第9話 宇宙要塞「バーニークリフ」
ひと眠り終えたカイクハルドは、部屋にある通信装置で航宙指揮室に連絡を入れた。戦闘艦は既に、要塞内の一つのドッグに格納されている、と説明される。艦から降りて要塞の指令室に来るように、通信に出た兵士に促された。プラタープが呼んでいるらしい。
小惑星の中を刳り貫き、金属や特殊樹脂を染み込ませて補強しただけの簡易な宙空建造物の中は、人為的に重力を発生させる機構も無かった。小惑星自体の微弱すぎる重力の中で、カイクハルドは飛翔するように移動した。体感的には、ほぼ無重力だ。
最大長約5百kmの、中程度の大きさの小惑星に、大型戦闘艦でも入港できるドッグや司令部が所在している。建造したというべきか改造したというべきか、ともかくカイクハルドは、そんな小惑星内の基地の司令部へと向かう。
時折何かを蹴っ飛ばしながら、勢いをつけ、方向を修正し、行き交う兵士にぶつからないようなどにも気を使いながら進んで行く。といっても、兵の姿はまばらだ。奪還したばかりの施設を使えるようにするのが大変なのか、どいつもこいつも、忙しそうだ。
灰色の宇宙服に包まれた兵達は、個性を消されている。恒星からの光が強い宙域では、温度上昇を抑える為等の目的で、反射効率の良い白で統一された宇宙服が一般的だが、この宙域ではそんな気遣いはいらない。どんな色でも構わないのだから、もっと個性的な色遣いの宇宙服でも良さそうなのだが、軍という組織は個性を消したがるものだ。忙し気な態度と相まって、排他的な雰囲気がある。歓迎など期待していないカイクハルドだったが、それにしても愛想の無い光景だ。
手頃なところに出っ張っていた、樹脂製のポールを蹴っ飛ばして方向転換し、カイクハルドは幾つ目かの角を曲がった。前後左右に上下も加えた、6方向に口を開く3次元交差の曲がり角だ。上に曲がったのか下に曲がったのか、はたまた水平の方向転換だったのか、よく分からない。
重力があるにはあるのだが、実感できるほどでは無いのだ。どっちが上か下かなど、すぐに見失ってしまう。
ポールというのは、たまたま出っ張っていたのではなく、蹴っ飛ばして方向転換をする為に、わざと取り付けてあるものだ。そういう“足場”を狭い間隔で配置しておかないと、施設の中でさえ漂流しかねない。反動をつける“何か”を失ってしまったら、数分に渡って自由には動けず、宙空を漂うハメになるのだ。
ポールや壁を蹴っ飛ばして飛翔する時には、次に“足場”にすべきものを見定めておかないと、後悔する事になる場合がる。人や障害物にぶつからないかどうか、周囲に気を配る必要もある。手足の届く範囲に反動をつける為の“何か”がないところでは、方向転換はできず、ブレーキも掛けられないのだから。
なかなかにコツのいるのが、ほぼ無重力の空間での移動なのだ。が、カイクハルドは慣れたものだった。彼だけでなく、この時代、この宙域に暮らす人々はほとんどそうだ。無重力は、特別な環境では無かった。
樹脂製のポールやコンクリートの壁や金属の装置を、蹴っ飛ばしての移動は続く。急ごしらえの軍事施設なので、彩や装飾など全く無く、いくら進んでも景色に代わり映えはない。同じところをグルグル回っているのではないか、と思えて来る。
それでもカイクハルドは、腕の端末で時折位置を確認しながら、その情報だけを信じて進んで来た。ようやく指令室と思しき部屋にたどり着く。扉は閉まっている。
扉にスキャナーらしきものが取り付けてあったから、腕に巻いた端末をかざしてみた。ピッ、という電子音と共に、扉は開いた。端末が身分証として使われる事も多いので、そうすれば開くだろう、と思ったカイクハルドの予測が当たった。
一辺が10mくらいの、ほぼ立方体の部屋だった。6つの面全てに、コンソールやらディスプレイやらが張り付けてある。ほぼ無重力だから天井も床も無く、6面全てが、壁として機器の据え付け先となっている。
