兄様は今日も大変〜朝の攻防戦〜
よろしくお願いいたします。
ウチの兄様はダメダメです。
朝は1人で起きれないので、ご飯ができたら起こしに行くのが私の仕事。
本当に寝起きが悪いから、油断するとお布団の中に引きずり込まれちゃうので、なかなか大変な仕事なんです。
後、ものすごい散らかし魔。
脱いだお洋服はポイ。
食べたお菓子のからもポイ。
書き損じの紙なんかも全部そこら辺にポイポイポイ、です。
「さやは小さいのにしっかり者だね」
ってみんなは言ってくれるけど、シッカリしないとお家がめちゃくちゃになっちゃうんです。
しょうがないんです。
「に〜さまぁ〜、朝ですよ〜。起きてくださ〜い」
今日も元気に兄様をたたき起こします。
グルグルミノムシみたいに丸まってるお布団の塊を先ずはユラユラ揺すって、それでもダメならお布団を剥がしていくのですが……。
まだ8歳の身体では力が足りなくて大きなお布団を剥がすのは結構な重労働。
しかも、寝ぼけた兄様はシッカリお布団をつかんで離してくれませんし……。
しばしの攻防戦の後、どうにかお布団を奪い取る事に成功しました!
くるんと横向きに丸まった兄様はまるでダンゴムシの様です。
「……ひどいよ、さや。寒いじゃないか」
「ひどくありません。時間です。起きて下さい。お仕事遅れちゃいます」
恨めしそうに見上げてくる菫色の瞳を負けじと睨み返します。
半分しか開いてない目で見たって怖くなんかないですよ。
寝台の横に立って腰に手を当てジッとにらんでいると、しぶしぶ兄様が身体を起こしました。
夜着の単衣が乱れて、意外に鍛えられた胸元が見えています。乱れた長い髪がそこに彩りを添えていて、世の女性はその色香にクラクラしてしまうそうです。
おかげで侍女さん達には兄様を起こす事が出来ないんです。
みんなクラクラ座り込んじゃうので……。
が、妹の私から見たらただのダラシない寝起きの姿にしか見えません。
どこら辺が色っぽいのですか?
大人になったら分かるのでしょうか?
「兄様、早く支度なさって下さいな。朝餉が冷たくなってしまいます」
「………いつもの挨拶してくれたら、する」
ボゥとした瞳のまま、兄様がいつものおねだりをしてきます。
兄様もう18なのに、こんなんで本当にちゃんとお仕事出来ているのでしょうか?
他所様から聞く兄様の評判はかなり良く、王宮勤めの中でも出世頭らしいのですが、はっきり言って信じられません。
だって、頭脳明晰容姿端麗。細かい所まで目が届き、物事の十手先まで見通す事が出来る、だなんて……誰の事ですか?
ウチでは縦のものを横にする事すらありませんよ?
もっとも下手に触ると明後日の方向まで飛んで行っちゃうんで、むしろ何もしないで欲しいのでそれで良いんですけど。
容姿端麗……は、まぁ。
黙ってジッとしていれば、認めても良いですけど。
喋るといっきに台無しですけどね。
マジマジと人の顔を凝視した挙句「髪と瞳の色は僕と同じなのに、どうしてさやはこんなに愛らしいんだろうね?」何て聞かれても知りませんよ。
「兄様を置いてお嫁になんて行かないでね」とか8歳児に突然言われても。
そんな物はお父様に聞いて下さい。
貴族の子女の結婚なんて大抵親まかせなんですから。
そもそも、後継なんですから兄様こそサッサとお嫁さんもらってください。
……と、意識が逸れました。
ソロソロ本当に時間がありません。
私はよいしょ、と寝台に上がると両腕を広げて待っている兄様の首にギュッと抱きつきました。
「おはようございます。大好きな兄様。早く起きて、一緒に朝餉を食べましょう」
「………うん。おはよう、さや」
私を抱きしめて幸せそうに笑うと、兄様がようやく朝の挨拶をしてくれました。こんな事で、幸せを感じれるなんて兄様がちょろすぎて不安ですが……。
うん。訂正。
兄様の笑顔は妹の私でもドキドキするくらいとても素敵です。
まぁ、そんな事本人に言ったらろくな事にならないのは学習済みなので絶対に言いませんけど、ね。
「先に、食堂の方へ行ってますね。二度寝せずに、ちゃんと来てくださいよ?」
スルリと逃げて念を押すと、苦笑が返ってきました。
「しっかり者の妹がいて、僕は幸せだよ」
その言葉に部屋を出かけていた私は足を止めるとこてん、と首を傾げました。
「だって、兄様には私がいないとダメだもの。今はまだ小さいからお家の中だけですが、さやはもっと早く大きくなって公私共に兄様を支えるのが目標なのですよ」
そう。
兄様は王宮でとても責任のあるお仕事を任されているので、その助けになりたいのです。
と、いうか。いつかヘマをしそうで、お留守番しててかなりドキドキなんですよね〜。
だったら、一緒に出仕して側にいた方が心労が減る気が……って、兄様が俯いてフルフル震えています。
具合でも悪いんでしょうか?
「………兄様?」
おそるおそる呼びかけた次の瞬間、いつの間にか近くに来た兄様に抱き上げられていました。
って、本当にいつの間にここまで来たんですか?!そしてそんなに強く抱きしめたら苦しいです!!
「もぅ、うちの妹はなんて可愛いんだ!そんなに側にいたいなら、兄様は仕事なんて行かないでずっとお家にいるよ!!」
そして、言ってる事がダメダメです。
お仕事はちゃんと行ってください!
「じゃぁ、一緒に職場……は、ダメだ。あんな狼どもの巣窟に可愛いさやを連れて行くなんて出来ない!あぁ、どうしたら良いんだ!」
変な苦悩する兄様をどうにか諌めようと奮闘する間にも、無情にも時間は過ぎていき……。
結局、兄様は朝餉を食べる時間を取れずにお仕事に行ってしまいました。
あぁ、明日は後10分早く起こしましょう。
肩を落とす私を生暖かく見守る執事や侍女達に気づかないふりで、私はコッソリと拳を握りしめ、遠ざかる馬車に誓うのでした。
読んでくださり、ありがとうございました。
朝の一幕、楽しく書かせていただきました。
兄→18歳。宰相補佐。年が離れた妹が可愛くてしょうがない。外ではしっかり者、と言うより妹に構って欲しくてお家ではあえてダメダメしている痛い人。
妹→8歳。4人兄妹の末っ子。実は更に上に兄が2人。家を出てるのであまり接点はないが、当然そっちからも可愛がられてます。
兄のシスコンを真剣に心配しておりますが、実はそんな兄が大好きです。