、ある程度その流れを作れるんなら、それに協力しても良い。だが、流れを作れねえようなら、傭兵として、目先の報酬だけであっちに付いたりこっちに付いたりして、要領よくこのご時勢を乗り切る事を、俺達は考えるだけだ。」
「作って見せるさ、流れを。ここに敵の大軍を誘き寄せ、大打撃を与えて見せれば、必ずや、軍事政権打倒の大きな流れが生まれる。軍政の内部や、中枢と呼べる部分からも、離反者が出て来るだろう。ファル・ファリッジの悪政の下で不満を募らせておる者は、軍政中枢にも大勢おるからのう。」
「サンジャヤリストを、真に受けているわけか。あの厭味ったらしいインテリ貴族の作ったリストが、そんなに信用できるとも思えんが。」
「いやいや、サンジャヤ・ハロフィルド殿は誠実で正義感の強い、貴族の鑑のような青年じゃった。『グレイガルディア』の行く末を案じ、皇帝陛下への忠誠を貫いた、天晴な若者じゃ。彼が『グレイガルディア』中を踏破して調べ上げた、貴族や軍閥達の軍政への本音。そして、一度事が起これば軍政に反旗を翻すだろう、と思われる反乱勢力候補者の名簿。それらが収載された、サンジャヤリスト。疑う必要など、どこにあろうか。」
「あいつの、ただの思い込みが載ってるだけのリストだろう、あんなもの。思い込みでなきゃ、希望的観測だ。現実なんて全く見えてねえインテリ貴族の、妄想の産物かもしれねえんだぜ。」
「そんな事は無いぞ。何と言っても、軍政打倒への必殺の隠し玉となるのが、『グレイガルディア』では最強の戦闘艇団である『ファング』だ、と彼は見抜き、サンジャヤリストにも記しておるのだ。」
「ふざけるなっ!」
火を噴きそうな程に、カイクハルドは顔を赤くした。「そこが一番、気に食わねえんだ!あの、サンジャヤリストの。俺達は、盗賊団兼傭兵団だぞ。襲って殺して奪って犯して、ってのを生業にしてんだぞ。『グレイガルディア』の未来とか、皇帝への忠誠とか、そんなもん全く関係ねえんだ。」
「だが、『バーニークリフ』の奪還に命懸けで乗り出してくれ、軍政打倒へも参加しようとしている。」
「だから、報酬目当てでやったミッションだ。軍政打倒も、そうなった方が『ファング』にも都合が良いと思うから、あんた達が流れを作れるんなら乗ってやる、ってだけだ。あくまで俺達は、盗賊兼傭兵の生業にとって都合の良い状況を作ろう、としているだけだ。」
「それで十分じゃ。わしが流れを作れれば、最強軍団『ファング』も、軍政打倒に加わるという事じゃろう?やってみせるぞい。その為に、わしの築き上げた切り札を、見ておくか?」
「この『バーニークリフ』は、切り札ではないんだよな。」
「当たり前じゃ。こんなもんで、何万の部隊を引き付けて、長く戦えるものか。ここは、大軍を誘き寄せる為の餌みたいなものじゃ。この要塞で釣って、誘き出して、そして、奴等を叩くのは、わしの切り札の宇宙要塞『ギガファスト』じゃ。」
翌日彼等は、「カフウッド」軍の戦闘艦に乗って、「サフォノボ」星系に唯一ある惑星へと、共に向かった。何億年か前にはこの星系にも、もっと沢山の惑星があったらしいが、あるものは膨張する赤色巨星に飲み込まれ、あるものは恒星重力の束縛を断って飛び去ってしまったそうだ。
唯一残ったガス惑星を取り巻く環と、百余りにも上る衛星群を組み合わせて作った宇宙要塞が、「ギガファスト」だ。
「ファング」の組織運営に関しては、プラタープが感心し通しだったが、「ギガファスト」の防衛システムに関しては、カイクハルドの方が感心しっ放しになった。奇想天外な防衛システムの連続だ。
