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兄弟の道行~エルトリア潜入編~

本編と言うよりかは、サイドストーリーとしての第6話をお届けします(^-^ゞ


エルトリアの闇に切り込んでいく、兄弟の道行。

まさにタイトル通りです(*´ー`*)

 *




「ディル兄、一体どこからこんな酒場の情報を仕入れてくるんだよ………」



 オーディス家次男ミスティのそんな呟きに、ひっそりと笑みを返す長兄ディル。

 彼が弟を伴ってエルトリアの領地へ潜入を果たしたのは今より時間を遡ること、約一日前になる。








 既に後宮から、オーディス家の関係者に関して伝令が回っていることは明白な状況。

 それを踏まえた上、ディル・オーディスは事前に計画を練っていた。

 そんな彼が明朝という時間帯を選んだのには、理由がある。


 エルトリアの西の外れ、ジグルと呼ばれるその地区は世辞にも治安が良い地域とは呼べない。

 しかし、そんな地区だからこそ使える手もある。

 正攻法で挑んでいては、到底通れないエルトリアの門。

 鍵になるのは、蛇の道は蛇。

 表向きには商売を騙れない者たちのコミュニティーに伝手のある長兄であればこそ、打てた手と言える。

 オーディス家当主もそれを見越した上で、エルトリアへの潜入をディルに任せた面も大きい。


 それ相応の対価によって、門番へ秘密裏にワイン樽を差し入れさせた翌朝。

 門番の判断能力をアルコールによって引き下げた結果、オーディス家の兄弟は苦も無くエルトリアの門を突破した。


 エルトリアに潜入後、夕刻までを領内の情報収集に駆け回った兄弟。

 彼らは事前に待ち合わせに指定していた『胡桃亭』の看板の下で落ちあい、その日初めての食卓を兄弟で囲んだ。




「……なんで『胡桃亭』なんだろうね、この食事処。どこにも胡桃らしさが見えないんだけど……」


「……ディル兄って、そういう細かいところを気にするよな」


「違うよ、ミスティ。僕はただ、胡桃がメニューにあるなら食べたいと思ってただけさ」


「………そうかよ」




 どちらが兄で、どちらが弟なのか分からなくなるような会話を挟みつつ。

『胡桃亭』にてエビの香草炒めと魚介スープ、三種のパンを注文。

 手早く食事を済ませた弟。

 未だ胡桃に未練を残す兄を、ドアまで引き摺って会計を済ませた。

 因みにこの際も、兄は店員に胡桃の有無を確かめていた。

 しかし、この胡桃亭に胡桃を使ったメニューは存在しないのだった。


『胡桃亭』を出た後は、一転して兄が弟を連れて裏通りへとずんずん進んでいく。

 再三言うとおり、ここジグル地区は到底治安の良さとは無縁である。

 そんな地区の裏通りを進んでいけば、当然の事。

 柄の悪い若者たちの目に付く。

 当初は遠巻きにしていた彼らの中から、数人が兄弟二人の元へ歩み寄って来た。

 とうとう声を掛けられた兄。それに対し首を傾げる兄。


 何考えてるのさ、このひと。

 弟の半ば死んだような目とは対照的に、当の長兄はケロリとしたものだ。




「おい、お前ら見かけない顔だな……」


「それもそうだね。この辺は初めてだから」


「おいおい………だからか、そんな軽装でここに踏み入るなんて馬鹿もいるもんだ。兄弟だろ、お前ら。なあ、兄さんよ。礼儀に少し落として行って貰おうか?」


「残念ながらそんな暇も道義も無いよ」


「……ふ、いいねえ。面白い。だがな、後悔してからじゃ遅いんだぜ兄さん……?」


「その台詞、そのまま返してみようか……?」




