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宰相 ギルバート・フレイメアの手記より

第四話にて、予告していました宰相様視点です(^-^ゞ


オーディス伯との今までの関係性及び、書簡から安置所の件までを別視点にて纏めました。


苦労性の宰相様。

その原点に少しでも触れていただければ、本編を読んで頂く際の助けになるかと思います。

再びの閑話にて失礼いたします。

 *





 宰相 ギルバート・フレイメア。

 彼はこの国の次席の座を、僅か三十代の前半にして得た鬼才である。

 そんな彼に実は秘められたもう一つの才能があった事を、その時点では誰も知らない。

 当人も知らない事を、どうして知る事が出来るのかと寧ろ言いたい位である。

 まさにその、神のみぞ知る才能を開花に至った経緯を以下に記していきたい。



 事の始まりは、一通の書簡だった。


 その日、久方ぶりに夕刻までに仕事を終えて帰宅した彼の元へ執事のアルフレイドが珍しく顔を輝かせて出迎えに来た。

 その手に握られている書簡に、嫌な胸騒ぎを覚えた彼の勘は強ち間違ってはいない。






「お帰りなさいませ、ギル坊ちゃま」



「………アル、いい加減にその坊ちゃま呼びは止めろと何度言ったら………」



「そんなことよりも、こちらを。さあさあ。坊ちゃま、オーディス伯からの手紙ですよ」



「ああ、珍しく早く帰宅するものじゃないな……碌な事が起こらない。主人の言う事をまるで聞かない執事を果たして執事と呼んでいいものか………」



「それは坊ちゃま、貴方が再三の勧めにも関わらずに家庭をお持ちにならないからで御座います。それ以前の主人には坊ちゃま呼びが妥当なのですよ……?」



「っ、……一体どこの基準だそれは!!! 資料を確認するから今すぐ持って来い!!!」



「駄目ですよ、坊ちゃま。そうして声を荒げている様ではまだまだです。それよりも今はお手紙ですよ」





 疲れ切った様子でコートを掛けた宰相ことギルバート・フレイメア。

 王宮では先陣を切って配下に指示を出し、数千人規模の人員を取り仕切る彼も自宅へ帰ればただの坊ちゃま。


 泣ける現実だ。




「はぁ………もういい。書簡を寄越せ」


「はい、坊ちゃま。こちらに」




 人生は諦めが肝心だという事に彼が気付いたのは十五の春である。

 その時も相手は同一人物だったのだから、彼らの関係性が昔からまるで変わっていない事の証明でもあった。




「……オーディス伯は、王都まで来ているのか。珍しいな……それも家族全員を伴っているらしい。何か事情は聞いているか、アル?」



「……聞いておりませんね。通常は坊ちゃまではなくて私の方へ来訪の知らせを送って下さる事が多かったのですが………今回は何か別件でいらっしゃったという事でしょう」




 ころりと真面目な表情に入れ替わるのだから、この執事も大抵曲者である。

 しかし、アルフレイドの言う事は事実だ。

 あのオーディス伯がわざわざ自分に宛てて、書簡を送って来たという事実は文面通りに受け止めるだけでは駄目なのだ。

 つまり、これは当人に直接会いに行く必要がある。


 しかし、このオーディス伯。

 彼を昔から一際苦手にしているだけに、書簡を送られた当人の顔は浮かない。

 一個人として付き合う分には非常に良心的で、貴族としては珍しい人物であるのは良いとしても。

 彼本人が辺境伯を賜った経緯を考えると、彼の政治的手腕の恐ろしさと併せ持つ諸刃の性分は、宰相を務める公人として警戒するに越したことはない。

 事実、それだけの人物である。



 フレイメア家は、その代々に渡って宰相位を賜ることが多かった古き名家の一つである。

 この国には公爵家が現存八つ存在するが、その内の一家がフレイメアだ。

 公爵枠は常に八つに定められており、その家の功績によって爵位は変動する。

 つまりそれは、目に見える成果を出し続けない限りは公爵に能わずという事を示している。


 八つの内の三家と呼ばれるクレイル家、ボルトー家、フレイメア家は嘗てよりその公爵位を返上せずに済んでいる限られた家々である。



 その内の一家、フレイメアの長子として生まれた彼は幼少から父の背を見て育った。

 一言で言えば、父は努力の人である。

 厳しくはあれど、無理な事を押しつけるような人ではなかった。

 一貫したその姿勢。日々弛まずに努力を惜しまぬ人柄に。

 実の息子ながら、この人の息子として恥ずかしくない様に在りたいと自然にそう思うようになった。


 そんな父の親友であった人物。

 それが、エルダー・オーディスその人である。


 父が努力の人である一方で、オーディス伯は予てより天才肌と呼ばれる人物であったことは彼が成して来た功績を見てもらえれば分かる。

 二十代後半にして、宰相補佐にまで上り詰めたオーディス伯は男爵位から一時は侯爵位にまで上り詰めた伝説的人物である。

 本来、僅か一代にして。ましてや二十代の後半でここまで登って来るのは人間業では無いと当時もかなりの衆目を集めたものだ。


 そんな彼が辺境へ飛ばされ、爵位を伯爵へ降下された理由。

 それは公爵家からの縁談を断った経緯にある。

 当時、その人間を逸脱しているのではないかというレベルでの功績を積み上げ続けていた彼に対して周囲の思惑は様々なものがあった。

 特に王宮においては、上位にいる貴族家は戦々恐々とする者たちと、そんな彼をどうにかして家に取り込みたいと考える者たちとで二分化していた。

 そんな中、この後者にあたる公爵家よりの縁談が彼の元に舞い込んだのだ。

 これはあっという間に周囲の知るところとなった。


 果たして彼がどうしたか?

