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銀河戦國史 (アウター“ファング” 閃く)  作者: 歳越 宇宙 (ときごえ そら)
第1章 決起
10/93

第8話 名将、プラタープ・カフウッド

 長かった、いや、長く思えた数十秒の沈黙の末、通信機から声が(ほとばし)

「こちらナーナク。『カフウッド』ファミリーの部隊に補給を受け、万全の状態だ。間もなく第1戦隊第1単位(いちいちユニット)に合流する。」

「応、ナーナクか、よく無事だったな。さすがだぜ。」

 カビルが、心からの嬉しそうな声を上げた。「ムタズは・・」

「ムタズの奴は、」

 カビルの言葉に被さるように、ナーナクが告げる。「あいつの『ヴァンダーファルケ』は、爆散を確認した。」

 極めて事務的にと務めたようなその声色に、ナーナクの悔しさと寂しさが思いやられる。同じ単位に所属する「ヴァンダーファルケ」のパイロット達は、いわば相棒のような存在だ。2隻で並んで突進し、2隻で敵を挟んで襲撃する。「ファング」の基本フォーメーションでそれを何度も繰り返すことになる。

 ナーナクとムタズのコンビネーションで葬った敵戦闘艇は、百や2百では済まないだろう。そんな歴戦の相棒を失った想いは、通信機越しにも隠し通せるものではなかった。

「ムタズが、逝ったか。」

 カイクハルドも、そんな一言を呟くのが、精一杯だった。重い何かが、胸中を(えぐ)る。

 ムタズへの想いに浸っている事も、許されない。仲間達からの報告が続々と入って来た。第1戦隊の各単位のリーダー達からだ。

「第2単位、スカンダ。1隻ロストした。」

「第3単位、ナジブ。1隻戦闘不能だが、全員無事だ。」

「第4単位、スラジュだ。1隻を、ロストしちまった。」

「第5単位、ガンガダール。全艇、何とか無事だ。」

 4人編成の、各単位における状況だった。

「第1戦隊は、20人中3人が戦死か。戦況を考えれば、上出来というべきだろうな。」

 言葉の内容と裏腹の、沈痛なカイクハルドの沈んだ声だ。更に報告が続く。

「第2戦隊、ドゥンドゥーだ。8隻ロストだ」

「第4戦隊、テヴェ、失ったのは5隻だ。」

「第5戦隊のカウダだ。6隻やられた。」

 1個戦隊20人における、損害の報告だ。半分はやられたと思ったカイクハルドにとっては、驚く程少ない損害だった。が、

「トーペーは・・第3戦隊はどうした?」

 報告が無い程、恐ろしい事は無い。第3戦隊は、最も激しく叩かれていた。散開弾を突き抜けたところで待ち伏せた「アードラ」に、手酷い痛打を浴びせられた。連携を維持できた単位が、一つもなかった程の惨状だ。

「・・こちら、トーペー。」

 沈痛な声色ではあるが、連絡が入った事にカイクハルドは胸が躍る思いだ。

「なんだよ、トーペー。脅かすんじゃねえよ。なかなか連絡が入らねえから、死んじまったかと・・」

「ああ、死んだな、俺も、これじゃあ・・・。第3戦隊は、俺以外の全員の死亡を、確認した。そして俺も、悪魔の軌道に、乗っちまったようだ。」

「何っ・・そ、そうなのか?」

 カイクハルドの手は、忙し気にキーボードを駆け回る。トーペーの状況の確認を試みる。何とか生還の可能性が無いか、と探る。歴戦のパイロットであるトーペーが、“悪魔の軌道に乗った”ときっぱり宣言している以上、まず間違いなどあるはずもないが、簡単に諦め切れるものでは無い。

 キーボードを叩くカイクハルドの指が、必死の様相を帯びて来る。苛立ちが、怒りが、罪もないキーボードにぶつけられる。何かに(すが)るように、懸命にディスプレイを睨み付け、可能性を探す。何度も何度も、同じ計算を繰り返す。同じデーターに、目を走らせ続ける。

 通信の電波は、「ファング」の別の戦闘艇を経由して送られて来ている。その戦闘艇からは、生命反応が無い。パイロットは死んでいる。その亡骸は、さっき少し単位を組んで戦った、ネロンのものだった。

