プロローグ その1
SF小説は、生涯で5作品目となります。まだまだビギナーなので、至らない点は多々あるとは思いますが、壮大なスケール感や、未来の技術・生活に関するリアリティー、といった部分では、他には無い世界を描けているのではないか、との自負もあります。
全ては、読者様の評価を待つしかない事でありますので、壮大さやリアリティーのあるSFをお求めの方には、是非ご一読頂きたい、と切に願うものであります。
未だ完成には至っておらず、どれくらいの長さの作品になるのか、いつ完成するのか、分からない状況なのですが、完成までは隔週(一週おき)に、完成してからは毎週1回のペースで、投稿しようと思います。土曜日17時に投稿するつもりですので、宜しくお願いいたします。
完成するまでは、はっきりとは分かりませんが、おそらく1年から2年を経て、完結にたどり着く事になると思います。
日本の古典の中の、有名な戦記物を下敷きにした作品で、今回('17/11/11)投稿の部分だけで、ご存知の方は「あ、あの古典だな」と気付かれるかと思います。が、古典をご存知ない方にも、十分に楽しんで頂けるよう心掛けたつもりなので、古典や歴史に興味が無い方にも、ご一読頂きたいと思っています。
それでは、まずは1万年後の、銀河に恒久平和が訪れている世界に、読者様をご案内致します。宜しくお願い致します。
巨大な赤いガス惑星が、エリス少年の前に浮かび上がっていた。縄で縛った跡みたいな、波打った境界を持つ縞模様がある。縞と縞は、数百km毎時の強風が、それぞれ反対方向に吹き付けているはずのものだ。が、直径十数万kmにも及ぶその惑星表面での、数百km毎時程度の動きなど、惑星全体を視野に収め得る距離から見れば、止まっているも同然だ
エリスの瞳に、黒ずんだ赤と鮮やかな赤の縞模様を見せ付けているそのガス惑星は、純白に輝く環と冷酷な程の静寂を纏い、一切の活動を感じさせず、ただ存在している。
エリスは振り返った。暗黒のみが広がる空間に、幾つもの光の粒が滲み出て来る。一粒と見えた光は分裂し、数粒の光に、十数粒の光に、数十粒の光に、と数を増やして行く。
気が付けば、光の粒は百を優に上回っている。そこからは、光の粒はもう分裂しなかった。宇宙に浮かぶその光の粒は、しかし、星では無い。その証拠に、数百の光は一つ一つが膨張して行き、丸では無い形をとり始める。宇宙のどこを見回しても、エリスの目に星は映らない。
「ガスの濃い宙域だから、星は一つも見えないんだね。おかげで、“寄せ手”の艦隊が見えやすいや。」
エリスはそう言って、艦隊を指差した。指は、エリスには見えない。指だけでなく、エリスにはエリスの体は、どこも見えていない。
見えてない左手の人差し指と親指を、エリスは閉じたり広げたりした。広げる動きは早く、閉じる動きは遅い。“寄せ手”の艦隊が拡大した。エリスの指の動きは、拡大せよ、とのコマンドになっていて、コンピューターへの入力が行われたのだ。
コンピューターが拡大投影した映像は、エリスに“寄せ手”の艦隊の詳細を見せた。コッペパンのようなシルエットの、黒々とした装甲で覆われた宇宙戦闘艦が、数百艦もあり、立体的な隊列を作っている。その戦闘艦のメイスンスラスターが噴射するプラズマイオンの激流が、光の粒の正体だった。戦闘艦には、小さいやつと、大きいやつと、その中間の大きさのがある。
小さいやつが、一番数が多い。大きいやつの数は少ない。よくよく見ると、小さい奴ほど外側に、大きいやつ程内側になった球状構造が、いくつも形成された並び方をしている。小型戦闘艦が大型戦闘艦の護衛を務めている、といったところだろう。
これらが幾つかの隊に別れて、それぞれに球状の隊形を作り、赤いガス惑星へと押し寄せている。
エリスはまた、人差し指と親指を閉じたり広げたりした。今度は、閉じる動きの方が早い。艦隊は縮小して行き、また数百の光の粒に戻った。