 それはもうあっさりと断ったのである。

 これは当時も今も同じ事だが、まずやってはいけない事の典型的な例だ。

 侯爵家が公爵家に、伯爵家は侯爵家に逆らう事がまず無い様に。

 上位貴族からの何らかの申込み、誘いに対して曖昧な形で濁すことはあれ、ばっさりと断ればそれ即ち相手の顔に泥を塗ったも同然と見做される。


 その断りの文句と言うのが、またあのオーディス伯らしい。


「私には愛する人がいる。その人からの返事を待つ段階で他に心を遣っているゆとりはない」と。


 人としては真っ当な宣言である。

 しかし、貴族としてはこれは不適格と見做されても仕方が無かった。

 当時これを聞いていた父は、ぽつりと。



「………あいつらしいな。馬鹿だけど」



 一言だけ呟いて、薄らと笑っていたが。

 十代に入っていた自分には、正直なところ笑えない話だった。



 こうした経緯で、その公爵家から圧力が掛かり辺境へ飛ばされることとなったオーディス伯。

 ついでとばかりに、その愛していた相手と共に家の反対を押し切って辺境へ向かった彼の背を大勢の人々がここぞとばかりに応援に駆け付けたあの日の事を自分は忘れない。

 大衆は、愛の逃避行というテーマで一カ月は語り続けられる。

 貴族が声を潜める様な醜聞も、一般からすればその限りでは無い事を学んだ十一の初夏だった。



 そうして飛ばされたオーディス伯も、暫くは紆余曲折があったらしくフレイメア家を訪れることは無かったものだが、それも二年ほどして落ち着いたらしい。

 長子の誕生の報告に、赤子のディル・オーディスを連れて王都を訪れたのは十四の夏だった。

 久方ぶりに顔を合わせたオーディス伯は王都にいた頃に比べて溌剌とした印象を受けた。

 恐らく人生が豊かになった人の、典型的な顔をしていたように思われる。

 父と共に和やかに談笑するオーディス伯の横には彼が侯爵家から妻に迎えたミルドレッド伯爵夫人が同席しており、その傍らのふかふかの寝台に赤子の次期伯が眠っていた。

 好奇心に負けて近づいた自分は、その後とてつもない後悔をする事になる。

 パチリ、と目が合うなり火が付いたように泣きだした赤子。

 そのあまりの泣き声に、鼓膜を破りかけた十四の夏を彼は今も忘れていない。

 地味に傷ついた少年の心は、復活を遂げるまでにそれなりの歳月を要した。


 この後、数年おきにフレイメア家を訪れるようになったオーディス伯。

 数年毎に順当に数を増やしていくオーディス伯へ、いつだったか父がポツリと零していた。




「お前………一体どこまで増やす気だ」


「……そうだな、一応十……」


「もういい、聞かなかった事にする」




 現時点では四男三女におさまっているオーディス家。

 しかし、今年はもう一人増えるかもしれないと以前にアルフレイドが連絡を受けていた様子だ。

 この分だとまだまだ増えていくのかもしれない。


 そんな事を思いつつ。

 まさかこの書簡も新しく生まれる子供について、つい筆を取った次第という可能性はないだろうかと脳内で検討。


 ………無くはないが、やはり可能性としては低いな。

 結局、当人に直接会いに行く事にした。




 書簡は王宮の書簡所から送られていたが、指定されていた場所は後宮内の外れ。

 そこは安置所として利用される事もある、東の端の塔。

 どうしてこんな場所にと疑問を抱いたまま、後宮の裏門から衛兵に身分を告げて後宮内へ入った。


 裏門から東の端までは、二つの回廊と中庭を通る方が早い。

 しかしそこを通れば、まず間違いなく後宮内の令嬢数人と顔を合わせる事にもなる。

 そこを避けたい彼。