 そう言うや、ディルが徐に男に何やら耳打ちをするのを、少し離れた位置にいた弟は疲れた様子で見ている。

 兄が耳打ちをした瞬間から、男の顔色が血色を失っていくその様子。

 そして何事か言い終えた兄が、自分の元へ戻って来た。



「さあ、行こうか」



 兄が弟にそう告げ、何事も無かったかのように二人は歩き出す。


 そんな兄弟の背中を、まるで化け物を前にしたような表情で見送る男。

 それを思わず振り返った先で見てしまった弟は、改めて思った。



 この兄に、極力逆らわない。

 それが人生を平穏に進めていく為の道理だと。



「今回は誰の名前を出した訳?」


「ふふ、とっておき。今回は寄り道している間は無いからね」



 その後も、二人は治安の良さから程遠い裏通りを何事も無く進んだ。

 どれくらい歩いたものか、突然足を止めた兄に半ばぶつかるようにして弟は兄を見上げる。

 その兄の視線の先には『黒猫』の文字。

 こういっては何だが、看板としてこれ以上目立たないものは存在しないのではないかと言いたくなるレベルだ。

 思わず、胡乱気な眼差しになる弟。



「………ここ、何?」


「……酒場だよ。さて、入るよ……? ミスティ?」


「………何不思議そうにしてんだ馬鹿兄。酒場に未成年が入れるかよ」


「……うーん、でもねぇ。じゃあ、ここで一人で待つかい? 兄の僕としては弟をこの路地に一人で残すのは不安が残るんだけど。まあ、どうしてもと言うんなら………」


「………鬼畜兄」


「……うん? 何か言ったかい、ミスティ?」


「何も言ってねぇよ………」



 この兄を生前は優しいと称したすぐ上の姉に、心の中だけで溜息を零すミスティ。

 この性悪のどこら辺が優しいと言えるのかを説明して欲しい。


 あまり周囲には知られていない事ではあるが、ミスティ・オーディスはその兄弟の中で最も常識の範囲内にいると言っても過言ではない。

 語調の悪さで、なかなか周知はされないが。

 実際のところ、かの宰相と最も精神的に近い部分を持つのがこのミスティである。

 彼は隠れたオーディス家の苦労役なのである。



 ようやく踏み出した弟へ、したり顔を向けてくる長兄。

 一度でいい。

 出来ることなら、この兄が焦りの表情を浮かべるところを見てみたい。

 そんな思いを巡らせつつ、看板下に伸びる薄暗い階段を下っていく。


 階下で彼を待っていたのは、緋色の扉である。


 どうにでもなれ的心境のまま、ミスティは扉を開けて中へ入った。

 束の間目が眩み、瞬きを数度。

 思いがけない光景を前にして茫然と立ちつくすことになる。



「ふぅん……噂には聞いていたけど、これほどの規模とはね……」



 背後からドアを続けて潜った兄の言葉も、どこか現実味が無く感じるほどの衝撃を受けたまま。


 ミスティは、真昼の様な明るい空を見上げていた。



 そう、深夜と言っていい時間帯。

 暗い路地を通って階段を下りて来た先で、待っていた光景が真昼の路地である。


 正直、訳が分からない。



「………なんだよ、これ」


「世の中には摩訶不思議と称されるものが、幾つも存在するのだよ。弟」



 兄の微笑みに、苛立ちさえ感じる余裕の無い弟を見て取ってか。

 ようやく真顔に戻った長兄は、苦笑しつつ解説した。



「冗談だよ、ミスティ。見て御覧、君が空だと思っているのは本物の空じゃない。蜃気楼の一種なんだよ。仕掛けの構造について一から説明するのは骨が折れるから、今回は簡潔に纏めよう。……つまりね、これは単なる演出だ。今は夜だよ。安心しなさい、ミスティ」



