増毛よりチートな能力ってある?
「本当に、人間じゃないんだな……」
思わずそう呟いた。
創世神エガハ。
そう名乗った女性は、この世のすべてを慈しむような柔らかい笑みを浮かべている。きっと並大抵のことでは、この笑顔を崩すことはできないのだろう。
彼女が持つのはトランプのような束。
俺は1枚のカードを引く。
「そ、そなたプフッ……ご、ごほん。そなたが引き当てたのは毛魂の加護――使い方は頭に浮かんでおるな? 主に増毛スキうぐっ、増毛スキルなんかを使えるのだ、プッ……」
「は、はぁ」
なんか変な能力もらった。
毛魂の加護――理解したところによると、どうやら体毛に関わるスキルを使えるようになるらしい。
けっこう便利だと思うんだけど。
「女神様、どうしてそんなに笑ってるモジャ?」
「ぶふぅっ――ごほっごほっ、我は笑ってなどない」
ほほぅ、神様にも毛関連のネタは有効なのか。
これは心に止めておこう。
人間離れしてるから、それこそ毛ほども気にしないのかと思ってた。
そうこうしている間に、だんだん体が薄くなっていく。
「転移が始まったようだ。そなたはこれから、我の作った世界、そなたから見た異世界に転移する。世界の危機を、授けた力でブフフゥッ……」
本当に……勝手に拉致しといて、扱いが酷いよな。
俺は頭の中を探る。
えっと、スキルを使うには、対象に手のひらを向けて――
「【奪毛】っと」
「え、うぁ……あ、あああああああ――」
女神にも効くんだ、スキル。
髪と眉毛がブァッと散った。
にしても、初めてのスキルは難しいな。
ツルツルにするつもりが、前髪だけ残っちゃったよ。
人の人生を奪うんだから、毛を奪われたくらいで文句なんて言うなよ、女神さん。
飛び散る金髪の中、半狂乱で踊る女神。
それを見ながら、俺の視界は暗転した。
気がつくと、魔方陣の上に立っていた。
目の前には女神……によく似た石像が置いてある。
振り返ると、神官らしき男女が10名ほどと、偉そうな男が1人。周りには騎士鎧っぽいのを着た屈強そうな男が数人。
女神から聞いているが、異世界召喚という儀式で俺を呼び出したらしい。
本当に、全くもって迷惑な話だ。
「お前が勇者か?」
「違う」
思わず即答してしまったが、このふんぞり返った男は誰だろう……うわっ、腰の剣に手かけてる。もしかして王族とか面倒くさい奴かなぁ。俺、生き残れるといいけど。
なんかプルプル赤くなってる男の横で、少し慌てた様子のしわくちゃ爺さんが口を開く。
「王子殿下、お待ちください……ゴホン、私は創世の女神様に仕える神官、この国の神官長でございますじゃ。私どもは女神様に、勇者を遣わしていただく儀式をしていたところなのですが……あなた様は?」
俺は返答を考える。
この世界の文化レベルや習慣なんかを、彼らの服装や建物の装飾などから想像し、今後の方針を立てた。
この間、0.5秒。
正直考えてもあんまよく分からんかった、すまん。
「……私は女神に遣わされた者ですが、勇者ではありません」
何を言っているんだろう、という顔をされる。
当然だ。
俺もテキトーに言ったんだし。
ま、とりあえず自己紹介と行きますか。
「私のことは、ナナシ、とお呼び下さい」
俺は神官のお爺さんの頭に手を向けた。
騎士が剣に手を伸ばして警戒する。
「【増毛】……私はこの力を、女神より授かりました」
お爺さんの薄い頭から髪がニョキニョキ生えてきて、白髪ではあるもののフサフサのイケイケになった。髪しか変わっていないが、心なしか若く見える。
おぉ、という驚嘆の声。
特に毛の気配が薄い数人からは熱い視線を感じる。
よし、これは行けるな。
「勇者として戦うのではなく、この【毛魂の加護】にて世界平和に貢献せよ、というのが女神の意思です……ささ、皆様にも祝福を。順にお並びください」
「すごい……」
「ナナシ様……ナナシ様!」
最初の警戒はどこへやら。
和気あいあいとみんなでフサフサになった。
騎士の兜ってけっこう蒸れるらしいね。
中には泣いてる人もいた――なんでも髪が薄いからって恋人に振られたんだってさ。
それが本音にしろ建前にしろ、ろくな女じゃないと思うよ。
だから再アタックとかやめとけ? な?