かなり内側の軌道にあった衛星を、何百というスラスターを取り付けて無理矢理に動かし重力に逆らって外側の軌道に移す、などという荒業を成し遂げていた。内側の軌道で、潮汐力によって内部に熱を持っている衛星を外側に持って行く事で、敵を騙そうという算段らしい。
「発電施設が内部にあると思わせる、ってか?そんなんに、引っかかる奴がいるのかよ。」
というのが、カイクハルドの正直な感想だったが、後に、プラタープ自身の想像をすらも上回る、絶大な成果を上げることになる。
潮汐力発電ビーム砲台などというものも、紹介される。惑星の環を形成する岩塊や氷塊に、圧電素子が埋め込まれていた。それに、プロトンレーザー砲が接続されている。惑星が圧電素子に加えた潮汐力が、素子への圧力に変換され、電力に変換され、そして敵を迎えると、プロトンレーザーへと変換されるそうだ。
1発分の電力を3日ほどかけて充填し、3発分の電力でバッテリーは満タンになるという。
「3発しか撃てない砲台?そんなん、使い物になるのかよ。」
との疑問を禁じ得ないカイクハルドだったが、「ファング」にはどうやっても真似できないほどの手柄を、この砲台群はあげる事になる。
更に、環を成す氷塊の多くに細工が施され、ヤルコフスキー効果で任意の場所に移動させられるという。惑星の電波バーストを利用して、氷塊内部を加温して蒸気を噴射させるとか。
「そんな、思い通りに、行くわけねえよ。」
としか思えないカイクハルドなのだが、惑星の環は目論見通りの死の舞台に、近い内になるだろう。
視察を終えたカイクハルドは、色々な疑問を胸中に秘めながらも、プラタープの軍事政権打倒にかける想いの強さだけは、認めざるを得なかった。
「まあ、この『ギガファスト』の成果を見届けるまでは、軍政打倒の側に付いて戦ってやるとするか。この要塞の“仕掛け”が不発に終わったら、軍政に寝返るかもしれねえから、覚悟しておけよ。」
本気で言っているカイクハルドだが、プラタープの眼は、それに輪をかけた本気を宣している。
「必ず、成功させるわい。送られて来る軍政の兵達には、気の毒じゃがな。彼等も軍政に弱みを握られ、渋々出征して来た軍閥と、その軍閥に力づくで徴発された領民なのであろうが、仕方ないわい。」
「ああ。敵の兵より、味方の兵を死なせねえように、しねえとな。」
「当たり前じゃ。千人しかおらんのじゃ、わしの手下には。それで数十万と戦うのじゃ。簡単に死なせてはおれんわい。」
不敵な笑みを、両雄は交し合った。
「兄上、軍政側の征伐隊の接近が、報告されました。」
領民を見て回る、と言っていたプラタープの弟、クンワール・カフウッドがいつの間にか戻っていて、戦況報告を兄に告げた。兄の方は、「ギガファスト」の視察の後の10日ほどは、すっかり「バーニークリフ」に腰を落ち着けていた。
相変わらずクンワールは、カイクハルドには一瞥もくれない。弟に注視され、兄は機嫌良さ気に口を開く。
「ほう。首尾よく『ビータバレ』ファミリーの艦隊が、出向いて来おったかのう?」
「はい。『シックエブ』の連中は、こちらの目論見通りの判断を、下してくれたようです。『ビータバレ』ファミリーが、征伐隊の第1陣に選ばれました。」
「聞いた事がある名だな。」
クンワールにシカトされようと、お構いなしに口を挟むカイクハルド。「サンジャヤリストに乗ってたかな?その、『ビータバレ』ファミリーっていうの。」
特に用事もなくここに陣取っているカイクハルドが、遠慮も無く兄弟の会話に割って入る。「ファング」を味方に繋ぎ止めたいプラタープが、補給物資の提供を条件に彼をここに招いている。
「はっはっは、サンジャヤリストなど当てにならん、などと言いながら、ちゃんと頭に入れておるではないか。」
