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銀河戦國史 (アウター“ファング” 閃く)  作者: 歳越 宇宙 (ときごえ そら)
第1章 決起
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第12話 訓練・襲撃・圧倒

 うっすらとボディーラインを透けて見せる、怪しげな赤紫の布が、ラーニーの肩を覆っていた。衣服用の繊維や染料・顔料も、化学経路のものや生物経路のものや生物由来のものが「シュヴァルツヴァール」では手に入る。それらをどう使い、どう組み合わせればそうなるのか、カイクハルドには全く分からないのだが、ラーニーは「シュヴァルツヴァール」で手に入る素材を上手く使って、そんな服を作り上げていた。

 ウダイプリーに発散し尽くしたはずの野生が、体の深い部分で疼くのを、カイクハルドは内心では意識していた。

 ここに来た当初のラーニーは、帝政貴族には伝統的な就寝着である、ベージュの貫頭衣のようなものばかりを身に着けていたものだ。露出もわずかで、ボディーラインも一切出ない、不愛想極まりない服だった。

 それに関してカイクハルドは、不平一つ言った事はなかったのだが、この1年くらいで彼女の服装は、劇的に変化した。

 ウダイプリーのセンスに感化されたらしいのは、分かる。ウダイプリーは始めから、透け感のある素材を重ね着するような服装だった。来た当初は、化学合成で色彩の乏しい布地のものばかりを身に着けていたウダイプリーだったが、「シュヴァルツヴァール」で手に入る素材を知るにつれて、生物由来の素材なども取り入れ、多彩な質感と色合いのものを楽しむようになった。

 そんなウダイプリーに影響されて、ラーニーも服装のセンスを変化させて行き、素材やデザインを多様に使ったファッションで身を飾るようになった。シャツに類する筒状の縫製品をインナーに、羽織りものと呼ぶべき前開きのものをアウターに、など、形や着こなしにも意を用いている。

 ラーニーを横から見る位置に進んだカイクハルドは、赤紫の布からうっすら透ける、細長い手足を見た。上品に揃えられた膝や、斜め下に流れ落ちる足首に、貴族然とした優雅さがある。キーボードの上を踊る指も、軽やかだ。

 体の中心付近は、透けてはいない。が、少しずつ色の違う、透け感のある布を重ねてあるせいで、見る角度によって色調が変化して行く気がする。僅かな身じろぎや、呼吸による胸板の上下でも、それは微妙に揺らめくようだ。

 節々から、方々(ほうぼう)から、刻々と、“おんな”が(ほとばし)っている。2年に渡って「シュヴァルツヴァール」に囲われたままの女が、どんどん“おんな”を上げていく。口内を満たすラザニアの味わいとも相乗効果を成し、カイクハルドは、何か得体の知れないものに溺れて行く自分を意識させられた。しかめっ面をしながら首を捻り、正体不明の感情と格闘している。

 ジロジロと見られている事には、ラーニーは気付いているだろう。だが、眉一つ動かさず、悠然と端末の操作に精を出す。自信に満ちていた。己の容姿が男を魅了する事など、当たり前すぎて構ってはいられない、という事だろうか。ここに来た当初とは、別人だ。

「私が、無残なまでに慰みものになり、恥辱に塗れれば、領民達の気持ちは、晴れるのでしょうか?少しは、清々(せいせい)するものなのでしょうか?」

 色気も何も無いベージュの貫頭衣で、泣きはらし腫れぼったくなった(まぶた)で、そんな言葉ばかりが口を衝いていたのが、あの日のラーニーだった。

 信頼して所領の運営を任せていた家宰達に向けられた、彼女の領民達の憤怒の眼差しは、あの頃には彼女の自信も誇りも、完全に崩壊させていた。カイクハルドが教えた領民達の苦難の実態は、彼女を自己嫌悪の嵐で包んだ。