 艇体は無傷なまま、パイロットだけが死ぬ事もある。「ファング」の戦闘艇は、人間には決して生存不可能な加減速や旋回をする性能があるから、それを発動させれば、艇体はそのままで、パイロットのみが絶命する。どれくらいの加減速や旋回が自らの命を奪うかくらいは、「ファング」のパイロットは皆、熟知している。

 今、戦闘艇の中で死んでいるネロンは、恐らくは仲間を救う為、絶命覚悟の加減速か旋回をやったのだろう。その上、トーペーの運命も予測したものか、通信を中継できる状態に装置を設定した上で、逝ったらしい。

 トーペーの戦闘艇は、ずいぶん遠くにあるようだ。その為に、正確な位置も運動状態も掴めなかった。ネロンと死別した戦闘艇のレーダーシステムを、カイクハルドが拝借する事はできたが、見つけられなかった。が、相当に遠くにいる事は間違いない。直接レーダーで捕捉する事も、通信波を届かせる事もできない距離だ。

 トーペーを救う手立てがない事を、カイクハルドは受け入れるしか無かった。トーペー自身も何度も確かめたはずの事だが、彼自身でも何度も確かめて、その事実を胸に付き刺した。

「・・・そうだな。間違いなく、悪魔の軌道に、乗っちまってるな。」

「・・だろ。ありがとよ。懸命に、確認してくれて。」

 明るく振る舞おうとして失敗した、低く重い声が、通信機から響く。

「そうか、お前も、逝っちまうか。」

「済まねえな。任せてもらった第3戦隊、全滅させちまって。不甲斐ねえ限りだぜ。」

 震える声が、悔しさを滲ませる。

「何言ってる。俺の作戦が、まずかっただけだ。お前はよくやったよ。お前が踏ん張ってくれたおかげで、他の戦隊の被害が、最小限で済んだ。」

 それは事実だ。第3戦隊は全滅したが、彼らを狙った「アードラ」も全滅している。もし生き残っていたら、無防備だったさっきまでのカイクハルド達も危なかった。第2・4・5戦隊に向かっていたら、そちらの損害が拡大していただろう。

 トーペーの働きも、通信を中継しているネロンの無謀な操縦も、命を代償として仲間を救った事は間違いない。

「お前が『ファング』で戦ってくれて、本当に助かったぜ。いや、冗談抜きでな。」

「へへっ、死に行く奴への餞別にしても、嬉しい言葉だぜ。えへへへ・・」

「・・もう8年にもなるかな。」

 トーペーの照れ笑いに被せるように、言葉を紡ぐカイクハルド。「軍閥部隊の正規兵だったお前の経験には、何度命を救われたか知れねえ。上官の情婦に惚れて、駆け落ちするなんて阿呆な事をしてくれて、恩に着るぜ。お前が逝っちまったら、後が大変だ。」

「嘘つけよ。俺は全く、心配してねえぜ、俺がいなくなった後の、『ファング』の事は。お前が育てた腕の良いパイロットが、ゴロゴロいるんだからな。」

「俺が育てた奴なんぞ、いるかよ。お前が育てた奴を、あてにするぜ、俺は。」

「あはは・・。いずれにせよ、お前達なら大丈夫だ。俺が心配なのは、・・ナワープの事だ。」

「・・そうだな。」

 輸送船に居合わせた敵兵に、嬉しそうにヌード画像を見せ付けていた姿を、思い出す。「軍閥ファミリーのところから駆け落ちして、10年か、お前があの女と過ごしたのは。生きるか死ぬかの苦しい日々を、ずっと、一緒にして来たんだよな。」

「ああ、よく付いて来てくれたよ、こんな俺に、あんなイイ女が。『ファング』に入ってからはずいぶんマシになったが、その前の2年くらいは、食うにも事欠く毎日だったのによう、文句ひとつ言わずに、付いて来てくれたんだぜ。俺には、もったいねえ女だった。」