「“寄せ手”の数百の艦隊が、この惑星の軌道上に築かれた要塞に、攻撃を仕掛けるんだ。これが、銀河史上に名高い『宇宙要塞ギガファストの攻防戦』なんだね。」
エリスは再び、赤いガス惑星に視線を転じた。
静寂に過ぎるその姿は、数百の戦闘艦による襲撃が目前に迫っている事など、まったく予感させない。だが、こうしている間にも“寄せ手”の艦隊は刻々と近づいて来ている。
エリスの手と指が、複雑な動きをした。キーボーでも叩いているような動きだ。実際、彼はそれをイメージしている。そして、センサーに検知された彼の指の動きが、コンピューターにコマンドを伝える。
赤いガス惑星が、白い環と共に、眼も回るくらいの勢いで拡大し始めた。あっという間に、縞模様のある表面が視界を埋め尽くすくらいに広がっていき、その表面の一部から、黒い点が現れ、その点も急速に膨張し、球状構造物であることをエリスの目に晒す。更にそれは、遠慮会釈もなく、ぐんぐん、ぐんぐんと拡大し、またそれも、エリスの視界に収まり切らないサイズになった。もはや赤いガス惑星は、新たに表れた球状構造物の背後に隠れて、見えなくなってしまっている。
ガス惑星の周囲にある、百以上の衛星の一つの姿が、拡大されたのだ。首を右に左に上に下にと振っても、視界に入って来る全ては、衛星の表面の、ほんの一部でしかない。
丸い斑点がいくつも穿たれたようなその表面は、天体落下によるクレーターだらけの姿を曝したものだ。それによって、岩石でできた衛星の一部であることを、エリスに理解させている。
衛星表面から少し離れたところに、戦闘艦が8艦ほど、不安そうに身を寄せ合って、浮かんでいる。中型の戦闘艦が3艦と、小型戦闘艦が5艦だ。
「これが“守り手”の艦隊か。艦隊って言える程の規模ですらないぞ。“寄せ手”の数百の戦闘艦に対して、何十分の1なんだ?」
再び、エリスの指が複雑に動く。8つの戦闘艦がまた、一気に拡大し、その内の1つの中型戦闘艦の中に、エリスは飛び込んだ。戦闘艦の航宙指揮室の中に、気が付くと、エリスはいた。入り口からではなく、天井だか壁だかを突き抜けるようにして入った。
人影がまばらだった。何十とある、コンソールを前にした座席の、半分ほどしか埋まっておらず、空席が目立つ。
「こんな人数で、戦闘艦って動かせるものなのかな?」
エリスは首をかしげる。それくらい、人影が少ないのだ。人影というのは、本当に、ただの影だった。人の形をした青いシルエットが、座席に着いているような姿勢でおかれている。
エリスが見ているのはバーチャルな映像であり、人間の詳細な姿までは再現されていない。コンタクトスクリーンという、眼球上に装着するタイプのデバイスに映像が映し出されることで、映像が彼の視界の全域を覆っている。
古い時代にはコンタクトレンズと呼ばれた視力矯正用の道具と、使い方は同じだが、レンズでは無くスクリーンだった。そこに映像が映し出される。体の動きに合わせて、映像が適宜に流れていくことで、宇宙を自由に飛び回っているかのようなバーチャルリアリティーが、エリスに提供されている。
歴史上に名高い「宇宙要塞ギガファストの攻防戦」の戦況を垣間見る事ができるバーチャルリアリティーコンテンツを、エリスは今、楽しんでいる。指先だけの操作で、色々な部分を色々なサイズで見ることができる。
時間は、やや早送りで進ませてある。それも、エリスの指先が操作した結果だ。
今、彼は、“守り手”の艦隊内の、一つの戦闘艦の映像を等身大に近いサイズで、コンタクトスクリーン上に投影させている。指揮室内の景色まで忠実に再現されているのだが、人間の詳細な形は割愛されて、青いシルエットだけで表示されている。エリスは艦内の人口密度を確認したかっただけだから、これで十分だ。
エリスがまた、指を複雑に動かすと、彼は戦闘艦から飛び出す。戦闘艦はすさまじい勢いで縮小する。衛星も縮小する。赤いガス惑星も縮小する。掌に隠れそうなサイズにまで、赤いガス惑星は縮小されて、表示された。戦闘艦から飛び出してから、3秒程でこの状態に戻った。エリスは再び、暗黒の宇宙に包まれた。