「私は、何も知らずに、貴族としての裕福な暮らしに、浸っていました。領民達が苦しんでいる間、恵まれた生活を謳歌していました。」

 うなだれて、17歳の少女が、そんな悔恨を繰り返していた。死んでしまいたい気持ちにすら、なっていたかもしれない。

 だが、家宰達や弟を人質に取られ、カイクハルドに囲われ、慰みものになる事を受け入れたラーニーには、自殺すら許されなかった。領民達への慙愧(ざんき)の念を抱え、不明な領主だった自分達に恥じ入り、それでも、「シュヴァルツヴァール」に閉じ込められた日々を、生きねばならなかった。

 そのラーニーが今は、優美に自身を着飾り、自信を漲らせた伸びやかな姿勢で、カイクハルドの舐めるような眼差しに身じろぎもせず、端末に向き合っている。作ってやった料理で、彼を感動と驚愕の坩堝(るつぼ)に陥れてもいるが、どうでも良いかのようだ。

 支配下に置いたはずの女に、心のどこかを支配されつつあるのか、との念に捕らわれながら、彼の視線はラーニーの徘徊を止められなかった。肩にかろうじて届くくらいに短くした髪に隠れて、表情までは、うかがい知れなかった。

「根拠地の連中が、また色々と、質問して来てるのか?」

 邪魔にならぬよう、恐る恐る、といった感じで、カイクハルドは話し掛けた。

「ええ。チーズの製造工程に関して、色々と、問い合わせて下さいまして。」

「皇帝一族伝来の製法ってやつか。長く帝政貴族をやって来た、『ハロフィルド』ファミリーの者だからこそ、レクチャーしてやれる事だな。」

「根拠地の方々が、チーズ作りに挑戦して下さったおかげで、私も活躍の場が得られました。とても嬉しく思っております。」

 口を開いても、キーボードを叩く指の速度は、僅かにも衰えはしない。しゃべりながら何かをする能力は、戦いながら「ファング」を統率するカイクハルドの目から見ても、驚異的だ。こういう事に関しては、男は未来永劫、女には敵わないのか。

 恐る恐るの、カイクハルドの言葉は続く。

「化学経路食材と生物経路食材を組み合わせて、人工チーズとかっていうのは、作ってたけどな、根拠地でも以前から。」

「あんなもの、本物のチーズを知る者には、劣悪極まるものです。チーズを模した事さえ、言われなければ、気付き得ませんわ。」

「ははは、けちょんけちょんだな。あれでも、根拠地の連中が10年くらいかけて、苦心惨憺の末に開発したんだがな。やっぱり、本物を知る人間には、通用しねえか。」

 何気ないカイクハルドの言葉だが、ラーニーは手を止め、やや声を落した真剣な調子で言った。

「開発された方々のご苦労には、敬意を表しますわ。私どもは、皇帝一族に御教示頂き、苦労もせずに製法を知悉(ちしつ)しております。私どもがチーズの製法を知っている事より、自身の工夫で人工チーズを開発なさった方々の努力の方が、遥かに尊いとは思います。けど、やはり本物のチーズを作った方が、高い利益を得られるでしょう。」

「そうだな。『ファング』の根拠地は、星系外縁のオールトの雲とかいった、辺鄙(へんぴ)な場所にあるのがほとんどだから、周辺から採取できる資源だけじゃ、やって行けねえ。付加価値の高いものを作って、売り捌いて、採取できねえ資源を買い込む為の利益を稼ぎ出す、ってのも必須だからな。俺達の、盗賊や傭兵としての稼ぎばかりでは、不安定過ぎて頼りねえわな。」

「根拠地の生産活動が発展すれば、盗賊や傭兵など、やらなくて良くなるのではありませんか?」

 真っ直ぐにカイクハルドを見詰める眼が、率直な質問である事を示している。

「発展して活動が派手になって、帝政や軍政に根拠地が見つかっちまったら、利益は全て搾取され、働いている連中も奴隷同然にこき使われる事に、なるだろうな。」

「軍事政権はともかく、帝国政府は、そんなことは・・・」

「無い、とは、きっぱりとは、言えねえだろう。お前の所の領民も、苦しんだんだ。」

 2年前なら、泣き出していただろう話の展開だが、今のラーニーは毅然とした姿勢を崩さない。

「確かに、『ハロフィルド』ファミリーは所領経営に失敗しました。しかし、帝政貴族の全てがそうではありません。かつての『ハロフィルド』ファミリーもそうですし、今でも、善良な所領支配を成している帝政貴族は、大勢いらっしゃいます。」

