第10話 新入りパイロット
「お前の名は・・ロイトか。何故、『ファング』に入ろうと思った?」
要塞施設内に借りた部屋で、カイクハルドは一人の男と向き合っている。広くはない部屋だ。狭い空間に2人だけ、という印象を与えた方が、人は素直に想った事を話すものだ、というカイクハルドの思惑で、この部屋が用意された。新入りのパイロットとの面談には、ふさわしい部屋だ。
この面談で、送られて来たパイロット達を「ファング」に受け入れるかどうかの、最終判断が成される。“かしら”としてのカイクハルドの、重要な仕事だ。
借りた部屋とはいえ、盗聴などは警戒していなかった。聞かれたとしても大した問題でもないが、プラタープがそんな事をする男だとは、カイクハルドは思っていなかった。
「イイ女をいっぱい抱けるんだろ?『ファング』のパイロットになれば。」
ロイトと呼ばれた男は答えた。
「なるほど。動機は“不純では無い”って事だな。真面目に私利私欲を追及するのは、結構な事だ。ただ、戦いに勝って、生き残らなきゃ何も手に入らない。イイ女も抱けない。この前の戦いも勝って、女も大量にゲットできたが、抱いて良い思いをしたのは、生き残ったヤツだけだ。」
「分かってるさ。勝って生き残る為には、戦いの中での統率は乱すな、って言うんだろ。」
カイクハルドは、手下となるパイロットに、忠誠心とか無私無欲などというものは求めない。ただ、少しばかり利口であれば十分だ、と思っている。統率を維持しなければ勝てないし、生き残れない、という事を理解できる程度に。
高度な統率を維持するには、手下が統率者を信頼したり尊敬したりする必要もあるが、それは求めるものじゃなく、勝ち取るものだと思っていた。これからの戦いの中で、彼が、統率者としての力量を見せ付けるしかない。それができない統率者が、無理矢理配下を従わせようとしたところで、戦いで勝ち続け、生き残る事はできない。
組織の優劣は、極論すれば、統率者の力量が全てだ。頭が無能なら、身体は死ぬしかない。属する組織の頭が無能だと思えば、頭を挿げ替えるか、別の組織に引っ越すしかない。頭が無能な組織で、下っ端が何をやっても、全て無駄だ。
カイクハルドはそう思っている。だから、自分が無能であるなら、自分より能力のある者が「ファング」内にいるのなら、いつでも統率者の地位など代わってやって構わない、というつもりでいる。
それは、仲間に背後から頭を撃ち抜かれて、殺される事で成されるのか、縛り上げられ虚空の深淵へと放逐される事で成されるのか、分からないが、いつ何時そういう目に遭っても構わない、という覚悟がカイクハルドにはある。
戦乱の世にあって、頭に無能者を頂いた戦闘集団など、直ぐに滅ぼされるのがオチだ。頭が無能だと思うならば、命を懸けてでも挿げ替えなければ、組織に生き残る術は無いのだから、彼が無能だと手下に思われてしまったなら、殺されたとて、当り前の話だ。
しかし、まだ当面は、カイクハルドには自信があった。「ファング」の“かしら”としての力量において、誰にも負ける気はしないし、それを実戦の中で見せつけて行けると自負している。
彼に“かしら”としての力量があって、手下がちょっと利口であれば、「ファング」の統率力は損なわれる事は無い。
だが、世の中、誰でもが利口なわけでは無い。組織が勝ち残り、生き残らなければ、欲しいものは手に入らない事を理解できず、目先の誘惑に負けてしまう奴がいる。一時の忍耐が組織の勝利を呼ぶことを承服できず、自分勝手な行動を起こす者がいる。
そんな奴に統率を乱されれば、勝てる戦いにも勝てなくなる。それは忠誠心とか無私無欲とは関係なく、利口かどうかの問題だ。統率を乱す奴、というのは知性が足りないだけだ。だからカイクハルドは、彼の配下とする者には、利口さを求めるのだ。