その宇宙が回転した。“寄せ手”の艦隊がエリスの正面にやって来た。そして、凄い勢いで拡大する。小さな光の点が巨大戦闘艦に、たちまちのうちに変貌を遂げ、エリスはその中に飛び込む。
さっき見たのと、今見ているのが、同じく戦闘艦の中のものだ、などとは信じ難いくらいに、人口密度が違った。席はことごとく埋まっていて、青い形のシルエットが陣取っている。それ以外にも、立っている人のシルエットがそこここに見受けられる。
「やっぱり、本来戦闘艦の中なんて、このくらいに人数がいなきゃ、おかしいんだ。あんなスカスカな人員で、まともに動かす事なんてできるのかな?」
エリスはまた、元に位置に戻った。艦を飛び出し、“寄せ手”艦隊を縮小させ、ガス惑星と“寄せ手”の艦隊の両方を、俯瞰的に見れる状態になる。
「艦数は、8対数百、兵数は千人くらいと数十万人。“守り手”はたった8個の戦闘艦に、スカスカの状態でしか人員を配する事ができておらず、“寄せ手”は数百個の戦闘艦に、ぎっしりと人を乗せている。圧倒的な戦力差だ。」
戦力的に、圧倒的に有利な“寄せ手”の艦隊が、一つの衛星の傍に身を寄せ合うようにして待っている寡兵の“守り手”をめがけて、距離を詰めている。
「でも、要塞自体の戦力がある。“寄せ手”だってそれは予測できるはず。要塞戦力が問題だ。」
エリスの指が動く。彼の視界の右上あたりに、四角く縁どられた領域が現れる。赤いガス惑星や“寄せ手”の艦隊に重ならないように、上手く位置取っている、という感じだ。その四角い枠の中に、文字が流れ出した。
「熱源反応などから“寄せ手”は、十数個の施設の存在を割り出したが、それらは全て戦闘艇や無人攻撃機の格納庫だと判別し、それらが要塞戦力の全てだと考えていたのか。強力な要塞砲の熱源パターンなどは、どこにも見られず、戦闘艦を隠しておけるドックも一か所にしかない、とも見積もっていたんだ。たった8個の戦闘艦と、戦闘艇や無人攻撃機なんていう軽薄な戦力だけなら、全く恐れる必要はない、と“寄せ手”は自信満々で、必勝を確信して突き進んでいたんだな。」
文字や映像を組み合わせ、戦況を詳しく理解しつつ、エリス少年は、宇宙の戦闘を傍観する。彼が見つめる前で、とうとう、「宇宙要塞ギガファストの攻防戦」が始まろうとしている。赤いガス惑星を掌サイズくらいに縮小すれば、惑星と“寄せ手”の艦隊はエリスの肩幅くらいの距離だ。実寸では、十数万kmというところか。
エリスの指が動く。彼の視点は、“寄せ手”の艦隊の中の、一つの戦闘艦の傍に張り付いた。正面に赤いガス惑星を見据え、上下左右には僚艦が併進している。僚艦は、小さな光点にしか見えない。宇宙での艦隊行動での距離とは、数百mの巨体を有する戦闘艦同士でも、互いが光点にしか見えないか、全く見えないか、くらいのものだ。
光点にしか見えないが、僚艦は、確かにいる。“寄せ手”の視点になれば、頼もしい限りだ。大軍で、弱小軍隊めがけて突進しているのだ。気分がいい。威風堂々の感慨が、胸を満たす。「楽勝、楽勝」と当時の軍人たちも、思い込んでいた事だろう。
すると、目の前に迫っていた赤いガス惑星がその身に纏わせてある、半透明な感じで白く輝いている環から、シャワーのごとき無数の光の筋が、突如エリスの艦隊にめがけて降り注いできた。エリスが張り付いていた艦にも、光の筋は突き立った。
黒い装甲から閃光が放たれたと思った次の瞬間には、そこから火柱が吹き上げる。火柱に切り裂かれるように、装甲には亀裂が走る。亀裂からも小さな火柱が、いくつも突き上げられて来る。
エリスの戦闘艦は、2つに分裂した。コッペパンを唐竹割りに切り下ろしたように、左右に分離させられた。細かい金属片が、切り口から飛び散る。火花を散らしながら、吹き上げる火柱に、煽られながら。青いシルエットも、幾つも踊っている。人間は、青いシルエットとして表示される。