「それを言ったら、軍事政権の側にも、まっとうな所領経営をしている軍閥は、いないわけじゃねえ。『カフウッド』の旦那も、以前には、軍事政権に封じられた所領を経営して、それなりに領民の暮らし向きは良かったらしい。が、帝政にしろ軍政にしろ、そんな領主は少数だ。たいていは行き過ぎた搾取と酷使で、領民を疲弊(ひへい)させてやがる。一方で自分達は、贅沢三昧に浸りながらな。そんな奴等に根拠地が見つかったら、どうなるか知れたもんじゃねえ。」

「そのようですね。私は、自分の所領で暮らす領民の実情も知らない、世間知らずの愚か者でしたが、幾つもの『ファング』の根拠地で、多くの人々から話を伺って、ようやく『グレイガルディア』の実情が分かるようになりました。」

 自身の不明に言及する瞬間にも、今のラーニーには、卑屈さは無い。

「帝政貴族の腐敗ぶりは、眼を覆うばかりです。逆に、軍事政権に付いては、聞かされていたよりもずいぶん、善良な部分もあるようです。特に、数代前まで軍政総帥の座にあった方々は、内には質素倹約を、外には撫民と殖産を唱えられた、誠実で賢明な方々であらせられた、と。」

「だからこそ軍事政権は、百年以上に渡って、この『グレイガルディア』を統治して来たし、歴代皇帝も統治権を奪われたままの状況を、座視して来たんだろうぜ。」

「ええ。しかし、今の軍政はあまりにも(ひど)過ぎます。帝政にも悪しき部分は多くありますが、それでも、今の軍政よりは、遥かにマシなはずです。」

「それは、どうだかな。どっちもどっちだ、と思うぜ。帝政に支配されても、軍政に支配されても、領民には過酷な暮らししか望めねえだろうよ。どちらにも見つからねえ『ファング』の根拠地だけが、例外でいられるのさ。そして見つけさせねえ為には、まっとうな商売もあまり派手にはできねえ。盗賊や傭兵での稼ぎが必要だ。」

「・・そう、ですか。」

 毅然とした姿勢を維持しつつも、その眼に悲し気な色が広がる。「私達、帝政貴族が、私利私欲に走り撫民や殖産をおろそかにして来たのが、いけないのですね。そのせいで、『グレイガルディア』の統治権を、軍事政権に奪われてしまった。その軍事政権も腐敗して来た今、帝政も軍政も、『グレイガルディア』の民に、安寧を与えられなくなってしまった。」

「安寧が実現した時代が、あったとも思えんが、とにかく帝政も軍政も当てにならん事は、間違いねえな。」

「あなた達『ファング』には」

 目を見開いて、ラーニーはカイクハルドに問いかける。「そんな『グレイガルディア』を、救済できないのですか?」

「できるかぁ!」

 (すが)り付く眼差しを跳ね付けるように、カイクハルドは叫んだ。「よく考えてものを言え!俺達はただの盗賊団兼傭兵団だぞ。俺らこそ、私利私欲の為だけに、襲って殺して奪って犯して、って悪行を繰り返してばっかりのならず者だぜ。」

「ただの盗賊団や傭兵団が、あんな立派な根拠地を幾つも持っているなんて、聞いた事がありませんわ。」

「そりゃ、お前が世間知らずだから、聞いた事がねえんだろ。盗賊や傭兵やるにも、拠点は必要なんだよ。奪って来た物資や女を置いておいて、必要に応じて取りに行く場所が要るだろう。」

「その、奪ったものを置いておく為だけの場所に、とても高性能な資源採取や生産の設備が、沢山ございましたけど。帝国政府ですら知らない最先端のものもありましたわ。そのおかげで、帝国政府が、絶対に人が住む事は不可能だ、と確信している宙域に、何百人もの住民を養った、立派な集落を構えておられますわ。どういう事かしら?」

