第二話
次に目が覚めたときには、そこは街中だった。
歩き回る人々の雑踏が耳を擽る。くすぐったさにも似たその感覚を味わいながらゆっくりと目を開けると、そこに広がっていたのは人の群れがうすく見える路地裏だった。
路地裏はひどく汚れていて、何もない。ゴミが転がっている。
そして、路地裏から見える景色はなんとなく現代日本と違っていた。
マントを被った人が歩いている。髪の色も鮮やかな緑や紫、桃色ばかりだ。
猫耳がはえている人間だっていた。
もしかして。
もしかしてここは、異世界か何かなのか?
そう思いながら俺は重い身体を持ち上げた。足がぱしゃん、と水に触れた感覚で、足元に水たまりがあることを知った。
俺はどういう風なものとして転生したんだろう。
鏡がどこにあるか、鏡なんて文化があることすらわからないから俺はその水たまりを覗き込む。
そこには信じられないものが映っていた。
新雪のような、月のような銀色の髪の毛は男にしては長く、鎖骨のあたりまで伸びてる。片目に髪がかかっているせいで、片方の目の色は見えないけれど、晒されている切れ長の瞳の色は血液や林檎、ルビーが混ざり合ったような赤色をしている。真紅というには少し明るく、それでも真っ赤というわけではない。
そっと片方の前髪を掻き上げる。そこにあったのは、金色の瞳だった。
この外見を俺は知っている。
これは、俺の大好きなあのMMORPG『バオムバベルオンライン』の新しいエリアボス、死霊使いの姿だった。
バオムバベルの中では珍しい人型のエリアボスであり、死霊を使って攻撃する、魔王の腹心の部下。魔王の信頼を受け、魔王からもらった黒い細身の剣を携帯しているほかに大きな飾りのついた魔法の杖を持っている。
また、特徴としては回復アイテムでダメージを負うというのがあるだろう。
回復アイテムや回復魔法を使うことによってダメージを負い、復活呪文を使うことで致命的なダメージを与えられるという。
まあ、俺が知っているのは事前情報だけで、そこまで詳しくは知らないのだけれど。
水たまりに映った姿はまさしくその死霊使いだった。
これなら、あの神様が強くてニューゲーム、といった意味もわかる。そりゃ新エリアボスなら強いだろう。
それに、それに。この姿なら俺のずっとやりたかったことが出来る。
俺は勇者というものに、いつも疑問を覚えていた。
勇者はモンスターを倒してお金を稼ぐくせに、正義とか言われることもある。
モンスターを倒しているのに?って。いつも疑問だった。
時々出るギルドの依頼では、モンスターが増えすぎたから、とか、危害を加えるから、なんて言われていることもあるけど、普段のレベル上げとかなんかそんなことないだろう。
レベルを上げる為に殺している。それに、時々は選択として村一つ潰さなくちゃいけないときもある。
それが正義だとは思えなかった。
ゲームをやりながらずっと、そんなのは俺の正義と違うと思っていた。
だから俺は、正義の味方とか言われている勇者をこてんぱんにしてみたかったのだ。
それが、今の俺なら出来る。
できる、かもしれない。まだ自信はないのだけど。
昔の自分からは感じられないような何かがわいてくるような気がした。
そんなことを考えて、俺は路地裏から出ようとする。
そのとき、誰かが路地裏に入ってきた。そして俺の肩にどんっとぶつかる。
「あてっ」
「きゃっ、ごめんなさい!後でお詫びします!」
その足音が遠ざかっていく。必死で、何かから逃げるようにして足音が遠ざかっていく。
俺はその、若草のような色をした緑色の髪の毛を見送っていた。
どことなくメイドさんの着るような服を着ていると、そんなことを思ったとき。
先程のメイドさんと同じように何人かが俺にぶつかってきた。見れば、見上げるほどに大きなリザードマンたちが三人。メイドさんを追いかけるようにして走っていく。
何かあったのだろうかと首をかしげる。
しかし、リザードマンは確かエネミーだったはずだ。
ということは、俺はほんとうに死霊使いで、そして魔王の側になったということは間違いないのだろう。着ている黒いコートのポケットをあさりながら、俺はそんなことを考えた。
ポケットの中から金貨数枚と、何か紙切れが出てくる。
その紙切れに目を落とそうとした瞬間、女性の叫び声が聞こえた。
それは、さっきのメイドさんの声によく似ていた。