前後、左右、上下の3方向のポールが2・3本ずつ、室内を横切る。それを蹴って室内を移動する。壁から2・3m出っ張っているだけのポールもある。それに腕や足を絡めて体を固定し、兵士たちは機器を操作したりディスプレイを眺めたりしている。
入り口から入って90°方向を転換したところに、プラタープは陣取っていた。灰色一色の兵に混じって、紺を基調としたやや派手目の色遣いの柄が入った宇宙服を着込む彼は、すぐ目に付く。ヘルメットは被っておらず、背中に張り付けている。肩口に金色であしらわれた帝国の象徴である紋様で、皇帝への敬意を示している。その紋様は、若獅子とかいうものを模式化しているのをカイクハルドは知っているが、宇宙時代に獅子を知っている者など、滅多にいない。
プラタープは部下達に、何やら話しかけていた。ポールの一つを蹴っ飛ばしてカイクハルドは、入り口から入って来た時の運動量を打ち消し、プラタープの方向への運動量を獲得する。
感覚的には彼には分からなかったが、それはこの小惑星の重力中心とは反対方向、つまり上にある壁だった。十分な重力があれば、天井と呼ばれたはずの壁だ。ポールに固定しておかなければ、じわじわと体は、壁から離れて行ってしまうだろう。自分と同じポールに身体を固定したのを横目で見て取り、プラタープはカイクハルドに身体を向けた。
「やあやあ、カイクハルド、ようやく起きて来よったな。」
部下には難しい顔で話しかけていたが、彼には陽気に声をかけた。「10時間以上も熟睡とは、相当疲れておったのじゃな。少々、無茶が過ぎる戦いをしたようじゃの。」
「その甲斐があるだけの報酬を、期待したいところだぜ。」
プラタープには一瞥もくれず、壁に据え付けれたディスプレイを睨みながら、カイクハルドは応じた。ディスプレイは、真っ黒だ。
「おお、その事じゃが、おぬしらのおかげで、わしの部隊はほぼ無傷でこの『バーニークリフ』を奪還できたのでのう、元の契約の3割増しの報酬を、支払わせてもらうことにしたぞい。これからも、『ファング』には働いてもらいたいところであるからのう。」
「3割かよ、ケチくせえなあ。3倍くらいになんねえのか。」
冗談とも本気ともつかぬ声色の言い草だ。
「あっはっは、3倍は勘弁してくれ。わしらも、潜伏生活から復帰したばかりじゃからな。」
冗談と取ったのか本気と取ったのか、分からない返事のプラタープ。
「これが、この施設の周囲の風景か。視覚映像だろ?」
ほとんど真っ黒のディスプレイを睨みながら、カイクハルドは尋ねた。真っ黒だが、時折小さな光が、スーッ、と弧を描いて画面を横切る。
「そうじゃな、施設に据え付けたカメラで、周囲を見回しておる映像じゃな。星系中心の方向辺りに向けて、環を描いて映しておる。」
説明の間に、さっきより少し大きめの光が、また弧を描いて画面を横切った。
「今のが、恒星『サフォノボ』かのう。この星系の中心星じゃ。」
「エッジワース・カイパーベルトから見れば、星系中心の恒星も点にしか見えねえな。他の星と変わらねえ。一応、燃えてるんだろ、ここの中心星は。」
「ああ、赤色巨星じゃからな。ちゃんと燃えておるよ。年老いて、ぶくぶく膨れておる最中の恒星じゃ。」
“燃えている”といっても酸化燃焼の事では無く、核融合の事だ。星系の中心には必ず、核融合をしている恒星が鎮座している、とは限らず、褐色矮星や白色矮星という核融合をしていない星やを中心に構えた星系も多い。カイクハルドの問いの所以だ。
「年老いて縮んでる最中のおっさんがそれを言っちゃ、様にならねえな。」
「やかましいわい!」
真っ赤な顔で叫び返す様は、子供じみたジジイだ。「わしは別に、縮んではおらんぞ。始めからこの背丈なのじゃ。」
「こうして視覚映像で見ても、周りには何もねえようにしか、見えねえんだな。軍事施設がそこら中に、うようよと配置されてるはずなんだがな。」