「どういう事も、こういう事も、ねえだろ。なるべく見つからねえ場所に拠点を構えるのは当然だし、拠点が潰れねえように、できるだけ良い設備を見繕うのも当然だ。何がおかしいんだ?」

「盗賊や傭兵の拠点にしては、立派すぎるのが、おかしいのです。拠点で消費するものの大半を自家生産で(まかな)えている上に、盗賊や傭兵の収益も膨大だから、物資が溢れて、とても繁栄しています。帝政貴族の領民の集落より、相当に豊かで安定していますわ。」

「豊かって言っても、帝政貴族や軍政のエリートと比べりゃ、ずいぶん貧しい暮らしだぜ。」

「それは、私達が贅沢をし過ぎているだけです。私も、それは反省しております。そんな事より、帝政貴族の領民より豊かで安定している集落が、盗賊や傭兵の拠点だなんて、納得がいきません。」

「そりゃ、たまたまだ。今のところ、『ファング』が絶好調だから、人も物資も収入超過になって、潤ってんだ。『ファング』がヘマをやれば、いつ何時どうなるか分からん、危うい存在だぜ、あんなもの。」

「そうでしょうか?確かに、いくら最新鋭の設備を持っているとはいえ、所在宙域があまりに辺境だから、そこで採取できる資源での生産だけでは、数百人程を養うのが精一杯だ、と根拠地の方もおっしゃっておいででした。でも、生物由来食材や生物経路食材を始め、付加価値の高いものの生産能力も少なからずあります。人工チーズでも分かるように、開発能力もありますし、私から本物のチーズの製法を学び取ろうとするなど、向上心もお持ちです。『ファング』が盗賊や傭兵をやらなくても、もう十分ではないか、と思えます。」

「いやあ、俺達が次々に人をかっぱらって来るからな。まだまだ生産力は上げてもらわねえと、養い切れねえぜ。」

「まだ人口や生産力を上げるつもりなのなら、やっぱりもはや、ただの盗賊や傭兵の拠点、とは言えませんわ。それに、帝政や軍政の領内にある集落とも、密かに繋がっているとも伺いました。領民が逃散(ちょうさん)を企てた際の受け入れ先になる事もあれば、集落への食料支援をした事例も、少なからずあるとか。」

「へー、そうなんか。俺は、そのあたりの詳しい事情は、知らねえよ。」

「もしかしたら『ファング』は、帝政や軍政の不明を、補う存在になろうとしているのではありませんか?」

「そんなわけあるか。あっちこっちに恩を売っておいたら、後で色々、使えるだろう。あくまで、盗賊兼傭兵の活動の拠点としての、利便性を追求しているだけだ。『ファング』は盗賊団兼傭兵団だ、それ以外の何ものでもないし、それ以上のものになろうとする意志も無い。襲って殺して奪って犯して、私利私欲を追及するだけの、ならず者の集団だ。」

「その『ファング』の幾つもの根拠地で、幸せそうに暮らしている方々を、大勢見て来ましたわ。圧政に耐えかねて逃散して来た領民や、あなた方が奪って来たという人々。彼等は、『ファング』の根拠地で、間違いなく救われておられます。」

「そう言うお前は、2年間も『シュヴァルツヴァール』に囲われたままの、救われねえ日々を送ってるんじゃねえか。そんな酷い目に合わせてる連中に、阿呆な期待をかけてんじゃねえよ。」

「酷い目に合わされているかどうかは、私が決めることです。」

「はあ?いつ俺の慰みものにされるか分からん身の上で、何言ってんだ?」

「あなたの伽役(とぎやく)になる覚悟など、とっくにできています。それなのに、2年間もお手付きにならないのでしょう。どういうおつもりなのでしょう?いったい私は、何の為に、ここにいるのでしょう?」

「何だよ。本人まで、他の連中と同じ事言い出したな。何度も言っただろ。熟成させてんだよ。ウダイプリーと見比べれば、分かるだろ?あんなふうに、熟成するのを待ってるんだよ。」

