第七話
俺たちがたどり着いたのはスス=ンマイの街だった。
この街は海沿いにある街であり、最初の方に『勇者』となったプレイヤーがたどり着く街だ。
この街に住んでいるNPCは大体が魚人と呼ばれるものだ。人間のように二足歩行をするのだが、エラやどんよりした魚のような目を持ち、指の間には水かきがある。
不気味な見た目に反して、彼らは割と穏やかで優しい。気軽に話しかけてくれる彼らの存在は、最初だからソロでしかできないプレイヤーたちのことを慰めてくれる。
まあ、それも、表向きなのだが。
あまり知られていないことなのだが、スス=ンマイのクエストを進めていくとわかることがある。
この街で本来進めるべきクエストというのはお使いクエストみたいなものだけだ。村の有力者であるマーシュというNPCからお使いを受けることだけが目的となる。
そして基本の操作を覚え、首都のようなものであるカムーアに行くのが基本の動きである。
一部のクエストマニアだけがスス=ンマイの内情を知っている。
この街で基本的に訪れるのは表の街だけで、路地裏を抜けていった先のことまでデザインされているということはふつうにバウムバベルオンラインをやっているだけのプレイヤーは知らない。
このスス=ンマイの街には裏がある。村の有力者であるマーシュを中心とした薄ら暗い事情が存在するのだ。奴隷売りの男や、何やらわからない深海の神をまつる宗教に纏わるクエストも裏クエストとして用意されていたりする。
「まあ…そんなこと、あんまり知られてないんだけどね」
「どうしましたか?カナメ様」
「いや、何も」
俺たちは路地裏から出て、表の街を歩いていた。
辺りからは魚の焼ける良い香りがしている。そういえば、転生してからはロレッタのいれた紅茶しか飲んでいない。そのことを思い出すと、くう、と軽くおなかが鳴った。
「おなかがすいていたんですか?」
「…ああ」
「なら屋台で料理を買いましょう!私、そういうの憧れてたんですよう!」
ロレッタは嬉しそうにいいながら屋台に駆け寄っていく。
彼女のメイド服の裾がひらりと、海の風になびいた。若草色の髪の毛も、ゆるゆると海の風に揺れている。ロレッタは近くの屋台にいくと、しばらく話した後に何かを持って帰ってきた。
それはスープだった。透明に近い色をしたスープの中に、肉団子のようなものと麺が入っている。現代日本でいうラーメンのようなものなのかもしれない。
買い食いなんて、ゲーム時代にはできなかったことだ。俺は少しうきうきしながらそれを受け取った。
「スス=ンマイの街の名物料理ですよ」
「そうなのか?」
「はい!スス=ンマイでは魚がたくさんとれますからぁ。魚で作った肉団子のスープです」
へらりと笑いながらロレッタがスープの器を持ち、道の端に寄る。
そこには机といすが用意されていて、冒険者らしい人や、この町の人らしき魚人が屋台で買ったらしいスープのようなものや、焼き魚、パンの間にツナのようなものを挟んだサンドイッチのようなものを食べていた。
「ここで食べましょう、カナメ様」
「お前はずいぶんと詳しいんだな、この世界のことに」
「はい!ショゴス・ロードになる前に各地を回りましたからぁ!」
「そうなのか」
そういいつつ、渡されたフォークとスプーンを使って魚団子のスープを食べる。
スープは薄い塩味で、どこかほっとする味をしていた。
薄めの塩味のスープに、少しだけ味の濃い魚の団子。しょうゆ味に似ているように感じるけれども、しょうゆのような味ではなくどこか甘く、コクがある風味だった。
食べたことがないけれど魚醤のようなものなのかもしれない。
どうやらずいぶんとおなかが減っていたらしく、俺は瞬く間にそのスープを食べ終わってしまった。
俺がお腹を減らしていることに気付いたのかロレッタは他の料理を買いにいっている。
さすがにこれ一杯じゃ足りない、と思っていたところだ。
ロレッタはドジなところもあるけれど、ずいぶんと優秀なメイドなのかもしれない。
まあ、サンドイッチや焼き魚を全部道にぶちまけそうになったときは少しだけ焦ったけれど。
「おいしかったですね!カナメ様!」
「ああ、すごくおいしかった」
ロレッタはフランスパンで作ったツナサンドのようなものを食べ、俺は先ほどの魚団子スープをもう一杯と、焼き魚を二匹平らげた。
今は食後の一休みとして、先ほど屋台で買ったアイスティーを飲んでいる。
この街で売られているアイスティーは紅茶というよりもハーブティーのようなもので、さっぱりとした後味が特徴的だった。
「さて、これからどうしようか」
「とりあえず勇者の情報を集めなきゃですよねぇ。まだスス=ンマイの街にいるとは限りませんから…」
「そうだな…地道に聞き込みでもするか」
ロレッタがアイスティーを飲む。
「しかしその前に、宿でもとるか。そして夜に聞き込みに行こう」
「そうですね!どこか空いているところがあればいいのですがぁ…」
アイスティーを飲み干して俺たちは席を立った。
お腹がいっぱいになっただけなのに、なんだかすごく充足感があって俺は大きく伸びをする。さて、今日の宿はどうしようか。
異世界生活初めての夜をどういう場所で過ごしていこうかと考えながら、俺たちは魚人と冒険者の入り乱れる表通りを歩いて行った。