そして、切られた断面からひときわ大きな光が現れ、2つの残骸や幾つもの青いシルエットを包み込み、巨大な光球に変貌を遂げる。そこにあった命も、頑丈な構造物も、全てを原子にまで還元する灼熱の光球だ。その熱が、エリスに火傷を負わせることは無かったが。
エリスは右に首を転じる。光点にしか見えない僚艦にグイッと近寄る。一気に拡大された僚艦は、やはりあちこちから、火柱を吹きあげている。見上げたエリス。そこにある艦に、グイッと近寄る。やはり火柱を吹き上げている。
彼の艦隊は、次々に撃破を被っていた。
「すごい攻撃だ。こんなにもたくさんの戦闘艦が、一瞬のうちに撃破されてしまった。」
惑星に目を転じたエリス。環を見る。指が動く。
「あの環は、岩や氷でできている。熱源も観測されていなかった。あんなところからビームのシャワーを浴びせられるなんて、予測できなくて当然だよな。」
視界の右上に、四角い枠が浮かんでいる。文字が流れる。
「あれは、潮汐力発電ビーム砲台群からの攻撃だったんだ。」
惑星の環を形成する氷塊や岩塊に、圧電素子が埋め込まれ、潮汐力によってもたらされる圧力を電力に変換している。それは大きなエネルギーではないが、3日ほどかければ、1発分くらいの電力は生産されるそうだ。
砲台に備えられたバッテリーには、3発分くらいの電力しか蓄えられず、それを使い尽くせば、3日ほどかけて発電しなければ、一発も撃てない状態になる。が、熱放射は極めて小さいという特性があった。
「発射まで、明確な熱源を生じる事の無い砲台か。天然のエネルギーを利用することで、見つからない武器を造り出したんだ。」
奇想天外な兵器だった。潮汐力のエネルギーを軍事的に利用しようだなんて、誰も思わなかった。軍事に利用できるような規模のエネルギーだ、などと誰も考えなかった。3日もかけなければ1発分の電力をチャージできない砲台など、誰もが使い物にならない、と決め付けていた。しかも3発分までしか電力をストックできない砲台だ。そんなもの、誰も本気で作ろうなんて思わない。
普通、ビーム砲台を設置するなら、核融合の発電設備も併設されるはずで、強力で特徴的な熱源パターンが検出されるはずだ。その熱源が観測されない所に、ビーム砲台があるなどと予測するのは、人知を超えた神業と言えた。
潮汐力発電ビーム砲台、それは、貧相な武器だ。たった3発分の電力しか蓄えられず、満タンにするのに10日もかけなければいけない。一基だけをみれば、貧弱過ぎる攻撃手段だ。
が、この赤いガス惑星の環には、千基以上の潮汐力発電ビーム砲台が設置されていた。敵が存在すら想像もしなかったビーム砲台が、千基もあれば、戦力差など簡単にひっくり返った。
環の全域にわたって設置された千基のうち、今回の射撃に参加したのは2割程度だったが、それでも、2百発以上のビームが、“寄せ手”に見舞われていた。十分に引き付けた上での射撃は狙いも正確で、“寄せ手”は一度の一斉射撃で、3割を撃ち減らされた。
“寄せ手”は混乱した。恐怖に陥った。戦意は泡と消えていた。
我先にと、逃げ出した。護衛すべき大型戦闘艦を、置き去りにする薄情な小型戦闘艦が続出する。艦体の回頭が終わる前にスラスターを全開にし、隣の僚艦に激突して行く迷惑な艦も出て来る。反撃の為に主砲をぶっ放したが、弾を装填し忘れていて、必殺のレールキャノンが「フーン」と間抜けな作動音だけを艦内に轟かせる事態まで起こる。
潰走の惨状に至った。それでもまだ、敵を数十倍上回る戦力は残っていたが、戦い続けようと思った兵は一人もいなかった。
「宇宙要塞ギガファストの攻防戦」の第1ラウンドは、こうして“守り手”の圧勝で終わった。
数日後、性懲りもなく“寄せ手”は「ギガファスト」を目指していた。エリスが張り付いた戦闘艦の正面に、赤いガス惑星が近付いて来る。
「この角度だと、環は見えないんだな。」
エリスは、赤いガス惑星に目を凝らす。「惑星の環は薄っぺらだから、真横から見ると、見えなくなるんだよな。」