 それだけ言い終えるや、すたすたと路地を歩き始める兄の背を未だ茫然と見送る弟。


 彼がようやくその足を路地に進めるに至ったのは、それから暫く経った後である。



 寄りにも依って、弟を初見の場所へ置き去りにして進んで行った兄。

 ようやくミスティが兄の姿を見つけた時には、それなりの時間が進んでいた。



 真昼の路地の先には、幾つもの店のドアらしきものが点在している。

 茹だるような暑さの下、偽りの空を見上げながら歩いている間。

 行けども行けども、果ての感じられぬ道を目の前にして。

 一体あの階段下から、どれほどの広さを持つ空間が広がっているのか。

 改めてその規模に戦慄していたミスティ。



「普通兄が弟を酒場の入口に置き去りにするのかよ………」



 とうとう見つけた兄の背中に向けて、思わずそう零した。

 そんな弟に苦笑して振り返るディル。



「君をあのまま待っていたら、夜が終わってしまうからね。…さてと、じゃあそろそろ出ようか。君は飲めないしね、ミスティ」


「……っ!? 当然の事を改めて言うなよ!!」





「おや、まあまあ。可愛らしい弟さんじゃないか」





 幾分唐突に彼らのやり取りに加わって来た声に、思わず口を閉じてその声の主を探すミスティ。


 そんな彼の様子を見てか、どこか楽しそうな口調でそれは場所を明かした。



「君。視線をもう少し下ろしなさい。………そうそう、ここだよ。君」



 ミスティは言われるままに視線を下ろして来て、カウンターぎりぎりに辛うじて見えるか見えないかという不可解なそれを視界に収める。


 疑問を覚え、よくよく見ればそれは人の頭頂部だった。



「……っ?! 小っさ……」


「こらこら、ミスティ。事実とはいえ失礼だろう?」


「………お前の方が余程に失礼だよ、ディル・オーディス?」



 その声の主は、カウンターの上に身を乗り出してようやくその顔を覗かせる。

 呆れ顔でそう呟きながらも、微笑む少女。

 そう、カウンターの向こうから彼らに声を掛けたのは翡翠色の目を持つ少女にしか見えない年頃の人物だった。


 しかし、ミスティが驚愕した点はそこではない。

 その少女にしか見えない人の手に、然も当然とばかりに納まっている大きな酒瓶。

 それらを交互に見て、彼が指摘せずにいられなかったのは当然の件と言えよう。



「……って!! 駄目だろ、飲酒!!! 未成年だろ?!!」



 しかしそんな彼の指摘へ、束の間目を瞬かせた少女。

 次の瞬間には呵呵と笑った。



「愉快、愉快……ふふ、良いねえ。そこにいる長兄よりか余程に見所があるよ君……!! ああ、久しぶりに掘り出し物を見つけた気分だ」



 ようやく笑いを収めつつ、何が何だか分からないまでも掘り出し物認定を受けたミスティ。

 そんな弟を微笑んで見守る兄。


 彼らがミスティの混乱を収めるまでには実際のところ、もう少し掛かった。

 ようやく説明に入ったのは、兄では無くて少女と見紛うその人の方である。




「改めて、お初にお目に掛かる。オーディス家の次男 ミスティ・オーディス君? ああ、新鮮だなぁ。その表情。若いって良いよねぇ………。ごほん、失礼。話が脱線したね。まずは自己紹介から始めよう。私の名は『黒猫』。勿論通称だよ? 仕事上実名を明かす事が出来ない点は先にお詫びさせておくれ。私は情報屋だ。ついでに言えば、君の兄であるディル・オーディスよりもずっとずっと年上だ。勿論ご当主よりかは若いがね。……ふふ、信じていないのかな。けれどもこれは事実だからねぇ……。元より証明する気はないから、後は君の思う通りに解釈しておくれ」



 もはや何も言葉にならないミスティ。

 そんな彼を酒瓶片手に、にまにまと見上げる店主。


 そう、少女と見紛うこの人こそが『黒猫』の店主なのである。



「……ミスティ、そろそろ開いたままの口を閉じなさい。口腔が乾いてしまうよ。ともあれ、今後は彼女に世話になる事もあるだろう。『黒猫』の情報はまず外れが無い。だからね、いざという時はここを訪れる人間は少なくないんだよ。今はそれだけ覚えておきなさい」