 徐々に、涙声になってきた。彼女の事を想えば、抑え切れない感情があるのだろう。

「あ、あいつを、・・うぅ、一人残して逝くのが、・・あぁ、何より心配だし、悔しいし、さ・・あっあ・・寂しいぜ。あいつも、女盛りを、ちょっぴり過ぎちまってよ、もう昔ほど、言い寄る男もいなくなって来た。こんなタイミングでよお、うっ、あいつ一人を残して、逝っちまうなんて、最悪だよなあ、俺。付いて来た甲斐がねえよな、ナワープも。うぅっ・・」

 大粒の涙が、ポロポロと溺れている事が、見えなくても手にとるように分かった。

「なあ、かしら。あいつに、誰かイイ男、見つけてやってくれよな。頼むよ。」

「良いのか?他の男の、手が付いたりして。」

「そりゃあ、悔しいさ。妬ける思いは、火を噴きそうなくれえだ。だがよ、あいつの温ったけえ肌を撫ででやる男が、もうこれっきりいねえなんて、あんまりだ。頼むよ、かしら。あんたが見繕ってくれた男なら、我慢できる。あいつを優しく抱いてやってくれる男を、見つけてくれよ。」

「ああ、任せとけ。ナワープなら、どんな男でも喜ぶさ。」

「ああ、そうなんだ。イイ女なんだ。乳なんかは、もうちょっぴり、垂れて来ちまってるけど、まだまだ柔らけえし、温ったけえんだ。あんたが、あいつの面倒を見てくれるんなら、俺は安心だ。」

「ああ、安心しろ。ナワープは、必ず幸せにしてやる。約束する。」

 一気呵成に話した後は、交わす言葉もなくなる。数年来の戦友の最期に、万感の思いはあるのだが、ここへ来て、掛ける言葉が見つからない。言葉を紡ぐのが、怖くさえ思えて来た。

 どれだけ沈黙が続いたか。

「じゃあ、いつまでもこうしてるのは、しんどいから、俺、そろそろ、脳天を銃で吹っ飛ばして、逝くとするわ。」

 それは、仲間達への思いやりでもある。救えない、と気付かされてはいても、まだ生きていると分かっている者を置いては、仲間達はなかなか次に進めない。きっぱり“ケリ”を付けるのが、こんな場合のパイロットの最後のけじめだ、とも考えられていた。

「・・ああ、あばよ。」

 それが、最後の言葉になった。通信は切れた。

 最期の瞬間に、誰かと、通信ででも繋がっていたがるタイプの男もいる。誰にも、見られたり聞かれたり、したくない男もいる。トーペーが後者である事は、カイクハルドには言わずもがなだ。

 死の直前に漏れるかもしれない恐怖への悲鳴を、絶命の瞬間に零れるかもしれない苦痛の呻きを、誰かに聞かれるのは格好悪い。戦友に、余計な心配をかけたりするのは、みっともない。

 トーペーは、そう思うタイプの男だ。それが分かるから、カイクハルドは通信を切った。通信は切れても、まだ、何かが、繋がっているみたいに思える。

 トーペーの息遣いが感じられる。眼を閉じて、彼に寄り添うカイクハルド。震えている。怯えている。歴戦の勇士であろうとも、凄腕のパイロットだったとしても、自らの頭を銃で撃ち抜くという瞬間に、恐怖を感じないはずがない。

 宇宙の漆黒に飲み込まれた、小さな戦闘艇の狭いコックピットの中で、たった一人で死と向き合うトーペーを想う。こめかみに当てられた銃口も、ガクガクと揺れているだろう。脂汗を噴き出し、生唾を飲み込み、焦点を失った瞳が、意味を無くしたディスプレイを睨んでいるだろう。

 10分程も、死とトーペーの戦いは続いただろうか。トーペーは、死に勝った。彼の最後の勇気が(ほとばし)った断末魔を、カイクハルドは知らされた。幾つもあるディスプレイの“縁”の部分が、一斉に赤く点灯した。3秒間の点灯だ。仲間の命の消滅を叫ぶ光だ。

 生命反応の消失が、トーペーの戦闘艇からネロンの戦闘艇を経て伝えられ、ディスプレイの縁の赤い点灯で表現されたのだ。

(くそ)っ!」

 カイクハルドの駆る「ナースホルン」のコックピットの、彼の右膝の辺りに、20cm四方位の鉄板がある。計器類やスイッチなどに埋め尽くされたコックピットの中で、唯一その部分だけが、頑丈な鉄板に覆われている。