「うるせえ!たまたま覚えていただけだ。で、サンジャヤが見込んだ通り、ちゃんと軍政打倒に協力しそうなのか、その『ビータバレ』ってのは?」
「協力するはずじゃ。彼のファミリーは、古くから領域を奪い合って来た近隣軍閥との抗争において、不利な裁定ばかりを軍事政権に食らわされて、所領を著しく減らしておる。この百年程で8割の所領を失い、食うや食わずの生活になり果てたわ。陰では、軍政の徴税部隊をターゲットにした盗賊行為も、十年以上も前からやらかしておる連中じゃわい。軍政に弓引くのを、今更、躊躇うはずもない。」
「酷い話だな。『ビータバレ』だって、軍事政権配下の軍閥なんだろう?そこまで邪険に扱うものなのか?」
「アクバル・ノースラインやファル・ファリッジ、そしてその取り巻き連中に、個人的に気に入られんかった。それだけの理由で、理不尽な扱いを受ける。まあ、独裁政治などとはそういったものじゃが、今の軍事政権は、特に悪質な色彩が強いわ。」
「そんなんじゃ恨みを買いまくって、結局はてめえの首を絞めるだけだ、って事が分かんねえのかな?」
「さあのう、選民意識と言うのか、自分達は当然のように権力を私物化し、富を独占して良い身分であり、周囲を好きな勝手にこき使う事が認められた存在だ、と思い込んでおるのかのう。」
「で、その軍政に虐げられた『ビータバレ』ファミリーの艦隊が、征伐の任務を引き受けて、向かって来てるんだろ?途中で掌を返して、こっちに付くのか?」
「いやあ、現段階で軍政打倒の旗色を明らかにするのは、『ビータバレ』にも危険が大きいじゃろう。表向きは、もうしばらく軍政に従っている風を装わせてやろう、と思っておる。」
「軍政打倒の旗を、これ見よがしに振り回してる奴が言う事とも思えねえな。ずいぶん気を遣ってやるんだな、『ビータバレ』に。もしかして、奴等の盗賊行為にも、密かに手を貸してやったり、してたんじゃねえか?」
「もちろんじゃ。武器や拠点の提供など、奴等の盗賊行為には、たっぷりと便宜を図ってやったわい。いくらサンジャヤリストに乗っているからといっても、そんな気遣いをしてやらんようでは、誰も味方には引き入れられんじゃろう。軍政の下で弱体化を強いられて来た『ビータバレ』じゃ、彼らにも可能な、軍政打倒への参加の仕方というものを、考えてやる必要がある。」
「で、実際に艦隊を差し向けてしまっている『ビータバレ』を、どうするつもりなんだ?殺られてやるわけにも行かねえだろうし、殺っちまうわけにも行かねえ。睨み合いでも、続けてみるか?」
「いやいや、『ビータバレ』の部隊に、お目付け役も付いて来るらしいからのう。戦わずに睨み合いだけやる、というわけには行かんじゃろう。」
「お目付け役が?手回しの良い事だ。それじゃ、闘るしかねえじゃねえか、味方のはずの『ビータバレ』の艦隊と。」
「そうじゃ。騙るのじゃ。空砲の撃ち合いをな。」
ポカン、と呆気にとられた顔を、カイクハルドは見せた、。「ギガファスト」の防衛システムといい、彼には思い付きもしない発想を、この髭もじゃで痩身の小男は捻り出すものだ。
「く・・クウホウセン、だと!? そんなので、誤魔化せるのか?」
「余裕じゃろう。軍政のお目付け役なんぞが、そんな真面目に戦闘の監視なぞするか。適当に女でも与えておけば、戦闘艦の片隅でチュパチュパやっとるじゃろう。」
「そう、なん、か?」
「そんなことより、」
と、プラタープは話題を転じた。「領民達の巡視の結果を聞こうかの。」
発言の相手は、もちろんカイクハルドではなく、弟のクンワールだ。
