第四話
その真白の世界の中には、何もなかった。
いや、何もない、というわけではない。きちんと部屋の数とかはあるのだけれど、それでも簡素だった。
城の中にはあまり人がおらず、俺はとくに何の障害もなく普通に、魔王のいる玉座の間へとたどり着いた。
全体的に白で構成されたシックな玉座の間。
そこには、やはり兵士も何もいなかった。
天井から釣り下がるシャンデリアはふんだんにクリスタルを使っているようで、光の反射を受けてきらきらと光り輝いている。色は透明だけでなく、赤や桃色、橙といった色が多かった。それが時々、星の光のようにちらりと光るのだ。
そしてその光を受けて玉座に座っているのは、俺が何度も見て、そしてゲームの中で何度も倒した魔王だった。
魔王、エリザベス・L・クロディヴァイツ。
美しく伸びた銀髪は、少しだけ灰色が強く、いわゆるツインテールになっている。ツインテールというよりかは縦ロールなのだろうけど。
ゴシックな黒いドレスに包まれた体は幼く、12歳程度にしか見えない。
彼女は吸血鬼であり、人間の血をすすることによってその若さを保っているが実年齢は人間からは考えられないほどの年月を生きている魔性の存在だ。
血色の良い桃色の唇は今日も潤って、つやつやとしている。
そして細く形の良い足には黒い細いヒールの靴を履いている。
彼女は俺を見下ろすと、嬉しそうに鼻を鳴らした。
「遅いではないか。来ないかと思ったぞ」
「すいませんね、少し野暮用がありまして」
クロディヴァイツは楽しそうに、床につくことのない足を揺らしながら笑っている。
どうやら俺の返答すべてが面白いようだ。
何度も苦痛と絶望に歪む彼女の顔を見てきた俺としては、彼女が笑っているのをこんなにじっくり見るのは、初めてだと思った。
バオムバベルオンラインの中の彼女の役割は、シナリオクエストのラスボスと、各イベントごとのボスエネミーである。
シナリオクエストを攻略するためにはたくさんのアイテムを集めて彼女を弱体化させ、倒すことが重要となっている。このシナリオクエストはいわば初心者のための入門クエストだ。全体を通して、後々になってまで使える要素が盛りだくさんである。
そして彼女を倒すことによって、自由度の高い他のクエストに挑戦できるようになるのだ。
また、季節によって変わるイベントクエストのボスも彼女が務めている。
不死身の魔王であるクロディヴァイツは一度勇者であるプレイヤーたちに倒されたとしても何度でもよみがえってくるのだ。
そんな彼女を、俺は倒すだけの存在だった。
しかし、今度は彼女と共闘できるのだ。
「して魔王様、どうして俺はここに呼ばれたんですか?」
「そうじゃそうじゃ。お前にの、新しい従者を付けようと思うんじゃ」
「なるほど?」
「勇者討伐の為に必要じゃろ」
彼女は優雅に笑うと、持っていた杖でドアの方をさす。
自動的に扉が開き、そこからメイド服に身を包んだ少女が入ってきた。
若草色の髪の毛に、薄い桃色をした瞳。
メイド服はクラシカルなもので、丈は長い。
「今日からカナメ様のメイドとなるロレッタと申しますっ!」
彼女は勢いよく頭を下げた。
俺は呆然とすることしかできない。
そう、ロレッタと名乗ったその娘は、先ほど俺が助けた少女だったのだ。
「魔王様からはローリーと呼ばれてました…カナメ様もお好きに、あ、あれっ?」
「…あんたは、さっきの…?」
「…あれっ…さっきの、魔眼様…?」
ロレッタの顔が真っ赤に染まる。
そして何度も何度も俺に向かって頭を下げた。
「はて、知り合いかえ」
「さっきこの子を助けたんですよ」
「そうかそうか」
魔王はたのしそうに笑い、そしてロレッタは少しだけ恥ずかしそうに微笑んでいた。
クロディヴァイツの話によると、彼女はどうやらショゴスと呼ばれる奉仕種族のひとつであり、回復魔法を得意としているらしい。
彼女はショゴスの中でも司令塔にあたる存在、ショゴス・ロードでありショゴスの中ではなかなかの地位を持っているらしく、今回俺のメイドとして雇われたらしかった。
奉仕種族である故に、彼女は誰かに奉仕することを好んでいる。このメイドという職業も天性の才能なのだろう。
「…とりあえず、よろしく頼む、ロレッタ」
「はい、よろしくお願いします、魔眼様!」
そして俺は、ロレッタという仲間を手に入れた。