 そう言い置くなり、返事も待たずにカウンターを立つ兄。

 未だ整理はつかないが、つられて立ちあがったミスティはそのまま兄の背を追った。


 そんな彼らの背に、カウンターの向こうから掛けられる声。



「また会おう、子供たち。オーディス家に訪れ得る限りの幸福を願って」



 摩訶不思議な店主に見送られ、酒場を出た兄弟二人。


 真昼の路地を戻り、緋色の扉を抜けて階段を上った先はやはり夜だった。



 そして冒頭の弟の呟きである。



 微笑んだまま答えない兄に、今更不満は覚えない。

 それでも弟は時折、そうして零さずにはいられないのである。

 それくらいに兄は、弟の理解を超えた部分を幾つも持っている。

 その人脈然り。

 その飄々とした態度然り。

 それは幼少から変わらぬ兄の印象である。

 たとえば、ヒントは与えても答えは与えない。

 曖昧で、暈されていて、底知れない。

 そんなオーディス家の長兄は当主である父に次いで、相当な食わせ者だということを弟は知っている。



「それで? 収穫はあったのかよ………?」


「無駄な問い掛けは省くに限るよ、ミスティ? 今夜が正念場だ。夕刻までは宿を探して休もう」


「………目星がついたのか?」


「繰り返すのは好きじゃない。さあさあ、行くよ。弟」



 それ以上有無を言わせず、歩き出した兄の背を見送る弟は呆れを隠さない。

 しかし、そんな弟もまたオーディス家の兄弟の一人であることは間違いない。

 正念場。

 兄がそう告げた時の双眸の色を見ていた彼は、『黒猫』で兄が掴んだ情報がまず間違いなくエルトリアのその息の根を止める為、必要なそれであると感じ取った。



 エルトリア侯爵家。

 姉を死に追いやった令嬢の生家。

 その存続を許さない。

 それがオーディス家全員の意思であり、必ず果たすべき誓いである。



 その誓いを胸に、兄の背を追って歩き始めた弟。

 彼らは朝日を浴びる路地裏を、決然とした歩みのまま進んでいく。

 もはや彼らの行く道に、一欠けらの迷いも見出せるものはいないだろう。




 *


 結論から言おう。

 兄弟たちの潜入は、半分は成功を収めた。



 夜半、薄暗い森の中に身を潜めていたディルとミスティ。

 その視線の先にある廃屋を装う建物が、彼らの目的地である。

 日中は人気のないそこに、夜半を過ぎた頃にはエルトリア家直属の警備兵が立つその光景はまさに彼ら兄弟が期待していたものだった。

 領地管理に伴って、主要な施設を警備するのは当然の道理。

 しかしそれが夜だけとなれば、それは公に出来ない施設と考えて間違いない。


 当たりを確信した兄弟二人。


 警備兵の交代時間、警備ルートなどを把握する目的に切り替えて、観察していた二人の視界。

 慌ただしい様子を見せる警備兵たちの様子が映り込んできたのは、観察を始めて数時間が経過した頃だった。

 警備兵の一人が馬を駆り、領主へ直接報告に向かう様子までもつぶさに見ていた二人。


 この機会を逃せば、次は訪れないかもしれない。

 兄弟は、この時点で潜入を決行した。


 一人になった警備兵の一瞬の隙を付き、潜入を果たした二人。

 施設内部は一見して特別変わった様子も無い、閑散とした廃墟そのものだった。

 しかし、ディルは不自然な間取りを見逃さない。

 廃墟の南側にある空き部屋の、床板を一枚ずつ調べて見つけた地下への通路。

 昨夜とは異なる道行きであれ、再び階下へと降りて行った。

 その先にあったものは、想像をはるかに超えた規模で広がっている。





 それは、見渡す限り視界一杯に揺れる花びら。

 淡紫に紅の混じる、朝焼けの色。

 何処からか吹き込んでくる風にふわり、ふわりと揺れていた。