プラタープの反論には興味も無いように、カイクハルドは問いを連ねた。
「当たり前じゃ。そこら中にと言ったって、一番近いやつでも、2百kmも離れておるのじゃ。それも、ほんの小さな、千m程の小惑星を改造したものじゃ。余程の望遠にでもせねば見えるわけなどないわい。」
ディスプレイ上では、真っ暗な中から滲み出て来るように、宇宙服姿でヘルメットも被っている、整備兵らしき者の姿が映った。滑るような等速直線運動で、宇宙服姿が大きくなって行き、画面の左半分を覆う程の大きさにまで至った直後、フレームアウトして行った。カメラの背後方向に飛んで行ったのだろう。姿を見せてから見えなくなるまで、5秒くらいの出来事だ。
整備兵が過ぎ去った後には、恒星「サフォノボ」よりも大きな光が幾つも集まった物体が、「サフォノボ」とは違った複雑な軌道を描いて、画面上を滑っている。近くを飛ぶ工作船らしい。
こうして、彼等のいる小惑星のすぐ近くでの工事作業の様子を監視する為に、このカメラは稼働しているようだ。
「直径数千kmの範囲にある何百もの小惑星に、砲台やらレーダーシステムやらが設えられてるんだろ?」
他にもいくつかあるディスプレイに表示されているデーターに眼を走らせながら、カイクハルドの質問は続いた。
「そうじゃ。小さいものは数百mから、大きいものでは数十万mの小惑星を、何百個と軍事施設化しておる。砲台やミサイルランチャーやレーダーシステムを設えるだけでなく、無人探査機や無人攻撃機の修理・収容施設も、有人戦闘艇の格納庫もある。敵が一歩でも踏み込んで来れば、どっちからどんな攻撃が仕掛けられるか、分かったものではない状況に陥るじゃろう。」
ジジイの眼が、闘将の目になって行く。
「で、ここが、第1セクションなんだな。」
「そうじゃ、今、わしらがいるのが第1セクションで、おぬしらが暴れたのが第8セクションじゃ。全部で24セクションある。それを全て合わせて、宇宙要塞『バーニークリフ』と呼んでおる。」
「各セクションは、数万kmの距離を挟んで配置されているのか?」
「うむ。1万から5万kmの距離を置いて、24のセクションが直方体を形成するように配されておる。小惑星を運んで来て配置するのにも、ずいぶん苦労したわい。」
「直径数百kmのサイズの小惑星に戦闘艦のドッグや司令塔を備えてセクションの中心にし、その周囲の直径数千kmの範囲に、数百の軍事施設化された小さめのサイズの小惑星が配されて、一つのセクションを構成している。そんなのが24集まり、エッジワース・カイパーベルトの円周方向には、約15万kmの範囲で横たわる要塞か。これで、軍事政権の数万の戦力を引きつけて戦おう、って言うのか。」
ようやく、カイクハルドはプラタープ・カフウッドを見た。奥底を覗き込み、何かを探り出そうとするような、鋭い眼差しだ。
「こんなもんだけで、そういつまでも数万の部隊を引きつけておけるとは思っておらんよ。まあ、とりあえずは、ここに誘き寄せるがのう。奥の手はまだあるぞい。」
「そうか。やはり、ここが切り札って事はねえんだな。少し安心したぜ。ここが切り札だ、なんて言われたら、さっさとあんたを見限って軍政の側に『ファング』を売り込むとこだった。」
「はっはっは、勝てん奴とは、共には闘えぬか。まあ、傭兵としては、当然ではあるな。いずれわしの奥の手も目にかけてやるから、じっくり見て決める事だ。どちらに付くのが得かをな。」
揺るぎない自信。湧き立つ闘志。闘将の眼の奥に、カイクハルドは焔を見つけた。
「それにしても、たった千やそこらで、数万、いや、数十万、もしかしたら、百万近くにまでなるかもしれない部隊を引きつけて戦おう、って事だからな、普通に考えれば絶対に勝ち目はねえな。」
「じゃから、普通にでは無く、わしの切り札を見た上で考えろ、と言うとるんじゃ。」