パイロットとしての腕に関しては、「ファング」の根拠地にあって管理を任せている者達の訓練と選抜を、彼は信用している。十分な腕を持ったパイロットしか、彼の下には送られて来ない。無論、利口さにおいても、それなりの評価は行われた上で、選りすぐられた者だけが彼の前にやって来る。
しかしカイクハルドは、利口さに関しては、自分の目で確かめることにしている。自分自身で話をしてみた上で、最終的な判断を下す。
忠誠心や無私無欲を求める、なんてみっともない事は決してやらない。彼が無能なら、直ぐにでも彼をぶっ殺してやろう、くらいの反骨心は持っていて構わない。“かしら”の座を奪う機会を、虎視眈々と伺うくらいの野心は、大歓迎だ。
だが、今のところ、カイクハルドの“かしら”としての力量は、群を抜いているはずだ。そうであるならば、少し利口な者ならば、反骨心や野心があったとて、彼の命令に背き統率を乱す、などという行動は選ばないはずだ。
短いやり取りでカイクハルドは、ロイトに利口さを見い出した。「ファング」のパイロットになりたいと思った動機など、初めからどうでもよかった。彼に対する返答の声色、その時の目の配り、表情の変化。そこからカイクハルドは、利口さの有無を嗅ぎ取ろうとしたのだ。
「根拠地に籠っていても、俺達が刈り取った女がちょくちょく流れてくるから、抱く女に不自由する事は無いだろ?『ファング』に入らなくったって、構わんのじゃないか?」
「それはそうだが」
ロイトは陽気に応じた。「根拠地に流れて来る女は、全部あんた達の手付きじゃないか。それじゃ、不満なんだよ。『ファング』になれば、誰の手も付いてねえ女を、とっかえひっかえできるんだろう?」
言葉の内容はどうでも良い。切り返しのリズムが良く、話し声に淀みがない。眼の奥には、様々な言外の計算やら企みやらを蠢かせているようだが、それもプラス評価の材料だ。
「そうか、ロイト。じゃあ、お前がイイ女を抱く為に、最善の事をやってくれ。俺がいねえ方が良いと思うならば、いつでも殺せば良い。」
「へへっ、そう思ったら、そうするさ。だが、今のところは、あんたがいなきゃ、『ファング』は無敵じゃなくなる。あんた以外の指揮じゃ、この戦乱の世を生き残っていけねえ。もちろん、イイ女も手に入らねえ。ちゃんと、『ファング』の戦闘データーは吟味しているんだ。そんなことは、分かってる。」
「前の戦いで、第3戦隊が全滅した。」
ロイトの彼に対する評価を意に介するでもなく、カイクハルドは話を転じた。「パクダって奴に、新たな第3戦隊の隊長を任せるつもりだがな、その後釜に付ける事ができるパイロットを、早急に育成しなくちゃならなえ。」
「だろうな。いつ誰が死ぬか、分からねえもんな。常に後釜の準備はしておかねえと。」
「そういう事だ。前の第3戦隊にも候補者はいたんだが、全滅しちまったからな。隊長の候補者が不足してる。パクダを見習って、お前には隊長候補になってもらう事を期待している。」
「隊長になれば、さらにイイ女が沢山抱けそうだなあ。」
嬉しそうに言って見せるが、眼の奥には、様々な計算が渦巻いている。カイクハルドは満足だ。忠誠心なんぞより、そうやって頭の中で色々な計算をできる能力こそ、高度な統率には必要なものだ。“かしら”の座を奪い取る事も含め、色々と計算すればいい。彼自身の欲望を満たすための、最も合理的な道を。
そうすれば、カイクハルドが“かしら”として最もふさわしい力量を持つと認める間は、ロイトは彼の命令には逆らわず、「ファング」の統制は維持されるだろう。彼の欲望の満足の為には、それが一番合理的、という答えが出て来るのだから。