 殆ど悩む間もなく、遠回りでも回廊の死角を選び人気のない裏庭を進む。

 彼は貴族の令嬢全般に対し、ほぼ例外なく苦手意識を持っている。

 悲鳴にしか聞こえない嬌声も。

 着飾る一方、成長が止まったままの内面の在り方も。

 貶める事で、他を排する気質も。


 何処をどう考えたら、それが魅力にあたるのか。

 父の傍らで幼少から多くの人々と触れ合う機会の多かった彼にとって、周囲の貴族令嬢たちはあまりに幼稚で稚拙が目立ち、到底恋愛の対象として見るまでに至らなかった。

 まだ伯爵以下の令嬢たちの中には、侯爵家や公爵家に見られるような高慢さが無くそれなりに道義的な令嬢たちもいることはいる。

 ただ、それを許さない高位令嬢たちの手で、彼女たちが粛清の憂き目にあう場面を度々見る事になった彼は二十代における恋愛を全て諦める事を選択した。

 彼にとっての恋愛とは、そうした苦い思いを同時に思い起こさせるものであるのだ。


 三十代に入り、ようやく周囲も落ち着き始めた彼にとっては今が最も穏やかと言える。

 公爵家を名乗れる以上は、少なくとも王家以外に膝をつく機会は限られる。

 無理な婚姻を結ばされる心配も無い。

 彼がここまで上り詰めた理由に、少なからずそれもまた関わっていると知れば我が家のアルフレイド氏は嘆きと共に坊ちゃま呼びを終生誓うだろう。

 従って内心は誰にも漏らさないと、宰相の位を拝命したその日から胸に秘め続けているギルバート・フレイメアなのである。


 ようやく回廊の隣を抜け、いくつもの裏庭を通り抜け、最後の角を曲がろうとした時だ。



 後宮には似つかわしくない、幼い子供の泣き声。

 それを拾い上げた耳を頼りに、不審に思いながら歩を進めていった先。

 それは幾つも存在する裏庭の一つ。

 蔓薔薇の群生が咲き誇る、白い庭の隅にどこか見覚えのある背中を見つけた。

 記憶を手繰り、その名を呟く。



「……カタリナ、か?」



 どうやらその名で合っていたらしい。

 振り返った幼い少女は、オーディス家の末娘。

 見る限り、その状況は迷子としか思えない。

 涙にぬれた頬を両手で擦りながら、駆け寄って来た少女は自分の膝に縋りつく。




「ふぇ、みち……かえれないのぉ」


「そうか………迷ったんだな。カタリナ、何処から来たんだ?」


「エレナねえさま………でちゃいけないっていったのに、でたの。とう」



 塔。

 つまり、少なくとも先程までは塔に家族と共にいたという事だろう。



「そうか、怖かったな。……一緒に塔まで行こう」


「うん、ありがとう……おにーちゃん」



 にっこり笑うカタリナに、どうしてか不安な気持ちを覚えてならない。

 自分が通り掛かったから良いものの、後宮の内部には不穏な人間も少なくはない。

 彼女のような無邪気さは、後宮では死活問題になり得る。

 今後目を離さない様に、言い含めて返さなければと決意を新たにカタリナの手を取って歩き始めた。



 そこからは、東の塔までそれほど遠くない。

 後宮に似つかわしくない静けさの中、鬱蒼とした木々に囲まれて立つ小さな塔。

 入口の木戸を開け、中へ入ると螺旋階段の上から人の話し声が聞こえてくる。

 一階には控えの間、螺旋階段の上には安置所と控室が一部屋ある。

 おそらく二階の控室からだろうと当りを付け、開いたドアを覗きこむとやはりそこにいたのはオーディス家の子供たちだった。


 ざっと見た限り、当主の姿は無い。

 そこにいるのは長女のエレナ嬢、次女のメリア嬢と次男のミスティ、双子たちのロイズ、クリスたちのようだった。


 そして彼が覗きこんだ丁度その時は、次女のメリアが次男の頬を摘まんで引っ張っている最中。