 その鉄板に、仲間の死に対する責任などあるはずもないが、「ファング」が仲間を失う度に、鉄板はカイクハルドの鉄拳を見舞われ続けていた。何度理不尽な暴力に曝されたか分からない鉄板は、(いびつ)に、且つ摩訶不思議(まかふしぎ)な形に窪んでいる。

 今もまた、トーペーの死に対する激情が、右膝の辺りの鉄板を痛めつけた。

 カイクハルドとトーペーの会話も、トーペーの自死も、生き残った「ファング」全員が共有するところだったはずだ。しばらくは、「ファング」の全員が沈黙していた。トーペーとその他のパイロット達の死を、皆が悼んでいた。

 47人が死んだ。第3戦隊の全滅を知るまでは、思いのほか少ない損害で済んだ、と思いかけていたが、結局は、「半分は死んだ」というカイクハルドの戦闘中の予測は、大きく外れる事はなかった。もちろん、嬉しくもなんともない。

 仲間の半分を失うという激痛に、カイクハルドが悼んでいられたのは、しかし30秒程の事だった。生き残った者の為、彼は次の行動に移らなければならない。レーダー用ディスプレイの上に「カフウッド」ファミリーの識別信号を発している戦闘艦を見つける。

 53隻の戦闘艇の着艦を求めるサインを発してみたら、即座に許可を伝える返信があった。プラタープ・カフウッドが座乗する中型戦闘艦には、1単位だけを受け入れ、他は空母の方に着艦するように、との指示が後に続いた。色々と忙しい時間だろうと想像し、通信で直接プラタープ・カフウッドを呼び出すのはやめておいた。

 程なく、中型戦闘艦が間近に迫って来た。「カフウッド」艦隊旗艦であり、プラタープ・カフウッド座乗艦でもあるやつだ。百km程後方に空母はいた。百kmは宇宙でのスケールでは、すぐ後ろだ。「ファング」は2手に別れたが、勿論カイクハルドは、プラタープ・カフウッドが乗っている方の艦に向かう。

 忙しいだろう、と気を使った男はわざわざ戦闘艇格納庫のすぐ脇にまで、出迎えに来ていた。

「久しいのう、カイクハルド。相変わらず、無茶な闘いをしておるようじゃが、あれで生きておるのじゃから、大したもんじゃわい。」

 ひげもじゃで痩身の小男が、屈強な整備兵達の間を縫ってちょろちょろと漂って来て、手を差しだした。カビルは、ポカンと口を開けて、ただ見入ってしまった。無重力に浮かんだ状態では、身長の差とはあまり目立たなくなるものだが、この小男の背の低さは尋常では無かった。

「応、カフウッドの旦那、来るのが遅せえんだよ。おかげで、死ぬ寸前だったじゃねえか。無茶してんのが分かってんなら、さっさと来てくれよな。」

「うぇへええっ!? 」

 珍妙に裏返った悲鳴を上げたのはカビルだ。「この、ちんちくりんのおっさんが、かの有名なプラタープ・カフウッドか?軍閥系『アウトサイダー』の筆頭として、2年前に、軍事政権をきりきり舞いさせる闘いをやらかした、名将なんだろ?」

 にこやかな相貌を崩す事もなく、プラタープはカビルに応じる。

「あっはっは、軍閥系『アウトサイダー』とはなんじゃ。『カフウッド』ファミリーは由緒ある家柄なのだぞ。この『バーニークリフ』を擁する『カウスナ』領域も、長らくの安定統治の実績を買われて、軍事政権より正式に封じられて領有しておるのじゃ。お前ら見たいな“ならず者”と一緒にせんでくれ。あっはっは。」

 いかにも(ほが)らかな好々爺然とした態度で、プラタープはカビルに応じた。が、突如目つきを鋭くし、声を荒げ、

「誰がちんちくりんじゃあ!こりゃあ!ふざけるな、ガキ!」

と、まくしたてた。名将の呼び声と裏腹の、情緒不安定な言動だ。

「領有してたのは、2年前までだろ。」

 情緒不安定な様を、意に介するでもないカイクハルド。「反旗を翻して追放されて、今ここの領有を軍政が認めているのは、『ティンボイル』ファミリーだ。それを、俺達のおかげで奪い返せたんだろう。」