「俺達『ファング』まで、切り札の内に計算しているわけじゃ、あるまいな。」
「それを計算の外においても、戦い抜けるつもりではおるが、内に取り込む事ができた方が勝算は高くなる、という計算もしておるぞ。」
「兄上っ。」
カイクハルドの背後から、若いが重みのある声が聞こえた。「要塞施設は、第8セクション以外は、概ね使える状態である事が、確認出来ました。」
振り向いたカイクハルドは、プラタープの弟であるクンワール・カフウッドの姿を、そこに見出した。兄弟とは思えぬ巨躯と、それに不釣り合いな、神経質を絵にかいたような顔の青年だ。見た目を裏切る事無く30代前半である、というのも、年齢不詳の兄とは真逆だ。
「そうか、第8セクションはこやつらに、手ひどく破壊されたからのう。それ以外は無事であったか。」
「はい。無事であったというより、『ティンボイル』ファミリーは、要塞施設にはほとんど何も、手を付けておらなんだようです。全ては2年前、我らがここを放棄した時のままです。」
実の兄に対するとは思えない直立不動で、クンワールは報告している。無重力で直立不動の姿勢をとるのは、重力下でやるより難しいのだが。
「なんとまあ、ははは、潜伏していたこの2年間、わしらは見つからんように『カウスナ』領域の集落を転々としておったが、『ティンボイル』ファイリーは、わしらを探しておる様子もなかったし、その上、要塞に何ら手を加える事も無かったわけか。」
「ええ。ただひたすら、領民達からの収奪に明け暮れ、自分達だけの、目先の利益のみを追求しておったようにございます。『シックエブ』も見兼ねて、数か月前にお目付け役の部隊をこちらに配属し、それによって、ようやく我らを探す準備を始めていたところに、兄上の生存とここの奪還の動きが伝わって来たようでうすな。」
「チェッ」
それを聞いて毒突いたのは、カイクハルドだ。「じゃあ、連中がもうちっとましな奴らだったら、『シックエブ』の部隊がここに派遣されることもなく、『ファング』の犠牲ももっと少なく済んだかもしれねえってわけか。」
そんなカイクハルドの悪態も、クンワールの興味を引く事は無かった。
「第8セクションの修復には数十日が必要ですが、それ以外は、いつでも敵を迎え撃てる状態です。『ティンボイル』ファミリーも、我々への帰順を受け入れておりますから、ある程度はこちらの戦力として活用できると思います。」
「そうなのか。あっさり降伏しおったのにも驚いたが、帰順まで受け入れおったか。」
わざとらしく目を丸くして見せたプラタープだが、計算の範囲内なのだろう、とカイクハルドは思った。
「それどころではありませんぞ、兄上」
兄の内心に気付いているのか、いないのか、クンワールは得意気に続ける。「こちらから何も言わぬうちから、『カフウッド』ファミリーのもとで戦わせてくれ、と縋り付く勢いでした、『ティンボイル』の連中は。」
「それはそれは。『ファング』の戦いぶりに相当面食らったのであろう。こやつらをわしらの配下だと思い込んだのならば、即座に帰順を決めたとしても不思議ではないわ。と言っても、『ティンボイル』がどこまで使い物になる連中か、分からんがな。ま、使える範囲で使うとするかのう。」
クンワールとカイクハルドを、代わる代わるに見つめるプラタープ。話をつづけた。
「それよりも、領民たちの状況の方が、わしは心配じゃ。『ティンボイル』の粗雑な統治のもとで、どんな生活を強いられておったものやら。」
「領主や管理者がしっかりとした仕事をせねば、領民の生活というものは、たちどころに劣悪になってしまうものですからな。」
「うむ。それにも関わらず。わしらが、無責任にも逃げてしもうたからな。皇帝陛下の御為の戦いとはいえ、領民に苦難を強いるのは気が重いわい。」