10歳のエリスは、覚えたての知識を反芻しながら、戦況を見守っている。
よくよく拡大してみると、うっすらとした線が惑星を真っ二つに切り裂いているのが見えるが、惑星が掌に収まるくらいのサイズで見れば、環は無いも同然だ。指を動かし、惑星を拡大したり縮小したりして、エリスはそれを確かめた。
「真横から接近すれば、環に設置された潮汐力発電ビーム砲台は、大半が使用不可能になるはずだって、“寄せ手”は考えたわけか。環を形成する氷塊や岩塊が、ビーム砲台の邪魔をする形になるから。そうなると、環の一番外側の、“寄せ手”に最も近い位置にある砲台のみが、“寄せ手”の艦隊を攻撃できる状態になる。多分、ほんの数基だろうな。10基に満たないだろうって、“寄せ手”は見積もっていたのか。」
10基程度の砲台など、数百の戦闘艦で突撃している“寄せ手”には、問題にはならない。前回は油断して、電磁シールドも展開していなかったが、今回はそうでは無い。少々のビーム攻撃くらい、中和して無効化する事ができる。
3発しか撃てない、という情報は、彼等は入手していなかったらしいが、沢山は撃てない事は、分かっていた。それに、1発撃てば砲台の位置は判明し、反撃が可能だ。
前回は、攻撃を受けた事による混乱で、砲台位置の特定や反撃の余地はなかった。2百発以上が一斉に撃ち込まれた為に、砲台の位置を特定できたとしても、どれに反撃して良いかも分からなかっただろう。
だが、10基に満たない砲台なら、攻撃されるや否や、位置を特定して反撃を食らわせられる。そうしておいて、環の真横の位置を維持しながら、発電設備があると思われる衛星を目指せばいい。
砲台用の電力は潮汐力で作っていても、それ以外の電力需要は核融合で無ければ賄えない。当然、宇宙要塞「ギガファスト」にも核融合による発電設備は必要だ。それが潰されれば、要塞は必要な電力を得られず、沈黙する事になる。
ビーム砲台だけが使用可能でも、それ以外が止まってしまっては、事実上、要塞としては使い物にならない。要員の生活もままならず、投降するか凍死するか、しか無くなるだろう。
そして、“寄せ手”は、核融合の発電設備の所在に。目星を付けていた。環のすぐ外を回っている衛星から、強力な熱源を検出していた。直径千mに満たない小さな衛星だが、内部を刳り貫けば十分核融合設備は設置できるはずだし、この位置に、これだけの熱源を持つ衛星というのは、核融合発電設備以外には考えられない。
この衛星を破壊してしまえば、宇宙要塞「ギガファスト」は必要な電力の供給源を失い、陥落に至るだろう。
それに、この衛星は“羊飼い衛星”かも知れない。環の形状維持に寄与している衛星の事だ。この衛星の重力の効果で、環はあの形を維持していられるのだ。無くなれば、環を成す天体の軌道は、不安定になるだろう。
そうなれば、例の潮汐力発電ビーム砲台群も飛び散るか、惑星や衛星に落下して行く事になる。射程圏外にまで飛び散るには、何百年とかいう時間を要するかもしれないが、接近する敵を攻撃できる位置や角度を維持する事は、直ぐにも不可能となり、事実上、使い物にならなくなるはずだ。
だから、仮にこの衛星の破壊で電力供給を完全に止める事ができなかったとしても、衛星の破壊が要塞陥落に繋がる可能性は高い。
この衛星が、“寄せ手”の攻撃目標だ。環の真横から接近し、この衛星に肉薄し、球状包囲し、一斉に砲撃を仕掛ける。
“寄せ手”は、作戦の成功を確信していた。そして、勝利を疑っていなかった。要塞を陥落させ、たっぷりの報酬をもらって故郷に帰り、愛する家族と、豊かで楽しい時間を分かち合える。多くの兵がそんな妄想に浸りながら、赤いガス惑星への接近を続けていた。
眼前に展開される映像と、枠内に表示される文章から、エリスはそういった戦況や“寄せ手”の考えを、着々と汲み取って行く。
砲撃は、無かった。10基程度の攻撃では意味がない事は、分かっているようだ。“寄せ手”の接近と球状包囲は、何ら妨害を受ける事無く完了する。