「何なのですか?その、熟成というのは。何度伺っても、理解できませんわ!」

「いやいや、一目瞭然だろ?全然、熟成してねえじゃねえか!」

「だから、熟成というのが何なのかが全く分からない、と申し上げているのです!」

「いやいやいや、そんなはずは、ねえぜ。ウダイプリーを見れば、分かるだろ?ああいうのが、熟成してるんだ。」

「何が違うのです!? 彼女のどこが熟成していて、私のどこが熟成していないのです?」

「全然、違うじゃねえか!どう見たって、お前はまだ、熟成してねえだろう。」

「胸の大きさの事を、言っているのですか!? 」

「ちがうわーっ!」

 少し前までは、意見を違えながらも落ち着いた声で語り合っていた2人だが、この瞬間には、頭から湯気が出そうなほどに真っ赤っかの顔をしていた。

「ふぅぅぅっ」

と、息を大きく吐き出したラーニーは、気を取り直したように、端末の操作に専念し始めた。

「熱心なもんだ。」

 しばらく、呼吸を整える風でいたカイクハルドが、呟いた。

「あなたが『ファング』を、どういうものだと考えておいでになろうとも、私は根拠地の方々の暮らしの向上に、少しでもお役に立ちたいのです。」

「領民の暮らしは、良くしてやれなかったからな。」

「そうです。本来ならば、皇帝一族より授かったの知識や技術を広め、『グレイガルディア』の民に富と幸福をもたらすのが帝政貴族の役目なのに、私も、『ハロフィルド』ファミリーも、それ以外の帝政貴族も、十分にはそれをして来ませんでした。少しでも取り戻したい、と思っているのです。」

「で、チーズ作りや、その他の知識や技術を、『ファング』の根拠地の連中にレクチャーして回るのか。こんな、何十光年も離れたところから、メッセージをやり取りして。」

「囲われの身でも、できる事はあります。できる事を、できる限り、やって行きます。」

 それが、ラーニーが自信を取り戻す、原動力になったのだろうか。

 2年前とは雲泥の差の、(よわい)を2つ重ねただけではない、女に磨きのかかったラーニーを、カイクハルドの目は捕え続けた。

 細い手首をうっすらと透けさせる薄衣が、軽やかな指の跳躍に合わせて、ヒラヒラと揺れる。そのヒラヒラが、何かをムクムクと湧き立たせる。

「もしかしてお前」

 散々ジロジロ眺めまわした末の呟き。「早く慰みものになりたい一心で、そういう服装してるのか?」

「そうですわね。」

 恥らう風もなく、ラーニーは応じた。「身籠れば、『シュヴァルツヴァール』から出られますものね。身籠るのが、ここを脱出する一番確実な方法だ、と伺いました。」

「そうだ。孕んだ女は、直後に立ち寄った根拠地で降ろす事になっている。根拠地で、元気なガキを産み育ててもらわんと、いけねえからな。」

「女は、子供を産む道具ですものね。」

 ラーニーの返した言葉は、再び2年前のラーニーを、カイクハルドに思い出させた。

「女は、子供を産む道具なのですか?」

 囲った女達を、孕ませては根拠地に送り届けている「ファング」の活動実態を知った直後の、ラーニーの言葉だった。

「男が鉄砲弾をやっている時代には、女に子を産む道具になってもらわなきゃ、採算が合わねえ。」

 カイクハルドはそう答えた。「この『シュヴァルツヴァール』は、鉄砲弾の再生産工場みてえなもんだな。一方でバンバン撃ち減らされ、もう一方で、ガンガン孕ませてる。」

「そんな、人の命を、何だと・・」

「そういう意見も、分かるがな、お前が今日食った飯も、鉄砲弾が身を削って奪って来た資源で、出来てるんだぜ。」

 不満そうなラーニーに向かって、カイクハルドはそんな説明をしてやった。「その鉄砲弾も人間だから、恐怖も疲労も感じる。そんな鉄砲弾に、しっかり仕事をさせようと思えば、女くらい好き放題抱かせてやらねえとな。そして、鉄砲弾は消耗が激しいから、再生産も怠るわけにはいかねえ。『シュヴァルツヴァール』が、女を囲ってる理由さ。だが、孕ませるまでは『シュヴァルツヴァール』の中でやっても、産んで育てるのは根拠地じゃないと無理だ。だから、孕んだ女は直ぐに根拠地行き、となるのさ。」

