第十三話
横たわっていた少女が目を開けた。
彼女は怯えるような目で俺たちをみた後に後ずさる。
そこまでみていてふと気がついた。
どうやら彼女は視力が異常に弱いようだ。俺たちを見つめる目も、どこかぼんやりとしていて焦点があっていない。
褐色肌の少女が怯えたように後ずさるのをみたロレッタが口を開いた。
「これはきっと…ナイトゴーントの幼生だと思います…」
「ナイトゴーント?」
「はい。夜闇に紛れて飛び、深遠に人間を引きずりこむのです」
ナイトゴーント。
そんな種族がいたのか、と驚きながら俺は褐色の少女を見つめる。
鮮やかな赤色の髪の毛をした少女は、怯えるような顔をしているだけだ。買われなかった過去もきっとあったのだろう。
「決めた」
彼女の額についた番号は、634だった。
俺はロレッタの手を引いて地下室から出ると、男に告げる。
「634番の奴隷をくれ」
「いいんですか?目が弱く力仕事もあまりできない奴隷ですが。しかもまだ未成熟です」
「それでもいい。うちのメイドがきにいった」
「そうですか。なら」
男がさっと手のひらで空中をなぞると、そこに薄青の画面のようなものが浮き出てきた。イメージしやすいようにいうならば、ステータス画面が多重になってでているようなものだ。
そこの中から一枚を選び出すと、男はそれを差し出してきた。
「奴隷としての名前を決めてください。ペンをどうぞ」
さて困ったぞ。
俺は果たしてここに文字を描くことができるのだろうか。異世界の文字なんてなにも知らない。
そのときだった。
何かが俺の手をつかむ。見えない何かが。
それは薄く冷たい人の手の感触をしていた。
奴隷の名前と、主人の名前のところにさらさらとした綺麗な文字が書かれる。
読むことはできるが書くことは出来なさそうな文字が。
「奴隷の名前はフランチェスカ、愛称はフランカですね。主人の名前はカナメ・カンザキ様でよろしいですか?」
「ああ」
「なら今から634…いいえ、フランチェスカを連れてきますね」
男は立ち上がると階下におりていった。
いつの間にか俺たちの後ろには机が用意されており、そこの机の上では暖かそうな紅茶が湯気をたてている。
俺はさきほどの奇妙な感覚が忘れられなかった。
誰かが俺の手を使って文字を書いていた。
誰なのかはわからない。
それでも俺が、文字をかけないと思った瞬間に誰かが俺の手を使って文字を書いた。
手を握り、開き、また握る。
それを繰り返しながらなにがあったのかわからない頭を整理しようとした。
「フランカちゃんと、仲良くなれますかねぇ」
「なれるさ」
ロレッタに適当な返事を返しながら、俺はあの体温を思い出していた。




