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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

文学フリマ短編小説賞 2017 応募作品群

彼女のメシマズ・ザ・ワールド

 ちっ、お前かよ、嫌なところを見られちまったな。

 さっきの女の子? ああ、そうだよ。

 フラれたフラれた、もう、ものの見事に玉砕だ。

 しかも、俺にペコペコ頭を下げながら、付き合えない理由をすげー丁寧に、一つ一つ挙げていくんだ。なんか、すさまじい心の痛みがあったぜ。

 一刀両断だったら、文字通り一撃必殺。威力は抜群で、どこかすがすがしさを覚えちまう。

「無理です」の一言とか、頭にハンマーレベルだよな。


 でも、理由を逐一挙げられるのはさ。拷問だぜ、これ。

 ほれ、あれだ。首以外を埋められて、のこぎりびきの刑を食らっている感じ。

 俺をおもんぱかってくれてるのか、自分が悪者になりたくないのか、判断がつかねえぶん、よっぽどタチが悪いかもしれん。

 言い訳を積み重ねるのも、手ひどい振り方をして、ストーカー化でもされたら厄介という心理もあるのかもしれねえな。

 なあ、今夜空いてるか! 一緒に飲みにいこうぜ!


 かんぱい! よっしゃ! 飲むぜ、食うぜ!

 ほれ、飲め飲め! てめえも、色々さらけ出せや!

 と、お前の遍歴はもう知ってたっけな。お互いに苦労すんねえ。

 社会人になるとさ、職場恋愛っていう選択肢があるけど、俺は極力避けたいぜ。

 上手く行っても、行かなくても、周りの目が気になっちまう。

 おおっぴらにしていなくても、影では色々と噂されてんだろうな、って邪推しちまうな。経験は俺自身だ。

 これが学生で、クラスメート相手だったら、と思うとちょっとぞっとしちまうな。文字通りの逃げ場なしだぜ。

 堂々と付き合っていることを公言しているカップルもいたが、俺はひっそりしていたいタイプだった。

 意外、か? 日常はズボラな俺だが、恋愛は秘めるタイプだぜ。原因となった出来事があってな。

 ありゃあ、ヤバい体験だった。けど、過去になった今、思い出話にできる自分がいるな。

 酒の勢いにのって、ちょっと語らせてもらおうか。


 彼女に告白されたのは、高校一年生の時だったっけな。

 うちの学校は、清掃班メンバーを、同じ学年、違うクラスの生徒同士で組み合わせて作っていた。それがきっかけで彼女とそれなりに話すようになったんだ。

 口がちょっとばかし大きめだったが、目元ぱっちりのムチムチボディ。俺も話しながら、目のやり場に困ったことは、否定しないぜ。

 呼び出された時には、まさかと思ったが、マジ告白だったからな。

 二つ返事でオッケーしちまったよ。で、内心は狂喜乱舞だ。

「初彼女だ、ひゃっほーい! 年齢イコール彼女いない歴とおさらばだぜ! どうだ、ザコども! 見たか、てめえら! ざまーみろ、へへん!」などと、いい気になっていた当時の俺はお笑いだったぜ。

 気づいていなかったのさ、俺は。彼女の恐ろしさに。

 彼女はな、とんでもないメシマズだったんだ。


 初デートで、彼女がハイキングに誘ってきたんだ。俺はホイホイついていったんだが、インドア派の俺に体力があるはずもなし。十キロ歩いてへばっちまったんだ。

 どうにか、昼時と言える時間帯だったからな。彼女がブルーシートを敷いて、弁当箱を取り出してくれた。

 自分からやれよ、彼氏? うるせえ、人間ぶなしめじの俺の体力、なめんなよ!