いつの間にか王子殿下とやらはいなくなっていた。
どうやら今回の件はこの王子が発案したらしいんだけど……ご不満だったようで、プリプリ怒りながら去っていったようだ。責任者が現場から真っ先にいなくなっちゃいかんだろうに。
とにかく、そんな感じで神殿暮らしが始まった。
召喚時にその場にいなかった神官達も順次現れては、フサフサになってご満悦になる。その代わり、この世界の知識をいろいろと教えてもらった。
俺のもらった「毛魂の加護」のように、この世界の人々は様々な加護を持って生まれ、関連するスキルを身に付けることができる。多くは精霊・聖獣などの加護で、これらは通常、親から子、孫へと受け継がれていくそうだ。
毛魂というのは前例はないが、おそらく精霊の一種だろうというのが神官長の見解である。
つまり、俺と子作りをすると、運が良ければ子供が増毛スキルを使えるようになるってことだ。
俺に群がる神官達を見るに、重宝されること間違いなし。
これはハーレムフラグ立ったな。
一週間ほどして王城から呼び出しがあった。
表向きは国王との謁見が許可されたためであるが、用件があるのは先方だし、だいたいの内容は事前に通達されている。
「そなたが女神様の使徒、ナナシか」
そうそう、毛魂の加護を得てから、目の前の人の毛の状態が手に取るようにわかるようになった。
小太りの国王は、王冠で見えないが登頂部が寂しい……いや逆か、登頂部が寂しいから王冠で隠しているようだ。
「……王よ、積もる話は後にしましょう。【増毛】」
スキルが発動する。
国王は自分の髪を触る。
目からポロポロと涙が零れた。
そこからはもう凄いのなんのって。
豪華な晩餐をご馳走になり、王宮の風呂で美人に体を洗ってもらい、金貨のジャラジャラ入った袋を受け取った。
王子は不満そうだったけど、国王の前で下手な行動はできないのだろう、ずっとこっちを睨んでた。
滞在の合間には、いろんな人に頼まれて増毛をした。
派閥や身分も超えて喜びあってるのを見ると、人間は結局人間なんだなと思う。
意外だったのは、女性で抜け毛・薄毛に悩む方々が思ってたより多かったこと。
女神はバカみたいに吹き出してたけど、言うほど使えない能力じゃないってのはこの時確信したよ。
さてさて、それから数日をまた神殿で過ごした後は、諸国漫遊の旅に出ることにした。
知らない世界を見てみたいってのもあるけど、俺の最終目的のためにもこの世界を隅々まで回っておこうと思ってさ。
国王は俺を国に縛り付けておきたかったらしい。
まぁ、世界に一人の毛魂の加護だから、この国で子孫を増やせば他国へのアドバンテージにもなるし、為政者としての判断は間違ってはいないとは思うけどね。
向こうが少しばかり脅してきたため、こちらも脅し返すことにする。
「【奪毛】っと。まさか、増やせるだけだと思ってました?」
横柄な王子殿下をツルツルにして差し上げると、国王陛下は真っ青になって旅を許可してくださりましたとさ。
めでたしめでたし。
ツルツル王子よ、10年くらいして気が向いたら生やしてやるよ、きっと。
それから様々な国を巡った。
魔法王国、鉄の国、海底都市、空の城、大帝国から少数民族の集落まで。忙しなく足を動かしては、世界中をくまなく回った。美味いモノやら綺麗な景色やら、新鮮な刺激に溢れていてなかなか面白い旅になったよ。
言い寄ってくる女は多かったけど、打算ミエミエで萎えてばっかりだったなぁ。結局、雇った護衛以外に同行者はいなかった。
頭髪に貴賤なし。
俺はそう言って、身分の高低によらず力を振るう。これは平民のみならず、貴族にも意外と結構受けがよかった。ほら、身分重視だと下級貴族は後回しにされちゃうからね。
そんなんで段々と名声が高まり、5年が過ぎる頃には大体どこへ言っても誰かから声がかかるようになった。
「魔物に襲われて頭皮が傷ついて……もう髪自体が生えてこないのです」
「安心して下さい……【発毛】」
「急に増えると怪しまれるので、その、ゆっくり増やしたいんですが……」
「分かりました。【育毛】」
そんな風に、派生スキルもどんどん増えていった。
基本的に金を取ることはなかったが、身分の高い人たちは結構な額を寄付してくれるので懐は常に暖かい。まぁ、平民に混じって無料で施しを受けてたら、貴族的には世間体が悪いからね。
「おい兄ちゃん、痛い目みたくなきゃ金目のものを――」
「【奪毛】」
「あっ、あああああ――」