「はい。どの集落においても、正規の資材庫や食糧庫の中身は、全て『ティンボイル』ファミリーに持ち去られてしまっておりました。もしあれが集落の備蓄の全てだったら、領民達は餓死するしか無かったでしょう。」
「そうか。ならば、“隠し集落”は、奴等には見つからんかったのじゃな。」
「そんなもん、作ってやがったか。」
カイクハルドが、また口を挟んだ。「正規の集落には、老人と僅かな食料だけを残し、若者と資材とほとんどの食料は、隠し集落に置いてあるってわけだな。『ティンボイル』の徴発部隊に対しては、前の領主様に全て召し上げられました、とかなんとか言っておくように、領民達に指示してあったんだろう。」
「おぬしたちも、提携しておる集落にやらせておるであろう、同じ事を。」
「ああ。隠し集落の代わりに、俺達『ファング』の根拠地を使ってもらうってケースも、あるがな。」
「しかし、それでも」
カイクハルドの発言に一息ついたと見るや、クンワールが報告を再開。「2年間の『ティンボイル』によるずさんな領域経営のおかげで、資源採取や食料・資材の生産設備が、使えない状態になってしまった集落もあります。老人しか居なくても、その老人たちを容赦なく、個人的な役務に酷使した管理者もいたようで、領民は疲弊しております。」
「そうじゃろうな。いくら隠し集落に避難させたとは言え、集落を無人にはできんからのう。役務の為に連れて行かれる可能性が低そうな老人を、残す事にしておったが、老人でも構わず酷使する輩もおるわのう。苦労をかけるわい、領民達には。」
領民の苦難に言及する時には、名将の顔も、カイクハルドが知る中でも最もしょんぼりしたものになった。戦争は多くの場合、銃後にこそ本当の惨さを秘めているものだった。
今回の投稿は、ここまでです。次回の投稿は '2018/5/5 です。
今回も、極めつけに理屈っぽい話で、退屈な方にはどうしようもなく退屈だったでしょう。適当に読み飛ばしてしまった方に置かれては、その事でストーリーを見失う心配は全く無い、と進言させて頂きます。ですが、今回の前半の記述を読んで共感して頂ける方がおられれば、作者は無上に嬉しいです。作者も幾つかの会社で経験したのですが、10人とか20人くらいの部署を1人の管理職が担当していて、まったく目が行き届いておらず、まったく現場を把握できておらず、不効率極まりない状態になってしまっている、と感じていたものです。ミスの原因を追究しようにも、全員の意見をしっかり聞く事ができないから、見当はずれな原因をでっち上げただけで終わったり、改善策を講じてもその内容を全員に伝達できていないから、策そのものは悪くなかったとしても、やらない方がマシな結果になってしまったり、という醜態を数多く見てきました。「ファング」が最強である事の理由付けを考えよう、としていたら、そんな作者の個人的な記憶がよみがえってしまい、思いの丈をぶちまけてしまいました。と言っても、本作はフィクションですので、作中の理論が現実世界で通用する事は、まったく保証できません。悪しからず。それから、後半部分に関しては、もしよろしければ、プロローグを読み返して比較参照して頂けると有難いです。「ギガファスト」の戦いは、本作の大きな見どころの一つですので。というわけで、
次回 第15話 空砲戦 です。
軍事政権との激突に向けて、「カフウッド」ファミリーは着々と準備を進め、「ファング」もそれに関わって行きます。少々理屈っぽいかもしれませんが、「ファング」やその根拠地の実態には、意識を向けて頂きたいです。それと「似非支部」も出て来るので、それの実態に付いても、おさらいして頂ければ、と思います。