「隊長だってのは、報酬の分配には関係ない。直近の戦闘での成績が全てだ。だが、隊長は命令を下す立場だから、成績を上げやすい役割を誰に与えるかなどを、ある程度は差配できる立場だな。と言っても、戦いに勝てなきゃしょうがねえし、能力を配下に疑われるのは、命取りにもなる。」
「つまり、隊長だからって、それほど勝手が出来るわけじゃねえ、って事だな。だが、自分が一番危険な役割を引き受け、その上でガンガン戦績を積み上げれば、戦いにも勝てるし、配下だって尊敬する。報酬にもたっぷりあり付ける。イイ女も、抱き放題になる。」
「そういう事だ、ロイト。パイロットとしてのお前の腕は、既にお墨付きだからな。そういう意気込みでやってくれれば、こっちは助かるぜ。」
ロイトを正式に「ファング」に受け入れることを、カイクハルドは決めた。更に、お待ちかねの相手との面談の機会が巡って来た。
「お前がここに来るとはな、ヴァルダナ。俺を殺して、姉ちゃんを取り戻すか?」
次の面談の相手として、ロイトと入れ替わって部屋に入って来た男に、カイクハルドは話し掛けた。ヴァルダナと呼ばれた男は、未だ幼顔の、16歳の少年だった。
「いつかは、そうするつもりだ。お前を殺し、ラーニー姉様を奪い返し、ここから逃げ出すんだ。『ハロフィルド』ファミリーも再興し、サンジャヤ兄様の名誉も回復して見せる。」
やや面長の端正な形の顔に備わった、姉にそっくりな切れ長な瞳で、真っ直ぐに、カイクハルドを睨み据えるヴァルダナ。が、そこには怒りも、憎しみも見えない。ロイトとは内容は違うだろうが、彼には彼なりの計算が、その眼の奥で激しく回転している。
「殺せるか?俺が。」
「今は無理だ。」
ヴァルダナは低く呟く。「お前が死んだら、この集団はおしまいだ。そうなりゃ、俺も死ぬ。姉上も死ぬ。お前の指揮する『ファング』の戦力無しには、この戦乱の世で、俺達に生き残る術は無い。帝政貴族、という肩書を失ってしまった俺達には。」
「ほう。」
ヴァルダナを見詰めるカイクハルドの眼は、興味津々の色だ。
「姉上を守り抜くにも、兄上の名誉を回復するにも、俺にはもっと、力が必要だ。『ファング』のパイロットとして戦う中で、お前からそれを盗む。盗み取って、自分の力だけで生き残り、姉上を守り、兄上の名誉を回復できるようになったら、お前を殺し、姉上を奪い返し、俺はここを出て行く。それまでは、お前の命令に従ってやる。」
己への殺害予告を聞くカイクハルドだが、なぜか、嬉しそうな表情は崩れない。
「俺が、お前を殺すとは思わないのか?」
「それは無い。『ファング』のパイロットの命を無駄にするような事をすれば、お前が『ファング』のパイロット達から無能者と思われ、背中を撃たれる事になる。お前は、そんな愚を犯さない。」
「良い計算だな。じゃあ、一日でも早く俺を殺せるように、精進するんだな。」
「そうするさ。」
「で、お前が『ファング』のパイロットになった事を、ラーニーには伝えて良いのか?」
ヴァルダナの決然とした眼差しが、僅かに力を失う。
「止めてくれ。姉上に余計な心配を、おかけしてしまう。それに、もし俺が死ぬような事になっても、ラーニー姉様には言うな。俺が生きている、と思い続けて頂いた方が、姉上は健やかに暮らせるだろう。」
「俺の手垢に、塗れてだがな。」
「お前が姉上に何をしたとか、しないとか、そんなことはもう、どうでも良い。『ファング』では、女への暴力は銃殺刑だ。かしらであるお前を始め、全員がそれを厳守しているのは、この2年間で十分に見て来た。暴力を振るった奴が、本当に頭を吹き飛ばされる様も、何度も拝んで来た。だから、姉上も暴力は受けていない、という事だ。女が飢えさせられる事も、『ファング』ならば、まずない。ラーニー姉様は、少なくとも身体的には、お元気でおられるはずだ。取りあえず今は、生きて、お元気でおられるならば、俺は、それで良い。」
