第67話『モノノフ』
俺はおっさんに猫を追いかけていた理由を聴取することにした。
返答次第では許すが、ふざけた理由なら鉱山送りにでもしてやろう。
死刑という単語が出てきたせいか、おっさんはおずおずしながら、
「あのノラがよぉ……オラんとこの残飯とかを漁って来やがったんでよぅ。食い散らかされると虫が沸いて困るから追っ払ってただけだべよ……」
ハァ? その辺にうんこ捨ててるやつらが何言ってるんだ……?
この世界の衛生観念がさっぱりわかんねぇよ……。
「餌場と認識されたら何度も来るようになりますしね。彼の行動は適切だと思いますよ」
「そ、そうですね、危ない場所だと覚えさせれば寄ってこなくなりますから……」
「……!?」
ジャードどころかシスターまでおっさん寄りの意見だった。ということはなにか? 一部の非道な輩が猫を雑に扱っているのではなく、ニコルコの常識として猫に対する扱いはそんなもんでいいということになってるのか?
信じらんねえ……! なんと野蛮! 卑劣な! こんなことが許されていいだろうか!?
そりゃゴミを荒らされるのは迷惑なことだろう。
だが、棒で叩きのめそうとするのは違うんじゃないか?
いや、そういう人は元の世界にもそこそこいたけどさ。
「水を撒くとか他にも安全な手段はあるだろ? なんで――」
「なに言ってるだ! 猫を追い払うのに水なんてもったいねえべ!」
おっさんがキレた。
どうやら生活に使う水を汲んでくるのは地味に大変なことらしい。
確かに、蛇口を捻れば手軽にジャバジャバ出てくる日本とは感覚が違うか……。
そうだ!
「よし、わかった。なら、お前に俺が出した聖水をくれてやる!」
「だ、だべッ? まさか、それって……!? 勘弁してくれだぁ……」
なぜか泣きそうな顔になって遠慮するおっさん。
気にすんなよ、金はとらないから。
「俺はやることができた。お前ら、ちょっと先に帰っててくれ」
「ヒョロイカ卿、何を企んでいるんですか?」
「ジロー様、わたしもお供しますよ?」
「大丈夫だよ、すぐ終わるから」
「あ、あの! わたしはご一緒させて頂きますから!」
シスターはどうしてもと言うので同伴することに。
何を心配しているのかねぇ。
俺はおっさんの家で水瓶に聖水を注いでいた。
じょじょじょじょろじょろ……。
ちょろちょろ……。
「ああ、そんな……」
「はわわわ……」
おっさんは茫然としながら、シスターは頬を染めながら。
俺が聖水を注ぐシーンを食い入るように見つめていた。
「ふぅ……」
よし、満タンになった。放水を済ませた俺は一息ついて――
ぶるんぶるんっ!
「どうだ!」
じゃじゃーん!
指先に残った水滴を払ってドヤ顔をする。
水瓶にはスキルで出した高純度の聖水がたっぷり入っていた。
これでもう水がもったいないとは言わせねぇ。
「見たこともないほどに高純度な聖水がこんなにたくさん……!」
「すっげえ……キラキラで透明だべ……!」
シスターとおっさんは聖水の入った瓶を眺めて感激していた。
「今度から猫が悪さしたら水で追い払うんだぞ。絶対に暴力は振るうなよ?」
「がはは、こんだけ水を貰ったら頷くしかねえべ!」
わかればよろしい。嘘吐いたら鉱山送りだからな。
「すごいです! 領主様はやはり神の使徒なのですね!」
シスターは興奮して昂っている。
まあ、神に選ばれた勇者だからね。
似たようなもんだよね。
とりあえず今後は猫の安全のため、領民たちに水を定期的に配ることにしよう。
おっさん一人が悔い改めても意味はない。
猫は愛でるべきという風潮をニコルコ全体に広く喧伝していかなくては。
本当は俺の存在ありきで成り立つ仕組みは作りたくなかったんだがなぁ…。
けど、水道のライフラインを整えるまで待っていたら猫が危ないままだし。
こうなれば必ず水道を完成させるか、俺が去った後、後釜を任せられる水魔法の魔導士を用意するかしなくては。
やれやれ、やらないといけない課題がまた一つ増えてしまったぜ。
「けど、まさかホントの聖水がもらえるなんてびっくりだべよ~」
「はあ? 俺は最初から聖水をやるって言ってただろ?」
何言ってんだ、このおっさん。
「あっはっは! オラはてっきりあっちの――」
聞くに堪えない誤解だったので割愛。
ひょっとしてシスターも……。
俺が振り向くと彼女はシュバッと顔を背けた。
おっさんの家を出ると野良猫がお座りしていた。
焦げ茶と白の体毛。大きいふさふさの尻尾。
可愛い猫だ。猫はみんな可愛いけど。
「お前は、さっきの……」
すりすり。野良猫は目を細めて俺の足に顔を擦りつけてくる。
『ふなぁ~ぅ……』
「お前、ひょっとして感謝を伝えにきたのか?」
ごろんっ! 猫は手を招くように折り曲げ、腹を堂々と見せてきた。
………………。
「なんだ、このやろぉ! お腹見せちゃってぇ、うりうりぃ!」
俺のテンションはやばいくらいに上がった。
隣にいるシスターが絶句しているが、そんなことは関係ない。
目の前にこれだけ無防備に甘えてくる猫がいるのだ。
無視するわけにはいかない。
『なふ~ん♪』
しゃがみこんで耳裏を触ると猫は左右に身体を捻ってゴロゴロ。
完全に気を許してやがる……。
久しぶりに味わった本物の猫のモフモフ。
俺はすっかりノックアウトされてしまった。
いや、ベルナデットがダメってわけじゃないんだよ?
でも、ほら、彼女は基本人間だし。
ちゃんと人格あるし。
喋れるし。
やっぱりペットという認識にはならないわけですよ。
それに最近は尻尾を触ると艶めかしい声を上げてくるし……。
最初に獣人奴隷を買おうと思ったのは猫を飼える環境じゃなかったから。
けど、今は違う。今の俺は仮にも一国一城の主。
信頼できる仲間もできた。
元の世界に連れて行けない場合はデルフィーヌたちに任せていくことだってできる。
だったら迷うことは何もない。これはもう……飼うしかないだろ……!
「どうだ、うちの子になるか?」
『ふにゃぁん』
「そうかそうか! うちの子になるか! じゃあ名前をつけてやらんとな!」
猫の鳴き声がYESに聞こえた俺は抱きかかえて浄化魔法をかける。
綺麗になった全身の体毛。
モフモフだぁ……太陽の匂いがするモフモフだぁ。
顔を埋め、匂いと感触を堪能する。
「お前の名はモノノフにしよう……。モノノフ、これからよろしくな?」
『なぅ~ん』
野良猫改め、モノノフは不思議そうに俺を見上げていた。
この惚けた感じで見てくる表情がまた可愛いんだよなぁ……。
くぅ~! モノノフ、ゲットだぜ!
俺はついに異世界で手に入れた。
干した布団の香りがする、本当のもふもふを――
完。
……と、物語なら最後についてもいいくらいの充足感だった。
最終回じゃないぞよ
もうちっとだけ続くんじゃ