「そうですね、兄上。これまで『カフウッド』ファミリーを支えてくれた領民達です。苦難を負わせたままには、しておけませぬ。それに、これからこの『バーニークリフ』で壮絶な籠城戦をやらかそう、というのですからな。背後に飢えた民衆を抱えた状態では、存分には戦えません。」
生真面目な顔をクンワールは、より一層生真面目に引き締めた。念入りに髭を剃り過ぎて真っ赤になっている頬が、そういう表情をすると痛々しくさえ見える。
「第8セクションの修復を含め、ここの戦争準備や『ティンボイル』の連中の処し方はわしが見る故、クンワールよ、お前は領民達の様子を見て回れ。軍政側は、いつ征伐部隊を差し向けて来るやら分からんからのう。事は急ぐぞ。」
「はっ、兄上。早速、わが手勢を率いて見回って参ります。では。」
言い終わらない内から、無重力中で器用に、彼は踵を返し始めていた。動作までもが生真面目で、そして少し、せっかちのようだ。カイクハルドには結局、一瞥もくれなかった。自分が口を出すべきでない、と判断した事には、まったく興味すら示さないらしい。
「あれは、籠城戦に使うよりは、領民の面倒を見させた方が良いタイプだな。」
軽くクンワールを評した後、カイクハルドは話を戻した。「それにしても『ティンボイル』があっさり帰順したってのは、俺達『ファング』の戦い方がどうこうというより、軍事政権への不満が理由じゃないか?」
「そうかもしれんなあ。奴らは、南下星団区域にあった本来の所領を取り上げられて、突然ここの領主に仕立て上げられたのじゃからな、軍事政権によって。収奪に夢中になっておったというのも、ここでの資源採取や生産活動のやり方を知らぬのに、目先の食料すら確保できぬ状態に陥らされ、止むに止まれず、やらかした事なのかものう。」
「そんな感じで軍政に不満を持っている奴等が、『グレイガルディア』にはゴロゴロ居やがるって事か、サンジャヤリストが告げる通りに。」
「そのサンジャヤの意志を、おぬしやわしが継いだわけじゃの。」
「ぬかせ・・、そんなことより、ちょっと通信装置借りるぜ。タキオン通信で母艦に連絡を取りてえんだ。それに、あんたのとこのタキオントンネルを借りて、母艦を呼び寄せてえ。47人もやられちまったから、補充無しじゃ、どうにもならん。」
返事も待たずに話の途中から、早くも壁に設えられた通信装置に、カイクハルドはかじりついた。腕の端末から情報を転送し、母艦を呼び出す。約半光年先にいる母艦への連絡だから、光速の千倍で飛ぶタキオン粒子を使った通信でも、メッセージを届けるだけで数時間を要する。
プラタープも、手近な兵士たちの所に漂って行って、何やら指示を与え始めた。子供じみていたり好々爺だったり、はたまた闘将の凄味を見せたり、といった先ほどまでの彼とは別の、実務家としての静かな真剣さに満ちた眼差しをしていた。
数日後、カイクハルドがタキオン通信で連絡を取った彼等の母艦「シュヴァルツヴァール」が、「バーニークリフ」第1セクションの戦闘艦用ドッグに入港して来た。
トウモロコシという食物を知っている者が見たならば、皮をむいた状態のそれの房を思い起こすであろう外観で、しかし色は黒々とした巨大な宇宙船だ。側面に多量に並んでいる戦闘艇射出口が、トウモロコシの子実に相当している。トウモロコシのように、それが房全体を覆っているわけではないが。
ステルス性が重視された船体は、あらゆる波長域において電磁波の反射を防ぐ工夫が凝らされているので、漆黒の宇宙を背景にすると、可視光域においても相当に見え難い。巨体にも関わらず、かなり近くに寄って来るまでその姿は視認できない。視認できた頃には、ゾッとする程の巨体を観測者に印象付ける程、間近に迫っている。
プラタープを始め「カフウッド」ファミリーに属する者は、一様に口をあんぐりと開いて驚愕していた。見たこともないような巨艦だった。軍政が保有している最大級の戦闘艦や空母と、同じくらいのサイズの軍用艦だ。「グレイガルディア」においては、このサイズの宇宙艦船を見たことがある者は、少数だ。