「その『ティンボイル』ファミリーが、先ほどわしらに降伏を表明したから、やっぱりここは、わしの所領じゃ。あっはっは。」

「いやいや、軍政に封じてもらえてねえんなら、正式に領有した事にはならんぜ。それを、俺みたいな『アウトサイダー』が言うのもおかしいがな。しかし、『ティンボイル』ファミリーは降伏したのか。それなら、ずいぶん戦力が温存できるな、『カフウッド』ファミリーは。」

 声を明るくしたカイクハルド。

「おお、そうじゃな。『ティンボイル』ファミリーと戦わんで済むのは助かるわい。大した敵じゃないが、一戦やるとなれば、それなりに損害は出る。今のわしには、手痛いわい。その点では、お前達『ファング』が守備隊を蹴散らしてくれた事には、感謝せねばならんのう。おかげで『ティンボイル』も観念しおった。もちろん、報酬の方はしっかりと支払わせてもらうぞ。あっはっは・・」

 朗らかにそう言って笑った後、また急に目つきが厳しくなる。怒声を含んで、言葉を放つ。

「じゃが、軍事政権なんぞに、ここの領有者を決める資格なぞ、最早(もはや)無いんじゃぞ!」

 唾を飛ばして、まくしたてる。「皇帝陛下から、軍政の征伐を命じる電子署名入り勅書(ちょくしょ)も賜っておる!こうなったからには、既に奴等は、逆賊じゃ!皇帝一族より『グレイガルディア』の統治権を簒奪(さんだつ)してより百余年、これまでは、少しはましな統治をやっておったが、このところの悪政は目に余る。皇帝陛下も、遂に堪忍袋の緒をお切りになられ、わしに討伐の勅令を下されたのじゃ。」

 無重力だから、唾はどこまでも飛んで行く。それをヘルメットで防ぎながら、カビルが言い返した。

「さっきあんたが、軍政に封じてもらった、とか嬉しそうに言ったんだろ?そんで、領有者を決める資格はねえ、って話が矛盾してんだろうが。」

「嬉しそうになぞ、言っとらんわい!それに、矛盾もしとらんわ!封じられた時には、討伐の勅書は賜っておらなんだから、あの時にはまだ、彼奴(きゃつ)らにその資格はあったんじゃ。じゃが、こうして討伐の勅書を賜ったからには、彼奴らはただの逆賊で、『グレイガルディア』の統治権も失っておるのじゃ。ここの領有者を彼奴らが決めるなぞ、身の程知らずも甚だしい!」

 肩を怒らせて叫んでいるつもりのようだが、ちんちくりんだから迫力は出ない。

「まあ、『ティンボイル』ファミリーを降伏させたし、皇帝の勅書もあるから、ここを『カフウッド』ファミリーが領有するのに遠慮はいらん、って理屈か。だが、軍事政権は、征伐部隊を差し向けて来るだろうな、『カフウッド』ファミリーに対して。」

 探るような眼を、プラタープに向けたカイクハルド。

「ふむ。そうしてもらわんと、困るわい。彼奴らは逆賊じゃが、未だ膨大な戦力を有しておる。『カフウッド』ファミリーが動員できる戦力の、数百倍、いや千倍以上もあるかのう。そんな彼奴らを統治者の座から引きずり下ろし、皇帝陛下の親政を実現せねばならんのじゃ。」

「やはり、ここに敵の大軍を引きつけるのが、あんたの戦略か。それによって、『グレイガルディア』中の反軍政派の決起を促すと共に、軍政側の防衛体勢に隙を生じさせようってんだな。」

「あっはっは。その通りじゃ。」

 一転、機嫌良さ気に笑う。その風貌からは、(しぼ)み切った老人としか見えない。「膨大な数に及ぶぞ、軍政に不満を持っておる軍閥や貴族のファミリーは。それが半数でも決起すれば、軍政打倒は十分可能、とわしは見ておる。」