大切な発電設備への接近と包囲すら阻む事が出来ないとは、やはり、所詮は弱小戦力。数日前には隠し砲台にしてやられたが、やはりこの大戦力の前では、敵では無かったのだ。
“寄せ手”はそう思い、ほくそ笑んでいた、と枠内の文章にはある。
そして“寄せ手”が、今まさに砲撃を開始しようとした時、衛星は膨張し始めた。縮小されて表示されている衛星は、ゆっくりその直径を増加させているように見えるが、実は凄い速度で膨らんでいる。人が与えられれば、たちどころにブラックアウトを起こすほどの加速度で、衛星を構成している岩石等は飛び散ろうとしている。
爆発だった。縮小サイズで見れば“膨張”と見て取れる現象も、原寸大で、若しくは衛星の間近で観測すれば、それは“爆発”と呼ぶのがふさわしい現象だ。
突如、猛烈な速度で迫って来る岩塊群に、“寄せ手”の艦隊は大いに驚く。だが、回避に難のあるものでも無い。
接近し包囲していた、と言っても、ある程度の距離は置いている。今から砲撃して破壊しようとしている対象に、そんなに近付くわけがない。
“寄せ手”の目には、ゆっくりと膨張しているようにしか見えないような距離で、彼等は衛星の爆発を見守っている。
エリスの張り付いている戦闘艦は、前方に向かってスラスターを噴射させ、後方へと移動し始めた。飛来する岩塊との相対速度を小さくして、回避を容易たらしめる為だ。他の艦も、それぞれ後方へと飛翔し始めている。
球状に取り囲んでいた艦の全てが一斉に後退すれば、艦隊が形成していた球も膨張することになる。大きい方の球の膨張を追いかけるように、その中にあった小さい方の球も膨らんで行く。
大きい方の球は始めから隙間だらけだったが、小さい方の球も隙間だらけになって行く。もはや衛星だった面影は無く、ただの岩の大群と化している。
岩塊群と化した小さい方の球が、大きい方の球に追い付き、重なって行く。艦と岩で構成された、一個の球体へと変貌を遂げていく。
エリスの戦闘艦は、岩塊に囲まれ始めた。が、相対速度は大きく無いので、岩と岩の隙間に艦を置くのは難しく無い。躱し切れない岩は、主砲のプロトンレーザーで吹き飛ばしてしまえばいい。
飛び散って来る岩塊群は、“寄せ手”にとって大きな脅威では無いが、彼等はここで、自分達が騙されていた事を悟ることになった、と枠内の文章がエリスに教える。
「熱源がある事から、発電施設が置かれているに違いない、と思った衛星は、実は罠だったわけだ。突如爆発して、“寄せ手”はびっくりさせられている。けど、じゃあ、あの熱源は?」
エリスの指が動き、枠内の文書がスクロールして行く。「なるほど、もっと内側にあった衛星を、ここまで運んで来たんだ。本当は、惑星の環に埋もれてしまうくらいに、内側の軌道を回っていた衛星だったんだ。」
惑星に近い軌道上では、惑星による大きな潮汐力が働き、衛星の中にある岩石は摩擦による熱を持つ。溶岩状態になる程の高温に至る場合もある。そういった、潮汐力で熱源を持つに至った衛星を外縁軌道に運ぶ事で、発電施設が置かれた衛星だと“寄せ手”に思い込ませたのだ。
まんまと騙された“寄せ手”は、フェイクの発電施設を取り囲んだところで、衛星の爆発に見舞われた。もちろん、“守り手”が内部に爆薬を大量に仕込み、意図的に爆発させたものだ。
だが、その爆発によって飛び散った岩塊を、“寄せ手”の艦隊は難無く回避している。1艦たりとも損害を受けていない。騙すことに成功しても、攻撃には成功していない。
“寄せ手”は苦笑を禁じ得なかった、と枠内の文章も解説している。こんな、攻撃にもならない騙し討ちに望みを賭けるしかないとは、寡兵とは惨めなものだ、と驚きから脱した“寄せ手”は嘲笑していたらしい。
飛び来る岩々を、軽やかにヒョイヒョイと躱しながら、または砲撃で粉砕しながら、“守り手”の拙攻を笑い飛ばしていた“寄せ手”だったが、その岩から、ポン、とミサイルが飛び出して来た時には、顔面蒼白になったらしい。