 ディルが徐に歩み寄り、摘み取った一本を手に呟く。


「………間違いない。違法栽培だ。ご覧、ミスティ」


 いつになく冷ややかな声に、つられる様にして隣に来たミスティは兄の手の中にある一輪の芥子を見詰める。


「……これ、阿片の原料だよな」


「ああ。間違いないよ……まさかエルトリアが芥子の栽培に手を染めているとはね。時間が無い、ここを出てすぐに王都へ繋ぎを入れないと………」






 しかしそんな彼らの耳が拾うのは、隠し通路を通ってこちらへ響く複数の足音。

 行き帰りはその通路のみ。

 それを知っている二人は、自分たちがまさに袋小路に追い詰められた事実を前に、今回の判断が誤りであった事を知る。



 逃げ場はない。

 ましてや、警備兵複数を相手にして生き延びる術も無かった。


 心の中で、家族全員へ己の浅慮を詫びたディル。

 万一でも血路を開く事が出来たならば、せめても弟をこの場から逃がそう。

 その決断を胸に、懐の隠し刃に手を伸ばす。







 しかし、その未来は回避される。

 後方から二人の口を塞ぎ、彼らの抵抗も苦にせず引き摺って行くその人物。

 途中からその正体に気付き、驚きに目を瞠った二人に苦笑したその人は。

 フェリバート・エイデル候。

 オーディス伯の義理の弟であり、彼らの叔父であった。








「さて、君たち? 今回の潜入に関しての経緯と反省点は後日纏めて文章にて送付しなさい」


「………はぁ」


「はい、叔父上」



 何事も無かったかのように、帰路についている叔父と二人の甥。

 珍しく溜息を零す長兄を横目に、いつになく神妙な面持ちのミスティ。

 それもその筈、彼にとって叔父であるエイデル候は剣の師にあたる。

 その点で言えば、ディルも嘗ては叔父に師事していたのは同じだ。

 しかし、それは結果として道半ばで破綻している。

 師弟としては致命的なほど、彼ら二人は反りが合わなかったのだ。



 弟から言わせれば、彼らはある意味似た者同士なのだ。

 同族嫌悪というものが実際にあるとすれば、それが叔父と長兄であろう。



 叔父は、ある分野において伝説と呼ばれていた過去を持つ。


 それは所謂、隠密と呼ばれるそれであり。

 つまり潜入のプロである。

 そんな叔父があの場に居合わせたのが、勿論偶然である筈も無い。



「エレナに頭を下げてまで頼まれては、叔父として断れない。兄弟想いのエレナがいなければ、今頃は二人ともその命は無かっただろう。彼女に感謝しなさい」



 目晦ましの為に、領地までの帰路を半ばまで戻ったエレナたち。

 その半ばにあるコーデルの町、当主からの連絡を受けて待機していた叔父と合流したのが半日前のことだった。

 エレナは王都を出立したその時点から、自分たち以上に危険な役目を引き受けた兄弟のことをずっと気に掛けていたのだという。


 どうか、自分たちの事は構わないから。

 出来るなら長兄と弟の助けになって欲しいと頭を下げたオーディス家の長女。


 そんな彼女の頼みを、無碍にはできないと。

 信頼を置いている護衛を二名残し、エルトリア領へ潜入した叔父。


 そうしてエレナの危惧したとおり、絶体絶命に追い込まれていた兄弟を探し当てて溜息を隠さなかった叔父。


 やれやれと二人を引き摺り、回収。

 温室横の貯蔵庫に隠されていた非常時用の隠し扉へ二人を投げ込んだ。



 侵入の痕跡を発見し、駆けつけた警備兵たちもとうとう目的の人物を見つけることは適わない。

 ほとぼりが冷めた頃に二人を連れ、施設を抜け出た叔父。

 告げたのが先の言葉である。




「浅慮にも程がある。特にディル、君は兄として弟を危険から遠ざける義務を果たさなかった。その意味をもう一度考えた上で今後の事を考えなさい。………いいね?」