 眼光に鋭さが増して行く。笑う様は好々爺然としているが、鋭い眼光は闘将のものだ。一方で、怒ってまくしたてる様は、子供じみて見える。まるで年齢不詳だ。ひげもじゃでちんちくりんの外見も、それを分かり難くさせている。

「数十万から、下手すりゃ百万近い兵力規模の軍政側征伐部隊が、ここに殺到することになるぜ。それを、千かそこらのあんたの手勢で、持ち(こた)えなきゃいけねえ。それができなきゃ、反軍政派の蜂起なんて促せねえんだぜ。」

「分かっておるとも。」

 カイクハルドの忠告に応じた闘将の声に、カビルはゾッとした様子だ。「百万以上でも支えて見せるぞい、千の部隊でな。」

 戦意の(みなぎ)る眼、その奥を探る眼。カイクハルドとプラタープが、しばし見つめ合った。

「まあ、好きなようにしてくれ。今回の戦果への報酬がもらえれば、俺達はそれで良いんだ。」

 突如全身から、カイクハルドは力を抜いて見せた。

「もうしばらく、共に戦ってもらえると思っておるのだがのう。」

 闘将の眼力のまま、プラタープは彼を見つめ続ける。

「俺達は、盗賊団兼傭兵団だ。報酬をくれる奴に付いて、闘うだけさ。その為には、勝ち馬に乗らなきゃならねえ。負けた奴は、報酬を払えねえ可能性が高いからな。あんたが勝って報酬を払ってくれそうなら、あんたに付いて戦うし、負けそうだと思えば、軍政側に付いてあんたをぶっ倒して、軍政側から報酬をもらうだけさ。」

「なあ、かしら」

 カビルが口を挟む。「この旦那だけで勝てるんなら、俺達、いらなくねえか。」

「馬鹿野郎だな、カビル、お前ってやつは。軍政は続々と征伐部隊を繰り出して来るんだぜ。旦那は勝つだけでなく、できるだけ損害を少なく勝たなきゃならねえんだ。俺達が戦って、旦那の部隊の損害が減るなら、旦那は報酬を払ってでも俺達に戦わせてえんだ。今回の『バーニークリフ』奪還でも、俺達のおかげで旦那は戦力を温存できただろう。」

「そういう事だな。」

 闘将の目で、プラタープが応じた。「わしらがしっかり勝つ闘いをしていれば、『ファング』も味方に付けられる。より有利に闘いを進められる。わしらが勝つ部隊だ、と『ファング』にすら思ってもらえないようでは、『グレイガルディア』中の反軍政派の蜂起など、促す事はできん。誰もがわしらの様を見て、軍政打倒は十分に可能なのだ、と思うような闘いを、わしらはここで見せつけねばならんのだ。わしらが、それをできんような腑抜けであったのならば、遠慮はいらんから、さっさとこの首を盗って軍政に報酬をせがみに行けばよい。」

 カビルは、圧倒されつつあった。体はちんちくりんでも、その言葉に秘められた気迫と覚悟は、凄腕の戦闘艇パイロットをもたじろがせるものがあった。

「自信があるようだな。2年前の威力偵察で、対策は十分って事か。」

「あっはっは。威力偵察とは、言ってくれるではないか。」

 カイクハルドの言葉に笑いで応じる姿は、またしても好々爺に復している。

「威力偵察じゃなきゃ、何なんだよ。反旗を翻した上での籠城戦に、軍政がどのくらいの部隊を繰り出して来るか、どんな戦術で攻めて来るか、それを2年前に確かめたんだろ。その上で、部隊が全滅したふりをして、自分も戦死したと見せかけて、上手く逃げ延びた。あの戦いで得られた情報をもとに、潜伏していたこの2年間、戦術を考案し戦備を整えた。実に遠大で大規模な威力偵察だったな、2年前の戦いは。」

「お前も、わしの復帰のタイミングを見事に捕えて、ここに馳せ参じおったの。お前の洞察力と情報収集力は、正直少し、恐ろしいものがあるぞ。『ティンボイル』の守備部隊を蹴散らした戦闘能力以上にな。」