人間は青いシルエットでしか表示されていないので、エリスはその蒼白な顔までは観察できず、文章で知るしか無かったが、少年の想像力はその表情をリアルに思い描いていた。
岩塊だけで攻撃するつもりなど、“守り手”には無かった。岩塊の中に、爆発の衝撃から守るための特殊なケーシングを施した、ミサイルを仕込んでおいた。岩からの射出方向は出鱈目にならざるを得ないが、弾頭に備えられたセンサーが、間近にいる敵艦を見落とすはずはない。
即座に方向を転換したミサイルは、ジェット噴射で急加速し、“寄せ手”の戦闘艦に突進して行った。
ある程度距離があれば、戦闘艦が対艦ミサイルを迎撃するのは簡単だ。レーザー照射で始末すればいい。が、すぐ近くを飛んでいる岩から突如飛び出したミサイルへの迎撃は、まったく間に合わなかった。
ミサイルは勿論、1発や2発では無い。何百というミサイルが、岩塊の間を縫うようにして、“寄せ手”の各戦闘艦に殺到した。10発くらいのミサイルに蜂の巣にされた、不幸な艦もいた。ミサイルを1発も見舞われなかった艦は、一つもなかった。
“寄せ手”は、またしても大混乱だった。あちらこちらに、四分五裂の惨状を呈する戦闘艦が、散見される。暗黒の宇宙を漂う岩塊を、殺戮と破壊の光球が明るく照らす。幾つもの光球が花開いている。
ミサイルに傷つけられた末に、岩塊に激突して大破する艦もある。航行不能になっては、躱せるはずの岩も、躱せなかった。生き残った艦も、阿鼻叫喚だ。破壊と殺戮の地獄絵図を眺めながら、必死に逃げ惑う。
上官の座乗艦を置き去りにする護衛艦、明後日の方向に全速力でひた走る艦、弾を装填し忘れた主砲をぶっ放す艦が、今回も続出した。
岩塊が飛び去って行って、ようやく混乱は収束に向かったが、“寄せ手”は3割を喪失し、無傷の艦は一つも無い、という惨敗に至った事を思い知らされた。
「これだけの大敗を喫したのなら、もう、要塞攻略は諦めればいいのに。そうもいかなかったんだな。あんな少数の兵力にやられっぱなしじゃ、面目が立たないし、“エライさん”に許してもらえなかったのか。」
遥か昔の見ず知らずの人々に、同情するような、呆れるような感慨を持つ少年。“寄せ手”が尚も攻略に挑み続ける事は、歴史好きの彼は、とっくにご存知なのだ。
今回の投稿は、ここまでです。次回の投稿は、'17/11/25 です。
プロローグが長くなってしまい、1回の投稿では終わりませんでした。プロローグが終わり次第、約3千年の時を遡って、本編へと読者様をご案内申し上げます。
「あ、あの古典だな」と、気付かれた読者様は、どのへんでお気付きになられたでしょうか?要塞の名称から分かったかもしれませんし、戦闘の展開からかもしれません。古典に興味が無い人でも、何やら壮大な規模の戦争で、奇想天外な未来的技術を使った兵器が飛び出して、迫力のある激闘が繰り広げられたな、などと思って頂けたなら、作者としては望外の喜びなのですが・・。
が、お話の舞台は、平和な1万年後の世界です。エリス少年が、ヴァーチャルな三次元映像で遠い昔の戦争シーンを楽しんでいるだけの、ほのぼのした場面です。しばらくは、ゆったりした気持ちで激しい戦争シーンを見る少年に、お付き合いください。というわけで、
次回 プロローグ その2 です。
2回にわたって、大規模部隊が弱小勢力に撃退され、それでも懲りずに、大部隊は要塞の攻略に挑みます。迎える側には、さらなる策があるのか?潮汐力発電ビーム砲台や、衛星の軌道を遷移させる事での欺瞞工作に続く、奇想天外な技術や戦法が、繰り出されるのか?ちなみに、本作で登場する技術や現象に、全き荒唐無稽な代物、というものは、ほとんどない・・つもり・・です。超光速の移動手段に関しては、かなり壮絶に無理をせざるを得ませんが、それ以外は、「絶対にあり得ん!」って事は・・無いのでは・・無いか・・いや、ちょっとはあるか・・いや、でも無いつもり・・です。興味や時間のある方は、調べたり、考えたり、誰かに相談したり、して頂きたいです。