言葉に籠った力は、何かを振り切ろうとする勢いから来るのだろうか。
「2年の根拠地暮らしで、色々経験したようだな。」
「確かに、『ファング』の根拠地での経験には、学ぶところが多かった。だからって、俺がお前を許すと思うなよ。いつまでも姉上を、お前のもとになんて、置いているわけに行かないんだ。」
「そうかい。せいぜい頑張れや。お前が俺を殺したいと思った時、いつでもそうできるように、お前は俺の単位に入れてやる。俺が生きてる間は、お前は俺にこき使われ、バシバシしごかれる事になるんだぜ。覚悟しておけ。」
やや目を丸くしたヴァルダナ。
「・・お前の単位に。」
「不満か?だが、ここじゃ、おれの命令は絶対だ。従えないなら、帰ってもらうぜ。」
「いや、願ってもねえ。お前から盗むだけ盗んで、殺して、姉上を奪い返すのに、好都合だ。」
ニヤリ、と大きく口を横に引き延ばして、カイクハルドは笑った。手を差し出して言う。
「決まり、だな。よろしく頼むぜ。」
差し出された手に一瞥もくれる事無く、ヴァルダナはふわりと無重力の空間に浮き上がり、部屋から出て行く。不愛想、というより、表情を見られる事から逃げたような、身のこなしだった。
約50人の新入りの面談に4時間以上も費やし、その直後にはカイクハルドは、「ナースホルン」で宇宙を駆けていた。さっそく訓練開始だ。
新たな人員配置で、様々なフォーメーション行動を確認して行く。数時間にも及んで、念入りな確認が行われた。
「基本的なフォーメーションは、全部問題なくできる様だな。ヴァルダナも、問題無かったぜ。」
単位の新参者に、カイクハルドは声をかけた。
「当たり前だ。操縦はほとんどコンピューター制御だ。イニシャルロケーションにおける微修正だけやれば良いんだ。誰にだってできる。」
「いや、今、おまえがやってのけた事は、千人に1人、できるかどうかだぜ。できちまった人間には、当たり前に思えるだろうがよ。」
「そう・・なのか?」
「そうだ。だが、この程度じゃ、まだまだ『ファング』としては不十分だ。次、全艇、指定された方位に、マニュアルで適宜加速っ!」
「ファング」百隻の全艇のディスプレイに、座標データーとして方位が表示される。コンピューターにデーターを取り込んでしまえば、指定された通りに飛ぶのは誰にでもた易い事だが、マニュアル操縦で指定された方位に正確に飛ぶのは、簡単では無い。
だが、先の戦闘でもあったように、カイクハルドは直感で方位を指定して緊急転進を命じる事がある。そしてその命令は、何度も仲間の命を救って来た。どれだけコンピューターの性能が良くなっても、時には一流のパイロットの直感の方が、優れた判断を下す場合があった。
その場合は、カイクハルドは口頭で座標を叫ぶことになる。いちいちキーボードからコンピューターに入力している暇はない。そのカイクハルドが叫んだ座標に、即座に正確に向かえるかどうかが、パイロット達の生死を分けるケースが多いのだ。
今パイロット達は、口頭ではなくディスプレイに表示されたデーターを見ているのではあるが、数値を認識しただけで瞬時に、戦闘艇を所定の方向に突進させる訓練にはなっている。
ディスプレイの数値は次々に変化して行き、その度に「ファング」各艇は転進する。当然、位置関係は猛烈にシャッフルされる。完全にランダムになり切ったところで、突如フォーメーションが指定される。
