第九話
「…いいぜ、協力しよう」
魚人のおとこがそう言う。
俺は大きなため息と共に身体中から力を抜いた。
この男に真実を話した理由というのはいくつかある。
まずこの酒場があるのが、裏の街にほど近い場所であること。宿屋からは少しだけ離れているが、それでも裏街に近い場所にある。
つまり、あの無法地帯の近くにこの男は酒場を構えているのだ。
だから、勇者のことなんてなんとも思っていない裏街の人間であるとおもったことが一つ。
また、酒場の中を見回してみるとわかるのだが、何人か屈強そうな男がいる。彼らはカバンの中にいくつか首輪をいれているようだ。
奴隷商人なのだろう。
奴隷商人と仲良くするあたり、この店主もきっと憲兵とは仲良くはなれない人種だ。
そして最後にーーロレッタと知り合いであること。
甘っちょろいと思われても構わない。
俺は知り合いの知り合いは信じていたかったのだ。
どういう経緯でロレッタとこのおとこが出会ったのかはわからない。だが、ロレッタという最初の部下が信じている男のことを、俺が信じなければどうするのだ、とおもってしまうのだ。
自分でも馬鹿みたいに甘い考えだとは、思うのだけれども。
「勇者なら少し前に街をたったぜ」
「なるほど。何をしていった?」
「マーシュのお使いさ。
それでこの街を救った気になってる」
魚人の店主は心底忌々しそうにそう口にした。
「俺はこの街が平和になっちゃ困るんでな。
裏街を見逃してってくれたのは幸いだぜ」
「裏街の奴隷商やカルト教団は何もしなかったのか?」
「ああ、あの馬鹿勇者、この街が本当に平和だと思ってやがるみたいだ」
俺とロレッタ、魚人の店主は顔を合わせて笑った。
本当に勇者は単純なやつのようだ。
この街の奴隷商たちの集まる裏街を摘発しないで、何が「世界に平和を」だ、と呆れたような溜息を吐き出した。
「勇者はどこにいったかわかるか?」
「カムーアに向かってるはずだぜ。あそこで最近起きた事件を解決するために、この街を放っていったんだからな」
「そうか。…情報感謝する」
そういって、俺は懐から金貨を数枚取り出そうとする。
男はそれを片手で遮った。
「礼ならいらねえ。俺は見たことをそのまま話しただけだからな」
「しかし…」
「よし、なら礼として夜飯はうちの店で食ってけよ」
先ほどの話をしているときとは真逆のどこか穏やかな笑顔を、さかなのような顔に浮かべながら店主は奥からメニューを取り出した。
俺とロレッタは顔を見合わせて笑う。
「ね、優しい人でしょぉ」
「そうだな、嬉しい限りだ」
異世界転生最初の夜は、魔法ランタンの明かりが密かに灯る少し乱暴な騒ぎの聞こえる酒場のなかで、ロレッタと一緒に飯を食う夜になっていった。