 そんな2年前の会話を、頭の片隅に想い起こしながら、カイクハルドは今の話しを続けた。

「早く孕まされて、根拠地で自由になりたいってわけか。」

「ええ。根拠地で、私の持つ知識や技術を役立てる為には、それが一番だと思っています。」

 話しながらキーボードを弾き続けるラーニーの、うっすら透けて見える手首を目で追っているカイクハルド。

「それが、服装の変化の理由か。」

「お気に召しませんか?こういうのは。」

 カイクハルドに一瞥もくれない、ラーニーの問いかけだ。

「いや、・・少し・・ムラムラして来た。」

「あら、では、熟成とやらは完了でしょうか?御寵愛、頂けますでしょうか?」

 事務的に、淡々と問いかける。

「う・・あ・・いや・・ウダイプリーを、もう一遍抱いて来る。」

 逃げるように、カイクハルドは執務室を飛び出した。

「どういう事ですか?」

 背中を追って来る声には、しかしそれほど、感情は込められていない。


 敵である“技術支援部隊”は、小型戦闘艦1艦を中心に置き、約20隻ずつの戦闘艇部隊3隊を、その周囲に配した陣形で「ファング」第1戦隊を目指し、一直線に進んで来た。

「戦闘艦がいるからって、強気だな。負けるわけねえ、って思い込んでなきゃできねえ、勇猛な突進を見せてやがるぜ。」

 通信機から、カビルの声が届く。

「まあ、逃げ出されちゃ、訓練にならんからな。かかって来てくれて、大助かりだ。遠慮なく、新入り達の腕を試す為に、虐殺するとしよう。」

 20隻の「ファング」第1戦隊が、だらーんと無秩序に広がった、隊形も何もないような状態で、敵の接近を許している。訓練の時の如く、全艇にランダムな転進を何度もさせたから、位置関係は乱雑を極めた状態だ。敵が油断して突っ込んで来る、理由の一つだ。

「よし、ランスヘッドっ!突っ込むぜ。」

 カイクハルドの号令から10秒と経たず、暗黒の宇宙を切り裂いて光る槍先が、忽然と現れた。ハチャメチャに散らばった状態からの、瞬時のフォーメーション構築も、もうすっかり慣れたものだ。

 20隻の一糸乱れぬ密集飛行が、星空を縫うように蛇行する。先頭の「ナースホルン」1隻の斜め後ろに、4隻の「ナースホルン」が並列に並び、その5隻の作り出した流体艇首の傘の陰に、残りの15隻がすっぽりと治まっている。