 長女の手伝いをするようにと、彼女は弟の教育的指導に当たっている様子。

 思いがけず遭遇した貴族の姉弟らしくない、その微笑ましい光景に呟きを零していた。




「……随分仲の良い姉弟だな 」




 その声に弾かれた様に、こちらを振り返るオーディス家の面々。

 長女のエレナ嬢は、自分が手を引いている末のカタリナを見つけて声を上げる。




「まあ! 何処に行ったかと思えばカタリナ、もしかして迷っていたの?」




 その通りを言い当てられ、僅かに身を縮こまらせるカタリナ。

 しがみ付く両手を優しく取って、視線だけで大丈夫だと告げると安心した様子で姉の元へ駆け寄っていく。

 取り敢えずこれで迷子は親元に帰せたと、安堵した一方。




「あんた、何を指して仲のいい姉弟と称してる?」




 幾分唐突に、次男のミスティが自分へ向けてそう問う。

 その傍らにいた次女のメリア嬢が慌てて間に入ろうとして、逡巡した表情が見えた。


 久方ぶりに見るメリア嬢は以前に増して、思うところが素直に表情に出るようになった様だ。

 それを貴族としては好ましくないと評価する意見が多い一方、彼個人としては躊躇うその様子に偽りや諂いがないことが見て取れて、寧ろ微笑ましくさえ感じる。


 その感情が起因してか、普段に比べて柔らかい表現を選んで忠告に留めた自分も大概だ。



「……オーディス伯の次男か? その口ぶりは若い頃の長兄とよく似ている。だが、王都では語調に気を配った方が良い。今後の君の為にも、今の内に気に掛けておけ」



 そう、あの食えない長兄。

 彼は若かりし頃のオーディス伯を彷彿とさせる為、彼が個人的に苦手としている人物のナンバーツーとして挙げられる。

 因みに不動のナンバーワンは例のあの人である。




「……あんたなぁ、」


 若さゆえか、零れ落ちる本音を辛うじて長女のエレナ嬢が遮る。



「駄目よ、ミスティ。失礼があっては。あなたは知らないでしょうけれど、この方は……」



 取り敢えず長女のエレナ嬢は自分の事を覚えていてくれたらしい。

 その安堵と共に、ふと視界の端へ離れていく次女のメリア嬢の様子が気になって声を掛けていた。





「どうして君は、そんなに端の方にいる?」





 視線を向け、問い掛けた瞬間に驚愕といっていい表情を浮かべたメリア嬢。

 その表情に寧ろ驚いて、余計に視線は彼女に固定される。


 何だ。どうしてあの子はあんな表情を浮かべるのだろう。

 これには素直に疑問を覚える。

 声を掛けた直後ほどでは無くとも、混乱の表情を隠さない少女へ思わず重ねて問いかけていた。



「……君は、オーディス伯の次女だろう? 後宮に入って今年で二年目だったか?」



 記憶を手繰り寄せ、確か二年前だったなと頷きながら問い掛けるも。

 今回もまだ、少女は混乱の表情を隠さない。

 何だ。一体何が彼女をこれほどまでに混乱させているのか。

 寧ろ先程よりか青ざめた顔色に思わず思ったままの言葉が口を衝いて出る。




「……あの、宰相様?」


「どうした、そんな幽霊にあった様な顔をして。君は不思議な子だな……」




 自分が宰相であることを知りながら、どうしてその表情になる?

 だんだんこちらまでその混乱に中てられたような気持になってくる悪循環だ。

 そしてとうとう、混乱は最高潮を迎える。





「あの、私が見えるんですね?」





 メリア嬢の思いがけない発言に、目が点になるというのはこういう事かと認識するに至る。

 なんだこれは、どう返すべきだ。

 一体何を求められているんだ。

 この問い掛けにどう答えたら、正解になる……?