絡んでくる奴や悪い奴は、いつかの王子みたいにツルツルにしてるんだけど、これが結構治安向上に役立ってるらしい。
それもあって、ツルツル=犯罪者みたいな風潮も若干生まれるようになり……それが原因かは分からないが、風の噂でツルツル王子の婚約が白紙になったとか聞いた。
謝るつもりはないよ。召喚の儀式の首謀者だし。
旅の中で、大抵の国では為政者やその家族に歓迎された。
まぁ歓迎が本心かは分からないけど、周辺国との関係も考えると蔑ろには出来ないだろうしね。とはいえ、毛の悩みのある方々からの歓待は本気中の本気だったけれども。
神官達も女神の使徒として俺を歓迎し、どの街でも寝床を提供してくれた。
あと、たまに変装して水戸のご老公みたいなことをしてたら、別の街で演劇になっていたのはちょっぴり恥ずかしい思い出だ。
この世界に来て8年が過ぎる頃には、すっかり有名人になっていた。
「神殿にある女神様の石像ですが、実物とはあまり似てないんですよね……」
俺はポロっと神官に溢した。この世界の神官って結構真面目だからね、ちゃんと俺の話を聞いてくれるんだ。
「……どんなところが女神様に似ていないのですか?」
「いろいろありますけど、まず女神の髪は前髪しかありません。人々の罪を背負っていらっしゃるのでしょうね」
「へ?」
「それから胸は盛りすぎです。清廉さを表すが如く、本物はペッタンコですから。あとは顔を二回りほどふっくらさせて、鼻の穴を広げればほぼ完璧でしょう」
「……ほ、本当ですか?」
「まぁ、別に良いのですよ。似ても似つかない偽物の像を崇めたところで、女神様は広い御心で許して下さ――」
「すぐ直しますっ!」
真面目だからねー、神官。
すぐさま世界各地の神殿で、女神像が作り替えられたよ。
チョーウケる。
そんな風に旅をのんびりエンジョイしていたのだが……
「ナナシ様、ナナシ様! た、大変です」
兵士が行きを切らして俺の元へ来た。
その様子に、旅の終わりを悟る。
来るべき時が来たのだろう。
「ま、魔王が宣戦布告を……!」
北の魔大陸から魔物の軍勢が攻めてきて、各国に魔王からの書状が届いたらしい。
さぁ、これからどうするかな……全然考えてなかったわ。
数日して、なぜか俺が各国首脳の前で話をすることになった。
よくわからんけど、とりあえずそれっぽいことを言っとくか。
「私の旅は、人と人とを繋ぐ旅でした。今こそ国の垣根を棄てて手を取り合い、共に戦いましょう」
適当に言ったらみんな結構盛り上がった。
で、世界連合が発足。
そこまではよかったんだけど、初代長官が全会一致で俺になってしまった……うへぇ、面倒だなぁ。
「実務は任せました。私も英雄達と共に魔大陸まで参りましょう」
とかなんとか言って、その場から逃げることにする。
いやさ、のんびり旅生活からいきなりデスクワークはキツいし……各国の実力者にコソコソ混じって、魔大陸のウマいもの巡りでもさせてもらおうっと。
なんか、みんなは聖人のように俺を見てくるけど。
やっぱり、モノを言うのは積み上げた信頼だな。
騎士、龍人、魔術師、神官、魔物使い、アサシン。
それに使徒(俺)を加えた七人で魔大陸に向かう。
まー俺は見てるだけかなーと思ってたんだけどさ。
「【広範囲化】【増毛】」
「グギャギャ(前が見えない)」
「ナナシ様ありがとう、【炎嵐】っ!」
「グギャー」
「くっ……防ぎきれん……」
「【強化】【剛毛】」
「っ……助かったぜ、ナナシ!」
意外と戦闘でも活躍できたよ。
攻撃力はないけど。
そんなこんなで、あっけなく魔王は撃破した。
四天王最強とやらが【増毛】で寝返ったのは笑える。
人望ないのなー、魔王。
そういや魔王が最期に「邪神様ー!」って言った時は少しビビったけど、特にパワーアップイベントとか起きずに死んだ。
和平も結ばれたし、魔大陸料理も味わえたし、めでたしめでたしだ。
いやー、本当にめでたいなぁ。
なにせ、これで俺の最終目的の準備が整ったからね。
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「ちーくん、結婚式のドレスだけど――」
話をしていた彼女の姿が突然消えた。
と思ったら、俺は真っ白な空間にいた。
「ここは……?」
突然のことに戸惑う。
と、目の前にすぅっと1人の女が現れる。
綺麗な顔だが、どこか人間離れした雰囲気を感じる。