コンピューター制御のみでフォーメーション形成を試みたパイロットは、ディスプレイに幾つもの問いかけのメッセージを見ることになるだろう。不確定の要素が多過ぎるのだ。最終的な位置関係は確定していても、百隻の「ファング」戦闘艇の各艇が、ランダムなイニシャルロケーションからどういう軌道を描いてそこに向かうかは、コンピューターには分からない。人が人の心を予測するしかない場面が、幾つも出て来る。その予測が無ければ、フォーメーション位置への最も合理的な軌道は確定できない。
「遅かったな、ヴァルダナ。」
「ちっ・・こんなん、無茶だぜ・・・」
悔し紛れにそう零したヴァルダナだったが、ベテランパイロット達は彼より遥かに早く、ファーメーションの位置に身を置いていた。新参者だけが、遅れていたのだ。
「ああ、新入りが、直ぐにこれをやるのは、間違いなく無茶だ。だが、必ずできるようになる。できるようになるまで、繰り返すぜ。何回失敗しても許すが、諦めるのは許さねえ。『ファング』に残りたきゃ、死に物狂いで付いて来い。」
何度も試す。何度も失敗する。何度やっても新入りが遅れる。何度も何度も失敗する。何度失敗を重ねても、カイクハルド始めベテランパイロット達は、文句ひとつ言わない。彼等にとっては、いつもの事だ。新入りが参加して来たらこうなるのは、織り込み済みなのだ。
「・・くそっ、また失敗だ。わ、悪い。」
新入りの一人から、そんな言葉が漏れる。
「謝らんで良い。無茶をやらせてるのは、分かってるんだ。だが、無茶が無茶でなくならなきゃ、『ファング』じゃねえんだ。とにかく、諦めるな、できるまで、何度でもやるぜ。」
更に失敗を繰り返す。壮絶に繰り返す。「シュヴァルツヴァール」から補給タンクが射出され、何度も噴射剤を入れ直し、訓練は継続する。休憩はとる。飯も食う。仮眠もとる。が、戦闘艇からは出してもらえない。できるようになるまで、戦闘艇に缶詰だ。排泄すらも、戦闘艇の中で済ませた。
盗賊だとか傭兵だとかが、こんな血の滲むような訓練など、普通、やるわけがない。落伍者とか無法者なんて人種には、あるまじきひたむきさだ。愚直なまでに反復して、訓練を繰り返している。
百回は優に超えた。強烈な加減速や旋回の重力に苛まれ続けている体は、至る所から激痛の悲鳴を上げている。だが、繰り返す。何度も繰り返す。全身の骨が粉砕しそうな気分で、反復練習の連続だ。
2百回に達しようとする頃、徐々に新入り達の動きが、ベテラン達に近付いて来る。
3百回を超えた頃、新入りとベテランの動きには、遜色が無くなって来た。
「・・や、やっと、できて来た・・ぜ、ひぃぃ・・」
「第1関門、突破だな。」
「・・まだまだ、関門はあるんだろうな・・」
「いやあ、まあ、せいぜい二百個くらいじゃねえかな。関門。」
カビルの言葉に、ヴァルダナがどんな顔をしたのかは、カイクハルドには分からない。が、声を明るくして仲間達に告げた。
「とりあえず、今日の所はこれくらいにしようぜ。一旦、『シュヴァルツヴァール』に戻ろう。後の事は、明日以降だ。」
母艦であり、「ファング」パイロットにとっては故郷とも言える存在である空母「シュヴァルツヴァール」は、「バーニークリフ」の施設から出航していた。訓練宙域の近くで、待機状態にあった。
「ファング」の戦闘艇が着艦している間は、静止状態だったが、全艇の着艦が終了すると、艦首の約千m先を中心にして回転運動を始める。艦内に円心力による疑似重力を生じさせる為だ。
重力は、あるほうが生活は快適だ。食事も美味しいものにあり付けるし、睡眠もぐっすりとれる。訓練で疲れ切ったパイロット達を癒し、また元気を取り戻して次の訓練に送り出さなくてはいけないのだ。噴射剤はかなり食ってしまうが、背に腹は代えられない。
「さすがに、筋の良いパイロットばかりを送り込んでくれるもんだぜ、『ファング』の根拠地はよう。今回の連中は、『カウスナ領域』の根拠地からだけってことは、ねえんだろ?」
