第54話『内政官のジャード、騎士団長ゴードン』
数十分後。
「随分と早い到着だったのですね。私はニコルコで内政官を務めているジャードと申します。ようこそ、ニコルコの町へ」
スラッとした体型の優男が鎧を着たゴツイ男を連れてやって来た。
優男は整ったイケメンだったが、その眼光は冷たく無感情だった。
口は笑ってるのに目がちっとも笑ってない。
マネキンみたいでなんか怖いぞ……。
「彼は騎士団長のゴードンです」
優男に紹介されたスキンヘッドの大男が無言で頷く。
ほう、いかにもゴードンって感じの外見だな。
大斧とかを持たせてポージングさせたい迫力がある。
「俺はジロー・ヒロ……ヒョロイカだ。これからよろしく頼むぜ」
「はい、こちらこそ」
ある意味で屈辱的な名乗りを上げて自己紹介。
不気味な内政官ジャードとガッチリ握手を交わす。
「それでヒョロイカ卿、正妻はどちらの方ですか?」
「は?」
唐突な問いが内政官ジャードの口から飛んできた。
俺は自分の耳がバカになったのかと思った。
「そちらに控えていらっしゃるご婦人方……少女もいるようですが、彼女らは連れ添いの方ではないのですか?」
ジャードは感情のこもらない瞳で女性陣を見やる。
なあ、その目はどうにかならんのか?
ゾンビやないかお前?
「あ、あたしたちはそんなんじゃ……!」
「そ、そうだぞ、いきなりなにを言い出すのだ!」
「…………」
三者三様の反応を見せる女性陣。
俺もどう対応していいのかわからない。
「ジャード、彼女らはそういうのじゃない。俺は独身だ」
「左様ですか」
ジャードは一切の揺らぎなく答える。
上司になる相手にふざけた質問をしてきたんだから少しは動じやがれ。
どういう意図があって訊いてきたんだ。
初対面でウェーイ、どの子と付き合ってんのウェーイとか訊いてくるって異常だぞ。
パーソナルスペースを考えろ。
「では、ご結婚の予定はありますか? 婚約者の有無などは? 辺境伯家の当主が所帯を持たないのは些か体裁が悪いと思われますが」
ジャードは冷徹な瞳はそのままで言った。
「体裁ねぇ……」
俺は王に厄介払いのような感じで田舎に押し込まれたのだ。
今さら気にすることなんてあるのだろうか?
「場合によっては男色を疑われる可能性もありますがよろしいですか? それとも実際にそうなのでしたら形式だけでも誰かと婚姻を結んで頂けると助かります」
ジャードが淡々と述べてくる。
ホモと思われるって嘘やろ?
スキルで確かめたが、コイツ自身は嘘と思ってないのが驚きだった。
信じられないのでエレンたちにも確認してみる。
「こいつの言ってることってマジなの……?」
「確かに当主がいつまでも未婚だとそういう噂が立つこともあったりなかったり……」
「あたしはよく知らないわ」
エレンが言いにくそうに答えた。デルフィーヌはなんやねん。
つーか、マジっぽいぞ? おいおい、俺は貴族になったばっかやで。
そんなすぐに相手なんか見つからねーよ。
見つけるつもりもないけど……。
「相手に心当たりがないのでしたら他の貴族と見合い話を取り付けますか? 政略的にも他家と縁を結ぶのは良いことかと……」
ジャードがやっぱり淡々とした口調で提案してくる。
政略結婚をするつもりはない。
いつまでもこの世界にいるわけじゃないからな。
だけど、ホモと思われるのは嫌だ……。
それだけは嫌だ……。
なら、ジャードが最初に言ったように形式だけの相手を用意するべきか。
いやでもそんな都合いい人材が見つかるわけ――
「…………」
ベルナデットが剣を抜いて殺陣を始めた。
太刀筋の鋭さを自慢するかのように剣を振り回していく。
時々、チラっと、こちらに目線が。
なんやこいつ……。
デルフィーヌとエレンはそわそわしながら髪を撫でつけたり指に巻いたりしてる。
なんやこいつら……。
とりあえずその話は保留でいこう。
その溜息は何だよ。
ジャードとゴードンに案内され、俺たちは領主邸に向かって町を歩く。
町の風景を観察してみると、
「お、田んぼじゃん! ひょっとして米作ってるの!?」
どこか懐かしい風景に思わずテンションが上がる。
いや、俺の家の周りに田んぼなんかなかったけどさ。
「ジローはコメが好きなの? 変わってるわね?」
「私もアレはちょっと苦手だな……」
デルフィーヌとエレンが上昇した俺のテンションに水を差してくる。
おい、お前ら、米は日本のソウルフードだぞ。
毎日食べてる人もいるんだぞ。
けど、よく考えたら俺って麺派だったわ。
「稲作はニコルコでは盛んに行われてますよ。米から酒を造ったりもしています。あまり上質なものは作れないみたいですがね」
ジャードが情報をもたらしてきた。
米で酒……? 日本酒だろうか?
もしくはどぶろくとか。
後で詳しく聞いてみよう。
ビジネスのかほりがする。