 二人で食べ始めたんだが、俺は、ひとくちめで「ん?」、ふたくちめで「んん?」、みくちめで「やべえ……」って感想だった。

 彼女のメシマズの原因。それは何か特別な調味料らしきものを入れる、ということだ。調味料の正体までは分からなかった。すまん。

 何というかな、錆びついた鉄と、フナ寿司を組み合わせた感じ、といえばどれだけの惨事かわかるか? 俺の口内の尊厳を踏みにじる、絶望の香りって奴だ。

 だが、あからさまに嫌がれば、彼女を傷つけかねないと、エセ紳士の俺は、ありったけの三文芝居で彼女の料理を褒めたさ。

 脂汗をかきながら、彼女の笑顔を心に刻みつけようと必死だった。

 

「地獄への道は善意で敷き詰められている」だっけか。笑っちまったよ。

 本来の意味とは違う疑惑もあるが、自分の善意を敷き詰めて、己が身の上を奈落に突き落とさんとする俺は、さぞ愉快なピエロだったろうな。

 だがな、どうやらその善意。彼女の方が質も量も上だったらしいと、俺は思い知ることになったんだ。


 彼女の手料理は、それからも続いた。一度肯定しちまったら、逃げられねえ。

 どうやら彼女も察したようで、謎の調味料も少なめにしたらしく、ちょっと臭いを我慢すれば、どうにかなるレベルなんだ。

 助かったぜ、と気を抜いたのがまずかったんだろうな。

 食べ終えて、ホッと一息。彼女の顔を見ようとした俺は、不意打ちでキスされた。マウストゥマウスで。


 うらやましいと思うか? 忘れるなよ、彼女が作る料理のこと。

 ハイキングの時の何倍もあろうかという、呪いの臭気が、口の中を這い回った。必死も必死の鼻呼吸だ。

 ファーストキスに甘い幻想を抱いていた俺は、混乱しまくりだ。幸せの証のはずが、人生の岐路に立たされるなんて、あんまりだろ。

 本気で昇天しそうになるのを耐え、彼女を引きはがしたよ。彼女はきょとんとしていた。

 残りの授業をやっつけて、家に帰ると、とんでもねえ歯痛に襲われた。

 手を突っこむと、永久歯の奥歯二本が、ボロリと取れたんだ。出血はほとんどない代わりに、根元が腐りかけていて、例の臭いが漂ってくる。

 俺が彼女の不気味さとお別れを、はっきり意識した瞬間だったよ。


 翌日以降。別れようとする俺の気配を察したのか、彼女は露骨にスキンシップをとろうとしてきた。人の目につくように甘えてくるし、いちゃついてくるしで、何が起こっても俺が悪者になる雰囲気さ。

 怖い女だ、と感じた。

 同時に、彼女ができたと喜んでいた、自分の青臭さを、呪った。

 しかも、俺の異状は歯だけにとどまらない。

 視力が落ち始め、全身に体毛がひしめき、皮膚がざらざらし始めた。手足の爪も毎日切らなければいけないほど、おかしい早さで伸びていたんだ。


 限界だ。

 決心した俺は、ある日、二人きりの体育館裏で、彼女に別れを告げた。

 秘かにふところに護身用道具を忍ばせておいたが、彼女は意外にも、あっさり引き下がったんだ。

 とはいえ、以前の不意打ちの例もある。俺は彼女が校舎へと去っていくまで、油断なく目で追っていたよ。


 俺の身体の異状は病院で調べられたものの、対応策はわからなかった。検査入院ということで、数日間病院に泊まっているうちに、ぐんぐん体調が回復してな。退院と相成った。

 俺が戻ってくると、彼女はすでに新しい男を捕まえていたよ。

 どうやら彼女は、俺を相手に加減を学んだらしい。その男は終始、彼女にべったりだったよ。卒業まで、二人はずっと一緒だった。


 卒業から半年くらいして、偶然、彼女を見かけたことがあってな。

 出会った時と変わらない、ぱっちり目元にムチムチボディ。

 楽しそうに散歩していたよ。

 四本足で歩く、ドーベルマンみたいに大きくて、全身から黒い毛をふさふさと生やした、見たことのない生き物と一緒にな。



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― 新着の感想 ―
[良い点] とても面白かったです。 フラれたどん底からのあげーの↑。またのどん底。 メシマズを食べて化け物になった最後の彼は ある意味、愛を貫き通した愛の伝道師であった と私は思いたい。  そんな感…
2017/05/25 03:14 退会済み
管理
[一言] ジャンルが『ホラー』となっていたので、スプラッタなのかな?……と思ったのですが、あらすじを読んだら違っていたので、安心して読めました。 でも、確かにホラーですね。 料理の腕はともかく、現…
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