カイクハルドの話しかけた相手は、禿げ上がった頭にひょろ長い身体がぶら下がった、いかにも不格好な男だったが、「シュヴァルツヴァール」の艦長である、トゥグルクだ。操艦もメンテナンスもこなす。盗賊団兼傭兵団の彼等は、母艦要員にそれほど人員を割いてはいられない。
カラフルなアロハシャツに短パン、という宇宙船の中とは思えないリゾート感満載の服装で、トゥグルクは普段から過ごしている。「母艦が攻撃を受けるようになれば、『ファング』も終わりだ。」との矜持のもと、戦闘宙域にあっても宇宙服を身につける事無く、艦内ではカジュアルを貫くつもりらしい。
「シュヴァルツヴァール」の航宙指揮室内で、操艦用のコンソールを右手で操作しつつ、左手でトゥグルクは、裸同然の恰好をさせた女の尻を触っていた。空母の中央付近に航宙指揮室はあるので、外を見る窓などは無く、六方が壁に囲まれた1辺5m程度の部屋だ。不愛想な眺めの空間だから、美女の一人も侍らせなければ、やっていられないのも分かる。
「ファング」のパイロットと「シュヴァルツヴァール」の管内要員の男共はたいてい、妾のような女を2・3人ずつ囲っている。今は「ティンボイル」ファミリーや「カフウッド」の領民から選んで来た女が沢山いるし、それ以前からも、盗賊として襲ったり奪ったりして他から連れて来た女達が、何人もいた。ラーニーも、その一人だ。
トゥグルクに尻を弄ばれているのは、「カフウッド」の領民の娘らしい。傭兵稼業の報酬としてもらった女だから、どうしようが「ファング」の勝手、というわけだ。
「俺達はいつも、パイロットどものおこぼれしか回って来ねえから、ロクな女にあり付けんなぁ。」
と、常日頃ぼやいているトゥグルクだったが、今回は「バーニークリフ」奪還の報酬として、2百人もの女を差し出させた中から選りすぐったのだ。選ぶ順番はパイロット達の後だったとはいえ、十分上玉は残っていたらしい。パイロット達が5日に渡って散々“味見”した後ではあったが、トゥグルクはその女を、えらく気に入っていた。
「久しぶりの上玉だ、存分に楽しまねえとな。」
と、鼻息も荒いこの男は、操艦作業の最中にも手に入れた女をずっと、裸同然の恰好で航宙指揮室に侍らせているのだった。赤面し体を硬直させて羞恥に耐える少女の姿は痛々しくもあるが、盗賊団にはふさわしい光景でもあるだろう。
「もちろん、『カウスナ』領域の根拠地だけでは、あれだけの人数のパイロットは、揃えられねえよ。」
カイクハルドの問いに、トゥグルクは答えた。「近隣の領域から、掻き集めて来たんだぜ。『カルガ』領域や『ルサーリア』領域、それともう2つ、何て言ったけな・・・」
隣のカイクハルドから眼を逸らして、記憶を探る視線になる。ホログラムやモニター類に埋められた天井が、視線の先にはあった。部屋ごと回転することで、常に天井が上になるようになっている。加速中は進行方向に対しての前が、減速中は後ろが、天井になる。それと向き合う床には、コンソールと対になった座席が円陣を成している。
外の景色が見えたり、部屋の向きと進行方向の関係が一定だったりするのならば、座席が全て前を向いているのが自然なのだろうが、窓が無くて外も見えないし、部屋の向きと進行方向の関係も随時変化するので、全ての座席が1つの方向を向いている事に意味は無い。「シュヴァルツヴァール」の航宙指揮室の座席は、円陣構造になっている。
「そうか、『ルサーリア』もか。皇帝のお膝元の領域からも連れて来てるのか。道理で、帝政貴族領の臭いがする立ち居振る舞いの奴が、何人かいたな。」