「我は創世の女神エガハ。魔王に脅かされる世界を救うため、我が民が勇者召喚の儀式を執り行いました」
「……は?」
「光栄に思いなさい、我がそなたを選び出しました」
「いやいや……お断りです。私には結婚を誓った人がいますから」
「安心してよい。そなたの元いた世界では既に10年が経過し、そなたの愛する方は別の殿方と幸せになっておる」
「は? え、それはどういう……」
「人間は愛する人間の幸せを願うものなのだろう? だからそなたを失った彼女がちゃんと幸せになるかどうか、我自ら見届けていたのだよ。そなたらの言葉で言えば、ちょっとしたサービスというやつだ、フフフ」
「……な……お、お前は……」
「なぜそのような顔をする? ふむ……人間の感情は、やはりよく分からぬな」
「お前は……神、なのか?」
「うむ、始めに説明した通り」
一ミリたりとも自分が悪いと思っていない上から目線。
こちらの気持ちを全く理解していない言い草。
話してることが嘘ではないと、理屈ではなく分からされてしまう格の違い。
この女――
「本当に、人間じゃないんだな……」
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草木も寝静まる深夜。
召喚された王国に戻ってきた俺は、与えられた屋敷の屋上で冷えた空気を吸う。
「みんな悪いな……でも恨むなら、召喚の儀式なんてモノをした、どっかのツルツル王子を恨んでくれ」
目を閉じ、静かに思い出す。
遠くなってしまった、二度と会えない婚約者。
この世界で良くしてくれた人々。
拉致しておいて増毛スキルを小馬鹿にする女神。
「ふぅ……【目標捕捉】」
世界各地に置いてきた自分の髪。
魔術的に繋がったそれを目印に、スキルのターゲットを決める。
「【強化】【多重化】【超広範囲化】……」
目印を起点に能力の範囲を広げる。
頭のなかに広がる地図には、この世界の地表・海中・雲上全てが網羅されていた。
長い時間をかけて旅をしてきたのだ、漏れはない。
この世界のほとんどの人々に罪はないのだろう。
でも、そんなのは始めから分かりきっているし、俺の決意も変わらない。
「【永続化】……【奪毛】っ!!!」
確かな手応えを感じた。
すべての空間で、すべての毛という毛が散る。
幻聴だろうか。
毛の断末魔が聞こえた気がした。
なんだ、俺はもうとっくに可笑しくなってたんだな。
婚約者の顔が浮かぶ。
「あやちゃんは、フワッとしたドレスの方が似合うと思うな」
あの時言えなかった一言。
なぜか口から溢れた。
「みんなハゲちまえ馬鹿野郎……」
涙は零れるままに任せて。
俺は崩れるように、屋上から身を投げた。
気がついたら、黒い空間にいた。
目の前には邪悪な気配を漂わせる男が1人。
男の背中には黒い翼が生えている。
「おめぇ、面白いな」
「……あんたは?」
「何者でもねぇよ、おめぇ風に言うなら『名無し』ってやつだ……ま、俺を邪神って呼ぶ奴もいるがな」
あぁ、魔王をけしかけた奴か。
なんでか知らんが、すごく馴れ馴れしい。
「そう睨むなって……馴れ合うつもりはねぇけど、ちぃとばかり感謝しておこうと思ってな」
「感謝?」
「くくくっ……見せたかったぜ、あの性悪女神のひでぇ顔」
あぁ、コイツいい笑顔してんなぁ。
すんごい面白いものを思い出してやがる顔だ。
「おめぇが石像にイタズラするからよ……しかも信仰が強すぎて、あいつの存在が本当に書き変わっちまったのさ。前髪以外ツルツルの、ペチャパイ丸顔豚鼻ってのが今のアイツなんだぜ」
おぉ、マジでか。
ほんのイタズラのつもりだったのになぁ……
それは心踊る。
いっぺん見てみたい。
「俺もおめぇと同類よ……あの女神には貸しがあってな、今回は胸がスッとしたぜ。ざまぁねぇな」
同類って。
まぁ感謝されるのはいいけど、邪神に仲間だと思われてもあんま嬉しくはないな。
「お、その顔、まさか気づいてないのか?」
「……?」
「ほら、てめぇの背中見てみろよ」
言われて振り替える。
俺の背中には……黒い翼が生えていた。
まるで目の前の男と同じ――
「これからヨロシクな、【毛魂の邪神】さんよ」
「は、ははは……マジで?」
「おう」
いやはや……これは予想外だ。
女神に拉致られたと思ったら、増毛スキルを馬鹿にされて。
で、異世界に来てみたら、増毛がすげー役に立って。
そんで好き勝手やってみたら、邪神になっちまったよ。
俺、思うんだけどさ。
「……増毛よりチートな能力ってないよな」