「一体全体、お前達『ファング』とは、何者なのじゃ。」
「シュヴァルツヴァール」が入港したドッグを視認できる操作室で、部下と同様に口を全開にさせていたプラタープが呟いた。背後に立つカイクハルドに向けての言葉だ。
「俺達は、盗賊と傭兵を生業にしている、『アウトサイダー』の一団だ」
「阿呆ぬかせ!」
唾を飛ばして叫ぶジジイ。「ただの盗賊団や傭兵団が、こんな馬鹿でかい空母を持っておってたまるか!だいたい、盗賊や傭兵など、多くても10隻や20隻の戦闘艇で活動しておるもんじゃ、4・5隻だけの盗賊団なんてのも珍しくはない。それも、連携した攻撃なんぞ考えたこともない、それぞれが好き勝手にバラバラに行動する事しか知らん連中が、ほとんどじゃ。百隻で高度に連携する盗賊団やら傭兵団なんぞ、あり得んのだぞ。」
「そんなこと、知るかい。」
カイクハルドの、不愛想を絵に描いたような低い呟き。
「こんな巨大な空母を母艦に持った百隻の戦闘艇団なぞ、まるきり一国の軍隊ではないか。」
「一国の軍隊なら、戦闘艦くらい何個かあるだろう。俺達は、戦闘艦は持ってねえ。空母と戦闘艇だけだ。」
「一国と言えなければ一つの連邦支部、と言ったところか。まあ、どこかの連邦支部と繋がりはあるのだろうな。それも、名前ばかりの似非連邦支部では無く、本物の銀河連邦と緊密に連なっているヤツだ。」
プラタープの鋭い詮索に焦った、という事も無いのだろうが、カイクハルドは話題を転じた。
「それより、母艦が着いたとなれば、俺も忙しくなる。早いところ、戦力を立て直さないといけねえからな。」
「どれくらいで戦える?」
「母艦が連れて来た補充要員の配置と訓練を全部合わせて・・・10日から20日ってところかな。」
「そうか。なるべく早く、立て直してもらいたいのう。『シックエブ』が、いつ征伐部隊を送り込んで来るか、分からんからのう。『バーニークリフ』の防御力には自信は持っておるが、あまり早い段階で手の内は見せたくないのじゃ。」
話の途中で既に、カイクハルドは部屋を横切っているポールを蹴っ飛ばして、出口へと飛翔し始めた。まだ引き受けると約束したわけでもない戦いの事よりも、もらった報酬を母艦に積み込む方が先に決まっている。
帝政側で使える通貨を中心に、軍政側の通貨や現物といった形で、報酬は受け取った。何より「ファング」のパイロトたちを喜ばせた報酬は、女だった。
領民に信頼され人気もある「カフウッド」ファミリーだったので、領主様の御為ともなれば、喜んで身を捧げる健気な領民の娘も少なくはなく、更にプラタープは、「ティンボイル」ファミリーにも降伏の証として強制的に女を差し出させた。
戦争に負け、降伏と帰順を受け入れたからには、「ティンボイル」ファミリーの幹部クラスの者達といえど、妻や娘や兄妹や恋人を引き剥がされて連れて去られ、慰みものにされるのにも、否やは言えなかった。
父や夫や兄妹や恋人から、敗北した無残な姿を曝しながら「抱かれて来てくれ」と言われてしまった「ティンボイル」ファミリーの女達にも、反抗する気力は湧かなかったらしい。それに女達は、戦乱の世の軍閥の一家に生きる者として、こういう事態に、ある程度の覚悟はあったようで、態度には粛々としたものがあった。
彼等の恨みや怒りの向かう先も、「ファング」や「カフウッド」ファミリーより、軍事政権の方が主なようだ。旧領で安定した生活をしていたところを、突如所領を取り上げられ、不案内な宙域の領有を命じられ、ここ「カウスナ」領域に渋々やって来たのだ。たどり着いた先での生活を落ち着かせる間もなく、軍政側が死んだと明言していた旧支配者が奪還に乗り出して来て、手痛い敗戦を喫したわけだ。