「やるじゃねえか、新入りども!完璧だぜ。」

「当たり前だ!もう千回超えてんだぜ、これやるの。」

 吠え掛かって来たのはヴァルダナだ。初の実戦への、気分の高揚が伝わって来る。

「実戦でやるのは、1回目じゃねえか。それで、こんだけやれれば、大したもんだ。なあカビル。」

「ああ、思い出すぜ。」

 やや、バツの悪そうなカビル。「俺は初めてのこれで、『ヴァンダーファルケ』をクビになって、『ヴァイザーハイ』に回されたんだったな。」

「ははは、まあ、そんなんでも『ファング』で何年も戦って来れたって、自慢しておけ。」

「だな。お前は上手くやれよ、ヴァルダナ。『ヴァイザーハイ』は俺のもんだからな。」

「応、やってやるさ!」

「来たぜ、散開弾!戦闘艦からだ、派手におっぴろげてくれそうだ。」

 カイクハルドが叫ぶとともに、敵の散開弾が展開し、彼の予測通りに、数十kmに及ぶ広大な面積の金属片群の壁を作る。

「金属片の希薄な部分が、あるなあ、かしら。意図的空白域だろうな、ありゃあ。」

「そうだな、カビル。こっちがクネクネ動いてるんで、あれで行き先を限定しようって魂胆だろうな。」

 余裕の声色で言葉を交わすが、並の人間なら、失神しているくらいの旋回を繰り返している。

戦術(タクティス)C-3だ。」

 短く叫ぶと共に、カイクハルドはキーボードを連打、全艇への意思の伝達を図る。

 金属片群の直前で、単位(ユニット)ごとの密集隊形に分離し、突破を試みる戦術だ。各単位の、大まかな金属片群の突破域を、カイクハルドが指定する。彼の声を聴くと同時に、第1戦隊全パイロットが各単位の突破域を、それぞれのディスプレイで確認する。

 各単位のリーダーは、指定された範囲の中から詳細な突破位置を決める。金属片の密度や配置などから、爆圧弾「ヴァルヌス」を使うか否かも含めた判断をする。全パイロットが、その情報も当然、確認する。

 爆散でもしたかと思う勢いで、第1戦隊は5つの破片に分解した。それぞれが、クネクネと蛇行した末に、金属片群へと突入する。

 敵は「ファング」の突破を、手ぐすね引いて待っていた、はずだった。迎撃態勢を整え、狙いを定め、突破と共にレーザーの雨を降らせるべく、準備していたはずだ。

 だが、突破を成功させた「ファング」に、レーザーは一閃も放たれなかった。敵の思いもよらぬ位置から、「ファング」は飛び出して来たから。しかも、5つに分かれている。

 敵は、彼等の作り出した“意図的空白域”から、「ファング」が一塊(ひとかたまり)のまま出て来るだろう、と思い込み、そこに照準を合わせていたのだ。が、「ファング」は、そことは全く違う位置から、しかも5つに分離して出て来た。

「各単位、『リーリエ』、撃て。護衛の戦闘艇群ごと、戦闘艦を包み込め。」

 突破してからの行動は、突破後の敵の配置を見てから、カイクハルドは決めた。敵は、散開弾を突破した「ファング」を、3隊に別れた戦闘艇部隊と1個の戦闘艦とで形成した合計4つの点から成る、三角(すい)の中心に捕える構えだ。テトラピークフォーメーション、とも呼ばれる包囲陣だ。三次元空間で、最少の兵力分散で敵を立体的に囲むフォーメーションだ。

 が、「ファング」はその敵を更に外側から囲むような位置から、散開弾の壁を突破して来た。そんな彼我の位置関係を見た上での、カイクハルドの指示だ。

 「ファング」第1戦隊の、各単位に配属された「ヴァイザーハイ」が、散開弾の1種『リーリエ』を放った。戦闘艦と60隻程の戦闘艇を丸ごと包み込む為に、放たれたミサイルは一旦敵艦から離れ、回り込むような軌道で敵艦へと向きを変えた。

 敵戦闘艦は、あらゆる方向からの散開弾攻撃に曝されたが、戦闘艇には回避の余裕が生まれた。広がり切る前の金属片群を、大きく回り込む形での回避が、可能だった。

 可能だったが、敵は必死だった。失神寸前の加速と旋回を実施しなければ、躱し切れなかった。

「続けて『ヴァルヌス』、戦闘艦に撃ち込め。その後は、単位ごとに戦闘艇を蹴散らせ。」

 言葉での指示と同時に、キーボードをバシバシと弾くカイクハルド。3隊に別れている敵のどれを、どの単位が攻撃するかの、振り分けが決められる。

「敵戦闘艇は、『オイレ』が2隊と『ヴィルトシュヴァイン』1隊だな。かなり旧式の、格闘タイプと攻撃タイプだ。」

 言ってる間にも、第1・2・3単位が1隊の「ヴィルトシュヴァイン」に向かい、第4・5単位が、それぞれ「オイレ」の1隊に対応するように、と表示される。

 旧式とは言え、格闘タイプと攻撃タイプの連携はやっかいだ。「バーニークリフ」奪還戦でも、それで苦戦させられた。まずは素早く、攻撃タイプを殲滅(せんめつ)する事を、カイクハルドは優先した。