「………はい、叔父上。それは身に沁みて感じた事です。今後二度とこんな愚を犯さぬよう心に留め置きます」




 ディルが悄然と項垂れたその様子に、兄もまた完璧では無い事を知るミスティ。

 彼は、兄のその姿を前にして思わず師の前に進み出ていた。



「叔父上、今回の事は兄だけの責任では無いです。自分もまた、当主である父の言葉を受けた以上は同じだけの責任を負っていたのに、それを今に至るまで本当の意味では自覚していなかった。自分にも非があります。だから、兄だけを責めるのは誤りです」



 そんなミスティの発言を受け、目を丸くした叔父と兄の二人。


 弟子の成長を感じ取ると共に、その誠実さはオーディス家にあって一際輝く甥の成長に破顔する叔父。


 普段は冷めた目で自分を見ている弟が、いつしか自分と並ぶ所まで成長していた事実を目の当たりにして目を細める兄。


 そして弟は、左右を叔父と兄に囲まれながら歩き始める。

 行く先は王都。

 図らずも窮地を脱し、兄と叔父が採取した証拠を手元に見据える先。

 そこには深い闇がある。





 後宮の闇を晴らすことが、きっと姉の救いにもなる。



 次は、自分たちが姉を救う番だ。





 幼い頃から年齢が近い事もあり、口喧嘩の相手は常に姉だった。

 口で言い負かされては、辟易した事も数知れない。

 こんな姉を持って自分は不幸だと言ったことも、何度もある。


 今はそんな自分を地に沈めたい。


 失って、気付いた。

 あの姉がどれほどに自分にとって大切な存在であったかを。

 あの柔らかい笑顔を二度と目にすることは無い。

 声を交わす事も出来ない。

 愚かな言葉を投げつけた事。

 それを未だ謝れずにいた自分に気付いた時。

 覚えた後悔に、打ちのめされた。

 同時にそれを招いた存在を、許す日は来ないと知った。



 後宮の片隅で、姉の遺体を目にしたあの日。



 この先報われない後悔と、姉を殺した存在への憎悪。


 その二つに、心が虚に染まりかけた直前。




 それが何の因果によるものかは、分からない。

 けれども奇跡としか言えない出来事が起こり、件の姉が未だその霊魂を残したまま自分たちの傍にいる事を知った。






 あの時、既に自分は救われていた。

 背負う筈だったそれを、姉はやはり姉らしいその心で止めてくれた。




 メリア・オーディス。

 あの姉を持てた自分は、きっと誰よりも幸福だったのだと。

 今は胸を張ってそう誇れる。





 その姉の為、家族全員で駆け回る事が出来る今。


 失われた姉の命は、戻らない。

 二度と、同じ日々を取り戻すことも叶わぬことを知りながら。

 それでも、今を。

 姉がいてくれる、今を。


 何よりも大切にしたい。


 それは彼だけではない、オーディス家全員が噛み締めている想いに他ならない。



 だからこそ、踏み出せる。

 姉がいなければ、恨みや憎しみに押し潰されて今頃オーディス家は、バラバラに壊れていたかも知れなかった。


 姉がいたから、自分達は踏み止まることが出来たのだ。



 死んで尚も、家族を守った姉の思いに応えたい。


 たとえ、この先に何があろうとも。


 オーディス家はもはや、その足を止めることはない。



本来は、もう少し盛り込む予定でした…


が、あまりの長さに断念(/´△`\)



月の宮騒動の後、後宮の今。

及び、王都リーベンブルグ家における決戦前夜までの様子については第7話にてお届け予定でおります。


今暫くお待ちいただければ幸いです…


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