「ティンボイル」ファミリーの面々にすれば、全ては軍事政権の責任、ということになるわけだ。この際は「カフウッド」ファミリーに帰順し、軍政打倒の戦いに自分達の命運を託そう、と覚悟を固めたようで、その中にあって女達も、「カフウッド」ファミリーの機嫌を取る事が自分達の未来を切り開く上で肝要だ、と認識していた。
そんな理由もあり、「ティンボイル」の女達は、プラタープの指示に従順であった。
領主様の御為にと誓う女達と、「カフウッド」ファミリーや「ファング」の覚えめでたき事を願う女達を、「ファング」パイロット達は存分に楽しんだ。
大量に失った戦友の命を補わなければ、との意欲もあったものか、彼等の“盛り”の付き具合といったら、犬畜生も真っ青になるほどのものだった。5日間ほどをかけて50人余りのパイロットが、2百人余りもの女達を前後不覚に陥らせるまでに、ぺろりと平らげてしまった。
2百人を5日に渡って散々に食い漁った上で、「ファング」の各パイロトは、戦績順に1人ずつ気に入った女を選び、連れて行く事にした。「シュヴァルツヴァール」の中に囲っておくのだ。女達は、「ファング」パイロットの妾のような立場にさせられる。
権力者の箱入り娘が好みのカビルも、「ティンボイル」ファミリー棟梁の嫡男の末娘をゲットして、ホクホク顔だ。
「かしらみたいに、熟成とか阿呆な事、俺は言わねえんだぜ。」
と息巻いて、年端もいかぬ無垢な娘を毒牙にかけて、ご満悦だった。
パイロットの誰にも気に入られなかった残りの女達は、帰された。気に入られなかった事が、幸か不幸かは、分からないが。
手下どもの狂乱を他所に、カイクハルドにはやらなければならない事があった。撃ち減らされた分を補充する為に、根拠地から呼び寄せたパイロット達も「シュヴァルツヴァール」で到着している。彼等と面談をして、「ファング」に受け入れるかどうかの最終判断をする責任と権限が彼にはあった。
そしてその補充要員の一人として、今回彼のもとにやって来る者の中に、非常に気になる男がいるのだった。カイクハルドは胸が騒いでいた。
(さて、どんな恨み節を聞かされる事やら・・)
そう思いながらも、やけに楽し気な顔で、カイクハルドは面談場所へと飛翔して行った。
今回の投稿は、ここまでです。次回の投稿は '18/3/31 です。
エッジワース・カイパーベルトという、作者も、そして人類の誰も、その全貌を見た事がないものを、物語の舞台にしてしまいました。説明や描写が、どこまで実態に即したものなのか、確たる自信は、当然ありません。ですが、こういう科学の最先端みたいな知見を取り込んだ宇宙SFというものは、あまり見かけない気がしますし、それが作者には不満でしたし、だからこそ、そんな物語を書きたい、と強く思ったわけです。想像するのも難しかったし、更に科学が進めば、ここの説明や描写が不適切なものである事が証明されてしまうかもしれませんが、それも含めてSFの醍醐味ではないでしょうか?宇宙に関するできるだけ詳しい、できるだけ新しい情報を入手し、それをもとに空想を広げて物語の舞台とする。それこそが宇宙SFの神髄だし存在意義だ、という矜持をもって、作者は作品作りを進めて行く所存です。SFは、小説である前に科学であるべきだ、とか言ったりして。その点の価値観を共有して頂ける読者様がおられましたら、無上の喜びです。というわけで、
次回 第10話 新入りパイロット です。
今回もそうでしたが、しばらく理屈っぽい感じの説話が続きます。面倒くさい人は、固有名詞だけでも頭の片隅に挟んで、後は適当に読み飛ばしてもらっても、それほどストーリーを見失う事はない、かと思います。ですが、この辺の理屈が作り出す世界観とかキャラスター等の雰囲気を、楽しんで頂ける読者がおられると、作者としてはとても嬉しいです。とりあえずは、物は試しで、ご一読をお願いします。