 ナーナクとヴァルダナの「ヴァンダーファルケ」の新コンビが、「ヴィルトシュヴァイン」1隻を頂点に置いた円錐を形作り、螺旋を描いてアプローチする。実戦では初のフォーメーション攻撃だが、この動きも数百回に渡って訓練して来た。呼吸はバッチリだ。

 狙われた1隻を救おうと、周囲の「ヴィルトシュヴァイン」がヴァルダナの「ヴァンダーファルケ」に殺到したが、不用意な接近は、近接阻止モードのレーザー銃の恰好の餌食となる。

 ヴァルダナは3門を近接阻止モードに、2門をマーキングされた敵に、振り向けていた。3門からのレーザーが、最も近くにいる1隻の「ヴィルトシュヴァイン」に一斉照射を食らわせる。レーダーで捕え、コンピューターで計算した敵の未来位置とその周囲に、5連続照射のレーザーが3セット、浴びせられる。0.1秒もかからぬ間の出来事だ。敵は、計算通りの位置にいたわけではなかったが、命中確率は十分だ。

 敵には予想外であろうその反撃で、ヴァルダナに接近を試みた敵はヴァルダナが気付きもしない内に、爆散させられた。その他の「ヴィルトシュヴァイン」は、ヴァルダナの「ヴァンダーファルケ」の動きに付いて行けず、全く距離を詰められない。

 速度と旋回半径が、敵パイロットには対応不可能なものだった。20隻の「ヴィルトシュヴァイン」の一団に、6隻で斬り込んだ3単位分の「ヴァンダーファルケ」だったが、敵には追跡できない動きをしてみせる事で、攻撃の隙を与えなかった。

 敵が攻撃もできずにいる内に、ターゲットに指定された敵を、ナーナクの「ヴァンダーファルケ」のレーザーが仕留めた。

 すかさず次のターゲットが指定され、ナーナクとヴァルダナの「ヴァンダーファルケ」が急速転進、突撃をしかける。螺旋を描いて肉薄し、転進から6秒後に撃破に至る。今度は、ヴァルダナのレーザー射撃が仕留めた。

 そのフォーメーション攻撃の間にも、近接阻止モードのレーザー射撃が、敵を2隻、仕留めていた。ナーナクもヴァルダナも、気付きもしない内の戦果だった。

 瞬く間に、「ヴィルトシュヴァイン」は全滅した。2分とかからない殲滅戦だ。

「全然、出番が無かったな、俺達。」

 通信機越しに零したのは、カビルだった。ちょっと、嫉妬しているらしい。

今回の投稿は、ここまでです。次回の投稿は、'18/4/21 です。

今回も、前半は理屈っぽい場面でした。面倒臭い、と思われた読者様も、多かったでしょうか?物語の設定を、単純にすると話に深みが出ないし、深みを出そうとすると複雑になり、説明を書く方も読む方もタイヘン、という事になってしまい、難しいものがあります。この辺の説明は、理解できていなくてもストーリー展開を追う事はできるとは思いますが、分かって頂いた方が、より世界観を味わって頂けるのかなあ、と作者なりに考えており、理解して頂けるように精一杯務めて行く所存です。皇帝や帝政貴族、軍事政権、軍閥、似非支部、アウトサイダーといったものの実態や関係性に、できる限りご留意頂きたいです。といっても、説明は適宜、繰り返し、しているはずなので、うっかりぼんやりと読み飛ばしてしまっても、わざわざ読み返して確認する程でもないかな?それぞれの、善とも悪とも言い切れない雰囲気だけでも感じて頂ければ、幸いです。というわけで、

次回 第13話 惨殺・制圧・掠奪 です。

後半から始まった、"訓練"と称するなぶり殺しみたいな戦闘シーンの続きです。ヴァルダナを始めとした新入り達の戦いぶりとともに、襲撃対象になった相手がどういう者達なのか、にも関心を寄せて頂けると、有難いです。

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