「それはそうと」

 闘将の気迫を透かすような身振りで、カイクハルドは話を転じる。「疲れたから、この艦で休ませてくれや。それに、兵隊の補充も必要だから、ここに母艦を呼び寄せてえんだ。『バーニークリフ』の施設も、使わせてもらいてえ。」

「そうだったな。手酷い損害を受けて、おぬしらもボロボロであったな。あの『シックエブ』からの派遣部隊が、厄介だったの。あれは、わしにも誤算だった。知っておったら、もう少し早く駆け付けたのじゃが。」

「ああ、あれは予想外だった。おかげで大損害だ。」

 カイクハルドもカビルも、瞬間、眼を暗くした。トーペーやムタズ等の歴戦の盟友を含め、47人もの仲間を失った痛みが、彼らの胸に再来した。

「軍政側にも、わしの生存や復帰を見抜いていた者が、おったという事かもしれぬ。油断はできぬのう。気を引き締めてかからねば、ならんようじゃわい。」

「だがここで、敵の新鋭の戦闘艇を見れたのは良かった。データーも十分取れたから、対策も講じられる。あいつらの死は、無駄にはしねえさ。なあ、カビル。」

「応、かしら。」

「お前達、彼らを部屋に案内してやってくれ。」

 プラタープは、背後にいた部下の一人に声をかけ、カイクハルドに向き直る。「この船の設備も、『バーニークリフ』の施設も、好きなように使ってくれ。全て、部下に案内するように言っておく。」

「応、そうさせてもらうぜ。」

 カイクハルドは、対応した兵の後に付いて、その場を飛び去ろうとする。と、

「口ではなんだかんだと言ってはおるが」

 すれ違いざまにプラタープは、小さく(ささや)いた。「おぬしは、サンジャヤ・ハロフィルドの意志を受け継いだのだ、とわしは思っておるぞ。傭兵としてでは無く、軍政打倒の闘士として、おぬしはここに馳せ参じたのだ、と。」

「馬鹿言ってるぜ。なんで『アウトサイダー』の俺が、高級貴族の御曹司の意志なんぞ受け継がなきゃいけねえんだ。」

 その後カイクハルド達は、艦内に個人ごとにあてがわれた部屋に移動し、休息をとった。「カフウッド」部隊の兵達は皆「ファング」の事は説明を受けているようで、何不自由なく体を休めることができた。空母に向かったパイロット達も、心身の傷と疲れを癒しただろう。

今回の投稿は、ここまでです。次回の投稿は '18/3/24 です。

週に1度の投稿に切り換える事に、猛烈なプレッシャーを感じています。すっごく大変になるんじゃないだろうか?と。前作の「キグナス」も、もっとしっかり完成させてからの連載開始だったけど、結構毎週大変だった・・。まだかなり未完成のうちからの毎週投稿、大丈夫なのか・・・。しかし、物語はここから、一挙に拡大し、複雑化し、目まぐるしく展開していきます。2週間も空いてしまったら、読者の皆様に肝心な事を覚えておいて頂けないのでは、とか、テンポが悪くて楽しめないのでは、とか色々考え、毎週投稿を敢行する事にしました。作者は結構懸命にやってるので、是非、読み進めて頂きたい、と切に願います。

今回の説話は、プラタープ・カフウッドというキャラクターの印象が強く残るものになったでしょうか?彼との会話を通じて、「グレイガルディア」の状況を分かりやすくお伝えできていれば良いのですが。この物語の元になっている古典をご存知の方には分かり易いと思いますが、ご存じでない方にはやや複雑な状況になっているでしょうか?できるだけ分かり易く、必要な事は繰り返し言及するようにも心掛けたつもりですが、今回の内容も含め、これから示される状況も理解しつつ、読み進めて頂いたほうがお楽しみ頂けるのではないか、と思います。なにとぞ、よろしくお願い致します。というわけで、

次回 第9話 宇宙要塞「バーニークリフ」 です。

「バーニークリフ」奪還戦が完全終結したところで、いまさらのように上記のタイトルです。が、今後の展開や物語の世界観を理解して頂くために、是非ご一読頂きたいです。戦闘シーンのような迫力のある内容ではありませんが、重要な説話です。


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