カイクハルドも、天井を見詰める目だ。今は、天井は進攻方向の前ではなく、遠心力が艦の後方に向かってかかっている。
新入りパイロットとは、全員との面談を経たカイクハルドだったが、出自に関しては何も聞かなかった。そんなことは、どうでもよかった。ある程度の利口さがある事を確かめられれば、十分だった。
「皇帝のお膝元と言ってもなあ、肝心の皇帝ムーザッファールは、南西上星団区域の『スヒニチ』領域で蟄居させられていて、『ルサーリア』には不在なんだぜ。お前にとっ捕まったおかげでな。」
「はは、違げえねえ。とにかく、よく集めてくれたよ、この短期間で。4つの領域の根拠地から、大急ぎで掻き集めてくれたんだよな。助かったぜ。」
「沢山、死んだからなあ、この前の戦いでは。」
少し表情を暗くしたトゥグルク。「まあ、危険な作戦になるだろう、とは思っていたし、予め各根拠地に打診はしておいたから、直ぐにパイロットは調達できたが。」
盗賊兼傭兵をやっている彼等にとって、仲間の死というのは日常茶飯事だったが、それでも前の戦いでは死者が多かった。見知った顔がごっそり消えてしまうのは、彼らとて寂寞を感じないではいられない。女の尻を撫で回すトゥグルクの手も、勢いを失った。
「だが、報酬はたっぷりもらったぜ。こうして女も大量にゲットしたしな。」
カイクハルドが女の方に眼をやると、トゥグルクの手も勢いを取り戻す。
「そうだなあ。お前らが訓練に汗を流している間に、タキオントンネルのターミナルも設置してよお、報酬でもらった物資も、送り届けておいたぜ、近隣の根拠地にな。パイロットを拠出した分を、十分に補ったはずだ。」
トゥグルクは、声も明るさを回復している。「死んで行った奴等も、無駄じゃなかったって思えるはずだぜ。根拠地は物資で潤うし、パイロット達は女をもらってホクホクだし。」
女を挟んで隣の座席に付いているカイクハルドに、トゥグルクはニタッと笑顔を浮かべて見せた。下品で助平なその顔に、微かな哀愁が漂っている。
しばらく航宙指揮室で、トゥグルクと今後の「シュヴァルツヴァール」の行動計画などに付いて話し合った後、カイクハルドはそこを出た。
今回の投稿は、ここまでです。次回の投稿は、 '18/4/7 です。
世界の歴史に登場する盗賊や傭兵の詳細な実態などは、作者の知識の範囲外ですが、「ファング」はずいぶんマシな方と言えるのではないでしょうか?日本海を荒らしまわった倭寇とか、地中海を暗黒に陥れてたサラセンの海賊とかの話を見ると、捕虜の手に穴を開けて数珠つなぎにして連行したり、女達をさんざん慰み者にした上で海にボチャン、なんて事も、あったとか無かったとか・・・。それでも現代の倫理観に照らせば、「ファング」は極悪非道でしょう。そんな歴史と現代の中間あたりを狙って、「ファング」の"倫理レベル?"を設定してみました。パイロット達が統率を維持したり、命懸けの戦いに臨んだりする上での、動機付けになるようなものも必要だ、との考えもあり、本編のような形になりました。が、悪者を描くにも、どれくらいの悪さ加減にするか、とか、悪さをどう表現するか、というのは相当に難しいです。読者様はどうお感じになったでしょうか?というわけで、
次回 第11話 母艦、シュヴァルツヴァール です。
次回もドンパチなどの派手なシーンは無く、理屈っぽい感じの説話です。退屈な人は、適当に読み飛ばして頂いてもストーリーを見失ったりはしません。が、物語の世界観や世界設定を理解するには重要な説話ですし、こういうのを楽しいと思ってくれる読者様がおられたら嬉しいなあ、と作者としては思わずにはいられません。ただの空想では無く、作者なりにシミュレーションして描き出した未来宇宙なので、できればご一読頂きたいところです。