 脳内をぐるぐる回る難題も、ものの数秒で諦めに変わる。

 ここは普通に返せばいいだろう。

 本質的に自分は長考には向かないタイプだった。



「………君は何を言ってる。ところで、今日は君の父上に呼び出されてここまで赴いた次第だが、肝心の当人の姿が見えない。どこに出かけているのか見当は付かないか?」



 とにかく本題に入ろうと、視線を向けたままで当主の居場所について尋ねてみる。

 しかし、ここで大きな誤算が生じた。




「おにーちゃんは、メリアねえさまが見えるの?」



 末のカタリナが、その話題を再び上げてきたのだ。

 これには反応に困る。

 仕方が無い。状況を確認する他無いと割り切って年下の少女へ状況を訪ねる自分。

 ああ、やはり中途半端では許されないのかと肩を落とした。




「見えるの、と聞かれれば……あぁ、見える。……え、これはどういう状況だ?」




 素直に聞くほか無くなった自分へ、どこか可哀相なものを見る様な眼差しになるメリア嬢。



 これには地味に、傷ついた。

 それを察しているのかいないのか、少女はとうとう口火を切る。




「宰相様、ここ数日で後宮から上げられた報告の方に何か気になる記載はありませんでしたか?」




 その問い掛けに、内心はこれ以上無いほどに困惑していた。

 この問い掛けによって、先程のやり取りの意味が分かるのかと疑心暗鬼にも似た感覚を覚えさえした。

 それでも答えなければ、この先には進まない。

 脳内の記憶という記憶を辿り、ここ数日の記載を思い返すもめぼしいものは挙がってこなかった。

 仕方が無い。可能性のある範囲で話を広げよう。

 そんな考えで、再び彼女へ問いかけた。




「……たしか、不慮の事故ということで侍女が一名亡くなったとあったな……知り合いか?」



 一縷の望みを託し、起死回生の望みを掛けて問い掛けた。

 しかしこれに帰された言葉に、もはや彼は僅かな呟きしか言葉にならない。




「当人です」



「……すまない、意味がよく」




 意味が分からないんだが、そろそろ説明をしてくれる人物はいないのかと視線をとうとう周囲に向けるが、ここで最後の砦さえも一撃で壊される。





「なあ、さっきからメリア姉さんと話してるんだよな、あんた。つまり、見えてるんだな……?」



『見える』

 再び上がって来たその言葉。

 もしかしてそのままの意味なのか。

 この目の前の少女が、見えていないなんてことを聞かれる状況をそもそも想定もしていなかった彼はふと、先程のやり取りを思い返す。


 自分は後宮の侍女が一名亡くなった事実を告げた。

 これに対し、彼女は何と言った?


『当人です』



 まさか………。

 いや、そんな事が起こり得る筈が無い。



 しかしそんな希望は、徐に一礼したメリア嬢が放った言葉によって粉砕される。





「お久しぶりです、宰相様。メリア・オーディスです。……四日前、後宮で殺された後もまだこうして後宮に残っている霊魂の姿で失礼します……今回は父が巻き込んでしまい、申し訳ありません」







 ………霊、霊魂。

 そうか……だから『見える』か『見えない』かが焦点になったのだ。



 理解しながらも、思考が付いて行かない事があるという現実を知った宰相 ギルバート・フレイメアはこうして自らに隠されていた霊を見、話す事が出来る才能の開花を図らずもオーディス家の面々に明かすと同時に認識するに至ったのである。


 果たしてその才能の開花が、どの時点からあったものなのかは誰にも分からない。

 寧ろ当人が知りたいと思っているだろう。

 その書簡をきっかけとしたものであるのか。

 はたまた、メリア嬢との邂逅自体がその引き金になったのか。

 もしくは、ずっと以前から見えていたが認識に至らなかっただけなのか。


 可能性は数限りない。

 だからこそ言える事。

 まさに神のみぞ知る、ということなのだろう。




 そうして突き付けられた事実に、半ば涙目になった宰相 ギルバート・フレイメア。


 暫くして塔へ戻って来た当主、エルダー・オーディスが彼の才能について聞き及んだ際には半ば八つ当たり気味に微笑まれた事も記憶に新しい。

 恐らく自分には見えない娘の姿を捉えられるばかりか、会話も可能であるという事実には耐えがたい部分があったのだろう。

 そこは察せないわけでもない。


 因みに長兄のディル・オーディスからは、こいつをどう利用したものかと品定めする様な視線を寄越された事もまた半生を通して忘れることはないだろう。

 あの兄を心の底から慕うメリア嬢には、呆れを超えて感心するばかりだ。



 そんな彼らと共に歩むことになった日々を、自分は当初こそ巻き込まれたものとして感じる部分もあった。そこは否定しない。

 だか、今となっては誇らしくも思う。

 そんな自分と、彼女と、彼女の家族たちによって紡がれるこの先の顛末についてはまた改めて語る事にしたい。



 宰相 ギルバート・フレイメアの手記より引用。


ここまで読んで頂いた方々へ、感謝申し上げます(*´ー`*)



次回から、一挙に本編を進めて参ります。


なるべくこの作品が、読者の皆さまにとって佳いものに昇華できるよう。

また、それが同時に主人公の彼女にとっての救いであれるように願わずにはいられません。


それではまた、本編にてヽ(´o`;

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